橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「現役官僚のニューヨーク駐在日記」。
今回は、〈出張組〉〈駐在組〉〈永住組〉という三層の日本人コミュニティを読み解きます。
「現役官僚のニューヨーク駐在日記」の連載記事は、こちらにまとめていきます。よかったら、読んでみてください
「遅いインターネット」はPLANETS CLUBの皆様のご支援によって、閲覧数を一切気にせず、いま本当に必要なこと、面白いと思えることを記事にすることができています。PLANETS CLUBでは、宇野常寛が直接指導する「宇野ゼミ」、月イチ開催の読書会など、たくさんの学びの場を用意しています。記事を読んでおもしろいと思ったらぜひ入会してみてください。(詳細はこちらのバナーをクリック↓)
端的に言うとね。
こんにちは。橘宏樹です。トランプ政権も100日が経過しました。関税政策にせよウクライナ和平にせよ、まずは高目から吹っかけて落としどころを探る「ディール(取引)」スタイルが展開しています。世界は、振り回されながらも、なんだか妙に慣れてきた、といったところではないでしょうか。株価の乱高下の幅も小さくなってきているように見えます。もちろん、トランプ大統領は、お騒がせして申し訳ありませんなどとは、決して詫びません。トランプ・ディールの最終目的が、国内雇用を取り戻すべく、安過ぎる為替レートや投資制限で独善的保護主義政策をとる中国を追い込むことにあるとしても、この恣意的急変動に世界が慣れていくことそれ自体によって、彼による世界に対するある種の「調教」が進んでいる感もなきにしもあらずです。
関税交渉の合意一番手はイギリスでした。これまで両国間に大した貿易摩擦が生じていなかったことが早期合意できた主要因だとは思いますが、右往左往する他国を尻目に、こうやって妥結するもんなんだぜ、とばかりに、早々にイチ抜けするところ、やはり英国の手早さ、鮮やかさのようなものを感じて「さすが」と思ってしまうのは僕だけでしょうか。スターマー首相の手腕以前に、英米関係の「特別さ」を裏打ちする極太の外交パイプが、縦横無尽に通っているんだろうなと想像させられます。ベッセント米財務長官とマンデルソン駐米英国大使との個人的な信頼関係が効を奏したとの報道もありました。
転じて、リーディング・ケースになるはずだった日本政府は苦心しています。トランプにパイプがない、交渉力が弱い、と、石破政権は批判にさらされています。外交関係者は全力を挙げて交渉にあたっています。ですが、対米関係をマネジメントする上で、改善が必要な存在は、果たして石破政権と外務省関係者だけなのでしょうか。
国家間関係は、社会間関係の上に乗っかっています。社会間関係は非常に多種多様な分野に渡り、重層的で有機的に関連し合っています。とどのつまり、日系人社会が米国社会に深々と「食い込んで」いればいるほど、人脈と情報が本国の手に入り、日本の対米交渉力はアップします。僕は、日系人社会自体は、米国社会にボチボチ食い込んではいるものの、むしろ日系人社会内の連係プレーができていないため、せっかくの食い込み分すら活用し切れていないところに課題があるのではないか、と見ています。対米交渉が遅滞している原因は、実は、結構根が深いのです。
一方で、この日系人社会内の連係プレーを改善できれば、日本の未来も、かなり拓けて来るようにも思えます。
本連載の最終章として、3回に分けて、NY駐在の総括編をお送りします。まず今号では、僕が約3年間、NYの日系人社会で生活して気が付いた、日本の国益を最大化するためのヒントを、日系人のキャラクターの種類、日本人の社交戦術、国家間の社会間関係の3つの観点からご共有したいと思います。
・日系人社会を構成する「三種類の日本人」
NYの日系人社会は「三種類の日本人(日系人)」から構成されます。ずばり「出張組」、「駐在組」、「永住組」です。
・出張組
「出張組」は文字通り、NYに出張で訪れる人々です。何かの拍子に単発でやってきたタイプの出張者や観光客は含みません。クライアントの拠点や自社の支店等がNYに在るなどの理由で、頻繁にNYと日本(または他国と)を往来する人々を念頭に置きます。プロフィールとしては、大企業の社員に限らず、中小企業、個人事業主、コンサルタント、士業、アーティスト、ミュージシャン、などなど、様々な業界、ポジションの方々がいます。シンポジウムや国際会議に定期的に参加するシンクタンカーや学者も含めてよいでしょう。ビジネスパーソンであれば、NY支店のある本社職員の往来、NY支店を置けるほどの規模にはないが、当地とかなり取引がある企業の関係者が多いです。出張組は、機会費用を大事にしており、空き時間にアポイントを詰め込む人が多いです。有意義な人脈を誰かに紹介してもらったり、以前会った人を再訪したりして、ネットワークの拡大や強化を行います。とはいえ、限られた滞在時間では、ビジネスに真にイノベーティブな展開をもたらしてくれるような、業種業界を超えたネットワークを作るのは、現地に巨大な人脈を有するハブ人材(つまり「永住組」の有力者。後述。)との関係がない限り、なかなか厳しいのが常です。また、個人事業主など裁量を存分に生かしてスピーディーにビジネスを進められる人々もいますし、本人の人脈や発想がどんなに豊かでも、海外市場の知見のない本社の上司の指示に従わなくてはならず、みすみすチャンスを逸する企業も多く見受けられます。例えば、出張中に色々うまくいって、会社的にも超重要な人物を紹介してもらえるパーティーに急に参加できることになったのに、社内スケジュール優先で参加不可とさせられてしまうとか。はたからみて、この会社は何のためにこの人をNYに出張させてるの?ビジネス出張は、オフラインだからこその偶然の出会い(セレンディピティ)を拾って集めてなんぼでしょうに…。とガックリするような話は、残念ながら、あるあるです。
・駐在組
「駐在組」は、NYに派遣されて数年間駐在している人々です。主には商社、銀行などの大企業や官公庁やメディアなどです。多くの大企業では、NY支店勤務はエリートコースなので、帰国後の出世が約束されている人々も多いです。裏返せば「JTC(日本型保守的大企業)」の組織文化への適応競争に勝ち残ってきたジャパニーズ・コンサバ・エリートの資質を持ちつつ、駐在期間を終える頃には、生き馬の目を抜く、これまた極端に異常な世界経済の最先端の土地の空気も知っている、という「国内と海外の両極を知るバランスのとれた」人材が育つわけです。駐在組は、組織の力に乗っかって仕事をしているので、現地政財学界の有力者達と知り合える機会に、比較的恵まれます。アメリカ人側も、本社に戻ってからの彼らの出世を見越しているので、潜在的には、帰国後も個人的に繋がりたいと思いながら、駐在組と付き合っています。なぜなら、「非関税障壁の高い」日本とのパイプが太いというポジショニングは、NY界隈の業界人にとって生存戦略たり得るからです。しかし、そうした出会いを個人のコネクションにできるか、中長期的な社益に繋げられるかは、やはり本人の器量に依存してきます。
そして、当のコンサバ・エリート日本人側も、NYでは、そして、自分のキャリアにおいてここからは益々、肩書きを越えた個人の付き合いが重要である、ということを頭ではしっかり理解しています。頻繁にゴルフや食事に行って、あはは、おほほと相づちを打っていればいいのか、いや、それだけでは全く不足だ、ということまではわかっています。しかし、あくまで僕の見知った範囲ではありますが、自分の社交スタイルが確立できていない駐在組は多いというのが実情だと思います。JTCの中では比較的国際的で社交的な人がNYに派遣されてきているはずなのですが、はっきり言ってしまえば、日本語での会話であっても、話が面白くない人が多いです。例えば、趣味はあっても、それをやっていない人の興味を惹くように話を広げられなかったり、クスッとさせたりへーっと思わせたりするウィットに富んだ小話のストックをたくさん持っていたりは、あんまり、しないのです。

・駐在組が身につけるべき「三段構えの社交戦術」
では駐在組は、どうしたらよいのでしょうか。アメリカ人に休日のお茶やゴルフに誘われる、和食レストランに招待したら来てもらえる、ここまでは所属組織のポジションの力で実現します。ですが、そこから「特別な絆」を築けるような積極的な言動を取れるのかが真の勝負です。具体的にどうするか。以下に、非常に僭越ではありますが、試行錯誤のなかでたどり着いた橘流の社交戦術を、一例として、ご紹介したいと思います。僕はこうやって上手くやったぞ、というよりは、「やられた!」と思った時に、やられていたこと、を分析して得た方法論です。三段構えです。(「やられた!」とはどういうことか、については、次号で詳述します。)
まずは、今目の前にいる人物の「①ニーズの特定」をすることが第一歩です。何を欲しているのか理解します。例えば、風力発電技術開発への投資を持ちかけることができそうな日本の地方企業を紹介してもらいたい、とか、○○株式会社では誰が次の社長になりそうかを知りたい、とか、です。何が欲しいのか率直に聞いてもいい場合もありますし、言外に察していくしかない場合もあります。とにかく、こちらから想像を働かせることです。複数わかると尚良いです。それらのニーズの優先順位や切迫感も知りたいところです。しかし、元来は親切な人であっても、社交慣れしていないがために、局面では余裕を失って、ついつい、相手からどういう利得が得られるかといった、自分本位の観点からでしか頭が働かなくなってしまっている駐在組は多いように見受けます(本人としては、慣れない社交の場でも、必死で最低限の仕事をしようとしている、という意識であるところに悲哀があります…。)が、それでは、突破口は開けません。兎にも角にも、よく聞くことから全ては始まります。
続いて、相手が欲しているものの中で自分に提供できるものがあれば、「②提供能力の誇示」を行います。「ああ、僕なら紹介できますよ。所属しているNPOの関係で親しい関係にあるので、すぐチャットでお繋ぎできますよ。」「今度の△△イベントの場に副社長が来るのでそこで何か聞けるかも知れませんよ。ここだけの話、○○株式会社の運営する××クラブは会員減で困っているので入会のチャンスだと思いますから入られては。他に伝手がなければ、あなたならば、私が紹介状を書いてもよいですよ。」といった感じです。相手の周囲では自分にしか提供できなさそうなものならば、その旨もしっかり匂わせます。自分というチャンネルの希少価値をアピールするチャンスは逃してはいけません。しっかり印象付けられれば、また相談をしてくれる(=貸しを作る機会が増える)かもしれませんから、ここはあざとく行かねばなりません。
その上で、「③積極的な提供」を行います。「じゃあ一本電話入れてから今日中にチャット立てちゃいますね」とか「××クラブと△△イベントの詳細を送っておきますね」といったところです。特段の下心なく、即座に、気前よく提供すると品良く映ります。心から行えば誠意は伝わります。人間関係上の「貸し借り」のセンスがある人には、くどくなならないように、さらりと、センスが鈍い人には、やや恩着せがましく、といった、態度の使い分けは多少あった方が良いかも知れません。

ちなみに、「①ニーズの特定」の亜種には、玄人なんかは、色々提案を囁いて、相手が気づいていなかったニーズを新たに認識させたり、求めていなかったニーズを生じさせたりする「①’ニーズの創造」という応用技もあります。自分にしか提供できないものを、むしろ相手に欲しくさせて、気前よく提供して感謝させ、「貸し」にしていくわけです。また、「②提供能力の誇示」から進んで、手元にないのに「はったり」をかます「②提供能力の虚偽表示」を行いつつ、それでも納期までには辻褄を合わせて「③積極的な提供」を成功させれば、過去の連載で触れたユダヤ人の格言「あなたが持っていないものを、欲しがっていない人に売る」の域にまで到達できます。
第5回「あなたの持ちものを欲しがる人に売ることをビジネスとは言わない(中編)|橘宏樹「遅いインターネット」
また、「自分に提供できるもの」ですが、本当に、小さなことでいいのです。日本人の自分の目線で本当に美味しいと思うNYの寿司屋はどこか(及びその理由)、という話でも、中国人と韓国人と日本人の外見上の見分け方でも、東京出張時に訪れるべきところでも。しかし、そうしたトピックで、みんなが知ってるような、驚きのない答えに終始してしまうと、つまらないやつという扱いを受けます。1アウトが積まれます。「え~っ?!」「本当か?!」と半信半疑や笑いを誘う答えならば、ヒットです。少なくとも、座持ちするからです。座持ちすれば、また別の会にも呼んでもらえます。なぜなら、悲しいかな、「座持ちするジャパニーズ」は貴重だからです。そして、小さいことではあっても、そこには、感謝が生まれます。上記で述べたように、感謝は小さくても「貸し」になります。そして、好印象を残すことができます。覚えてもらえます。一流のビジネスパーソンほど「貸し借り」に敏感です。役に立つ奴のリストを常に更新しています。膨大な人間関係の海のなかで、初対面から好印象を相手に残すことができれば、それは、一見、小さく見えながらも、大きな一歩なのです。
しかし、そういう「差し出がましい」「失笑を買いかねない」言動を、多くのコンサバ・エリート日本人は、それまでのJTC内のキャリアでは、全然磨いてきていないのです。リスクとミスを最小限にすることが基本戦術であってきたからでしょうか。しかし、それらは恥でも汚点でもないのです。結果としてニーズには外れてしまったとしても、敢えて申し出た提案は、誠意と思いやりの塊であり、敢えて取りに行った失笑はユーモアの飛沫なのだ、と胸を張るべきなのです。その「虚勢」こそが、相手に食い込める社交の本質なのです。なぜなら一流以上の相手ならば、自分に良かれと思って、「リスク」を取ってくれたんだなと、すぐピンとくるからです。NYのような凄絶な社交界で生き抜いている人ならば、誰しもそういう苦労に覚えがあるからです。ピンときた人は、ひときわ優しい微笑みをくれて、高い可能性で、後で個別に話しかけてくれます。裏返せば、ピンと来ない人とは、極論すれば、無理して付き合わないでよいのです。敢えて、虚勢と言いましたが、むしろ実勢、なんとなれば、己のサービス精神のキャパシティの大きさを顕示する機会を逸するな、ということを言いたいのです。
そもそも、そういう小さい会話の端々から、相手のニーズをしっかり特定できて、提供能力があって、しかも気前よく与えてくれる、というビジネスパーソナリティを示していかなければ、個人として信頼してもらえるきっかけを得られません。その先、大きな話など、到底、持ち込んでもらえはしないのです。実は、雑談の場で多くのことが試され、自ずと、決しているのです。
この点、日本人の駐在組の社交場での会話に目を転じると、惨憺たる有様が展開しがちです。例えば、ニューヨーカーに、東京行ったら訪れるべき場所を聞かれたとき、生真面目に熟考して、うーむと会話を間延びさせた挙げ句に、スカイツリーだとか浅草だとか、と、大した理由も添えずに、そっけなく答えてしまう人を多く見受けてしまいます。本人達は至極常識的で妥当な回答を慎ましく行ったから及第点だと思っているかも知れませんが、僕の感覚では、この答えだけで3アウト、どころか多分ゲームセットです。ニューヨーカーを向こうに回すにしては回答が陳腐すぎるというのもさることながら、相手のニーズを汲み取る姿勢が見えません。例えば、もし浅草がその人の東京出張のツアーに組み込まれているのであれば、貴方はベジタリアンと聞いているが、浅草には野菜だけの佃煮屋がある、また、さっきから見ていると、どうやら日本酒がお好きのようだから、よく合うから、行ってみろ、割烹MASA(NY最高の和食レストラン。ビジネスエリートならば駐在組日本人に一度は接待で連れて行かれる超有名店。)では食えないぞ、300年の老舗の味が2ドルで食えるぞ、くらいのことを添えるべきです。少なくとも僕はそうしていました。
駐在組は任期があるので、一定期間が経つと去ってしまいます。当地の人々も、そのことを最初からわかりながら、付き合っています。ポジションゆえに付き合っている場合、引き継ぎがなされるので、交代による仕事上のダメージはほとんどありません。ただし、駐在員を派遣している組織としては、後任者が前任者の人脈を引き継ぎ、上乗せを繰り返していけた方が、組織の発展には繋がるでしょう。とはいえ、駐在員の個性次第で、付き合える人々の種類や濃淡に違いは出てきます。また、単純に上乗せされていったら、時代を下るに従って現任者はパンクしてしまいます。それならば、前任者が帰国後もずっと付き合いを続けるように仕向ける戦略をとった方が、組織の人脈プールは拡充しますし、上述のNY側の生存戦略にも符合しますので、持続可能性がある気がします。
察しが悪く、準備もなく、気前も悪い人と、誰がビジネスをしたいでしょうか。大きなビジネスの話を打ち明けたいでしょうか。離任後もプライベートで付き合い続けたいと思うでしょうか。日本人は「空気を読む」ことに長けているとされていますが、空気を読む目的は、とどのつまり、保身であることが多いですよね。内輪の空気を読んでは我慢ばかりしているストレスや空気を読めない人への糾弾、または糾弾の行き過ぎが議論されがちですが、国際社会で他人の利益を読んでいる日本人はどのくらいいるでしょうか。競争がシビアであればあるほど、味方を増やすことが生き延びるための第一歩になります。だから、国際社会では、先を争うように、自分にあるものを他者に与え、他者に率先して貢献することで、感謝や評価を得て、好感度や存在価値を上げていくことが、生存戦略の基本になるのです。読むべきは、空気ではなく、まず、他人の利益です。約3年間の駐在期間を通じて、つくづく歯がゆかったのは、国際的な社交の場で、内輪ウケする振る舞いが染み付き過ぎた言動のせいで、まさに今その瞬間、自分が試合終了した、社益も国益も大きく逸した、ということに気がつくことすらできない日本の駐在組が多過ぎるという実態です。言語の壁のせいではありません。利他の精神の不足です。英語のフレーズは簡単なはずです。利他の精神を発揮できるように、こういうフレーズを言えるようになろう、これを欲している人にはこう申し出よう、という自分からサービスしていく場面を想定した英会話の練習をしていないだけです。後に述べる永住組の成功者たちでも、数十年NYで暮らしているにもかかわらず、英語が上手な人は、正直、そんなに多くありません。その代わり、ちょっとした会話でも何かしら違いを出そうという、サービス精神が溢れかえっています。うまく英単語が出てこなくても、ビシビシと気持ちが伝わります。駐在組の方々にも、ぜひ、自分なりの社交戦術を備えてNYという場に居ることの価値を最大化してもらいたいと願います。
期せずして、駐在組の社交下手さをディスる形になってはしまいましたが、もちろん、なかには、あらゆるトピックにいちいち面白い小ネタを持っていて、上手に人々の関心事を引き出してはその場を回してすらしまうような、スーパー社交上手の駐在組の方もおられます。特に商社やメディアには、やはり凄い人がいます。僕の知らないところで、そのようなスーパー駐在組が、大勢、大活躍しているかもしれないこと、そして、彼らこそが社益・国益を支えておられるだろうことは、申し添えておきたいと思います。
・永住組
最後に「永住組」です。数十年単位でNYに住み着いている、日本に帰る予定のない方々です。日系2世、3世といった現地生まれ育ちの人、アメリカ人と結婚して住み着いた人、一旗揚げようと若い頃にやってきて、どうにか勝ち残った成功者(前号のゴハン・ソサエティの川野作織さんや、第6回で触れたジャパン・ビレッジの好田忠夫さんが典型例)、最初は出張組・駐在組だったがNYが気に入って移住を決め、当地で職を得た人、老後の住処を得た人、などなど、色々なパターンがあります。様々な職業の方々がいますが、やはり個人事業主が少し多目でしょうか。共通点としてはっきりしているのは「いわゆる日本人的な日本人ではない」ということです。日本語は話せる人が多いですが、思考方法も行動様式も、いわゆる日本人とは全く異なります。例えば、自己責任の気風、チャンスに際してはリスクを(積極的に)取って個の力でなんとかしていく姿勢、ユダヤ人、インド人、中国人、韓国人など、他民族と協働できるコミュニケーション能力などを兼ね備える、過酷な環境でのサバイバル能力に長けた人々が多いです(ユダヤ人にプロデュースされた好田社長が典型)。スピード重視で、リスクを取って遮二無二頑張らなければ生き残れない、誰も守ってはくれない、守ってもらうには、別なことで貢献しなければならない、という価値観が骨の髄まで染みついています。彼らにとっては「三段構えの社交戦術」などは当たり前すぎる話です。一方、あまり大声では言えないですが、なかには、法律すれすれ?のことをしてきた人も多そうな模様です。言動もやや過激ではっきりしているので、日本社会では、すぐに爪弾きに合いそうなキャラクターの方々が大半です。とはいえ、彼らに言わせれば、何かと窮屈で、アマったれの蔓延る日本社会なんかこっちから願い下げだ、だから自分はNYに来たのだ、こっちの方が性に合うわい、といったところでしょうが。
強制収容所生まれ、被爆後の広島育ち、ベトナム戦でPTSD ─ 日系人・古本武司が伝えたいこと(前編)
第6回「あなたの持ちものを欲しがる人に売ることをビジネスとは言わない(後編)」|橘宏樹「遅いインターネット」
第14回「分断を乗り越える個人の力」|橘宏樹「遅いインターネット」
・断絶する永住組と駐在組
なので、そんな永住組は、特に、上記のコンサバ・エリートな駐在組日本人とは、カルチャー的に相容れません。ざっくり言えば、基本的には、お互いに軽蔑・敬遠し合っている、と言っても過言ではないでしょう。というのも、毎日数ドルで暮らし、汚泥をすすりながら生き抜いてきた永住組から見れば、駐在組は、毎晩接待で数万ドルの社費を日系キャバクラ(ピアノ・バーなどといいます。ピアノはあったりなかったりします。)で費消する妬ましい奴らに映ります。子供の頃勉強ができたかどうか知らんが、話も面白くない、ものを知らない、個の力も低い、修羅場も踏んでない、人間的魅力に欠ける、なのに、会社のカネでいい思いをしている、むかつくヤツらというわけです。転じて、コンサバ・エリート駐在組側も、永住組の、個性強めのファッションを一瞥し、乱暴な言葉遣いを少し聞いただけで、ああ、この人達は「うさんくさい」「ちゃんとしてない」なあ、だからきっと、日本ではやっていけず、NYに逃げてきて一発逆転を狙う落ちこぼれなんだろうな、変な話持ち込まれないように警戒しなくちゃなあ、などと壁を作りがちです。成功して現地セレブ化した一部の永住組を除いて、駐在組は、あまり永住組と付き合いません。せいぜいが、非日系人業者よりは安くて信頼できそうな「日系の現地下請け業者」に発注する時か、ピアノ・バーでバイトする若い女子学生と話す時くらいです。飲み会も駐在組同士でしがちです。医療保険が高いがどこがいいかとか、子供の学校がどうだとか、当地での苦労や問題解決方法のシェアなど、共通の話題は尽きませんから、切実な情報の交換に意味はあるのでしょうけれど、一歩引いて、人脈の広がりという点で見れば、大手町界隈でもできるようなメンツの飲み会ばかりしているようにも映ります。駐在組と永住組の溝は、かくも深いのです。

・出張組と駐在組と永住組の連係が上手な韓流(コスメ産業の事例から)
この点、他国の民族社会の出張組と駐在組と永住組はどんな感じなのでしょうか。韓国系では連係が極めて上手く取れているという話を聞きました。
SEPHORAという、世界的に有名なフランス系のオシャレなコスメ関連のチェーン店があります。マンハッタンの至る所に店舗があるのですが、ここの目立つ棚に自社製品を入れるべく、世界中の化粧品会社がしのぎを削っています。KOSEや資生堂といった日本勢の商品は、店内を探せばひとつかふたつは見つかるという程度でしたが、韓流化粧品の存在感は圧倒的でした。どこもかしこも韓流コスメ一色。棚を席巻していると言っても過言ではない状況でした。その裏には、やはりカラクリがありました。これは、駐在組の日系商社マンから聞いた話なのですが、何をどこにどのくらい並べるかは、SEPHORAの各店舗の棚を差配する現場責任者が決めます。コスメメーカー・商社としては、彼らと個人的な関係を築くことが、売り込みのカギになります。この点、韓国系「永住組」のコンサルタントは、時間をかけて彼らとの関係性をガッツリ作っており、尚且つ、そのコネの価値(自分を通さなければ、その棚に置けないぞ)を韓流「駐在組」に日頃からしっかり売り込んであります(上記の社交戦術「②提供能力の誇示」に通じますね。)。「駐在組」も現地人脈を持っている永住組コンサルタントを大切にして日頃から接待しています。すると、本国から現地確認や最終決定等のために「出張組」がやってきた際には、駐在組が出張組にその永住組コンサルタントを紹介し、永住組コンサルタントは出張組をしっかり接待及び現地案内をすることで、滑らかに、スピーディーに、意思決定が行われる、というわけです。本国のお偉方を連れて行けば、永住組コンサルタントとしても、棚の現場責任者に対していい顔ができます。また、より早い意思決定でより安く卸してもらえれば、棚の現場責任者にとってもプラスです。そして、自分が異動や転職で余所に移っても、後任の棚の現場責任者に、色々言い含めつつ関係を引き継げば、その永住組コンサルタントとの「良い関係」を引き続き維持でき、別な場所でも将来的に一緒に「良い仕事」ができるかもしれません。Win-Win-Win-Winです。というか、それが本来の駐在組と出張組の機能分担の姿だろうと思います。
▲マンハッタンのSephoraの店内の様子がよくわかります。
韓国系のみならず、ユダヤ系においては、言ってしまえば、これしきのこと、宝石業を中心に世界中で5000年間用いられてきた基本戦術でしょう。中華系においても、華僑ネットワークの歴史と巨大さから推して知るべしです。とはいえ、現在の米国には中国当局を嫌う(共産党支配を嫌って移住してきた)華僑が多いのと同時に、華僑を利用して入り込んでいきたい中国当局側の活動もまた活発であることなどから、折々に相互不信や衝突があって色々と複雑な模様です。旧宗主国の英国系については、冒頭で例に挙げた英米間の早期合意において、ベッセント米財務長官とマンデルソン駐米英国大使との個人的な信頼関係が機能したことが指摘されているように、特に金融業界を舞台にしつつ(ロンドンとマンハッタンの連動関係は間違いなく強固です)、「三種類の英系米国人」が200年にわたって、常日頃、緊密に連係しているものと推測されます。
ちなみに、僕個人は、こうした日系社会の「もったいない」状況を少しでも改善しようと、帰国後1年以上経った今でも、NYで知り合った方々と連係しています。NY永住組の訪日の際には再会を楽しむだけでなく、繋がれば有意義そうな「日本国内の永住組」を引き合わせますし、NYへの出張組や新しく赴任する駐在組には、永住組や(他所の)駐在組を遠隔で繋いだりして、微力ながら、三種類の日本人の間の橋渡しを行っています。

・点から線、線から面へ、そして「三次元の国家間関係」へ
読者の皆様はきっと同意いただけると思いますが、日本経済の発展の観点から、永住組と駐在組(及び出張組)は連係すべきです。永住組は、人生を賭けて死に物狂いで切り拓いた独自の現地人脈を持っています。しかし、大抵、カネがありません。駐在組には(相対的に)カネがありますが、現地人脈は弱いです(駐在しているのに!)。出張組には、時間はありませんが、本社を動かす力があります。ビジネス上の合理性の観点から、三者間でお互いを補完し合える余地は極めて大きいと言えます。
この100日間、日米には同盟関係があるはずなのに、急に何でも変えられて、取引材料にされて、アメリカ依存はリスクだなあ、と感じている日本人は多いと思います。トランプ政権がやや異常であることを差し引いても、およそ国家間関係が急変するリスクというものは、常日頃考えていなくてはならない問題です。
今号で述べたいのは、こうした二国間関係におけるリスクのマネジメント方法を考えるとき、日本から他国への「食い込み方」というものを、より高い解像度で見直して、実践に落とし込んでいくべきなのではないか、ということなのです。
例えば、外交関係者がカウンターパート同士でやりとりをしている、というのは、あくまでポジション上の「点と点」の話です。カウンターパートナー個人同志の信頼関係が深まり、それぞれが信頼する第三者同士を紹介して繋ぎ始めたとき、関係は「線と線」に伸びます。もちろん、点から線へと、信頼関係を深める際には、既に述べた「三段構えの社交戦術」が基になります。そして、紹介がそれぞれの所属組織やコミュニティ内で縦横無尽に展開し、集団的な付き合いに発展すれば、「面と面」の関係になります。そうした面と面の付き合いが継続し、上層部も巻き込むようになって、事実上、彼らのコミュニケーションが、組織間の合意決定における根回しの機能を果たす段階に至れば、もはや「立体と立体」の関係に至ります。もちろん、この点から線へ、面へ、立体への展開は、「三種類の日本人」間の連係プレーがもたらすことは、言うまでもありません。
「三種類の日本人」のそれぞれが、「三段構えの社交戦術」を駆使して、まずは日系人社会内のスムーズな連係を達成すること、それをアメリカのみならず、各国との社会間関係のあらゆるフェーズにおいて展開し、点から線、線から面へ、面から立体へと、交流の次元を「立体」間、すなわち「三次元の国家間関係」にまで高めていければ、日本外交にもきっとより多くの選択肢をもたらしてくれるものと、信じてやみません。
この記事は、PLANETSのメルマガで2024年5月23日に配信した同名連載をリニューアルしたものです。あらためて、2025年5月29日に公開しました。バナー画像:懐かしき風景その1。マンハッタンの一角。様々な時代・様式の建築が同じ視野の中にある。懐かしき混沌。