男と塾  井上敏樹 

 西荻窪の駅から歩いて十分ほどの所に『しゃんしゃん』と言う焼鳥屋がある。牛や豚も出すから正確に言えば串焼きだが、ここがなかなかの良店だ。まず、店構えがいい。大通りから少し外れた所に建つ適度に古びたその店にはここは……と食べ慣れた者ならピンと来る雰囲気がある。

 サッと暖簾をくぐりガラッとドアを開けると、40がらみの主人が『らっしゃい』と威勢よく迎えてくれる。カウンターに座りおしぼりで手を拭きながらさてさて……とメニューを眺める。私が好きなのはガツシンとかエンガワとかの主にホルモン系である。コリコリした、むにゅむちゅした、ゴツゴツした、歯ごたえが好きなのだ。

 ホルモンで大事なのは塩加減である。脂が少ないので塩の味がはっきりと分かる。強すぎても弱すぎてもいけない。もちろんここの塩加減は完璧である。タレで食べた方がいいのはレバーとチョウチンだろう。チョウチンとは卵巣にあるまだ未成熟の卵と卵管を一緒に串に刺して焼いたものだ。その形はまさに提灯であり、ナイスネーミングだが、それを甘いタレで焼いて食べるとすき焼きのような味である。涎が溢れる。

 さて、この店の魅力は料理だけではない。なんと言ってもオダギリ・ジョー似の主人と中森明菜似の女将が素敵である。優しく朗らかでユーモアがある。主人が言うには『ふふ、私には心がないんですよ』だ、そうだが、そんな事はない。気に食わない客が来ると少々無愛想になる。心がある証拠だ。女将の方はシャンパンが好きだ。一杯奢るとにこにこになる。心がある。

 そう言えばこの店は焼物以外の料理も捨てがたい。擦り流しやらお浸しやらと気が利いている。中でもトン足は傑作である。以前、新宿にミタニ・アゲタリというフレンチの名店があったが、そこのトン足料理を『しゃんしゃん』流にアレンジしたものだ。茹でたトン足から全ての骨を抜いて味付けをし、形を整えた物を焦げ目を付けるように焼く。カリカリムニュムニュと歯ごたえが病み付きになる。

 そんなトン足を食べながらオダギリ・ジョーと中森明菜と馬鹿話をするのがなんとも楽しい。いい店の条件はうまいのはもちろん、楽しい事だ。どんなに味が良くても主人と女将と相性が悪いと足が遠のく。

 そう言えば前回書いた吉祥寺のバー・ミーデヤンスのKも『しゃんしゃん』の常連である。どれくらいの常連かというとツケが許されるくらいの常連である。Kはツケの事を『旅』と言う。この店でツケは許されない。だから他の客の前でツケとは言えず、代わりに『旅』と言うわけだ。ツケが増えるだけ、当然『旅』の道程も長くなる。ちなみに一文無しの事は『無敵』と言う。無敵だからだ。

 Kはあちこちで知り合った女を必ずこの店に連れていく。女たちが自分に気があるかどうかオダギリ・ジョーの判断を仰ぐためだ。正直者のオダギリ・ジョーは『あれはダメですね』とか『あれはいけるんじゃないですか』等とハッキリ言う。

 さて、大変申し訳ないが話は急に下品になる。『クンニ塾』の話。なんだ、クンニって……ホルモンの事か、と思うかもしれない。ホルモンと言えばホルモンかもしれないが、ここで言うのは例の性技の事である。よく知らないが、Kはよく知らない女と行為に及び、馬鹿にされた。『童貞みたいだった』と。そこで一念発起したKは誰に教わったか知らないが『クンニ塾』に行く事にしたのである。相談を受けた私は有意義と思われるアドバイスをした。『行くが良い』と。以下、『クンニ塾』のホームページから抜粋ー。『当塾の目的は生徒さんを褒めて満足してもらう事ではなく生徒さんの現状を批判してでも生徒さんをクンニの達人に成長させるという事です。その結果、女性の方があなたにメロメロになってあなたの舌じゃなきゃだめ、あなたのクンニ最高、今夜もいっぱい舐めてと懇願してくるようになるのです。そのため、クンニのレッスン中、舌がつろうが顎が外れようが、大丈夫? ちょっと休憩しようか? なんて優しい言葉をかける事はありません。息をしている暇があったら舐めなさい、これが当スクールの基本姿勢です』なかなかいい文章だ。ユーモアがある。

 さて、『クンニ塾』当日、授業を終えたKからラインが入った。『おれは今までなにをして来たのだろう。なにもかも間違っておりました。やり方を根底から叩き直していただきました』と。この塾には五人の講師がいて、もちろん女性だが、その全員から教えを受けるとクンニの達人の免状が貰えるという。今、Kの夢はその免状をバー・ミーデヤンスの壁に飾る事であるらしい。ここまで書いてそろそろ腹が減って来た。『しゃんしゃん』に行って串焼きでも食べながら一杯やるか。尚、これを読んで『しゃんしゃん』に興味を持った方がいるかもしれない。以下に二点、『しゃんしゃん』を訪れる際の注意事項を記しておく。その一、決してツケをしてはいけない。その二、決してクンニの話をしてはいけない。以上。

(続く)

この記事は、PLANETSのメルマガで2026年2月18日に配信した同名連載をリニューアルしたものです。あらためて、2026年3月12日に公開しました。

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