男と女

川上 最初にここ(井上敏樹さんのアトリエ)に来たときのことを、まずは。雑誌「ユリイカ」で平成仮面ライダー特集をすることになり、宇野さんと井上さんがその中で対談をすると聞いたんです。もともと私は宇野さんの著書『リトル・ピープルの時代』を読んで、その少し前に宇野さんを編集者に紹介してもらっていたの。で、もう無理やり頼みこんで、大ファンである井上さんとの対談を見学させてもらった。あれは何年だっけ? 2011年の後半ごろかも。

井上 それくらいか。人生あっという間だね。なんだかんだ喧嘩もせずにけっこうラブラブで。

川上 うん。やっぱおいしいものが好きというのがあるよね。食べることでは間違わないって感じがあって。そうやってなんか定期的においしいもの食べてる仲間という感じ。

井上 大事だよね。気分良く飲んで、気分良く話してさ。

川上 うん、大事。わたしね、1回井上さんとラノベ作家の森橋ビンゴさん【編集部註:短編集『ぼくの死体をよろしく頼む』収録「憎い二人」】をモデルに小説書いたこともあるの。

井上 読んだよ。もう変態イーティングマシーンみたいな感じに書いてあるやつね。

川上 そう。いつも井上さんが食べてるものよりもずっと安手のものを食べてるとはいえ、もう食べることに集中している男性2人が、旅をしている。そこに女の子3人が、いちおう友だちだけど本音は言い合えないみたいな、仲良いような良くないような3人が出てきて。その中の1人の視点で書いた。男性2人が新幹線に乗っているとき、駅弁をきっちり半分食べて無言で交換する、みたいな場面から始まって。

井上 よくできてる。

川上 それで、歳も違うし境遇も違いそうなのに仲が良いその男2人の食べっぷりと集中っぷりとにやられちゃって、女の子の人生観が少しだけ変わるっていう短編なんですよ。そんなふうに、井上さんからはいろいろな触発を受けていて、私は平成仮面ライダーシリーズをきちっと観込んで、書く小説が変わったと思う。

井上 すごいね。光栄だわ。

川上 たぶんね、『大きな鳥にさらわれないよう』以降は影響を受けていると思う。最近書いた『某』とかも。もちろん井上さんみたいなものは書かないし書けないんだけど。

井上 俺ちょいちょい冗談で自慢しているもん。「川上、俺が育てたんだよ」って言って(笑)。

川上 はい、育てられました(笑)。

──前から気になっていたんですけれど、8年間1回も喧嘩とかしてないんですか?

川上 喧嘩はもうちょっとしょっちゅう会わないとしないんじゃない? でも、井上さんはそもそも喧嘩ってするの? 

井上 あんまりしないね。嫌になったら会わないけどな。まあ、喧嘩をするほど他人に興味ないのかもしれない(笑)。

川上 それは言えるかも! 喧嘩ってすごい踏み込んで相手のこと思ってるし、執着してるってことだからさ。でも、執着してないから好きじゃないっていうのとも、違うよね。

井上 距離感ってさ、人によって違うよね。「彼とはこの距離感がいいだろう」とか「彼女とはこのくらいかな」ってあるよね。無意識にしてる気がする。

川上 それはそうかも。それって昔はけっこうわからなかったような気がする。

井上 わからなかったよね。俺、それでずいぶん失敗したよ。ボクシングと同じだよね。「この相手にはこの間合いだな」「これでリーチ届くな」みたいな。

▲ギンナン煎餅。酒のアテに最高。

男と親

川上 でも、井上さんはものすごく記憶が鮮明ね。昔のこと。

井上 そうなのよ、めちゃくちゃ覚えている。昔のことのほうがやっぱり覚えてるね。

川上 お父さんとお母さんのことがやっぱりすごいよね。あの……宇野君のメルマガのエッセイに書いていた「男と親」とか。あれを読んで私、非常に感動しました。あの最後の「微妙」っていうのは、連載の白眉じゃないでしょうか。

井上 ベッドでね。「私は微妙よ」「俺もだ」っていうところだね。でもあの頃は暗かったよ。井上家は暗いの、実は。

川上 でもさ、暗くない家とかあるのかな。

井上 まあ、そりゃそうだね。ただね、おふくろは能天気だったし、俺、弟がいてふたりともガキ大将で、まあいろいろ趣味が多かったし、普段は楽しかったんだ。けど、そこに親父の影がくると暗くなるのよ。金問題、愛人問題。ほんと早く死なないかなと思ってたもんね。

川上 お母さんは井上さんにときどきポロっと話すんだね。

井上 話すね。親父の晩年の話なんだけどさ、男って遺伝子が死期を察して子孫を残そうとするっていう説があるじゃん。で、死期が近づくと性欲が高まるんだって。

川上 ほんと?

井上 うん。で、おふくろが親父が死ぬちょっと前に俺に言ったんだよ。「あの人最近求めてくんのよ」。

川上 息子に言うんだ。ほおー。すごい。

井上 「気持ち悪い」、とか言っていて。

川上 井上さんは、お父さんとお母さんのこと書くとなにか少しだけつきものの一部が落ちたりしない?

井上 いや、それはないね。もうね、それは落とした。

川上 いつ落とした?

井上 いつって言われても困るんだけど。死んでからかな、自動的に。まあ今や美しい想い出よ。平凡だけどさ、おふくろが生きていればもっと……食い道楽だったからさ、京都でも連れてったらさぞ喜んだろうとか、思うときはある。

川上 うん。

井上 俺も親父も脚本家じゃん。だからよくめちゃくちゃ影響を受けてるようなこと言われるんだけどさ、まあそりゃあいろんな面で受けているんだけど、反面教師として、俺はそんなふうには思ってないね。

川上 だって、それほど一緒に過ごしたりしなかったわけでしょう。

井上 いやでもガキの頃はね、夏休みには家族旅行に行ったのよく覚えているよ。2、3泊必ず海に行って。親父が好きだったからさ。そんなだから……。

川上 2、3泊か。それをよく覚えているっていうことは、あんまり一緒に過ごしてなかったんだよ。

井上 うん。とにかく親父はいないもんだと思ってたもんね。月に1回帰ってきて、なにかお土産持ってきてさ。しかもそれが愛人が買ってくれたやつなんだ。

川上 うん、書いてあったよね。

井上 一説によると妹がいるって話もあるの。俺に。でもけっこう信憑性が高いんだよね。親父の親友がポロっと言ってたからさ。
その親父の愛人ってのが赤坂のバーのマダムで、階段から落っこって死んだんだよね。今でもね、そのバーがあればいいなと思ってる。で、俺がチャリーンって行くわけよ。昔その女のお客だったやつがいたりしてさ、「あんたお父さんそっくりだね」とか言われて奢られたかった。

川上 それいいよね。その人に会ったことはある?

井上 ないない。でも写真は見た。がっかりしたの。おふくろそっくりだった。なんて想像力がないんだと。

川上 好きなタイプなんだろうなあ。

井上 そうかね。それがさ、親父が『隠密剣士』って番組が一番好きだったんだけど、その脚本の間に挟まってるのよ、愛人の写真が。しかもけっこうでかいの。で、裏をみると、「死ぬには早すぎたぜ、かよ」とかなんとか名前が書いてあるわけ。

川上 おお、お父さんロマンチック。

井上 「敏樹、死んだら『隠密剣士』の台本を全部棺に入れてくれ」って言ってたからさ。だからあの写真と一緒に……。

川上 すごい……。

▲エッセイにも書いた亡き母のスペシャリテ。豚肉のリンゴソース。豚とリンゴの相性よし。

男と生活

川上 1週間に何日くらい外で美味しいもの食べてるの?

井上 けっこう飲み食いはしてるからね、なんだかんだいって。平均してまあ、週3くらいかな?

川上 じゃあ半分くらいか。自分でつくるこの仕事場での料理ってどんなもの?

井上 めっちゃシンプル。でも旬にこだわるね。今の旬は、菜の花じゃん。昨日は菜の花をオリーブオイルと酒と醤油だけでさっと炒めて食べたんだけどさ、めっちゃうまい! うますぎて若干涙ぐんじゃったよ。「自然ってすごいな」って(笑)。

川上 へー。ここではお酒飲まないの?

井上 飲まない。一人じゃ飲まない。

川上 食事は規則正しいの?

井上 腹が減ったら食う。

川上 動物だね(笑)。

井上 正しくない(笑)?

川上 正しいよね。仕事はいつするの?

井上 暇なとき。昼でも夜でも。いつでも。ベットでごろごろしてて、今日は休むかと思ってたけど、仕事したくなってきたなーと思ったら仕事する。

川上 始めると集中して?

井上 始めると速いよ。集中力はけっこうあるほうだと思う。俺の悪い癖はさ、たとえば18時とか19時から飯なら、朝の9時から18時までは暇じゃん。だから、飯があると仕事しなくなるんだよ。今日は飯の日だ! って(笑)。

川上 私はすごく規則正しく書いているかな。

井上 それでいいんだよ。三島由紀夫か誰か言ってたもんね、「物書きは銀行員のようでなければならない」って。

川上 それ、どうして銀行員なんだろう(笑)。三島由紀夫は規則正しかったんだろうな。

井上 うん、そんな感じがする。

川上 でも今はさ、規則正しくない人ってあんまりいないと思う。小説家は。お酒む人もお酒飲むまではびっちり昼間に書いて、それで繰り出すみたいな。

井上 それが正しいけどね、本当は。

▲今が旬の蓮根餅。芳ばしい香がたまらない。

男と自分

井上 川上さんがエッセイを書くうえで、心がけていることってあるの? エッセイって俺の感じ方だけど、意外と小説よりも自分が出て、生々しい感じがある。やっぱりそういうの、抑えようとする?

川上 うん。『東京日記』でも「ほぼ本当のことです」って書いていて、実際そうだけど、全部は書かないよね。そうすると、小説と同じくらいしか自分が出ないかもしれない。

井上 俺はそんなにまだ小説を書いてないけど……無意識のうちに出るんだろうな。

川上 うん、だって「仮面ライダー」の井上さんと、エッセイの井上さん、全然違和感ない。

井上 あなたに言われると説得力あるわ(笑)。

川上 でちゃうもんだなあと。エッセイって、書くのは初めて?

井上 毎月書いたのは初めてで。こんなに大変だとは思わなかったよ。もっと楽にヘラヘラ書けるかと思ったら、なんやこれ、けっこう大変やないか、と。30分のアニメ1本分くらいのエネルギー使ってるよ。

川上 30分のアニメ1本って、どれくらいの時間で書くの?

井上 ものによるんだけど、難しいものだと1週間くらいかかるかな。日頃からずっと考えてるよ。そろそろ宇野のエッセイ書かなきゃなって。今のところテーマが「男と食」だから、旬のものを考えてるね。あと、面白い事件があったら「あれがあった! あの事件が!」とか。

川上 顔にベンチプレスが当たって歯が落ちちゃったときは、私もリアルタイムで聞きましたよ。

井上 あの時はベンチプレス落としながら「あ、これエッセイで書こう! 」って(笑)。

一同 (笑)。

井上 エッセイのネタって痛いんだなあって思った。金もかかるし。歯だけで2、3本書いたもんな。あのときはみんな喜んでたよ。「ざまあみろ」とか、「写真送ってください!」 とか(笑)。結局完治するまで1年くらいかかったからな。

川上 でもさ、よく口の上に落ちてきたよね。強運の持ち主だと思ったよ。

井上 そう、その点はラッキー。死んでたかもわかんない。不幸中の幸いってやつね(笑)。

川上 なんかでも、井上さんは繊細だよね。エッセイ読むとそう思う。

井上 当たり前ですよ。あんまりわかってもらえないけど。

川上 バレちゃってるよ。エッセイ書くとバレちゃう。

井上 バレていいんだよ! どんどんアピールしていきたいね!

川上 そう(笑)?

▲猪のつみれ汁。野趣が溢れる。

男と出家

井上 まあお互い60代になるからね。昔はさ、60なんておじいちゃんだと思ってましたよ。でもそうでもねぇんだなと。心穏やかに青空を眺めて過ごしたいと思った日もあったけど、無理だなと思って、諦めた(笑)。最後まで激しく生きようと思ってるよ。しょうがないね、こればっかりは。「うわぁぁぁ」って苦しみながら「俺はどうすればいいんだ!? (バリバリバリ!!)」みたいに生きた方が良い。

川上 (笑)。仕事はずっとしてたい?

井上 やっぱり物は書いていたいね。あと、出家したいっていう願望はまだあるんだよ。実は若いころインドで一回したんだけど。日本の禅宗みたいなとこに入ったらけっこうウケるんじゃないかと思ってる。「ごめん、俺すべてを捨てて座禅三昧で生きるわ」みたいな(笑)。……たぶん無理だな。

川上 うん、井上さん出家したらウケる。「そんなに煩悩があったのか!」って。

井上 煩悩だらけでございますよ。 あなたはどうなの?

川上 えー。なにも考えてない。

井上 それでいいんだよ、あなたらしくて。

川上 ちょっと待ってください、それをらしいって言われると(笑)。

井上 ほわほわ~んとしてて。だってあなた、自分の人生に何の不満もないでしょ? 細かいことは置いておいて。

川上 細かいことは置いておいてね。なんか、不満って理想があるから出てくる気がするので。理想はそれほどないというか。

井上 もう理想は叶ったんじゃないの? こうありたいっていう。

川上 いやー、叶うってことは、無理でしょ、そもそも。

井上 俺は全然違うよ、理想と。もう悟りを開いて神になってるばずだったのに(笑)。

川上 (笑)。そうかあ、神じゃないのか。

井上 神じゃないの。

[了]

この記事は、石堂実花が構成を、小野啓が写真撮影をつとめ、2020年3月8日に公開しました。


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