この書評コーナーでは、暮らしにまつわる本を紹介しています。アウトドアとか自然とか、そういったものを含めた「暮らし」です。今回、取り上げるのは土屋智哉さん『ウルトラライトハイキング』です。

 日本のアウトドアでは、ここ10年くらいでしょうか(2017年放送時)、“ウルトラライト”と呼ばれる潮流が盛り上がりを見せています。そもそも、登山やキャンプ、ハイキングなどで使うギア・道具は、素材などの進歩にともなって軽量化していく一般的な傾向があるんですが、極端なまでに「重量」という点を突き詰めて装備を軽量化する動きがウルトラライトです。最新の軽量素材を用いつつ、機能的には極限までそぎ落としたシンプルなアウトドア・ギアが、さまざまなメーカーから発表されています。ただし、ウルトラライトが単なる日本のアウトドア・ギアの業界動向かというと、それは違います。そもそもウルトラライトというのはアメリカ発の輸入品であり、かつそれは輸入「品」というよりも文化、考え方なのです。つまり、思想の輸入なのです。そのことを教えてくれる、土屋智哉さんの初の著書『ウルトラライトハイキング』を、今日は紹介したいと思います。土屋さんは、三鷹にあるハイカーズデポというアウトドアショップの店主で、この潮流の日本における中心人物の一人と言ってよい方だと思います。

 ウルトラライトというのは、さっき言ったように、一義的には極度に軽量化したアウトドア・ギアのことです。でも、アウトドアにさほど興味がない方からしたら、「軽いほうが持ち運びが楽だから、アウトドア・ギアがどんどん軽くなるのは当たり前では?」と思うかもしれません。興味のない方には、そこから説明が必要ですよね。ええ、実際はそんなことなかったんです。ゼロ年代前半くらいまでは、「単なる軽量化はむしろ快適ではなく使いづらくなる。快適性を実現するさまざまな機能をギアに盛り込もう」という論調からの競争が、アウトドア・ギアの流れだったと思います。その結果、アウトドアの世界がすごくゴテゴテとした機能主義に流れていって、たとえば登山などのバックパックも滅茶苦茶ハイテクですごくコンフォータブルなんだけど、どうしても重量はあるな……っていう、そういうものが主流だったんです。イメージ的にはフルアーマーガンダムみたいな感じでしょうか(笑)。で、これは言い過ぎかもしれないですけど、機能主義を追い求めているうちに、機能的なギミックだけをフェティッシュに愛する、みたいな倒錯もあったんじゃないかな、と。

 だから、アウトドアで使うギアなんだけど、物欲系雑誌、ありますよね、あっち方面の嗜好と親和性が高いというか(笑)。パっと浮かぶところだと、「グレゴリー」とか「デイナデザイン」とかですかね。グレゴリーは、「バックパックのロールスロイス」って呼ばれていて、さまざまな機能で最高の背負い心地を提供するバックパックになっているんですが、その分なかなかごついんですね。デイナデザインは、今は「ミステリーランチ」を経営しているデイナデザインさんの生み出す先端的なバックパックで、自分も大好きで名作「ブリッジャー」とかを持ってたんですけど、大事すぎて外で使えなかったなぁーっていう(笑)。

 個人的な思い出はさておき。そうやってギアが高性能化し、フェティッシュに訴えるものになっていくなかで、アウトドア・ギアなのに、その先にあるはずのアウトドアのフィールドが見えなくなっているような状況があったんじゃないかと思います。そのような状況に対して、ウルトラライトの日本での受容は行われたんだと言えます。だから、「アウトドア・ギアの軽量化は当たり前」ではないんです。それは大きな方向転換であるし、自然との向き合い方といったところを含めての変化だったんですね。単に「アウトドア・ギアの傾向が変わった」ということではないんです。

 本書『ウルトラライトハイキング』の紹介によれば、ウルトラライトという潮流というか考え方は、アメリカのハイキングのシーンから生まれたものだそうです。ハイキングといっても週末自然散歩みたいなものとは違って、数百キロから数千キロの距離を、数ヶ月から数年かけて踏破するっていうスタイルのハイキングがアメリカにはあります。ロングトレイルと呼ばれる長距離ルートを、一気に踏破する強者もいれば、ルートを分割して何回かに分けて踏破するスタイルもあるんですが、ちょっとずつにしても数週間は荷物をしょって歩き続けるんです。そんななかで、できるだけ長時間歩くために装備を可能なかぎり軽くシンプルにしていこうというのが、ウルトラライトという考え方の生まれた土壌なんです。本書の冒頭では、〈ウルトラライトハイキングの『軽さ』にしか目を向けないのはもったいない。むしろ、その向こう側にある『シンプルさ』や『自然との関係』にこそ、ウルトラライトハイキングの核心はあるのです〉と宣言されています。

 このロングトレイルを歩くロングハイクというカルチャーは、ビート運動やヒッピー・カルチャーともつながるような、アメリカの精神史に連なる実に精神的なものだと言えます。そのなかで徐々に培われてきたのが、「できるだけ最小限の荷物で歩こう」という文化で、その結実としてウルトラライトハイキングがあるんですね。直接的には、1992年にレイ・ジャーディンという人が書いた『PCT Hiker’s Handbook』がひとつの起爆点になって、ウルトラライトという思想が形作られていくことになります。

 このレイ・ジャーディンさんが主張したウルトラライトの道具の一つに、すごくシンプルで軽い、ウルトラライトなバックパックがあります。どんなものかっていうと、この本にもイラストが載ってるので見てもらいたいのですが、すごくシンプルな袋に、これまたシンプルな肩掛け(ショルダーハーネス)がついているだけというものです。この形のバックパックは今はよく見かけるかもしれませんが、ウルトラライトのバックパックは、全部これが基本形になっています。彼はこれを製品として売り出したんじゃないんです。彼はレイ・ウェイ・バックパックと呼ばれるこのバックパックの作り方や型紙を公表して、それで自作するための材料キットを売ったのです。「勝手に作ってください。必要だったら素材だけは売りますよ」とやったんですね。要は完成品を売ってないんです。これも、ウルトラライトが単にアウトドアギアの製品動向じゃないってことの証だと思います。素材だけ売って個人で作れるくらいだから、わりと簡単にできるということで、その後、コロラドとか世界中のいろいろな小規模なガレージメーカーも、レイ・ウェイ・バックパックを基にいろんな工夫をしたバックパックを作り出していきます。こうやって、ウルトラライトは広がっていくことになります。

 最後に、また自分の話になっちゃうんですが。この土屋さんの本自体はウルトラライトの出発点であるハイキングについて書かれているんですけども、その広がりはハイキングにとどまりません。そのうちの1つに、僕がいま愛用しているパックラフトっていう2、3キロぐらいしかしないカヤックみたいな舟があります。折りたたんですごく小さくなる舟です。それまで僕は、フォールディングカヤックとかダッキーっていう、これまた折りたためる舟を使ってたんですけど、折りたためるといっても20キロはあるんですね。ギリギリ頑張って背負うんですけど、やっぱりなかなか、それでアウトドアへ出かける気にならないですよね。それでも無理やり背負って川旅に行ってたんですけど(笑)。でも、それが2、3キロだったら全然余裕になる。気軽に、そしてシンプルにアウトドアのフィールドに入っていいける舟なんです。そして、このシンプルに自然のなかで過ごす時間っていうのは、単なる余暇といえば余暇なんだけど、ウルトラライトというアメリカの思想の日本への輸入の、それがまたいろいろリフレクトしながらたどり着いたものなんだと感じるわけです、川旅しながら(笑)。

▲長野の川を愛艇のパックラフトで旅する

 ということで、いまウルトラライトっていうのが広まっていますよ、その背景にはアメリカの精神史がありますよっていうことが、この『ウルトラライトハイキング』という本を通じてわかると思いますので、今回、紹介させてもらいました。

[了]

※この記事は、2017年7月13日に配信されたPLANETSのインターネット番組『木曜解放区』内のコーナー「井本光俊、世界を語る」の放送内容を再構成したものです。石堂実花が写真撮影をつとめ、2020年7月6日に公開しました。