消極性研究会の簗瀨です。

 私はメンバーの中では唯一の会社員です。組織に属して仕事をする、という点では研究所勤務でも大学勤務でも同じですが、少しは読者の皆さんに近い立場ではないかと思っています。

 さて、コロナ禍と言われる状態でだいぶ長い日々が過ぎました(2020年11月時点)。「新しい生活様式」などの言葉も使われていますが、現在の状態を普通の日常と思えるまでには慣れておらず、COVID-19流行以前の状態が戻ってくるとも思えず、先が見えないなんとなく不安な毎日を過ごしている方は多いのではないかと思います。

 私自身はもともと週2〜3日程度出社をし、他は講演や学会などに出かけたり在宅で仕事をしたりという生活スタイルでしたが、3月の初旬に会社の海外オフィスで感染者が出てから出張などでの行き来は基本的に禁止となり、世界中のオフィスで出勤も取りやめ、在宅ワークが基本となりました。会社のオフィスはどこの国にいても一定水準の環境で仕事ができるように気を使って作られていますが、住宅環境はそれぞれなので、急に家で仕事をしろと言われても困るスタッフも多くいます。

 私自身もその一人です。なぜなら我が家は50平米の1LDKで寝室とリビングダイニングキッチンしかなく、仕事用のデスクはキッチンに置かれており、家でちょっとした仕事を片付けるというような場合しか想定していなかったからです。なぜそんな環境を選んだのかというと、会社の東京オフィスが引っ越した際に横浜の賃貸一軒家から距離が離れ、通勤に一時間以上かかるようになってしまい、近いところ(ついでに犬が飼える賃貸物件)に引っ越そうと考えたからでした。オフィスまではドア・ツー・ドアで30分程度で、自転車なら20分という好立地なので仕事したかったら会社に行けばよかったわけです。また、私は客員研究員として所属している大学の研究室もありますので気分転換も兼ねて大学で仕事をすることもできました。

 これが完全に裏目に出て、会社にも大学にも行けない今、自宅のキッチンですベての仕事をする羽目になっています。
 出勤禁止になった時に自宅での仕事環境を整えるために一定額の購入支援が出て、夏にさらに支援が追加されたのでワーキングデスクに棚を追加したりディスプレイやスピーカーを買ったり、椅子を良いものに変えたりということはできましたが、部屋を増やすことはできないので、講演や講義の時にはパーティションを立てて緑の布をかけ、バーチャル背景で乗り切ったり、ごはん時など家族に息を潜めていてもらうのが難しい時には日帰りプランを駆使してホテルの部屋で遠隔講演したりというようなことをしています。

 こういった問題はそれぞれの方が抱えているかと思います。Twitterなどを見ていても、リモートワークにしても変わらなかった、生産性が落ちた、むしろ上がったなど様々な意見が溢れています。私自身で言えば、私の仕事はたまたまリモートワーク向きだったという点ではラッキーでしたが、住宅環境がそれに追いついていないというところです。私のいる会社はもともとデンマークで起業され、資金を米国で得て今は米国に本社があります。世界中でコアなユーザーを見つけては現地にオフィスを作るという方式で拠点を増やしてきたため、世界中に少人数のオフィスが散らばっており、仕事をする相手が遠い、時差があるのが当たり前だったためチャット文化が発達しています。今やチャットツールとしてメジャーとなったSlackを使っていて、5,000人のアクティブユーザーが参加し、6,500のチャンネルがあり、1ヶ月で350万以上のメッセージが交わされているようです。
 グローバルなチャンネルは英語ですが、オフィスごとに例えば#tokyo-xxxxというようなチャンネルがあり、現地語でのやりとりも問題ありません。社員はチャンネルを自由に作って良いので、カテゴリとして一番多いのはおそらく雑談チャンネルです。こちらもなかなか豊富で、グローバルでも#talk-animeや#japanese-exchangeなど日本のアニメや日本語学習を扱うチャンネルがあり、英語での情報交換が活発に行われています。その他、考えつく限りあらゆる話題のチャンネルがあるようです。

 このように自由なのは良いですが、積み上げてきた文化には弊害もあります。それは新しく外から入ってきた人が膨大なチャットチャンネルの中で迷子になってしまうことです。現在、私の会社は拡大傾向にあって、私が入社した時には10人だった東京オフィスも、今や80人となりました。すでに全員の顔と名前は一致していません。ましてや現在、新しく入社してきても東京オフィスの全体チャンネルで人事のスタッフから紹介され、その後は月1の全体ミーティングで挨拶をしただけ、となり放っておくとその後は忘れてしまいます。

 これに対しては大まかに言って二方向のフォローがあります。一つは制度としてワークバディというものが導入されていることです。これは誰かが入社した際に担当を一人決め、会社に関わる様々な相談に乗る役割です。私自身も実際、9月入社のスタッフのワークバディになっています。なお、新入社員というと若者を想像しますが、私のいる会社は中途入社がほとんどで、私が担当する新人も私より経歴と実績のある百戦錬磨の強者だったりします。こういう役割をこなす際に重要なのはあまり責任を背負わず、何か困ったことがあったら相談する相手を紹介する、くらいのスタンスでやることですね。私自身も入社したときはどんな会社なのか、どんな制度があるのか、経費精算はどうすればいいのかなど全くわからず途方にくれた時期がありました。過去に入社したスタッフはだいたい似たような経験があるので、そこが新人さんをサポートする動機となっており、ボランティアでその役割を引き受ける人がいましたが、それが公式化したという形です。

 もう一つは会社のチャット文化の導入障壁を下げる試みで、単一の機能を持つチャンネルをたくさん作るというものです。単一の機能というのは「このチャンネルで質問されたことに関しては必ずポジティブに答える、答えられない時はスルー」「人を褒めるチャンネルです、褒めて欲しい時、誰かを褒めたい時に気軽に使ってください。無理に言葉を駆使しなくてもアイコンを付けるだけでOK。褒めるときはストレートに褒めましょう」というようなものです。

 匿名掲示板などでは「半年ROMれ」つまり、発言せずに半年ほどやり取りを観察して雰囲気を掴んでから発言しろ、というような言い方がありました(ROMはRead Only Member、つまりRead Only Memoryにかけた読む専門の人のこと)。しかし、円滑に仕事をしていく上でそういう様子見の時間が発生するのは良くないですよね。逆に考えれば、ルールが明確で考えることが少ない、かつ使う必然性があるならそこからチャットに入っていけるわけです。
 特に入社直後は質問チャンネルを利用するような機会は多いです。チャット利用時間が長い(というよりは使っていないと仕事にならない)うちのような会社では、息抜きに答えてくれる人もたくさんいます。過去に教えてもらって助かったというような経験したメンバーは積極的に答えてくれます。
 そうしたやり取りが発生したら次は、褒めるチャンネルを使います。何もわからないけど頑張ってます、質問に答えてくれてありがとう、などチャンネルの存在を知ったらたいてい何か書き込んでもらえます。褒められて嫌な気持ちになる人はいないので、こうやって仕事と直接は関係ないスタッフ同士のやり取りの機会を増やしています。
 質問して答えてもらった人は次に人が入ってきた時にサポートする側に回る、褒められて嬉しかった人は褒める側に回る、こうしたサイクルができると誰かが頑張って人間関係の円滑化に注力し続けなくても回っていきます。

 単一機能チャンネルの導入でポイントだと思うのは、会社の制度や方針としてやっていないことです。質問専用チャンネルも褒める専用チャンネルもあくまで雑談で、ボランティア、遊びというスタンスです。これが会社の正式なアナウンスによって推奨されるとどんなにフレンドリーな会社でも義務感や強制感を感じてしまうかもしれません。「お互いに褒め合おう!」みたいなことも、例えば学校で教師から言われたらげんなりしてしまいますよね。強い立場から何かを提案すると選択の自由が脅かされていると感じて反発するのはごく普通のことです。
 また、当然ですがそういうポジティブな活動そのものに圧迫を感じるということもあります。これらの仕組みも、自分以外の人が導入して運用していたら私自身何かしら反発を感じたかもしれません。そうした層をどうするか、という答えを残念ながら私は持っていませんが、雑談チャンネルも作成自由、作るチャンネルはプライベートでも良いという状態にしておくことで、どこにも居場所がないという可能性は少しは防げるのではないかと思っています。
 こういったことができるかどうかは会社によるので、誰でも使える知見というわけではありません。あえていうなら、会社という組織とはまた別な視点で構成メンバーのコミュニティができるように適度に緩くルールを作っておくというのがポイントと考えています。ただ、緩いルールの会社はそこに合わないメンバーを入れないように気をつけなければなりませんからメリットばかりではないですね。

 なお、褒めるチャンネルはもともと、私の友人がFacebookで友人を集めて、ただお互いを褒めるだけのグループを作ったというところから着想を得ました。会社というのは基本的に能力で人を選んでいますから、必ずしも気持ちの良い関係を作りたいと思えるとは限りませんが、プライベートでそういう試みをすることはわりと誰にでもできます。例えば「遅いインターネット」の記事を読んでいる人だけで作れば適度に距離を置いた良い関係が作れるのではないでしょうか。
 褒められるのも良いのですが、褒める方に回ると褒めるための語彙力が上がり、褒めることそのものが楽しくなります。
 最近(2020年11月時点)だとお笑いコンビのぺこぱが何もかも肯定的に捉えるというネタで漫才をしていますが、日常からそんな視点に自分を置いてみるのも良いかもしれません。とりあえず皆さん、役に立ちそうな記事を書いた私を褒めるところから始めてみてはいかがでしょうか?
 
 まだまだコロナ禍も油断できない状態ですが、消極的な我々は飲み会に忙しかった積極民と比べるとやや有利なポジションと思います。消極性の優越を胸に乗り切っていきましょう。

(了)

この記事は、PLANETSのメルマガで2020年11月24日に配信した同名連載をリニューアルしたものです。あらためて、2021年8月12日に公開しました。
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