“エビデンス主義”の限界を乗り越える

 「フェイクニュース」はもはや、連日メディアで見かけることばになりつつある。2021年1月には、ドナルド・トランプの扇動が引き金となり、アメリカで国会議事堂襲撃事件が勃発。「トランプは巨悪と闘っている」とみなす論「QAnon」を唱える支持者たちが主導し、紛争は死者を出すほど激化した。フェイクニュースは、生命にかかわる問題となっている。

 そうした「見たいものを見て、信じたいものしか信じない」態度を「陰謀論」と断罪し、ファクトやエビデンスにもとづいた“科学的”な言論活動を推し進める者たちもいる。筆者(小池)は彼らの取り組みを支持している。出口が見えない中で社会正義を貫き通す彼らには敬意を抱いているし、微力ながら一助になりたいと考えている。

 しかし、本当に「正しさ」だけで状況を打開できるのだろうか? アメリカの社会心理学者ジョナサン・ハイトは「まず直観、それから戦略的な思考」と、感情が理性を支配する人間の性質を喝破したが、誤りを「誤り」と指摘するだけで陰謀論者が聞く耳を持つならば、すでに状況は好転しているだろう。

 そんな行き詰まった現代の情報環境に対して、科学的アプローチの「気持ちよさ」を通じて一石を投じる人物が、石田健さんだ。

 編集長を務めるニュース解説メディア『The HEADLINE』とYouTubeチャンネル『イシケンTV』の運営を軸に、外部メディアでの執筆・講演活動も交えながら、「News worth reading.(読む価値のあるニュース)」を世に届けている。『The HEADLINE』は主に政治やテクノロジー、社会問題に関するテーマを扱っており、若手の人文・社会科学系の研究者やメディア業界関係者らによる、学術的な知見やたしかなファクト、統計情報に基づいた骨太な解説記事が評判だ。有料記事の購読やクローズドのオンラインコミュニティへの参加を軸とした、メンバーシップ制度によるマネタイズも模索している。

 もともとは歴史研究者を志して大学院に進学しながら、デジタルメディア企業を起業し、東証一部上場企業に企業売却した石田さん。現在も個人でベンチャー投資などを行いながら、メディア運営も手がけている異色の経歴を持つ彼を、一言で形容するのは難しい。「ニュース解説者」を名乗っているが、YouTuber、経営者、編集者としての顔もあり、ジャーナリスト的な一面も持っている──まさに、一つの領域にとどまらずに活動している〈横断者〉といえるだろう。

直感に反する「解説」はおもしろい

 学術的知見やファクト、データにもとづくニュース解説──そう聞くと、陰謀論やフェイクニュースを撲滅すべく、社会正義を貫く志士の姿が頭に浮かぶ。しかし、そのイメージは早々に裏切られた。石田さんは徹底して「おもしろさ」に駆動されていたのだ。

「フェイクニュースについて問題意識を持ったり、昨今の言論状況を憂いたりして、QAnon的なものと戦おうとしている方々がいますよね。もちろん、それは本当に大変な仕事で、取り組まれている方々のことは心から尊敬しています。でも、僕は昔からそうしたことにはあまり興味がなくて、社会正義のためにものを書いたり発信したりしているつもりはないんです。単純に『こっちがめっちゃおもしろい』、なおかつ世の中の役に立ちそうだから流通させたい、それ以上でもそれ以下でもありません」

 石田さんが語る「おもしろさ」とは、「反直感的であること」だ。そこに、彼があえて「ニュース解説」を手がけている理由が隠されている。彼のような才気ある人物が、インディペンデントなメディアを立ち上げること自体はめずらしくないだろう。しかし、独自のオピニオンを発信していくことではなく、一見すると無味乾燥な「ニュース解説」を主軸としているのはなぜなのか?

「『一般にはこう思われているけど、実は直感に反してこうだった』という“反直感”的な解説が、おもしろいと感じるからです。たとえば、新型コロナウイルス感染症のワクチンの臨床実験で、あんなに早く承認がおりたのはなぜだと思いますか? ものすごくざっくり言えば、普段は1回治験が終わるごとに予算が切られるところを、政府がリスクを取って3回分の大規模治験の予算を承認したからなんです。このように、日頃なんとなくニュースを眺めているだけだとわからない説明を聞くのって、おもしろくないですか? このおもしろさって、何物にも代えがたいんですよね」

 知的快楽を重視するからこそ、石田さんは「オピニオン」への関心があまり高くないのだ。大前提として、オピニオンの意義や必要性については認めたうえで、その限界についてことばを続ける。

「めちゃめちゃおもしろいオピニオンって多くないと思うんですよ。自分の学がないからかもしれませんが、オピニオンは『A』もしくは『意外にもB』、そして『AとBの中庸のC』といったフォーマットにおさまりがちな傾向があると思っていて。世の中に対して言いたいことがあって、それを表現するために知識を引っ付けてオピニオンとしてアウトプットすること自体を否定するつもりは全くないのですが、それだと知的ブレークスルーとしては限界があり、あまりテンションが上がらないんです」

陰謀論と向き合っていくことのむずかしさ

 社会正義ではなく、知的快楽の追求を、活動の主軸に据える石田さん。反直感的な説明がもたらす快楽は、限られた人だけが感じる類のものではないと彼は考えている。

「多くの人がわざわざ大変な受験勉強をしているのですから、大なり小なり、その途中に1回ぐらいは気づくと思うんですよ。『これ意外におもしろいな』って。そうした人たちに向けたコンテンツが、現状では十分に提供されているとは言い難いので、そこをカバーしていくつもりです。『NewsPicks』の有料会員数が10万人を超えているのですが、感覚値として、しっかりとマーケットを広げていけば、そのくらいのレベルは目指せると思っています」

 もちろん、QAnonに代表されるような、陰謀論がはびこる昨今の言論状況を放置していいと考えているわけではない。『The HEADLINE』を中心に、知的好奇心を満たす「理性的」なコンテンツを提供するかたちでアンチテーゼを提示する一方で、『イシケンTV』やTwitterでの発信、『AbemaTV』への出演などを通して、「感情的」なメディアでの直接的なアプローチもとっている。

「いくら『The HEADLINE』で真摯にコンテンツを積み上げつづけても、基本的には“まともな人”にしか読んでもらえない。『よくわからないけれど、イシケンが言っているなら聞くか』くらいのスタンスの層にもアプローチするために、もう少しマス向けの発信もしているんです。少しよくない言い方かもしれませんが、たぶん陰謀論にハマる人って、そこそこ知的好奇心があるはずなんですよ。『何かを学びたい、でもお金を払ったり難しい本を読んだりはしたくない』という人たち、比喩的に言えば池上彰さんの番組が好きなようなタイプの人たちに、現状ではネット右翼的なものが接近してしまっている。YouTubeやTwitterなどでの発信で、そこをリプレイスしていきたいと思っています」

 とはいえ、やはり石田さんの最大の関心事は「陰謀論の撲滅」にあるわけではない。「きれいな答えはないのですが」と前置きしつつ、陰謀論と付き合っていく難しさを語った。

「本音を言えば、陰謀論に対して真面目に取り合うのは馬鹿らしいし、メディアもそうしたトピックに時間を割くべきじゃないと思っています。でも一方で、アメリカの国会議事堂襲撃事件をはじめ、看過できない実害が出てしまっている。ですから、無視するわけにはいきません」

 こうしたジレンマについて考える際、石田さんが想いを馳せるのは、2004年に33歳で早逝した歴史学者・保苅実だ。保苅はアボリジニの研究に取り組んでいた。アボリジニたちは、実際にケネディは来ていないにもかかわらず、「ケネディが村に来て土地の所有権を保証してくれたのに、オーストラリアの白人が奪っていった」と語ったという。

「科学的に見れば、アボリジニの語りは単純に『間違い』であるわけです。でも、ここで『お前らは間違っている』と断罪すると、西洋中心主義的な態度になってしまう。こうした語りといかにして向き合っていくべきかを、保苅は研究しているわけですが、あまり美しい答えはないんですよ。他方で、保苅は当時蔓延していた歴史修正主義には、かなり批判的な目を向けています。『南京大虐殺はなかった』『ホロコーストはなかった』といったレベルの議論に、時間は使いたくないと。そうではなく、アボリジニの語りのような、繊細な問題に向き合うことにこそ歴史家の実践の時間は割くべきだと。僕はこの保苅の気持ちがよくわかるんです」

アカデミズムとマスの“交点”としての「ニュース解説」

 反直感的な快楽をもたらすコンテンツを追求すると、いわゆる「調査報道」と近い様相も帯びてくる。それゆえ石田さんは、「研究者の卵」の力を借りることも重視している。『The HEADLINE』には、彼と同世代の人文・社会科学系の若手研究者による寄稿が多い。新聞社をはじめとする国内の大手マスコミは、アメリカやオランダをはじめとした欧米諸国に比べると、まだまだ調査報道にはあまり力を入れていない。「能力や体力の問題というより、そうしたコンテンツづくりへのインセンティブ、それに適した組織カルチャーや育成システムがないのだと見ています」と石田さん。

 他方、「科学的な方法論や手続きを知っている若手研究者は、すでにそうしたコンテンツを作る能力を持っているはずだ」とも見ている。しかし、これまではアウトプットのかたちが基本的には論文しかなかった。若手研究者の能力を活かせるメディアをつくれば、反直感的な快楽を生むコンテンツが生み出せるのみならず、研究者のキャリアパスを広げる一助にもなるだろう。

 「研究者の知見を活かしたメディア」と聞くと、『SYNODOS -シノドス-』をはじめとした、アカデミック・ジャーナリズム系のメディアを想起するかもしれない。石田さんもそうした先達の挑戦を敬意を持って見てきたからこそ、あえて別の道を取ることに決めたという。

「僕が大学生のときに『SYNODOS -シノドス-』が登場して、すごくいいなと思って見ていました。ただ、やはりアカデミックな領域でサステナブルなビジネスとして成立させていくのには、マーケット規模に限界がある。でも、だからといって俗っぽい方向に寄せすぎると、コンテンツの質が落ちてしまいます。これらを両立させる、バランスの良いかたちを模索したとき、“交点”として思い浮かんだのがニュースだったんですよ。『ハフポスト』や『BuzzFeed』が、ローンチ直後はけっこう歴史学者に書いてもらって読まれていたのを見ていたこともあり、ニュースならいけるのではないかと」

 また、「説明」のしかたとして、石田さんはデータやファクトにもとづいた量的なスタイルを主軸に据えている。そのスタイルは、彼が感じ取っている「世代的な変化」に鑑みれば、ごく自然なことだと見ているという。

「僕の同世代、つまりいま30代前後の人文・社会科学系の優秀な研究者は、科学的アプローチで研究を進め、欧米で博士号を取ってポストを得るケースが増えています。上の世代だと、国内でどちらかといえば質的な議論をするスタイルが主流だったと思うのですが、流れが変わりつつあるのを感じます。同世代の研究者とも、よくそんな話をしますね。もちろん、だからといって上の世代と優劣をつける気持ちはなく、先輩方が道を切り拓いてくれたからこそ、いまこうした方向性に向かいつつあるだけの話だと思っています」

 質的な議論から、量的な議論へ。この変化は、かつて政治学という学問が歩んだ道筋にも重なるという。「丸山男を読んで近代批判をする」ことが主流だった政治学も、1987年に学術雑誌『レヴァイアサン』が創刊されて以降、メインストリームが因果的推論にもとづく議論に移り変わっていったからだ。

「世界に世界を説明する」研究者を志していた幼少期

 ひたむきに「反直感性」を追求する石田さん。彼はいかにして、この快楽に取り憑かれるようになったのだろうか。それは昨日や今日のことではなく、もとをたどれば幼少期、研究者を志したときにさかのぼるという。

「幼稚園時代、若田光一さんに憧れて、宇宙飛行士になることを夢見ていたんですよね。ただ、視力が悪いとなれないという噂を耳にして、ショックを受けまして(笑)。でも同時に、『宇宙飛行士を飛ばす人たち』が集うNASAというものがあり、そこに入るためには『博士』にならないといけないらしい、と知ったんです。そのときから、ぼんやりと研究者を志すようになりました」

 自宅にあったさまざまな歴史の本を手にとったのをきっかけに、次第に歴史への興味を強めていった石田さんは、小学生のときには歴史学者を志すように。とりわけ、早稲田大学の付属高校に通う高校生だったときに出会った一冊の書物が、「反直感性」の快楽に目覚めさせてくれた──アメリカのジャーナリストであるチャールズ・C.マンが著した『1491―先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見』である。

 クリストファー・コロンブスが1492年に到達する前のアメリカ大陸について、どんなイメージを持っているだろうか? 「少数のネイティブ・アメリカンだけが暮らしていて、文化もあまり発達していない」といった印象が一般的かもしれない。しかし、最新の発掘と研究では、そうした像は否定されつつあるという。いくつもの都市が築かれ、ヨーロッパより大きな人口を擁し、さまざまな言語と文化が入り乱れていたアメリカ大陸の実像について描かれているのが、この本だ。

「教科書に書いてある内容が覆され、アップデートされていくのが、すごくおもしろいなと思ったんです。定説が覆り、一般的に思われているイメージが大きく変わっていく体験は、とても衝撃的でした」

 また、この頃に出会った文章で、彼の人生を大きく左右したものがもう一つある。20世紀のフランスにおける歴史学の潮流であるアナール学派の論文を集めた叢書『アナール 1929-2010 歴史の対象と方法』の第1巻におさめられている、歴史研究者リュシー・ヴァルガによる論文「フォラールベルク州のある谷間の村 ──今日までの変遷について 」(1936年)だ。オーストリアの山間で、ナチズムが「ドイツの最新の考え方」としてもてはやされながら広まった過程を、明らかにしたものである。

「『ヒトラーの演説やユダヤ人への不満によってナチズムが広まった』といった通俗的な理解とはまったく違う説明で、これはえらいおもしろいなと思ったんです。そして驚いたのが、リュシー・ヴァルガは歴史家ではありながら同時代の人で、リアルタイムでそれを見ていたということ。これはもう歴史学であると同時に、ジャーナリズムでもあるなと。こうした現代史家的な仕事を自分もやりたいと、強く思いました。この本の帯に書かれていた『世界に世界を説明する』という言葉は、それ以降ずっと僕の行動指針として大切にしています」

 そうして歴史学への関心を確固たるものにした石田さんは、早稲田大学の文学部へ進学。史料批判にとどまらない研究手法に関心を抱き、大学院は政治学研究科に進んだ。石田さんの活動を貫くキーワードである「反直感性」という言葉に出会ったのも、この頃である。

「大学院では、論文を書くときに『反直感性を大事にしろ』と言われるんです。直感に反する結果が出たほうが、研究としてはおもしろいのだと」。

 大学院時代の指導教官は、日本政治思想史の研究者である梅森直之。石田さん自身は、「近代」へと移行していくさなかにあった明治期の日本における、思想や実践の変容を研究した。修士論文のテーマは、横浜港の居留地エリアに住む、清国人に対するイメージの変遷について。

「中国の人って、江戸時代までは『孔子の国』の人として、ものすごく尊敬される対象だったわけですよ。それが、明治に入ると急に見下される対象になっていく。その要因として、よく教科書などでは日清戦争(明治27-28年)での勝利が挙げられるのですが、明治期の新聞などを読んでみると、実際にはすでに明治に入って数年で侮蔑対象になっていたとわかる」

 では、中国へのイメージの変容をもたらした、実際の要因は何だったのか? それが石田さんが修士論文で取り組んだ問いであり、まさに「反直感的」な結論が導かれていく。

「上からの変化と下からの変化、大きく二つの要因があります。上からの変化としては、福沢諭吉や中江兆民などの議論に代表されるように、対外膨張を正当化する思想が練り上げられていた。下からの変化としては、西洋人が多く集うイメージがある居留地において、実は最大の人口割合を占めていたのが清国人だった点が大きく影響しています。その日々の暮らしや西洋人からの扱いを見るうちに、簡単に言えば『あれ、実は清って大したことないのでは?』というイメージが醸成されたんです」

知を生み出し、流通させ、そして換金する

 ただし、ここまでの経歴だけ見ると、一般的な「研究者志望の若者」のようにも思える。彼を〈横断者〉たらしめるのは、ここから紹介する、もう一つの側面があってこそだ──「起業家」としての一面である。

 2011年9月、学生だった石田さんは、アート作品解説サイトを運営するアトコレを創業。共同創業者は、かねてからの友人だった中川綾太郎(現・newn代表取締役)と成田修造(現・クラウドワークス取締役)。いまや国内のスタートアップ関係者で知らない人はいない大物たちによる、若き日の学生起業だった。

「突き詰めても、起業した確固たる理由はなくて。当時はiPhoneが日本に普及しはじめた頃で、シリコンバレーに憧れた学生たちが起業するブームがあり、それに乗っかったかたちです。『賢いやつは起業する』みたいな、勘違いをしていましたね(笑)」

 もちろん、研究者志望であることに変わりはなかったという。ただ、研究をより一層突き詰めていくためにも、その「外」に出る必要性も感じていた。

「そもそも、研究者は食べていくのが難しい職業だということがわかってはいたので、それへの対策として起業した側面はありました。『金なんてどうでもいいから研究者になりたい』とは言えなくて。研究が社会に役立つことは確信していたのですが、それにもかかわらずこんなにも換金できないのは、いかがなものかと。自分の興味関心をいかにお金に変えるのか、というテーマは、大学から大学院までずっと考えていました」

 加えて、「専門知を何らかのかたちで実社会に還元している生き方」への憧れも、石田さんを起業へと駆り立てた。

「たとえば、ニーアル・ファーガソンというイギリスの歴史学者。彼は歴史家としてもよく知られている一方、マスメディアでの発言も積極的にしていたんです。あとは、アメリカの政治学者であるイアン・ブレマー。彼は政治学者でありながら、コンサルティング会社のユーラシアグループを経営しています」

 アトコレ自体は、見切り発車の学生起業だったこともあり思うようにいかず、創業メンバーはそれぞれ別の道を歩むことに。中川はその後ペロリを創業し、キュレーションメディア『MERY』を立ち上げ。成田はクラウドワークスに入社して頭角を現し、若き取締役として代表の吉田浩一郎を支えた(ちなみに決して仲違いしたわけではなく、二人とは現在でも親しく、一緒にベンチャー投資も手がけているという)。

 そして石田さんは、ただ一人アトコレに残り、企業のメディア運営支援を手がけるデジタルメディア企業として成長させる。後に社名をマイナースタジオに改名し、2015年にはデジタルマーケティング事業を手がけるメンバーズによる買収へと漕ぎ着けた。

「メディアって結局、知の生産と流通をしているわけじゃないですか。その現代的なかたちとしては、やはりデジタルメディアになるのではないかなと思いまして。ただ、いきなりニュース解説をやっても収益性が高まるイメージがなかったので、まずはメディアを作ってパッケージ化して売る事業を手がけることにしました。知識を生み出して流通させ、それをお金に換えることに興味があったんです」

 当時、企業としてロールモデルにしていたのは、アメリカのデジタルメディア企業であるVox Media。ニュースメディア『Vox』やテックメディア『The Verge』など複数のバーティカルメディアを運営しながら、メディア向けのCMSシステムの販売など企業向けの事業も手がけている。BtoC向けのメディアとBtoB向けのシステム、両者を軸として持つことで、企業としての収益性を高めているわけだ。このモデルを念頭に置きながら、マイナースタジオでも、BtoCとBtoBの両輪でメディア事業を展開した。

そのほうが反直感的──彼が〈横断〉しつづける理由

 研究と起業、メディアビジネスと領域を横断してきた石田さんはいま、『The HEADLINE』と『イシケンTV』を主軸とした、新たな挑戦に乗り出している。なかでも、メディアの有料課金モデルは、いまこそが挑戦すべきタイミングだと感じとっているという。

「ネットワーク広告にせよアフィリエイトにせよ、広告モデルの限界が見えはじめてきたことで、サステナブルなメディアのビジネスモデルとして有料課金に注目が集まりはじめています。『ニューヨーク・タイムズ』をはじめ、日本でも『日本経済新聞』や『NewsPicks』など、成功例がどんどん出てきている。ただ、国内では経済メディアが中心で、『The HEADLINE』のように新聞のリプレイスを目指す総合メディアの成功例はまだまだないので、僕はそのポジションをとりたい」
 
 まだ成功例がないということは、難易度が高いことの裏返しだろう。それでも石田さんは、「自分こそが」という勝算があると語る。なぜだろうか?

「根本的には、『実は多くの人が反直感的なコンテンツを読みたいのでは?』という仮説があるからです。そして、そのコンテンツをたくさん出し続けるためには、利益が出てサステナブルな事業モデルになってなくてはいけない。ただ、こういうことを考えている人は、ふつう会社を経営しようなんて思わないはずなんです(笑)。みんなやらないけれど、実は世の中の人がもっと知的に面白いコンテンツを求めている。そのギャップを埋めたら、そこそこおもしろい会社やプロダクトが作れると思っているんです」

 「おもしろさ」に加え、自身が挑戦することについて、使命感のようなものも感じ取っているという。

「はっきり言えば、僕はある程度事業をやってきて、ものすごくお金に困る可能性は少ないでしょう。何となくそれっぽいことを書いて食っていくほうが、ラクだし気持ちいいかもしれません。でも一方で、せっかく国のお金を使って優秀な研究者を育成しても、活躍する場所がない現状がある。国にとっても、完全にお金を無駄にしているわけです。だからこそ、この人たちが行く場所を作り、そこから良いコンテンツを生産・流通させて、かつプロフィッタブルな状態を成り立たせる必要がある。それをある程度解像度の高い事業感覚を持ってできる人は、たぶん日本にもそんなにいないはずで。そこが自分の強みだと思っていますし、せっかく強みとして持っているのだから、やる責任はあると感じています」

 そこでふと、石田さんが来ているTシャツに「Capitalism(資本主義)」と印字されていることに気がついた。聞くと、特注で作ったそうだ。「今後これを推していこうと思いまして(笑)」と冗談めかすものの、そこには石田さんの思想が端的に表れていると感じた。

 自ら「僕みたいな人はふつう経営しようなんて思わない」と認めるように、石田さんの活動はきわめて〈横断〉的だ。最後に「なぜそこまで〈横断〉できているのか?」と問うと、今回のインタビューで何度も出てきたキーワードで総括してくれた。

「うーん……そのほうが“反直感的”だからですかね(笑)。『こいつYouTubeやってるのに、なんかすごいまともな記事書いてるな』と思われる存在になったほうが、おもしろいじゃないですか。規範を逸脱させられるというか、ステレオタイプを崩せるというか。もちろん、領域を横断するということは、よくない方向性にも傾きやすい。個々の領域の専門家が長い時間をかけて取り組んでいる問題において、簡単に成果を出せるわけがない。でも、中には僕のように反直感的なアプローチをするやつがいてもいいじゃないかと、率直に思います。そっちのほうがいいとか、そっちが新しい時代のあり方なんだとは、特に思わないですが、そういうやつがいてもいいし、僕はそのほうがおもしろいと思えるタイプですね」

 筆者は一読者・視聴者として、石田さんの送り出すコンテンツを愛好してきた。さらに、彼がファクトやエビデンスといった“科学的”アプローチを重視するスタンスも、フェイクニュース問題が深刻化している現代に必要なものだと思っていた。もちろん、その認識にいまも変化はないが、こうしてじっくり話をうかがい終えて、もともと抱いていた印象は大きく変わったと感じている。彼を駆動していた最大のエンジンは、「正しさ」ではなく「おもしろさ」だったからだ。「こっちのほうがおもしろい」──“科学”がもたらす快楽こそが、現代の情報環境の息詰まりを打開する、一つの突破口になるかもしれない。

[了]

この記事は小池真幸が聞き手・構成をつとめ、2021年4月15日に公開しました。
photo by 高橋団


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