橘宏樹と申します。国家公務員をしております。この「Government Curation(略してGQ)」は、霞が関で働く国民のひとりとして、国家経営上本当は重要なはずなのに、マスメディアやネットでは埋もれがちな情報を「官報」から選んで取り上げていくという連載です。本稿に懸ける僕の志についてはこちらで述べさせていただきました。

 4月から5月にかけて、コロナ・クライシスは続いています。外出自粛の甲斐あってか、新規感染者の増加の勢いは弱まっているものの、緊張の糸を緩めればいつまた勢いを取り戻すかわかりません。ワクチン開発の進展やウイルスの変異や新症例のニュースに一喜一憂する毎日です。大方の予想通り、緊急事態宣言も5月末まで延長されました。

 僕もずっとテレワークをしています。チャットや動画通話がたくさん同時並行する、気忙しくてもどかしいコミュニケーションスタイルに疲労も募ってきました。眼精疲労も激しいです。たまに登庁する際にも、ちょっとの昇り降りの際に、足腰が弱っていることも痛感します。運動不足は睡眠不足にも繋がっています。ツラいですが、闘病中の方々やそのご家族、大きなリスクにさらされながら奮闘しておられる医療関係者の方々、倒産の危機に直面している飲食・観光業の方々に比べたら、全然大したことじゃないよね、と自分に言い聞かせる毎日です。僕と同じような気持ちの方々は多いのではないでしょうか。この共感が、日本社会全体、いや人類全体に共通体験として刻まれていくのでしょう。

 さて、職員の多くがテレワークに移行していても、国会と霞が関は動き続けています。新型コロナウイルスの感染拡大に対応する2020年度補正予算も4月30日に可決しました。政府の経済対策も、様々な批判を浴びながらではありますが、これから一層展開していきます。さらには第二次補正予算への議論も始まっています。前回本稿が取り上げたスーパーシティ法案も、衆議院を通過し、これから参議院で審議されていきます。

 毎回GQのトピック選定には悩んでいるのですが、今回も随分頭を抱えました。国民の頭がコロナ一色になっているなかでも、目を向けておかねばならない話は何だろう。でもあんまり不要不急な話を取り上げてもしょうがないよなあ。いつものようにインターネット官報や各省のウェブサイトやツイッターを漁って、今回、僕の目に留まったのは、このニュースです。

令和2年4月28日「食品流通の合理化に向けた取組を取りまとめ~「食品流通合理化検討会(第1次中間取りまとめ)」を公表~」

 国土交通省が、農林水産省、経済産業省と協力して運営してきた「食品流通合理化検討会」が、日本の物流の課題と対策を整理して発表しました。今回のGQのテーマは、ずばり、「流通」です。物の動きを表す物流と、商取引の流れを表す商流、両方を合わせて考えるので、流通という言葉を用いていきます。

 日本の流通システムは、この数年、非常に大きな危機に直面しています。ですが、特に消費者には、このことはあまり広く知られてこなかったかもしれません。
 しかし、現在のコロナ禍の下、首都圏ではマスクやアルコールの品切れ、トイレットペーパーの買い占め、生鮮食品の一時売り切れ、Amazonや楽天やUber Eatsなど宅配サービスを利用する機会が激増と、かつてなく、モノの流れに関心が向いています。再配達を減らすため、玄関先に荷物を置きっ放しにしておいてもよいとする慣行も少しずつ浸透し始めています。また、地方でも、観光需要が消滅して「お取り寄せ」マーケットが頼みの綱になっています。今、日本全体が、流通システムに生活の命運を握られています。その分、ただでさえ危機的な流通システムに、特大の負荷がかかっています。外出自粛の上に、流通まで止まったら、本当に終わりです。

 そこで、この機会に、日本の流通の問題点について議論したいと思います。と同時にこの問題と向き合う中央政府のアプローチ方法自体にも注目していただきたいと考えます。今回、「検討会」の「第一次中間取りまとめ」という、何がどうなるのか、まだなんともはっきりしていなさそうな、政策の途中段階のものを取り上げたことには、そうした狙いがあります。国土交通省、農林水産省、経済産業省経済産業省の3省が運営する検討会の事務局は、我が国政府の非常に古典的な政策手法をとっています。その長所と短所についても、理解を深めていただけたらと思います。

トラック運転手の不足

 日本の流通システムの問題点とは何でしょうか。それはずばり、トラック運転手の極めて深刻な人手不足です。食品流通においては97%以上が自動車輸送なのですが、「自動車運転の職業」有効求人倍率は、全職業平均が1.45倍であるのに対し、2.98倍です。原因は、ブラックだからです。ブラックどころか漆黒の闇です。まず、通信販売の利用が増えたことで、細々とした配送が増え、業務量が多くなりました(小ロット多頻度)。物流センターは混み合って荷待ち時間が長くなり、拘束時間も10時間以上と延びています。さらに、運送業者はほとんど中小企業なので、依頼主(荷主や元請等)との力関係において立場が弱いことが多く、急な注文への対応や古くて非効率な商慣行に振り回されがちです。それもあって、賃金は安いのです。トラック・バス・タクシーの運転手は、全職業平均に比べて労働時間が1~2割長いのに、年間賃金は1~3割低い状況です。多くの消費者が「送料無料」の標記に慣れるなど、物流コストに対する寛容度の低さやデフレマインドが賃金上昇を阻んでいると言われています。おまけに高齢化も進んでいます。無事故無違反は当然、到着時間は厳守、手積み手降ろしは重労働。神経も肉体も疲弊します。事実、過重労働を原因とする脳・心臓疾患に関する労災支給決定件数も、自動車運転業者がダントツでトップ(2018年度は2位の約2倍)です。このままでは、トラック運転手がいなくなってしまいます。

物流業界の問題点(「ホワイト物流推進運動ポータルサイト」より)

 では、これに対して政府は、どういう取り組みをしてきたのでしょうか。戦略目標は、サプライチェーン全体における①効率化②労働者保護の2本に集約させているようです。効率化は、業務フローの合理化からIoTやブロックチェーンやビッグデータを含む最先端のテクノロジーの導入まで含まれます。労働者保護は、端的には運送業界の働き方改革です。
 そして、取り組みの手法は、総じて、「コンセンサス(同調圧力形成)➡ムチ(規制)➡アメ(補助金)」の順に展開しているようです。以下、今回の官報に沿って、具体的に見ていきます。

「ホワイト物流推進運動」による「同調圧力」形成

 まず、運送業においても「働き方改革」を進めようということで、2018年12月から、「ホワイト物流」推進運動と呼ばれる運動が展開されています。ホワイト物流運動とは、「①トラック輸送の生産性の向上・物流の効率化」「②女性や60代の運転者等も働きやすい、より「『ホワイト』な労働環境の実現」という、①効率化と②労働者保護の2つの目的を掲げ、企業に協力を呼びかける運動です。

 具体的には、法令遵守などの必須項目に加えて、予約受付システムの導入、統一規格のパレットの導入、運賃と料金の別建て契約などの、①効率化と②労働者保護の目的に資するような取り組みをします、と、企業に宣言してもらう、という内容です。運送業者、荷主、注文主など、サプライチェーンに連なるすべての事業者が対象です。2019年5月には、国土交通省が経済産業省、農林水産省とともに全国の6,000社を超える企業の代表者に対して「ホワイト物流」推進運動への参加を要請する文書を送付しました。

 しかし、強制力はありません。あくまで、自主行動の宣言を呼びかけています。理念を周知し、賛同者を広げて、まずは「空気」を作ろうという作戦と言ってよいでしょう。各利益団体の代表を集め、検討会を何度も重ねて空気を醸成し、正面から反論できないような事柄から徐々に、効率化しようね、労働者保護しようね、という、言い方はアレですが「同調圧力」を形成しているわけです。そのうち、宣言をしている企業が、宣言をしていない企業よりも優遇されるような施策が展開していくことも予想されます。省庁の事務局担当者がコンセンサスを言語化し、レールを敷いていく。取れそうな予算を見定めたり、法改正の必要性の程度を見据えながら、時には個別に委員を説得して回る。有識者会議や審議会など、名称はともかく「回す」行政マンの調整能力、手腕の発揮のしどころです。

ムチ、からの、アメ

 一方、強制力のある施策(いわゆる「ムチ」)も展開しています。例えば、働き方改革法においてこれまで自動車の運転業務には時間外労働の上限規制が適用されていなかったのですが、2024年4月からは適用されることになりました。また、貨物自動車運送事業法の一部改正によって、荷主の配慮義務の新設、国土交通大臣による依頼主への働きかけや勧告制度の強化(マズい企業名の公表)など、トラック運転手との力関係で上位にある依頼主への対策が施され始めています。このように、強制力のある施策が、主に、②労働者保護という観点の方で、ジワジワと展開していると言って良いでしょう。

 では、①効率化については、強制力のある施策は展開しているでしょうか。今のところ、パレット規格の統一や、在庫管理のデータの公開と共有や、トラック予約受付システムの導入や、鉄道や船舶の利用のガイドなどについては、強い指図を伴う行政措置は、僕の見たところ取られていないようです。しかし、この度の官報を見ると、これらのことは「令和元年度補正予算、令和2年度当初予算等の活用」によって対応されるとあります。つまり、おカネ(アメ)によって誘導されるということです。

 では、どのような事業にどのようなおカネが出るのでしょうか。特に、この流通改革には3省庁が関連しています。役割分担(デマケ)はどうなっているのでしょうか。そこで、以下、先日成立した令和2年度予算における各省の施策を概観していきたいと思います。

(ちなみに、話は少し逸れますが、各省のウェブサイトにおける予算の見せ方もそれぞれ個性的だなと思います。以下の省名から張っているリンクをご参照ください。何をするのにいくらかかるのか。何局の所管かわからない時はどう見るか。わかりやすいでしょうか。皆さんはどの省のウェブサイトが見やすいと思いますか?)

流通改革における3省のデマケ(役割分担)を俯瞰する。

〇国土交通省
 国土交通省は、総合政策局や自動車局が所管しており、①効率化は、やはり道路交通行政のなかに位置づけられている印象です。また、②労働者保護では、ホワイト運動の推進に重きがあるようです。そして、「省人化」という点から、両者に自動運転なども関連させているのが特徴的です。実証実験事業も積み上げてきています。

国土交通省「令和2年度予算決定概要」より

▲国土交通省自動車局「令和2年度自動車局関係予算決定概要」より。
特に右上を見てください。

〇農林水産省
 農林水産省は、「食品等の流通の合理化及び取引の適正化に関する法律」を所管しつつ、合理化に努めている事業者に、融資、出資、債務保証、補助金を与えるという施策を行っています。①効率化を進めるべく、非常にストレートに「アメ」を配っています。

≪パンフレット≫食品を生産・製造・流通・販売される事業者の皆様へより

令和2年度農林水産予算概算決定の概要のうち「36.食品等流通合理化促進事業」より

 また、同時に、「食品等流通合理化促進事業」を実施してテクノロジーを活用した、サプライチェーン全体のプラットフォームのモデル作りも考えています。

 
〇経済産業省
 経済産業省は、流通に関する政策としては、2011年には既に、メーカー(製)、中間流通・卸(配)、小売(販)の各企業が協力して取り組む事を目的とした「製・配・販連携協議会」を設立したりしていますが、現在のところは、どうやら、ちょっと調べた限りでは、もっぱら、①効率化を実現するための、先端テクノロジーの実証実験が主な担当のようです。ウェブサイトを「政策について 政策一覧 ものづくり/情報/流通・サービス 流通・物流」と辿ると、「IoT等を活用したサプライチェーンのスマート化」として、電子タグ、電子レシート、カメラ等のツールを活用した実証実験の事例紹介を行っています。また、令和2年度は下のような基盤構築事業を計上しています。

令和2年度「流通・物流の効率化・付加価値創出に係る基盤構築事業」PR資料より

〇内閣府
 あと、実は、内閣府戦略的イノベーション創造プログラムの枠組みのなかで、「スマート物流サービス 研究開発計画」を打ち出し、「サプライチェーンに関するあらゆる企業のあらゆる膨大なデータ(生産情報、在庫情報、輸送情報、物流リソース稼働状況、販売情報等、IoT 等で常時吸い上げられる膨大なデータ、交通情報等の公的情報等)を用いて構築し、共有して見える化する」と言っています。

小括:デマケ、実証実験

 このように、ぱっと見たところ、①効率化に向けて「ITでサプライチェーンのプラットフォームを作ろう」という目的で、各省が調査や実証実験系の施策をいくつも展開していることがおわかりいただけたかと思います。これらの間の違いや棲み分け(デマケ)については、おそらく用意された答えや事情はあるんだろうと思います。予算規模もそれぞれだいぶ異なりますし。なので「ダブってるじゃないか!」「ムダだ!」とすぐに批判するのは早計かもしれません。逆に、普通に、ダブっていてムダなのかもしれません。また、他にもたくさんの関連施策がわかりにくいところで展開しているかもしれません。いずれにせよ、デマケが最適化されていると確認するにはもっと調べる必要がありそうですが、締切の都合と僕の能力の限界で、今はちょっとわかりません。ごめんなさい。

 ちなみに、最新のテクノロジーの実用化に向けて各省がこぞって行う「実証実験」という政策は、先進的な優良事例を作って、みんなにマネしてもらう、横に展開する(社会に「実装」されていく)ことを狙っている点で、特区とよく似ています。こうした優良事例作りにおいては、インセンティブ設計(先行者利益、そして、マネする人々のコスパ)が重要となることについては、前回のGQでも少し触れたとおりです。

 

最後に:「CSC戦法」は万能か。 

 このように、流通改革は、①効率化と②労働者保護のために、「コンセンサス➡ムチ➡アメ」の順に展開しています。今回取り上げた「第1次中間とりまとめ」は、コンセンサス醸成とムチの発動も引き続き強化しつつ、アメも展開していく段階に入った、という経過が表現されていると言ってよいでしょう。Consensus ➡ Stick ➡ Carrotなので、仮に「CSC戦法」とでも呼びましょうか(英語で「アメとムチ」は人参と棒(Carrot and Stick)という言い方をします)。

 このCSC戦法は、利害関係者が非常に多くて、一発でえいやっと構造を改革できない時に日本の中央官庁が使う、非常に典型的な手法です。利害調整がめんどくさすぎるので、まずは関係者を集めて意見交換する。その上で、ジワジワと、進められそうなところから空気を作っていくのです。今の日本では、おカネを配るのは財政が厳しくて難しいので、普通アメは最後の手段ですが、規制をいじる方がもっと難しい場合は、おカネを配るのが先に来て「CCS」になるかもしれません。アメもムチも展開できず、コンセンサスも生まれず、ただ会議だけを行い続けている場合や段階もあるでしょう。今回は②労働者保護という人権問題すなわち行政の使命の根幹に関わる事項が入っていたことや、働き方改革の流れがあったので、ムチ(stick:棒)が比較的早く前に来た形だと思います。

 しかし、CSC戦法だけで、日本の流通は最適化されるでしょうか。確かに、この戦法は、多くの利害関係者が同じ行動をとることだけで問題が解決する場合は、大変有効な手法だとは思います。いわば、ワンレンのストレートヘアを整髪するように、髪の毛を何度も梳いていれば毛並みが揃うように、政府の誘導に従って人々が同じ行動をとるようになる、というような。現在の外出自粛の呼びかけ施策はその典型でしょう。
 ですが、遅かれ早かれ、流通改革はグランドデザインが必要となる局面に突き当たるのではないかと思われてなりません。というのも、結局のところ、この取りまとめにも記されているとおり、商取引の決済の慣行の廃止や、最終消費者の意識変換、各地の物流センターの統廃合といった、多くの利害関係者がそれぞれ、具体的に、大小の痛みを引き受けることになろうからです。人々は一定程度誘導に従いはしても進んで痛みを引き受けることまではしないものです。いずれ、極めて総合的な全体最適が図られた流通システムの「デザイン」が求められるでしょう。そしてそれは、損をする関係者が何らかの形で納得する内容でなくてはならないでしょう。それはちょうど「編み込みポニーテールにする必要がある」という決断にしたがって、あちこちカットしたり、部分的にアップにしたり、編み込んだり、くせ毛をケアしたりする、ヘアデザイナーによる「アート(作為)」が求められるように。

 もしかしたら、食品流通合理化検討会の事務局は、とりあえずITの実証実験を行って成功事例を共有したり、各省の所管の範囲で「できることから、できるだけ」のことを行ったりすることで、「デザインが必要だ」「各事業者も全体最適のためには犠牲を払わないといけない」という「コンセンサス」に至るまで、時間を稼いでいるのかもしれません。はたまた見えないところで、別のCCS戦法も、展開中なのかもしれません。そして、デザインが必要だというコンセンサスに至った際には、誰がデザインするのか、必ず問題になります。水面下でデザイナーの座をめぐる「戦い」(押し付け合っているのか、奪い合っているのか)も、永田町や霞が関のどこかで進行中なのかもしれません。いずれにせよ、デザイナーにデザインする能力(構想力と実限力)があることを祈ってやみません。
 
 流通改革は、まだ第1次中間とりまとめの段階です。国民の生活インフラの将来を左右する流通改革の行方に、引き続き注目していきたいと思います。

[了]

この記事は2020年5月21日に公開しました。