男と遊び 再び  井上敏樹 

 随分と間が空いてしまった。この男と遊びを中断してもう4年になる。それにはちゃんとした理由があってある夜、私がぼんやりしていると東映のRプロデューサーからラインが入った。『来年の戦隊やりませんか?』と。『よかろう』と私。Rとはもう40年近い付き合いになるが、彼との仕事は大体こんな風に始まる。

 戦隊をやれば丸一年拘束される事になる。プロットやらシナリオやら毎週のように締切りが来る。要するにクソ忙しくなるのだ。

 エッセイは休まざるをえない。ちょっと待て、お前が休んだのは4年だ。変ではないかと言われそうだが、それにもちゃんとした理由がある。

 怠け癖がついてしまったのだ。これ以上立派な理由はあるまい。だが、その間、エッセイの事を忘れていたわけではない。いつも頭の片隅にひっかかっていた。男と遊びを始める際、宇野常寛から『死ぬまで書いてくれ』と頼まれ、『任せろ。死ぬまで書く』と約束したからだ。そこで、このエッセイの読者がどれだけいるか知らないが、数少ないファンがいると信じて再開する決心をしたのである。さて、戦隊を書くにあたって私はふたつのルールを設けた。『絶対に締切りを守る』『シナリオの内容に妥協しない』の二点だ。そんなん当たり前じゃん、と思われるかもしれないが、これがなかなか難しい。人間だからだ。人間は弱い。特に私は誘惑に弱い。意志が弱い。ちょっと深酒をして二日酔いにでもなれば締切りは犠牲になる。内容にしてもちょっと油断すると『まあ、こんなもんでいいだろ』と耳元で悪魔が囁く。

 そこで私は日頃の姿勢に工夫をした。車に譬えればずっとエンジンをかけっぱなしにしておく、とでもいうような事だ。エンジンを切らなければアクセルを踏むだけで車は走り出す。具体的に言えばずっと頭の中で戦隊の事を考え続けるという事だ。いつも頭に血が上っている状態である。これは言うのは簡単だが、実はなかなか難しい。ふと思考が途切れる事がしばしばである。だが、それでいいのだ。と言うかそれが狙いだ。考え疲れ、思考が途切れた瞬間にアイデアが浮かぶ。ぼうとしていてはだめだ。閃きというのは思考の果ての静寂から生まれる。さて、エッセイを離れていた4年間、私にもそれなりに色々あった。まずは食。『え?食?お前のエッセイは食になるとつまらん』と言う向きもあると思うが、まあそう言わず付き合って欲しい。以前、夏と言えば鮑だ鮎だとうるさいぐらいに書いたと思うがもうひとつ、夏が旬の食材にトウモロコシがある。私は子供の頃からトウモロコシが好きだ。夏の休日、母が茹でてくれたトウモロコシ。

 母はトウモロコシの食べ方がうまかった。前歯を器用に使って軸から粒を外しながら食べる。子供の私はこれがうまく出来なかった。ただひたすらガシガシと齧る。汚らしい。それにしても今と昔ではトウモロコシも大分変わった。昔の物はずっと素朴で、ザ・穀物のような味だった。今の物はどこで食べても例外なく甘い。ひたすら甘い。怪しく甘い。それはそれで悪いとは言わないが、割烹の食材として幅を利かせるようになった昨今の風潮には疑問を感じる。トウモロコシの擦り流しだのトウモロコシご飯だの、一流の料理人の仕事としてどうなのか?

 トウモロコシを使えばうまいに決まっている。ほとんど仕事の余地がない。まあ、そういう物を諸手を上げて大喜びする客の方にも問題はある。大体、トウモロコシご飯を写真にとってどうするのだろう。理解不能だ。

 ここで全く話は変わるがちょっと前に私のアクリルスタンドが発売された。『は? なんでお前が……』と思うだろうが、特撮俳優のアクスタを販売している社長と知り合いになり、ぐでんぐでんに飲んでいるうちに『お前もアクスタしろ。色物として面白いかもしれん』『よかろう』という成り行きだった。写真撮影の日、私は化粧をされ、色々な衣装を着て様々なポーズを取り、そしてそのうちに『恥』という文字が頭に浮かんだ。これは一生の恥だ、末代までの恥だ、酔って約束などするもんじゃない、もう二度とアクスタなんてしないぞ。そう誓ったのだが、後日、件の社長と再び飲んでいるうちにぐでんぐでんになり、『お前、もう一度アクスタしろ。繰り返しのギャグは最低2回だ』『よかろう』と言う成り行きになった。そこで私は前回よりも濃い化粧をされ、派手な衣装を着て珍妙なポーズで写真を撮った。私の頭に『大恥』という文字が浮かんだ。それから『切腹』という文字も。

 酔って約束などするものではない。

(続く)

この記事は、PLANETSのメルマガで2025年9月24日に配信した同名連載をリニューアルしたものです。あらためて、2025年10月9日に公開しました。

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