橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「現役官僚のニューヨーク駐在日記」。
今回はニューヨークで活躍する日本人のイノベーターとして、増田セバスチャンさんの近年のプロジェクトについて紹介します。「いま最もホットなレストラン」として現地で話題を集めている「Sushidelich」の「kawaii」コンセプトはどのような影響力を持っているのでしょうか。
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端的に言うとね。
こんにちは。橘宏樹です。本稿では、前々回に引き続き、ニューヨークにイノベーションをもたらしている日本人をご紹介したいと思います。
The Sakura Collection Is Bringing The Art Of Japanese Textiles To NYFW(2024年2月6日 Forbes)
▲フォーブス誌やフォックスニュースにも掲載。
1人目は、PLANETSでもおなじみのアーティスト、増田セバスチャン氏です。
増田さんは、kawaii文化の第一人者として、既に全世界にコアなファン・コミュニティを持つグローバルなアイコンですが、2022年から活動拠点をニューヨークに移して、ウクライナ支援のチャリティーアート展の開催を皮切りに、新天地でも着々と活躍の場を広げていました。そして、ついに昨年夏、マンハッタンのオシャレ最先端エリアの一角に、増田さんが総合プロデュースを行ったkawaii カルチャーと寿司を融合させた新感覚レストラン「SUSHIDELIC」がオープンしました。
色パワーで街をハッピーに 増田セバスチャン、NY移住後初個展 ウクライナ支援チャリティ(2022年8月3日 週刊NY生活)
同レストランは、瞬く間に話題となり、フォーブス誌には「ニューヨークでいま最もホットなレストラン」として掲載されました。そして、なんとニューヨーク・タイムズ紙にも載りました。
フォーブス誌に載ったことももちろん非常にすごいのですが、短い文章ではあっても、日本食レストランのオープンがニューヨーク・タイムズ紙に載る、ましてやタイトルを飾る、というのは、 かなりレアなので大金星だと思います。もちろん、色鮮やかな寿司という取り合わせは目を引きますし、広報担当の尽力も賞賛したいですが、やはり増田セバスチャンのプロデュースする世界観が、既に世界中の若者から絶大な支持を受けていることをニューヨーク・タイムズ紙の編集部も認識していたことが背景にあったのではないか、と推測します。
This Whimsical Sushi Bar Is Now The Hottest Restaurant In New York(2023年6月29日 Forbes)
▲日本でも日テレが報道しています。ドイツや日本でのkawaii文化の取材も交えて深掘りされた内容になっています。
非常に鮮烈で大胆な色彩感覚で繰り出される増田さんのkawaiiアートには、kawaii寿司レストランがニューヨークで大人気というニュースを日本人が聞いたとき、ああ、派手だしね、いかにも外国人ウケしそうだよね、と、腑に落ちやすい「わかりやすさ」はあると思います。確かにそれはそうなのですが、増田さんのkawaiiが、なぜ全世界に熱烈なファンを大勢獲得しているのか、日本人はその理由をもう少し深く理解しておく必要があるように思います。
ニューヨークで増田さん本人から伺ったところでは、コロナ禍下で、増田さんは、世界各国のkawaiiファンの方々とZoomでミーティングする「kawaii Tribe Session」を繰り返し行っていたところ、ファンの方々が口々に(時に涙ながらに)語っていたのは、勇気をもらった、励まされた、元気になった、といった、kawaiiがメンタルに与える効果だったそうです。増田さんのアートの色づかいには、ほとんど陰影がありません。光で埋め尽くされています。この圧倒的な「眩さ」はkawaiiの大きな特徴だと思います。増田さんの分析によれば、どうやら、この光に満ちたアートは、学校や家庭内などで人間関係がうまくいかず、自室でふさぎ込んでいる思春期の少年少女に、文字通り、強烈な光が心の暗雲を吹き飛ばしてくれるような心象を与えているようなのです。そして、心の闇深き彼らにとっては、鮮烈なピンクやグリーンで埋め尽くされたファッションを身にまとう行為それ自体が、自分の弱さに立ち向かう勇気そのものの表現なのです。kawaiiの世界観は、世界中のコミュ障の若者の心の中に拠り所をつくっているわけなのです。
谷崎潤一郎が称揚した「陰影礼賛」は、もちろん日本独特の美意識として長く日本内外に評価されてきました。現代では、増田セバスチャンのkawaiiが提示する「陰影退散」のパワーが、SNSの興隆やコロナ禍下でのコミュニケーション不足で一層、心の闇を深めている少年少女に勇気とスタイルを与えている、ということは、日本人として本当に誇らしいことです。
次号では、ニューヨークにイノベーションをもたらす日本人、最後の1人をご紹介します。
そして、早いもので、私の任期も終わりが近づいてきました。その後は、私のニューヨーク駐在を締めくくる最終章(おそらく三部作になる予定)に入っていきたいと思っています。
(続く)
この記事は、PLANETSのメルマガで2024年6月18日に配信した同名連載をリニューアルしたものです。あらためて、2024年7月11日に公開しました。
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