おもちゃ、特に理想のイメージを象ったフィギュアの歴史には、子供が目指すべき理想の成熟のイメージが色濃く表れている。この連載ではその中でも、80年代〜90年代、20世紀末に日本で流行したいわゆる「ボーイズトイ」と呼ばれるおもちゃ群のデザインをヒントに、新しい男性的な美学「kakkoii」について考えてきた。
 ここまで、84年にスタートし、おもちゃ主導で展開したボーイズトイの金字塔とも言えるトランスフォーマーについて、日本のプロダクトをアメリカ向けに展開する際のブランドであったというその出自に注目し、それゆえに日本的でもアメリカ的でもある新しい主体のあり方についての想像力を宿したことを指摘した。
 トランスフォーマーは、自動車であるときには乗り物でありながら、変形すれば異星の機械生命体として乗り込むことができない存在になる。これによって、乗り手という主体に従う身体の延長であった自動車は、乗り手とコミュニケーションを行うことで乗り手を成熟に導く新しい想像力へと変化した。いわばトランスフォーマーとは、「乗り込めない乗り物」という矛盾をはらんだ存在であり、さらに言えばコミュニケーションを通じて主体が乗り手と入れ替わる「魂を持った乗り物」であったのである。
 今回は、トランスフォーマーとほぼ同じ時代に展開しながら、「自動車」というモチーフを別の形で発展させたおもちゃについて論じることで、この「魂を持った乗り物」という概念とその美学について掘り下げていきたい。
 そのおもちゃとは、タミヤ社の「ミニ四駆」シリーズである。

35年続くミニ四駆という「模型」

 ミニ四駆は、タミヤ社から発売されている、走行機能を持った模型の一種だ。モーターとバッテリーを搭載して四輪駆動で自走する。ステアリング機能は持たず、バンパーに取り付けられたローラーを利用して、専用サーキットの壁に沿って走行する。サーキットを走行させて速度を競う、レーシングホビーとして楽しむのが基本的な遊び方となる。マシンを一旦スタートさせれば操作することができないので、事前のカスタムやコースに合わせたセッティングが、比重という意味では実際のモータースポーツ以上に重要になる。
 ミニ四駆は80年代初期にはじまり、35年以上支持されている長寿ブランドである。そのためその歴史とデザインの流れを整理しながら、個別のデザインとそこに宿った成熟にまつわる想像力について掘り下げていきたい。
 ミニ四駆はその歴史の中で、3度のブームを迎えたと言われている。区分についてはいくつか議論もあるのだが、この連載では1982年からの「黎明期(ミニ四駆誕生〜レーサーミニ四駆)」、1986年代からの「第一次ブーム(ダッシュ!四駆郎)」、1994年からの「第二次ブーム(爆走兄弟レッツ&ゴー!!)」、そして2012年からの「第三次ブーム(ジャパンカップ復活以降)」に分けて扱っていく。

「実車の模型」から「RCの模型」へ

 ミニ四駆を開発しているタミヤ社は、もともと戦後に設立された建築材の加工会社であったが、60年代からはその技術を活かした精密なプラスチック製のスケールモデルメーカーとして知られるようになった。自動車や戦車といった実在の工業製品を、徹底的な取材に基づき一定の縮尺で精密に再現したタミヤ社の商品は、世界的にも高く評価されている。

タミヤ 1/12 ビッグスケールシリーズ No.32 ホンダ RA273。1967年に発売されて以来、幾度となく再販されている。大きなスケールを活かして、徹底的な取材に基づいて実車を精緻に再現した傑作キット。

 70年代からは動力模型にも力を入れており、無線操縦による模型自動車、いわゆる「RC」「ラジコン」のメーカーとして、こちらも世界中で人気を博している。
 80年代に登場したミニ四駆は、タミヤ社の製品の中では比較的新しいカテゴリーということになる。現在のタミヤ公式ウェブサイトのメインナビゲーションの項目は最も左にある「新製品」から「スケール」「RC」「ミニ四駆」の順番で並んでおり、これは時系列であると同時に、タミヤというメーカーが持つアイデンティティのプライオリティをも示していると見ることもできるだろう。

▲2020年現在のタミヤ公式ウェブサイト

 現在でこそメインナビゲーションの一角を占めてさえいるミニ四駆だが、発売された当初はあくまでRCの廉価版という位置付けだった。「ミニ」四駆という名称は、当時人気を博していた四輪駆動のオフロード用RCモデルが実際の自動車に近い本格的な構造を持った比較的高価な商品であったことに対して、樹脂成形のパーツを中心とした簡素な構造を持った安価な商品であることを印象付けるために選ばれたものだった。
 最初期のミニ四駆は、基本的には実車をモチーフとした「走る模型」であった。1982年に発売された最初の「ミニ四駆」は、「フォード・レインジャー」と「シボレー・ピックアップ」の2台だったが、この頃のミニ四駆は安価な模型として相応のディフォルメがされてはいるものの、基本的に実車を精密に再現しようという方向性でデザインされていた。その後1984年には、「コミカルミニ四駆」という名称で、実車をモチーフにしながらも強いディフォルメを加えたモデルが続く。この段階では、まだサーキットを用いた本格的なレースは想定されていなかった。

▲最初のミニ四駆、「フォード・レインジャー 4×4」と「シボレー・ピックアップ」。実車然としたディティールが特徴。30th☆☆Anniversaryミニ四駆ヒストリカルガイド(小学館)より。

 1986年になると、ローラーを標準装備し本格的にレースを想定した「レーサーミニ四駆」として、「ホットショットJr.」が発売される。これは具体的な実車をモチーフとして持たないRCオリジナルデザインとして人気を博していた「ホットショット」のデザインをそのままミニ四駆に落とし込んだものだった。モデルとなったRCのホットショットは、架空でありながらもあくまでバハ1000などのオフロードレースに出場するレースカーとしてデザインされていた。同様にRCオリジナルデザインの「スーパードラゴン」をミニ四駆化した1987年の「スーパードラゴンJr.」になると、龍の頭部を思わせる滑らかなシルエットとなっており、実車から離れたフィクショナルなデザインとなっていた。これを分水嶺として、以降ミニ四駆は現実の自動車から離れた独自の挑戦的なデザインを発展させていくことになる。

RCスーパードラゴンのスペアボディセット。初期にはボディのみで販売された。

タミヤ レーサーミニ四駆シリーズ No.67 スーパードラゴン プレミアム (VSシャーシ) 。新しいシャーシに合わせて再発売されたリニューアル版。

第一次ミニ四駆ブームと『ダッシュ!四駆郎』が志向した垂直的な成熟

 1987年になると、徳田ザウルスによる漫画作品『ダッシュ!四駆郎』の連載が少年誌「コロコロコミック」誌上で開始される。主人公の四駆郎が、父から託されたミニ四駆を使ってレースを勝ち抜いていくこの物語は、それまであくまでRCの廉価版であったミニ四駆に、積極的な立ち位置を与えることに大きく貢献した。
 『ダッシュ!四駆郎』の物語は、次のようなステートメントからはじまる。

 車──、それは、男たちの永遠のホビーである!
 時を超えて、おとな、子どもを問わず 男たちのあこがれ、夢でありつづけた車!
 それは、地上最高の自動車レース・F =1であり……、
 砂漠をひた走るパリ=ダカールラリーであり……、
 実車をあやつる日を夢見る少年たちは、RCカーにその夢をたくし、ひろく世界にファンをひろげた。
 そんな昭和60年代のはじめ、ある模型メーカーから RCカーのスケールモデルが誕生した!!
 この小さな4WDは、またたく間に少年たちにブームを巻きおこした。
 ミニ四駆時代の到来である!

▲プロローグはステアリングホイールからはじまる。(『ダッシュ!四駆郎』1巻 p7)

 これは実車・RC・ミニ四駆の文化的位置付けをコンパクトにまとめた、極めて的確かつ力強いステートメントだ。
 本連載では、20世紀的な男性性の理想像として、最強の知性によって駆動される最強の肉体、というイメージが重要な役割を果たしてきたこと、そしてその象徴として乗り物、特に自動車が機能してきたことを指摘してきた。ここで自動車が「男たちのあこがれ、夢」と位置付けられているのは、こうした文化に接続されるものに他ならない。
 そしてここで語られるミニ四駆から実車へと至る流れは、子供にとって目指すべき成熟のイメージと対応している。小学生時代にはミニ四駆で遊び、中学生から高校生になるとRCカーヘとステップアップし、最終的には自動車を購入し運転できるだけの経済力と知性を備えた大人の男性へと成熟し、そして男性性の究極の形であるレースに熱狂する。冒頭のこの文章において、ミニ四駆はあくまで「RCカーのスケールモデル」であるとされている。ミニ四駆はあくまでRCカーの姿を引き写した「模型」にすぎないし、RCカーもまた「実車をあやつる日を夢見る少年たち」の通過点にすぎない。実車こそが「本物」であり、その頂点にF1やパリダカといったレースが君臨する……こうした垂直的な構造を、『ダッシュ!四駆郎』は冒頭から強力に定義している。

模型文化とレース文化を統合する「ホビー」という概念

 こうした構造は、『ダッシュ!四駆郎』の物語にも忠実に反映されている。同作は、主人公である四駆郎が、さまざまなレースを通じて、父である源駆郎に近づいていくという、「親子」を描いた成熟の物語となっている。
 それを象徴するのが、このステートメントに続く、主人公である四駆郎と源駆郎の別れのシーンだ。レーサーである源駆郎は「世界最高峰のラリーを征服する」と語り旅立とうとするが、幼い四駆郎にはなぜ父が自分と別れて危険なレースに向かわなくてはならないのか理解できない。その「男の夢」を四駆郎に理解させるため、源駆郎が託したのがミニ四駆だった。

 四駆郎、これはミニ四駆だ。おもちゃとは違う。
 これをお前がもっているかぎり、きっといつかとうさんの気持ちをわかってくれるだろう。

▲ミニ四駆を幼い四駆郎に託す源駆郎。(『ダッシュ!四駆郎』1巻 p13)

 ミニ四駆は、おもちゃではない。このことは物語の特に前半を通じて度々強調されるのだが、ここで使われている「おもちゃ」という言葉には、独特の意味合いがあることに注意する必要がある。
 模型ファンの間では、伝統的に、実際に存在する対象を一定の縮尺で精緻に移し取った「スケールモデル」と、アニメーションなどに登場する架空のキャラクターをモデル化した「キャラクターモデル」をはっきりと区別する文化がある。日本においては、1980年代『機動戦士ガンダム』を題材にしたバンダイ社のプラモデル、いわゆる「ガンプラ」の大流行に対する反動として、従来の模型ファンの間で「スケールモデルこそが真のホビーであり、キャラクターモデルはおもちゃにすぎない」とする文化が形成されていった。
 スケールモデルは基本的に、いかに実際の対象に模型を近づけるか、という価値観に駆動されている。タミヤ社の模型は現在に至るまで徹底的な取材と精密な成形によって好評を博しているが、それはこうした文化の上で品質を追求しているためだ。その立場から、「おもちゃ」という表現には、向かうべき対象のない取るに足らない子供の遊びであり、大人が真剣になって取り組める「ホビー」ではない、という蔑称としてのニュアンスが込められていた。冒頭のステートメントがミニ四駆をあえて「スケールモデル」という言葉で表現していることも、こうした文化を背景にしていることを裏付けている。
 こうした模型文化の文脈に沿って考えるとき、冒頭から自動車が「ホビー」として定義されていることは重要である。「スケールモデル」を「ホビー」として称揚し、「キャラクターモデル」を「おもちゃ」として批判するとき、そこにはホビーこそが成熟に結びついているという価値観が埋め込まれている。
 模型は当然、どれほど精密に作られていたとしても、縮小されている時点で原理的に実物と全く同じになることはない。そこには、その限界に挑戦していくことこそが「成熟への意志」を宿した「ホビー」であるという美学がある。
 これはレースにおける価値観とも重ねられる。言うまでもなくレースとはスピードを追求する競技であるが、マシンによるスピードには事実上「限界」がない。もちろん物理学的には速度の限界は光速であるのだが、レースにおいてスピードを限定する要因は、工業技術やドライビングテクニックの限界にある。レースとは、こうした限界(に思える速度を限定する要因)を技術によって超越していくことによってタイムを縮めていくスポーツであるということができる。ミニ四駆からF1・パリダカへと向かう垂直的な構造の軸になっているのは、こうした「ホビー」を通じた成熟のイメージだった。
 『ダッシュ!四駆郎』の物語は、ミニ四駆という「ホビー」を通じて、「とうさんの気持ちをわかって」いく、つまりこうした垂直的な成熟を目指していく物語になっている。
 こうした成熟の美学の象徴となっているのが、「ホライゾン」というキーワードだ。四駆郎を含めた5人のレーシングチーム「ダッシュ軍団(ウォーリアーズ)」は「ダッシュ1号 皇帝(エンペラー)」から「ダッシュ5号 D.D.(ダンシング・ドール)」までナンバリングされたマシンをそれぞれ愛機としてレースに参加しているのだが、これらのマシンのプロトタイプとして「ダッシュ0号 ホライゾン」が存在したことが、かつて源駆郎の友人であったチームのコーチ、皇(すめらぎ)の口から語られる。この話を聞いた四駆郎は、これが源駆郎のマシンであったことを直感する。

タミヤ レーサーミニ四駆シリーズ No.73 ダッシュ 0号 ホライゾン プレミアム (スーパーIIシャーシ)

▲「ホライゾン」が父親のマシンであることを直感する四駆郎。(『ダッシュ!四駆郎』4巻 p129)

 以降、このホライゾンという言葉は、単なるマシンの名称ではなく、源駆郎の体現する、そして四駆郎の目指すべき「ホビー」の美学を象徴する言葉になっていく。ホライゾンとは地平線のことであるが、地平線は可視地平面と不可視地平面の境界であるため、当然ながら観測者が移動すれば地平線も移動していき、永久に辿り着くことはない。「ホライゾンに向かって走る」ということは、決して辿り着けない限界への挑戦を称揚する美学を象徴しており、模型文化とレース文化を統合した強力な理想の男性性の軸となったのだ。

垂直的ロマンティシズムと物理的リアリズム

 一方で、こうしたある種のロマンティシズムと共に物語を支配しているのは、メカニズムに対するフェティッシュと、その根底にある物理的なリアリズムだ。
 『ダッシュ!四駆郎』は、その少年漫画らしい絵柄やドラマチックな演出の効果もあり、一見すると登場人物がマシンに向かって叫ぶ感情的な描写が多いようにも思えるが、実際にはレースの勝敗を決めるのは、精神論ではなく物理的なマシンの性能や工夫である。たとえば四駆郎たちダッシュ軍団は、チームワークの重要性を示唆するコーチの皇に対して「いいかたが抽象的なのよね」「根性だけじゃ勝てねえんだぜ」とさえ述べる。

▲四駆郎と、チームメイトであり皇の妹である倫子。(『ダッシュ!四駆郎』3巻 p136)

 物語が進むにつれて新たなマシンがそれまでのマシンを圧倒する展開がたびたび描かれるが、その理由はメンタル(精神)ではなくフィジカル(物理)であることが徹底されている。そして劇中のマシンに搭載され、レースの勝敗を左右するメカニズムの多くは、全く架空のものではなく実車に実際に搭載されている機構であり、ときには作者自らが漫画の中に登場し、「くわしい構造はむずかしいので今ははぶきまーす。ゴメン。」と言ってのける。

▲左下からコマをめくって現れているのは、作者である徳田ザウルスの自画像。(『ダッシュ!四駆郎』5巻 p111)

 これは、『ダッシュ!四駆郎』の世界観が少年誌で連載されている子供向けの漫画というメディアの枠におさまらず、そこで描かれるミニ四駆もまた「おもちゃ」として完結しないことを印象づけるものだ。たとえ商品として発売されたミニ四駆には同様のメカニズムが搭載されていないとしても、常に現実=実車=大人の世界に接続されていることは、先述のロマンティシズムと同じ原理で駆動され、両輪──あるいは前輪駆動と後輪駆動の「四駆」──をなしている。

ミニ四駆は果たしてコントロールできるか

 こうした物理的リアリズムの徹底は、マシンのコントロールについての考え方にも及んでいる。ミニ四駆を題材にした漫画やアニメーションは、直接的に操作できないミニ四駆とレーサー(ドライバー)の関係をどのように描くかということが課題となることが多い。『ダッシュ!四駆郎』の場合は、実際には不可能であろうと思われる描写も多いものの、あくまでなんらかの現実的な力によってマシンが操作されているという印象を与えるよう工夫がされている。たとえばサーキットの壁にぶつかることによって曲がるミニ四駆をオフロードのレースに参加させるために「ガイドスティック」というホッケースティックを思わせるスティックを用いて操作したり、源駆郎は赤外線を用いたリモートコントローラーでマシンを制御する。

▲ガイドスティック。四駆郎の戸惑いは、操作できないミニ四駆という乗り物に対する作者の戸惑いでもあるかもしれない。(『ダッシュ!四駆郎』2巻 p85)

 自動車をはじめとした「乗り物」が、ドライバーという知性が操作する肉体の延長として、主体が操作する対象として成立するのは、物理的なメカニズムを介して直接的に操作することが可能だからだ。実車はもちろん、RCにおいても、遠隔ではあるもののコントローラーへの入力を電気信号に変換し電波として伝えるという物理的メカニズムによってマシンを操作可能であるという構造は保存されている。しかしミニ四駆は、一度走り出してしまえば操作することはできない。レーサーミニ四駆について述べた際に触れたように、ミニ四駆はトランスフォーマーとはまた違った意味で「乗り込めない乗り物」なのである。
 しかし『ダッシュ!四駆郎』は、模型文化とレース文化を「ホビー」という概念で統合した垂直的な構造を成熟のイメージとして提示したために、ミニ四駆が操作不能であるということを、受け入れることができなかった。ミニ四駆が「乗り込めない乗り物」であることを認めることは、それがRCや自動車、レースから断絶された「おもちゃ」でしかないことを認めることと、ほとんど同義になってしまうからだ。

皇帝は地平の彼方へ至ったか

 この『ダッシュ!四駆郎』が確立した強力な文化と困難な立場は、劇中に登場するマシンのデザインにも表れている。
 『ダッシュ!四駆郎』を代表するデザインといえば、主人公四駆郎のメインである「ダッシュ1号 皇帝(エンペラー)」だろう。エンペラーは、「RCのスケールモデル」ではなく、ミニ四駆オリジナルとなった初のデザインであった。

タミヤ レーサーミニ四駆シリーズ No.69 ダッシュ1号・皇帝 (エンペラー) プレミアム (スーパーIIシャーシ)

 基本的なフォルムは「サンダードラゴン」のようなRCオリジナルモデルに依拠しつつ、大型のライトやキャノピー周辺のエアインテーク、大型のウィング、フロントのオイルダンパーなど、機械的な機能を感じさせるディティールをふんだんに加えている。こうしたディティールは、そのほとんどが実際の商品においては機能しないダミーでありながら、ミニ四駆が実車と結びついていること、そしてテクノロジーこそがマシンの速さを決定するという作品における物理的リアリズムを非常によく表現している。

タミヤ レーサーミニ四駆シリーズ No.68 サンダードラゴン プレミアム (VSシャーシ) 。写真は新シャーシに合わせたリニューアル版。全体的なフォルムや直線的なキャノピーなどに共通点がある。

 エンペラーはこうしたリアリズムを想起させるディティールを持ちながらも、同時におそらくは当時流行していたSFアニメのメカデザイン的な手法を取り入れた結果、全体としてはフィクショナルなデザインとなっていた。このフィクション性こそが、エンペラーをそれまでのミニ四駆から区別し、『ダッシュ!四駆郎』に爆発的な人気を与え、そしてミニ四駆独自の文化を作り上げたエポックとなったことは、その後のミニ四駆の発展の歴史を見る限り、それほど疑問の余地はないだろう。しかしこのことは、むしろミニ四駆を「スケールモデル」であることから切り離してしまうことにもなった。
 『ダッシュ!四駆郎』の物語後半の展開は象徴的である。レーサーであったはずの源駆郎は、レースの過程で記憶を失う。そして源駆郎は、実車ではなく、ミニ四駆のレーサーとして四駆郎の前に現れる。これはもちろんレーサーとしての記憶がないためだが、『ダッシュ!四駆郎』冒頭におけるヒエラルキーを参照するならば、実写のレーサーからミニ四駆のレーサーへの転向は、明らかな下降である。そしてこのヒエラルキーは、男性にとっての成熟と結びついていた。だとすれば、物語を通じて、四駆郎が「とうさんの気持ちをわかって」いくのではなく、むしろ源駆郎が少年の心へと後退していったということもできるだろう。
 『ダッシュ!四駆郎』の物語は、記憶を失っていた源駆郎と四駆郎が再開し、源駆郎が記憶を取り戻した後、親子が共に新たなレースへと旅立ったであろうことが示唆されて終わる。そして長い時を経て成長したダッシュ軍団の面々は、不在の四駆郎に想いを馳せて乾杯し、物語は幕を引く。

▲成長したダッシュ軍団の面々と、ライバルである鬼堂院。(『ダッシュ!四駆郎』14巻 p89)

 ここで彼らが想いを馳せる四駆郎の姿は、少年の日のままで止まっている。これはミニ四駆を「卒業」したであろうダッシュ軍団が、はっきりと大人の姿で描かれていることと対照的だ。もちろんダッシュ軍団はレースに明け暮れている四駆郎に一度も会っていないため、イメージが更新されていないのだという合理的な説明をつけることもできる。しかし描こうと思えば、カメラを四駆郎に移して、父親そっくりに成長した四駆郎が実車をあやつりレースに参加している姿を描くことも容易にできたはずだ。ここでは、四駆郎の成熟した姿が具体的に描かれることがなかった、という事実を重く見たい。

▲物語の最終ページ。(『ダッシュ!四駆郎』14巻 p90)

 実車を、あるいはRCを引き写したスケールモデルからの脱皮は、ミニ四駆に爆発的な人気を与えたが、同時に成熟へと向かう垂直的なヒエラルキーから切り離してしまった。結果として、『ダッシュ!四駆郎』は、四駆郎の成長物語としてはじまりながら、その成熟を決定的なところで描くことができなかった。
 こうしたミニ四駆を実車と結びつける構造の限界が、第一次ブームの終焉へと繋がっていった、というのは、確かに牽強付会かもしれない。しかしその後に続いた第二次ブームが、「乗り込めない乗り物」であるミニ四駆を引き受け肯定的に捉えることで、新たな可能性を引き出していったとはいえるだろう。
 その新しいミニ四駆にまつわる想像力、成熟のイメージは、垂直的な構造から、平行的な構造への転換の中から生まれた。「親子」ではなく「兄弟」を描いた新たな物語。それが第二次ミニ四駆ブームを牽引した『爆走兄弟レッツ&ゴー!!』である。

(続く)

この記事は、PLANETSのメルマガで2018年3月15日に配信した同名連載をリニューアルしたものです。あらためて、2020年10月29日に公開しました。

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