1.松浦理英子を思い出す

突然個人的なことを書くが、私がこうして日本の文学史に脈々と連なる「少女文学」の系譜を指摘し、そしてその「少女文学」の条件には“母”の存在が不可欠であることを書いているのは、いままでそういうことをこの国の批評がほとんど無視してきたと言ってよい状態にあるからである。
いや、そりゃ氷室冴子をはじめとする少女小説の研究や、吉本ばななや川上未映子の批評が、ないとは言わない。ちゃんとある。あるのだがしかしそこにあるのは、エビデンスに基づく資料を整然とまとめた学術的研究か、あるいは――こちらが問題だと私個人は思っているのだが――さすがに男性目線が過ぎる文学批評なのだった。書き手のジェンダーで文章の価値を決定するのは悪手であるとは私も分かっているが、それでもさすがに『たけくらべ』について語る際にどう考えても浮いている母の存在を無視し、美登里の初潮だか水揚げだかについて議論している様子は「さすがにもっと読むべきところがあるだろ」と言いたくなってしまう。あるいは『源氏物語』を読んだり『ポーの一族』を読んだりしている時――つまり女性の手で描かれた男性が主人公の物語を女性が読む時――、光源氏やエドガーという主人公の男性に女性は普通に感情移入しているし、なんならそこに描かれているのは男性身体を借りた女性の屈託そのものである、だから光源氏はマザコンなのだ、それは女性にとって母という存在が大きいからなのだ、という言葉があまり通じない時にも私は首を傾げてしまう。
しかし批評という言語はそもそも男性ジェンダーのものなのかもしれない。と私だって何度も思う。だって「少女漫画」の批評ですら、男性の手によって始められているのだ。もちろんそれを立ち上げた橋本治も米沢嘉博も優れた書き手であるし、彼らによって作り上げられた少女漫画評論の礎は画期的な存在だった。が、それにしたってフィクションの書き手と比較すれば、批評家のジェンダーバランスの悪さは異常である。そして数少ない書き手によって書かれた少女文学や少女漫画の批評は歴史の隅へと追いやられてゆく。それは少女文化的サブカルチャーというものが王道から少し外れた、下の存在であるとみなされるからだ。だから「男性作家の文学においていかにうまく女性が描けていないか」を指摘するフェミニズム批評だけが残る。
でも私もこうやって結局は批評文体という名の男性ジェンダー文体に染まったほうがいいんだろうか、こうやって男の子でも読めるかたちで、少女文学には母が必須でして、はあ、いや別に少女は母になりたくなくて永遠の少女でいたいとかそういうことではなくて、そこはむしろ結構積極的に母になってくスタイルが主流でして、「VERY」とか見てみてくださいよノリノリで母やってるじゃないですか、ねえ、問題は別に母になるとかならないとかそういうとこじゃないんですよ、だって母になることは母への抵抗になり得るじゃないですか、自分は母と違う母親になれると思ってんだから―――と、男の子にも分かるように説明することがもしかして批評なのだとすればそれでいいんだっけ私のやることは、と考え込むこともある。
しかしそんな時にいつも思い出すのは、松浦理英子の存在である。
松浦理英子がやろうとしたこと、そして、やっていたことを、私はいつも、思い出す。

2.批評的な作家

松浦理英子は、批評的な作家である。自らの小説でおこなおうとしていることを自ら説明し、その意図すら自ら解説してみせる。それは松浦を批評しようとした批評家たちがあまりにおそまつな松浦作品批評しか書かなかったからかもしれないし、そもそも松浦が批評的才能があったということかもしれない。松浦理英子という批評家以上に松浦理英子の小説を批評できている人を私はまだ見たことがない。

男性優位文化への批判が活発になされ、性器結合中心的性愛観への疑問も提出され始めた二十世紀末の今日、私たちは女性器に貼りつけられたイメージを引き剥がして女性器をゲームから解き放ちたい、という新しい欲望を抱いていると言っていいだろう。
(松浦理英子「マッケローニ,〈真実〉なき女性器」『ポケット・フェティッシュ』白水社、1994年)

エッセイ集で、アンリ・マッケローニの写真をこのように批評する松浦は、松浦自身の小説のなかでも男性が作り上げたゲームから女性器を解き放とうとする。

花世の手が背骨を撫で下ろし脚の付け根の所で止まった。
「あなたは女なのにね。」
 花世の掌は私の腿の間を覆っていた。私は言った。
「入れてもいいけど。」
 花世は掌で私を押した。
「馬鹿ね。男と女ごっこをやるつもり?」
 低い響きを聞いて初めて私は納得が行った。彼女は自分が愉しまなかった男と女の行為を模するのをよしとしないらしい。私にもわかる。私たちが男と女の真似事をする必要はない。思いつきでも馬鹿げた科白を口走った自分を笑いたくなった。
 不意に花世が性器よりも後方の部分を探った。
(松浦理英子『ナチュラル・ウーマン』河出書房新社、1987年)

『ナチュラル・ウーマン』は女性の性器ではなく肛門部を犯す感覚を描いたという点でも衝撃作だが、なによりもその女性同士の性愛を描く手つきが卓越した小説である。だがこの傑作に対し、当時の批評家たちは評価を高くつけなかった。
だがその後刊行した『親指Pの修業時代』は「主人公の女性の足の親指がペニスになった」という設定によって、多くの批評家の心を掴んだのだった。つまりは結局、男性が作り上げたゲームの上に乗っからないと、松浦理英子という才能ですら世に出られない、ということなのだ。しかし『ナチュラル・ウーマン』であろうと『親指Pの修業時代』であろうと、批評されようと批評されまいと、どちらにせよ松浦理英子の描く小説は、いつだってきらめいていた。
そしてそのような状況が影響してか、松浦は珍しいほどに自分の小説の意図を自分で説明してみせる。それはまるで布で隠された女性器が男性の手によって暴かれるゲームそのものを否定するのと同様に、ベールで覆い隠した自らの小説が批評の手によって暴かれたとしても何の瑕疵もないと唱えるかのように。
たとえば初期作品の短篇「肥満体恐怖症」について語る際、松浦は「母と子」が主題であったことに言及する。

たしかにいま、あるいはもうちょっと中立的な女性論であっても、母と娘の問題というのが一つ大きなテーマと見做されていて、いろいろなところでいろいろな議論をやっていますね。私はどうかというと、母と子というモデルケースを使って物を考えていたのが、ちょうど『肥満体恐怖症』を書いていた頃なんですよ。あれはまさにビッグママ(大地なる母)というものに子供が圧し潰されていくという話なんです。(中略)母と子の関係は、一つのモデルとして支配―被支配という関係を抽出できるんだけれども、子供のほうも母親に対して子供の抑圧というものを加えている。小説でそういう母子の関係を書いていく場合、絶対に子供が加害者になっている部分もあるわけでしょう。私が小説の中で描いているのは、そういうことじゃないかな。
(松浦理英子、笙野頼子「ペシミズムと快楽と」『おカルトお毒味定食』河出書房新社、1994年)

引用元は笙野頼子との対談集であるが、上に引用したのはすべて松浦の発言である。つまり松浦は自ら小説の意図を完璧に語っているのだ。
しかしそれもそうするはずで、松浦は「肥満体恐怖症」について、当時の編集者の無理解について、2023年に以下のように回想している。

「肥満体恐怖症」で覚えているのは、どこかの男性編集者が「テーマは何なの? 僕わからないよ」と言ったというのを伝え聞いたことです。私はあの作品で、うまく書けたかどうかは別にして、一種の摂食障害のことを取り扱ったつもりでした。摂食障害は母と娘の関係に起因することが多いという知識を踏まえて母娘関係や母娘関係を投影した女性同士の関係を書いたつもりだったんですが、あの頃摂食障害は「思春期やせ症」と呼ばれていて、一部にしか知られていませんでしたし、母と娘の関係の重要性も認識されていなかったために、余計に伝わりにくかったのかもしれません。
(「松浦理英子が語る「ミソジニーと苦難の時代」」『文藝』[1])

「肥満体恐怖症」という傑作を「わからない」と言い切ってしまえる当時の出版界の愚昧さが露呈してしまっているエピソードではあるが、松浦自身、自覚的に「母と娘」について描いていたと語っているのだ。この、松浦が自覚的に「母と娘の関係」を描いたと述べる「肥満体恐怖症」は、『葬儀の日』に収録されている短篇小説である。

3.「肥満体恐怖症」な〈娘〉の物語

主人公は、肥満体の女性が嫌いな女子大生・唯子である。彼女は肥満の人と一緒の空間にいると、肥満が伝染しそうでぞっとするのだと言う。しかし彼女が入った学生寮の同室には、三人の巨体の女性がいた。唯子は三人に嫌がらせをされるが、なぜかそれを受け入れてしまう。そしてある日から唯子は、三人の私物をそっと盗み始める。
唯子は、肥満体の女性のみを苦手とし、肥満体の男性の存在はとくに気にならない。その理由は明白だ。唯子の肥満体恐怖症の根底には、太っていた母親の存在が関係しているからである。
小学生の時、唯子は歳を重ねるにつれ、母の肥満体型を嫌悪するようになっていた。たとえば当時の日々を、唯子は「バスに乗った時に、一つ空席があると唯子を坐らせて自分は吊革に縋りついて喘いだりする姿は、苛立ちと苦痛を湧き起こさせ」たのだと振り返る。とくに母親と入浴するとき、その乳房を見ると吐き気を感じてしまう。いつの間にか母の体型に対して怨恨めいたものを感じるようになった唯子は、徐々に母親から離れ始め、無視しようとするようになる。

 見るからに人が好さそうなせいか、他の父兄たちにおだて上げられ、危くPTAの役員をやらされそうになったことがあるらしい。それをまた無邪気に得意がって話す母親に向かって、とうとう唯子は言ってしまった。
「もう学校になんか来ないでよ。おかあさん太ってるんだもの。恥しくって。」
 その時の母親の表情を思い出すと、今でも声を上げたくなる。言った瞬間後悔したがすでに遅く、母親は金縛りにでもあったかのように大きな体を硬直させた。いたたまれなくなった唯子が部屋を出ようとしても、顔を向けもしなかった。罪悪感で眠れぬ一晩が過ぎた。翌朝母親は平生と全く変わらず、唯子の失言も忘れたかのように見えた。しかし、その後母親は一度も授業参観にやって来なかった。乳ガンで死んだのは次の年の秋である。唯子は十歳だった。
(松浦理英子「肥満体恐怖症」『葬儀の日』所収、河出文庫p192-3、初出1980年)

唯子が同室の肥満体三人組の私物を盗むようになったとき、最初は、復讐のつもりだった。つまり彼女たちの肥満への復讐として、彼女たちの贅肉を自分が剥ぎ取っているのだと唯子は思う。しかしある時、それは贅肉ではなく、母親の乳ガンで切除することになった乳房だったのではないか、と感じるようになる。

例の引き出しをそっとあけ静かに中に収める。引き出しはもう半分くらい盗品で埋まっている。太った上級生たちの贅肉だ。これで充分である。十分復讐は果たされた。ごたごたした小物の上で鋏だけが異様な輝きを放っている。突如、自分が集めたのは上級生たちの贅肉ではなく母親の失われた乳房ではないか、という気がした。倒れそうになった。
(「肥満体恐怖症」p231)

唯子は乳ガンで亡くなった母に対し、ずっと「自分が母を死なせたのではないか」「乳房が切り取られる原因をつくったのは、母の乳房を嫌悪していた自分自身ではないか」と罪悪感を覚えていた。その罪悪感を確かめるように、大学生になった唯子は、肥った上級生たちのものを盗むという罪を負う。それはまさに母の乳房をなくした記憶の反復だったのである。唯子は、母の乳房を切り取るという罪を、上級生の贅肉つまりは品物を盗む罪を犯すことで、繰り返していたのだ。
このように、肥った上級生と、肥った母親を、唯子は常に重ねる。そして母に対する罪悪感を、上級生に対して、娘として盗難を繰り返すことで反復していた。
しかし注目すべきなのが、物語の最後、上級生のひとりである水木が唯子のもとに覆い被さった場面で終わるところである。この場面は、明らかに肉体をもった性的な感触をもって描かれている。唯子は水木に覆い被さって来られることに心地よさを覚えるのだ。

水木が覆い被さって来た。肉に柔らかく包まれたようだった。甘い匂いで息が詰まりそうになり唯子は咳込んだ。水木は全体重をかけた。全身が圧迫され、体中の孔という孔から自分の物ではない肉が攻め入って来るという妄想に囚われる。
(中略)口がこじあけられ熱い肉をくわえさせられたのは、妄想なのか現実なのかもう判別できない。どちらでもよかった。唯子は「力」に身を委ねた。
侵入して来るものを防ぐ手立てがない以上、私も痩せていられなくなる。唯子は目眩の中で思った。私はこうやって肉を呑み込んでは肥大して行くだろう。永原のように、母親のように。私は私でなくなってしまう。私は肥満体を愛するようになるだろう。それこそが私のずっと望んでいたことなのだ。
 許して。あなたたちから盗んだ物はみんな返すし、私の持っている物はみんなあげるから。もう何もいらない。だから、優しくして。愛して。声になっているかどうかもわからぬまま、唯子は夢中で哀願した。
(「肥満体恐怖症」p234)

注目したいのが、「私はこうやって肉を呑み込んでは肥大して行くだろう」と唯子が述べる点である。唯子は水木に覆い被さって来られて、自分と水木との境界線がなくなっていくように感じる。これは、幼少期に唯子が母に感じていた「母は自分の体の一部」だと感じていた時代の反復でもある。
そして同時に、唯子にとって肥満になるということは母のようになるということである。つまり母に圧し潰されるようにして、唯子は、母の重力に身を委ねる。母と自分の間に、肥満という名の境界線を引いていた唯子は、自らが母に絡め取られることを受け入れる。それはしかし――松浦が意図せず書いているのかどうかは分からないが――唯子が母になることを受け入れる、ということでもある。
唯子は肥満を嫌悪することによって、母や上級生のような肥満の人間と自分は違う、という感情を抱いていた。そうでないと母という名の肥満体に自分は呑み込まれてしまうからだ。しかしラストシーン、「力」つまり母という名の肥満体の重力に唯子は身を委ねる。それはつまり母と自分の境界線をなくす、母のような人間になることを受け入れるということである。唯子の内側では、肥満=母であったからだ。
そう、「肥満体恐怖症」は〈娘〉の物語なのである。
肥満体の母を喪失した〈娘〉が、母の代理としての上級生と出会い、そしてその上級生の肉に顔をうずめ、自らも母になることを受け入れるところで物語が終わる。
母の代理である人物が同性であるが、性別はそこまで重要な要素ではない。母の代理の侵入を、唯子は受け入れる。そして「優しくして。愛して」と願う。それは母を喪っていた少女が、肥満と引き換えに、母を見つけた瞬間だったのだ。

4.『最愛の子ども』と、少女たちの家族幻想

息子が母を愛する様子は「マザコン」と揶揄されるが、娘が母を愛していることを批判する言葉は、この国に存在しない。つまり母・息子関係と比較し、母・娘関係に対する社会的抑圧はほとんどないと言ってよい。信田さよ子は『母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き』で「友達親子」という言葉への危機感を主張するが、基本的に母娘の仲の良さは、理想的とされることこそあれど、批判の対象にはならない。
しかし娘と母の間にある愛情もまた、息子と母の間にあるそれと同じくらい、本来は注意すべきものであるはずだ。
本連載で見てきた通り、親子は一体であるという母性信仰があるからこそ、子は裏切った母を怨み、母は自分の胎内から出ようとする子を許さない。それこそが日本的母性信仰の構造であった。しかしこの母性信仰が存在している限り、〈娘〉の物語は終わらない。なぜなら〈娘〉の物語は、母性信仰から来る、母はなぜ私を愛さないのかという母への怨みが根底にあるからだ。「肥満体恐怖症」で描かれた、上級生から唯子に対する、マゾヒズム的な自責感によって相手を支配する構造はまさに母と娘の関係そのものである。支配された娘は母の重力から出ることができない。「肥満体恐怖症」で示された、唯子が母の肥満に絡め取られたラストシーンは、決してハッピーエンドではない。母と娘だけの部屋に閉じ込める支配の構造である。
だとすれば、その部屋から抜け出す方法を、私たちは知らなくてはいけない。それはまさに、日本的母性信仰から抜け出す方法を知ることでもある。そしてそれこそが〈娘〉の物語を終わらせる秘密でもあるだろう。
そういう意味で、〈娘〉たちにとって、母娘の困難を終わらせる灯台となり得る作品――私は日本の小説のなかで『最愛の子ども』(文藝春秋、2017年)がそれにあたると考えている。
『最愛の子ども』は、三人の女子高生を中心に物語が進む。日夏、真汐、空穂は、教室のなかでその親密さから〈ファミリー〉と呼ばれ、クラスの友人たちからそっと見守られている。日夏が〈パパ〉、真汐が〈ママ〉、空穂が〈王子〉。三人の関係は、少しずつ変容を遂げながら、高校時代の終わりまでのカウントダウンを迎えていた。

とにかくわたしたちは、日夏と真汐をわたしたちの世界での空穂の親と認定した。そして、三人を〈わたしたちのファミリー〉と呼ぶことにした。三人をわたしたち自身の家族と考えるのではなく、みんなで鑑賞し愛でるアイドル的な一家族という意味での〈わたしたちのファミリー〉だった。時々、それはたいてい伊都子さんが夜中まで帰らないシフトの日なのだけど、わたしたちも何人かで日夏と真汐について空穂の家に上がり込むことがあり、そういう折りに、日夏と真汐にシンクに溜まっている使用ずみの食器を洗うように促された空穂が、面倒臭げに顔を曇らせながらもキッチンに向かう姿が見られた。日夏と真汐もキッチンに立ち人数分のお茶を用意する。まさにうるわしい家族の姿で、わたしたちはうっとりした。
(『最愛の子ども』)

ここにあるのは、家族という幻想が少女たちにとっていかにロマンティックな夢か、ということだ。
日夏も真汐も空穂も、それぞれ母との間に軋轢を抱えている。日夏は母と密着した姉のことを嫌悪しており、真汐は弟ばかり可愛がる母のことを疎ましく感じている。空穂は、シングルマザーの母親と二人暮らしだが、癇癪持ちの母親に暴力を振るわれることもある。他にも本書には親との関係がうまくいっていない少女たちの姿が描かれる。
しかしそのような親との関係の軋轢がありながらも、いやむしろあるからこそ、少女たちの「家族」への幻想は加速する。自分のほんとうの家族は、現実の血縁ではなく、自ら設定した〈ファミリー〉なのである、と。
そう、「家族」はいつだって少女たちにとって魅惑の居場所だった。現実の薄汚れたダイニングテーブルに座っている家族ではなく、自分がいるべき本当の居場所としての、お茶を用意しながら微笑み合う肖像としての家族。そんな家族、現実に存在するわけがない。そう分かっていてもなお、少女たちは「うるわしい家族」を幻視する。だから彼女たちは〈ファミリー〉を設定するのだ。
それはまるで皇室をアイドルとして眺める民衆のようなものである。だがかつてロラン・バルトが都市の中心である皇居を空虚だと呼んだように、彼女たちの中心である空穂つまり〈王子〉も、空虚そのものだった。空穂は癇癪持ちの母に虐待されて育ったため、基本的に受け身で、自らの主張をしない。しかし受け身だからこそ、人にサービスすることの上手な日夏は、空穂をますます可愛がる。対して真汐はあまり他人に可愛がられることの上手くない、意固地な性格をしているのだった。大人や異性から可愛がられないことを自覚している真汐は、世間を渡っていけるように心を鍛えようと日々思っているのだった。
真汐の「心を鍛えなければならない理由」のひとつに、弟の光紀ばかり可愛がる母に育てられていることがあった。真汐は母の不平等に苦言を呈することもあるのだが、しかし真汐の母はあまりそれを気にしない。そしてそれを最終的に真汐も受け入れている。弟は母から可愛がられる母似の容姿と能力を持っている、と感じているからだ。

まあ光紀は顔もいいし勉強もできるから可愛がられるのは当然だ、と真汐は思っている。小学校の時、親戚の集まりで酒に酔った伯父から「真汐も光紀みたいな顔だったらよかったのにな」と言われた。真汐はそうなのかなと素直に考えただけだったが、伯父の妻を始めまわりにいた女性陣がいっせいに「何てこと言うの」と伯父を責め「真汐ちゃんは成長するにつれてどんどんきれいになるタイプよ」と真汐を庇ったため、どうやらひどいことを言われたようだと気がついた。ふだんは忘れているエピソードなのに調子がよくない時には思い出される。姉より優秀な弟がいるのはかまわないけれど、容姿まですぐれているといささかやりづらい。光紀は母親似だし。
(『最愛の子ども』)

真汐は「早く家を出たい」と思うとともに、「日夏と空穂といつかほんとうに一緒に暮らしてみたい」と思う。現実の家族から離れ、教室のなかの疑似家族つまり〈ファミリー〉の〈母〉であることを選択したいと願う、このような展開自体は些か変形した〈娘〉の物語(=母から離れ、別の家の母になる物語)――つまり「肥満体恐怖症」の〈娘〉の物語の変形に見えるかもしれない。
だが『最愛の子ども』は、そこで終わらない。
これは〈ファミリー〉の物語なのだ。

5.道なき道を踏みにじり行くステップー母なき世界の果てで

真汐はクラスメイトから日夏に夫婦扱いされ、それを受け入れているうちに、空穂という少女が高校から編入してきて〈王子〉になる。そしていつしか真汐は、日夏と空穂との関係性の変化を感じるようになる。日夏と空穂が密着するようになり、自分からふたりが離れているように思ったのだ。真汐は、少しずつ日夏と空穂から距離を取るようになる。
しかしある日、文化祭で合唱をした時、異変が起きる。「ママに捧げる詩」という歌を空穂が歌い、日夏が指揮をしていたとき、真汐はひとりで合唱隊から離れていってしまう。「ママに捧げる詩」は、クラスメイト曰く「小さい頃、親に絶対的な愛情と信頼を寄せてた時代の気持ちが甦って来る」ような曲だったという。

真汐は思い返す。心の強化計画は着々と進みわたしの心は岩石程度には鍛えられたと思っているけど、ひび割れはいつもとてもいやなことがあった時じゃなくて思いがけないきっかけで起きる。指揮棒を振りながらこっちを見た日夏の目は柔和で、何も語らないけれど邪心もなく私心もなく、温かい気体に満たされた空洞という感じで、見ていると不意に泣きたくなったから急いで外に出たのだ。
(中略)わたしはいいかげんに今の人生において日夏がいちばんたいせつだと認めるべきなのか。くやしがらないで。
(『最愛の子ども』)

真汐は、母親へのノスタルジックな感傷を歌う曲で日夏に見つめられた瞬間、ここを離れたい、一人になりたい、と感じてとっさに合唱隊から退列する。しかしこの時、真汐はきっと日夏は追いかけてきてくれるだろう、と予感している。それは自分にとっても日夏は「いちばんたいせつ」な存在であり、同時に日夏は「わたしの日夏への思いよりももっと大きな思いをわたしに対して抱いている」と分かっているからだった。
つまり〈母〉の役割を得た真汐は、日夏という〈夫〉の愛情を感じて、ふと泣きたくなる。それは空穂といる時には感じられない類の感情で、だからこそ、真汐は日夏とふたりになるために隊列から離れるのだ。
だがこの時の目論見はうまくいかない。空穂が後から追いかけてくるのだ。そして真汐と日夏と空穂の三人が揃うと、真汐は三人に背を向ける。夫婦ふたりになろうとすると、そこに子どもがやってくる――すると母は外へ出てしまう。空穂もその気まずさをわかっており、日夏に「今日わたし二人の邪魔をした?」と訊ねるのだった。
ずっと真汐は「心の強化計画」をたんたんと進めている。それはなぜかといえば、いつ日夏が自分から離れてもいいように、という心掛けだった。しかし日夏の愛情を感じると、その心の強化をふと緩めてしまう。これは、空穂という〈子ども〉といる時にはなかったことだ。つまり真汐は〈母〉ではなくただの〈妻〉になる時はじめて、自らの防御を解くことができるのだ。
真汐が、空穂ではなく、日夏を「いちばんたいせつ」だと述べているのは、『最愛の子ども』という作品の最も重要な点である。つまり真汐は(半ば流されるようにして)〈母〉になるのだが、しかし〈母〉になったとしても、子供=空穂ではなく、夫=日夏をもっとも愛している。日夏こそが、真汐の支えになり得るのだ。
結局〈ファミリー〉は、ある事情から、突如終わりを迎える。そう、〈ファミリー〉は解散してしまうのである。真汐が〈娘〉として母から逃れ、〈母〉になることで作り上げた疑似家族は、終わってしまうのである。
ここに私は松浦の〈娘〉の物語への回答を見る。つまり、喪われた母を永遠に探して、母の代わりを見つけ、自ら母になったとしても、その先には家族の解散が存在するのだ、と。
たしかに現実の家族だって、解散する可能性の方が実は高い。つまり〈娘〉の物語とは、いうなれば少女の手によって作り上げられた家族幻想に基づくファンタジーでしかない。結婚して母になり、めでたしめでたし、では、物語は終わらない。ファンタジーのその先で、実は別れが存在する可能性は、大いにある。
〈娘〉の物語は、『最愛の子ども』で、あるひとつの終結を迎える。それはつまり、母になったところで〈娘〉の傷は永遠に満たされることはない、というラストシーンを突き付けることである。子供=空穂は空虚であるからして、母を探す〈娘〉の救いにはならない。むしろ夫=日夏との関係のほうが、〈娘〉の支えになる。その日夏ですら、ずっと真汐のそばにいられるわけではない。だがそれでも日夏と離れ、一人で生きていく道を踏みしめる真汐は、日夏との思い出を噛み締める。

わたしは「体に気をつけて」と言っただけで、将来に繋がるようなことは一つも口にしなかった。なぜなら、わたしは日夏との別れに感傷的にならない程度には心を鍛え上げているからだ。おかげでよけいな感情は頭から締め出し受験勉強にも専念できた。でも頭が暇になった今、日夏がわたしにとってどれだけ安らげる存在だったか改めて感じられて、時々ではあるけれど胸が痛む。わたしは意固地で可愛げがなくていろんな人と衝突する誰からも羨ましがられない性格だから、これから何十年生きても日夏のようにわたしを面白がってかまってくれる人には二度と出会えないと思うけれど、日夏はいずれまた興味を惹くかまいがいのある人物に出会うだろう。そう想像すると嫉妬としか考えられない感情で胸苦しくなりもする。
 まだまだ心の鍛え方が足りない、と反省した後、だけど、と真汐は考える。心を鍛えるだけでは幸せに生きて行くのに充分ではないのだ。いったいどれだけ賢ければ波風立たずに生きて行けるのだろう。どれだけ美しければ世間にだいじにされるのだろう。どれだけまっすぐに育てばすこやかな性欲が宿るのだろう。どれだけ性格がよければ今のわたしが全く愛せない人たちを愛せるのだろう。気が遠くなる。楽しいことばかりではない道が目の前に果てしなく続いている。
 真汐は再び窓をあけ、再び冷気に頬を打たれる。そして思い出したのは、中等部の時こわもての教師への真汐の無駄な反抗を止めようとした日夏に頬を打たれたことだ。今となっては痛みも含めて甘酸っぱい記憶以外の何ものでもない。
(『最愛の子ども』)

〈ファミリー〉のいない世界は、真汐にとって、愛すべき家族のいない世界である。母を喪失したままの現実は、痛くて、そして楽しいことばかりではない。だがそれでも真汐は「心を鍛え」、そしてひとりで生きて行くと決める。
心が弱った時は、日夏の感触を、思い出す。それは、いつか少しだけ交わった〈夫〉との思い出があれば、きっと生きてゆけるからだ。
真汐は言う。「山下公園で日夏とわたしは何年後かに空穂がどんなふうになっているか見に行くと約束したんだった」と。空穂という名の最愛の子どもに、いつか、日夏とともに会いに行こう、と真汐は決める。その約束は真汐を生かすのである。
結局、私たちは心を鍛えて生きてゆくしかないのだ、と松浦は告げる。完璧な母を求める少女文学の〈娘〉たちにとって、それは困難な道のりかもしれない。安易に母の代理を提供し、そして自らも母になって母を否定し自らを肯定する物語がいまだに〈娘〉たちの心を安らげることは確かである。だがそれでは〈娘〉は永遠に母の胎内から出られない。
愛して、と母の胎内で哀願した少女を描いていた松浦理英子は、今、心を鍛えてひとりで生きてゆこうとする少女を描く。その孤独な道のりは、決して幸せな道ではなく、気が遠くなるような道である。どれだけ進んでも、安らげる場所がないかもしれないような。それでも松浦は、〈娘〉たちの行く道はそこしかないことを知っている。
日夏は自らのダンスのステップを「道なき道を踏みにじり行くステップ」と名づけた。

「日夏は踊れるもんね」
「でも自己流だから」
 すると真汐が言った。
「自己流でいてほしいな。既成のステップなんて憶えないで」
 日夏は真汐にだけ向ける例の優しい目をして応えた。
「憶えられないよ、きっと。わたしも器用じゃないから」
(『最愛の子ども』)

世間がつくった既成のステップではなく、自己流で、私たちは道なき道を――〈娘〉たちは母なき道を踏みにじり行く。それこそが松浦が〈娘〉の物語のラストシーンとして選んだ物語だったのだ。

[1]「松浦理英子が語る「ミソジニーと苦難の時代」」『文藝』2023年夏季号、河出書房新社、2023年

(続く)

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