3.11から全面化した2010年代のエンタメの潮流をめぐって

──今回のコロナ禍というのは、ここ十数年くらいのエンターテインメントの潮流を、根底から覆すようなショックでした。つまり、SNSによる動員の革命+現場での体験のシェアという組み合わせで、ライブアイドルの握手会や野外音楽フェス、あるいはハロウィンの仮装イベントや「聖地巡礼」のコンテンツツーリズムといった体験型消費が隆盛していったのが2010年代のメインストリームだったわけですが、これが感染防止のために根こそぎ否定されてしまった。これによって既存の映画や演劇をはじめ、あらゆるジャンルの「不要不急」のイベントが軒並み中止になって苦境に陥っていくなかで、緊急事態宣言が発令される2020年4月前後くらいから、ステイホーム環境を活かした新たな体験型オンライン・エンターテインメントの実験的な挑戦が脚光を浴びるようになりました。
 その旗手になったのが、『のぞきみカフェ』YouTube支店(通称:「のぞきみZoom」)を皮切りに物語性の強いオンライン参加型イベントの事業を開始されたSCRAPのきださおりさんであり、一度もリアルに会わずにリモート環境で演劇を制作・上演するというコンセプトの「劇団ノーミーツ」を立ち上げ、ゲリラ的なオンライン演劇の動画投稿を続けつつ『門外不出モラトリアム』でリアルタイムの長編公演を初成功させてブレイク中の広屋佑規さんだと思います。お二人の取り組みの共通点として、近年の参加型エンターテインメントのキーワードでもある、観客を様々な仕掛けで物語世界に巻き込んでいく「イマーシブ(没入)」なアプローチがあるわけですが、今日はそうした観点から、ウィズコロナ時代の体験型エンターテインメントの可能性について、じっくり語り合っていただければと思います。
 まず、コロナ禍になる前からのお二人の活動の来歴について、そもそものきっかけから伺っていければと思うのですが。

▲『こんばんは!SCRAPです。』vol.3(2020年4月10日放送)
SCRAPのYouTube公式チャンネルでの緊急生放送の枠内にて、事情を抱えた男女のZoom会話を覗き見るという趣向によるリモート環境でのライブ謎解き企画「『のぞきみカフェ』YouTube支店」(通称:「のぞきみZoom」)が試験的に実施された。(解説サイト

▲『門外不出モラトリアム』(2020年5月初演)予告編
劇団ノーミーツの旗揚げ公演。パンデミックの影響で、入学から4年間、フルリモートでの大学生活を強いられた大学生たちの青春群像と世界の運命をSF仕立ての物語を通じて描く長編オンライン演劇。COVID-19による緊急事態宣言下の空気感をビビッドに掴み、完全リモート環境での制作・上演を成功させて話題を呼んだ。(公式サイト

きだ そうですね。そもそもから振り返ると、SCRAPは大学生のときに参画した、音楽ネタのフリーペーパーだったんです。当時は「R25」なんかをきっかけにフリーペーパー創刊のブームがあって、媒体から企画を提案し、街中で面白いことをやろう、という時代でした。導入に音楽フェスの話がありましたけど、私も音楽やみんな一体となって楽しむ空間が好きで、自分でもライブやフェスをやりたいといったところから始めました。ところが、3号目で早くも音楽のネタが尽きて(笑)、編集会議で「もう音楽じゃなくていいから、何か世の中がワクワクする、今までにない楽しいものを作ろう」という話になって、リアルな現場を作ってイベントをやる方向性が決まったんです。
 それで4号目ぐらいで、面白クーポン特集をやって、自分たちでいろんなお店に営業に行って、「マスターがあなたのことを褒めちぎります」とか、「酔いつぶれてもマスターが送り迎えします」とか、そういった愉快なクーポンを作った。値段じゃなくて、お店の人と面白いインタラクティブなコミュニケーションが取れる空間や雑誌を作るところから、完全に街に飛び出していったんです。
 それでSCRAPとしては2007年に最初に「リアル脱出ゲーム」をやったのをきっかけに、翌08年に創業して、いろいろなロケーションで謎解きのイベントを制作する事業を始めて、今のような活動になっていきました。

広屋 当時のSCRAPさんの勢いはすごかったですよね。僕はもうすこし下の世代で、まだ学生だったんですが、きださんたちがリアル脱出ゲームというブランドを確立して、2010年代を通じて謎解きイベントで街中や屋内施設をジャックしていく様子を、羨望のまなざしで見ていました。
 まさに「体験の時代」を象徴するムーブメントだったと思いますし、今では休日の遊びの選択肢の一つとして「リアル脱出ゲーム行こうよ」と挙がるくらいの市場を0から築いていったわけですからね。僕らの世代にとっては、ある種のロールモデルじゃないですが、どうやったらああいう動きで受けるんだろうと、ずっと観察していた感じです。

きだ ただ、私は創業からずっとSCRAPにいたわけじゃなくて、京都から東京に出てきて、広告会社に就職して3年ほど勤めてから、SCRAPが東京オフィスを構えたタイミングでSCRAPに戻ったんです。それがまさに2011年の3月11日だったんですよ。そのとき東京ドームで『あるドームからの脱出』というイベントをやっていたのですが、大地震のため東京でのイベントは全部中止になったので、仕事がなくなった私は、大阪に行ってイベント運営をしたんです。

▲2011年4〜5月に東京ドームで開催予定だったSCRAP『あるドームからの脱出』ポスター(※のちにタイトルや内容を変更して開催)

 それで、たくさんの人から「この時間だけは本当に楽しかったです」みたいな感想を聞いて。東京では、今のコロナ自粛警察みたいに、「今イベントをするべきではないんじゃないか」という声があがっていた。それでも、やると喜んでくれる人がいるならば、何かあった時に、明日への活力になるような楽しい場所を作れる人でありたい。まだ新人でしたが、この時期に開催したイベントで楽しんでくれている人の顔を見て「よし、私はこうやってコツコツとエンターテインメントを作って、人を楽しませていくぞ」って思って、そこから今に至るんですね。

広屋 その気持ち、とても良くわかります。僕は3.11の震災のときはまだ大学1年生で、こういった活動を始める前だったんですが、周りには「支援に行こう」といった行動的な人がたくさんいたけど、自分は何もしてなくて家で「怖いな、大変だな」と思っていただけだったんですね。
 ただ、コロナ禍になってからのある日、そのことを思い出して「僕はあのとき何もできなかったけど、今は活動することができる。ゼロからつくる力や、協力してくれる仲間がいるから、今度はちゃんと何か動きたい」という気持ちになって。劇団ノーミーツを始める前からもいろいろコロナ禍で出来る表現の方法を探ってたんですが、動き出しが早かったのは2011年のときの無力感みたいなものが影響してる面はあります。そういった意味では「震災の日に何もできなかったことも意味のあることだったな」と今振り返ると思ったりもします。
 それで、僕がこういう活動を始めたのは、震災後の2012年ぐらいからです。まだ学生で、海外で「イマーシブ」なんてムーブメントがあったことも全然知らなくて、当時は海外ではドッキリ企画を行いYouTubeに上げる動きがたくさんあったので、日本でもドッキリを専門に行う劇団を作って、みんなで街中でドッキリをすることで一般の方にその場で楽しんでもらうような活動を始めました。当時は芝居をするというよりも、一般の参加者を集めて、何かシチュエーションを作って、それを演じてもらう感じでした。たとえばバナナフォンという企画で、バナナを電話に見立てて、参加者100人ぐらいが渋谷のハチ公前で一斉にバナナで電話し合う。するとその場に居た人が「あらやだ。私がおかしいのかな?」みたいに思いそうになったり、くすっと笑ってくれたりする。僕のプロフィール画像では、今も初心を忘れないようバナナを持ってる画像を使ってます(笑)。日常の風景が突如、忍者の世界になるとか、公共空間を使って非日常的な空間を作るのが好きだったんです。

きだ 学生時代からのそういう流れは、お互いけっこう似てますよね。

広屋 そうですね。きださんと同じく、僕も最初は広告会社に就職して、いろんなイベント企画やプロモーション案件に携わってました。ただ、会社の仕事だけでなく、どうしても自分だけの企画を作りたくなり、2014年ごろ、渋谷のハロウィンが盛り上がって来た時期に、「ゾンビパニック」という企画を作りました。ゾンビ100人が一般の参加者に迫ってきて、それを撃退するというゾンビ映画のワンシーンを体験できるという企画をやろうとして、ちゃんとサイトやプレスリリースを作ったんですが、結果から言うとやる前から大炎上しました。「街中でそういうことするのはどうなんですか」とか、「私の娘の心臓止まったらどうするんですか?」とか、いろんなクレームが来たんです。当時、渋谷ハロウィンの若者の盛り上がりを面白く思っていなかった方々の矛先になったんじゃないかと今振り返ると思います。確かに、突っ込まれる隙はたくさんあって、そこは本当に反省しました。

 ただ、その企画は海外でも人気の企画なんです。それを日本で真似して実現しようとしたら、始める前から批判されてしまうのかと、ある種の絶望を感じました。日本ももっと、エンターテインメントや表現に寛容な社会にすることはできないのか。そう思い、その炎上がきっかけで会社を辞めて自分たちで発起して、僕なりのアプローチで街中や公共空間に対してエンタメを作り始めて、今があるという感じです。

きだ 街とかリアルな空間を使うエンタメへの風当たりは、震災後も根強くありましたからね。そんな中で、広屋くんは街中や公共空間をミュージカルの場にする「Out Of Theater」というプロジェクトを立ち上げたり、映画の世界を作るリアルイベントをやられていたので、すごく近い視点だけれども、私たちとはまた違ったベクトルで面白いことをしているなと前から意識してました。

▲「Out of Theater」による街中でのミュージカル上演『STREET THE MUSICAL』。日常空間をフラッシュモブ的に劇場空間に変えるというコンセプトで、丸の内仲通りでの2017年5月の実験企画を皮切りに、横浜元町では2019年12月までに計4回開催されている。(イベントサイト

 直接話したのは、去年の5月頃に開催した「はじめてのイマーシブシアター」というイベントに広屋くんが来てくれたときが最初でしたね。そこから何度かご飯を食べたりイベントで会ったりして、そして、今年の3月中旬にいきなり広屋くんから「相談したいことがある」って連絡が来て。その時はお互い「いやー、(イベント予定が)全部飛んじゃったよね」とか「なんかやれること、あるかな」みたいなトークをしていて、お互い困っていることを話して、広屋くんの奮闘も見ていたので、ノーミーツの立ち上げはすごく「推せる」と思いました。

「謎×物語」と「世界観×体験」という2つの方向性

──ありがとうございます。コロナ禍になる前までは、お二方ともリアルな空間での参加型イベントにそれぞれ取り組まれていたわけですよね。きださんのいるSCRAPは「脱出」や「謎解き」といったゲーム的なフレームを駆使することで、イマーシブな参加型体験を一般的な日本人ユーザーにも受け入れやすいかたちで間口を広げて定着させました。一方で広屋さんたちは、ゲーム的な双方向性よりも、フラッシュモブ的なゲリラ感で風景を異化させることで、体験として観る人々を巻き込んでいくという感じですよね。そのあたりのお互いのアプローチの違いは、どう感じられていますか?

広屋 SCRAPさんは演劇というより体験型や参加型イベントにくくられると思っていて、その中で謎をフックに、素晴らしい展開をされている。一方、僕のアプローチは、謎などは作らずに、街中を巡りながら映画の世界を体験するとか、ウェイターが全員ミュージカル俳優のレストランを開業してその世界観に没入させたり、役者さんと一緒に世界観を作りこんでいく方向性ですね。
 たとえば2019年は、映画『東京喰種 トーキョーグール』のプロモーションで、Afro&Co.さんと一緒に、イマーシブレストランと銘打って「喰種レストラン」というイベント企画を演出しました。銀座某所に場所非公開で「喰種レストラン」を実際にオープンし、1ヶ月半のあいだ毎日、お客様に『東京喰種』の世界観を楽しんでいただきました。こういう試みは世界的には「イマーシブシアター」と呼ばれているムーブメントの一種で、ニューヨークやロンドンではすごく人気がありますが、向こうではやっぱり役者の力がすごいんです。どれだけのお金と時間と稽古でこれができるんだろう? というハイレベルなものがたくさん作られている。そういう世界観を作り込んだ中での没入体験をテーマに頑張りたいと思っていたので、SCRAPさんのようなインタラクティブな謎解きではない部分で、人を没入させていきました。

▲『東京喰種レストラン』(2019年7〜8月開催)PV
2019年7月公開の映画『東京喰種 トーキョーグール【S】』の公開記念イベントとして開催。「人を喰らう喰種(グール)たちが夜な夜な集まる秘密のレストラン」という趣向で演出された非公開の会場が来場者にだけ告知され、マスク姿の俳優陣によって作品の世界観に沿ったライブアクトが繰り広げられる中で、ディナーコースを楽しめる。(公式サイト

きだ 私の方は、先ほど話したようにもともと音楽で、学生時代にバンドもどきの面白ユニットみたいなものを組んでたんです。そこでは、お客さんとステージの境目をなくそうと思って、ステージ上でリアルタイムにケーキを作って「誕生日のお客さーん」「7月生まれの人〜」みたいに呼びかけて、お客さんをステージに上げて、歌い終わった後に、そのお客さんにケーキをぶつけるみたいなイベントをやってたんですね。ハッピーターンをお客さんに撒いて、「私たちに幸せが返ってきますように」、なんてこともやってました。ギリギリ炎上せずに済んでましたね。昔から、そういう、ステージの垣根をとっぱらって、お客さんを巻き込んだ演目をやるのがすごく好きで、イマーシブシアターが好きになったのもそれが根幹にあったんです。
 その方向性がゲームに活かされてきたのは2013年頃ですね。依頼を受けて、女の子のグループのプロデュースをすることになって。いわゆる歌やダンスでオーディションされたんじゃなく“謎解きが好き”という気持ちで集まっていたグループだったので「この子たちをどうやって好きになってもらったらよいのか?」と考えこんだんです。それで、目の前の女の子にめちゃくちゃ感情移入させるゲームを作ろうと考えて、『忘れられた実験室からの脱出』を制作しました。目の前にアンドロイド役の子が一人やってくる、その子が入力装置となって、お芝居とお客さんのコミュニケーションで物語が進んでいく。これがかなりヒットして、出演の女の子たちの認知度も上がったから、そのシリーズを何個か作りました。どんどん発展して、ショーと参加型を合わせて、お客さんの頑張りの結果でライブのセットリストが変わるみたいなことをやったりもしました。

▲『忘れられた実験室からの脱出』(2014年2〜4月初演)CM
SCRAP制作による道玄坂ヒミツキチラボのリアル脱出ゲーム公演第1弾。廃墟と化したとある実験室に閉じ込められたプレイヤーが、博士の残した不可解な暗号と一体のアンドロイドを手がかりに脱出を目指す。初演時はSCRAP所属のアイドルグループ「パズルガールズ」がアンドロイド役を演じた。(公式サイト

 その時、大事なのは難解な謎だけじゃなくて、物語体験とかキャラクターへの感情移入なんだとわかって、自分もそういうものを作るのが好きだなと思ったんです。たまにまったく謎がない、食パンを口にくわえた美少女が「ちこく、ちこく~」と渋谷の街中を走りまくっていろんな人にぶつかる、みたいなゲリラ的なイベントもやってみました。

▲『幻の食パン女子を探せ!』(2016年9月10日開催)
東京都内に出没する4人の食パンをくわえた女の子の現在位置を、彼女たちがTwitterなどに発信する情報から推理し、4人全員の写真を撮影することを目指す、ゲリラ的なゲームイベント。同日初演のSCRAP『君は明日と消えていった』のプロモーション企画として実施された。(公式サイト

広屋 なるほど。僕の方は、物語そのものは、きださんほどは重要視していない企画も多いです。物語にまで引き込むものではなく、どちらかというと世界観を味わう方向に重きを置いた体験作りを目指したものが多かったと思います。「Out Of Theater」もそうだし、「喰種レストラン」も、物語というより世界観を味わう体験に特化している。その理由のひとつとして「演劇って全然観られてないなぁ」と思っていて、自分が好きな演劇やミュージカルだからこそ、より多くの方に観ていただくためには、より観やすくするとか、触れる機会をつくるとか、間口を広げることがすごく大事だなと。
 2010年代のライブエンタメとして体験消費が盛り上がっていく中で、ある種、物語を説教臭く届けるよりも体験に特化して、商店街の500メートルすべてがミュージカル空間になって劇中の世界観を味わえますとか、みなさんが知っているあの映画の世界が味わえますとか、それぐらいキャッチーにわかりやすく体験してもらう方が、楽しんでくれる人がたくさんいる。それで間口の入りやすさみたいなことを考えたとき、物語を抑えて、体験に特化するということを意識していたかもしれない。

きだ 私は体験する物語を作ろうと思ってやっているので、かなり物語寄りだと思いますね。物語のパーツとしての人、音楽、映像、あるいは謎、というような作り方をしてます。
 その方向性の集大成みたいによく言われるのが、GONZOさんにアニメーションを担当してもらった2016年の『君は明日と消えていった』ですね。謎解きのための謎解きじゃなく、参加者が謎を解くことの物語上の意味をしっかり作り込んで、自分が本当に劇中の登場人物の運命に関わってるんだ、という没入感を感じてほしくて。

▲『君は明日と消えていった』(2016年9月初演)
SCRAP制作のリアル脱出ゲーム公演。亡くなったはずの幼馴染みの少女から届いた小包と手紙を手がかりに、映画部に所属する高校2年の少年となって、彼女の「最後の願い」を叶えるために謎解きに臨む。物語への高い感情移入効果を促す自然な謎解き設計で、参加体験型ゲームファンの間でも高く評価されている。公式サイト

──お二人のスタンスの幅は、海外のイマーシブシアター系の広がり方とも呼応している気がします。2011年初演の『Sleep No More』が有名ですが、2013年に正式リリースされたNianticのスマートフォン向け位置情報ゲーム『Ingress』でも一人ひとりが青と緑の2大陣営のエージェントとして攻防を繰り広げているというバックストーリーがあって、リアルイベントでは俳優が参加者に混じって物語を演じるというイマーシブ的な展開がありました。一方で、続く2016年の『ポケモンGO』では、今度は『ポケモン』の基本設定以外にバックストーリーはなく、AR機能で自分の生活空間にポケモンが出てきて、それを集める体験の楽しさや風景の再発見という方向にシフトしたと言えますよね。
 そういった海外の体験型コンテンツの動向は、どのように意識されていましたか?

きだ AR機能はいくつかのゲームに取り入れてきましたが、かなり慎重でした。物語に必要ないARとか、スマホをかざす理由がないARは、逆に世界観を崩してしまう気がして、そんなに好みじゃなかったんですよ。でも『ポケモンGO』は、いつも見てる池が「コイキングがいる池だ、この池の近くに住んでてよかった~」と愛しくなるみたいな体験性や、旅行が楽しくなる点が素晴らしいと思いましたね。たとえば北海道に行ったら北海道だけにいるポケモンが出る瞬間が、ポケモンの物語と自分のリアル空間がシンクロする瞬間になる。それで、街歩きのコンテンツを作るときは、コンテンツは一個のキーとして置いておくけど、実際の物語を作り上げるのはお客さんで、お客さん側のストーリーが自由であればあるほど良くて、グループで盛り上がるみたいな感じが面白いのかなと思いました。

広屋 僕は1年ほど前、1ヶ月間ニューヨークのイマーシブコンテンツを片っ端から体験してきたのですが、その中で一番衝撃を受けたのが『Sleep No More』でした。今までに体験したことのない世界観に入り込んで、自分が今どこに紛れ込んでるかもわからない中で、全容を確かめていくみたいで、本当に圧倒的な没入体験でした。あれも物語があるといえばあるけど、ないといえばない。今後はまさに『Sleep No More』みたいなものを作りたいと思って、2020年はいろいろと準備してたんですけれども、コロナ禍で中止になってしまってとても残念でした……。

▲『Sleep No More』(2011年3月初演)
ニューヨーク・チェルシー地区で1939年に開業するはずだった実在の廃ホテル「マッキトリックホテル」全館を舞台に、シェイクスピアの『マクベス』をモチーフとしたパフォーマンスが繰り広げられる中を自由に歩き回りながら鑑賞するというスタイルの体験型ライブショー。海外でのイマーシブシアター・ブームを代表する作品となった。(公式サイト

きだ 『Sleep No More』はまだそんなに有名になっていない時期に観に行って、すっかり圧倒されました。参加者(観客)は最初に仮面を渡されるんですけど、けっこう立派な仮面で、1個200円くらいかかってそうだなあ、とか思ってましたね。シェイクスピアの物語をアレンジしてたり、役者さんもクオリティ高くて。調べてみたら舞台となるホテルを買い取っていたりとか、「今の自分ではこれは作れないなぁ」って思ったんです。面白いというより圧倒が勝ってしまった。

 じゃあ、自分が本当に作りたい、そして今の自分でも作れる没入体験はどういう形だろうって考えたとき、「独自の物語に、お客さん自身も参加できるようなものを作りたい。お客さんが物語に没入できる装置や設定を簡易的にでも作り、そこで自由に楽しんでもらいたい」って思ったんです。だから、影響を受けたというよりは「ニューヨークがそうなら日本ではこうやってみよう!」と、歌舞伎や能楽みたいな日本人の「見立て能力」や「想像力」を使いつつ、世界観や物語を作る方向を考えました。
 2年くらい前からロンドンのイマーシブシアターにハマっているんですが、中でも「Secret Cinema」は物語性もかなり重視していたし、自由度も高く、めちゃくちゃ頑張れば自分でもできそうな内容だったんですよ。でも、それって映画という物語のベースがあるから成り立っているわけで、自分が作るときは、そのベースから作る必要がありました。イマーシブシアターっていうとどうしても『Sleep No More』形式が頭に浮かぶ人が多いのですが、ロンドンのイマーシブシアターは規模も様々で、内容もすごく自由なものが多いんです。海外のイマーシブシアターをとにかく調べて、気になったものは全部参加してみたことで、自分も自由に作ってみようと踏み出すきっかけになった面は大きいと思います。

▲「Secret Cinema」
ロンドンを拠点に2007年から開催されている体験型の映画鑑賞イベントシリーズ。上映作品や会場は参加者にのみ知らされ、映画の世界観に沿った所定のドレスコードや役割が与えられる中で、特殊セットによるライブ演出やパフォーマンスが作品上映と同期しながら行われることで、物語への深い没入体験が提供される。公式サイト

コロナ禍を逆手に取る表現の可能性とは

──では、今回のコロナ・ショックを受けて、それぞれのスタンスでどう打ち返そうとしたのか、改めて振り返ってみていただけますか。

広屋 僕は今年の2月ぐらいから、準備していたイベントの中止や延期の連絡がくるようになりました。目の前が真っ白になる感じがあったんですけれど、何か今できることはないかといろいろアイデアを出して、そのひとつにZoom演劇がありました。当時、SNSを見ていたら、いろんな役者や演劇関係者がZoomで演劇をできないかと模索し始めた頃で、確かに演劇はZoomで会話ができるならできるのではないかと思い、今では一緒に劇団ノーミーツの主宰をしている映画プロデューサーの林健太郎と脚本、演出ができる小御門優一郎に連絡を入れたのが4月5日です。その2日後の4月7日に緊急事態宣言が発令されました。主宰3人の周りにいる役者やスタッフも集めて、1本目のZoom演劇作品『ZOOM飲み会していたら怪奇現象起きた…』を発表したのが4月9日。そのためのTwitterアカウントも1から作って動画を投稿してみたのが最初ですね。

▲『ZOOM飲み会していたら怪奇現象起きた…』(2020年4月9日投稿)
劇団ノーミーツが「Zoom演劇」を銘打って最初にTwitter上に投稿した無料公開動画。

きだ 私は3月31日に立ち上げから携わっていた“世界一謎があるテーマパーク”東京ミステリーサーカスの総支配人を退任して施設経営をいったん卒業し、SCRAPの役員に就任し、今までのリアル脱出ゲームという概念にとらわれない新しいコンテンツを作る旗振り役になろうと心機一転をはかっていたところでした。かつて入社したときはイベントが全部3.11で中止になって、今度はコロナで、心機一転の予定が全部中止になって、「自分、呪われてるんじゃないか?」と思ってしまいましたね。3月は東京ミステリーサーカスも、営業すべきか休止すべきかとても悩みましたが、震災のときもエンターテインメントをやることによって喜んでくれた人や、明日への気力を取り戻してくれた人がいた経験があったので、可能な限りは開けていたんです。
 でも、もうお客さんも従業員も楽しんでいられる状態じゃなくなってきて、3月28日に開業から初めて閉館しました。それが自分ではかなりショックで……。何千枚ものチケットの払い戻し連絡をしながら、本来だったら遊びに来るはずだったお客さんがどういう気持ちでいるんだろう、お客さんがあいた時間には何か楽しめるものがあるのだろうかと心配になりました。休業した3月28日には、緊急生放送をやったのですが、普段の5倍ぐらいのお客さんが観に来てくれた。やっぱり皆、楽しい時間は求められているんだなと思いました。
 でも私たちだけが喋る生放送だとお客さんは本当の意味で「参加」はできない。そのとき、もともと自分がイマーシブでやろうとしてた双方向の参加型コンテンツを作れないかと考えて、「のぞきみZoom」の生配信公演を思いついたんです。開催したのが4月10日ですけど、その間の12日ぐらいは不眠不休でした。施設の消毒とか、国からの補償を調べるとか、膨大な仕事があった中で、これを作ることだけが希望でした。「まだエンターテインメントを提供するには早いんじゃないか」という声もあったのですが、とにかく「絶対に今やるべきだ。私が一刻も早く、体験型イベントが好きな人たちの遊び場を作らないと!」と思ってその勢いで作ったというのがあります。

──本当に足の速い展開でしたよね。ただ、お二人がこのスピード感でできた背景には、やはり前半で話してきたように、それぞれ2010年代の街でのリアル体験イベントの蓄積があって、何をすればリモートでもみんながライブ感を感じられるのか、物語や体験に没入できるのかという勘所が、既存のエンターテインメント業界の人たちより圧倒的に掴めていたからだと思うんですよ。そのへんの手応えはいかがでしたか?

きだ はい、「のぞきみZoom」については、もともと2019年に渋谷のカフェと期間限定でコラボして、客席で隣り合った他人の人生を覗き見て、LINEやTwitterなどのツールでそこに介入できるというコンセプトの『のぞきみカフェ』という公演をやっていたので、そのやり方の応用でした。

▲『のぞきみカフェ』(2019年5月初演)
カフェでたまたま居合わせた人物の気になる会話から漏れ伝わってくる他人の人生を覗き見、インターネットツールを使って介入することができるというシチュエーション設定の体験型公演。渋谷区の小さなカフェで開催された。(参考サイト

 あともうひとつインスパイアされたのが、佐藤健さんの「SUGAR」というスマートフォンアプリなんですよ。このアプリを入れていると、本当に電話のUIで佐藤健さんから電話がかかってくる。配信中でも、佐藤さんが気まぐれに誰かを当てて、当たった人と通話をしている様子を皆で眺めます。ただそれだけの生配信なんだけど、私、これって世界最高峰のイマーシブシアターだなと思っていて(笑)。“彼氏っぽい”と話題になっていた「LINE@」も含め、リアルな友達並みに近くにいる錯覚に陥るんですよね。
 そういう双方向のオンラインコミュニケーションって面白いなと思いつつ、自分はやっぱりリアルな現場でつくることに夢中だったので、まだ目を向けてなかったんですよね。でも「のぞきみZoom」を作る過程で、改めてオンラインでできることの可能性にいろいろ気づきました。登場人物とのコミュニケーション手法や、表現の幅が広がり、リアルのイベントができなくなったからオンライン、ではなく「面白い公演を作ることが出来る地面がオンライン上にも広がった」という感覚でした。

 次はクオリティを上げるためにも、ちゃんと有料で楽しんでもらえるイベントにしたいと思ったんですよ。ただ、いざ有料イベント化を考えたときに、会社内でも「『のぞきみ』は無料の実験だからよかったけど、謎解きじゃないものにお客さんが有料で参加してくれるかなあ」という意見もあり、バトルが勃発したりもしました(笑)。
 そのような事情もあり、「のぞきみZoom」の後は社外での制作活動として参加していた「泊まれる演劇 In Your Room『ROOM 101』」が先に開幕しました。これはその名のとおり、本当は京都のHOTEL SHE, KYOTOで実際に泊まりながら6月に上演するはずだった「MIDNIGHT MOTEL」というイマーシブシアターの設定を活かしたオンラインイマーシブシアターで、HOTEL SHE, KYOTOのプロデューサーがすごい勢いで進めてくれて、自宅からZoomで参加してもらえるようになったのが5月のゴールデンウィーク中でした。自分の周りの人たちが全員すごいスピード感で動いていたので、勝手に戦友みたいな気持ちになり勇気付けられました。ノーミーツも5月末の時点でオリジナルの旗揚げ公演をやっていて、すごいなって思ってました。

▲「泊まれる演劇 In Your Room『ROOM 101』」(2020年5月初演)
京都のホテル「HOTEL SHE, KYOTO」で実際に宿泊するかたちで2020年6月に開催予定だったイマーシブシアター「泊まれる演劇 MIDNIGTH MOTEL」の開催延期を受け、Zoom配信で開催された没入型サスペンスの第1弾。6月には前日譚『ROOM102』が上演された。(参考サイト

広屋 今でこそ減りましたけど、やっぱり最初は既存の演劇関係者の中にも「Zoomで配信するなんてただの映像で、演劇とは呼べないんじゃないか」みたいな声もありました。ただ、もともと僕は演劇の固定概念などは気にせずに可能性を広げようと思って作っていた人間だったから、スピード感を持って早く作れたと思ってます。このときは緊急事態宣言が出てからまだ2日後だったのですが、「こういう状況でもコンテンツは作れるんだ!」と、みんなが好意的に受け取ってくれて、内容自体も面白かったと好意的な反応が多かったので、Zoom演劇作品の発表を続けてみることにしました。
 しかもメンバーが緊急事態宣言で仕事が止まってしまっていたから、4月中は毎日Zoom上で集まって企画と撮影を繰り返して、3日に1本ぐらいのペースで作品を発表してました。その中で、『ダルい上司の打ち合わせ回避する方法考えた。』という動画が過去最大ににバズり、Twitterだけでも再生数が1千万回を超えてくれた。それがきっかけで、このコロナ禍でZoom演劇作品を作っている劇団として、認知度が広がっていったんです。NHKでも『あたらしいテレビ』という番組で取りあげられて、『逃げるは恥だが役に立つ』の脚本家の野木亜紀子さんや、テレビ東京の佐久間宣行プロデューサーも言及してくれて、4月中にはTwitterのフォロワー数も1万人を超えるなど、信じられない感じで広がってくれた。

▲『ダルい上司の打ち合わせ回避する方法考えた。』(2020年4月26日投稿)
劇団ノーミーツが無料公開しているショートZoom演劇。2020年8月現在、同劇団で最も再生回数の多い動画となっている。

 ただ、SNSを中心に発表していたZoom演劇作品は無料で観れてしまうので、活動を継続することは簡単ではありません。コロナもその頃には短期で終息するものではなく、むこう数年はこういう状況に向き合っていかなければいけないと言われていました。だからこそ次は長編の演劇をオンライン上だけでフルリモートで作り、それを有料で販売してお客さんにしっかりと対価をいただいて作品を観てもらうという挑戦でした。まずは5月に旗揚げ公演『門外不出モラトリアム』を発表し、ありがたいことに5千人以上の方に観ていただくことができました。オンライン演劇の可能性を改めて感じ、7月に第二回公演『むこうのくに』を上演する流れにつながりました。

▲『むこうのくに』(2020年7〜8月初演)予告編
劇団ノーミーツ第二回公演。世界的に普及したオンラインコミュニティの住人たちと現実世界を重視する人々の断絶が進行する少しだけ未来の社会を舞台に、オンラインコミュニケーションの在り方を主題に据えた長編演劇。前作『門外不出モラトリアム』から、有名キャストの起用や演出技術面などで、さらなる発展を遂げている。(公式サイト

きだ SCRAPで私が手がけたコンテンツで7月に世に出たのが、リアル脱出ゲームの会場の空気感をデリバリーするというコンセプトで、実際にお客さまの手元に手紙とかの謎解きキットを届けてからZoom環境でプレイしてもらう『青梅雨に届いた手紙』と、Zoomならではのオンラインカジノで遊んでもらいながら、いつの間にか物語に巻き込まれていくという手法の「Inside Theater vol.1 『SECRET CASINO』」ですね。気持ちとしてはもうすこし早い時期にやりたかったんですけど、全ての店舗やイベントを閉めなければならなかったショックで制作意欲が爆発し、他にもサブスクのサービスを作ったりしていて……手を出しすぎました(笑)。

▲『青梅雨に届いた手紙』
「リアル脱出ゲーム・デリバリー」を謳うSCRAP制作のオンライン公演。様々な事件を在宅オンリーで解決する探偵事務所という趣向で、実際に自宅に郵送される手紙と謎解きキットを使いながら、ひとりの少女から舞い込んだ宝探しの依頼に挑む。(公式サイト

 でもこうして蓋を開けてみると、私たちにとっては作るフィールドがグッと広がるきっかけになったのは良かったなって思ってます。

新しく拓けた可能性を、どう普遍化していくか

──ノーミーツが最初、みんなが使うようになったZoomのあるある経験を異化するような動画を次々と無料で投下し続けていたのは、まさに広屋さんが街でやってきたバナナフォンのようなフラッシュモブ的な活動の延長線上にある感じですよね。そこで下地固めをしたうえで、サイト導線から何から本格的な商業演劇公演のフォーマットでしれっとチケット販売を行って、映像サブスクリプションの豪華版みたいな感覚で楽しめる「オンライン演劇」という新たな娯楽カテゴリーのビジネスモデルを打ち立てたのは、すごい展開だったと思います。
 一方で、きださんの『SECRET CASINO』は特にゲーム系のコミュニティで高い評価を受けていますが、まだインターネットというものが目新しかった2000年代初頭の時期、映画の広告などに紛れさせる手法として欧米圏で流行したARG(代替現実ゲーム)の現代版という趣で、ネット上に現実の情報に混じって散りばめられた虚構世界の謎解きを通じてプレイヤーを物語の中に巻き込んでいく手法をSCRAP流に消化して、「公演」ベースでマネタイズ可能にしたのが大きかったと思います。

▲『SECRET CASINO』(2020年7月〜8月初演)
SCRAPが掲げる新カテゴリーのオンライン版イマーシブシアター「Inside Theater」第1弾公演。Zoom上で開催される某所での秘密のオンラインパーティーに招待された参加者が、新米ディーラーの導きで、カジノゲームやバーでの会話を楽しむうちに、奇想天外な事件に巻き込まれていく。(公式サイト

広屋 そうですね。オンライン演劇について言えば、僕らは一番手で作れたからこそ多くの方に観てもらえて、それが受け入れてもらえた部分が大きいですね。舞台には舞台の興行的な理想と可能性がありますけど、オンラインだとキャパシティという概念がなくなりますから、劇場演劇とはチケットの売り方も違ってきます。舞台だと劇場のキャパがあるから、話題になって「このコンテンツ面白い」と思っても、劇場の上限しか入れない。でもオンラインだと上限が一切ないし、しかも本公演が始まる1分前までチケットを買うことができて、開演ぎりぎりまで「観てください!」と言えるようになった。
 劇団ノーミーツは新しいジャンルであると言われることも多いのですが、演劇をオンラインで置き換えるにはどうしたらいいかを真剣に考えて設計してる最中なんです。劇場の中にある空間の神秘性とか没入感みたいなものをオンラインで補うにはどうしたらいいか、設計からデザイン面、世界観やチャット機能とか、様々なことを駆使して、家でも劇場体験できるように作り上げています。きださんが言ったみたいに、以前からなんとなくみんなが演劇もオンラインでやれたらいいよねと思っていたなか、コロナ下でリアルの公演ができなくなった今だからこそ、時代が加速してオンラインの可能性がすごく見えている状態なんだろうとポジティブにとらえてますね。さらにいうとライブエンタメ界隈でも、オンラインに特化したエンタメを作りあげている人たちはなかなかいない印象です。
 演劇界隈では無観客配信が増えてきましたが、あれだと既存の映像コンテンツと同じで、リアルな舞台をどう配信するかということなんですよね。それだと、「だったら実際に舞台に観に行った方が面白いよね」となってしまう。今、劇団ノーミーツは「オンラインで見る演劇のほうが面白いね」と思ってもらえるためにはどうしたらいいか。オンラインだからこその脚本とか芝居、仕組みや体験を考えて作ろうとしているので、そういった同じ挑戦をする劇団がもっと増えたらいいなと考えたりしてますね。

きだ 私はもともとインターネットが大好きで、毎日面白い単語で検索したり、話題のアプリも一通りやってました。だから、そういうネットサーフィンのイマーシブ性、自分が見たい情報を自分で取りに行って、そこで奇跡的な情報があったらすごく嬉しいという感覚が、参加型のプラットフォームにうまくはまったんです。昔は自分が作ったイベントもお客さんから「ネットストーキングゲームだ」なんて言われてました(笑)。イベントの会場だけで完結していると見せかけて日常につなげるギミックも仕掛けてますね。たとえば参加者に劇中の人物から手紙が届くとか、UberEatsで食べ物が届けられたり。ネットを使った表現だからこそ、劇中の登場人物が実際にこの世界に生きているような感覚は丁寧に作ろうと考えてますね。
 そうした今まで作ってきたものがバックになったものが作れて、さらにインターネットだからこその、リアルタイム性や大人数での相互コミュニケーション、そういう面を意識して開発できたのもよかったと思ってます。

──ただ、この先の課題として思うのは、「今のステイホーム環境が4年続いたら」という設定の『門外不出モラトリアム』は、コロナ禍でみんな息苦しくしていて、Zoomのコミュニケーションに戸惑いながらも慣れてきている、直近の状況への共感によって成り立っていると思いました。他の多くのオンライン演劇も、だいたい似たような主題に落ち着いている感があります。だから、今のオンライン演劇の形式で、同時代的な状況への共感ベースの物語以外を描くのは難しいのではないかという疑問も抱いたんですよね。
 一方できださんは、あくまでも自分たちが描きたいオーソドックスな物語に、この状況だからこそ普及した仕掛けを利用しているという感があります。同じような地点に立っているようで、広屋さんが武器にしている時代の手触り感への瞬発力とは、実はベクトルが正反対だなと思いました。
 なので、それぞれが見出した新しい方法論を、今後どういう方向で発展させていきたいのか、最後に展望を伺えればと思うのですが。

広屋 いいとこ突いてますね。実際、『門外不出モラトリアム』は物語の共感性と同時代性がとても褒められました。でも僕たちの中でもそれだけだと先がないと思っています。Zoomのインターフェイスもみんな見飽きてると思うし、緊急事態宣言下だからあの物語が自分ごと化できて面白かったという評価が多かったので、続けていくにはそこを超えていく必要を感じています。
 だから、第二回公演の『むこうのくに』では、表現手法の面でフォーマットをZoom環境以上のバーチャル世界をオンライン上に創り上げたり、Zoomの画角だけでなく、新たに遠隔操作でのカメラワークも導入したりと、様々な挑戦を行いました。物語としても、今のリモート状況が変わりつつある近未来に置いて、「オンラインコミュニケーション」をテーマにするという話になりました。

きだ 方向性が正反対という分析は良いヒントになりますね(笑)。実際、私は広屋さんとは逆に、コロナ禍という背景は、お客さんに思い出させる必要がなければ入れないようにしています。だから、ノーミーツを見ていて、メッセージが真っ直ぐなことにグッとくるけど、私の方は逆にお客さんに没入してもらうところを軸に置いてるので、1年後、2年後に再演しても面白いものをと考えてる。でも、それって多分どっちも今だからこそ生まれたものなんですよね。

広屋 今、劇団ノーミーツが挑戦しているのは、時代の手触り感があるうちに、自宅から観られるオンライン演劇体験を仕上げて、定着させていくことだと思ってます。それ以上に、オンラインライブエンタメは可能性がたくさんあると思っていて。ノーミーツは言葉の通り、「メンバーが一度も会わずに創作する」ということをコンセプトにしてるんですが、いずれ直接会って作れる日が来たら、今度はリアルとオンラインを組み合わせた、また別の新しいライブエンタメが生まれるかもしれない。
 コロナ禍が終わったあとも、オンラインで演劇を観る体験が一般の観客に根付いていれば、今までは別々にあったオンラインの体験とリアルの体験は共存するかもしれないし、その両者がシームレスに組み合わさった新しい企画が出てくるはずなんです。観客のアクセスも、マネタイズも、間口の広がり方も、オンラインには良い部分がたくさんあると思うので、僕はポジティブに、双方の良い部分が混ざりあった企画を作りたいと思っています。

きだ 私もオンラインに場を移すことを、さっきも言いましたが「地面が広がった」という感覚で捉えています。まさにこの対談を収録している今、私はHOTEL SHE, KYOTOにいて、リアルなイマーシブシアターの稽古に参加しているけれど、夜は『SECRET CASINO』の舞台監督をオンラインでやります。今後は自分が思いついたアイディアが、リアルの方が面白そうだったらリアルでやるし、オンラインの方が面白そうならオンラインでやっていくだろうと思ってます。
 そのなかでも可能性を感じる点は、7年ほど前に手がけた『忘れられた実験室からの脱出』をオンライン化して、英語版も作ったんですが、コロナ禍を経て海外からもアクセスしてくれるお客さんが現れて、リアルイベントだけでは届かなかった世界にまでタッチしやすくなったこと。これはすごくいいことだと思うので、前よりもずっと広くなったこの地面で、引きつづきアイディアを出していけたらと思ってます。

[了]

この記事は、中川大地と宇野常寛が司会を、佐藤賢二が構成をつとめ、8月24日に公開しました。
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