「庭プロジェクト」とは、これからのまちづくりについて、建築から人類学までさまざまな分野のプロフェッショナルが、官民産学を問わず集まって知恵を出し合う研究会です。
第31回研究会のレポート後編では、ランドスケープデザイナーでE-DESIGN代表の忽那裕樹さんのプレゼンテーション(アフター万博の大阪はいかにして設計されるべきか?「ランドスケープデザイン」から考える|忽那裕樹)を受けて行われた、ボードメンバーとのディスカッションをお届けします。
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端的に言うとね。
万博は「起爆剤」となったのか?
最初に問いを投げかけたのは、哲学者の鞍田崇さんです。万博という期間限定のイベントが、その前後の文脈と切り離されずにつながっていた点に、鞍田さんは関心を寄せます。
「東京から見ていると、万博だけに光を当てた議論が起こりがちです。でも今日のお話は、それ以前の水都の話から始まって、その後の緑の矢、まちなか万博という話につながっていきました。期間限定の万博が、その前の文脈と今後の文脈と有機的につながっているということが、とても腑に落ちた気がします。
そこで一つ聞いてみたいのですが、既に取り組まれていた水都をはじめとする試みに対して、この万博というものが起爆剤やカンフル剤になった面はあるのでしょうか? たとえば万博をやったからこそ次はこういう展開になった、大阪の人たちのリアクションも変わった、といった手応えがあればお聞きしたいです」(鞍田崇さん)
「万博をこれまでの取り組みにつなげていくという点に関しては、まだまだこれからだと思っています。来年度以降、万博を踏まえたまちづくりが動き出していくのが一番重要なことです。街のストーリーと関係ないものがお上から降ってきて、また去っていくというだけの万博になってしまったら、やる意味がないでしょう。
ただ、この万博を通じて、一つの自信がついたのはたしかだと思います。今回は、水都大阪で動いていた行政の方が万博協会に出向していたり、クリエイターたちも、もともとアートで行政に関わってきた人だったりしました。水都大阪でできつつあったクリエイターのネットワークから、万博の本体にも関わりたいし、『まちなか万博』でも何かやりたいという人たちが結集して、チームビルディングがなされたわけです。地域のそれぞれの人たちが集まって、大きなイベントでもおもてなしができるチームをつくれたということは、かなり大きな自信につながっていると思います。
実際、万博が終わった後も、各国のパビリオンと会期中から関係性をつないできた若手クリエイターたちが、本国に送り返せないグッズや備品を譲り受け、それらを無償で配布したり、各国の食や文化を紹介するイベントを実施したところ、ものすごい人が来ました。自分たちのコンテンツを一般の多くの方々が受け入れ、楽しんでくれたことは、彼らの人間関係資本を豊かにし、彼らの自信にもなっている。それは今後のまちづくりの中で、新しい提案を実行していく勇気につながるはずです。そうした自信や勇気をレガシーとして、これからも日常が豊かになるような面白い企画や仕掛けが、みなさんの提案でどんどん動いていくのではないかと思っています」(忽那さん)
インフラを「創造や賑わいの媒介」にする
続いて、関西(京都)からオンライン参加していた文化人類学者の小川さやかさんが、インフラの公共性という観点から応じました。
「水路もそうですが、老若男女、多くの人が橋や水路に関わっている点が印象に残りました。階層を問わず関心を持てる対象があり、インフラのようにみんなが関心を持てる場が中心となって、新しいクリエイションや賑わい、社会実験が生み出されている。最初のほうの橋やこけしから、水都大阪、万博、そしてその後に返ってきた現在の営みまで、そうしたインフラ的な視点が通底していると感じたんです。
『インフラの人類学』という学問分野があるのですが、『人間の都市』という素晴らしい本を書かれた西尾氏が、フィリピンの路線バスを題材に、インフラに宿る公共性を研究していました。フィリピンはコミュニティが分断されていて共同体の復興はともすれば分断を推し進めてしまう。でも、水道や電気、道路、バスといったインフラは、誰であっても使うものですよね。だからこそ、インフラを基盤に新しい空間性や公共性を考えられるのではないかという研究で、お話を聞きながら彼の研究を思い出しました」(小川さん)
「僕らも、インフラとは何かという話はずっと考えてきました。たとえば、これまでは水に関しては、管理する側からすると『治水』という概念だけで、あまり住民の方々には河川には近づいてほしくなかったんです。しかし、それが利水やまちづくりと連結する話になると、同じ川でも見え方が変わってきます。
これまで役所は『いろんなことを言ってくる人がいるから、いっそのこと全部できないことにしましょう』という風にルールをつくってきました。しかし、僕たちはそれを逆手に取って、変わった人をいっぱい連れてきて、あれこれやりまくる。そうすると、行政は個別に対応したり、ルールを変えたりすることは無理なので、『君らが責任を取ってくれよ』ということで、例えば公園の管理を全部任されたり、ということが起こるんです。同じインフラでも、こうも見える、こうも使える、こういうアクションで違う意味の共有媒体にしていく方法もある……物理的なインフラの上に、人間関係の資本というインフラを重ねて、つながっていく可能性を信じたい。これ『でしか』ないものを、これ『でもある』ものに変えていく。そんなことを常にやっていきたいと思っています」(忽那さん)
公共の取り組みと、中間支援組織の難しさ
一方、創造社会論やパターンランゲージを専門とする井庭崇さんは、自身がまちづくりに関わった経験に照らして、二つの問いを投げかけます。
「公共的な空間での取り組みは、プライベートな空間で実験するのとは違う難しさがありますよね。自分たちがつくるものが良いのだということに、どれだけ自信を持てるのか、どうして持てるのか、どうやって説得していくのか。専門家としていろんな事例を知っているからこれをやったほうがいいと考えての提案なのか、それともそうした根拠が不明瞭だからこそ交渉やコミュニケーションを大切にしているのか、聞いてみたいと思いました。
二つ目は、まちづくり会社のような中間支援組織がとても重要だと思うのですが、それを最初にどういう方が、どのように提案するのでしょうか? 民間から行政に提案するとき、自分たちの利益誘導のように、つまり自分たちが活躍しやすい場をつくるようにも見えてしまう難しさがあると思います。それをどう乗り越えて提案を飲んでもらっているのでしょうか?」(井庭さん)
「その二つは、いつもどうすればいいのかを悩みながらやっている、というのが一番の答えだと思います(笑)。まず一点目に関して、日本が一番不得意なのは、データをきっちり取って、それが良ければ予算をつけながら進めていく、というやり方なんです。海外の都市計画では、莫大な費用をかけてアプリケーションをつくって、必要に応じてアップデートしながら次のビジョンをつくっていきます。しかし日本では、財政部局が3年の時限事業だと決めたから、とかいう理由で途中で切られたりするわけです。
ただ大阪は、経済界、府、市がたまたま仲良くしていったら何ができるのか、という実験がなされた土地でした。政令指定都市は県と市の仲が悪いものですが、大阪はむしろ仲良くしてこなかったからこそ、いまやらないとあかんのちゃうか、という奇跡の合意を得たんです。だからこそ、民間の提案をちゃんと聞いていこうという話になりました。具体的には、市民や地権者等の意見を徹底的に聞くワークショップを、いったい何回やるんだ?というくらいやっています。立場を超えた人たちが一堂に会する意見交換の場を、僕は信じています。市民側には陳情型の方が多いのですが、僕のワークショップでは陳情型は全部去ってくれと言っていて、自分に何ができるのかを交換し合うことをベースにしています。そうして徹底的に粘り強く聞きまくることで信用を獲得すると、行政も『そこまでやって、このステークホルダーもイエスと言っているなら、その方向で進めよか』と折れてくれます。
そして二点目に関して、中間支援組織はどちらかというと支援側で、プレイヤー側ではありません。世の中にはたとえば『マルシェをやりたいという人の夢を実現してあげたい』という人が少なからずいるので、誰かがやりたいことをみんなで応援して実現するための組織をつくって、夢を実現する仕組みを持つことが重要なんです。たとえば向こう三軒両隣の空き家リノベーションの中間支援なら、学生にもできるかもしれない。そのつくり方をそれぞれの街で考えていくこと自体が、デザインなんです」(忽那さん)
中間支援組織はいかにしてマネジメントされるべきか?
続けて、デジタルファブリケーション研究者の田中浩也さんは、鎌倉のまちづくりに関わり、まさに中間支援組織をつくろうとしている立場から、その実務的な形態に踏み込みます。
「私は人口10万から20万人規模の中都市の持続可能なあり方を研究しているのですが、この場合の中間支援組織は、どういう形態なのでしょうか? 一般社団法人なのか、そして市長や町長だと4年で選挙があると思うのですが、中間支援組織のマネジメント層は何年ぐらいで変わっていくものなのか、教えてほしいです」(田中さん)
「水都大阪パートナーズは一般社団法人にしました。大阪府と大阪市、そして経済界からは関電や京阪、関西ガス、ゼネコン会社などから社員を出向させてもらい、僕らが理事として立つ。そうして半年に一回、100人ほどの行政マンと、20社ほどのマスコミが並ぶ公開の場で、僕らが大阪の方針をプレゼンできる機会を与えられました。そこでは前例のない話でも、経済界と府知事、市長が『おもろいやないか』と言えば動いていく。この仕組みを、政財界のトップと行政マンと民間で共有できたことが大きかったと思います。
トップの交代については、3年ぐらい時間をかけて進めていく必要があります。市長や町長にやる気のあるところでないと、横つなぎができないからです。建設部局だけでなく、文化や教育、経済活性化の部署も、中間支援組織を応援する、一緒に仕事をするんだと表明し支援してくれることがすごく重要です。担い手にはJC、青年会議所の人たちがなることも多いですね。公共貢献をせなあかんという暴れ者がいてくれるからです。ものによっては商店街が中心になるし、まちづくり株式会社のほうがいい場合もあり、一概には言えないのですが」(忽那さん)
街における「植物」とはなにか
福祉施設を運営し、もとは植木屋・花屋でもあった鞍田愛希子さんは、植物そのものに関して二つの観点から応じました。
「ランドスケープにおいて、植物と建物、植物と街を組み合わせる際に、一番意識されていることは何でしょうか? 命や生態系といった言葉もありましたが、街における植物とは、忽那さんにとってどんな存在なのか、聞いてみたいです。
それからコンピューターシミュレーションでより美しい配置を考えているとおっしゃっていましたが、その美しさの基準はどういうものなのでしょうか? 植物ごとに成長速度を入力して、何年後、何十年後をシミュレーションされているということでしょうか」(鞍田愛希子さん)
「まず一点目に関しては、緑にせよ水にせよ、オープンなスペースをいかに連続させていくかが重要だと考えています。昔は道路法ではなく『街路法』というものがあって、舗装の素材を全部一緒にするなど、建築との関係で道路をどうつくるかが法律として定められていました。それが戦後、とにかく復興しないといけないからと、アスファルトで仕切っていく法律に切り替わったので、あらゆる要素が分断されてしまったんです。結果、植物が敷地ごとに切られていて、まず敷地の真ん中に建築を建てて、余ったところに植えてください、という装飾的な緑となってしまいました。
しかし、無秩序に点在するような緑では意味がないですよね。緑と緑の間に空間があってこそ、そこに座る行為が小さくあるからこそ、マルシェができたりする。それが民地と公共空間で連続してある状態が理想であって、そのように道を広場として捉えていく方法でランドスケープデザインを行っています。木陰の下で季節を感じながら、人間だけでなく自然の動きも感じられる。そんな時間が都市に埋め込まれているほうが豊かだなと思うので、建物の周辺に単純に緑を貼り付けるのではなく、空間として成立する緑になるように、常に設計へ反映しています。
そして二点目のシミュレーションの話は、平面的には、不等辺三角形で植えるんです。樹木の形を見るのではなくて、樹木と樹木の『間』の空間をきちんと見定めることが重要です。間が等ピッチの正三角形だと、どこも同じ空間になってしまう。そこで、全然違う距離の不等辺三角形をつくる。その三つずつの単位がまた3つで9本になり、そのクラスター同士の距離もまた違ってくる。そうしてフラクタルに相似形が広がっていく形にすると、自然界に近い植え方ができるわけです。
自然の森では、樹木は一列にまっすぐ並んで生えたりしませんし、森林ギャップができて枯れたところに若い木が出てくるなど、そこに等間隔はありません。あとは向きですね。木には表と裏があるので、歩いていく人たちから美しく見える方向を全部決めてレイアウトしています。今回は静けさの森だけでも1,500本あったので、植えようと思ったときには枯れていた、ということもありました。そこで植樹予定の樹木を一本一本すべてデータ上に登録し、配置を決め、植える段階で生きているか枯れているかをチェックして、承認して、植えにかかる。日建設計さんが開発したこのシステムが工事計画にも効いて、なかったら間に合っていませんでした。ただ、それぞれの樹木の成長シミュレーションまでは入れられておらず、将来は樹種ごとのシミュレーションを入れていくと、より将来の姿が想像できる仕組みになると思います」(忽那さん)
いま必要な、万博の構造的問題の総括
最後に、庭プロジェクト発起人の宇野常寛が、今回の万博が抱えた構造的な問題について提起しました。現場の努力で高い評価を得たことと、その総括をせずに終わらせることは、別の問題だと宇野は指摘します。
「今回の万博は結果として高い評価を受けていますが、しかしその実態は『お上の仕切りはまったくもってグダグダだった』。けれど、現場のクリエイターや業者が報酬以上の仕事を、はっきり言えばかなり無茶をしてやり切ってどうにかかたちにしたものだったという側面が少なからずあると思います。もちろん、そうした業者やクリエイターには頭が下がるし、リスペクトもしています。しかし本当に『これで良かったのか』ということは問わないといけないと思います。こんな風に現場にすべてツケを払わせるようなやり方で、次も、この次もどうにかなるわけがないし、もっと言えば良くない成功体験を国に与えてしまったようにも思います。僕はやっぱりその構造的課題をしっかり総括したほうがいいのではないかと思うんです。
中でも問題だと思うのは、クリエイターを矢面に立たせすぎであることです。あの東京オリンピック以来、何か問題が置きたとき、表に立っているクリエイターが炎上するだけで、国や自治体は無傷で逃げ切れるようになってしまっているわけですが、どう考えても責任は受注したクリエイターにではなく発注した側にある。アイデンティティの政治が常態化しているいま、二十世紀型の国威発揚イベントはどの国で開催しても、社会を分断する方向に作用しがちなのはおそらく避けられないと思います。実際にイベントのクオリティや、大阪という都市への万博の作用について、右の擁護派も左の反対派もほとんどの人は関心がなく、敵対陣営を攻撃する口実として利用していた人がほとんどだったように思います。そしてこの分断の生むハレーションを、今のこの国は全部矢面に立つクリエイターやプロデューサーに引き受けさせている。この構造的問題についてどこかで検証しないと、次につながらないと思うんですよね」(宇野)
「宇野さんの言う通りだと思います。『大阪でやるんだ』という誇りを持って頑張っていた人はたくさんいたので、それが成果として共有できたのはいい。ですが、協会のあり方も行政の執行のあり方も、課題がたくさんありました。森を一つ残すという話でもかなり議論が紛糾しましたし、クリエイターやプロデューサーへの負荷も相当かかってしまったと思います。
そして一番の問題は、今後のまちづくりや開発について、『あの万博とは別だ、あれはただのイベントだ』切り分けようとする層がいることです。どうすればクリエイティブにまちづくりを進めることにつながるのか、徹底的に議論したほうがいいと思っています」(忽那さん)
さらに議論は、前編でも語られた今後の大阪の構想「グリーンアロー」へと移ります。御堂筋を中心とした南北軸と、東の大阪城・西の夢洲を結ぶ東西軸、この十字にロの字に走る河を重ね合わせたものを弓矢に見立て、緑と水のオープンスペースをネットワークでつなぐ構想です。
「僕も関西が長く暮らしていたかので、大阪の南北の線の感覚はよくわかるんです。御堂筋は大阪のアイデンティティで、フォーマルなキタとインフォーマルなミナミ、それを結ぶ御堂筋というナラティブが強く作用している。しかしこれは近代以降に都市計画として意図的につくられたもので、今回の万博は、この大阪という街がつくられていった頃に機能していた港から大阪城までという東西のラインの再生が意図されていた、というお話はとても刺激的でした。けれど御堂筋と違って、東西のラインは一度死んでしまっているように、僕には見えます。歴史的には説得力があるけれど、市民の生活実感からは離れてしまっている。そこをどういうナラティブで盛り上げていけばよいのだろうか、と思いながら聞いていました。
たとえば、その東西のラインの終点に『静けさの森』があるというのは、なかなか魅力的なプランだと感じました。ただ、それだけでは難しくて、やはり森のある埋立地と、大阪城を結ぶラインの物語の構築がこれから重要になると強く感じました」(宇野)
「中之島の東側は水都大阪2009の直後に公園整備が完了し、今はたくさんの人で日常的に賑わっています。ホームレスがいて誰も近づけなかった場所が、関わりたくなる場所になってきた。一方、たしかに西側はもともと船が小さかった時代は栄えていたんですが、大型化で船が沖に出るしかなくなって、真ん中が港湾地区のまま廃れていったため、夢洲までのストーリーが希薄になっています。
ただ、僕はむしろ落ち込むところがあるから都市だと思っているので、そういう場所こそアートを活用したり、倉庫街のリノベーションをすることによって、これまでとは異なる再生の仕方があり得ると思います。東西軸にいろいろなシークエンスがあって、歩けば歴史の階層を全部見られる、というストーリーもあり得るのではないでしょうか。御堂筋からの縦軸もあわせて、性格の違う軸が重なり合う、十字形になればいいなと思っています。維新が大阪を『副首都』にする構想を打ち出していますが、東京化されたものが分散して飛んできて喜んで終わり、となってしまったら最悪です。だからこそ、いま大阪の中で議論をしていきたいんです」(忽那さん)
[了]
この記事は小池真幸が構成・編集をつとめ、2026年7月23日に公開しました。



