この書評コーナーでは、暮らしにまつわる本を紹介しています。アウトドアとか自然とか、そういったものを含めた「暮らし」です。今回ご紹介するのは、『手仕事の日本』柳宗悦(岩波文庫)です。ここ5年ぐらいですかね、「民藝運動」に対する興味がどんどん自分のなかで高まっていまして、それで今回の本の紹介です。

 この本は民藝運動の主導者である美学者・柳宗悦(やなぎ・むねよし:1889~1961)が、一般の若い人向けに書いた本で、日本全国の手仕事──陶芸だとか、篭だとか、ああいうものをつくる職人さんを訪ねて取材した20年ほどの成果が、1冊にまとまっています。北海道はないんですが、東北から沖縄まで、津々浦々の手仕事が紹介されています。第二次世界大戦中に刊行するはずだったのが、いろいろあって戦後の1946年に刊行された本なので、この本に書かれていることは、だいたい1940年前後、つまり敗戦前までの日本の状況です。〈戦争はおそらく多くの崩壊を手仕事の上にもたらしたと思います。それ故私がここに記録したもののなかには、終戦後の今日では、既に過去のものとなったものが見出されます〉と冒頭から記されています(以下、〈〉内が引用)。

 それで、そもそも「民藝運動」とはなにかっていう話が必要ですよね。「民藝/民芸」という言葉は、いまでは一般名詞だと思われているかもしれません。でも、これは具体的な日付のある言葉なんです。大正の終わりから昭和の頭くらいに、柳宗悦や陶芸家・河井寛次郎(かわい・かんじろう:1890~1966)、陶芸家・濱田庄司(はまだ・しょうじ:1894~1978)といった面々が中心となってはじめた文化運動「民藝運動」で生み出された言葉です。より具体的に言えば、1925年に柳宗悦が「民藝」という言葉をつくります。「民衆的工芸」を略して「民藝/民芸」です。さらに翌1926年には柳宗悦、濱田庄司、河井寛次郎、陶芸家・富本憲吉(とみもと・けんきち:1886~1963)の4名による「日本民藝美術館設立趣意書」が発表されます。民衆的工芸を調査・収集・公開する美術館をつくるという宣言ですね。博物館ではなく、「美」術館なのがポイントなのですが、とまれ、これらが民藝という言葉と民藝運動の始まりの日付とされています。

 じゃあ、その「民藝」とはなにかというと、いちばん簡単には「無名の職人さんが機械ではなくて手作業で作った生活のための陶器や道具」ぐらいの意味です。ですから民藝運動とは、「無名の職人さんが機械ではなくて手作業で作った生活のための陶器や道具のなかに、美を見つけ出す」という運動だったのです。柳宗悦自身が言及していますが、民藝運動はイギリスのアーツ・アンド・クラフト運動に影響を受けているんですね。ウィリアム・モリス(1834~1896)によるアーツ・アンド・クラフト運動は、産業革命以降に広がっていく機械生産による大量生産品に対するアンチテーゼとして登場しました。民藝運動は、その日本版といった側面のある運動なんです。だから、言ってみると、「生活を守るアンチ・グローバリズム運動」のはしりみたいなところがあるんですよ。この本でも柳宗悦は、機械生産が〈世界のものを共通にしてしま〉って地域性が失われ、〈出来る品物が粗末になり〉、〈働く人からとかく悦びを奪ってしま〉うと批判しています。

 で、ここからは僕の興味になってくるんですが、じゃあ日本の民藝運動がなにを行ったかというと、この岩波文庫版『手仕事の日本』解説で歴史学者の熊倉功夫さんも整理していますが、「調査」「理論化」「活動」の3つに分けることができます。全国を取材して民藝がどう日本に残っているか調べるという「調査」と、民藝とはどのような美なのか考えるという「理論化」、民藝的な美を社会に広めていくという「活動」の3つで、自分は3つ目の「活動」があることが面白いと思うんです。たとえば栃木の益子焼ってありますね。まあ、めちゃくちゃ普通に有名ですよね、益子焼。この益子焼自体は江戸時代から続いていたものですが、その地に濱田庄司が行くわけです。それで、技術的な指導や美的サジェスチョンを与えることによって、益子焼では民藝的な作品が生産されるようになり、全国的に知られるようになっていくんです。そんな民藝系とでも言うべき窯元が、日本各地にあります。で、21世紀の今日でも民藝的な新作がどんどん生産されているんです。それがまた民藝調として民藝系の美術館とか、民藝系のギャラリーとかお店がいっぱいあるので、そういうところで売られて、広まり続けているわけです。

 それで、僕なんかもギャラリーに行ったりして、民藝系の陶器などをいそいそ買うわけですけど、すごく、趣味が良いんですよ。民藝は、趣味が良い(笑)! 家の近所に「日本民藝館」という柳宗悦の運動の本拠地となった民藝館があったり、あとこの前は益子の民藝館にも行ったんですけれども、全国各地にある民藝館も、どこも趣味が良くて。だから現代の、年齢性別を問わず──まあ「ていねいに」っていうと語弊があるかもしれないですが──趣味の良い暮らしを志向する人にすごく突き刺さるものなんですね。

 だけどむしろ、そもそもこういう「趣味」自体が、あるいは「趣味によって生活を組織する」ということ自体が、民藝運動の「活動」によって生み出されたんじゃないかなと考えると、これはすごく興味深いと僕は思うんです。もちろん、人や時代には美意識の偏差があって、ある時代の美的様式だとか、誰それの表現形式というようなものはあります。でもそうじゃなく、暮らしを組織する「趣味」というものがあるんじゃないか、と。なぜかというと、たとえば民藝館に行くとすごいんですよ。2万年前の日本の縄文土器の横に200年前のイギリスの陶器とかが置いてあるような世界なんです。それで、美を感じ取ってほしいからっていう理由で、展示物には国と時代しか記載がないんですね。それで見た人は、「いい趣味だな」と感じとるわけです。こんな並置が成り立つのは、柳宗悦が提示した民藝という、趣味とコンセプトの体系があるからなんです。で、それを「いい趣味だ」と受けとることが可能なんです。要は、もうめちゃくちゃ強力なフィクションなんですね。河井寛次郎なんかも、民藝っていうのは柳宗悦の眼が作り出した創造だって言ってます。もちろんそのことの良し悪しはあると思うんですが、まずはとにかくこのフィクションの力強さに打ちのめされるんです。柳宗悦がつくりあげたフィクションの磁場が、まだ「生きて」いるんですね。それが、「暮らし」みたいなものとつながっているんだ、というところのリアリティに圧倒されて。で、それはまさに僕らがいま使う意味での「暮らし」という言葉に近いんじゃないかと思うんです。

 この本のなかでも柳宗悦は述べているんですが、民藝の美と対比的な美として、「作家が美術品を創る」という、いわゆる美術の美がありますね。美術品の美に対する民藝の美とはなにかというと、生活を喜びに溢れるものにするために、そこにさし挟まれる道具と生活をつなぐようなものの美だ、と柳宗悦は述べます。そう考えると、別に特別な趣味じゃなくても、たとえば、箸や器を買って、自分の生活を、ある種のフィクションとして「これが自分の趣味で自分の生活と暮らしなんですよ」ってスタイルを作り出すこと自体が民藝運動に通じるんじゃないかと僕は思うんです。この『手仕事の日本』を片手に旅行に行くっていうのもよいと思います。そういう枠内に、僕らの暮らしがあることがわかるからです。また、実際に民藝館に行くとわかるんですが、それはナショナルに閉じたものじゃなくて、ガンガン国際的にも見える。まあ、このあたりも、柳宗悦と朝鮮白磁の関係など、いろいろ話はあるんですが、ちょっと終わらなくなるので、ここらで締めさせてください。民藝の説明はしたけど、あんまり『手仕事の日本』って本自体に触れてないな(笑)。

 これ、怒られそうですが、たとえば益子にある濱田庄司の記念館の展示を見ると、彼自身が作った陶芸作品より彼が世界中から収集した民藝コレクションのほうが面白いんですよ。ちなみに、濱田庄司ご本人の著作に〈自分の眼で自分らしく物を見ることができれば、これは一つの創作といっていい〉という一節がありますから、怒らないでほしい(笑)。濱田庄司の民藝コレクションも、濱田庄司の作品と言えるわけですから(笑)。あと、日本民藝館に行っても思うのは、こちらは柳宗悦によるコレクションですが、すごく面白い。民藝運動ってすごくポピュラーな運動なんだけど、その中心に柳宗悦っていう個人の美意識が強烈に埋め込まれているというところが、面白くもあり、気持ち悪くもあるんですね。なかなか怨念がこもったフィクションが、柳宗悦という個人から立ち上げられているって思うんです。そこになかなかバケモノじみたなにかを感じるんですね。でも、同じ種類の怨念を僕たちは僕たちの暮らしに差し向けているのではないか、とも思うんです。ということで、旅のお供にでも、『手仕事の日本』をおすすすめしておきます。索引もしっかりしていますので、馴染みのある土地やこれから行く旅先などのページから読んでみれば気軽に楽しめると思います。

[了]

※この記事は、2018年2月14日に配信されたPLANETSのインターネット番組『木曜解放区』内のコーナー「井本光俊、世界を語る」の放送内容を再構成したものです。石堂実花が写真撮影をつとめ、2020年10月8日に公開しました。