批評家の濱野智史さんによる新連載「リハビリテーション・ジャーナル」が始まります。指定難病「特発性大腿骨頭壊死症」にかかり、人工股関節を入れる手術を受けるため、約1ヶ月間の入院生活を送ることとなった濱野さん。人生初の経験となる長期にわたる入院生活、そしてその後のリハビリ生活の中で見えてきたノウハウやメソッドを紹介しながら、「健康」と「身体」を見つめ直していきます。第2回目は、入院生活に欠かせないIT&デジタル環境の必須リストを紹介してくれました。
端的に言うとね。
私は2024年の4月、約1ヶ月間の入院生活を送った。ここでは、病院に持参した必需品リストをまとめておきたいと思う。特に私がここで力点をおきたいのは、「IT&デジタル環境」の観点である。
世の中には数多くの「入院時に必要なものリスト」は存在しているし、Web検索してもたくさん見つかるし、病院から事前に渡される「入院の手引き」的なパンフレットにも記載はある。しかし、それらには見事なまでに「デジタル」の観点が抜けているのだ。
この背景にはおそらく、これまでの入院世代の「偏り」もあるだろう(入院するのは高齢者が多いので、それほど普段からデジタルを使いこなしていないから、など)。単純に病院(病室)内ではWi-FiやPCは基本的に使えないという「制約」もあるだろう(前者のWi-Fiは医療機器との干渉を避けるため、後者のPCはキーボードの打鍵音が迷惑になるため、共同病室では使えないケースが一般的である)。
理由はいろいろあるだろうが、とにかく入院生活時のIT&デジタル環境について詳細に書かれた記事やリストを私は見たことがない。だからこそ、ここでは私の実体験をベースに、「これだけは用意しておいたほうがいい!」というリストやその要点をまとめておきたい(入院前に事前準備できればよいが、救急搬送などで突如として入院生活を迫られ、事前に準備できない場合もあるだろう。その場合は家族などにこのリストを渡して持ってきてもらえばよい)。
また以下のリストは、公的医療保険が適用される、複数人共同部屋での入院生活を前提としているため、利用禁止のPC(ノートブック/ラップトップPC)ははじめからリストから除外している。ただし差額ベッド代を払って個室に入院するのであれば、(おそらく大半の病院であれば)PCは堂々と利用できるはずなので安心してほしい。ただし特に長期入院の場合、個室への入院はあまり現実的とはいえない。この点については別途後述する。
デバイス・ハードウェア編
・スマートフォン:言われなくても持参するだろう。もちろんこれは普段常用しているもので全く構わない。
・タブレット:これが最重要なメイン端末となる。普段使っているもので問題ないが、もし事前に入院が決まっていて手頃なタブレットを持っていなければ、新規購入を検討するのをおすすめする。ちなみにiPadは入院時のベッド中心生活において、真に価値を発揮するデバイスであるといっても過言ではない。
それはなぜか。これは「アプリ編」でも後述するが、PCが使えない入院生活のあいだ、最も有意義かつ長大な時間を使える行為は「コンテンツ消費」しかないからだ(映画・ドラマ・アニメといった動画コンテンツ、電子書籍、ゲームなど)。もちろんスマートフォンでも動画は見れる・書籍も読める・ゲームもできるが、「大画面」(ゆえに手元から離して集中して動画コンテンツを視聴できる)という点は非常に大きい。
・スマートフォン/タブレット用のスタンド:これも必須である。100円ショップで売っているようなもので良いので必ず持ち込もう(もちろん普段から使っているものがあればそれがベターだ)。これはなぜかというと、スタンドがあれば、病室でのデジタルコンテンツ体験が一気に向上するからだ。
利用方法は以下のとおりだ。まず病室には、ベッドの上で食事をするための移動式サイドテーブルが備え付けてある。このサイドテーブルの上にスタンドを立て、そこにスマートフォン/タブレットを横置きする。そしてベッドの背中を立ててイヤホンをつければ、そこはもう立派なプチ映画館になる(ちなみに病室のベッドは、普通リモコンで角度を自動で変えられる介護用ベッドなので、映画館のリクライニングソファのような体勢をいい感じにつくることができる)。
もちろんスタンドがなくてもタブレットやスマートフォンは使用できるが、ここで強くスタンドに設置することを勧めているのは、「常にデバイスを手元で触れられる状態をつくらないため」である。手元でデバイスを持つと、ついつい通知などをきっかけに他のアプリ(SNSなど)を指先で開いて確認したくなってしまい、いま見ていたはずのコンテンツに集中できなくなってしまうからだ。できればコンテンツは集中して見られる状況を作るのが望ましい。その意味でも、タブレットとスマートフォンの2台体制で入院生活を送るのが望ましいと私は考える(ちなみにタブレットにSIMは不要で、スマートフォンとのBluetooth接続によるテザリングでネット回線を利用すればOK)。
・充電器:純正品でもいいのだが、スマートフォンやタブレットの2台利用を考えると、よりnice to haveなのは「2口以上あり(ケーブルの2本差しができる)」「高速充電対応」かつ「純正品よりコンパクト」な充電器である(普段からベッドかデスク・外出先で利用するために別途購入しておこう)。具体的にはAnkerなどの中華メーカーのものでよい。Amazonセールなどで割安に入手できるし、そこまで充電速度・ワット数にこだわらなければ、最新のものではなく少し古い型落ちしたもの(そのほうがより割安だ)でも問題はない。入院中に急速充電が必要になることはないので、それで十分だろう。
・充電ケーブル:これはデフォルトの長さ(1m程度が標準的)ではなく、1.5〜2m程度はあるものを追加で購入しておくことをおすすめしたい。というのも、よくある入院生活マニュアルでは「延長コードつき電源タップ」の利用が推奨されているのだが、病院によってはその使用が禁止されていることもあるからだ(ちなみに私の入院した病院ではそうだった。理由は聞かなかったが、タコ足配線が危険だからだと思われる)。そうなると、解決策としては充電ケーブルの側を長くするしかない。
これは入院時に限らず、旅行の際のホテルや旅館などで、短めのケーブルだとコンセントからベッドまで距離が届かないこともある。また電源タップよりもケーブルのほうがはるかに軽量で持ち運びもしやすいため、私としては長めのケーブルを普段から常用することをおすすめしておく。
・イヤホン(できればいま主流の無線タイプだけではなく、有線タイプも):そして最後のデジタル必需品となるのがイヤホンである。これは共同病室であれば当然そのまま音を出すのは厳禁なので、必須アイテムとなる。
いま主流なのは、bluetoothで接続する無線タイプのワイヤレス・イヤホンである(Apple / iPhoneであればAirPods)。もちろんそれでよいのだが、できれば有線タイプのイヤホン(LightningかType-C端子に直接接続するタイプのもの)も用意しておきたい。というのも、入院中はほぼイヤホンをずっと使うことになるので、充電切れで使えないケースを極力排除したいからだ。また私の場合は足の大きな手術で、1週間ほどは自分で自由にベッドから降りることもできなくなることが予想されたため、「ベッドからイヤホンを落として探す(探すためにナースコールを押して探してもらわないといけない)」というケースをできれば避けたいと考えていたのもその理由の1つだ。
その点有線であれば、充電切れや干渉による接続切れが起きることもなく、安定・安心して長時間使用できる(また寝落ちしながら動画を見たい場合も、ワイヤレス・イヤホンだとなにかと不便だ)。とにかく入院中は時間が有り余るほどあるので、こうしたケースも想定しておくとよい。
ちなみに、ノイズキャンセリング機能についてはそこまでこだわらなくてもよいと思う(病院内はそこまで騒がしい環境ではないためだ)。もちろん騒音や他人の生活音がとにかく気になる人は、普段から愛用しているこだわりの一品を持参すればよい。
持ち込み禁止・不要なものと、病室タイプ(共同部屋 or 個室)に関する補足情報
・PC/キーボード:繰り返しになるが、私が入院した病院では共同部屋ではキーボードの利用が禁止されていた。ただし各階にデイルームのような共同利用スペースがあり、そこでのPC利用は許可されていた。ちなみにその部屋には無料で利用できる共用Wi-Fiも一応あったが、速度がとても遅くても使えたものではなかったので(1Mbpsも出ていなかった)、病院にデジタル関連のサービス品質は期待しないほうがよいかもしれない。
しかもこのデイルームは、日中、主に家族などとの面会の場所としても使われるため、わりと混み合っていることが多かった。2024年現在も、病院ではいまだに新型コロナの感染対策のため、病室内へ家族が面会で立ち入ることは原則禁止とされているからだ。それにデイルームでは、肝心の電源も確保できるとは限らない。
なのでデイルームでPCが使えるのは主に面会時間が終わった夜だけになってしまう。私は一応iPadのキーボードも持参していたが、結果的にほとんど使う機会はなかった。これらの理由から、長期入院中はキーボードが必要になるようなアウトプット作業は一切諦めて、普段はあまりできないコンテンツのインプットに集中するいい機会だと気持ちを切り替えるくらいが良いのではと思う。
さて、以上の話はすべて共同部屋を前提としていたのだが、先述したとおり差額ベッド代さえ払えば「個室」での入院も可能である。そこではPCもキーボードも気にせず使えるし、それこそイヤホンを使う必要もない。
しかし、もちろんこれは個人の自由なのだが、私としては個室利用はあまりおすすめできない。なぜなら個室の差額ベッド代は極めて高額で(病院によってピンキリだろうが、私が入院したところでの個室代は1泊3万円を超えていた)、もし仮に私のように1ヶ月近く入院するとなると、それこそ90万円近くかかってしまうことになる。単純な話、そんなお金があるなら私は退院してから豪勢な海外旅行などに使うほうが有意義だと感じる。仕事の都合などで、どうしても日中もPCが必須/リモート会議も入院中にベッド上で行わないといけないという場合は個室を利用するしかないが、そうでなければ個室利用は選択肢から外したほうが無難だろう(また個室はそもそも院内での数も少なく、たいていの場合は満席で、希望しても入れるとは限らないという)。
ちなみに騒音やプライバシーが気になる人も多いだろうが、イヤホンや耳栓でカバーできるし、共同部屋といってもカーテンで最低限のプライバシーは確保されている。また個室といっても看護師や医師は毎日のように入ってくるわけで、完全なるプライバシーが保持されるわけでもない。なので、病院の個室はその価値に対して価格が高すぎるというのが私の個人的感想だ。
病室ガチャ問題とSIM(通信キャリア)の選択について
ここまでの記述は、すべて病室内のベッド上で普通に携帯電話が使える(電波に繋がる)ことを前提にしたものだった。そのため実は真に問題となるのは、自分が入院生活を送るベッドの上で、携帯の電波がちゃんと入るかどうかである。
しかしこればかりは、いざ入院してみるまでわからない。というのも入院当日になるまで、病室/ベッドがどこになるのかはわからないからだ(他の患者さんの入院/退院スケジュールしだいで都度調整が入るため、事前にその情報を確定・確認することはできないという。おそらくこれはどこの病院にも事情は似たりよったりだと思われる)。
私の場合は、幸いにもこの「病室ガチャ」に運良く勝利し、いちばん窓際の電波状況がきわめて良いベッドが割り当てられた。通信速度も常に安定して50Mbps以上と、全く問題を感じなかった。ちなみに私はコロナ期以降、外出機会も減ったので楽天モバイルに通信キャリアを変更して月々の通信代を節約していたのだが、入院時に一番懸念していたのがこの楽天モバイルの通信パフォーマンスだった(電波は繋がるのか、回線速度は大丈夫か、など)。特に楽天モバイルは3大キャリアに比べると屋内での電波状況がどうしても弱く、病室内での通信には不安を感じていたのだが、これは幸いにも杞憂だった。
補足だが、退院日に楽天モバイルのアプリを開いたところ、私は約1ヶ月間の入院期間中に約100GB以上ものデータを消費し、月額料金は定額税込3168円のまま、一度たりとも速度制限もかからなかった。もはや楽天モバイルには頭が上がらない。今回の入院でもっとも費用対効果が大きかったデジタル・サービスを1つ挙げろと言われれば、間違いなく楽天モバイルである。
ただし、これはあくまで今回私の運が良かっただけの可能性があるため、不安な方は3大キャリアと楽天モバイルなど、2回線を契約した状態で入院するとよいだろう。最近はeSIMでの契約も可能となり、デバイスとしてのSIMカードを受け取らなくても回線を追加契約できるため、最悪入院してからでもなんとかなるはずだ。
アプリ編
・動画配信サービスアプリ(Netflixなど):これは各個人が普段からサブスク利用しているもので全く問題ないのだが、重要なのは上の「病室ガチャ問題」(携帯電波が繋がらない可能性)に備えて、あらかじめ視聴したいコンテンツを端末にダウンロードしておくべし、ということだ。
ちなみに私は上で書いたとおり事前にその懸念が大いにあったので、最悪ベッドでは電波が繋がらないことも想定し、あらかじめ見たいコンテンツはNetflix, Amazon Prime Video, U-NEXTなどでダウンロードしておいた(ただしU-NEXTだけは1ヶ月間トライアル無料期間だけを狙って、入院前日にトライアルを開始してダウンロードしておき、退院前に解約してしまったが)。
ふだんNetflixなどで「あ、これ見たいと思っていた映画/アニメだ」と思ってマイリストには入れたものの、まとまって観る時間や意欲がなく、いわゆる「積読」ならぬ「積視」したまま溜まっている動画は誰しもいくらかはあるはずだ。入院生活はそれを一気に消費する格好の機会である。また、ここでは動画視聴アプリを前提に書いたが、電子書籍アプリ(Kindleなど)やゲームなどについても、タブレット端末へのダウンロード/最新版へのアップデートだけは忘れずにやっておこう。
・NHKプラス:私は今回の入院中、ベッドの横にあるテレビの電源を一回もつけなかった(そもそも私はこの10年ほど、自室でテレビを見る習慣をなくしており、入院中も観る必要性は感じなかった)。それはよいのだが、これには特筆すべき理由がある。なんと私が入院した病院では、テレビの利用代として1日500円も徴収していたのだ。数日ならまだしも、私の場合は1ヶ月近い入院なので、もしうっかりテレビ代を徴収されていたら15000円近い出費になっていたわけだ(Netflixが何ヶ月も契約できてしまう!)。
もちろんこんな恐ろしい無駄金を払うわけにはいかないので、私は入院時に「テレビは一切利用しない」と受付に伝え、テレビ利用料は払わずに済むようにしていた。最近はテレビを観ない患者も多いのだろう。入院時の提出書類には、テレビを使うかどうかの設問項目がわざわざ用意されていた。ただし病院によってはこのあたりは事情が異なると思われるので、テレビを観ない人は必ず事前にチェックしたほうがいい。
とはいえ、入院時はただでさえ外界と物理的に切り離されてしまい、もはや外の気温が暑いのか寒いのかといった基本的情報すらも感覚的に得られなくなる(晴れているか、雨が降っているかは窓から見ればわかるが、肝心の外気温が全く分からない)。そのため、天気情報だけでもいいから、なんらかの世俗的世界との接点(インターフェイス)は持っていたほうがよい。
そこでちょうどよい媒体となるのが、「NHKプラス」アプリである。特に登録などしなくても利用可能だが、NHK・Eテレをアプリでリアルタイム視聴できるので、いわゆる「朝8時のニュース」などを観るために使う。ちなみにNHK受信料を払っていれば「見逃し配信」などを使えるアカウント登録も可能だが、その機能は使わなくても問題はない)。
私の場合は、主に朝食・昼食・夕食などの食事中に、BGM代わりにNHKニュースをながら見するのが日課となっていたが、これは入院生活中のリズム的にもおすすめである。また、もちろんこれはradikoなどでラジオ番組を視聴するのでも代替可能だろう。私は普段ラジオを聞く習慣がないので使わなかったが、同室内ではラジオを聞いている患者さんもそれなりにいた。
・「ジャーナル」(日記アプリ):私は今回の入院を期に、はじめて「ジャーナル」アプリ(2023年からiPhoneに標準でインストールされるようになった日記アプリ)を使って、入院生活のちょっとしたことを記録するようにした。これは入院生活中にとてもおすすめできる習慣である。とはいえ手段はなんでもいい。本アプリは要するに「自分だけが執筆・閲覧できる日記アプリ」に過ぎないので、それこそ文章・メモが書けるアプリであればなんでもよい(標準のメモでも、EvernoteでもGoogle KeepでもNotionでもその他ToDo管理アプリでもなんでもOK)。もちろん、手書き派は手帳か日記帳を持ち込むのでもよいだろう。
さて何を日記に書くのかという話だが、私の場合はそれこそ映画やドラマの感想を書いたり、配膳される入院食の写真を撮って記録したり、歩行リハビリの内容・進捗や筋トレの方法などを日記に書いていた。SNSと違って自分しか読まないので、文章の可読性をそこまで意識する必要はないし、誤字脱字も特に気にしなくて良い。もちろん写真の映えも気にしなくていいし、いいねやメンション・リポストといったリアクションも一切気にする必要もない。むしろそのほうが、のびのびと「言語」を通じて自分と向き合えることに気づくだろう。私のように、すでにSNS(X, Instagram, Facebookなど)を普段はやっていない/やめてしまった人には特におすすめしたいし、SNSをやっている人にもおすすめしたい。
入院中に日記を書くメリットは大きい。とかく入院中は変化に乏しいので、少しでもポジティブなことがあれば日記に言語化をしておくとよい。たとえば私の場合、読み返すと、「久しぶりのシャワーがとんでもなく気持ちよかった。ありがたかった」「久しぶりに飲んだコーラがたまらなく美味しかった」「マーガリンの油分と塩味が美味すぎてやばかった(実際、入院中に一番美味しかったのがこのマーガリンだった。病院食は味付けが簡素なので、マーガリンに限らず、”外部”の味がそのままする調味料をとにかく美味に感じやすいのである)」といった些細なことを大量に書き残している。これによって、ちょっとした院内生活での幸せを確認できて感謝の気持ちが生まれるし、「自分はこんなことでも幸福を感じるのだな」という気付きにも繋がる(そしてそこでの気付きが、退院後の生活改善にも繋がっていく)。
事実、私は退院後もジャーナルアプリでの日記付けを習慣的に続けており、特にプール・ウォーキングをしたあとには、そのとき歩きながら考えたり思いついた内容などをメモするようにしている(実はその内容が、この原稿を執筆する際にも大いに活かされている)。日記を書くという行為が、なにかとメンタルヘルスや知的活動に良いことは広く知られているが(私も若い頃は紙の日記を大量につけていたのだが、いつしか加齢とともにその習慣を失っていた)、今回の入院をきっかけにその習慣を取り戻せたのはとても良かったと考えている。
余談:「アーキテクチャよりもコンテンツ」への転向(態度変更)
ちなみに余談だが、今回の入院生活で私は「入院時にはゲームよりも映画のほうが有意義である」という転向(態度変更)を迫られることになった。これはなぜかというと、「自己の人生を振り返る/反省する/感情移入する」といった感情作用を得ようとすると、こればかりは映画やドラマなどのコンテンツのほうがてっとり早いことに気づいたからだ(あまり好きな言葉ではないが、そのほうが「タイパがよい」のである)。
といっても、なぜこんな当たり前の話をわざわざしているのかわからない読者も多いと思うので補足しておく。かつて私は評論家としてデビューした20代後半のとき、(情報環境が台頭してきた昨今、批評的に重要なのは)「コンテンツよりもアーキテクチャ(=物語よりもゲーム)」というスタンスを取っていた。実際、私は人生の娯楽体験の大半をもっぱらゲームに費やしてきたし、それで良いと思って生きてきたのである。なので今回の入院でも、もっぱらゲームをするつもりで入院した。実際、ゲームにはプレイヤーを飽きさせずに継続的にプレイさせるための最適なアーキテクチャ(環境)とユーザー体験(UX)がふんだんに用意されており、実際に人気のあるゲームであれば、必ずそのための仕掛けが巧妙に組み込まれている。このゲームのメディア特性じたいは変わらないし、暇つぶし・時間消費の観点では非常に効率的なメディアである。だからこそ入院中もゲームが最強だと私は疑っていなかった。
ということで私は入院中、普段からやっている中華製ソシャゲRPGの「原神」「崩壊:スターレイル」を日課として続けるのはもちろん(当然、入院中にガチャも回している)、それだけでは時間が持たないので「ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君」のアプリ版を購入してプレイした。しかし、(もともとあまり好きなナンバリングではなかったが)ドラクエ8をプレイしてもなんの「感動」もないことに愕然とした(そもそもドラクエにその体験を期待するほうが間違っているのではあるが)。
それよりも、Netflixで観る「三体」や「ドライブ・マイ・カー」といった動画作品のほうが、はるかにわかりやすく直接的に感動体験をもたらしてくれる。具体的には、感情移入のしやすい登場人物(たとえば私と同じように難病を抱えるキャラクターや、同年代・同性の「中年の危機」を抱えたキャラクターなど)が登場し、それらに対し容易に自己を投影して物語を享受し、喜怒哀楽といった感情に身も心も委ねることができる。そこにはややこしいチュートリアルも操作もレベル上げも聖遺物厳選も必要ない。要するに動画コンテンツのほうが、アリストテレスのいう「ミメーシス(感化・感染)」と「カタルシス(浄化)」のコスパ/タイパが圧倒的に良いのである。今回の入院は、そんな当たり前の事実に改めて気付かせてくれた。
Nice to haveかもしれないが、私は持っていかなかったもの
・ポータブルゲーム機:いわゆるNintendo SwitchやSteam Deckのようなゲーミング専用デバイスだが、今回の入院期間では特にやりたいゲームがなかったのと、自宅で娘と共用していたこともあり、今回は持参せず自宅に置いていった。もちろんゲーム好きな人は入院時に持ち込むとよいだろう(しかし、余計なお世話だと思うが映画なども観たほうがよい)。
・VRデバイス:いわゆるMeta QuestやApple Vision ProのようなVRヘッドセットだが、私は普段から常用もしていないし、必要性も全く感じなかった。サイバーな入院生活を送りたい、あるいはより没入的なコンテンツ視聴環境を追求したい人は持参してもいいかもしれない。ただし、VRを利用しているところは必ず看護師たちに見られることだけは覚悟しておこう(看護師たちは、わりと突然断りもなくカーテンを開けてベッドスペースに侵入してくる)。
さいごに:アナログ編(デジタルグッズ以外の生活雑貨・文具について)
最後に、デジタルだけではなくアナログ系のグッズについても補足しておく。こちらは病院から渡されるリストどおりで基本問題ないのだが、あくまで「私の場合は」というただし書きつきのおすすめ情報も加えてある。
【病院内でのレンタルサービスを利用したため、持参不要だったもの】
・衣服(院内着・パジャマ上下)、タオル、歯ブラシ、歯磨き粉、コップ:私の場合、これらは病院でのレンタルサービスを利用した(料金は1日500円程度)。私は長期間の入院だったので、パジャマなどを洗濯・交換する手間と天秤にかけて考えて、レンタルで良いと判断した。基本、レンタルのほうが自分で洗濯・乾燥させる必要がないので気楽でよいと思う。
【持参したもの】
・下着:さすがに下着についてはレンタルがないため、当然持参が必要になるのだが、私はAmazonで旅行用の「使い捨て下着」を入院日数分の30枚購入して持っていった(だいたい1枚あたり100円強で購入可能)。
これも衣服のレンタルサービスを利用したのと同じ理由で、院内にはコインランドリーがあって洗濯する手段はあると聞いてはいたのだが、私の手術の場合、術後数日はほぼ寝たきりになるため、自由に洗濯できるわけではないことは確定していた。数日程度の入院であれば、洗濯せずに下着を数枚持ち込んで帰宅後に洗濯したり、家族やパートナーに交換してもらったりしてもよいのだが、1ヶ月近くの入院期間となると、さすがにそういうわけにもいかない。
そこで私が選択したのが「使い捨て下着」だったというわけだ。私は律儀に30日分持っていったが、実際には2日に1回ある入浴時にしか履き替えなかったので、実際には半分以上余った。病院内では汗をかくような運動をするわけでないので(リハビリも汗をかくほどの運動強度では行わない)、衛生的にもさほど問題は感じなかった。
・上着(パジャマの上に軽く1枚羽織れるカーディガンやフリースなど):私は一応持参したが、院内の室温は徹底的にエアコンで管理されていたのと、今回は院外への外出も一切する機会がなかったため、全く使わなかった。このあたりは病院によって環境や条件もまちまちだと思うので、なるべく事前に確認しておくとよいだろう。
・シャンプー・石鹸(ボディソープ):院内で1回使い切りの製品を購入できるとのことだったが、私の場合は自分で購入して持参した。ここは肌や髪との相性などもあると思うので、個々人で判断・選択してほしい。
・日常衛生用品:マスク・ティッシュ・ウェットティッシュ・耳かき・くし・爪切りなど。マスク以外は必須というほどではないが、長期入院の場合はあったほうがいいだろう。特に私の場合、右足のリハビリという観点で「足の爪を自分で切れるようになる」というのが1つの課題・目標になったので、持参して良かった。
・耳栓:一応持参したが、私は他人のいびきなどは特に気にならないタイプなので、結果的には不要だった(中高時代ワンダーフォーゲル部だったので、テントで他人と寝泊まりする=いびきを気にせずに寝られるため)。
・印鑑(認印)、ボールペン、休職時に申請する傷病手当金の申請書類:特に傷病手当の書類は、入院前に事前に印刷して持参するとよい。傷病手当の診断書は、退院前に主治医に提出して必要事項を記入してもらい、退院時に受け取るとスムーズに申請可能だ。
【リストにはないが持参したもの】
・サコッシュ(小型のショルダーポーチ):院内着のパジャマにポケットがあるのか分からなかったので、念の為持参。院内での移動時、たとえば自販機のあるデイルームに行くときなど、財布やスマートフォンを持ち運ぶために利用した。
・トートバック:主にシャワーを浴びに行く際、着替えやタオル、シャンプーにヒゲ剃りなどを持参するために使用。また売店へ買い出しにいくときの買い物袋としても数回利用した。私はしなかったが、院内で洗濯をする際にも役立つだろう。
・S字フック:病室のベッドに、サコッシュやトートバッグなどをかけるために使用。必須ではないが、ベッドによく使うものをかけておけると便利。
・歯間ブラシ:私の場合、歯の治療で入れたブリッジ(詰め物)の掃除のために、L字形の歯間ブラシが必須なので持っていったが、これは(入院とは関係なく)すべての人におすすめできるデンタルグッズだ。そもそも歯ブラシでは歯間にたまる汚れがほとんど落とせないため、特に歯石ができやすい歯間をごっそりクリーニングできる歯間ブラシは、非常に有効な衛生アイテムである。
私の場合、手術の前後に歯科検診も院内で受けた。全身麻酔手術の場合、口腔から細菌感染が起きたり、歯が傷ついたりすることがあるとのことで、歯科検診・消毒もセットだったのである。そこで歯間ブラシでの掃除を毎食後に行っていたところ、「手術後とは思えないほどキレイな状態です」と歯科医のお墨付きをもらった。
ちなみにおすすめのやり方は、ベッド横のサイドテーブルに歯間ブラシを常備しておき、食事が終わったら即座に(洗面台などにいかず、ベッドの上でそのまま)ブラッシングをすることだ。これを習慣づけると、歯間ブラシでのクリーニングをし忘れることがなくなる。私はこの習慣を退院後も持ち帰って続けている。
・ヒゲ剃り(電動シェーバー):男性向けの話になってしまうが、私はiPhone 15 / iPadと同じUSB Type-Cで充電できるものを新規に購入して持参した。というのもPanasonicやBRAUNなどのシェーバーは、家電独自の電源端子を採用しており、わざわざ充電のためだけにケーブルを差し替えるのが非常にかったるいと感じるからだ。
今回私は、「どうせすぐ壊れてもいいや」くらいの気持ちで、Amazonで2500円くらいで非常に安価な中華製製品を購入したのだが、これで全く問題ないどころか極めて剃り心地もよく、壊れることなく半年以上使えている。
もともと私はヒゲが濃いタイプで、T字カミソリでも電動シェーバーでもヒゲがうまく剃り切れず、そのせいで肌も荒れやすかったのが長年の悩みの種だったが、「どうせ壊れてもいい」くらいの気持ちで毎日気軽に(1日に2回くらい)シェービングをするようにしたら、容易にヒゲも剃れるようになって、清潔な状態を維持できることにようやく気づいた。結果、これも退院後も持ち帰り続けている習慣として根付いている。ヒゲが濃くて同じ悩みを持つ方には、ぜひおすすめしたい。
*
「入院生活に欠かせない必需品リスト」の解説は以上である。ほんらいであれば、このほかにも入院生活の詳細(手術直後から退院までのプロセスや、共同病室ならではの人間模様など)や、手術後に私が受けたリハビリテーションの具体的内容やその感想なども、それこそ「ジャーナル」アプリにたくさん記録を残してあり、それもまた書いてみたいところではある。しかし、これは私のケースにより特化した内容にしかならないので、あまり幅広い読者にとって役立つ内容になるとはいえない。よって入院編の内容はいったん以上とする。
さいごに、必需品の品目だけをあらためてリストとして抜粋しておくので、コピーペースト用に活用いただければ幸いである。
【デジタル編】
スマートフォン
タブレット
スマートフォン/タブレット用のスタンド
充電器:「2口以上あり(ケーブルの2本差しができる)」「高速充電対応」「純正製よりコンパクト」なもの
充電ケーブル:1.5〜2mタイプ
イヤホン:ワイヤレスタイプでもよいが、有線もあるとよい
Todo:動画コンテンツなどの事前ダウンロード
【アナログ編(生活雑貨・文具)】
衣服(パジャマ)
タオル
歯ブラシ・歯磨き粉
コップ
下着(使い捨てタイプだと楽)
上着(パジャマの上に軽く1枚羽織れるカーディガンやフリースなど)
シャンプー・石鹸(ボディソープ)
日常衛生用品:マスク・ティッシュ・ウェットティッシュ・耳かき・くし・爪切り・耳栓
文具:印鑑(認印)、ボールペン、傷病手当金の申請書類
(私の病院では転びやすくて危ないという理由で禁止されていたが、入院先が持ち込みOKならば「スリッパ or サンダル」もあるといいだろう)
この記事は、2024年11月27日、12月11日に配信した同名連載をリニューアルしたものです。あらためて、2024年12月26日に公開しました。