南シナ海は中国ビジネスの実験場

 太平洋とインド洋に挟まれた南シナ海。北は中国、南はインドネシアやベトナムといった東南アジアの国々に囲まれています。東南アジアは、中国からの移民の最大の受け入れ先であるとともに、中国とインドという大国に挟まれ、多地域から文化や産業など様々なものを積極的に取り込んできた歴史があります。中国から世界中のあらゆる正規・非正規のマーケットに商品が流れていく玄関口でもあり、中国のフォーマル・インフォーマルなビジネスの実験場ともなっている地域でもあります。

 これまでの回では、大西洋で活躍するレバノン人、インド洋で躍動するパキスタン人について話をしてきました。南シナ海は、名前にシナという言葉が入っているように、華僑と呼ばれる中華系の人々の影響力が極めて大きい地域です。タイやインドネシア、フィリピンなどの国々では、中華系の財閥が様々な産業で重大な影響力を持っていますし、中国企業も海外進出となると、まず東南アジアを念頭に置くところが多いようです。最近は中国で堂々と海賊版を売っていたような商城や、海賊版を制作していた工場は大都市では姿を消し、地下に潜行してきていますが、中国で摘発され、追い出されていった偽物ビジネスの工場の本場は、今やベトナムやタイなど東南アジアに広がってきています。

 ただ、私たちが誤ってはいけないのが、こうした東南アジアで活躍する中国系の人々は必ずしも一枚岩にはなっていない、ということです。広東系のコミュニティと福建系のコミュニティは別々に民族互助団体を持っていることが多いですし、客家系の人々は、広東人とも福建人とも違う独自のアイデンティティを持っています。実際に東南アジアのビジネスを観察すると、必ずしも中国系同士が協力し合っているばかりではなく、むしろ中国系企業の最大のライバルが中国系企業、などとなっていることもあり得るようです。東南アジアにおける中国人の関わりはフォーマル・インフォーマルの双方に及ぶ幅広いものなのです。

▲スリランカにある、福建省出身者のための商工会議所。

 東南アジアのインフォーマルなビジネスに目を向けると、華僑以外では意外にムスリムが多いことが目につきます。インドネシアは世界一のムスリムの人口を抱える国ですし、マレーシアやブルネイの国教はイスラームです。シンガポール、タイやフィリピンではマイノリティにイスラームが信仰されています。ミャンマーにおけるロヒンギャ・ムスリムは国際社会でも近年よく知られるようになりました。さらに規模は小さくなりますが、ベトナムやカンボジア、ラオスでも少数民族でイスラームを信奉している者がいます。このように東南アジアには結構な数のムスリムがおり、特にフィリピン南部、タイ南部のような地域ではかなりの結束力を持っているようです。彼らが華僑から商品を仕入れ、東南アジアの色々なところで、フォーマルなビジネスが扱いにくい商品を売りさばいている、という構図があるようですね。

▲フィリピン・マニラに多数あるモバイルアプリのダウンロード屋の様子。 

 東南アジアは、中南米やアフリカなどと比べると日本にずっと近いので、日本のマーケッターにとって観察がしやすい地域のはずです。しかし現地へ行くと、都市中心部の立派なショッピングモールやビジネスディストリクトに目を奪われ、インフォーマルセクターがどうなっているのかについては、なかなか目が行かないものです。南シナ海のインフォーマルマーケットというと、本来は中国南部も含まれるのですが、東南アジアだけでもインフォーマルビジネスにまつわる、様々な興味深い話がありますので、今回は中国国内のお話は最小限にとどめたうえで、東南アジアや香港のインフォーマルなビジネスについて、その実態を書いていきます。

中華系のショッピングモールと名もなき屋台市

 東南アジアにおけるインフォーマルマーケットの広がり方についてですが、キプロスのドルドイやウクライナの7kmマーケットのように、国の中に国があるような感じではなく、中国の電脳商城のように、特定のショッピングモールで偽物や怪しい商品が取引されています。私がこれまで行ってきた場所を振り返ってみると、こうしたショッピングモールは中華系の資本が運営していることが多かったです。具体的に名前を挙げると、インドネシアのマンガ・ドゥア、フィリピンのグリーンヒルズ・ショッピングセンター、ベトナムのベンタイン市場のような場所が偽物市場として有名です。

▲インドネシアの怪しげなショッピングモール。

 東南アジアで特徴的なのは、屋台商売の規模の大きさです。繁盛している商業施設の周りには、必ずと言っていいほど屋台が広がっています。商業施設の近くにあるものは一応商業コミュニティとして一定の統率が取られ、許可も得ているようで、ある程度は秩序があるのですが、それらの屋台のさらに周縁にある屋台は許可など取っている様子がなく、怪しげな商品をいろいろ販売しています。もちろん、この屋台市の層の厚さは東南アジアの中でも国や都市によって異なるのですが、こうした名もなきインフォーマルマーケットとしての屋台市は東南アジア諸国の経済において、重要な存在となっています。

▲フィリピンのマニラ、商業施設の前に屋台が広がる。
▲フィリピンのマニラの夜。夜限定の屋台(ナイトマーケット)は東南アジアらしい光景。

 ここでは東南アジア各国のコンテンツ関連のインフォーマルな商売について見ていきます。タイのバンコクは、10年前にはアジアの偽物がよく取り扱われていました。例えば下の写真にある、バンコクにあったゲーム系のインフォーマルマーケットがそうです。川の上に杭を立てて床を敷き、商売をしている辺り、日本で言うと東京・江戸川区にかつてあったヤミ市、小岩ベニスマーケットに似ているところがあるかも知れません。土地の権利がうるさい都市中心部においては、このように川の上でインフォーマルなビジネスが発達するというケースがしばしばあります。逆に言うと、川のそば、ちょっと郊外で交通の便が多少良いところ……とアタリをつけて探しに行ってみると、知られざるインフォーマルマーケットが見つかることがあったりするのが面白いところです。

▲バンコクにあったゲーム系インフォーマルマーケット。すでに閉鎖されている。

 さて、このマーケットでは非正規輸入品から海賊版に至るまであらゆる怪しげなゲーム系商品が取引されていました。そのほとんどは中国製で、ハードやソフトなど様々なものが置かれていました。天井から電線がむき出しになっていて、危なげなところだったのをよく覚えています。現在ではこのマーケットは埋め立てられ、当時の面影を残すものは何も残っていません。こうした怪しげな商品を売る業者は、バンコクの中心部のビジネス街ではさすがになりを潜め、郊外のショッピングモールや周辺都市に拠点を移してきています。

▲チェンマイのショッピングモールのゲームカフェ。

 インドネシアは、タイ以上に明け透けな形で怪しげなビジネスが広がっている国です。インドネシアの首都であるジャカルタの電気街ビルの一角には、PlayStation 2や3の改造工場がありました。PlayStation4や5があるこの時代に、PlayStation 2に今さらどんな需要があるのかというと、これはインドネシア各地におけるゲームカフェで使われているのです。

▲インドネシア、PlayStation2改造工場。今でも同じ機種の改造をしているのか、それとも……

 インドネシアのゲームカフェでは、PlayStation 2や3を使った『ウイニングイレブン(現在はeFootball)』を遊ばせるサッカーゲーム専門のカフェが存在します。PlayStation2バージョンであっても、最新の選手のデータを、改造で取り付けたHDDに入れたものになっています。こうしたゲームカフェは対戦を通じた若者の社交場になっており、3年ほど前にeスポーツの取材のためにジャカルタへ行ったときも、こうしたゲームカフェが元気よく営業しているのを目にしました。

▲インドネシアのゲームカフェ。遊んでいるのはPlayStation 3版の『ウイイレ(現eFootball)』。

 PlayStation 2の改造工場は、ナイジェリアの話でも出てきましたね。余談ですが、インドネシアとナイジェリアというのは遠く離れた国であるのにも関わらず、人口が2億人を超える人口大国という点で共通しているからか、インドネシアでビジネスをして成功している企業がナイジェリアにも進出している、というケースがしばしばあります。インドネシアは中国に次ぐ世界第二位のインスタントラーメン消費国ですが、インドネシア最大のインスタントラーメン製造業者であるインドミーは、ナイジェリアでも大きな成功を収めていますし、それ以外にもいくつかのインドネシア企業がナイジェリアへの進出を果たしています。インフォーマルビジネスにおいても、インドネシアで成り立っているビジネスがナイジェリアでも通用している、というのは面白い話だと思います。

▲Indomieのウェブサイト(出典)。

 さて、徐々に正規化が進む東南アジアの中堅国をよそに、インフォーマルな要素が市場に充満しているのが、ミャンマーの最大都市であるヤンゴンです。むしろ、正規の商品は脇役と言っても良いほどです。コンテンツで言うと、街のメインストリートに海賊版ばかりを扱ったゲームソフトショップがあり、遊園地に行けば日本のキャラクターグッズなどを見かけます。

▲ミャンマーのゲームソフトショップ。
▲ミャンマーのテーマパーク、Happy Worldに飾ってあった日本の格闘ゲームキャラの像。

 電気街に行けばアニメのデータをUSBメモリーや外付けハードディスクに入れるビジネスが成り立っていますし、住宅街に行けば、少し性能の良いPCを持っている家がPCゲームやモバイルゲームをダウンロードさせてくれる副業を営んでいたりします。

▲ミャンマーのある家庭の写真。PCゲームを容量単位で販売している。

 こうした東南アジアの国と比べると、香港のインフォーマルセクターはかなり大人しいように見えます。実際は中国本土とのインフォーマルな取引が地下化しているだけとも言えますが……そうした中、香港でアジア的なカオスを一番残しているのが重慶マンションです。私もこちらに泊まりに行ったことがありますが、インド系やアフリカ系の人々があふれ、ゲーム機やボリウッド映画のDVD、有名ブランドの偽物など、様々な商品を売り歩いていました。

審査制度の穴をかいくぐる海賊版業者

 このように、東南アジアの国は程度の差はあれインフォーマルビジネスが機能しているのですが、各国政府はこうした状態に対してどのような態度で臨んでいるのでしょうか? 私がこれまで見てきたことを元に言えば、アメリカなどに言われたら対応するだけで、本気で取り締まる気はない、というのが現実のようです。マレーシアを例に挙げてお話ししましょう。

 2020年10月に、『鬼滅の刃』の海賊版DVDを販売していた日本人が茨城県警に逮捕されました。彼はマレーシアから海賊版DVDを調達し、日本人に販売していたそうです。マレーシアは石油産業を中心にいくつかの有力産業をかかえ、東南アジアの中では比較的経済力が発達した国です。コンテンツ産業でも、ゲームやアニメなどの分野で素晴らしい独自IPが出てきている国なのですが、その一方で、コンテンツの海賊版についての話が絶えない国でもあります。昔はクアラルンプール近郊に海賊版コンテンツの工場があり、国内向けにはマフィア組織が海賊版商品をさばいていました。こうした状況は改善してきてはいるものの、アメリカ通商代表部の「2020年悪質市場リスト」の中には、首都クアラルンプールのPetaling Street Marketの名前が偽物商売を活発にしている市場として挙がっています。

 マレーシアにコンテンツの審査制度がないわけではありません。むしろ、複数の省庁によって二重三重の審査制度が行われています。マレーシアのDVDショップに行くと、DVDのパッケージにたくさんの審査を通過した旨のラベルが貼られているのを目にします。例えば下の画像は、マレーシアで売られていたDVDのパッケージを撮影したものです。パッケージのちゃちさ、本物と比べた時の妙な軽さなど、見るからに偽物なのですが、二つのQRコード付きの認証ラベルが貼られ、ダメ押しに右上に店のラベルで“Original 正版”と貼られています。

▲マレーシアで販売しているDVDを撮影した写真。

 マレーシアの認証制度はたびたび変更が加えられているのですが、あまり状況は変わっていません。こちらの海賊版に貼られている認証について説明しましょう。左にある“ORIGINAL”と書かれた認証はマレーシアの国内取引・企業・消費者省のものです(現在は国内取引・消費者省に名称変更)。国内取引・企業・消費者省はマレーシアの国内商業取引を管轄する省庁で、最近では偽物マスクの取り締まりなどを行っていたりします。このラベルは各種データを保存している光ディスクについて登録をしている証明で、QRコードをチェックすると、国内取引・企業・消費者省の該当のサイトにジャンプします。もっとも、今検索しても現行のサイトに飛べないようになっていたり、新しいサイトで番号を入力しても別の映画が出てきたりと、あまりきちんとした管理はできていないようです。

▲マレーシアの国内取引・企業・消費者省の認証。「ORI」「ORIGINAL」など純正品という主張が強い。

 一方、右にあるラベルはマレーシア内務省の認証です。マレーシア内務省は映画についての認証制度を監督しています。ただ、この審査は最初にマレーシア当局へ審査に出したものを認可するような形式を取っており、正規のDVDが日本や欧米で発売されると、海賊版業者がすぐ自分の海賊版を審査に出し、正規品認証を取得してしまえるような仕組みになっているのです。

▲マレーシア内務省の映画認証制度。P13とは、13歳以下は親のアドバイスが必要という意味。

 内務省としては国内の取引さえ保証されていれば良いわけで、海外のコンテンツ企業の純正品であることの保証にはあまり関心がないようです。ちなみに、アメリカのハリウッドの商品については、マレーシアにいる代理人が世界同時発売と同時に素早く登録する仕組みを整えているらしく、このように店舗で販売されている日本のアニメが海賊版だらけの一方、アメリカの映画は普通に純正品が売られていたのが印象的でした。

▲海賊版アニメの横で売られるハリウッドの純正品とみられる商品。

 このようにして、マレーシアでは海賊版のコンテンツ商品が、複数の省庁による“純正品”というお墨付き付きで堂々と出回っている、という奇妙な状況になっているのです。こうした商品はマレーシアの南東部、シンガポールとの国境に近いジョホールバルでよく販売され、結構大きなビジネスになっているようです。シンガポールの労働者が、国境を渡ってこれらの商品を買いに来るのです。もっとも、最近ではCOVIDの影響でこうした国境ビジネスもしぼんできているようですが……。

新興国の「中間層」という幻想

 一般に東南アジアをマーケットとして見るとき、私たちマーケッターは、「新興国の中間層拡大」という言葉を使いがちです。一人当たりGDPが日本の10分の1もないような国に、欧米や日本、中国の工場が建てられることで、そこに勤めて十分な給料を受け取ることのできる人々が新しい中間層として育ち、日本の商品の新しい購買者となっていく……シンプルで分かりやすいユーザー像だとは思います。しかし、本当にそうした中間層は存在するのでしょうか?

 私のこれまでの経験で言えば、日本や欧米のような国々にいると自明であるかのように見えるフォーマルとインフォーマルの境界線、職業で言えば日本のような国から見て「定職」に就いていると見なされる人々とそうでない人々の間の境界線は、新興国では想像以上に曖昧で目に見えにくいものなのです。これまで私は、数多くの新興国でお金持ちからスラム居住者まで、様々な階層に出会い、ゲームをどのように遊んでいるのかを観察してきました。その中で、私が常に心に留めていることが、「人は自分の都合の良い部分しか見せようとしないし、都合の良い部分しか語ろうとしない」ということです。

▲マニラの低所得者居住地区、生活感のあるネットカフェの様子。

 正直者か嘘つきかという問題ではありません。人は自分が関与しているインフォーマルな要素を自分から語りたがらないものです(たまに例外はありますが)。それがインフォーマルビジネスの存在をはっきりと認識し、その中におけるブラックマーケット以外の部分を知ることを難しくしています。これをインフォーマルなものについて語ることを都合が良くなるように話を持っていくのは、なかなかに骨の折れる作業です。

 境界線の曖昧さは、人々が住んでいる住宅についても同じことが言えます。彼女は豪邸に住んでいるから金持ちなのでしょうか? 彼はスラムに住んでいるから貧しいのでしょうか? 日本でも、税金対策でわざと家の外装を改装しない人の話は聞きますが、新興国ではさらに極端な事例を見つけることができます。例えば、一般社団法人・住宅生産振興財団の「家とまちなみ」という雑誌の2011年3月の号に、「マニラ:ゲーティッドコミュニティとスラム」という大変興味深い論文が掲載されています。この論文は、九州大学の柴田健先生が、マニラのハウジング事情について研究した内容を報告しておられるものです。ゲーテッドコミュニティというのは、ゲートと高い堀で覆われ、中にはアメリカナイズされた住宅や庭が広がっている地域のことです。

 フィリピンでは南カリフォルニアの住宅事情を参考にして、多数のゲーテッドが建設されています。こうした地域には、富裕層や新興の中間層が住んでいる、というイメージが持たれています。一方、このゲートの外には貧困層の暮らす、不法占拠されたスクォッター地区が広がっています。

▲Google Earthより、豪邸ばかりの地区(左)の隣には、無数の小さな建物(右)が広がっている。

 不法占拠となっているのは、マニラでは一部の地主が過半の土地を所有しているので、お金のない人々が正規の所有権のある住宅を手に入れるのが困難だからです。私たちにとって大変興味深いのは、この論文の末尾に出てくる、視察に協力してスクォッター地区にある自宅を見せてくれた人の話です。

「もう一軒家を持っているから見に来るか?」と尋ねられた。訳がわからずに頷くと、とあるゲーテッドコミュニティの中にある戸建て住宅に連れて行かれた。「え?」。地方から出てきて、マニラでさまざまな職を転々としながらスクォッター地区に家を構えた彼は、その後に勤勉さが認められ、国際ホテルに雇われて賃金も上昇した。そこで彼は、郊外のゲーテッドコミュニティの住宅を購入したのであった。そこには、共有のプール、テニスコート、教会などがあり、HOAに管理費も支払っている。ただし職場のそばに住むため、いまのところ相変わらずスクォッター地区で暮らし、ゲーテッドコミュニティの住宅は他人に貸しているという。」(「家とまちなみ」63号、33ページ)

 このように、貧困層が住んでいるとされる地域と、中間層が住んでいるとされる地域の双方にまたがって暮らしている人、というのは案外色々なところにいるものなのです。以前、アジアでゲームビジネスを立ち上げてきた大先輩から、このように言われたことがあります。「俺はインドや東南アジアで中間層にリーチ……という売り込みをしてくる広告代理店の兄ちゃんを絶対に信用しないんだ。例えば家庭の亭主が外国の企業の工場に勤める会社があったとする。それはそれでいいけれど、その家庭にお邪魔していると、1ヶ月に1回くらい、定職にもつかず、たまにフラッと家にやってきて、金をせびりに来る兄貴がいたりすることもある。この場合、彼は中間層なのかい? そうした鼻つまみ者はマーケッターにはイレギュラーとしてよく無視されるんだけど、案外そういう奴がゲームの重要な消費者だったりするんだよ」

 私の経験でも、ゲームというのは社会階層とは関係なく広がっている、という感触があります。普通に考えると、ゲームというのは娯楽製品ですので、所得が上昇すればそれにお金をかけるユーザーも増えていく、と考えたくなります。しかし、新興国においてはそのような仮説を当てはめることは難しそうです。実際には、基本無料で遊べる仕組みの導入によって、多少お金を持っている人々だけではなく、お金をほとんど持たないその日暮らしの人々にもゲームは広がっているのです。

 例えば、フィリピンのスラムに訪問した際には、そこにいる子供たちがPisonetというゲーム機でゲームを遊んでいるのを目にしました。Pisonetというのは、1ペソ(約2円)で10分程度ゲームを遊べるようにするサービスで、PCやXboxが取り付けられたもので、スポーツ系のゲーム(「NBA2K」シリーズのようなバスケのゲームが多いようでした)や中国系のMMORPGやMOBAなどが遊ばれていました。現地のスラムに住む子供にとってこのPisonetというゲームは貴重な娯楽になっています。

▲フィリピン、Pisonetで遊ぶ若者。

 私は様々な国のスラムに行ってきましたが、電気の確保すら難しい場所であってさえも、ゲームが置いていないスラムを見たことがありません。こうしたスラムで生活する子供たちが大人になってそれなりの職に就いた時、子供のころにどんなゲームに熱中したかは、彼らの遊ぶゲームに大きな影響を与えるはずです。やはり直接ユーザーを見て一緒に遊び、少しでも実態に近付いていく努力というのはマーケッターにとって欠かせないものなのだな、と痛感する次第です。

インフォーマルなビジネスを生み出す背景

 前回、中国政府が一帯一路の成功例として取り上げている中東のショッピングモールが、欧米や日本から見ると海賊版商品の巣窟になっていた、というケースを取り上げました。今回出てきたインフォーマルマーケットの多くもオーナーは中国人が多いですが、フォーマルなビジネスの隣でインフォーマルなビジネスを手掛けていたりすることをしばしば見かけます。

 中国は発展途上国から経済大国に発達し、今も国内に経済未発達な地域を抱えていること、それに加えて政府のフォーマルな規制に対してインフォーマルなやり方で対応していく商文化を持っています。言い換えれば、インフォーマルマーケットに適応したビジネスの組み立て方が巧みであり、インフォーマルマーケットを前提にしてビジネスの仕組みを作ることが当たり前になっています。もしかすると、欧米列強がアヘン戦争のように、歴史的に中国に対して押し付けてきたフォーマルな手段にかこつけた侵略に対する懐疑と抵抗意識が背景にあるのかも知れません。

 次回は太平洋、そしてついに日本海に到達します。中国においてグローバルのインフォーマルビジネスの発信源ともなっている義烏や深センのような都市を扱うとともに、太平洋の対岸にある世界最大の国アメリカ、その西海岸におけるインフォーマルビジネスの様相をお伝えします。さらに、これまでの地域の実態を元に、私なりにインフォーマルビジネスの世界的な全体像と、これからのあり方について考察していきます。

(了)

この記事は、PLANETSのメルマガで2021年8月25日に配信した同名連載をリニューアルしたものです。あらためて、2022年9月8日に公開しました。
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