「風の谷を創る」とはなにか

 はじめまして、安宅和人と申します。

 ここでは、まず僕たちが現在進めている「風の谷」をキーワードにした未来創造のプロジェクトについて、紹介できたらと思います。

 成立経緯や概要は2019年7月に公開した僕のブログ記事にまとめているのですが、一言で言うなら「都市集中型の未来に対するオルタナティブ」をテクノロジーをうまく使い倒しながら作ろうという運動論です。

 日本だけでなく世界的に都市集中の流れが止まらず長い間人が住んできた場所の多くが棄てられつつある。このままいけば映画『ブレードランナー』が描いたような、極端に人口の集中したメガシティにしか人が暮らせなくなる、そんなある種のディストピア的な世界の到来が避けられないのではないか、と考えていることがこの活動の原点にあります。

 この大筋の原因、システム的な課題を探り、それに対して様々な知恵とテクノロジーの力も使い倒しながら対応していくことで、人間と自然と共に豊かに生きうるような未来像も、僕たちは持ちうるのではないか。宮崎駿監督の歴史的な作品『風の谷のナウシカ』の舞台の一つである『風の谷』のようにです。

 そんな考えが、2017年の秋に鎌倉の建長寺でコクリ!プロジェクトという「100年後に語られる未来を創ろう」という合宿討議に参加している中で、心に向かい合って瞑想しているようなときに、唐突に降りてきました。活動としては、そこの場にいた共感してくれる仲間たちと一緒に動き出していくことになったのがはじまりです。

 言葉こそ『風の谷のナウシカ』というSF的な物語からインスパイアされていますが、いまのままでやってくると思われる手なりの未来像は、あくまで現実的な問題意識から生まれたものです。

 僕らが都市集中に向かっている現在のトレンドは相当にmake senseしています。そう簡単に変えられる未来ではないのです。ちょっと現代のソリューションを突っ込むぐらいで解決するかどうかといえば厳しい。このオルタナティブが現実に安定的に回るようになるには、おそらく数百年スパンの時間軸で考える必要があると考えています。

 まずは人類の居住トレンドの実態からお話できたらと思います。

世界の至るところで起きている
「都市集中」のディストピア

▲20年以内に無人化する見込みの東北のある集落(© Gen Kumagai)
出典: 安宅和人『シン・ニホン – AI×データ社会における日本の再生と人材育成』
(NewsPicksパブリッシング 2020)資料6-4

 まず、この写真をご覧頂きたい。これは僕らの仲間の熊谷玄さんという、世界的なランドスケープデザイナーが撮影した東北の歴史ある美しい集落の写真です。5000年以上前から人が住んでいたことと推定される土地です。ただ、今後20年以内に無人化すると見られる、いわゆる限界集落の一つです。

 ある離島では、ついに人口減少で郵便局員がいなくなり人間が住む空間としての基礎機能が止まりつつあります*。この種の問題は、これからは全国でどんどん増えていきます。
*島崎周「職員が突然いなくなった島の郵便局、離島ならではの事情」朝日新聞 2017年11月21日

 こうした土地は日本中至るところにありますが、実は日本だけではなく、フランスやイタリアやアメリカでも似たようなことが起きています。

▲南仏のある村(Photo by Kaz Ataka)

 これは僕が何年か前に訪れた南フランスのある村ですが、10分、15分と歩いても誰にも出会わない。音一つしないので廃村かと思っていたら突然ドアが開いて、恰幅のいいシニアな女性が顔を出して、初めて人が住んでいたことに気付くような村です。イタリアのトスカーナでも、似たような地域を訪れたことがあります。去年、アメリカではTIME誌が限界集落を特集して、かつては駅馬車が停まるほど栄えていた村が崩壊しかかっていることを報告しています。

 さらに、オーストラリアのスタートアップのCEOが集まる会合でこの話をしたら、やはり同じ状況で、そういう駅馬車が停まっていたような町の多くは棄てられつつあるそうです。

 つまり、世界中の至るところで起きている現象なのです。人類全体の人口が減っているなら話は分かります。でも、皆さんご存知の通り、地球上の人口はこの数世紀かけて大きく増加しています。日本の江戸時代の人口は3000万人程度ですが、現在は約1億2600万人。ヨーロッパ各国も1800年と比べると2〜5倍超。移民国家アメリカは1800年の頃の約50倍の人口になり、今では3.2億人以上が住んでいます。

出典: 安宅和人『シン・ニホン – AI×データ社会における日本の再生と人材育成』
(NewsPicksパブリッシング 2020)図6-20

 その一方で、先程述べた限界集落において15歳以下の人口を見ると、日本の嬬恋、湯沢、羅臼といった全国的に有名な町ですら1平方kmあたり1〜2人になってしまっている。ちなみにこれは1学年の人口ではなく、0歳から15歳までを全部合わせた数字です。もはやこのままでは子育ては現実的に回らなくなっているというのは明らかです。人が育つにはどうしても人と人のインタラクションが必要ですから。

 人口が増えているのになぜこういうことになるか、といえば、先程述べたとおり、全世界的に人が急激に都市に向かっているからです。日本やアジアだけではなく、ヨーロッパでも、北米やオーストラリアのような移民国家でもです。「人がまともに住むことができる世界は都市だけ」というブレードランナー的な世界に向かう流れが強く起こっていると考えられます。

▲このままでは「ブレードランナー」的な未来に 
©iStock

出典: 安宅和人×Future Society 22 「ブレードランナー」な暗黒未来を迎えるのか、豊かな「風の谷」を創るのか 

テクノロジーの力を使うことで自然と共にもっと豊かに生きることはできるはず

 このように今のままの流れの中で人類がひた進む先には「都市集中型の未来」しかないようにみえる。それに対して、テクノロジーの力を使って、自然と共に豊かに生きる別の選択肢もありうるのではないか。それが「風の谷的未来」を創れないのか、という僕らの発想です。

 都市集中は、現在の社会システムのままであれば、経済的にも利便性や楽しさという視点でみても実に正しい。ただ、その後、厖大な放棄された土地は豊かな森に還るのではなく、原生林という荒れ地になってしまう。これは僕らが残したい未来なのか、ということです。その未来に対するオルタナティブを作りたいというのが基本的な考え方です。

 「未来」を作るためには何が必要になるか。僕の見解ではそこには3つの要素があります。まず一つ目は「夢」。これはどういう世界を作りたいのかのビジョンであり課題意識です。二つ目は「技術」。その課題を技術的にどうやって解決するか。そして三つ目が「デザイン」。それをどう全体として構想し、一つの形にパッケージし、形にするか。これを僕は「未来の方程式」と呼んでいます。検討メンバーとして加わっていた内閣府の知的財産戦略ビジョン*にも取り込まれたのでご覧になった人もいらっしゃるかもしれません。
* 内閣府知的財産戦略推進事務局 知的財産戦略ビジョン サマリー [2018/6/12] p.7参照

出典: 安宅和人『シン・ニホン – AI×データ社会における日本の再生と人材育成』
(NewsPicksパブリッシング 2020)図1-14

 例えば、先ほど挙げた人がいなくて回らない問題の多くについては、データ×AI、ロボティクス、大容量通信といった技術の発達で、解決に希望が見えつつあります。モノのピッキングなど、これまでは形式知に落とし込むことが困難だった知恵、すなわち暗黙知、の多くをキカイに教えることが可能になってきているからです。

▲人が足りない問題はもはや多くが解決できる
出典:Amazon Picking challenge 2016 (Team Delft)  

第1の課題:
地方の莫大な「インフラコスト」を
いかにオフグリッド型に切り替えるか

 他方、これらの人間がやっていたことの自動化だけでは解決できない問題群が少なくとも二つ見えてきています。

 その一つが、重すぎるインフラコストです。一人あたりの自治体予算は県レベルで見た場合、相当に違う人口密度に関わらずほとんど同じです。しかし、市町村の単位でみると大きく違います。

出典: 安宅和人『シン・ニホン – AI×データ社会における日本の再生と人材育成』
(NewsPicksパブリッシング 2020)図6-22

 これはいくつかの基礎自治体の住人一人あたりの年間の自治体予算ですが、目黒区は一人あたり34万円。それが同じ東京都でも奥多摩になると、一人あたり120万円もの公費を入れることでようやく回っている状況です。さらに、最近村おこしで有名になった島根県海士町は1人あたり259万円。4人家族だと約1000万円になります。特別会計まで加えると約1300万円。高収入世帯の年収くらいの金額をいれてようやく回っているわけです。

 これだけ見ると「海士町だけ特別ひどいのでは?」と思われるかもしれませんが、そうではありません。次の町村別の日本全体のデータを見てください。横軸は人口密度をログスケール(片対数目盛)にしたものです。これを見るとわかる通り、実際には一人年100万円の予算をこす自治体は数百、何割とあるのです。ここでは一人年800万円で切っていますが、それをこす自治体もあります。海士町の約260万円よりまだまだ上の自治体は少なくないのです。例えば東日本大震災で被災した東北のある町は一人800万円以上。4人家族だと年間3000万円以上の公費が投入されています。

出典: 安宅和人『シン・ニホン – AI×データ社会における日本の再生と人材育成』
(NewsPicksパブリッシング 2020)図6-23

 これらの予算の多くは当然のことながら主として都市の税収によって支えられているわけですが、仮にそれぞれの地域、少なくとも県単位で独立で回さないといけない状況になると相当に厳しい状況になるわけです。僕自身が地方のそのまた郊外の出身者なだけにこのことは中々しびれる話として受け止めています。

 では実際にはどのように予算が組まれているのか。海士町の一般会計予算を例に取ると、支出が約58億円なのに対して町の税収が約2億円。その他を含めた自主財源が約7.5億円で、それだと全然足りません。なので国から交付金を入れて、まだ足りないから県から入れ、それでもたりず国庫のお金を入れて、それでも足りないから町債という形で未来から借金して回しています。

 コストとしてはとにかく土木系が重い。道や港湾の維持に相当のお金がかかる。あとはヘルスケア、上下水道、消防、バス、公安……。要は町をrunするための、コンピュータで言えばOS的なインフラコストなんです。したがって、公債の中身もかつてのインフラ関連のコストで、何重にも重なってマトリョーシカ人形みたいになっている。

 このインフラコストを持続可能な規模に縮小していかないと、いつか都市が地方のコストを負担できなくなる日が来たときに、我々は本当に地方を見捨てるしかなくなってしまいます。そしてその日は、何らかの手を打たない限り、それほど遠いわけではないと考えています。

出典: 安宅和人『シン・ニホン – AI×データ社会における日本の再生と人材育成』
(NewsPicksパブリッシング 2020)図6-24

 国全体で見ると、土木費用には月2兆円近く投下されていますが、その中身はまさに社会インフラコストの集合体です。

 例えば道。今、診療報酬改定で薬の公定価格の引き下げが議論されていますが、道だけでもそれに匹敵する額が投下されており、約23〜24兆円のうち約3割が、道の費用です。SFC安宅研でのざっくりとした計算では舗装道路の建設には、土地代を含まずとも、1000mあたり国道が3億円弱、県道は約7000万円、市道も4000万円以上かかっています。20平方kmに1000人程度しか住んでいない地域でも、縦横に2本ずつ約20kmの道を引くだけで、場合によっては10億円単位のお金がかかってしまう。町単独では採算が合わないのは明らかです。またこれだけでなくアスファルトの引き直しなどメンテの費用もそれなりに掛かります。

 水も同様で、自然が豊かな地域は水自体の取得コストはほぼゼロで、浄水費用も相当に安い。しかし水道管、下水管を引いて維持する、配管、メンテにかなりのコストがかかります。土木の他にも、診療所や地域の中央病院、救急車などのヘルスケアコスト、ゴミ処理、下水処理も莫大であり、消防や治安システムの維持にもすごくお金がかかります。これらの解決は一筋縄でいかないことは明らかであり、構築・維持コストを抜本的に下げる仕組みを「系全体」として考える必要があります。

出典: 安宅和人『シン・ニホン – AI×データ社会における日本の再生と人材育成』
(NewsPicksパブリッシング 2020)図6-26

 そのために必要と我々が考えているのが、従来のインフラネットワークに依存することを前提としないオフグリッドな状態を前提にした解決法を見出していくことです。

 オフグリッドというのは、元々は家庭や地域の電力システムを一斉供給型の広域送電網(グリッド)に依存せず、自然エネルギーなどの自律分散型の電源によってローカルに賄っていこうという電力システムについての議論から出てきた言葉ですが、交通からごみ処理に至るまで大半のインフラ領域に通底する課題です。

出典: 安宅和人『シン・ニホン – AI×データ社会における日本の再生と人材育成』
(NewsPicksパブリッシング 2020)図6-27

 したがって「風の谷」プロジェクトでは、オフグリッドでありつつ、それぞれの領域での施策が動的につながり合ってダイナミックに進化する系に育っていくことを一つのターゲットに、各領域の具体的な課題整理を進めています。

 ただ、シンプルなオフグリッド化が厳しい課題領域もあります。谷的な空間に最も多く住まれている、我々の恩人であり国家功労者であるシニア層のQOLに直結する健康医療(ヘルスケア)システムです。

 人間も物理的な存在である以上、シニア層は若い人たちよりも多くのメンテを要します。循環器系の急病、あるいは脳内出血などの際などは事故発生時から20〜30分以内ぐらいに病院に辿り着けないと命は危険にさらされます。しかし、実際にはこれらの基幹病院から離れた土地の多くでは、その時間内に救急車でたどり着くことは難しい。

 これを本当に何とかしようと思うのであればドクターヘリを飛ばすしかない。しかしながらヘリは導入に約3億円、維持に年間2億円はかかると見られており、あまり現実的な解ではない。

 つまり、谷的な空間の多くは意図していないにもかかわらず、なかばすでに現代の「姥捨て山」状態になっているということです。この現実を日本人は見て見ぬ振りをしていて、答えがないまま放置している。これはとても残念かつ人道的に課題のある状況です。

 ちなみに救急車はこの20年を見ても、シニア層からの救急要請が約3倍になったため、他の年代の人も含めた出動回数が1.7倍以上に増えています。しかし隊数キャパがほとんど増えていないため、呼んでから病院到達までの時間がじわじわと伸び、すでに平均30分を超えています。既にイエローゾーン、レッドゾーンに入っている可能性があるのです。

 これを解決するには、例えば次のような対策が考えられるでしょう。

 まず、街の中心のヘルスケアセンター、基幹病院、の1キロ圏内に90歳以上、2キロ圏内に80歳以上の高齢者が優先的に住めるようにする。空き家や空きビルを借り上げたり、移住への税制ほかの優遇措置を設けたりすれば、恐らく5〜10年もすれば相当の居住シフトが現実に起きるでしょう。

 自動走行バスをそのエリアで周回させれば、医療施設に5分10分で通えるようになります。救急車やタクシーも片道5分前後で到着できるようになります。この方式であれば遥かに到達・搬送時間は短くなり、助かる確率も、救急車の回転数(時間あたりの搬送可能な患者数)も上がると考えられます。

 高齢者や高いサポートが必要な人がある程度以上の密度で、しかも都市部に住めば介護ケアの効率も劇的に上がる。経済的な合理性によって地域の高齢者のQOLは上がる上、インフラの負担も軽くなり、もともとこの方々が住んでいた廃村になるはずの集落も生き延びられる。この自動走行ルートを病院を中心に上から見ると菊の花のように見えるので、僕たちはこれを地方に「風の谷」を創ることと対になる施策として「菊の花」構想と呼んでいます。

 このように、「谷」的な空間に高齢者が住み、市内に若者が住むという現在の構造を逆転させていくことが「谷」実現にとって重要な打ち手の一つになる可能性が高いというのが僕らの見立てです。「都市とその周辺の谷的な地域をセットにトータルの系として捉え直す」ところに、このプロジェクトの肝の一つがあります。こうした施策をフェーズの初期の段階でやっておかないと、前節で話題にした系全体のインフラコストは軽くならない上、ヘルスケア領域を例に取れば「姥捨て山」問題も解決しないからです。

出典: 安宅和人『シン・ニホン – AI×データ社会における日本の再生と人材育成』
(NewsPicksパブリッシング 2020)図6-31

第2の課題:
いかに都市との関係を再編し
地方への「求心力」を発生させるか

▲才能と情熱が都市に流出し続けている(Photo by Kaz Ataka)
出典: 安宅和人『シン・ニホン – AI×データ社会における日本の再生と人材育成』(NewsPicksパブリッシング 2020)資料6-5

 自動化だけでは解決し得ないもう一つの重要な問題が、この谷的な空間に「都市の持つ利便性や楽しさに対抗しうる求心力」をどのように生み出していくかということです。ただ美しい森を作るだけでは我々現代人が時に帰ってくる場所、あるいは新しい生活を行う場所としては厳しい。こういう谷的な空間に課題解決のためのテクノロジーを導入して未来を作り替えていくためには、若い才能や面白い人たちの力が必要だからです。

 そのために、どういう社会を目指すのかの価値の明確化や、森の多様性の再生、「土地の記憶」の活用、あるいは建物や食などを含めた空間全体のプロデュースといった課題を、プロジェクトのコアメンバーの間で議論してきました。

出典: 安宅和人『シン・ニホン – AI×データ社会における日本の再生と人材育成』
(NewsPicksパブリッシング 2020)図6-32

 まず「風の谷」を謳うからには豊かな森などの魅力的な自然を活かすことが不可欠です。まずは地方の森の現状から見ていきましょう。これは僕らが合宿で訪れた奥会津の写真です。

▲奥会津の森にも多様性とサスティナビリティの問題が(Photo by Kaz Ataka)
出典: 安宅和人『シン・ニホン – AI×データ社会における日本の再生と人材育成』
(NewsPicksパブリッシング 2020)資料6-1

 一見すると『ブレードランナー』で描かれたディストピアや『ナウシカ』の腐海とは似ても似つかない、まったく問題のない風景のように見えます。

 しかし、ここではほとんどスギとヒノキしか生えていません。こうした生態学的な多様性の低い森が日本中に増えたことが、花粉症の原因の一つにもなっていることはよく知られています。また、これらの材木から抗菌作用の強いアロマオイルの原料が取れることからわかるように、野生動物であっても必ずしも快適に生きられない森になっています。

 戦後の復興期から高度成長期にかけて日本のいたる所で天然の森の木を伐採し、木材として生育しやすい樹種ばかりを植えた結果です。天然林は8割以上が広葉樹林で多種が共存する森ですが、現在、人工林は97%が針葉樹林。スギとヒノキで7割と、限りなく単層林に近くなっています。

 しかも現在はコストの低い輸入材に押されていることと、この国が多く必要とする広葉樹ではないために、広葉樹の木材が高騰する一方で、針葉樹林は木材としての利用価値も急激に下がっていっています。結果、採算が合わないので人間の手で間引かれることもなくなり、多くの森は放置されて荒れ果てていく一方です。

 需要に関しては、国内の木材消費の約4割は紙ですが、我々が日ごろ使う上質紙は広葉樹がないとつくれません。建材や家具の材料も高級なものは広葉樹です。針葉樹はダンボールなどの材料にはなるが上質紙に適していません。このように系がうまく回りにくくなっているのです。

 こうした森林の多様性の低下に伴う、森の生態学的、経済学的な価値の低下は日本のみならず、ヨーロッパでも広く起きています。グローバルな課題なのです。谷的な空間の求心力を再生させていくためにも、多様性に満ちた豊かな森に再生させていく必要があります。

 続いて、こちらは同じく僕たちが合宿で視察してきた岩手県の遠野での写真です。

▲遠野の土地の記憶を活かす(Photo by Kaz Ataka)
出典: 安宅和人『シン・ニホン – AI×データ社会における日本の再生と人材育成』
(NewsPicksパブリッシング 2020)資料6-7

 この土地は日本民俗学の樹立に深く関わった柳田國男の『遠野物語』で有名ですが、どんな地方にもそれぞれの「土地の記憶」があります。ここは1000年以上馬を育てている、日本屈指の馬産地の一つです。11個ある神社の全てに駒の字が付く、馬を本当に大切にしてきた土地です。

 僕らはここで2〜3時間、馬と寄り添い、たわむれてきたのですが、人間よりも大きな動物と触れ合うことから得られるものはとても大きかった。もちろん都市の利便性はないけど、それとは全く異なるこういった土地の記憶、文化、レガシーを活かしながら求心力を生み出していくことは、できるはずです。

▲奥会津の「土地と食」をプロデュース(Photo by Kaz Ataka)
出典: 安宅和人『シン・ニホン – AI×データ社会における日本の再生と人材育成』
(NewsPicksパブリッシング 2020)資料6-8

 さらには土地ならではの「食」を含めた、空間全体のプロデュースが必要です。地元にある昔ながらの食材や調理法をそのまま活かした漬物や煮物など、いわゆる郷土料理を打ち出していくことは大事ですが、よほど好きな人でなければ、そればかりだと3日も食べたら飽きますよね。

 土地の記憶を活かしつつモダナイズされた、ライフスタイルそのものの現代的な再設計という視野から、その土地その土地の食文化をアップデートすることにも取り組みたいと思っています。同時に食とはなにか、料理とは何を意味しているのか、から問い直す取り組みも検討をはじめています。環境負荷が高すぎず、価値のある食をゼロベースで問い直したいのです。

 これらの要素を全部組み合わせながら、新旧の建物や街並みなど、空間的なプロデュースについても考えていかなければなりません。

数百年続く運動論の最初の型を
立ち上げるための「風の谷」憲章

 先に述べた通り、都市集中は相当に強いトレンドであり、現在の社会の構造、エコノミクスを前提とすれば論理的に当然の帰結なので、そう簡単には変えられるとは思っていません。

 それでも、数百年もあれば安定的に回るオルタナティブを生み出せるのではないか、というのが僕らの考えです。現時点での一過性の答えを求めても意味がない。継続性がないとオルタナティブ、答え、とは言えないからです。常に進化をし続ける大きな運動論を立ち上げないといけない。そのためには、都市集中型の文明では当然とされてきた全ての価値を根本的に問い直していくことが必要になります。

 人口減少の問題はテクノロジーで解決できるし、定住を前提とする必要もない。道や水道、電気といったインフラの敷設や運用を、必ずしも中央集権的な仕組みに依存する必要だってない。

 また、風の谷は一つに限らず、無数にあってもいい。これは世界中で発生している深刻な問題なので、国外からもいろいろなインタラクションが起こりうると思っています。

 そうした全ての価値を問い直していく姿勢を数多くのスペシャリストたちが共有して協働していくため、プロジェクトのコアメンバーでの議論の過程で出てきた考えを、編集者の岩佐文夫さんと宇野常寛さんを中心に「風の谷」憲章という行動指針をとりまとめて頂きました。

 ただ、憲章と言っても国民国家の憲法や国連憲章のようにトップダウン式に普遍的な価値を条文として定義して固定化しようというものではなく、どちらかというとオープンソース運動型のスタイルに近い、いつまでもバージョン1にならない永遠のβ版をボトプアップ式に更新し続けていこうという考え方で記述されています。つまり「風の谷」についての主張を定める一方で、常に「ただし」と相反する要素を受け容れる留保をかけ続けていく文体に、その特徴があります。

 以下、その一部を抜粋してご紹介しましょう。

●前文的なもの
人間はもっと技術の力を使えば、自然と共に豊かに、人間らしく暮らすことができる空間を生み出せる。経済とテクノロジーが発展した今、我々は機能的な社会を作り上げることに成功したが、自然との隔たりがある社会に住むようになり、人間らしい暮らしが失われつつある。これは現在生きる我々の幸福だけの問題ではない。これからの世代にとってのステキな未来を創るための課題でもある。「風の谷」プロジェクトは、テクノロジーの力を使い倒し、自然と共に人間らしく豊かな暮らしを実現するための行動プロジェクトである。

●「風の谷」はどんなところか
・よいコミュニティである以前に、よい場所である。ただし、結果的によいコミュニティが生まれることは歓迎する。
・人間が自然と共存する場所である。ただし、そのために最新テクノロジーを使い倒す。
・その土地の素材を活かした美しい場所である。ただし、美しさはその土地土地でまったく異なる。
・水の音、鳥の声、森の息吹……自然を五感で感じられる場所である。ただし、砂漠でもかまわない。
・高い建物も高速道路も目に入らない。自然が主役である。ただし、人工物の活用なくしてこの世界はつくれない。
・大きさは、オープンで顔が見える規模である。ただし、大きさを制限するものではない。
・商業看板がない。ただし、商業施設や企業からの協力を阻むものではない。
・土産物屋がない。ただし、ここで手に入れたくなるものが無数にある。

●「風の谷」はどうやってつくるか
・国家や自治体に働きかけて実現させるものではない。ただし、行政の力を利用することを否定するものではない。
・「風の谷」に共感する人の力が結集して出来上がるものである。ただし、「風の谷」への共感以外は、価値観がばらばらでいい。
・既存の村を立て直すのではなく、廃村を利用してゼロからつくる。ただし、完全な廃村である必要はない。
・「風の谷」に決まった答えはない。やりながら創りだしていくもの。そのためには、行き詰ってもあきらめずにしつこくやる。ただし、無理はしない。
・「風の谷」を1つ創ることで、世界で1000の「風の谷」が生まれる可能性がある。ただし、世界に同じ「風の谷」は存在しない。

「風の谷」という希望を増殖させていくために

▲「風の谷」的未来に向けて(Photo by Kaz Ataka)
出典: 安宅和人『シン・ニホン – AI×データ社会における日本の再生と人材育成』
(NewsPicksパブリッシング 2020)資料6-3

 以上のように、日本と世界の都市型の文明への分析を出発点に、僕たちは約2年間ほどコアメンバーを中心とした議論や視察などの情報収集を継続的に積み重ねてきました。結果、「風の谷」というポジティブな未来像の輪郭を、おぼろげながらも描くところまで辿り着きました。ここまでの議論の詳細については、2月20日にNewsPicks Publishingで刊行した僕の新著『シン・ニホン』でも別の角度から展開しているので、ぜひそちらもご参照ください。

 では、「風の谷」的な未来像を増殖させていく、その第一歩にどうやって踏み出すのか。

 まずは「風の谷を創る」運動論の第0次サミットを、クローズドですが小田原で行おうとしています。小田原という現実的な空間で、風の谷のビジョンを一度しっかり考えてみたい。各界のヤバい人を集めて、小田原の100年後あるいは200年後はどうあるべきかを、あらゆる要素を繋ぎ合わせて考えてみる。何に答えを出さなきゃいけないかそこで見えてくるでしょう。

 これは一発で答えが見つかるようなものではないので、問いが問いを生み出すような仕組みで回していくしかない。こうしたブレストはプロジェクトメンバーの間では何度も積み重ねてきましたが、このサミットでは外部の人も加えて、小田原という個別具体の土地の文脈に即して、より激しくやってみたい。その土地の濃い人たちの話を聞きつつ、いろいろな立場の人たちが混さり合う状況下で考えてみたい。

▲「小田原サミット」の目的

 具体的には、熊谷玄さんが我々がこれまで揉み込んできたキーワードをカード化してくれたので、それに使って参加者の皆さんに考えてもらう形でやれないかと考えています。模型を使うことも考えていて、それらを持ち寄った議論を小田原で一泊二日のスケジュールでやるのが現段階の基本構想です。

▲熊谷玄さん作成の「風の谷」キーワードカード

 なぜ小田原から実験的な検討を始めようと考えているのかと言えば、非常にエッジの効いた首長であり本運動論に深く賛同していただている加藤憲一市長がいらっしゃるからというのが第一の理由です。新幹線も止まり、確かに駅前はかなり発展していますが、山側はかなり谷的な空間が広大に広がっているという都市と谷がセットになっているという立地も魅力的です。また僕が教員として働いている慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス(SFC)からそれほど遠くないことも魅力です。

 このような小田原のような意欲的な自治体とのコラボレーションのほか、「風の谷」憲章でも項目化しているように、次のステップとしては全国の「廃村、もしくは廃村間際な空間」で未来を生み出すための試みを広げていければと思っています。小田原は何十、何百と広げていく実験地の第一号、ある種のマザー実験地、として考えています。

 「廃村、もしくは廃村間際な空間」でと考えているのは、歴史が深く、今も多くの方が住んでいらして、それなりに回っている土地は地縁、血縁、風習が強く、ゼロベースの検討を行うと、様々なご迷惑を掛ける可能性のほうが高いと考えているからです。それは全く我々の望んでいる姿ではありません。

 だからいずれ廃村になる、今までのやり方では答えが無くなってしまったような土地であれば外部からの知恵や力も合わせて考えることはずっと容易なのではないかと。何かやらないと消えてしまう地域であれば、あらゆることを試してみようという気概が生まれやすい。外から若い人が来てくれ仕掛けることにも比較的前向きで、本当に面白いことができる可能性が高いのではないかと思っています。

 幸いこの国には、そういう美しく、歴史もあるが、既存の方法論では回らなくなりつつある地域、集落が潜在的には既に数百はあると考えられ(市町村合併で見えにくくなっているだけという見立て)、遠からず千近く出てくると考えているので、実験地には事欠かないはずです。

 0番地点が小田原としつつも一旦始まれば、未来のために色々試してみたいと賛同する土地を募り、10、100、1000と検討する場所と仲間を広げていきたい。資金集めも含めて、やらなければいけないことはたくさんあるので、ハードコアで熱くて面白い人たちにお声がけしています。

 今は我々も含めて全員ボランティアで取り組んでいる手探りのプロジェクトですが、やがては僕らが放っておいても全国各地の事情に合わせて、様々なスタイルの風の谷が勝手に増殖していくようになることが大事です。

 そういう未来に向けて、お金のある人にはお金を、知恵のある人には知恵を、時間がある人には時間を提供してもらいつつ、まずは自分たちがダイナミックに楽しみながら最初の道筋をつけていきたいと思っています。このための法人もまもなく設立する予定です。

[了]

この記事は中川大地と菊池俊輔が構成し、2020年3月2日に公開しました。