橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「現役官僚のニューヨーク駐在日記」。
今回は11月のアメリカ大統領選挙に向けての展望をお届けします。民主・共和両党の代表がそれぞれバイデンとトランプに決まったなかでおこなわれたバイデンの一般教書演説からは、何が読み取れるのか。水面下で起きている両党の争いを構造的に分析しました。
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端的に言うとね。
お久しぶりです。橘宏樹です。だいぶ間が開いてしまって申し訳ありませんでした。仕事が忙しいことに加えて、1歳数ヶ月となる子供の世話で毎日ドタバタです。子育てあるあるですが、お風呂に入れて、添い寝しながら寝かしつけると、日中の疲れもあいまって、いつの間にか自分も寝入ってしまいます。すんでのところで睡魔に打ち勝ち、ようやく自分の時間ができたとしても、そこから何か文章を書く気力はやはり残っていない、、、という日々の連続です。
さて、今年のアメリカは何と言っても、大統領選挙の年です。先日、両党の候補者がそれぞれバイデン大統領、トランプ前大統領に決まりました。
そんななか、当地時間3月7日(木)昼のバイデン大統領の一般教書演説(今年1年の所信表明演説)のニュースをご覧になった人はおられることと思います。僕は、仕事をしながらではありますが、CNNで一部始終を視聴していました。
政策的に何が語られたかについては、他の記事に詳しいのでそちらに譲るとして、本稿では、僕の興味を惹いたポイントを2つ述べたいと思います。
【詳細】バイデン大統領 2024 一般教書演説で何を語った?NHK 2024年3月8日
バイデン米大統領、ウクライナやガザのほか自分の年齢にも言及 一般教書演説 2024年3月8日 BBC News Japan
1つ目は、CNNの演説映像それ自体の作品性です。まず、カメラワークが凄いです。バイデン大統領を、前から上から横から後ろから、と、目まぐるしく視点を変えながら映し出します。ロックスターのライブフィルムさながらです。生放送とはいえ毎年の定例行事ですから、だいたい段取りも決まっているので、飽きさせないような工夫が積み上げられてきているのかもしれません。
また、演説は上院議会で行われ、上下両院の議員と特別ゲストが議場に集まってびっしりと埋め尽くされているのですが、彼らのリアクションが非常に面白いです。特に、上下両院議長の「顔芸合戦」は見応えがあります。バイデン大統領の真後ろ、向かって左には、カマラ・ハリス副大統領兼上院議長(民主党)が、右には、マイク・ジョンソン下院議長(共和党)が座っているのですが、大統領が政権の実績を強調すれば、ハリス副大統領は、いちいち立ち上がって、拍手します。大きな笑顔で口元も賞賛の言葉を発しているように見えます。対して、ジョンソン下院議長は、その都度、白けたような不機嫌顔をつくったり、いやいやいや、と顔をしかめて首を小さく横に振ったりします。トランプ前大統領への批判が展開する際も同様です。面白いのは、プーチン批判など、共和党として、また、自身の政治スタンスとして、それほど反対ではない話では、ほんの少しだけ肯定的に頷いてみたりするところです。顔芸がいちいち細やかです。
議場も同様です。大統領が実績を強調すれば、民主党員が陣取っている辺りは、みな立ち上がって拍手喝采。共和党員が陣取っている辺りは、しらーっとノーリアクションです。そうした様子をCNNのカメラは天井付近のカメラでしっかり捉えています。民主党員は、本当に、いちいち立ち上がって拍手喝采してはまた座り、を繰り返すので、もう演説中ずっと立ってたらいいんじゃないか、とすら思います。
こうした政治家らのオーバーリアクションについては、さすがはコミュ力高いアメリカ人という見方もあるかもしれませんが、僕は、むしろ、彼らがさらされている視線の厳しさの方に思いが至ります。雇用、投資、トランプ、中東、ウクライナ等々、それぞれのトピックでバイデン大統領の意見に対してどのようなリアクションを取るか、地元支援者や利益団体が厳しく見つめています。カメラ越しの彼らに向けて、自分のスタンスをはっきりかつ細やかにアピールしているのだと思います。いつカメラで抜かれてもよいように、というよりもむしろ、あわよくば抜いてもらいたいという前のめりな姿勢で大統領の演説に「参加」しているように見えます。そう、議場の政治家らはお笑い番組のひな段に並ぶガヤ芸人なのです。大統領という指揮者が振るタクトに呼応するオーケストラの団員なのです。議場の全員が「演者」なのであって、実はあの場に演説の純粋な「聴衆」は1人もいないのです。
転じて、日本の首相の所信表明演説の国会中継はどうでしょうか。カメラワークは普段の国会中継も含めて、ひと昔前より多角性が増している印象もありますが、野次る議員をアップで抜いたりするでしょうか。また、「演者」の方々は、地元支援者や利益団体の目線をカメラ越しにビキビキに意識しているでしょうか。国会議員の議場での居眠りがよく批判されていますが(あんな長時間ただ椅子に座らされているのは、普通に酷だとは思います。)もしカメラが、居眠り監視の域を超えて、国会議員のリアクションをこまめに拾い、おまけに実況中継や解説もつくようになれば、彼らのカメラを意識したジェスチャーも増えて、民主主義的なコミュニケーションはより豊かになるかもしれません。
2つ目は、バイデン大統領の気迫です。動画を見ていただけるとわかりますけれど、慣例だとは思いますが、大統領が議場に入ってから演説を始めるまで、たっぷり時間をとっていました。拍手喝采のなか、ゆっくりと演壇まで歩みを進めながら、通路の両側から、讃える者、励ます者、一緒に写メを撮る者、罵倒してくる者、それぞれを、ゆったりとした動作で、悠々とさばきながらたっぷり約10分を費やしてから壇上に到達しました。高齢だからスローなのは、それはそうなのですが、むしろ、悠然とした余裕を醸し出そうという明らかな演出意思が感じられました。高齢ゆえのゆっくりな動作を、むしろ活用しているようにすら見えました。
また、あくまで僕のセンスからの評価ですけれど、冒頭からジョークも冴えていたように思います。壇上にのぼり、まず、敵対する共和党の下院議長に演説原稿を渡す際には、「寝る前に読めばよく眠れるよ(Your bedtime reading. )」と軽口を添えます。そして、そこから間を置かず、正面に振り返り、大きな声で「こんばんは。私がもしもっと賢ければ、、、うちに帰ってるよ! (Good evening. If I were smart, I’d go home now. )」と、重ねて笑いを取りました。実際かなりウケてたと思います。ウクライナ、中東、中国、移民問題、財政支出などなど、内憂外患を抱えるなか、トランプ前大統領は共和党予備選挙で圧勝し勢いづいている。全米いや全世界の「不安」が一身に寄せられ、固唾を飲んで見守られている最中、絶対に失敗できない演説をこれからしなくてはならない。こんなにプレッシャーがかかる状況って、この地上にほかにあるでしょうか。そんな恐ろしい場の緊張を、実に軽快にほぐしていたと思います。ここに僕はさすが81歳の老獪さを感じました。このくらいの重圧なんざ余裕だぜ、こちとら何年政治家やってると思ってるんだ、とでも言いたげな風情でした。
その後の演説も、基本的に、政権の実績強調とトランプ批判を個別具体的に羅列していましたが、ひとつひとつが、いちいち力強かったと思います。呂律が回らないとか、内容を飛ばすとか、そんなことは全然なく、むしろ闘志と気合が満ち満ちていたと思います。野次にもアドリブで返答してさばいていました。トランプ前大統領を批判する際には、名前を出さず、終始「私の前任者(My predecessor)」と呼称した言葉選びも、貴様ごときの名前なんか出してやるものか(名前を出せばその分相手の宣伝になってしまいます。)といった対決姿勢と、とにもかくにも大統領職を担った者を尊重する上品さのバランスがとれていて絶妙だなと思いました。全体的に、あんな頭おかしいやつをまた大統領にできるわけないじゃないか、ちょっと考えればそんな当たり前なことみんなわかるだろ?冗談はよしてくれよ、といった(共和党の)良識派に訴えるトーンが滲んでいた印象です。
バイデン大統領の2024年一般教書演説(State of the Union Address)全文(ホワイトハウスHP)
ちょっとバイデン大統領を褒め過ぎたかもしれません。民主党の支配するニューヨークに3年間暮らすうちに、僕も知らず知らずのうちに、民主党びいきになっているのかもしれません。
バイデン大統領の支持率は、移民流入や物価高等への不満、高齢であることへの不安等から、長らく低迷してきました。しかし、少なくともこの演説に限っては、僕は、老骨に自ら入れるムチの驚くべき強さに、鬼気迫らんばかりの気迫や使命感をヒシヒシと感じました。正直、画面越しに、少し圧倒すらされました。やっぱ、大統領は伊達じゃないなと思わさせられました。
なので、一般教書演説で何が話されたかや当地の評価などよりも、そこに、全世界を進んで背負って立ち、むしろ気圧さんばかりの老人の闘気が立ち上っていたことをこそ、皆様にお伝えしたいなと思いました。それが持続可能なものではなかったとしても。
高齢社会日本において、敵多き世論とこれだけ真っ正面から堂々と向かい合って、気合いをありありと示し未来に挑む80代は多いと言えるか、考え込んでしまいます。
今後は、7月15日の共和党全国大会、8月19日の民主党全国大会で両党の候補者が正式に決まり、9月16日には最初の大統領討論会が開かれます。以後、様々な論戦の舞台で激突を繰り返し、11月5日に投票日を迎えます。とはいえ、今年もまた郵便投票の結果について悶着が生じたりして、開票作業も数週間続くことでしょう…。はてさて、どうなることやら…。
さて、次回こそは、ニューヨークでイノベーションを起こしている日本勢の例の残りをご紹介したいと思います。あまり間を置かずにお届けしようと思います。
(続く)
この記事は、PLANETSのメルマガで2024年4月19日に配信した同名連載をリニューアルしたものです。あらためて、2024年5月16日に公開しました。
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