1.2000年代前半と「VERY妻」の憂鬱

母性信仰への忌避。その主題を〈嫉妬〉というテーマで描いたのは角田光代だった。
小川洋子と5歳差でほぼ同世代の角田は、『銀の夜』という小説を2020年に刊行する。これは実は2004年ごろ連載されていた小説を刊行したものであり、要するに重要なのは『銀の夜』は2000年代前半の小説だということである。が、もっと重要なのは、連載を掲載していた媒体が『VERY』だったということだ。
1995年に創刊された光文社の女性雑誌『VERY』は、端的に言えば「キラキラした妻・母であるためのファッション」を提供する。「VERY妻」という俗語を聞いたことがある人も多いかもしれない。ちなみに白金に住む専業主婦「シロガネーゼ」や芦屋に住む専業主婦「アシヤレーヌ」というキャラクターを誌面に登場させたのもこの雑誌であり、とにかく重要なのは、母親になってもキラキラしている、ということなのである。
2000年代前半には『VERY』的な「キラキラした専業主婦」像への憧れは、心理学者・小倉千加子によって「新専業主婦」志向と名付けられる[1]。本書の文脈に無理矢理つなぎ合わせると、もはや〈息子〉としてバリバリ自立して働くことが理想的な時代でもなく、〈娘〉としてキラキラする道を模索するのが上流階級だろ! と世間の理想像が〈娘〉コースに舵を切った時代の産物、とも言えるだろう。
1980年代以降バブル景気を背景に進んだ女性の社会進出はあくまで正社員のためのものであり、1990年代以降非正規雇用率が増えると、男女平等政策の恩恵を受けられない非正規雇用の女性たちが生まれていた。しかし正社員の女性たちも育児と仕事の両立という無理難題に圧し潰され、その結果として〈息子〉の物語は大して魅力的な夢でなくなってしまう[2]。そして生まれたのが、若者の保守化、という名の「キラキラした専業主婦」像なのだった。

「VERY」な妻や三浦りさ子への憧れは、結婚制度が妻の隷属ではなく喜びであり、その証拠に三十代で子どももいる主婦が、まるで主婦主婦しておらず、いつまでも若く美しくいかにも幸せそうであり、女の「現役感」を失っていないように見えるからである。私は結婚制度は妻の隷属であると書いたが、「VERY」な主婦が隷属意識を持っているとは思わないし、私も彼女たちが隷属者であるとは露ほども思っていない。女性の性的解放と自立を求めるフェミニズムに拒否感を持つ二十代から三十代女性に向けて、やっぱり結婚はいいと思わせる効果に関して、「VERY」以上の雑誌はない。女性が「主体的」に結婚に入っていくようにするには実に見事な媒体だと感心する。
(小倉千加子『結婚の条件』)

小倉の言う「フェミニズムに拒否感を持つ」世代とは、2000年代前半から起きたポストフェミニズム世代[3]のことを指す。フェミニズムに対するバックラッシュが強かった時代に生まれたこの世代は、恋愛結婚というロマンスを重視し、それでいて経済的にも豊かであることを求める。まさに理想の〈娘〉コースを目指す物語である。そしてその理想を体現するのが、『VERY』に掲載される女性たちだった。
『VERY』で小説を連載するにあたり、角田は「VERY妻」的女性の葛藤を描こうとしたのだ、とインタビューで語っている。

当時、連載にあたり『VERY』を読むと“家庭も仕事も充実していて”“いつもきれいにして”“シーンごとに洋服も替えて”とある。一生懸命読む人ほど、そんなことができず華やかな自分になれない葛藤を抱えて苦しくなるのではないか、そんな女性たちの話を書こう、と。
(「年末年始、自分の人生を振り返るのにぴったり!?|角田光代さん『銀の夜』」[4])

小倉がVERY妻を新専業主婦と評した『結婚の条件』の刊行が2003年、『銀の夜』連載開始が2004年。つまり小倉と角田が見つめているものは、ほとんど同じ、2000年代前半のポストフェミニズム世代、つまりは〈娘〉の理想像だったのだ。
角田の用意した「VERY妻」的主人公は、女子高生の頃ガールズバンドを組んでいた三人の女性たちである。バンドはすぐに解散し、三人は35歳になった。結婚したが夫が浮気しているちづる、ライターや写真家としていまだ身分が安定しない伊都子、そして幼い娘を芸能界に入れようとしている麻友美。三人ともまさに女の「現役感」と戦うキャラクターとなっている。
『銀の夜』という作品で特徴的なのは、傍目には若く美しくいかにも幸せそうな彼女たちの生き辛さのうち、大きな比重を「母と娘の関係」が占めているところである。
要は、理想の〈娘〉コースを歩む女性ことVERY妻たちに、角田の配置した葛藤の根幹が「母娘」にあった。そこに、私は角田の作家としての嗅覚を感じるのだ。

2.『銀の夜』は母と娘の嫉妬を描く

たとえば伊都子の母は有名な翻訳家なのだが、いつも娘の仕事を嘲笑する。それを伊都子は娘として、長年コンプレックスに感じている。才能ある母に対し、30歳を過ぎてもなお彼女はコンプレックスを持つことをやめられていないのだった。
あるいは麻友美は、自分の娘に対して苛立ちを隠しきれない。読者モデルをしていた麻友美の顔に、娘は似ていない。そして性格もあまり自己主張のない娘に、麻友美はどんどん苛立つようになる。
母との関係に葛藤する娘、そして娘との関係に葛藤する母。その両面を描きながら、『銀の夜』は双方の生き辛さを表出させる。
興味深いのが、伊都子にしろ麻友美にしろ、二人とも「母と娘を比較し、同じ位置にいない」ことに対する葛藤が描かれているところである。つまり母も娘もお互いを同化する目線で参照し合い、そのうえで嫌悪感を覚えているのだ。
たとえば娘・ルナを芸能界に入れたがっている麻友美は、ルナが美人な自分ではなく、夫や義母の顔立ちに似ていることに苛立つ。「どうしてルナは私に似なかったんだろう」と麻友美は考える。だが麻友美のこのような振る舞いは、友人から「小さな分身を育てようとしている」と批判される。

「ねえ、どうして麻友美はルナちゃんをへんなスクールに入れたと思う? 自分ができなかったことを、子どもにかわりにさせたいだけだよね。本人には言いづらいけど、つまり麻友美は、ルナちゃんって個人じゃなくて、ちいさな分身を育てようとしているわけじゃない。大げさに言えばルナちゃんの体を借りて生きなおすっていうか」
(『銀の夜』p31)

しかしルナは麻友美にとって「生きなおす」ことができるような分身にはなり得ない。その証として、麻友美は自分ほど器量が良くないのに、自分よりも可能性を持っているルナに嫉妬するのだった。

そのとき、自分でも不思議だったが、麻友美はルナに対してちくりと鋭い嫉妬を覚えた。なんでもさせてもらえるルナ。まっさらな未来が広がっているルナ。裕福な家庭に後押しされて、その未来になんでもつかめるであろうルナ。それなのに、手持ちの札を一枚も有効利用しようとしないルナ。
 しかしそれは一瞬で、次の一瞬にそれは、幼い娘に嫉妬を覚える自分に対しての淡い自己嫌悪にとってかわった。
(『銀の夜』p227-228)

娘は自分と同じであるはずなのに、同じでない。麻友美のエピソードは、母と娘の自他境界が曖昧になっているが故に起こる、母から娘へ向けた同化の目線が描かれている。そして伊都子のエピソードと同様に、それは母娘間で「自分たちは同じ存在であるはずなのになぜ同じでないのか」という同化の欲望が存在するからこそ生まれる葛藤なのである。
『銀の夜』は伊都子が選ぶ彼氏について母に批判される場面がある。

「ねえ、知ってた? 私の母親って、今の麻友美とそっくりおんなじ、ううん、麻友美をもっとヒステリックにした感じなの。私はずっとそれに気がつかなくて、なんでも自分で選んでやってる気になってたの。でもちがうのよ。全部あの人がそう仕向けていたの。私、そのことに今ごろになってようやく気づいたの。三十も半ばになって、ようやくよ」
(『銀の夜』p31)

小倉はVERY妻であることの条件に「結婚制度が妻の隷属ではなく喜びである」ことを挙げた。しかしVERY妻を描いた『銀の夜』からは「娘が母と同じ偏差値になること――それは結婚・仕事・容姿のどれもにおいて――が、娘にとって、母の隷属ではなく喜びである」ことこそが本当の女性たちの理想であるように私には見える。それは父を超えようとする息子の姿をいつまでも描き続ける〈息子〉の物語とは異なるものである。
第三者から見れば、娘が母と同じ場所に行こうとすることは、母への隷属である。だが、母たちは「娘が母と同じ道を選ぶことは、隷属ではなく、喜びでしょう」と言う。なぜなら、「あなたは私と同じなんだから」と。
このように母と娘がお互いに同化のまなざしを向ける構造は、同性だから起こり得るのだと説明されることが多い。たとえば精神科医の斎藤環は『母は娘の人生を支配する なぜ「母殺し」は難しいのか』(NHK出版、2008年)において、娘は母から女性らしさを身体的に学び取るので、父と息子のような抽象的なレベルではなく、身体レベルで母は娘を支配することができるのだと説明する。
たしかに麻友美とルナは、同性だからこそ顔の美醜を比較することが容易なのかもしれない。だが伊都子のように、社会的地位においてもやはり母と娘は同化の視線を向けやすいのだ。このような構造を説明するために、斎藤の説明が見落としているものを考えよう。
それは本書が提示してきた、「母は子がいつも可愛いはずだ」という母性信仰の存在である。
つまり「母は子を絶対に愛するはずだ、なぜならそこにいるのは自分の血を継いだ子だからだ」という信仰のことである。その信仰はいつでも「自分の遺伝子を継いだ、つまり自分と似た子だからこそ、母は子を愛せるのだ」と、自己愛の拡張としての母性信仰に転じやすい。
「母は子を愛する生き物である」という信仰は、「母にとって子は自分の分身である」という信仰に容易に翻る。こうして日本の母性信仰は、母と子を密着させる。母と子の間に、境界線を引かせない。しかし当然ながら、実際は母と子は違う人間である。同性であればたしかに斎藤の言う通り比較しやすい点も多いだろう。そうして母と娘は、「なぜ私と同じではないのか」という苛立ちを抱えるようになる。
伊都子のエピソードにしても、麻友美のエピソードにしても、角田光代という作家がVERY妻たちに向けて書いたものは「あなたたちの生き辛さの根源は、母と娘を同一視しようとする目線である」という主題であった。
それは角田光代という作家が描き出した、〈娘〉の物語――母に捨てられ、母代わりの異性を探し、母になる物語――そのものだったのである。

3.平成前半とめちゃモテ戦略と「母性」の素朴な肯定

2020年代現在、子が親を選べないことを指す「親ガチャ」という流行語は常識になりつつある。が、その前身となる「毒親」という言葉が流行し始めたのは、たった10年前、2010年代のことであった。それ以前は1990年代にアダルト・チルドレンブームが起こったが、それは母と娘というジェンダーを含んだ問題系として捉えられることはなかった。むしろアダルト・チルドレンという概念の流行は、水子供養のオカルトブームに乗っかったり、少女漫画においては「妊娠」がブームになったり、アダルト・チルドレン的少年たちをケアする娘たちを描いたりと、むしろ「母性」を抱え込んだ少女たちを描くことに繋がった。90年代におけるアダルト・チルドレンブームはむしろ「母性」の必要性を娘たちに刷り込んだと言える。
平成初期、小川洋子が妊娠という行為を通して、あるいは角田光代が嫉妬という現象を通して、母性への懐疑を描いてはいる。が、それは決して当時の流行のメインストリームではなかった。『妊娠カレンダー』の芥川賞選評が的を射ていなかったり、『銀の夜』が連載終了当初は単行本化せず2020年になって刊行されたり、といったエピソードからも分かる通りである。「VERY妻」という流行語が示したように、むしろ2000年代前半には、素朴に母性を肯定する〈娘〉の物語――それは小倉千加子によって「新専業主婦」と呼ばれたわけだが――が存在感を増していたのだ。
ちなみに2000年代前半~中盤といえば『CanCam』の押切もえ・蛯原友里による「めちゃモテ」戦略が一世を風靡していた頃である。「めちゃモテ」とはつまりとにかくたくさんの人に愛される、誰から見ても「かわいい」存在でいるという戦略である。それはまさに、娘たちによる、母親代わりの男性探しの旅路だったのではないだろうか。
VERY妻になることを目指す〈娘〉たちが求めたのは、「めちゃモテ」、つまりは母の代わりに可愛がってくれる人を探すこと、だった。
当時は〈息子〉の物語を押し出すフェミニズムは、バックラッシュという名の押し返しに遭っており、その復興を目指すのはもう少し時代を待たなくてはいけなかった。
〈娘〉の物語とは、愛されて結婚して母親になれば、母親につけられた傷は塞がるのだ、という信仰そのものである。『CanCam』があんなにも愛してほしがっているのは、それこそが〈娘〉の物語だからなのだ。
しかしそれだけで本当に上手くいくのか? その懐疑を始めたのは、そう、2000年代後半になってから、〈息子〉として生きる少女たちだった。

[1]小倉千加子 『結婚の条件』朝日新聞、2007年
[2]山田昌弘『なぜ若者は保守化するのか-反転する現実と願望』東洋経済新報社、2009年
[3]高橋幸『フェミニズムはもういらない、と彼女は言うけれど (ポストフェミニズムと「女らしさ」のゆくえ)』晃洋書房、2020年
[4]「年末年始、自分の人生を振り返るのにぴったり!?|角田光代さん『銀の夜』」WEBサイト「本がすき。」2020年12月22日掲載、URL:https://honsuki.jp/pickup/42273/

(続く)

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