その日、僕(宇野)は大手文具メーカー「コクヨ」のオフィス家具のお披露目イベントに呼ばれていた。イベントの一部の「働き方改革」をテーマにしたシンポジウムに登壇するためだ。僕にとっては言葉だけが空回りしがちなこの「働き方改革」に対して、身も蓋もない本質をぶつけてやろうという意地悪な気持ちで挑んだ仕事だった。
 表面的な仕組みをいくら変えても、僕らの労働への、生活への、家族への、そして人生へのイメージが変わらない限り何も変わらない。正社員のお父さんと専業主婦のお母さんがいて、お父さんはお母さんを郊外の持ち家に押し込めて、1時間半かけて会社に通い、定時後はダラダラと会社に居座って残業代を稼ぎ、同僚と居酒屋で上司や取引先の悪口で盛り上がり終電間際に帰宅する、そしてその会社からは成果ではなく、所属と忠誠心の対価として給料をもらう。そんな昭和なワーク&ライフスタイルを「標準」と考えているうちは、どれだけ仕組みをいじっても何も変わらない……。
 僕は頑迷なメーカーの社員たち(そんな昭和の「おじさん」たち)を挑発的に啓蒙してやる、そう思っていたのだ。
 しかし、開幕10分にしてその目論見は崩れ去った。ただし、最良の意味で。壇上で司会を務めていたコクヨの社員──僕と同い年の中年男性──は冒頭から宣言した。「どれだけ仕組みが変わったとしても、みなさんが変わらなければ何も変わりません」と。
 そして彼、坂本崇博は鮮やかにプレゼンしていった。いちオタク営業マンだった自分が、「アニメを見る時間を作る」ためにまず「自分の働き方改革」を始めたこと。そのノウハウを会社にプレゼンテーションし、コクヨの事業として他社の「働き方改革」のコンサルを請け負うようになったこと。そしてその中で得られた生産性とワークスタイルに対する鋭い知見の数々。
 実は意外ではなかった。楽屋で彼と顔を合わせた瞬間、僕は確信したのだ。「この男は、こちら側の人間だ」と。そして彼の仕事は僕の期待を大きく上回っていた。
 「働き方改革」とはいうけれど、でも結局……と言ってしまいがちな読者はおそらく多いと思う。そんな読者はまず、坂本崇博が実践した「自分の働き方改革」の実践からはじめてはどうだろうか。

自分の働き方を改革した理由

──坂本さんは、所属されているコクヨ社内の働き方改革をはじめ、多くの企業の「働き方改革」のコンサルティングを手がけられていますが、その「働き方改革」を始めたきっかけがユニークですね。いち営業マンだったご自身の「働き方」を改革し、そのノウハウを応用して「働き方改革」のコンサルをするようになった、という経緯からお伺いできますか。

坂本 入社当時、コクヨは新たにオフィス通販事業をいくつか立ち上げていて、最初の仕事はそこでの営業でした。文具・オフィス家具のコクヨとしてはブランドが確立されていてリピーターのお客様も多いのですが、通販、つまり「購買システム」をご提案して導入いただくという新規事業ですので、営業の中心は新規開拓です。いかに多くのお客様にリーチして価値訴求できるかが勝負なのですが、1日に会えてもせいぜい4〜5人。一度お会いするだけでは話は進みませんので、何度も通います。すると、日中は「お客様にお会いするための外出」に費やされ、事務処理やミーティングは残業になるわけです。この働き方をしている以上、残業は減らないし、他社とは生産性で差別化ができない。
 そこでひらめいたのが、「会いに行く営業」から「来てもらう営業」への働き方改革です。「お客様に来ていただけたら、倍の人と会えるのでは?」と、セミナー形式でお客様に来てもらうという営業スタイルを始めたんです。

──セミナーはどういう内容だったんですか?

坂本 お客様は会社の消耗品を購入する総務部や購買部の方です。消耗品は品種が多く頻繁に補充が必要で、発注や経費実績管理等の手間が大変なんです。そこで発注先や価格を一元管理でき、実績もデータ化できる購買システムを導入して各自が発注する仕組みにすれば、大幅な時間短縮と厳密な購買管理が両立できる。そうした説明を、消耗品購買業務改革セミナーという形で提案させていただきました。購買業務の働き方改革です。

──クライアントへの働き方改革の提案することで、自分の働き方改革を行い、定時に帰れるように仕事をハックしたんですね。それで営業成績は上がったんですか?

坂本 上がりました。時間も効率化できて、フレックスを活用して16時頃に帰ったり、朝のうちに漫画を読みふけってから出社したりもしていました。できた時間でロジカルシンキング等の勉強もしましたし、駅前や公園でスーツ着てプレゼンの練習をしたりもしました。一応、足元に空き缶をおいて(笑)。
 ただ、個人の動機はというと、単に早く家に帰りたかったんです。家に帰って好きなアニメを見たかった。あとは、中二病なもので、誰もやっていないことをやって、変わり者扱いされることが好きなんですね。

──そんな「自分の働き方改革」の集大成が、2017年のとちぎテレビのアニメ番組紹介キャラクター『まろに☆え〜る』と、コクヨのキャンパスノートのコラボですよね。これ、どう考えても坂本さんの趣味というか、究極の公私混同感があるんですが(笑)、これはどういう経緯で生まれたのですか?

坂本 『まろに☆え〜る』をネットで偶然知りまして、地方テレビ局のコンテンツとしては異常にクオリティが高くて、ひと目惚れしました。たまたま栃木にあるコクヨの関係会社の役員が大学の先輩で、そのツテを通じてとちぎテレビのプロデューサーさんを紹介していただいて。話がトントン拍子に進んで、このノートを作ることになりました。これが実現したときは、コクヨのノート工場で「これは……」とざわついたそうです。

──あのキャンパスノートの表紙がこれですから、現場はざわつきますよね(笑)。

坂本 このプロジェクトの狙いは二つあって、ひとつは『まろに☆え〜る』とお近づきになること(笑)。もうひとつは、働き方改革コンサルとして「​​無駄な仕事の時間を削減し、もっと楽しいことをやろう」と言ってきたので、そのいい実践事例になるかなと。今は年間で500本ほどセミナーをやっていますが、そこでも『まろに☆え〜る』の話はよくしています。

──推しに近づく究極のヲタ活は、それを「仕事」にすることである、と。まさに世界の真実ですね。

坂本 セミナー会場で大きな画面に『まろに☆え〜る』を投影して、嬉々としてキャラクター紹介を始めると、ドン引きされますけどね(笑)。

──自由なスタイルで仕事をすることに対して、同僚や上司からの反発はなかったんですか?

坂本 ありがたいことに、上司や先輩は「やりたい」と言うと「やってみれば?」と言う人たちでした。放任主義というか、営業も数回同行して「あとは一人で行ってこい」みたいな。だから、自分なりのやり方を試しやすかったんです。逆に上司がメンターのような形で常に側にいたら、教えられた通りにだけやっていたと思います。セミナーも何人かの先輩営業が「これは面白い」と一緒にお客さんを呼んでくれて、だんだん大きくなっていきました。

ビジネスモデルの提案から働き方改革の実践へ

──そこから、どうやって働き方改革のコンサル事業が生まれたのでしょうか?

坂本 その後、新規事業開発の部署に異動になりました。そこで企画して立ち上げたのが「ナレッジワークサポートサービス」というサービスです。プレゼン資料や提案書の質は、受注率を直接的に左右します。私自身、資料作りに関しては考え抜いて作り上げたノウハウを持っていたので、それをお客様にご提供しようと思いついたんです。
 まずは私がコンサルとして勝てる提案書作りを請け負ったりアドバイスをしたりして、ノウハウをマニュアル化していきました。マニュアルをベースに人を育成し、コンシェルジュと呼ばれるメンバーがお客様のオフィスに常駐して資料作成他、いろいろなことをサポートするアウトソーシングサービスに展開したんです。今ではコクヨアンドパートナーズという会社となり、企業の残業削減や業務品質向上にお力添えができています。
 あと、私は会議中に議事録や提案書を書き、その場で完成させることが多いんですが、お客様から「その会議のやり方を社内で徹底したい」と言われ、会議のマニュアルを作ったり、ファシリテーションの研修講師を請け負ったりもしました。
 でも、ファシリテーション研修とマニュアルだけでは、会議は変わりません。日本の会議の問題の多くは、「定例会議の多さと長さと決めなさ」にあります。それを変えるには、参加者全員の「変えよう」という思いが揃い、試行錯誤しながら改善していくしかない。そこで、そうした「日本流の会議」を変えるためのスキームを作ろうと思い立ちました。定例会議を洗い出して3割減らすため、推進体制作りから評価方法の見直し、実際の会議の様子のビデオ診断・アドバイスまで具体的にサポートするというサービスです。
 そんなことをやっていると、会議や資料だけでなく、業務改善プロジェクトのアドバイザーをやってほしいというお話をいただいたりして、仕事が広がっていきました。これが10年前くらいの話です。

──10年前にそんな動きがメーカーで起きていたとは、全然知りませんでした。最近になって時代が追いついてきた感がありますよね。

坂本 当時から無駄な業務を省こう、時間を減らそうというプロジェクトは多少ありました。しかし、外部のパートナーを活用して効率的かつ効果的に進めようというニーズにまでは至ってなかった。でも、今や働き方改革は良い意味でも悪い意味でも、個人情報保護法対応や内部統制などとともに企業の義務という分野になってきましたので、おかげさまで今は多くの企業や自治体・学校等からご相談をいただいています。

働き方改革を阻む壁

──坂本さんのやり方は、コクヨという会社に最適化したというよりは、もう少しマクロな視点から、日本の大手企業全般に横たわる病、組織の体質をいかにハックするかという発想だと思うんです。坂本さんの考える昭和的な大企業の駄目なところはどこでしょうか?

坂本 企業の「仕組み」が問題視されがちですが、同じくらい個人やチームの仕事の「仕方」にも問題があると思っています。「就社」という考え方で会社に従属し、雇ってもらっている感覚になると、どうしても大人しくなり、いい意味でのわがままさがなくなる。新たに楽しい仕事を自ら生み出し、自分で自分を評価することが減り、言われた仕事をやることが正義になって、周りからの評価ばかりが重要になるのではないでしょうか。
 この問題はかなり根深くて、実は学校教育に原点があるのではないかなと思います。テストで客観的に評価されて、自分で自分の評価をしていない。同調圧力もあって目立つことを避けてしまう。こうした風潮によって、いい意味でのわがままさが育まれにくいのではないかなと。

──ではいろんな企業で働き方改革をコンサルティングしていく中で、突き当たった壁のようなものはありますか?

坂本 「自分の生き方・働き方を変えていきましょう!」と言っても、「今の上司のもとでは変えられません」「会社のこんな仕組みが悪くて……」と、踏み出せない人もいます。いわば「仕方(意識・行動)」の壁です。メールの書き方なんてすぐに変えられるのに、「そんな小さな話じゃなくて」と言う。仕組みのせいにし過ぎずに、できるところから自分の仕方を少し変えてみると、次第に調子づいて、いろいろやりたくなるのではないかと思いますし、結果、仕組みに対しても物言える仕方になれるように思います。この考え方を伝えて一人ひとりの仕方に影響を与えられる人間になることが、私が乗り越えたいひとつの壁です。一方、「仕組み(制度・システム)」の改革もあります。仕組みを変えようとした提案が、経営陣によって角が取られていくんです。確実に業績に反映するロジックがないと、仕組みへの変化に不安を感じるのでしょう。経営陣は結果数字で捉えがちで、株主への説明等を理由にどんどん萎縮してしまう。数字だけで捉えようとすると、「とりあえず試してみよう」というチャレンジがしにくくなるんです。ある意味、経営陣の意思決定の「仕方」の問題かもしれません。私自身、そこを打破するための説得力がないことが、今の壁ですね。実績を積み重ねて帰納法的に説得することが必要だと感じています。

──経営陣がどちらを向いているかの問題ですよね。「働き方改革」と言いながら、株主ばかりを見て現場を見ていない。それはもう人間を変えるしかない。

坂本 海外での勤務経験がある人は、いい事例を知っているから改革をすぐに断行します。逆に日本の場合、いい事例をあまり知らない。自信の礎になる体験がないわけです。私としてはそうした「自信がない」経営者に、自信を持ってもらうか、あるいは「とりあえずやってみるか!」となってもらうためのサポートができればと。

別の世界への想像力が自立を促す

──組織は変えられなくても、自分の「働き方改革」を始めようと考えている人は多いと思います。うまくいくコツみたいなものはありますか?

坂本 基本的には何でも試してみる精神ですね。最初から成功させようと思うと萎縮するし、失敗したときはヘコみます。でも、お試しだと思えば、「このやり方ではよくない」という検証結果の発見であり、失敗ではなくなります。
 あとは、あまり大きなことから始めない。ゼロからイチを生み出すのは簡単ではないので、まずは他の人がやっていることを取り入れる。ただ、そのとき、自分のエッセンスを加えるんです。例えば、私は会議や営業ノウハウ本を読むとき、常に半分批判的に「自分ならどうやるか」の視点で一人壁打ちをします。アウトプットを想定しながらインプットをすることが大事だと思います。

──お上は「働き方改革だ!」と旗を振りますが、現場からは「実態とはかけ離れている」という批判の声もあります。そこはどうお考えですか?

坂本 「流行だから、とりあえず早く帰れ」というのは改革ではなくて横並びで、従来の働き方と同じです。現状の改革は、全てを一律的に解決しようとしていて、それを受けた従業員の働き方も一律的になってしまう。従業員一人ひとりに、もっと個性や目の前の世界にとらわれない「選択肢」を持って動いてほしいんです。
 なぜ、私がそう思うのかというと、多分オタクだからです。これまで触れてきた「世界」の数が違います。すなわち「虚構」の世界です。日本の現実社会にはない多様な個性や歴史、思想に触れてきました。現実とは違う世界に自分を置き、自分を客観視してきた経験がある。だから私は日本人全員、オタクになればいいと思っているんです。どれだけ虚構に触れてきたか、子供の頃にそういう精神世界を持っていたかで、自分自身を確立できるかどうかが、ずいぶん違ってくる。子供のころに漫画やアニメ、小説やゲームに触れないなんて、もったいないですね。

──この現実とは別の世界があると思えるか、思えないかですよね。

坂本 最近、「東京イノベーターズ」という異業種交流会を立ち上げたんです。大きな企業に所属しながら頑張っている人もいる人たちを集めて、「シリアル・イノベーターはなぜ育つのか」を考えていこうという会です。
 実際に社内で改革・新事業創造を進めた経験のある10名ほどのメンバーがいるのですが、面白いことに、大手メーカー勤務者の場合、6〜7割が労働組合の役員経験者なんです。大企業だと一般社員が会社経営に関わるシーンはほぼありませんが、労働組合の役員になると労使協議会に呼ばれるので、若くても経営陣と話ができる。経営状態や他部署の状況を知ったり、組合というコミュニティに参加したりすることで、自分の世界は、目の前の仕事の世界ひとつではないことを知る。そういう経験が何かを芽吹かせるんだと思います。あと、3割の人が、地震や事故等で死を意識した経験がある。そういう人たちには「生きてさえいれば何でもできる」という感覚があるので、大胆にリスクを取れるのかもしれません。

──労働組合の役員経験というのは面白いですね。今の労働組合は形骸化していて、少額だけど手当が出るとか、たまたまバトンが回ってきたとか、その程度の動機で参加する人が多い。しかし、その機会が、結果的にライフスタイルデザインを自覚的に考えることを促しているわけですね。
 今、30代以下の都心のホワイトカラーは、発想や考え方の面では新しいソフトウェアに更新されている人が多い。しかし、会社組織や官僚機構、社会的インフラといったハードウェアは古いままです。そして、彼らはスペック的には優秀であるにも関わらず、能力を発揮できずにくすぶっている。それは特に大企業に多い印象があって、彼らの中から「自分が変わろう」という人たちがたくさん出てくると面白くなると思います。

坂本 おっしゃるように、仕組みはそう簡単には変わりません。長年の苦労によって、すぐには変化しない構造が作られてきたわけで、簡単に変わるようなら仕組みとはいえない。それは回り続ける巨大な鉄球のようなものです。だったら、その鉄球に乗っかってうまくコントロールすればいい。私の働き方改革のポイントは「今、動いている仕組みに乗っかりなさい」ということです。乗っかるほうが、起動するためのパワーがいらない分、効率的なんですよ。

──坂本さんは徹底的にハックの思想ですよね。一方で、坂本さんたちの活動の最大の障害、働き方改革の一番の論点は、比喩的に言うと「会社に長く残っていたい人たち」がいることでしょう。会議とは名ばかりの取引先の悪口大会に時間を費やし問題は1ミリも解決していないけど、絆が深まった気はする。そんな不毛な時間の使い方が好きな人たちが、この国には多い。これは、正しさではなくて欲望の問題なので、ここを変えることは難しいと思うんです。

坂本 会社に社会を求め過ぎているんですよね。会社は仕事の場なのに「私事」の部分が多い。ワークとライフの融合と言えるのかもしれませんが、それが今は悪いほうに働いている。要は、サラリーマンの「生き様」をもう少し変えないといけないということです。

仕組みに学び、発想を組み替える

──僕と坂本さんは同じ1978年生まれですが、この世代の立ち位置は微妙です。バブル景気には間に合わず、インターネット以降の世界も確立されていなかった。その端境期の世代で、先のことを考えた賢い人間は昭和の大企業に行くか役人になるしかなかった。優秀な人材が古い体質の世界に飲み込まれて腐っていくのを横目で見て、失われた可能性に対して憤りも感じるし、彼らの能力を活かせれば日本は変わるのに、と思うんです。
 中途半端に安定ルートに乗ったがゆえに、死んだ魚のような目をしている人たちがたくさんいます。彼らに対してドラスティックに「自分を変えろ」「独立しろ」とは言えない。でも、坂本さんがコクヨでやったような内側からのハック、ある種の「不良会社員」モデルだったら実現可能性があると思うんです。

坂本 私ももとは安定志向でした。ただ、安定志向や横並びでは済まない新規創造が求められる部署に配属され、新しいことをやらざるを得なかった。今の働き方も、最初からうまくいったわけではなく、ちょっと試してみたり、自分にないキャラを演じてみたりしてうまくいき始めたことで、深みにはまっていった。自分自身の志向や行動がもう1人の自分にハックされていく感覚です。
 大企業で若手の人材を活かす秘訣としては、小さいけれど新しいことをやらなければならない状況や、自分のキャラを超える機会を常に作ることで、調子に乗せてあげることでしょうか。

── 「間に合わなかった世代」である我々の苦い経験を反面教師に、今の20代をどう鍛えるかを考えるということですね。

坂本 今の20代は一回りして再び安定志向になっていますが、自分の実力ではない「所属」を根拠に「我々はすごい!」と思い込みがちなのが気になります。まずは名刺交換の仕方から変えればいいと思う。「コクヨの坂本です」ではなく、「コンサルの坂本です。今はコクヨです」と。自分は何のジョブをやっているのかという部分を意識すべきだと思います。

45歳での社会的な“死”から華開く〈劇場版〉の人生設計

──若いサラリーマンの意識や仕組みを変えていく運動として、ここまで話していただいた働き方改革のセミナーや東京イノベーターズの活動があると思うんですが、その先の展開はどう考えているんでしょうか?

坂本 45歳でいったん“死ぬ”ことを考えています。もちろん自殺ではなくて、それまでのすべてをリセットしてでも、新しいことにチャレンジするということです。会社を変える道もあるでしょうし、会社という枠を超える道もあるかもしれません。人生100年時代、一度しか人生がないのはもったいない。ただ、65歳や70歳から第二の人生と言われても65歳だと体力も落ちているし、第一の人生の資産の食い潰しにしかならない。でも、45歳ならまだ元気で、次の人生を十二分に楽しめる。「これまでの坂本にさようならの会」も開く予定で、どれだけの人が来てくれるかが、私の45歳までの評価だと思っています。
 となると、残り時間は6年しかないので必死です。それまでにある程度、今のパラダイムでいろんなトライをしたいと考えているので。「最終回」があるからこそ、一回一回のシナリオ構成を考えるし、チャンスの芽を逃さない、そしてムダを排除できると感じています。1クール目でしっかりファンを獲得して、そして2クール目や劇場版につなげて華開く、アニメの世界と同じです。

──てっきり組織に頼らないゲリラ戦的な方向に向かうみたいな話になるのかと思いきや、遠大な人生設計の話になってきましたね。坂本さんが思い描く人生の「劇場版」について、詳しく聞かせてもらえませんか?

坂本 最近、「30年後の自分の働き方」という短編小説を書いたんです。公開はしていないのですが、政治・経済・社会・技術など、各分野で起こる変化を予測し、そこでの自分の生活を物語にしました。その予測が実現されるかどうか検証したいとは思っています。

──なんですか、それ(笑)。

坂本 30年後の物語は、架空の美少女アイドル「カンナ」が隣に寝ているベッドで目を覚ますところから始まります。いや、それはどうでもいいんですけど(笑)。朝、目覚めた私はAI秘書アプリに話しかけます。その日に何をすべきかAIが判断して、最適なタイムマネジメントを伝えてくれるんです。何時にどこに行ってどの企業と商談すべきか、そのフィーは1時間あたり何万円になるかまで計算してくれる。副業が当たり前の社会なので、各企業に人事部はなく、その代わりに労務マネジメントの機能をシェアする「ポータル人事部」のようなサービスが一般化しているんですね。
 紙のノートの代わりに、立てかけたキャンバスに向かう画家のようなスタイルで、モニターにアイデアを書き綴る。前を向いているほうが視野が広くなり、発想もしやすくなります。さらに書かれた内容をモニターが把握して、ネット上を検索して参考になる情報を投影して閃きを支援してくれる。キャンパスノートならぬ「キャンバスノート」ですね。
 また、この虚構の社会では、医療技術の進歩によって人間の平均年齢は大幅に伸び、その結果、人生の使い方に迷い、心の支えを求めて宗教に傾倒する人が増え、精神世界をテーマにしたセミナーが流行しています。マインドフルネスと何か既存の習慣を組み合わせたアクティビティも同様に流行しています。
 また、2010年代の第4次産業革命以降、あらゆるものの流通度が上がり商取引は盛んになりました。今は情報の売買が盛んに行われていますが、いずれ関係性の流通度が上がり取引価値も上がるでしょう。この小説にも、「月額500円で状況に応じて最適な人間を紹介するサービス」が出てきます。「今日の昼は蕎麦を食べたい」と言えば、それに応じる人が紹介されて、一緒に食べに行ける。人間は出会うことにお金を払うようになるし、そのためのビジネスも現れるはずです。
 私自身はそうした世界において一人のパラレルキャリアなサラリーマンとして、また農家として、さらには「関係性」や「マインドフルネス」を財としたソリューション事業主としてのんびり暮らしています。
 最近はこの小説をいろんな人に送って「ここから新しいビジネスを作りませんか?」と言いまくっています。一部は自主映像化もされています。

──すごい妄想力ですね……。働き方改革から、ここまでブッ飛んだ話になってビックリしています(笑)。

坂本 今の日本の働き方改革は、時短とかテレワークとかフリーアドレスとか「すぐ・誰にでもできる」ようなアクションばかりが目につきます。結果としてアクションが似通ったものになることは良いのですが、なぜそれを選ぶのかが曖昧だったり、「働き方改革しなくてはいけないから」という回答だったりすることが気になります。
 アクションを考える前に、まず「会社をどうしたいか?」や「自分はどう生きたいか?」という「意図」の明確化が不可欠だと思います。つまり「キャラ立ち」です。目指すキャラがあれば、「そう変わりたい!」や「今とは別の選択肢を試したい!」 と思う動機づけや、アクション選択時の納得感にもつながります。人も組織も、動機や納得感がなければ行動習慣を変えたりはできません。
 ただ、いきなりなりたいキャラをイメージすることは難しいと思います。まずはいろいろなことに興味関心を払い、世界を広げて、「こうなることもできるのかも」といった選択肢を増やすことが大事です。そして、興味関心の先は、単に現実社会だけではなく、虚構の世界にこそ選択肢のヒントがあるかもしれません。要は、アニメを観ろということです(笑)。

[了]

この記事は、2018年に刊行された『PLANETS vol.10』所収「[シリーズインタビュー]この人と始める〈これから〉のはなし」に掲載された同名記事を再掲したものです。宇野常寛が聞き手を、鈴木靖子が構成をつとめ、あらためて2021年10月28日に公開しました。
これから更新する記事のお知らせをLINEで受け取りたい方はこちら。


坂本崇博さん初の著書『意識が高くない僕たちのためのゼロからはじめる働き方改革』が、2021年11月11日よりいよいよ全国書店等で発売となります。

20年以上にわたり社内における自分自身や周囲の働き方改革を推進し、さらに働き方改革プロジェクトアドバイザーとして毎年数十社、延べ10万人超の働き方改革を支援してきた著者・坂本崇博がその経験をもとに「そもそも働き方改革とは何か?」を定義するとともに「真の働き方改革推進ノウハウ集」としてその推進手法やテクニックを体系化。

組織として働き方改革を推進する立場の方がもちろん、今の仕事にモヤモヤを感じていたり、もっとイキイキ働きたいと考えているすべての人に読んでもらいたい一冊です。

さらにPLANETS公式オンラインストアでは、先行特典としてオンラインイベント「働き方改革1000本ノック」への参加権付きで予約受付中です。下記リンクよりお申し込みください!