良い問いを立てる技術(1):関心のマトリクスから探索する

 「問い」を立てるための技法は、現代において最も重要な能力の一つと言えるだろう。良い「問い」を持つことは、日々の探究の質だけでなく、社会課題の解決や、イノベーションの成否に関わるからだ。私はこれまで、10年以上にわたって人と集団の創造性を覚醒させる「問い」の技法の研究を続け、その成果を『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』(※1)『リサーチ・ドリブン・イノベーション:「問い」を起点にアイデアを探究する』といった書籍にまとめてきた(※2)。

 探究の起点となる「問い」を立てるコツは、自分の中にある素朴な「関心」に目を向けることだ。「関心」は英語で「interest」や「concern」と訳される通り、「興味」や「好奇心」が惹かれるタイプの関心から、生活や仕事における「心配事」や「懸念」から生まれる関心もある。いずれも「問い」を立てるための良い素材になる。

 「問い」の素材となる関心は、大きく「実用的関心」と「概念的関心」の2つに分けておくとわかりやすい。

 「実用的関心」とは、自分の困りごとを解決したり、欲求を叶えたりしてくれる「役に立つ」タイプの関心である。たとえば「ダイエット」や「子育て」、あるいは「リモートワーク中の上司とのコミュニケーションの悩み」などがそれにあたる。

 「概念的関心」とは、特定の場面における困りごとではなく、人や社会の本質に関わる普遍的な好奇心である。たとえば「働き方」「ウイルスと人類の関係性」「心理学」「経済学」といったように、抽象度の高いものだ。学生時代の専攻や、好んで読む本のジャンルなどがヒントになる。

▲図1 概念的関心と実用的関心

 実用的関心と概念的関心はグラデーション状につながっており、切り離せるものではない。たとえば「ウイルスと人類の関係性」や「心理学」を概念的に探究することで、「リモートワーク中の上司とのコミュニケーションの悩み」が実用的に解決される可能性もある。具体的な実用と抽象的な概念のあいだに、私たちの関心は無数にマッピングされている。

 探究の原動力となる良い「問い」を立てるコツは、実用的関心と概念的関心のどちらかに偏り過ぎずに、それぞれを結びつけながら立てることだ。

 卒論やレポートの題材で悩んでいる大学生と話をすると、口を揃えて「明らかにしたい問いが、特に思い浮かばない」のだという。しかし「関心」があることを尋ねると、どんな学生でも、最低10個程度は浮かぶものだ。まずは頭に浮かぶ関心を、ノートや付箋に列挙してみるとよいだろう。関心を素材にして組み合わせれば、どんな人でも必ず「問い」は立てられる。

 関心を書き出した時点で、人によっては実用的関心に偏っていたり、概念的関心に偏っていることはあるかもしれない。もし実用的関心に偏っている場合は、家の本棚に必ずあるはずである、買ったけれどまだ読んでいない本、いわゆる「積読本」を、1〜2冊、パラパラめくってみるとよい。積読本は、あなたの中にまだ眠っている「潜在的な概念的関心」の兆しであるはずだからだ。そこで気になったキーワードや考え方を、概念的関心に追加しておこう。SNSをザッピングする中で気になっていた世間の話題や、新刊のタイトルなどもヒントになる。もし時間的な余裕があれば、大型の書店に出向いて話題の書籍が自分の関心にどれくらい合致するかを確かめにいくもよし。CiNii Articlesなどの文献データベースを使って、気になる領域の最新の論文を漁ってみるのもよいだろう。

 もし素材が概念的関心に偏っている場合は、現状の生活や仕事の隠れた不満や、抑圧している欲求の棚卸しに時間を使うとよい。現状を変えることの現実的な困難さから、自身の不満や欲求に蓋をし、抑圧している人は少なくない。目先の制約を取り除いて考えたときに、実は解消したいと思っている不満や、実は実現したいと思っている欲求はないだろうか? その感覚が、実用的関心の素材となる。

 あるいは視点を変えて、あなたが注目している既存のプロダクトやサービス。あるいは最新のテクノロジーに目を向けてみるのもよい。それらの「解決策」は、いったい何を解決しているのか? その答えが、間接的に、あなたが抱いている実用的関心とも言える。

 関心の素材を充実させるためには、上述したように「自分の内側から関心を棚卸しする」か、もしくは「外側から関心を補填する」しかない。これをマトリクスにまとめると、以下のようになる(図2)。

▲図2 問いを探索する関心のマトリクス

 このようにして、概念的関心と実用的関心、自分の内側と外側の象限に素材を充填させていきながら、各象限を結びつけることで「問い」を立てていくのだ。

 この段階で、無理に「良い問い」を立てようとする必要はない。「野生の思考」にならって、間に合わせの「問い」でよい。探究の過程で、目の前の道具を使いながら、またあとで「問い」そのものを納得いくまで「修繕」していけばよいのだ。その繰り返しが、結果として、自己を磨き、キャリアを発展させる。

(※1)安斎勇樹・塩瀬隆之(2020)『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』学芸出版社
(※2)安斎勇樹・小田裕和(2021)『リサーチ・ドリブン・イノベーション:「問い」を起点にアイデアを探究する』翔泳社

良い問いを立てる技術(2):T字型にアイデンティティを捉える

 関心のマトリクスを往復しながらうまく見つけることができた「問い」は、自然と現在のあなたの「アイデンティティ」を反映させたものになっているはずだ。逆に言えば、自身の「アイデンティティ」を定期的に点検して、最新の感覚に保つことは、良い「問い」を立てる基盤になる。

 アイデンティティを見つめ直すことの重要性は、企業経営においても高まってきている。時代の過渡期にあるためか、従来型の目標到達点としての「ビジョン」を掲げつつも、“いまここ”に感じられている自己理解を言語化して「コーポレート・アイデンティティ(CI)」として表現したり、なぜ自社が存在しているのかを「パーパス」として意義を表現したりする企業が増えている。

 アイデンティティ戦略に長けた企業の事例として、株式会社スマイルズが挙げられる。スマイルズの代表的な事業に「Soup Stock Tokyo(スープストックトーキョー)」というスープ専門店がある。全国の駅構内やオフィス街などにチェーン展開しており、幅広いユーザーに愛されている。スマイルズは、スープストックトーキョーを成功させたのち、ネクタイ専門店の「giraffe」や、セレクトリサイクルショップの「PASS THE BATON」など、幅広く新規事業を展開し、成功させている。

 もしスマイルズの目標が「世界一のスープ屋になる」ことで、「目標に基づく『選択と集中』戦略」を採用していたならば、スマイルズのこの事業展開の散漫さは、きわめて非効率的にみえる。しかしスマイルズは自社のアイデンティティを「世の中の体温をあげる」会社として言語化し、スープはあくまでその一つの手段として位置付けている。これによって、資源が分散された複数の実験的事業たちは、芯のある一つのアイデンティティに基づいた探究的活動として意味づけられるのだ。

 個人としても、定期的に「自分は何者なのか」について、戦略的に言語化しておけるとよい。自分の本質を言い当てる言葉を紡ぐことはそう簡単なことではないが、私が考える一つのコツは「T字型」に自分を捉えることだ。

 「T字型」とは、人材の能力特性を表現する際によく用いられる言葉である。一つの専門領域をタテに深堀することで特化したスペシャリストを「I字型」としたときに、自身の専門分野だけでなく、異領域の知見にも精通し、ヨコの幅を持った状態を「T字型」と呼ぶ。

 探究を拡げていく上での注意点は、自身のアイデンティティを「I字型」の先端、つまり現在の得意領域に置きすぎないことだ。得意技をアピールしていくことは、周囲の評価を獲得したり、新たな機会を獲得していく上で不可欠であるが、そこに閉じすぎてしまうと、サクセス・トラップに陥り、気づかぬうちに「選択と集中」戦略に退行しやすい。

 自身のアイデンティティを言語化する上では、得意領域を中心に起きながらも、現在の関心としてすでに立ち現れているキーワードや、得意領域として仕上がっていないもののすでに探究を進めている切り口などを「横幅」にとって、それを包含する言葉を見つけることだ。

▲図3 T字型にアイデンティティを整理する

 たとえば私の場合は、2015年までは「ワークショップ」の手法について研究し、博士号を取得するに至ったが、その後は積極的にワークショップという言葉を封印し、別の言葉でアイデンティティをとらえるように心がけている。2020年に出版した『問いのデザイン』がベストセラーになってから、武器としての得意領域に「問いのデザイン」や「ファシリテーション」を置きながらも、自己理解がそこに閉じないように、他のさまざまな関心を包含するかたちで「人と組織の創造性を賦活(ふかつ)する」方法論の全般を、自分のアイデンティティの枠組みとして認識するようにしている。

▲図4 安斎のアイデンティティ整理の例

 自分のアイデンティティをどのように定義しておくかによって、浮かんでくる「問い」や、分散投資のタスク対象が変わってくる。解像度が高く見える「I字型」の先端をアピールしたい衝動を堪えて、アイデンティティに多少のモザイクをかけるつもりで、ぼやかせておくことが、持続的に探究を深めていくコツである。

分散投資の効果を高める4つのポイント

 うまく「問い」が立ったあとの、分散投資を成功させるにも、コツが必要だ。

 アウトプット系のタスクの分散は、この10年間でデバイスやツールも発展し、働き方も変化したことで、随分と一般的なものとなった。兼業や副業、複数プロジェクトの同時進行、マルチタスクは当たり前。複数のデジタルツールを並行して活用し、私たちは数えきれないタスク群をジャグリングのように精一杯処理している。いまこの原稿を書いている私自身も、たくさんのブラウザをパソコンの画面いっぱいに拡げ、手元のタブレットPCに手書きのメモを取りながら、ときにスマホでLINEや社内Slackの連絡を返しながら、文章をしたためている。

 他方で、私たちはインプット系のタスク分散には、まだ慣れていない。簡単に無料でアクセス可能な情報は、この数年で爆発的に加速したため、可処分時間の不足問題がより意識されるようになったのは、ここ最近のことだからである。

 特に新型コロナウイルス感染防止のためにライフスタイルが変容したことから、以前であれば仕事帰りにオフラインのイベントに参加していたところが、現在ではUberEatsで頼んだ夕食をつまみながら、無料のZOOMウェビナーイベントを梯子するようになった。イベントのない日は、片耳で仕事に役立つPodcastを聴きながら、YouTubeやNetflixの話題のエンタメコンテンツを消化する。以前ほど「ゆっくり本を読む時間」が取れなくなり、“積読”の悩みはもはや現代病だ。

 今後も、アウトプットとインプットのマルチ化は、止められないだろう。ならばいっそ、私たちのタスクはマルチ化していくものだと割り切って、分散投資戦略に振り切ったほうが賢い。シングルタスクのほうが集中力が高まるだとか、生まれつきマルチタスクが苦手な人もいるだとか、さまざまな言説があるのは知っている。けれどもそんなことを言っている場合ではない。私たちは苦手なマルチタスクを鍛錬によって克服し、このやり方に慣れていくしかないのだ。

 分散投資の効果を高めるポイントとして、本稿では以下の4点を紹介する。

(1)インプットとアウトプットを切り分けない
(2)実験を通して自分にあったスタイルを見つける
(3)スケール別に時間ブロックを管理する
(4)タスク同士を関連付け、新結合を誘発する

投資術(1):インプットとアウトプットを切り分けない

 第一に、インプット系のタスクと、アウトプット系のタスクをあまり二元論的に区別しすぎないことだ。

 良いインプットは、時として、アウトプットを誘発する。余談だが、最近では授業やセミナーの形式を、講師の説明を聴くだけの「講義型」と、グループワークや演習を散りばめた「アクティブラーニング型」に分ける風潮がある。しかし私はこの分類に批判的だ。本当に質の高い講義は、一方的に知識を受け取っているだけのように見えて、聴いているうちに頭の中に次々に「自分の考え」や「アイデア」が浮かんで止まらなくなるものだ。

 また、良いアウトプットは、インプットの誘い水になる。ちなみに私はこの原稿をアウトプットするために、必要に駆られて“積読”を10冊ほど消化した。新しい価値を生み出すためには、必ず素材が必要だ。

 アウトプットとインプットは表裏一体で、無理に切り分けて整理する必要はない。インプット寄りのタスクとアウトプット寄りのタスクがあることは事実だが、いずれも「問い」の手がかりを得るための「探究のためのタスク」として捉えればよい。

投資術(2):実験を通して自分にあったスタイルを見つける

 第二に、実験を通して自分にあったマルチタスクのスタイルを見つけることも重要だ。効果的な分散投資の方略は、やはり認知特性や仕事の環境に左右される。ファッションと同様に、色々とやり方を試していく中で、自分に合う/合わないを見極めて、だんだんと効果的な探究のスタイルに巡り合えるとよい。

 実験の過程で意識しておきたいことは、マルチタスクには「並行型」と「並列型」がある、ということだ。

 「並行型」とは、同じ種類の複数タスクを順番に処理するやり方である。たとえば「本を読む」タスクを「並行型」で処理する場合には、カバンに3冊程度の本を入れておき、ある本を途中まで読んだら別の本を読み始め、さらに途中でまた別の本に移りゆく、といったように、1冊を読み切らぬまま順次読み進めていくやり方である。

 「並列型」とは、異なる種類の複数タスクを同時に処理するやり方である。たとえば「Podcastで耳から情報収集」をしながら、パソコンでパワーポイントを開いて「プレゼン資料を作成する」といった具合だ。

 人によって「並行型」と「並列型」のどちらが得意/苦手であるとか、「並列型」で同時処理するタスクの相性の良し悪しなどがあるはずだ。色々と実験することで、自分に合った特性を見つけられるとよい。

 マルチタスクを進めていく上で必ずぶち当たる悩みは、「創造性」と「生産性」のトレードオフだ。「並行型」と「並列型」を積極的に使っていくと、たしかに思わぬ発見や、予想外に理解が深まる瞬間が増えていくはずだ。シングルタスクに取り組んでいたときよりも「創造性」が高まっていることを感じられるだろう。

 他方で、静かな部屋にこもって一つの本をじっくり読み続けるやり方に比べると、注意が散漫に感じられ、「生産性」が落ちたような感覚を覚えるかもしれない。騒がしいパーティ会場で原稿に集中することはできないが、自宅の書斎にこもっていても偶然の出会いは生まれないのと同様に、マルチタスク特有の「創造性」と、シングルタスク特有の「生産性」は、トレードオフ関係にある。これも実験を通して、状況に応じてその「塩梅」を調整できるようになるとよい。

投資術(3):スケール別に時間ブロックを管理する

 並行と並列を駆使してマルチタスクを推進していく上で、限られた時間的資源をどのように使うか、時間管理術は重要になる。合理主義的な「選択と集中」戦略のように、「一点賭け」をするわけではないから、投資対効果を気にしすぎる必要はない。けれども投資に損失の「リスク」が伴うことは、分散投資であっても同様だ。

 たとえば並列型で本を3冊読みたいと考えていて、いまから自由に使える隙間時間が「3時間」あるとする。積読を消化する絶好のチャンスだ。にも関わらず、並列する「3冊」をどれにするかが決められず、「どれにしようか」と悩みながら、メール返信などの適当な雑務をこなしていたら、気づけば1時間が経過。貴重な時間資源の1/3が失われていた……なんて経験は、誰にでもあるはずだ。

 この現象は、貴重な時間的資源を投資する意思決定への「恐れ」から生まれている。「貴重な3時間を、3冊に投資する」と考えるから、「はずれの本に時間を使いたくない」「貴重な時間を無駄に使いたくない」という発想が生まれ、躊躇が生まれるのだ。

 こういうときはスマホのタイマー機能を立ち上げて、アラームを「3分後」にセットしよう。そして「3分しか読んではいけない」というルールを定めて、どれでもいいから、適当に手にとった本を、“つまみ食い”をしてみる。頭から読む必要はないし、目次やあとがきだけ読むのでも構わない。とにかくどこでもいいから、3分だけ読む。どんなに面白くても、3分以上は読んではいけない。

 そうしたら、次も同様に「3分」を測定し、同じルールで、適当に選んだ別の本を読んでみる。そしてまた次の「3分」は、また別の本でもいいし、元の本に戻ってもいい。これを10セット、つまり「30分間」も繰り返せば、手にとった本たちの“味見”はできているはずだ。たった3分でも、一口舐めてみると、その本の雰囲気や、その本に時間を投資したことで得られる効果は、不思議なものでなんとなく掴めるものだ。しかしこれを何十回も繰り返していても、散漫な読書になってしまう。したがって残りの「2時間半」は「3分ルール」を解除して、どの本を深堀りするかをピックアップして、じっくり読み進めていけばよい。

 このように、投資する時間ブロックは、分割されたスケールによって、得られる「深さ」や投資の「恐れ」の感覚が変わる。これを利用して、自分の時間的資源を「大(終日〜数日間)」「中(数時間〜終日)」「小(数分〜数時間)」と区分けして管理するとよい。中〜大スケールの時間ブロックの投資には必ず「恐れ」が発生するため、いきなりまとまった時間を投資しようとすると、意思決定への恐れによる“塩漬け”が生まれ、かえって資源を浪費する。まずは小スケールのブロックを分散投資して手応えを掴み、中〜大スケールの時間ブロックの投資先を見定めていくと、タスクのポートフォリオが組みやすいだろう。

投資術(4):タスク同士を関連付け、新結合を誘発する

 最後のポイントとして、分散投資するタスク同士を関連性をデザインし、新結合の確率を上げることが、「問いを起点とした『分散と修繕』戦略」を成功させる最大のポイントだ。

 並行型にせよ、並列型にせよ、マルチタスクの本質は「タスクA」をしながら「タスクB」をする、ということだ。いわば「ながら作業」である。「ながら作業」はよく生産性を阻害する悪習慣として、批判の対象になる。しかし私に言わせれば、それは「ながら作業」が悪いのではなく、「ながら作業」として設定するタスク群のデザインが下手くそなだけである。

 「問いを起点とした『分散と修繕』戦略」とは、マルチタスクを通して得られた複数の発見を「新結合」させることで、「問い」の探究を前進させる「洞察」を得ていくプロセスである。この「新結合」の打率は、マルチタスクの「タスクA」と「タスクB」に何をセットするかで決まると言っても、過言ではない。

 いまから10年ほど前のある日、私はとある企業から「イノベーションのためのアイデア発想」に関する研修を依頼され、その内容がうまくまとまらずに頭を抱えていた。これは明確に締め切りを控えた「タスクA」である。このときに「タスクB」に何をセットするかによって、新結合の確率は変わってくる。

 素直に考えれば、「タスクB」には「イノベーションのためのアイデア発想」に関わる書籍や論文をインプットするタスクを置くと、よさそうに思える。直接的にヒントが得られ、研修のプログラムもまとまるかもしれない。けれども、これはAとBの「距離」が、やや近すぎる。新結合とは、一見すると結びつかない、離れたところから起こるのだ。

 当時の私が探究の「問い」として掲げていたテーマはいくつかあったが、その一つに「アイデアはどこから生まれるのか?」といったものがあった。ユーザー中心主義という考え方が主流となり、どの本を手にとっても「ユーザーを観察せよ」と書いてあり、「それは本当なのか?」と疑いがあったからだ。アーティストやお笑い芸人を見ていると、どうにも「ユーザーの観察」によってアイデアを手に入れているとは思えない。彼ら彼女らのアイデアはどこから生まれているのだろう。そんな違和感を抱えていた。

 研修のプログラム設計に煮詰まった私は、息抜きも兼ねて「タスクB」に当時ファンであったお笑い芸人「サンドウィッチマン」のコント映像を視聴する活動をセットし、どうせなら、お笑いを見ながら、リラックスして、ビールでも飲みながら研修を考えよう、と思っていた。ビールは余計だったかもしれないが。

 すると私のなかで、驚くべき「新結合」が起きた。目の前で展開されるサンドウィッチマンのコントの基本パターンは、ツッコミの伊達みきおが「客」の役で来店し、それに対してボケの富澤たけしが「店員」として、客の要望から逸脱した商品やサービスを提案し、それに伊達がツッコミを入れることで笑いをとっていくスタイルだ。その時見ていたコント「旅行代理店」を例にあげると、新婚旅行のプランを求める伊達に対して、富澤は「このダーツをあちらの日本地図に投げてください」と提案する。当然「なんでダーツの旅なんだよ!」とツッコミが入る。たしかに新婚旅行の行き先をダーツで決められてはかなわないが、ふと考えれば、大学生向けの格安の旅行パッケージプランとしては、新奇性のある提案のようにも思える。お笑いのボケの技術とは、固定観念からの逸脱であり、イノベーションの芽を孕んでいるのではないか? そう思えてならなかった。私はその直感を信じて「タスクA」の研修のメインワークを、思い切って「富澤たけし風に自社のプロダクトでボケてみる」ワークに振り切ってみたのだ。結果、受講者からは「非常に画期的な研修だった」「普段いかに“ユーザーニーズ”の呪縛に囚われていたか気づいた」と、大好評に終えることができた。

 私はこれ以来、マルチタスクの創造性を信じて「タスクA」と「タスクB」の関係性と距離感のデザインに心血を注ぐようになった。このときにも「T字型のアイデンティティ」の地図が、よい見取り図になる。たとえばタスクAが「I字型の先端」にあたる、得意技を深めるアウトプット系のタスクのときには、タスクBにはあえてT字型の横幅にあたる探索的なインプットを「並列型」でぶつけたい。得意技は寝かせて、横幅を広げたいときは、未開拓領域のインプット系のタスクAと、アウトプット系のタスクBを「並行型」で行ったり来たりすると、シナジーが出やすいかもしれない。

▲図5 マルチタスク群の距離のデザイン

本稿のまとめと課題

 本稿は、複雑で曖昧な現代社会における情報航海術の在り方について、議論してきた。これまで支持されてきた「目標に基づく『選択と集中』戦略」が抱える本質的な課題について批判的に検討しながら、その代替モデルとして、レヴィ=ストロースの「ブリコラージュ」と「問いのデザイン」の考え方を組み合わせた「問いを起点とした『分散と修繕』戦略」を提案した。

 この戦略は、「明らかにしたい問い」を起点としながら、関連する複数のタスクに資源を「分散」投資し、知の新結合によって「洞察」を得ていく探究型のアプローチだ。目指す成果は「目標の達成」ではなく「自己の変容」である。したがって「問い」に「答え」を出すことにはこだわらず、探究の過程で「問い」そのものを「修繕」していくところに、その特徴があった。

 この戦略を支える技術として、良い「問い」を立てる技術は不可欠である。そのための手立てとして、本稿では「実用的関心」と「概念的関心」を主軸としたマトリクスと、「T字型」のアイデンティティの見取り図を紹介した。

 また、「問い」を起点とした分散投資の具体的なポイントとして、(1)インプットとアウトプットを切り分けない、(2)実験を通して自分にあったスタイルを見つける、(3)スケール別に時間ブロックを管理する、(4)タスク同士を関連付け、新結合を誘発するの4点を解説した。

 人間の創造性のメカニズムが未だブラックボックスであるのと同様に、探究型の情報航海術もまた、発展途上の領域である。職種やキャリアのフェーズに合わせた方法論の精緻化が、今後の研究課題になるだろう。またこうした探究の過程は、個人の試行錯誤に任せるだけでなく、所属する組織やコミュニティ側の学習環境にも改善の余地がある。一人の経営者として、従業員が探究的に進化し続けることができる組織デザインと経営の方法について、引き続き探究していきたい。

[了]

この記事は2021年6月14日に公開しました。
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