ゲーム研究者の井上明人さんによる連載「中心をもたない、現象としてのゲームについて」。「ゲームや遊びとは何か?」。この問いに答えるべく、ゲームや遊びに関わる多様な現象——ルール、コミュニケーション、非日常など——が興味深いかたちで相互に関係しあっている、その複雑さを論じます。
第三部からはネットワーク構造をもつゲームにおいて、具体的な要素間の関係性を考えます。今回取り上げるのは、ゲームを積極的な学習行為として捉える「学習説」です。

「中心をもたない、現象としてのゲームについて」のこれまでの連載記事は、こちらにまとまっています。よかったら、読んでみてください。
端的に言うとね。
3 学習説のネットワーク——積極的学習行為としてのゲーム——
複雑な現象について語るとき、しばしば「本質」という言葉を添えて要約した語りが好まれる。しかし「本質」という言葉は、どのような仕方で複雑さを要約しているのかまで踏み込んだ説明がなされないことが多い。このようなとき、「本質」という言葉は、話を雑にわかった気にさせるような修飾語としてしか機能していない。本書では、ゲームの「本質」のようなものを考えているが、「本質」という言葉は使わない。
すでに論じてきた通り、ゲームや遊びという現象は、把握のしやすい現象ではない。ルールがあり、ゴールがあり、快楽があり、物語があり、身体があり、コミュニケーションがあり、社会制度がある。それらがごちゃごちゃに絡み合って、あるとき「ゲーム」と呼ばれるものをつくっている。複数の要素が絡み合っているなら、その絡み合い方を見ればよい。どの要素がどの要素を呼び込み、どの要素が別の要素を説明し、どの要素が多くの説明のあいだを媒介しているのかを見ればよい。つまり、ゲームを一つの定義で押さえこむのではなく、説明のネットワークとして眺めるということだ。
この第三部からは、その説明のネットワークの中に具体的に入り込んで要素間の関係性を考えていく。まず取り上げるのは、ゲームを積極的な学習行為とみなす立場である。この立場は、ゲームをめぐる説明のネットワークのなかでも、かなり強い位置を占めている。本書では、これを「学習説」と呼ぶ。この学習説は、かなり魅力的な説であり、多くの論者から実質的に支持されてきた。なぜ、この立場がこれだけ強く支持を受けてきたのか。それは、学習説の観点に立つことで、ゲームに関わるかなり多くの現象が説明できてしまう状況があるからだ。学習説とルール/ゴール/駆け引き/快楽といった諸要素との関係を順に検討した上で、ゲームを積極的な学習としてみなす立場を評価する。

3.1 「ゲームの学習説」とは何か
3.1.1 学習説の興奮
「ついにゲームというものの本質がわかった気がします…!」
筆者に対して興奮気味でこういったことを伝えてくれる人が、たまにいる。時にはメールで、時には口頭で、時にはSNSのメッセージで。毎回違う人物であり、だいたいゲームの開発に長い時間をかけてきた人たちだ。
本書では「本質」という捉え方をそもそもしないため[1]、「本質」という解釈を採用するわけではない。むしろ重要なのは、その語が呼び込んでしまうほど強い直感の中身である。「ゲームの本質」についての直感は、重要な論点を提供している。彼らの表現には少しずつの違いはあるものの、だいたい次のようなことだ。
ゲームに熱中しているとき、プレイヤーはただ時間をつぶしているのではない。プレイヤーはゲームにどんどんと習熟していくような過程のただ中にいる。失敗する。試す。ほんの少しだけ理解する。次にもう少しうまく動く。こうした小さな更新が連続している。ゲームに熱中するということは、腕前や認識が更新される過程の内側にいることでもある。もちろん、うまくなれないプレイヤーもいる。だがその場合、そのプレイヤーはたいてい今ひとつゲームに熱中できずに、ゲームをやめてしまう。
ゲーム開発者たちは、しばしばプレイヤーが上達を実感するプロセスを途切れさせないために、難易度と提示タイミングを微調整する。ゲームプレイヤーたちが、それまで習熟してきたことを土台としつつ、プレイヤーにとって少しだけ予想を超えるような課題をほどよいタイミングで与えつづけることができれば、プレイヤーはその状況を嬉々として受け入れ、課題に挑戦し続ける。
ここで肝心なのは、単に「課題がある」ということではない。学校の宿題にも課題はある。会社のノルマにも課題はある。だが、それらがいつもゲームになるわけではない。ゲームにおいては、課題とフィードバックと再挑戦が、一連のものとして結びつきやすい。プレイヤーは自分で参加していると感じる。試行錯誤の結果が比較的すぐ返ってくる。そしてその試行錯誤そのものを楽しむ。ゲーム設計の勘所の一つは、どのぐらい難しい課題を、どのタイミングで提示するかにある。越えられる気がしないほど課題が難しければ、プレイヤーはやる気を失う。逆に、次に出てくるものが完全に予測でき、その予測どおりに対処できる状態が続けば、今度は退屈になる。つまり、難しすぎても、簡単すぎてもいけない。
この直感は、ゲームデザイン論のなかで何度も語られてきた。
こうした点が多くのコンピュータ・ゲームの開発者が、ある日「はっ」と気づきとして得られるような「ゲームの本質」とされやすいことの中身だ[2]。
この直感が魅力的なのは、単に「ゲームは上達するものだ」と言っているからではない。むしろ、ゲームに含まれるいくつもの要素――ルール、課題、失敗、再挑戦、フィードバック、快楽――を、一つの運動として見せてくれるからである。こうした感覚は、実に多くのゲーム開発者が抱くもののようだ。こうした立場を公表し、より洗練された議論を目指そうとする人も少なくない。
たとえばオンラインゲームの開発者だったラフ・コスターは、ゲームの楽しさをパターン認識やチャンキングの更新と結びつけて語ることでさらに精緻化した議論を構築している。プレイヤーはゲームのなかでパターンを見つけ、それを自分のものにし、やがてそのパターンに飽きる。すると、また新しいパターンを求める。ゲームはそうした学習の装置である、という[3]。 日本のゲーム開発者の議論でも、似た発想はしばしば見られる。渡辺修司 [4]、やニカイドウレンジ[5]などの発言に、こうした観点を確認することができる。
コンピュータ・ゲームの開発者だけではない。ゲーミフィケーションをめぐる議論でも、上記の議論と共通点の多い「フロー体験」と呼ばれるものが、「ゲームの本質」としてやたらと参照されることが非常に多い(フロー体験については後述する)[6]。
これらの観察を短く言えば、プレイヤーを「積極的な学習プロセス」の中に置くということだ。そして、この積極的な学習プロセスこそが「ゲーム」という現象の最重要の核なのではないか、ということである。
ここでは、こうした観点をさしあたりゲームの「学習説」と呼ぶことにしよう。プレイヤーが一定の安定した環境のなかで、自発的に課題に向かい、失敗と再挑戦を繰り返し、フィードバックを受け取りながら、技能や認識を更新していくプロセスとしてゲームを捉える立場である。細かな要件は後で整理するが、まずはこの程度の輪郭を念頭に置いてほしい。ここで言う「学習」は、学校教育や望ましい知識の獲得に限られない。環境に対する予測、技能、認識、行動の更新を広く指す。
ゲームを、積極的な学習が行われる環境とみなすような議論は、近年になっていきなり出てきたものというわけではない。環境に対する適応(adaptation)や学習(learning)をゲームや遊びの重要な要素としてみなすという立場は、古代から存在し、近代のゲームや遊びの学術研究においても最も影響力のある仮説の一つであり続けてきた。
ギリシャ語では、教育・教養を意味するパイデイア(παιδεία)と、遊びを意味するパイディア(παιδιά)は、ともに「子ども」を意味する παῖς に近接した語である。プラトンは「遊び(パイディア)を通じた教育(パイデイア)が正しい教育である」と論じ[7]、今で言うゲーミフィケーションのような側面をプラトンの議論に見て取ることができるという論者もいる[8][9]。古代中国の思想にもこうした側面を見出すことはできる。有名なのは「これを知る者は、これを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」(知っているというのは好むのには及ばない。好むというのは楽しむのには及ばない )[10]という『論語』の一節だろう[11]。
プラトンや孔子の議論がそのまま2000年かけて段階的に発展して現代の遊びと学びをめぐる議論になってきたわけではない [12]。近代ヨーロッパにおいては、ルソー[13]から、ペスタロッチ、フレーベルといった幼児教育をめぐる一連の議論において、再び遊びと学習のつながりが再評価されるといった流れがあった[14]。日本では、明治初期に近藤真琴などを通してフレーベルの議論が日本にも輸入され[15]、明治期には当時の学術的な遊戯論の翻訳書も何冊か出ている[16]。
ゲームや遊びと学習に関する近代以前の言説が、直線的に発展して、現代のゲームデザイン論になったわけではない。系譜を無理に一本化することはできないが、ここで確認したいのは、遊びと学びを結びつける発想が、異なる時代、異なる文脈で繰り返し現れてきたということだ。
3.1.2 学習を遊びの本質とみなす議論の登場――カール・グロースの「準備説」
この流れのなかで、遊び論の重要な著作は数多くあるが[17] [18][19]、遊びを学習の道具ではなく、学習や適応プロセスそのものこそが遊びにとっての重要な要素だと主張し、近代の遊戯論に大きな影響をもったのが、ドイツの心理学者・哲学者であるカール・グロースである。1896年に『動物の遊び(Die Spiele der Tiere)』[20]、1898年に『人間の遊び(Die Spiele der Menschen)』[21]を記し、それまであった真面目な活動の剰余としての遊びといった議論[22]が、トートロジーに陥っていることなどを批判し、既存の説を批判的に検討した上での統合的な議論を目指した。日本ではそれほど知られていないが、19世紀末の遊び論の総合を目指した極めて重要な著作である。ホイジンガが1938年に『ホモ・ルーデンス』を刊行する以前、遊び論の重要文献といえば、グロースの著作は筆頭に挙がるものだった。当時の知識人の書いた遊びに関するテキストでは、しばしばグロースへの言及が見られる[23]。
なぜ、グロースがそれほど重要な論者とみなされたのか。グロースはいくつかの重要な議論を提起している。一つには、グロースは、既存の学説を鋭く批判している。たとえば、遊びを「余ったエネルギーの発散」とみなすような説明を強く批判する。子どもや動物は、エネルギーが余っているから遊ぶのだ、という発想はかなり怪しい、という。余剰だけでは、遊びがなぜ、遊びという形をとるのかを説明していない。
そして、グロースによれば、動物が遊ぶことの理由は「学習」にある。遊びの意義についてのグロースの次のテキストはしばしば引用される。
将来の生存のための適応を発達させることが子ども時代の主な目的であるが、この目的指向的な現象の連鎖の中で主導的な役割を担っているのは遊びであり、少々逆説的な言い方をすれば、我々が遊ぶのは子どもだからではなく、遊ぶために子ども時代を与えられているのである[24]。
この一文からわかるとおり、グロースは「学習」と遊びを結びつけただけでなく、これを「将来の生存」と結びつけた。この説明は、19世紀末当時の知的最先端であったダーウィン以後の進化論的文脈のなかで、本能、学習、練習、適応の関係を説明しようとする仮説でもあった。人類が遺伝だけで発展するのではなく、遺伝以外の部分でどのように文化を継承するのか、という観点にたったとき、――つまり獲得形質の継承において――本能に近いところで文化の継承を可能にしているのは「遊び」なのではないか、ということだ。これは文明論的にも大きな論点だった。
グロースは、「後の生活にとって必要不可欠となるような活動のまじめな意図をもたない本能的な練習」として、大人に至る準備のプロセスとして遊ぶということが存在しているのではないか、と言う[25]。
将来の準備をするためのものとしての遊び、という観点が強力に押し出されているため、「遊びの準備説」と呼ばれる[26]。
グロースの仮説は進化論的視点を組み込んでいるため、壮大な人類史的魅力がある説明になっている。しかし、壮大であるがゆえに、さまざまな批判も受けている。たとえば、グロースからおよそ100年後に発刊された20世紀における遊びの議論の総括とも言うべきサットン・スミス『遊びの曖昧さ』[27]の最序盤で、グロースが主張する適応プロセスが遊びを作るという観察は、その因果性が確かめられているわけではないということが強調され、批判的に検討されている。[28] [29] [30]。
動物行動学の研究の中には、動物が遊ぶことが生存にも有利であると解釈できる研究もあるが、その逆に、遊びすぎた個体は体格の発達上で有利ではないケースも報告されている。技能獲得と成長とのトレードオフがある。こうした研究を踏まえると、グロースの仮説がそのまま支持できるものであるとは言い難い。
グロースの「準備説」の進化論的視点については、さておくにしても、遊びやゲームが、環境への適応プロセスのようなものと、結びつきを持っていること自体はグロースの批判者であるサットン・スミスも認めている。20世紀以後の遊び論の多くが遊びやゲームと学びの関係を考えてきた、と言ってもいいだろう。グロースの著作は他にも多様な論点を含んでおり、この点以外にも、多くの研究者によって検討・参照され後続の研究を生み出す重要な役割を担った[31]。特に発達心理学や、動物行動学における遊び研究では重要な古典である。
[1] 方法論的な論点は、第二部を参照のこと。「本質」という発想をしないために、本書は多様な説明間のネットワークのハブ的性質や、創発といった発想を導入している
[2] すべてのゲーム開発者が同じ気付きに至るということを主張しているわけではない。たとえば桜井 政博のリスクとリターン/リリースに関わる議論などは、時系列の変化を強調するという点は共通しているが、学習的な側面を強調しているわけではない
[3] Koster, R. (2004). Theory of Fun for Game Design. ” O’Reilly Media, Inc.”.(邦題『「おもしろい」のゲームデザイン』2005、オライリー)。なお、コスターの議論は、チャンキング(Chunking)を強調しており、フロー理論とニューウェルとローゼンブルームによる、チャンキングの議論を土台にしているものと思われる。これについては、Newell, Allen, and Paul S. Rosenbloom. “Mechanisms of Skill Acquisition and the Law of Practice.” In Cognitive Skills and Their Acquisition, edited by John R. Anderson, 1–55. Hillsdale, NJ.: Lawrence Erlbaum, 1981.を参照。ニューウェルらの議論については、Juul(2005)邦訳版、p128でも触れられている。
[4] 渡辺 修司、中村 彰憲(2014)『なぜ人はゲームにハマるのか 開発現場から得た「ゲーム性」の本質』(ソフトバンククリエイティブ)
[5] https://twitter.com/R_Nikaido/status/1582365774219341825<2023年10月1日閲覧>
[6] たとえば、この分野での代表的な論者として見做されていた、Gabe Zichermannや、Michael Wuなどはカンファレンスやセミナーなどで、頻繁にフロー体験を引き合いに出して説明を行っている。筆者自身、ゲーミフィケーション関連のカンファレンス等には2013年ごろはほぼ毎週のように出席し、筆者以外の発表者によるプレゼンテーションでフロー体験が言及される確率は3割~5割程度だったように記憶している。
[7] プラトン, 森進一ほか(訳)(1993)『法律 上巻』岩波文庫、pp. 67-69
[8] 曽我千亜紀. (2020). 遊びと学びの融合は可能か?.名古屋大学哲学論集, (2020), 209-220.
[9] もっとも、プラトンは、遊びの全てを肯定するわけではない。たとえば、プラトン『国家』,602.Bにおけるプラトンは詩人の創作活動を「遊びにほかならない」として批判的な意味合いで用いている。(この点については、中村美智太郎. (2018). Fr. シラーの美的教育思想における 「遊戯」 の領域:「美的主体」 を手がかりとして. 静岡大学教育学部研究報告. 人文・社会・自然科学篇, 68, 39-50.などを参照)。こういった態度はアリストテレスが遊びを休息や気晴らし(ディオゴーゲー)として位置づけるのとは対照的なものであったと言える(Solmsen, F. (1964). Leisure and play in Aristotle’s Ideal State.?Rheinisches Museum f?r Philologie,?107(3. H), 193-220.)。
[10] 金谷治訳注『論語』岩波文庫, p. 84
[11] 『論語』には「道を楽しむ」(上掲書. p. 25)「藝を遊ぶ」(上掲書. p. 92)という表現もあり、博打であっても何もしないよりは良いという言及もある(上掲書. p. 248)。ただし、遊びや楽しみを、無条件に肯定しているわけではない。たとえば、益者三楽、損者三楽として、礼楽、人の称賛、良いコネクションを作るのを楽しむのは良いが、わがまま、怠け、酒を楽しむのは損であるとして「楽しみ」のうちの一部を退けている(上掲書. p. 229)。プラトンが詩人を批判しているのに対して、孔子が雅楽を褒めているという対照的な構造は興味深い。とはいえ、楽しみや遊びに対してかなり好意的な観点が述べられていると言えるだろう。
[12] 高橋たまき・中沢和子・森上史朗共編(1996)『遊びの発達学基礎編』(培風館)
[13] なお、ルソーは子どもの遊びについての態度は一定していない。「ひまと遊びから生まれるつきあいが必要だ」(今野一雄訳 1963『エミール』<中>岩波文庫 p.361)と言っているかと思えば、「少女たちが仕事にたいくつしたり、遊びごとに夢中になったりすることのないようにするがいい。」(今野一雄訳 (1964)『エミール』岩波文庫、p 39)という記述がある
[14] 特にフレーベルは、積木を用いた知育玩具を普及させた人物であると同時に幼児期における遊戯を非常に高く評価している「遊戯することないし遊戯は、幼児の発達つまりこの時期の人間の発達の最高の段階である。」(フレーベル(1964)『人間の教育(上)』,p.71)と述べている。
[15] 是澤博昭(2009)『教育玩具の近代』(p.43-64)にこの点は詳しい。是澤によれば、江戸期には幼児教育の概念を見つけることは難しいとされている(p.41)。その一方で、並木誠士(2007)『江戸の遊戯』青幻舎, p.68,74 江戸期のかるたなどを見ると、教育目的で用いられたと思わしい資料も多い。ただ、増川宏一(2000)『合せもの』法政大学出版局, p.144 によれば、江戸期のこうしたかるたの普及は、当時の賭博文化とセットになって普及していたという側面が描かれており、純粋な幼児教育という側面から想起されるものとは異なった実態であったことが想定される
[16] 直接にこれらの遊び論を意識した日本の遊び論の研究者としては山田敏(1994),『遊び論研究―遊びを基盤とする幼児教育方法理論形成のための基礎的研究』風間書房の研究を挙げておきたい。
[17] 森田信博.(1986). 近代遊戯理論の変遷-教育学的視点から-上.秋田大学教育学部研究紀要 教育科学,36, 111-125.
[18] 森田信博. (1987). 近代遊戯理論の変遷-教育学的視点から-下. 秋田大学教育学部研究紀要 教育科学, 37, 35-52.
[19] また、ここでは取り上げないが、M.エリスは19世紀末から20世紀初頭に至る古典理論として「反復論」の流れあることを述べ、Gulick,. L.1898, Some Psychical aspects of physical exersise, Popular Science Monthly,や、Hall, G. S. (1904). Adolescence, its psychology and its relations to physiology, anthropology, sociology, sex, crime, religion and education, part I. New York: D. Appleton and Co.(1916) Hall, GS (1923).?Life and confessions of a psychologist.による議論を挙げている。
[20] Groos, Karl, E.L.Baldwin (trans)(1898). The play of animals. D. Appleton.( Karl Groos, 1896,Die Spiele der Tiere)
[21] Groos, Karl, E.L.Baldwin (trans)(1901), The Play of Man (Karl Groos, 1898, Die Spiele der Menschen).
[22] グロースはこれを1800年のシラーから1855年のスペンサーの著作などにあらわれる遊びの剰余エネルギーを遊びの動機とする説として位置づけている。エリス(1972)はこれを「剰余説」としてまとめている。
[23] たとえば、ベンヤミンが1926年に書いた「おもちゃと遊び」という小論の中では、グロースを遊び論の最重要人物として位置づけている。(ヴァルター・ベンヤミン/浅井健二郎編訳、土合文夫、久保哲司、内村博信、岡本和子訳(2014)『ベンヤミン・コレクション7』筑摩書房 p. 386)
[24] K. Groos 1896=1916, p. 72
[25] K.Groos, 1896=1916, p.71
[26] いつから「準備説」という表現が普及したのかはわからないが、1933年のボイテンディクの著作にはすでにグロースの議論が「準備説」として位置づけられている
[27] Sutton-Smith, B. (1997). The ambiguity of play. Harvard University Press.
[28] Panksepp, J. 1993. Rough and tumble play: A fundamental brain process. In Parent-child play, ed. K. MacDonald. Albany: State University of New York Press.
[29] Lewis, M. 1982. Play as whimsy. In Does play matter? Functional and evolutionary aspects of animal and human play, ed. P. K. Smith. The Behavioral and Brain Sciences 5 (1) :166.
[30] Smith, P. K. 1982. Does play matter? Functional and volutionary aspects of animal and human play. The Behavioral and Brain Sciences 5:139-184.
[31] 森田信博. (1987). 近代遊戯理論の変遷-教育学的視点から-下. 秋田大学教育学部研究紀要 教育科学, 37, 35-52.
(続く)
この記事は、2026年5月25日に公開しました。本連載では、書籍に掲載される内容とは別に、連載としてはゲ
これから更新する記事のお知らせをLINEで受け取りたい方はこちら。


