我は〈遊び人〉なりや?

──児玉さんと僕が初めてお会いしたのは、児玉さんが運営されている「人狼ルーム @Shibuya」での人狼ゲーム(『汝は人狼なりや?』)の会でした。そこで児玉さんの活動について知り、とても魅力的だなと思ったわけです。ただ、その後気になって児玉さんについて調べても、具体的に人狼ゲームやけん玉がどのように職業になるのか、またそれでどのように生計を立てているのか、というところまでなかなか想像がつかなかった。しかし調べれば調べるほど、興味が湧いてきて……。
 なので、まずはぜひ児玉さんのこれまでの経歴や生き様について詳しくうかがっていきたいのですが、ご自身の活動を一言で表現するなら、どんな言葉が適切なのでしょうか?

▲人狼ルーム

児玉 そうですね……。あえて『ドラクエ』風の言い方をすれば、職業「遊び人」でしょうか。人狼ゲームとけん玉の二つの娯楽のプロをしている「遊び人」です。
 人狼ゲームのほうは、まず一つは都内に5店舗ある「人狼ルーム」の運営。二つ目は、「観る人狼ゲーム」というのがここ数年で流行ってきたので、「魅せる人狼」を体現するプレイヤーであり、ニコ生での人狼放送の運営。三つ目は人狼ゲームが舞台化したりテレビで放送したり小説になるときの人狼ゲームコンサルタント、その三つの活動が主です。
 けん玉のほうは、相方のイージーと「ZOOMADANKE(ず〜まだんけ)」というパフォーマーコンビをやっていまして、けん玉を使ったさまざまなパフォーマンスを世界各地で披露したり、スクールを開いて人に教えたりしています。

──なるほど、人狼とけん玉を二本柱にしたプロの「遊び人」……! でも児玉さんって、もともとはサラリーマンをされてたんですよね?

児玉 はい、リクルート系の不動産会社で6年働いていました。

──じゃあ、一念発起して会社を辞めて「遊び人」にクラスチェンジしたんですか?

児玉 いや、自発的な決断ではなく、会社自体がリーマンショックの影響で傾いて、全社員の半分がやめなければいけない状況になったんです。恥ずかしながら、そこで初めて自分の人生について本当に真剣に考えました。一応、会社からは「残ってほしい」と言われていたのですが、「会社を辞めたときと辞めないとき、どちらのほうが面白い人生になるのか」というシンプルな問いに落ち着いて、「会社を辞めた人生のほうが面白い」という答えに至りました。これは、リーマンショックで社会や経済が急激に変化するさまを間近で目の当たりにしたがゆえの結論だと思います。
 ただ、退社後に独立するリクルート社員のイメージとは程遠く、本当になにも決めていない状態で辞めました(笑)。

──それは大胆な決断ですね。でも、当時はすでにご結婚されてたんですよね?

児玉 そうです、社内結婚でした。当時は子供はもたず夫婦で一緒に働く「DINKs(Double Income No Kids)」みたいなライフスタイルをとっていたのですが、嫁も会社を辞めることになったので、 No Income No Kidsの状態になりました(笑)。そして、「せっかくだし夫婦で3ヵ月くらい遊ぼう」という話になり、海外に行ったりして遊んでいました。その後、嫁は耐えきれなくなって専門学校に勉強しに行ったのに対して、自分はその後も1年3ヵ月くらい遊んでいました(笑)。

──なるほど、リストラ後の人生のモラトリアム期間を経て、だんだん「遊び人」っぽくなってくると(笑)。

児玉 はい、その間に漠然とですが、娯楽業界にいきたいなという思いに至り、おもちゃ会社のことを調べたり、そこに従事されている方にお話を聞いたりしていました。その中で、おもちゃを教育や福祉の観点から考える「おもちゃコンサルタント」という資格があることを知りました。

──「おもちゃコンサルタント」! そんな資格があるなんて初めて知りました。

児玉 その資格を取得するために通い始めた教室に、今のけん玉パフォーマンスの相方がいたんです。当時は、彼に毎日のようにけん玉を教えてもらっていました。おもちゃコンサルタントには、一つのおもちゃで説明書にない10個の新しい遊び方を考える課題があります。そこで、二人でけん玉の紐を切ってみたり、ダンスをしながらけん玉するなど、娯楽で試行錯誤する経験をしました。それが実は今の世界的けん玉パフォーマーコンビ、ZOOMADANKEのはじまりだったんです(笑)。

職業:プロ人狼プレイヤー

──次は児玉さんが「遊び人」から、どのように「人狼ゲームのプロ」になっていったのかを、詳しく聞かせていただけますか?

児玉 知人の会社の事務所を、夜だけボードゲームスペースにしたのが始まりでした。それが現在の「ドイツゲームスペース」です。まずは月に何回か予約が取れるようになって、人狼ゲームを始めると人がもっと集まるようになりました。かれこれ2年間は一人でお店を回していましたね。

──人狼ゲームが知られだした2010年代の初頭は、まだボードゲームカフェも少なく、リアルゲームをビジネスにするノウハウは確立していなかったと思います。児玉さんの脱サラが、ちょうど『カタンの開拓者たち』などドイツ発のアナログゲーム全体が盛り上がっていく時期に合致していたわけですね。

『カタンの開拓者たち』

児玉 はい。ドイツゲームだけでなく脱出ゲームなど、アナログゲーム全体にスポットが当たってきた時期と近かったので、タイミングが良かったのだと思います。もちろん自分もその一端を担うために意識的に盛り上げようと思っていたからこそ、波に乗れたのだと思いますし。日本ではまだ誰もやっていない遊びを最初に始めてみたら、たくさんやることができてきたという感じですね。

──数あるアナログゲームの中で、児玉さん自身の活動が特に人狼ゲームに集中していく過程は、どんな流れだったのでしょうか。

児玉 最初は「人狼ゲームって面白いな」くらいの感覚だったのですが、考えたらこのゲームはまず10人以上の人を集めないといけない。大人数で机を囲む感覚が、これまでのゲームにはない感覚でした。そして、セッションごとに役割が変わるので、映画や脱出ゲームといった、1回消費するとネタバレになるコンテンツよりすごい。
 けれども10人以上が入るようなスペースは、一人暮らしだと無理。だからスペースを自分で作り、司会者を自分でして、プレイ人数を集められない人に変わって人を集めた、というのが人狼ルームの始まりでした。つまり人狼ゲームが流行らない理由をすべてカバーしたものが、結果的にビジネスになったという感覚です。

──児玉さんが考える人狼ゲームの魅力とはなんですか?

児玉 実は、僕は人とのコミュニケーションが得意なようで苦手です。なのでゲームを介してのほうが人となりがわかるんです。一緒にゲームをやると、遊びだからこそプレイヤーの素が出るじゃないですか。プレイを見ることで人間性がわかるというのが魅力だと思います。

──僕は人狼ゲームのルールの不完全さが面白いと思いました。具体的には1ターン目の会話の切り出しがすごく属人的というか、場の空気に任されているということです。2ターン目以降は普通の推理ゲームなのですが、ゲームに入る際の設定がすごくアナログであるがゆえに複雑化して奥深くなっているゲームだと思います。

児玉 そうですね、プレーする人間によってやることが全然違ってきますよね。僕はこの7年間ずっと人狼ゲームばっかりやってきたので、日本一、不特定多数の人間と対面人狼をやった人間になってると思うんですよね。そうして思うのは、プレイヤー毎に、セッション毎に全部違うし、全部楽しいし、全部悔しいので未だに飽きないし、未だに後悔するし、未だに考えます。

職業:けん玉パフォーマー

──対して、けん玉はどのようにして職業にしていったのでしょうか?

児玉 けん玉も会社を辞めたあとにボードゲームスペースの運営と並行して練習してました。すると、ボードゲームが流行りはじめた頃に、けん玉も流行りはじめたんです。けん玉が盛り上がったのは、アメリカのストリートを中心にして海外でけん玉をする動画がネットにアップされはじめたことがきっかけになっていた。そのなかでテレビでパフォーマンスを披露する機会をいただきました。それをきっかけとしてさまざまな方に知っていただくことができました。

──けん玉パフォーマーとして、メディア露出以外ではどのような活動を行っているのですか?

児玉 主に巡業です。たとえば、教育機関や商業施設でのパフォーマンスや、企業パーティーでの余興です。僕たちは営業も専属のマネージャーもいないので、直接いただいたメールの依頼をこなしているだけなんです。それだけ敷居が低いぶん、面白い案件がたくさん届きます。

──ZOOMADANKEのパフォーマンスに魅力を感じた人が児玉さんに直接メールで連絡するんですね……! 具体的にはどんな面白い依頼がくるのですか?

児玉 たとえば、海外からの案件はとても刺激をもらえます。日本以外の国ではほとんどの人がけん玉のことを知りません。なので、僕たちのパフォーマンスやワークショップで初めて見て、とても新鮮な反応をしてくれます。やはり、海外と日本では、けん玉の認知度のギャップが大きいですからね。彼らは基本的にノリがいいのでとても盛り上がってくれます。そのほうが、パフォーマーとしては単純に楽しいし嬉しいですよね。

──僕はけん玉のシンプルさがいいと思います。たとえばゲームにおいては「日本人には戦争ゲームは受け入れられない」、「アメリカ人には『ドラゴンクエスト』は受け入れられない」という定説があるように、大抵のコンテンツにはどうしても文化や文明の壁があります。それに対して、けん玉はコンテクストを共有していなくても誰とでも楽しめる。
 大人になってからけん玉を始めたからこそわかる、けん玉の魅力とはなんでしょうか?

児玉 成功したときには100%が自分のおかげであり、失敗したときには100%が自分の責任であるというところです。けん玉はシステムで動くわけではないし、誰かが手を添えてくれるわけでもないので、一人だけの究極のリアルゲームをプレイしている感覚があります。失敗したらなぜ失敗したのかを、カラダでものすごく考えます。自分だけの責任というものを感じることは大人になればなるほど少ないですよね。ビジネスだとやはり大勢の人を介してますから。

──児玉さんはけん玉パフォーマンスというジャンルそのものをつくったと思うのですが、いわゆる伝統玩具としてのけん玉がパフォーマンスに昇華されたとき、何が変わったと思いますか?

児玉 内向きのものから外向きのものになりました。「一人だけの究極のリアルゲーム」から「誰かに見せるパフォーマンス」に変わるので、ものすごく社会と向き合いました。大人になってから始めたからこそ、一般的なイメージで言うと一人遊びでダサくて古いけん玉を、2人で派手にかっこよくパフォーマンスをするという全部逆の発想でやると面白くなることに気づけました。

▲「けん玉ワールドカップ廿日市 2019」でのZOOMADANKE with タベノコシスターズのオープニングパフォーマンス

「好きなものを仕事に」ではなく「やってみたものを好きになる」

──人狼ゲームという仲間内でやるゲームにプレイルームをつくることと、けん玉というすごく内省的な行為をパフォーマンスとして外に開くこと。これらの児玉さんの活動には、本来閉じているものを半開きにするという共通項があるような気がします。

児玉 確かに。ただ、僕にとっては「人狼ゲーム専用のプレイルームをつくること」と「けん玉でパフォーマンスを行うこと」は、まだ誰もやっていないビジネスだということが大きかったです。僕は、大学受験や就職活動を通して自分のことを「中の上」ランクの人間だと自認していました。そんな僕が30歳になって退職し「上の上」ランクの人間にも勝つためには、まだ誰もやっていないことをやるしかないと考えました。なんだかんだ目立ちたい願望が自分にもあったんでしょうね。トップになりたいから他の人と別の山を登りました。

──人狼ゲームもけん玉も、「好きなことを仕事にしよう」というより、次に何を仕事にしようかと模索するなかで出会ったんですね。

児玉 そうです、趣味でやろうとはまったく思いませんでした。職業としてチャレンジして失敗したら、また不動産屋として普通に働こうと考えていました。

──この児玉さんのスタンスはけっこう重要だと思います。みんな、「好きなものを仕事に」することが幸せだと誤解しているんですよね。自分が一生かけて頑張れるものはなにか、と探しているうちに好きになったものが職業になっていくという児玉さんの生き方を紹介することに僕は意味があると思う。

児玉 生まれて30年間、僕はボードゲームもけん玉も知らなかったわけですからね。一度もやったことがないものに大人になって出会って没頭したということです。

──見つけて好きになってから「これはいける!」と思ったのか、「これはいける!」と思ってから好きになったのかどちらなんですか?

児玉 けん玉で「これはいける!」とはさすがに僕も思いませんでした(笑)。なので、好きになってから「これはいける!」と思ったという流れです。単純にビジネスにはならないだろうなともわかっていました。でも、ボードゲームもけん玉も続けているうちに、この二つには深い魅力と可能性があるという確信に至ったわけです。

──児玉さんは職業として次に何をしようか、と模索するなかで好きなものに出会った。これに対して、「好きなものを仕事に」しようとしている人たちはもともと自分が好きなものを仕事にしようとするから「自分探し症候群」に陥ってしまっていると思います。

児玉 一生懸命に活動していたらテレビの依頼がきて、テレビでのパフォーマンスを見た人からまた依頼がきて、続いて海外からも依頼がきてという流れで活動の規模が大きくなっていくにつれて、職業として確立していったのだと思います。
 僕たちのなかで「1/100理論」と呼んでいるものがあります。例えば、100人の前でパフォーマンスをしたら必ずその100人中の1人は驚くほど感動してくれます。その1人が終わったあとに必ず話しかけてくれるんです。「めっちゃ感動しました」「こんなことけん玉でできるんですね」と。で、「ちなみに呼ぶとしたらいくらですか?」という話になるんですよ。 
 それがテレビになると、単純に母数の「100」が多いわけです。実際、初めてテレビでパフォーマンスをしたあとには5件もメールがきていました。そこには僕の嫌いな打算や忖度などまったくなく、自分たちのパフォーマンスにシンプルに感動したから呼びたいという感情だけがあると思います。〈遊び〉に対して人は正直ですからね。

自由への回路としての〈遊び〉

──僕が何回か「人狼ルーム @Shibuya」に遊びに行かせていただいたときに、すごくいいなと思ったのが、平日の夜に10人以上の大人が集まって酒を一滴も入れずに遊べていることなんです。

児玉 高校生の修学旅行みたいですよね。

──でも、社会人になると何がつまらないって、酒飲んで噂話とか愚痴を言い合うこと、つまり、アルコールという化学物質を入れることによって一時的に社会のタテマエをリセットしてちょっとだけ本音を言って、マイナス100のストレスをマイナス80くらいに緩和するみたいなことを、みんな遊びだと思っていることなんですよね。そのことがこの世の中をすごくドンヨリとさせてるんじゃないかと僕は思う。

児玉 わかります。僕は上京して、東京にはお金をちゃんともらっている”ぼっち”の人が多いということに気づきました。ある程度の企業からある程度の収入をもらっているために会社を辞められず、同僚とプライベートで遊ぶなんて考えられない。そして、地元の友達もいないので逃げ場がない。僕自身がまさにそんな状態だったので、サラリーマン時代はほとんど遊んでいませんでした。終業後にやることがないから、ネットサーフィンしながらだらだら残業する、みたいな。
 でもそうなってしまうのは、いい娯楽を知らなかったからだろうと思うんです。サラリーマンが悪いんじゃなく、定時で仕事を切り上げようと思うほどの、気の進まない上司との飲みを断るほどの娯楽を知らないからなんですよ。だから人狼ルームは、そういう娯楽にならなければいけない、と。

──僕もサラリーマンを5年くらいやっていましたが、まったく同感です。サラリーマンにはコミュニケーションのためのコミュニケーションが多すぎます。僕はお酒が嫌いというよりも、飲み会文化が嫌いなんですよ。そもそも酒を入れて正気を捨てないと本音を言えないということが情けないし、仕事ではなくメンバーシップに給料を払うような旧い日本的な働き方を温存している面もある。

児玉 みんな飲み会に行かなければいけないという思い込みを捨てて、もっと遊ぶべきですよね。僕は人狼ルームで仲良くなった人同士でこそ旅行やキャンプに行くことをおすすめしています。人狼ルームという流動性が高いコミュニティーで出会った仲間のほうがお互いの肩書きを意識することなく、ストレスフリーで楽しいと思うからです。肩書きが違っても同等になれるということは、社会的に自由になれるということですよね。普段から肩書きはストレスになっている、だからこそそれがなくなった時に一層楽しいと感じるんだろうと思います。現に、人狼ルームに通い一緒に遊べる友達が増えたことで「人生が変わった」という常連さんはたくさんいらっしゃいます。

──例えば堀江貴文さんに憧れて意識高い系になって起業したり、児玉さんのようにフリーランスになることで、人生を変えようという人は多いと思いますが、それで実際に自由に生きられる人はごく一握りで、実際にはそういう人を見て「いいな、でも俺にはできないな」と思いながらメーカーの営業とかをやっている人がほとんどでしょう。そこには大きな誤解もあって、堀江さんも児玉さんも僕も、仕事では結構しがらみの多い世界で生きてるわけですしね。ただ、もしそこに自由があるとしたら、むしろ僕らが〈遊び〉という回路を持ってるからだと思うんです。

児玉 そう、決して遊びを仕事にする必要はない。そんなことしなくたって、人は遊べるから。

大人の〈遊び〉を更新するために

──最後に、大人にとっての〈遊び〉とは何かを改めて考え直してみたいんです。子供の遊びというのは、どちらかというと世界を知るための欲望の発露じゃないですか。

児玉 はい、すごく本能的なものですよね。

──大人の遊びも根底的には通じてるんですけど、発現としては違う面もあって、例えば人狼ゲームでは大人としてそれまでの人生で培ってきたものを総動員して本気で競うわけじゃないですか。それも社会的地位とか、実人生での自己実現とは切り離されたところで、能力をフル活用して戦う場になっている。そういう本気の楽しみをアフター5に持てるか持てないかで、世界の見え方が全然違うと思うんですよね。

児玉 そう、まさに大人の遊びの重要性は、組み込まれてしまった社会とは別の世界に生きられるようになることだと思います。僕が好きなタモリさんの言葉に「仕事に遅刻するやつは許せるけど、遊びに遅刻するやつは許せない」というのがあるのですが、僕はいつもお客さんに「ゲームの開始時間に絶対に遅刻しないでくださいね」と伝えます。それは、本来はちゃんと会社の外で遊べる時間をつくるためにこそ仕事をしているということを感じてほしいからです。

──本来の遊びって、自己目的化するものですからね。なのに世間で「大人の遊び」とされているお酒やゴルフやギャンブルは戦後の会社共同体と密接に結びついて、「手段」になってしまってるのが問題なんですよ。そのことが、この社会を決定的に不自由にしている。

児玉 社会人になることで伴う不自由さに慣れてしまうと、「自由になれ」といざ言われても何もできなかったりします。だけれど、「遊ぶ」という方法なら意外と簡単に自由になれますよね。今は、昔では考えられないくらいに簡単に遊べることにみんな気づいていない。どれだけマイナーな遊びでもネットで発見できて、遊び相手もネットで集められる。
 実際、僕らもSNSで集客しているので Twitterがなければ人狼ルームは成りたたないし、 Instagramがなければけん玉の動画は世の中に流れていない。たくさんの選択肢が増えたはずなのに、遊んでいないというのは時代に逆行しているとさえ思います。

──思いますよね。いまだに「遊ぶ」ことのイメージが、とっくに崩壊しているアナクロな「飲む・打つ・買う」みたいなイメージに縛られてたりして。

児玉 〈遊び人〉という概念をアップデートする必要がありますね。会社が終わって張り切って女遊びをしている人、たくさん酒を飲む人というイメージから、ボードゲームやサーフィンなどアクティブにいろんなことで遊んでいる人というイメージに変えなければいけません。

──この先、僕たちのような現役世代が率先して遊び方を日本社会に提示する必要があると思います。なので僕は密かに「飲まない東京」運動というか、遊びを忘れてしまった東京に飲み会以外の新しい〈遊び〉を提案しようと思っていて、ここ数年はさまざまな試行錯誤をしています。たとえば住宅地の近くの隙間を発見してカブトムシ採りをしたりとか、 Twitterでオープンに呼びかけながらナイトウォークしたりとか。
 最近考えているのは、世の中に Google Mapというものができたことで場所を探し出すことのゲーム性がゼロになってしまったので、今はオリエンテーリングのような遊びが成立しにくくなってますよね。それなら逆に、 Google Mapに載らない場所をチェックポイントにした新しいオリエンテーリングができないかな、なんて。

児玉 そういう企画は面白いですよね。僕らも23区ゲームというのをよくやります。ルールは簡単で、まさに Google Mapを使わないという前提で古い地図を買い、役所が設置した住所が書かれてある看板の写真を23区分、一番先に撮ってきたプレイヤーが勝ちというものです。23区すべてをどれだけ短時間で回れるかというものなのですが、これが意外と面白い。高田馬場駅近辺が豊島区と新宿区の境で一番近いということなんかがゲームしていくなかで知ることができます。
 あと、選んだ写真と同じ写真を誰が一番はやく撮れるかというゲームも面白いです。「この写真の建物、どこにあるか知ってますか?」などと考えるなかで、他の人に聞いたりするのでけっこう楽しいです。

──まさにそういうことをやりたいです! オンラインサロンのメンバーでやるとおもしろそうですね。

児玉 オンラインサロンと遊びはものすごく相性がいいです。ベクトルを互いに共有していたり、主催の人と同じ趣味をもっているメンバーで構成されていると、思っていることをすぐに形にしやすいので。

──昔の遊び人は、正規の道から外れているがゆえにフリーハンドで裏技が使える人みたいなイメージだったじゃないですか、『ドラクエ』の遊び人がそうだったように。でも、今はそうじゃなくて、いろんなジョブの人間が〈遊び〉という呪文を唱えることによってどんなものにもなれるというように、世界で使える技が増えていく、みたいなイメージに変わりつつある。そういう〈遊び人〉のアップデートを、ぜひ指南していただきたいです。今度、 PLANETSのオンラインサロンでも、いろいろな遊びを教えてください!

児玉 もちろんです! どんどん〈遊び人〉の概念をアップデートして、新しい遊びのスタイルを増殖させていきましょう!

[了]

この記事は、2018年に刊行された『PLANETS vol.10』掲載の同名記事を再掲したものです。宇野常寛が聞き手を、米澤直史と中川大地が構成をつとめ、あらためて8月17日に公開しました。