「プロニート」はいかに「プロ配達員」になったか

──この数ヶ月、コロナ禍で多くの人々が在宅でのライフスタイルが半強制されてきたため、自炊でも外食でもない「中食」の役割が高まってきています。そうした選択肢の一つに、GPS連動型のインターネットプラットフォームを介して街の飲食店とデリバリー可能な登録スタッフとを適宜マッチングして、ユーザーからのオーダーに応じて自転車やバイクで届けるというスタイルのフードデリバリーサービス(特定の業者名を象徴的に出せば一言で済むのですが、公平性などの観点からこの表現にします)があります。
 この手の出前代行サービスは、かねてからシェアリングエコノミーの象徴として注目されていましたが、今回のパンデミックで大きく存在感を増しています。そこで今日は、実際に「大手フードデリバリーサービス」に登録して配達員を経験された濱野さんとアンチッチさん(以下、アンチさん)のお二人に、その実体験や裏事情、それに社会的な功罪などについて、お話しいただきたいと思っています。

濱野 よろしくお願いします。最初に僕とアンチさんの関係について軽くご紹介すると、宇野さんと一緒にグループアイドルにハマっていた頃に知り合った友人ですね。2013年に新潮社から刊行した『地下アイドル潜入記 デフレ社会のなれのはて』という電子書籍で、アンチさんを「AKB48ファンのニート(お笑い芸人)」と紹介したんです。ちなみに(お笑い芸人)と付けた理由は新潮社の校閲部がアンチさんのことを調べて、「この人無職じゃないですけど大丈夫ですか?」と指摘してきたからです(笑)。

濱野 智史『地下アイドル潜入記 デフレ社会のなれのはて』

アンチ 四捨五入したら無職ですけどね(笑)。

濱野 (笑)まあ、さすがは新潮社だな、と。ではアンチさん自己紹介を簡単にお願いします。

アンチ はい、AKB48などのアイドル大好き芸人という体でいるガチンコのニートでございます。特にチーム8が好きすぎて、遠征記を宇野さんの番組でも紹介したことがあります。

濱野 プロニートというか、アイドルオタク活動のためにニートをやっている感じですよね。ニートだからこそいろんな現場に行ける。ももクロやAKBなどのアイドルを初期から追いかけることができて、だからこそオタクとして「勝ち組」に回れるという〈価値転倒〉をまさに体現されている強いオタクの方です。僕は本当にアンチさんのことを尊敬しています!

──お二人はそれぞれ、どんなきっかけでフードデリバリーサービスを始めたんですか?

濱野 僕は2019年の12月に、ふと配達員をやってみたいなと急に思ったんです。そもそも、10年以上乗っていなかったバイクに久しぶりに乗りたいと思ったことと、もっと外出しようと思ったのがきっかけですね。このサービスは配達する手段として自転車かバイクのどちらかを選べるんです。僕は宇野さんみたいにランニングを続けることはできないダメ人間なので(苦笑)、土日などの仕事の時間外に副業としてはじめました。ただ、今はもう完全にやめてます。
 アンチさんは僕が配達員に誘ったんですけど、きっかけはこのサービスが、なんと1回配達するだけでお礼に15000円をキャッシュバックするというキャンペーンを始めたことなんですよ。

──それはすごい。

濱野 その情報をアンチさんのいるLINEグループに流したんですね。「1回でも配達してくれたら諭吉をやる!」と。そしたらみんな食いつきまして。その中でアンチさんだけが唯一、今でも配達を続けています。

アンチ 最初は2、3時間だけ働いて1万円もらおうという甘い魂胆でした。1万円もらって終わりだぜという気でしたね。

濱野 アンチさんは元々自転車で都心のアイドル現場も回っていたから、脚力に自信があったんですよね。

アンチ 秋葉原から近いところに住んでいるので、地理的な条件も良いんです。でも、最初は1回きりでやめようと思ってました。もう1000回超えましたけどね(笑)。

濱野 1000回(笑)!? ちなみにアンチさんが配達を始めて、まずみんな驚いたのが、「あのアンチさんが働いている!?」「時間も約束も礼儀も守れない、完全にオールフリーでやってきた人間が働いている?」ということ。そこがこのサービスのすごいところだと思うんです。
 特筆すべきは、まず労働形態がとにかく自由だということですね(これは新たな搾取のかたちとして批判もされているのですが、あとで話しましょう)。雇用契約を結んで何時から何時まで働くとか、勤務態度を加味するとか面倒な要素は一切ない。スマホアプリですぐに始められて、やめたかったらすぐにやめられる。こんな手軽な労働はないですよね。上司もいないし、何なら仕事を拒否することもできる。この自由さは素晴らしいし、労働の概念を変えていると思います。という感じなんですが、アンチさんって他にバイトとかはしたことあるんですか?

アンチ そりゃあ、ありますよ(笑)。過去に遡れば野菜配達とか郵便局とかでバイトしたこともありましたし、コンビニやガソリンスタンドの店員もやりました。長続きしたのは配達系でしたね。そういう意味では配達と相性が良いのかもしれません。今のサービスは本当に一回で終わるつもりが、「暇だしまたやろうかな」「家を出るついでにちょっとやってみよう」という気分になったんです。そこから連鎖して、気づいたら「あれ? この仕事は俺の生活に合ってるな」と。

濱野 アンチさんのライフスタイルに合っていたんですね。

アンチ 夜遅くまで起きて昼過ぎまで寝てという生活なので。あと自分の趣味のために、秋葉原とか神保町とかを巡りながら配達ができるのも良いです。秋葉原に行ってAKB48のライブを見終わった人と夜会ったり、溜まり場の近くあたりまで配達してからヲタの会合に参加したり、そういう自由な組み合わせができたというのも続けられた理由として大きいですね。

濱野 このサービスは、アプリでどの方向から配達の依頼が来ているのかわかるんですよ。たとえばセドリ(背取り、競取り)の仕入れのために、神保町の方向へ行く注文を取って本屋をまわる。夜になったら秋葉原でオタクが飲み会をしているから、秋葉原に配達しにいく案件を選ぶ。オタ活のついでに労働ができてしまうわけだ。

アンチ 移動のついでに仕事する感じですね。

濱野 ちなみにアンチさんが最初に懸念していたのがあの大きいバッグ。あれが邪魔すぎて居酒屋に入れないかもしれないというのが一番の心配でしたけど、今となってはもう気にならないですか。

──店に持ち込んでるってことですか?

アンチ 持ち込んでないですよ。自転車に鍵をつけてチェーンロックでくくりつけてますね。

濱野 僕もそうしてました。あんなの盗む人はいないですけどね(笑)。よくフードデリバリーサービスは副業の観点から語られがちですけど、アンチさんの場合は何が主で何が副なのかよくわからない。極限までフリーダムを極めても労働ができるというのは、僕から見るとバラ色の人生に見えます。

アンチ そうですね。新しい働き方なんじゃないですかね。あとは配達手段が自転車っていうのも大きいです。誰でもほぼ初期投資なしで気軽に始められますから。

濱野 このサービスって、だいたい3回配達すると1000円くらいもらえるんです。誰かのために飯を運ぶと、自分も飯が1回食えるという安心感がある。セーフティネット感がすごいんですよ。仕事がなくなっても、これならなんとか生きていけるという保険をゲットした感じというか。
 Googleみたいなグローバルプラットフォームが国よりも人間の基本的な生活を支え始めているという議論がずっとありますよね。このサービスもそれに近いと思います。もちろん都市生活者限定ではありますが……。
 あとは僕が個人的に面白かった点を語ると、東京って良い街だなと思えました。ランニングしたり、夜中に出歩いたりすると東京って良いなって思うことがあるじゃないですか。

──それはわかります。

濱野 ストイックな人は走ることでそれがわかる。でもほとんどの人はそれをやろうと思ってもできない。続かない。たぶん宇野さんの読者の中にも「宇野さんはランニングが続けられて良いな」「俺はできないな」と挫折している人はいると思うんです。でも、フードデリバリーサービスなら続けられる。だってお金がもらえるから。仕事のついでにタワーマンションに入れたり、憧れの街に行けたりするわけです。東京という街をこういう角度で見られるのかというワクワク感。これって、要は東京を舞台にしたオープンワールドゲームなんですよ。

アンチ 確かに『GTA(グランド・セフト・オート)』とか『Fallout』感はありますね。普通なら絶対に行かないような道を走って、「こんなんでお金もらって良いんですか?」という感覚です。

▲『グランド・セフト・オートV』

▲『Fallout 76』

配達員から見たコロナ禍の東京の風景

──オープンワールドとしての東京を走った結果、気づいたことはありますか?

濱野 いっぱいありますよ。街ごとのグラデーションの違いとか、住んでいる人のライフスタイルの違いとかが肌感覚でわかる。ライフスタイルが各沿線とエリアで区切られている東京のまだらさを、自分の自由意志ではないかたちで、跨いで覗き見ることができます。居住したり通勤したりするだけでは、絶対に味わえないものを「クエスト」的に体験できるのが良いですね。

アンチ あと東京にはこんなに外国人がいるんだなって驚きました。外国人観光客が注文するので、ホテルに配達することもよくあります。あとは日本で働いている在留外国人の方たちって、外食に行くのに抵抗があるみたいなんです。このサービスはインターフェースのアプリも英語だし、食べ物を受け取るだけなので頼みやすいんでしょうね。そういう人たちのためのインフラにもなっていて、改めて「グローバル都市東京」を感じました。

濱野 このサービスの配達員ってどこででも働けるんですよ。だから僕が将来やろうと思っているのは、外国でも日本でも観光地に行って、昼間配達をしながら新しいかたちの「都市観光」をする。そして夜はその街の美味しそうなお店に行くということですね。

──それは絶対面白いでしょうね。

濱野 もう実行している人がいるかもしれない。観光+労働って聞いたことないじゃないですか。ガイドブックが教えてくれない街の良さを知ることができそうです。

アンチ 僕は配達を始めてから、わりとすぐにコロナがきちゃったんですよ。この3ヶ月くらいで東京がどう変わっていくのか見ることができたのは非常に良い体験でした。

──どんな変化がありましたか?

アンチ 3月中旬くらいまではけっこう外国人が多かったです。自粛って言ってましたけど、「どこが自粛なんだろう?」って思ってました。特に浅草の雷門前なんて白人の集団がほぼ毎日いました。外国人が開いてるパーティーにも配達しましたね。その頃は欧米での感染爆発前だったので、僕は「西洋の方はコロナに強いんだな」くらいに思っていたんですけど。そのうち街から観光客がどんどん減って、4月の半ばくらいには、もう外国人を見かけなくなりました。5月のゴールデンウィークにも配達したんですけど、改めて4月はどれだけ街に人がいなかったのかわかりました。当時は「自粛してないじゃん」とか「けっこう人歩いてるな」とか思ってたんですけど、5月とは比べ物にならないくらい少なかったです。日本人って自粛を守る民族なんだなと思いましたね。

濱野 外食している人いなかったですからね。このサービスは基本デリバリーだから、働いても三密にならないし、ちゃんと「玄関前に置く」という置き配オプションも始まった。これによってまったく人と接触しなくなりました。僕は今サービスを頼む側ですけど、だいたい3回に1回くらいの頻度で配達員にめちゃくちゃ感謝されます。なぜかというと、配達員の気持ちがわかるので、「マンションのここを上がって、ここに行ってください」と配達メモを丁寧に書くからです。「ありがとうございます! わかりやすかったです!」って言われますね。

──僕も今日から注文するとき配達メモ書くようにします(笑)。

濱野 これはやった方が良いです。住所だけだと配達員も迷ったりするので。働く側の気持ちがわかると、配達されるスピードも上がるのでWin-Winです。

アンチ ただ、最近は配達員が増えすぎて困りました。たぶんつなぎでやってる人が多いので、また落ち着くとは思うんですけど。バイトがなくなった人が一気に来たんでしょうね。

濱野 それは感じます。今、注文したらすぐ来ますもんね。マクドナルドにこんなに配達員がいるのかと驚きます。どんだけお前らマック好きなんだよって。

──マックをわざわざデリバリーで頼むってすごいですね。

濱野 ちなみに僕は頼みますよ。子どものためにハッピーセットを頼むので。配達していても、一見びっくりするような高級住宅地のタワマンに住んでる人とかが相当マックを頼んでいて、もはや階級とライフスタイルを超越した標準性を持っていると感じます。

アンチ ハッピーセットは多いですね(笑)。おもちゃもめちゃくちゃ運んでます。

濱野 ハッピーセットが多いのは土日あるあるです。何回も同じマックに行くはめになるんですよ。マックに行って配達して、また同じマックに戻って配達して……。マック連鎖が起きるんです。これは僕の場合ですが、マックにはスウィング・マネージャーというポジションがあって。要はカウンターを取り仕切る人なんですが。その、けっこうベテランな女性の方に、「あなた逆にうちの店員にならない?」と言われたことがあって。「逆にですか」みたいな(笑)。
 ちなみにこのサービスのカバンって、中にしきりがあって、マクドナルドのハンバーガーがぴったり収まるサイズなんですよ。

アンチ 言われてみればそうですね。

濱野 驚くくらいドンピシャで入るんです。マクドナルドが作り、フードデリバリーサービスが運ぶというスタンダード規格の連鎖がすごい。そのサイズに、他の飲食店も合わせている。そういう意味でやっぱりすごいなと思います。フードデリバリーが「マクドナルド化」という世界的な現象を進行させている。そういう意味で、社会学者ジョージ・リッツァが1990年代の時点で言っていた『マクドナルド化する社会』の第2章が完全に進行しているわけです。
 だから、ピザとか寿司は困るんですよ。ああいう丸いのはもうオワコンです。絶対にあの長方形のサイズでカバンに入るようにしないといけない。

ジョージ・リッツァ『マクドナルド化する社会』

──出前寿司が四角い箱に入れられてくるようになるんですね。

濱野 僕はフードデリバリーサービスで寿司頼みますけど、そっちのほうが速いし安いですね。もうカブで運ぶ時代は終わりました(笑)。

お金をもらえて痩せて健康になれる仕事

──バイトとして見た時に時給はいくらくらいですか?

濱野 ほぼ最低賃金と同じと考えてください。効率が良くなってくると上がってきて、僕のときは時給1500~1600円くらいでした。

──それってかなり高いんじゃないですか?

濱野 でも、源泉徴収もされていないし、ガソリン代も自分できちんと経費にして確定申告しないといけないですから。そこを考えると、実際には最低賃金とトントンか少しマシくらいだと思いますね。昔はもっと稼げたらしいですけど。
 ただ、働き方としては本当に自由なので同じ金額だったら、他のアルバイトよりこのサービスの方が良いと思う人も多いでしょうね。もちろん何もスキルが身につかないから、いわゆるプレカリアートとして搾取されているだけだという批判は可能です。ただ、フードデリバリーサービスがメインで働く人はほとんどいないと思います。アンチさんのようにオタクをしながらとか、なにか勉強しながらとか、何かやりたいことをしながら働くのであって、そういう批判は的外れなんじゃないかというのが僕の考えですね。

アンチ 僕は自転車なので、ダイエットというか健康のためですね。自転車で続けるモチベーションになったのは有酸素運動ができるからです。

濱野 それは本当に大きいですよね。

アンチ ある日、鏡で自分の体を見た時に、己の腹の醜さに気づいてしまいまして。かといってジムとかに課金するのも嫌だし、性格上ランニングも続かないなと思って。そうやって迷っていたところでこのサービスのことを知り、「金もらいながら自転車こぐならアリじゃね?」と考えました。

濱野 お金がもらえてついでに痩せられるなんて良いよね。

アンチ でも、1ヶ月ほど続けても全然痩せなくて(笑)。「あ、中年が痩せるのってこんなに大変なんだな」と思いました。思いつきでランニングを始める人がすぐ挫折する理由がわかりました。1ヶ月死ぬ気で頑張ってもまったく痩せない。1000回超えて、やっと3kg痩せたくらいですから。まぁ、筋肉がかなりついたので、トータルでいったら脂肪は5kgくらい落ちたんじゃないかなと思います。
 健康目的でやってる人はいるんじゃないですかね。ステイホーム中に、みんなランニングとかしてましたけど、あの時こそみんな配達やればよかったんじゃないかなって思いました。

濱野 僕はバイクで配達してましたけど、バイクでも5時間働くだけで1万歩くらい歩けるんですよ。タワーマンションを40件くらい昇り降りするだけでかなり歩く。当時の体重が68kgで今は71kgなので、やめたら3kg近く太ってしまった(笑)。痩せるために、機会があればまたやりたいですね。

アンチ 自転車だと、1日40〜50kmは漕ぎますね。運動するくらいの軽い気持ちでできる労働というか。引越しのバイトが良いなんて言いますけど、あれの超お手軽版という感じですね。

──ちなみにこのサービスをネットで検索すると、「効率良く注文を受けて月収40万円目指す」みたいなゲームの攻略サイトっぽいものがありますよね。

濱野 それはちょっと前の話かもしれない。「マックの前に張り付け」とか。さっき僕はこのサービスをオープンワールドゲームみたいなものだって言いましたけど。懐かしい言い方をすれば、要はゲーミフィケーションですね。ゲーム感覚でシェアリングエコノミーができる。同じ配達ゲームでも、いくら『DEATH STRANDING』をやっても痩せないですし、『DEATH STRANDING』よりもフードデリバリーサービスのほうがゲームメカニクスとして面白いですね。物語面についても、同じタワーマンションの奥さんに2回も配達して運命を感じてしまうみたいなドラマもあります(笑)。

▲『DEATH STRANDING』

──最近チップ機能が始まりましたよね。そもそもこのサービスって、配達員へのチップがないとゲーム的なインセンティブが成り立たないのではないかとも思っていたんですが、どうでしょう?

濱野 と思いきや、全然成り立つんですよ。だって最低賃金はもらえるから。そうなるように運営会社が料金を常に調整しているんですよ。手数料を付け加えたり、距離数あたりの料金設定を変えたり。再分配のアルゴリズムを2〜3ヶ月に1回は変えています。報酬が高くなりすぎてもだめだし、安くなりすぎてもみんな辞めてしまう。そうならないように常にギリギリのラインを調整し続けているんじゃないかな。チップ制はコロナ以降始まったんですけど、僕は良い人だったら50円払ったりしています。

──アンチさんはもらったことありますか?

アンチ 僕は50円、50円で計100円もらってます。

濱野 配達が速かったからとかですか?

アンチ そうです。あとは雨ですね。雨の中で配達したらもらえました。

濱野 そうそう。雨が降ってると、配達員が減って届くのが遅くなるじゃないですか。そういう部分では欧米のスタンダードなチップ文化とは違ったかたちの思いやり文化が日本にはある。

アンチ ちなみに現金でやってると、外国人は釣りはいいですって言いますね。日本人はほとんどない。料金が97円だったとして100円玉出されたら、お釣り分くらいはいいのかなって期待するじゃないですか。でも、2円でも3円でも日本人はもらうものはもらう(笑)。外国人は1円単位は絶対もらわないですね。現金ではそんな感じですけど、アプリ上でチップが払えるようになって、やりやすくなったのかなって感じますね。

濱野 なんなら間違って50円あげたこともありますよ。

──注文するときにアプリ上にボタンが出てきますから、押さなきゃいけないような気がしますよね。

濱野 たぶん、そのうちチップを払った人には優先的に配達が来るようにしたりするでしょうね。

──そうなったら、払いますね。2軒目の配達に回されないためのインセンティブを払えるようにしてほしいです。

アンチ 2軒目の配達場所を知らないから、どうにもできないんですよね。だいたい同じところにあるだろうくらいしかわからない。だから「チップを払ったら必ず優先的に配達します」って言われたら、お客さんは絶対払うんじゃないですかね。純粋なチップとは違うのかもしれないですけど。そういう感じで単価を上げていく可能性は十分あり得るんじゃないかなと思います。

フードデリバリーサービスが垣間見せる「闇」をどう捉えるか

──ここまでは良い話ばかりでしたが、フードデリバリーサービスの闇の部分だと感じたことも教えてください。

アンチ そうですね、配達員の民度はまだまだ全然低いと思います。

濱野 でも、頼む側は配達員の身なり・格好とか気にならないですよ。

アンチ 配達員のユーチューバーを見たりするんですけど、やっぱりヤバい奴は多いです。

濱野 まぁヤバいからこそやってるわけでしょうしね。労働できないから。

アンチ そう、労働できない人が集まっちゃう。

濱野 でも、そういう人にもちゃんと労働する機会を与えているということで良いと思うんですけどね。新しい労働の場ですよ。

アンチ ただ、僕みたいなリアル貧民としては、タワーマンションの殿上人に配達しに行ったときに、モヤッとした感情が生まれることはゼロではないです。

濱野 いわゆる『パラサイト』問題ですね。

アンチ はい。『パラサイト』を観て、タワーマンションに配達したときのことを思い出しました。「あれ? 俺、あの映画の主人公じゃね? ソン・ガンホじゃね?」ってなって(笑)。

▲『パラサイト 半地下の家族』

濱野 『パラサイト』は現代の新しい階層格差を描いている傑作ですよね。ただ、あの作品にはフードデリバリーサービスが出てこないんですよ。出てくるのってお手伝いさんとかじゃないですか。そこはリアリティがないと思いました。お手伝いさんとかに依存するからダメになるのであって、全部アプリで頼めばいいのに。

──現代のクリエイティブクラスは自分の家庭に他人を入れることを嫌がるでしょうしね。属人的なものにリスクを感じるはずだから、シェアリングエコノミーを使いますよね。

濱野 そう。お手伝いさんとか絶対頼まないんですよ。ずっと同じ人が来ないようなシェアリングエコノミーを使うはず。『パラサイト』はまさに属人性をハックして家族を乗っ取っていくというストーリーだったわけですが、「富裕層がそんなに属人的なサービスを使うか?」と思いました。僕は配達員をやりながら、あの映画を観たので気づきましたけど。「みんなそんなこと考えないんだな」と不思議でしたね。
 逆に言えば、先ほども話しましたが、雇用契約じゃないがゆえの搾取の構造は、確実にあるということです。これはフードデリバリーサービスに限らず、業務委託全般に言えます。やたらと安くなってるサービスはどんどん個人事業主化しています。労働基準法が邪魔だし、社会保障費も払いたくないしという企業が増えている。これってこのサービスだけの問題ではないんですよ。資本主義全体が雇用というものをやめようという方向に進んでいる。今まで雇用というかたちで企業が社会保障を肩代わりしていたけれど、どんどんここからこぼれ落ちていく人が増えている。近年の社会学界隈で言えば「ロスジェネ」とか「やりがい搾取」とか言われていたこととまったく同じです。ただ僕はこれに関しては二つ思うことがあります。
 一つは、「税金が抜かれていないからダメじゃないか」という批判に対して。これは日本社会の仕組みのほうがおかしいと思っています。会社に天引きされるという仕組みのせいで、日本人の納税者意識は下がっている。能動的に税金を払ったことがないというのは、日本の民主主義が成熟していない理由の一つとして大きいと思います。ちゃんと自分で税金を払えば、「自分がいま住んでいる自治体にこんなに税金を払っている」と思うじゃないですか。僕は自分の区の地方選挙には必ず行きます。政治や地方自治に関心を持たないのは納税者意識が低いからですよね。「ふるさと納税」しか流行らない日本は本当に終わっている。税金の使い道を決めるのが選挙なわけじゃないですか。その意識すら生まれないというのは本当にダメだと思います。だから、むしろ納税者意識を高めるためには、むしろ個人事業主になった方が良いのかもしれない。戦前は個人事業主がもっと多かったと言いますよね。その時代の方が良かったのかというと話は別ですが、いま働き方改革がさんざん言われてますけど、それとはまた全然違うかたちでの「新しい働き方改革」が注目されていいと思います。
 あともう一つは、「事故が起きた場合の保障がされないじゃないか」という労災保険の問題ですが、実はこのサービスは労災保険に入ってます。たぶん批判されたからだと思うんですが、配達中の事故は保険が適用されるようになりました。リスク回避のための保険は資本主義の最たるものですよね。批判はありつつも、グローバルには環境改善されているんじゃないかなと考えています。

アンチ 情報収集のために、配達員のYouTubeを見てたんですけど。副業で何千万稼ごうって意識高いことを言ってるユーチューバーがいる一方で、1時間で2000円稼ごうっていう配達員ユーチューバーがいる。こういう動画を見比べていると、日本社会の縮図を見てる感じがします。

濱野 TikTokやユーチューバーで一発当てて売れたいと思ってる層と、フードデリバリーサービスでしこしこ働きながら勉強したりオタ活したりしている層、この二極化が起きてる感じはしますね。頭の悪いマスメディア的発想が抜けないバズを狙ってる層と、配達で着実に必要な分だけ稼いで、自己投資や自己実現ができる層に分離している。僕は後者を推すし、サステナブルだと思いますね。

アンチ 配達員でユーチューバーやってる人には、時間がちょうどいいんですよ。昼の忙しい時間に配達をガッとやって、夜までの間に動画編集をやる。

濱野 それこそお笑い芸人も配達員やってるんじゃないですか。

アンチ やってますよ。そういうのは表現とも一致してて面白いなと思います。

濱野 とにかく旧来のグローバル資本主義とかを批判してる人たちは、いい加減目を覚ませと言いたい。これは前からずっと言い続けていることですけど。

──そうですね。格差問題は特定分野のグローバルサービスの進展とは別の問題としてケアしなければいけないはずなのに、そこを勘違いした安直な批判者が多すぎる。

濱野 配達員として働くことは、ある意味、最低限のセーフティネットですよ。家賃は稼げないかもしれないけど、飯は食える。実家住まいなら何とかなるわけですし。
 ただ、このフードデリバリーサービスは出前文化の現代版なので非常に日本的なものにマッチしているはずなのに、やっぱり外資というか、他の国から生まれてきちゃうんだなとは思いましたね。たとえば業界最大手のUberは、もともとは飲食ではなくタクシー配車サービスが本体だったわけです。しかし日本の場合は法規制で守られた国内タクシー業界の既得権益が強すぎて、配車事業は鳴かず飛ばずでした。
 それに対して、フードデリバリーサービスとしてスピンアウトしたUberEatsの進出に関しては大成功したというのが皮肉ですね。この点、日本は完全にガラパゴス化していて、「Uber」と言えばUberEatsだけの国になってしまった。ちなみに配達員用のアプリは「Uber Driver」といって、ちゃんとタクシー配車もできるUIになっているんですよ。でも、日本ではただの出前アプリとして認識されている。
 ちなみにDiDiっていう中国のタクシー配車サービスが「DiDi Food」を大阪で始めています。もはや日本はそういう外資の草刈り場になってしまっている。そういう意味ではイケダハヤトさん的な発想というか。フードデリバリーサービスが届かない地方の人たちは、どうやってグローバル資本に飲み込まれないようにするか考えなければいけない。もし、ニコニコ動画みたいな日本独自のサービスが出てくるなら応援したいです。

アンチ たまに自分は「外国のAIの奴隷なんだな」って感じます(笑)。

濱野 そうですよ。人間が本当にAIの奴隷になっている。

アンチ アメリカとかドイツとかのエンジニアたちに俺は操られてるんだなって。明確にそういうことをやってるのって、このサービスだけだと思います。資本と労働力とニーズを調整してマッチングしている。似たようなもので言うと、出会い系サイトがありますけど、あれは恋愛市場ですから。「食」って絶対になくならないと思うので、そういう領域でやってるのはすごいことだと思います。コロナで成長した企業なんて本当にちょっとしかないですよね。

濱野 Zoomとか、このサービスはだいぶ伸びたでしょうけどね。

アンチ 最近新しい機能が追加されたんです。配達中に一箇所に止まってると、「お前ちょっと止まってるぞ!」ってアラームみたいなのがくるんですよ。なんでだろうと思ったら、外国で頻発した同じ運営会社のタクシーサービスでの配達員によるレイプ等のトラブルを防ぐためにつけられた機能らしくて、最初その意味がわからなかったんですよね。だからずっと止まってると「お前悪いことしてるんじゃないか!」という警告がくる。全世界一括でその機能がついたんですけど、日本でそれをつけられても困ります。休憩してコンビニでコーヒー飲んでるだけですから(笑)。コンビニのイートインコーナーで休むっていうのが配達員あるあるです。

濱野 そこはやっぱり日本のガラパゴス的なところで、面白いですけどね。でもフードデリバリーサービスは本当に普及率がまだまだ。具体的にいうと、僕は50歳より上の人に運んだ記憶がないです。だから、日本の半分ぐらいの人は使ってないんですよ。スマホは使ってるはずなのに、こんな簡単なものをなぜ頼まないんでしょうね。まだまだ広がる余地があるんです。

アンチ 自分は現金に対応してるので。45歳以上の方もいますね。

濱野 なるほど。普通はクレジットカード決済なんですよ。タクシーもそうじゃないですか。現金渡すのが面倒くさいからやるのに、このサービスって現金じゃないと嫌だっていう人がけっこういるんですよ。年長者はそうだし、逆に18歳くらいの学生さんはカードを持っていないので。

アンチ あるとき急に現金決済機能がシステムに付与されて、けっこうみんな焦ったんですよ。現金決済って気付かないで配達に行って、その場で代金を渡されて。そのときはたまたま釣銭いらないから助かったんですけど。「これで注文増えるのかな?」と思っていたら、けっこう増えました。現金でっていう人、びっくりするくらい多いんですよ。

with/afterコロナ時代の消費文化をめぐって

濱野 ギグエコノミー、シェアリングエコノミーが今まで拡大する一方だったのが、このパンデミックによってわからなくなってきています。都市集中をどこまで許容するのかという話は、afterコロナ、withコロナのなかで必ず議論になると思うんですよ。今まではコンパクトシティというか、都市集中するしかなかったんですけど、「密」というものがいきなり否定される世界になった。フードデリバリーサービスって人々が都市に密集しているからこそ、効率的に回るものですから。

──地方では建売住宅から自家用車でイオンなどのメガモールに行くという、アフターバブルのライフスタイルが今も続いていますからね。

濱野 ちなみに僕が注文した時に、八王子ナンバーとか相模原ナンバーの人がタピオカティーを届けにきたことがありました。車で配達する人もいるので、そういった人からすれば決して勤務先として「遠く」はないんでしょうね。

──コロナで都市集中に対して大きい疑問が突きつけられたことは間違いない。でも、そのときに都市住民が何をやったのかというと、みんなフードデリバリーを頼んだ。これは都市集中を否定するんじゃなくて、都市に住みながらより個人化していくことを選んだということでしょう。物理的な公共空間を捨てれば最適化できるという考え方が勝ったんじゃないかと思うんですよ。

濱野 ハーバーマスとかハンナ・アーレントが好きな人は、カフェとかサロンで語り合うのが良いって言うんですけど、それが否定される時代になってしまった。

──都市の「公共圏」に対する「NO」だと思うんです。もはや1980年代の西武が仕掛けたような消費活動を通じて公共性を作るという回路はインターネットの登場以降、後退する一方だったけれど(下記リンク参照)、ここに来てとどめを刺されたように思えます。

濱野 そうですね、消費が公共性を作るのかもしれないと、みんな一瞬勘違いしたわけです。そんなものが無力であることはみんなうすうすわかっていたけど、ついに都市リベラルの幻想が完全に死んだみたいな状態になった。

──現代のクリエイティブクラスが選んだのは、大都市に集中して住むというライフスタイルは変えずに、リモートワークで働きながら、食べ物はデリバリーで頼むということだった。しかも、この生活は、以前に比べてけっこう快適だと思うんです。

濱野 そうなんですよ。もうオフィスいらないよね、固定費無駄だよねという話になってます。だって全然仕事できますもん。SlackとZoomとメルカリとUber Eatsの4つが現代のキーワードですよね。

──この編集部も基本的にリモートワークを解除する気はありません。

濱野 うちの会社もそうです。通勤電車なんて乗りたくないですよ。それこそ三密じゃないですか。これでやっと東京は通勤ラッシュから本当に解放される可能性がある。これは大革命ですよ。

──もちろん『パラサイト』的な格差の問題は、コロナによって顕在化したことは間違いない。しかしそれはあくまで「顕在化」ですよね。もともとグローバル資本主義が加速すると、旧先進国の戦後中流が分解するという問題はずっと言われていたことであって、別にコロナの問題でも何でもない。withコロナとか、ニューノーマルとかいう議論を毛嫌いする人がオールドメディアの関係者や文化人には多くて、彼らはこの種のサービスをコロナが拡大した格差の象徴として扱うけれど、じゃあお前たちが「取り戻せ」と叫んでいる以前の日常で接していた居酒屋の配膳担当や劇場のモギリとお前とのあいだの格差はどうなっているんだ、と問い詰めたくなる。
 なぜこのサービスだけ格差の象徴と呼ばれているのかというと、感染リスクを一方だけに背負わせているように見えるからでしょう。でもそれはちょっと違う気がするんです。コロナ禍を機会に大きく注目されたから、結果的にそう見えているだけであって。むしろ、この種のサービスは都市の消費文化が隠蔽してきたものを露呈させたと考えたほうがいいはずです。

濱野 まったくその通りだと思います。むしろそれを外国人とかに押し付けて、見えなくしているだけですからね。そういうことを言う人は一回配達したほうがいいです。僕だって一応200回配達しましたからね!

──この四半世紀拡大した格差にどう抗うか、という問題は当然ケアしなければならないけれど、それとはまた別の問題として、このリモートワーク&デリバリーサービスのような新しい都市生活様式が都市やそこの経済をどう変えるのかという議論をしないといけない。とりあえずわかりやすく目立っているものを叩くだけでは、本当の格差構造の再生産を止めることはできないと思います。

濱野 そう思います。この手の問題を扱った、社会学者・阿部真大さんの『搾取される若者たち―バイク便ライダーは見た!』では、自らがその搾取の構造に没入(自己説得)していくプロセスが描かれていて、そこが問題であると卓抜に記述されています。阿部さんはバイクが好きだから、それはそれで理解できるという書き方をしていましたが、フードデリバリーサービスもまた、ゲーミフィケーションで仕事に没入させるかたちでリスクを見えなくさせているという見方もできる。

阿部真大『搾取される若者たち―バイク便ライダーは見た!』

 一方で、明らかに普通の労働では味わえない楽しさもあるんですよ。旧来のサロン・カフェ的な文芸的公共圏──たとえばカフェとか劇場とか居酒屋とか──のバイトが偉いんだという、ぴあ文化的なものを僕は否定しません。しかし、それらは今とは違ったかたちで生き残らざるを得ないだろうし、補助金を入れてどうにかなる問題ではないと思いますね。
 今、本当に消費社会論をやるんだったら、メルカリとUberEatsの話は避けて通れません。昔、「昼の世界」(=政治や経済)と「夜の世界」(=サブカルチャーやインターネット文化)の話をよくしましたよね。かつては夜の世界というか、娯楽の世界でしかシェア文化やゲーミフィケーション的なものは普及していませんでしたが、ついに昼の世界でもフードデリバリーサービスがやり遂げてしまった。ちょっと感慨深いものがあります。

──最後に何か言いたいことはありますか?

アンチ 肉体労働はすばらしいということですね(笑)。僕はこのサービスのおかげで汗水流して働くことに目覚めました。運動不足解消がてらにやるのもおすすめです。

濱野 寿命は間違いなく延びますね(笑)。僕も自転車でやればよかった。バイクを選ぶと途中から自転車には変えられないんですよ。

アンチ あとは僕がやれるってことは誰でもやれます(笑)。

濱野 力強いな(笑)。でもそういうことです。誰でもできるのがこのサービスの良さです。

[了]

この記事は、宇野常寛と原田真吾が聞き手を、杉本健太郎と中川大地が構成をつとめ、2020年6月25日に公開しました。
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