2021年8月15日、タリバンによるアフガニスタン全土の実効支配実現という形で終結したアフガニスタン紛争。現地には数百名の自衛隊員が動員され、日本国も事実上の「交戦国」となりましたが、そのことが国内世論で問題化されることはほとんどありませんでした。
「遠い国の問題」では済まされない一連の事件について、‟紛争解決請負人”である伊勢崎賢治さんに行ったインタビューの後編をお届けします。
端的に言うとね。
アフガニスタン紛争からの撤退をめぐる日本国の対応
──今回アフガニスタンへ自衛隊を出動させた結果、日本は事実上国際法的には交戦国になったわけですよね。その時点で腹を括って、アフガン人協力者にビザを出すときには出すということまで含めて動くべきだと思うのですが、そういう議論にはならなかったのですか?
伊勢崎 例えば同じアジアの国として、韓国政府は約300人のアフガン人を救出しましたけれど、救われた人々は韓国の中でどういう扱いを受けていると思いますか? 名誉功労者、つまりアフガンの建国のために、韓国政府と一緒に働いてくれた名誉ある市民として、特別措置で定住させています。一方日本では、既存の「招聘ビザ」を申請するしか手段がなく、「教員だから呼びました」という扱いです。授業一コマでどうやって生活できますか? 誰が生活を保証するんですか? その程度のやりとりをまだやっていて、それでもまだ時間がかかっています。
──恥ずかしいことですね。
伊勢崎 情けないです。外務省や入管の人たちと何回も会合を重ねていて、叱り飛ばしたい気持ちでいっぱいですが、彼らが僕の教え子たちの命を握っているので、怒りをコントロールしながらなんとか進めています。
──トップダウンで動かないということは、このこと自体が問題化されていないということですよね。
伊勢崎 でもまだ諦めていません。実は東京外国語大学の働きかけがきっかけで、大学間で共同で救助活動を行おうとする動きが起こっています。僕が尊敬するイラク専門家の千葉大学の酒井啓子さんが中心となって。それが政府への圧力にもなっています。
──前回、中谷さんと山尾さんの動きを紹介されていましたけれど、あのような政治家を通じたアプローチは、このケースではうまく機能しないのでしょうか?
伊勢崎 お二人にはほんとうにご尽力していただきました。しかし全体としてなぜこれほど情けない事態になってしまっているのか、正直わかりません。今、周辺国のカタール政府は、アメリカと協力してアフガン人を短期定住させていますが、ワールドカップ用の選手村の住宅をあてがっているんです。日本だってオリンピックを開いたばかりですよね。なぜそこに住まわせるぐらいの措置ができないのか。
──簡単にできるだろうし、こんな状態で国際社会から信用を得るなんてありえないですよね。単純に日本という国がバカだと思われますよ。
伊勢崎 今回ほど恥ずかしくて日本人をやめたくなったことはないですね。
──しかも最悪なタイミングで衆院選があって、政局のことで頭がいっぱいになっていて、政治的アプローチがあまり機能していない。ここにどう風穴を開けていくか、考えないといけないですよね。
伊勢崎 アフガン問題を利用して日本の政局を改善するようなことはしたくないですが、今回のことで、「法の支配」ということをもう一度考えていただきたいんです。アフガン危機という緊急事態にあたって、260名もの武装した自衛隊員を、特殊部隊まで入れて、カブール市内まで助けに行くという、アメリカ軍だってやらないようなことを想定して送りました。憲法に完全に抵触します。もし自衛隊がカブール空港で警備を担当するハメになっていたら、あの自爆テロで殺されたかもしれないし、逆にテロリストと区別がつかない群衆に発砲してしまったかもしれない。自衛隊がアメリカ軍とも他の軍隊とも違うのは、それが誤射だった場合、もしも市民を殺してしまった場合、それを裁く法体系を持っていないということです。本当に何も起こらなくてよかったですが、こんなことが簡単にできてしまうことの意味を、考えてもらいたいです。特に、9条護憲を標榜する憲法学者や政治家に。
──今回たまたま何も起こらなかっただけで、こんな前例が作られてしまったら、この先いくらでもできてしまうということですよね。
伊勢崎 自民党の一部の議員はやるでしょうね。
──一方で野党が法の支配に敏感であるようにも思えないですよね。
伊勢崎 それをずっと言ってきましたが、言えば言うほど反感を買ってしまうので。
──彼らは言ってみれば「解釈護憲」勢力ですよね。
伊勢崎 今回も解釈で自衛隊が送られました。保護する邦人がいないのに「邦人保護」という建前で出動し、メディアも「邦人保護だ」と言い続けていました。最近になってやっと「アフガン人救出」と言うようになってきましたけれど、メディアも同じ責任を負っているんです。
──世論形成に失敗していますよね。「遠い海の向こうで大変なことが起こっている」程度の認識でアメリカの外交戦略を物知り顔で論じるようなことでしか扱われていなくて、日本にも深く関わる問題だという意識が醸成されていません。
伊勢崎 そもそもアフガン情勢がなぜ日本に関わるかと改めて言うと、まずアメリカでは、バイデンを除いた歴代の大統領が、トランプでさえ、「責任ある撤退」のための条件に拘ってきました。ですからバイデンが今年の4月に、今年の9月11日までの無条件撤退を発表したとき、既に退官した当時のアメリカ軍首脳部から「アメリカがこんなことをするなんて信じられない」とメールが来ました。それほどにバイデンはアメリカ人さえも裏切ったわけです。しかしなぜバイデンがそうしたかというと、アメリカ国民の厭戦気分に応えようとしたからです。トランプは撤退するためにタリバンとの直接交渉をしていましたが、バイデンはトランプヘイトで当選した人間なので、彼の戦略をそのまま引き継ぐことはできずに無条件撤退を選んだのでしょう。それが可能だと思ったのでしょうが、結果としてこんなことになってしまった。まさか1日でカブールが陥落するとは僕も含めて誰も思わなかった。
──トランプに対するヘイトで当選したことの弱みですよね。そうした選挙戦略を繰り広げてきた彼には、左派ポピュリストとしての側面があるわけです。つまりポピュラリティを確保しようと思ったときに、厭戦気分には応えなければいけない。しかしトランプよりも進んだことをやらないとポピュラリティを維持できない。そうなったときに、バイデンは一番よくない選択をしてしまったということですね。
伊勢崎 そして日本の問題としては、同じことが日本や朝鮮半島でも十分に起きうる、ということです。アメリカの民意が駐留を支持しなくなったら政治はそれを忖度する。当たり前です。とにかくアメリカの政治は、世論が支持しなくなったら軍事的な理屈を飛び越えて軍事的プレゼンスを放棄するということが、歴史に刻まれたわけです。今のところ日本の親米保守層は、都合が悪いからこの事実をスルーするか、アフガニスタンと日本は違うと強がりを言っているようですが。
「遠い国の問題」についてどのように世論を形成していくべきか
──日本はこれからどのようなアクションを取ることが必要だと思われますか?
伊勢崎 まずは、いま行っていることを続けることです。先ほど紹介したように、大学人たちの横のつながりによる圧力団体と、超党派の政治家による人権外交議員連盟が形成されています。これらの活動を続けることと、日本の政局にアフガンを利用するのではなくて、政局に結びつけたアフガン情勢のプレゼンの仕方を考えることが必要だと思っています。
──放っておくと悪用されると思います。今は関心が持たれていなくても、持たれるときは左右両派から悪用される可能性が高いでしょう。逆に政局を利用してなすべきことをなす、という回路を作らないといけないですよね。そして、同じ問題意識を共有できるアクターがもっと多くなるべきで、アカデミズムの世界から圧力団体を作る動きがあると同時に、財界など各方面からの圧力が必要だと思っていますが、まだまだ少ないですよね。
伊勢崎 ぜひお願いします。
今から言うことは国際法の運用を生業としている人間として矛盾に陥るんですけれど、今回救おうとしているアフガン人とその家族は、今まで日本のために働いてくれていたわけで、高度な技術を持っていますし日本語も話せます。日本社会に彼ら彼女らが定着したら、日本社会のためになるでしょう。だから受け入れるんだと言うと、難民条約を侮辱するのかという話になるから言うのには注意が必要ですが、そこに財界の人たちが入ってくれて、日本政府の難民に対する態度を根本的に変えるきっかけにするということを念頭に置いて、アフガン人は日本のためになります、と言いたいんです。
──財界の人たちに一枚噛ませるための口実としても機能すると思いますし、難民問題と連携する窓口にもなりますよね。社会運動のアクターとしては、難民問題の方が多いと思います。
伊勢崎 日本にはパレスチナ問題でよく使われる「中庸外交」という言葉があります。例えばパレスチナ解放戦線にも味方するけれど、イスラエル政府とも連携するというような方針で、両者とうまく付き合って日本のODAを投入するというものです。これはいい部分もあれば悪い部分もあって、例えばイランはアメリカと敵対関係ですが、イラン外交においてアメリカとの関係が悪いときには、第一の親米国である日本がイランとの窓口としてうまく機能することができます。しかし中庸外交はオールマイティではありません。例えばミャンマーで起きていること、香港の問題、中国で起きていること、これらに対して中庸であったら困るんです。だから人権外交議員連盟を作って、人権侵害制裁法案を作りました。
こうした中庸外交の歴史が外務省の文化としてあります。ある日、アフガンを担当する外務省の中東二課や国際協力局の人たちと会合しているときに、上層部の人から「日本はアフガニスタンの建国を支援している。国づくりの観点から頭脳流出を引き起こすとまずいので、日本政府としてはアフガン人の救出に消極的にならざるをえない」と言われました。僕は膝から崩れ落ちましたね。
──まったく言い訳になっていないですね。
伊勢崎 それを言い始めたらすべての政治難民は頭脳流出ですよ。
──そんなことを言ったらアインシュタインはアメリカに亡命できないじゃないですか。
伊勢崎 難民というステータスそのものを崩壊させる言い訳なんです。
──そんな言い訳は国際問題化しますよね。
伊勢崎 もちろん大変なことになります。シリア難民などは優秀な人が難民化しているわけですから、みんな頭脳流出ですよ。この日本外交の文化と戦うのが非常に大変なんです。
こういうことがあるので、政府の対応も非常に遅い。例えば韓国政府はミャンマーの対応も素早く、不法滞在のミャンマー人に対しても強制送還しないという保障をいち早く与えていましたが、日本の入管はそれを行うまでに1ヶ月かかりました。今回は1週間前にようやく「アフガン人に関して不法滞在も含めて強制送還しないという保障を与える」とホームページに載せてくれました。これも一つの進歩ではありますけれど、すでに1ヶ月以上経っています。
──1ヶ月というのは人が獄に繋がれて殺されるに十分な時間ですよね。
伊勢崎 8月15日以降、メディア出演のオファーをいくつかいただきましたが、単に映像やインタビューを録るのではなく、僕から2、3時間話させてもらって、ディレクターを含めてスタッフにもこの問題を理解してほしい。その条件だったら出演します、と言っていくつかのオファーを受けましたが、肝心な部分はすべて切り取られました。
──日本のマスメディアは、取材内容を自分たちの描いた絵にはめようとするし、基本的に局外の専門家に対するリスペクトがないですよね。
伊勢崎 ですから今回のような機会を与えていただいてありがたいです。
今回、アフガニスタンで20年間行ってきたネーションビルディングがこのような形で終わってしまって、僕も研究者としてどのように学術的な教訓を残すかも含め、しばらくは放心状態でした。「軍事的勝利はない」ということは10年以上も前から警告してきましたが、その道筋をつくった最初は「力の空白」を作ってしまったことだと思います。建国のためにすべての勢力を武装解除して新しい国軍を作るにしても、すぐにはできませんからそれまでの間どうするかを考えないといけない。当時は二つの手を打っていて、一つがNATO軍です。というのも当時カブールの外に展開するのはあまりに危険なので誰も行こうとしませんでしたが、初めてNATO軍として地方に展開してくれたのがドイツ軍でした。クンドゥズという北部の地域に行ってくれたのですが、そこが今回、州都として一番最初にタリバンに取られてしまって。僕は本当に放心状態でした。
──象徴性を持った土地だったんですね。
伊勢崎 今回も同じように、NATO軍の進駐を待って武装解除を進めるべきだったのですが、それには時間がかかったわけです。
またその次の手は何かというと、国軍を設置することでした。と言っても国軍というのは、兵士が国家という概念に忠誠心を持ってもらわないと成り立たないわけですが、そんなことが数週間でできるわけがないんです。
──昨日まで殴り合っていた人たちですよね。国連が入ってきて「戦争が終わりましたから今日からアフガン国軍ですよ」と言っても無理ですよね。
伊勢崎 そうなると残りの手段はあと一つしかなくて、武装解除を遅らせるということです。それが2004年時点で半分くらい進んでいましたが、このままだと完全にタリバンが復活してしまうと思いプロジェクトを中止しようとしたのですが、止められませんでした。
──そして武装解除が最後まで進行してしまい、今日の結果に結びついているということですね。
この20年間のアフガニスタンで起きたことから、全世界が学ぶべきだと思います。ここまでの規模ではないにせよ、今回のようなケースが僕らが生きている間にいくつも発生する可能性は十分に考えられます。
伊勢崎 アメリカ陸軍では2年に1回、親米国の陸軍トップだけを集めた会議(太平洋地域陸軍参謀長等会議)を行っていますが、2017年にソウルで開催されたとき、僕はアメリカ陸軍太平洋司令部から講演を頼まれました。依頼された講演の内容は占領統治についてです。当時はトランプがTwitterで「米朝開戦」と投稿していたようなときだったので、斬首作戦で金正恩の首をとった後、占領統治が果たしてできるかどうか。やるにはどれだけの兵力が必要か、そのリソースはどの国が出すのか、NATOも含め国際的に動いて新しい占領をする余裕があるのか、というシミュレーションをして、僕は法整備について講義をしました。そのときの陸軍トップたちとのコンセンサスとしては、新しい占領をする余裕は国際社会にはないということでした。結果、現在までその通りになっているわけで、アメリカ軍部は、少なくとも陸軍は、戦争をする気はありません。戦争では陸軍が一番死人が多く、痛い目に合いますから。現場の軍人たちはそのように冷静に考えますけれど、果たして大統領がその通りにしてくれるかというと、今回のバイデンのように、しないわけです。ですから何が起こるかわかりません。もしかしたら、新しい占領ができるような事件が起こるかもしれない。起こるとしたら日本の周辺ではないでしょうか。
──東アジアですよね。
伊勢崎 中東に関してはアメリカ国民が許さないでしょう。NATO諸国も同じで、アフガニスタンのある中央アジアでは懲りています。しかし「対中国」となると別の話かもしれません。
──対中国となると別の要素が入ってくるので、「東アジアだから」ということで見逃すわけにはいかないということですよね。
伊勢崎 僕は15年くらい統合幕僚学校で授業を行っていて、そこでは高級課程と言って陸海空の精鋭たちが毎年2回選抜されるんです。そこで自衛隊の法的な話、国外犯規定の問題も含めて話をしていますが、僕の主張を知らない制服組の自衛官幹部はいません。みんな理解してくれます。
逆に外務省や防衛省の中でも背広組は僕のことを嫌いなはずです。自衛隊を外交政策の意のままに使いたい人たちですから。僕をカリキュラムから外そうとする勢力の存在は耳に入っていますが、制服組の幹部たちが僕のことを使い続けています。
──現場に近い人たちはみんなわかっているけれど、お上の指示でこういうことになるということですね。それが僕らのシビリアンコントロールということですね。
伊勢崎 政治というのはそういうものですよね。
──アメリカでバイデンが間違った一手を打ってしまったように、支持率のグラフとにらめっこした結果なわけですからね。
伊勢崎 バイデンに残された戦略は対中国しかないでしょう。ブッシュ・ジュニアが9.11の後、世界に「テロリストの味方か? アメリカの味方か?」と迫ったのを覚えていますか? 今回バイデンもそう言っているわけでしょう。「中国の味方か?」と。これがアメリカの本質です。
──こうした話を聞くと暗い気分になってしまいますが、一人でも多くのプレイヤーを地道に増やしていくしかないですね。国内では、財界をしっかりと巻き込んで、こういった問題に対して政府に圧力をかけられる回路をつくるというのが、いま採れる戦略としては一番有効だと思います。
伊勢崎 山尾さんと一緒に「人権侵害制裁法」を作りました。日本人が犠牲になってはいないし日本で起きたわけではないけれども世界で起きている人権問題に対して、日本政府が独自で調査・判断し、制裁措置を行うという基本法です。それと同時に「人権デューデリジェンス(人権DD)法」も山尾さんは手がけました。欧米では当たり前のことで、国際交易のサプライチェーンのすべての段階において人権が守られていることを義務づけるというものです。日本のユニクロがフランス政府に訴えられましたが、この法も日本にはないのです。恥ずかしいことです。これは経団連にとってはおもしろくないようですので、糾弾するのではなく、やんわりと進めていきたいと思っています。
──「この話題は押さえておいた方がいいですよ」という巻き込み方ですね。感度の高い財界人を巻き込みながら、運動を進めていくしかないですね。
伊勢崎 まだ諦めずに努力しますので、メディアに関わる人たちにはそのようなきっかけを作ってくださるとありがたいです。恰好つけるようですが、自分が関わった国や社会の中に、僕の力でなんとかよくできる可能性が見つかったときには、それをやらざるを得ない。そうしたある種の義侠心だけが、僕がメディアに出る唯一のモチベーションになっています。
そして統合幕僚学校で僕を使い続けてくれる人たちの期待にも応えないといけないと思っています。そうした理解のある歴代の校長の中には、田母神俊雄さんもいました。彼はいい人ですよ。問題発言はありますが。
──田母神さんが、普段とんちんかんなことを言っているけれど、具体的な軍事問題になるとメディアの誤った報道を指摘したり突然まともなことを言うようになるとき、たまにありますよね。
伊勢崎 ありますよね。また、僕が教える一等陸佐以上の人たちは、30歳後半から40歳くらいですから、自分の子供のように思っています。彼らが日本の国の形を守るために、命をしっかりかけられるようにしないといけないという気持ちもあります。自衛隊員は国家の命令で出動させられるのに、一つでも過失があれば、今の日本の法体系のもとでは自己責任。実行犯として裁かれるしかないわけですから、こんな馬鹿なことはないですよね。国家が命令するのであれば、国家が責任をとる。具体的には指揮系統の頂点である総理大臣が、自衛隊の業務上の事故についてはすべての責任をとる。この当たり前のシステムが日本にはないので、これを構築するためになら、メディアにも自分から名乗り出ます。でもこのことに関しては誰も取り上げてくれません。産経も朝日も、右左どちらにも都合が悪いから、取り上げてくれないんです。
「地球市民」のようなアバウトな言葉を使うつもりはありませんが、自分の国で採れたもの以外のものをこれだけ消費し続けることに対する責任というのは、もう少し芽生えてもいいと思います。
──例えばグレタさんが象徴するような環境問題に対しては、いわゆるZ世代の間に国際的に広がっていますが、あの流れとアフガニスタンの問題がうまく合流すればいいと思うんです。
伊勢崎 大きな国際紛争には、大抵アメリカが関わっています。ですから日米関係にも関わりますし、アメリカと対等に自国の利益を考えられるような法整備に結び付けたいですね。僕が外大で教えている留学生たちが驚くのは、東京の空、横田空域が日本の空じゃないということです。こんなことはアフガニスタンでもイラクでもありえません。こういう問題があるということを外国人に信じさせるのにはとても苦労します。日米同盟は大切かもしれないけれど、アメリカが勝手に日本を飛び立って隣国を爆撃したとして、それに腹を立てて隣国が復讐する対象は日本ですからね。
──アフガニスタンの問題に対して日本人の感度が低いのはそこだと思っていて、この国にはあちこちに米軍基地があって、我がもの顔で歩いているから、アフガニスタンにもそれができると思っているところがある。
伊勢崎 アメリカが、アフガニスタンの前政権が完全独立したときに結んだ地位協定は、日本のそれよりも数倍ましです。地位協定の前文から「アフガンの主権を重んじる」という言葉が出てきます。しかし日米地位協定のどこに「主権」という言葉が出てきますか? 米軍人がアフガン国内で公務上の事件を起こした場合、米本土に強制送還されて軍事法廷で裁かれるときには、アフガン側がそれに立ち会える権利も保障されています。ところが日本政府はいまだにアメリカの軍事法廷に立ち会う権利を認められていません。アフガンに認められているのにもかかわらず、です。我々日本人は一体なんなのですか? そうした問題について僕はプレゼンをするのですが、誰も取り上げてくれません。以前『主権なき平和国家』という本を布施祐仁さんと書いてロングセラーになっていますが、今度文庫本が出ますので、そのときにはぜひ二人でトークイベントに呼んでください。
──ぜひともお願いします。また今日お話を聞いて、伊勢崎さんのアフガニスタンの体験に根ざした、この20年を総括するような著作も読みたいと思いました。
伊勢崎 後悔だらけです。もしあの武装解除を止められていたら、少なくとも5年くらいのスパンで遅らせられたら、今の状態は避けられたかもしれない。本当に油断でした。
──でもここまで悪い状況がそろってしまうと予測できませんよね。
伊勢崎 それでもアフガンは安定させなければいけません。20年前、我々はタリバンを排除したということを忘れずに、いまタリバンがしていることも一歩引いて考えながら、彼らを諸手をあげて認めるわけではないけれど崩壊はさせないという努力が必要です。その理由は崩壊したらまた多くの人が死ぬ。それだけの話です。
そしてあの国がまたテロリストにとってのサンクチュアリになり、アルカイダやISISなどが跋扈するような場所になってしまってはいけません。実はタリバンの今回の勝利で、中東や北アフリカ、ナイジェリアのボコ・ハラムやアジアの過激派が元気を出しています。いわゆるラディカライゼーション、過激化で、過激派組織にエネルギーを与えてしまいました。
この5、6年、「過激化」について、インドとパキスタン、バングラデシュの学者と共に共同研究をしていますが、高度な教育を受けた裕福な理工科系の学生がテロリストになっていて、これを止めるのがほんとうに難しい。昔ならテロリストになるのは、貧困地域で教育も受けられなくて、自爆テロでアラーのために死んだら天国で美女が待っているようなことを信じ込んだ人たち、というのがひとつのパターンだったけれど、今は違います。高度な教育を受けた富裕層の若者が、社会変革をなす民主主義に完全に幻滅して原理思想に取り込まれてしまうのです。
──ラディカルな社会変革を求めて、1960年代の西側諸国の若者たちと同じような動機で参加しているということですね。
伊勢崎 パキスタンも大変なことになっています。パキスタンと言うと人口2億人の核保有国です。
──核保有国同士の初の全面戦争になる可能性があるということですね。
伊勢崎 2000年にそうなりそうなときもありました。首都ニューデリーの議会がいきなりテロで狙われたんです。核戦争では、通常戦が国境付近で行われ、それが段階的に激化して首都に迫り、最後に核のボタンが押されるというのが一般的です。しかしそこにテロが加わると、いきなり首都が狙われる。つまり通常戦のエスカレーションなしに核ボタンを押される可能性があるんです。少数のテロリストを軽武装で送り込み、議事堂や国会の象徴破壊をする。通常戦のような費用はかかりません。それで2000年に一度、核戦争が起こりそうになったんです。世紀末みたいな話になってきましたが。
──世紀末や冷戦下の一番まずいときよりもはるかにまずい話だと思います。
伊勢崎 わかっている人はたくさんいると思いますが、あまりにも恐ろしすぎてなかなか言えないですね。
──考えたくないというバイアスも働くでしょうね。絶望的な気持ちになってきますけれど、できることをやっていきましょう。今日は大変なときに時間を割いていただきありがとうございました。貴重なお話をたくさん聞かせていただいて、勉強になりました。
[了]
この記事は、2021年10月13日に開催されたPLANETSのイベント「遅いインターネット会議」のトーク内容を再構成したものです。宇野常寛が司会、目黒智子が構成をつとめ、2021年12月23日に公開しました。
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