「東京そぞろ歩き」というタイトルをつけて、東京のあちこちを歩いてきたが、読み返してみると、東京は本当に広くて多種多様だと思う。高層ビルが立ち並んだ都心だけでなく、武蔵野原野の桑畑から新興住宅街になった土地、大きな河川の流域で水害対策がガチガチに施された下町、旧街道沿いに高層マンションが渓谷のように立ち並んでいる場所もある。
 東京と一口に言っても、その景観や雰囲気は土地によってまったく違う。
 大学入学を機に上京してから、かれこれ 30 年以上東京に住んでいることになるが、それでもいまだに行ったことがない場所もあるし、ずっと知らなかった東京の歴史的な事実というのもあるだろう。
 この連載では街並みから行政の都市計画や住宅政策を考えるのも面白かったし、思わぬ場所にある歴史の痕跡を見つけるのも興味深かった。
 しかし、私個人が楽しかったことは、道端で何か変なもの、奇妙なもの、違和感があるものを見つけた時だろう。そこまで目立つものではないけど、近づいて見てみると、ちょっと不思議な感じがするものである。
 例えば、下の千駄木で見つけたコミュニティーゾーン表示の看板。

 初めて見た時は「なぜ亀が描いてあるの?」と疑問に思ってしまった。
 こういうものを見つけると、調べずにはいられない性分なので、ネットで検索してみる。
 すると、国土交通省道路局が行っている、大きな幹線道路に囲まれている住宅地などを対象に、警察と連携して車両の流入を制限し、歩行者・自転車優先の道路環境を整備し、商店街などの活性化を目指す「くらしのみちゾーン」という事業が見つかった。
 東京都文京区千駄木三、四、五丁目地区は、この事業の対象地域で、特にたまり空間なども設置するコミュニティ道路整備に力を入れているとのこと。
 そして、この亀はこの千駄木三、四、五丁目地区「くらしのみちゾーン」のシンボルマークで、「ゆっくり歩こう」という意図があるらしい。こういう小さなものに気づき、その背後にどういう意図があるのかを調べるのは楽しい。これこそが街歩きの醍醐味と思う。
 しかし、「東京そぞろ歩き」という連載でその地域を語っていくと、どうしても枝葉末節になってしまうこともあるので、泣く泣く小さなものは省いてしまう。何だか勿体無い感じがするが、字数と時間に限りがあるので仕方がない。
 私の街歩きはこういう街の中に潜んだ瑣末なものを読み解くことが喜びなので、今回は、連載では書かなかったが個人的に気に入っている、東京で見つけた目立たないがよくみると変わっている、興味深いものを紹介していこうと思う。
 では、さっそく、水害対策取材で葛飾区亀有を歩いていたときに、見性寺というお寺の中で見つけたものから。

 「狢塚(むじなづか)」とある。
 狢はアナグマやハクビシンなどのことだが、地域によっては狸のことを狢と呼ぶところもある。狸や狢は日本の伝承では妖怪の一種とするのはご存じだと思うが、そういう妖怪じみた狸や狢の遺骸を祀ったり、塚にしたりすることは、全国でよく見られる。
 しかし、ここの「狢塚」の由来は、ちょっとだけ近代的である。
 明治時代の都市伝説の一種に「偽汽車」というものがある。これは存在するはずのない場所や時間に、線路の上を謎の汽車が走っているという怪現象。
 明治 20〜30 年代の常磐線が開通した時期に、汽車の走っていない筈の夜中に謎の汽笛が聞こえたり、走行中の汽車の機関士が前方から突っ込んでくる謎の汽車を見つけて緊急停止したが、その汽車が忽然と消えてしまったということがあったらしい。
 これこそ「偽汽車」なのだが、ある日、常磐線の線路脇に汽車に轢かれた狢の死骸が見つかる。人々は「これが偽汽車の正体か」と驚き、このお寺に塚を作って供養したとのこと。
 こう考えると、江戸から続く伝承怪異の動物と鉄道という近代インフラの接触した痕跡と言えると思う。 動物といえば、小金井市の小金井公園桜遊歩道で見つけた、服をきた小鳥付きの車止めも面白い。

 この小鳥が上に乗った車止め自体は、あちこちで見かける。しかし、普通は服を着ていない。

 実はこの車止めの小鳥が服を着せられているのは、神奈川県の江ノ電江ノ島駅の前に設置されたものでも見たことがある。

 この小鳥付きの車止めは、旗ポールや車止めなどを製造している株式会社サンポールさんの「ピコリーノ」という製品。
 この「ピコリーノ」自体は人気製品で全国各地に設置されているが、なぜか関東でこの小鳥に服を着せられることが多いらしい。ここ小金井公園の他に、東京では等々力陸上競技場などで服をきた「ピコリーノ」を見ることが出来る。
 これは東京に限らないが、銅像やモニュメントに服を着せるという習慣(?)はあちこちで見かける。
 例えば、 宿区神楽坂には四コマ漫画「コボちゃん」の主人公のコボちゃんの銅像が立っている。これは原作者の植田まさし先生が神楽坂に長年居住していて、「コボちゃん」の連載も神楽坂で始めたことを記念しての銅像である。
 しかし、ご近所の方が季節に合わせてコボちゃんの服を着せ替えている。

 こういう銅像や彫像に着せ替えを行う文化がどこから出てきたかは分からないが、民間信仰などで神仏の像の服を着せ替える「お召し替え」という風習はあるので、人や動物の姿をしている造形物に服を着せたいという意識が日本にはあるのかもしれない。
 動物の像といえば、東京都の多摩西部の羽村市の羽村市動物公園にある「風船かば」の像は、異常な迫力と愛嬌の合わさった、記憶に残る変な造形だと思う。

 このかばの像は、羽村市が平成 2 年から実施している「シンボルのあるまちづくり」として公園や街路に造形物を設置する事業の一環であり、多摩美術大学工芸学科教授であった野口裕史氏が制作したもの。
 野口氏は金属工芸の専門家であり、このユーモラスなカバの像だけでなく、動物をモチーフにしたさまざま作品を制作している(参考:多摩美術大学 工芸学科ホームページ)。
 私はこの「風船かば」の像で、すっかり氏のファンになってしまい、作品をみるための旅行を計画しているほど。
 しかし、こういう著名な作家の作品として、行政がしっかり計画して設置されるものだけはなく、誰かなんだかわからないが、道端に置かれたものも面白い。
 その一つが下の画像、台東区鳥越の「おかず横丁」の個人宅の脇にある「カエル像」。

 「おかず横丁」の隠れたシンボルだが、由来も設置理由もよく分からないらしい。
 ネットでは「カエル様」とか「蛙大明神」とか呼ばれており、SNS にこのカエル様の画像が UP されることも多い。
 指が 4 本あることから「四六のガマ」だと思うので、江戸時代のガマの油売りから発展した「ガマ口上」という民間娯楽芸能の小道具だったのかも。この「おかず横丁」は鳥越神社の近くの商店街であり、鳥越神社の例大祭にはいろんな露店商売が集まったので、当然ガマの油売りが来ただろう、昔は人気商売ではあったし。
 そういうガマの油売りの道具がなぜか商店街に残されて、勝手に隠れたシンボルになり……という空想をしてしまう。本当にあくまで空想なのだが。
 こういう由来が分からないものを見つけて、周辺の景観と地図を見ながら、その来歴を推理するのが楽しい。
 その反対に、それがここにある理由がすぐに分かることもある。
 台東区蔵前を歩いていると、トンボの意匠が施されたビルを見つけたことがある。

 これは振り返ったところにあった看板で、トンボの理由はすぐに分かった。

 ここが学生服や運動服で有名なアパレルメーカー「トンボ学生服」のビルだったからである。
 「トンボ学生服」は創業が明治9年、会社組織となったのが大正13年という学生服老舗メーカーだが、元々は帝国足袋会社という名で足袋の製造などを行なっていた。昭和 5 年から始めていた学生服、作業服などの製造を戦後に本格化、昭和 30 年代に主要商標を「トンボ」にし、本社事務所と本社工場のある岡山の他に、昭和 40 年代に東京事務所を開設している。 ということは、このビルは高度経済成長の時代からのあったのかも。
 ちなみに「トンボ」という社名は、日本の本州を古くは「秋津洲」と呼んだが、「秋津」はトンボの意味で、ここから取ったらしい。『古事記』や『日本書紀』に記述がある、神武天皇が土地の形がトンボの交尾の様だと喩えた逸話や、トンボがアブを食い殺すさまが勇壮だったなどの伝承があるので、その意味はかなり深い。
 そして、最後に墨田区の東向島駅前商店街に見つけた奇妙なキャラ「寺島茄子之介」。

 東向島は現在では完全な下町で、茄子とはあんまり関係があるような土地には思えない。しかし、明治時代の寺島村と呼ばれた時には、隅田川沿いに蔓細千成茄子というやや小ぶりなナスが盛んに栽培されていたらしい。
 この茄子は江戸時代から地域の名産として、江戸に盛んに出荷されていたが、関東大震災以後の宅地化の波に飲まれてしまい、ほとんど消えてしまったのである。しかし、有志たちが、独立行政法人農業生物資源研究所のジーンバンク(遺伝子バンク)に種子が保存されていることを知り、2008 年に区立第一寺島小学校創設 130 周年事業の江戸の伝統野菜として「寺島なす」の復活プロジェクトを開始したのである。
 「寺島茄子之介」はそのプロジェクトのキャラなのである。
 江戸時代からの近郊農業、宅地化のよる消滅、生物遺伝資源の収集受入などを行なっているジーンバンク、地域振興という背景が詰まったゆるキャラと考えれば、この「寺島茄子之介」もなかなかに面白い。
 東京の街を歩くと、こういう細かい気づきがあり、これを調べていくと、思わぬ歴史を知ることが出来る。 私の街歩き探訪は、こういう都市のディテールを読み解いて楽しむというもので、こういう細かいディテールを追っていくと、どこかで大きく繋がりが浮き上がり、その地域のパースペクティブが明瞭になってくるのである。
 これが実に楽しい。
 この私の街歩きの楽しみに、連載という形でお付き合いいただきありがとうございます。
 どうか、皆様も街歩きをお楽しみください。

(了)

この記事は、PLANETSのメルマガで2022年9月20日に配信した同名連載をリニューアルしたものです。あらためて、2023年8月3日に公開しました。
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