この書評コーナーでは、暮らしにまつわる本を紹介しています。アウトドアとか自然とか、そういったものを含めた「暮らし」です。今日ご紹介するのは、料理研究家・土井善晴さんの『一汁一菜でよいという提案』(グラフィック社)です。自分の世代だと、テレビ番組「おかずのクッキング」講師をなさってたお父さん・土井勝さんの方が馴染み深いかもしれませんが、今の人には、土井善晴さんの方が知られているでしょうね。大人気の料理研究家です。

 土井善晴さんは、もう何年も前から、「一汁一菜」っていう日本の家庭での食事を、いろいろなメディアを通して提案・提唱してきました。年来の主張がまとまったかたちで一冊になったのがこの本で、レシピ本とはまた違うんですが、今すごく話題になってる料理の本です。じっさい、この本も現時点(2017年放送時点)で10万部を超えているようですし、この本からではなくとも、土井善晴さんの「一汁一菜」の提案に触れて、たいへん多くの人が啓発を受けている状況ですね。TwitterなんかのSNSでも、特に若い人の間で、この「一汁一菜」という提案が話題になっています。

 では、「一汁一菜」って要はどういうことか。日本の正しい家庭での食事って、「一汁三菜」ってよく言うじゃないですか。味噌汁のような汁物1つ(一汁)とおかずが3つ(三菜)、これにご飯を足したものが、日本の家庭での食事の基本形とされているわけですね。そのなかで三菜を、また主菜1つと副菜2つに分けたりして。「きょうの献立はどうしようかな」と考えたときに、「じゃあ、主菜として豚の生姜焼きを作って一菜」「副菜としてサラダで一菜と冷や奴で一菜かな」「それで味噌汁には油揚げと茄子を入れて一汁ね」とかですね、そんな風にメニューを考えるわけです。これが、日本の家庭の正しい食事だってことになっているんです。栄養学的にもそれが良い、と。「だからそういう食事を作りましょう・取りましょう」ってことをさんざん言われてきたわけだけど、土井さんは「そんなの別に日本の伝統的な家庭料理のありかたでもなんでもないですよ」っておっしゃいます。

 日常の家庭料理としての「一汁三菜」というのは、日本料理のなかの1ジャンルである精進料理などの料理の組み合わせ方と、アメリカから入ってきた「主菜・副菜」、メインがあってサブがある、っていう栄養学的なメニューの組み合わせ方とを合体させて、敗戦後に広まった考え方なんです。「一汁三菜」というもの自体は、日本に古くからありますが、それは客をもてなすような非日常的な料理のことで、日常の家庭料理を指すものではありませんでした。敗戦前の、というか長らく日本の日常的な庶民の家庭料理っていうのは、「一汁一菜」、味噌汁とおつけもの(とご飯)程度というのが主流だった、と土井さんは指摘します。

 今の感覚からすると、びっくりするぐらいシンプルですよね。実際シンプルで、昔の人ってそんなに難しい料理とかを日常的に作ることはなく、一汁一菜で簡単に食事していたからこそ、毎日、自炊できたんじゃないかと土井さんは述べます。「毎日食事を作りましょう」と言われるけれど、この誰もが多忙な時代に、「一汁三菜」で毎日食事をしましょうというのは、あまりにハードルが高すぎるでしょう、と。だから、「一汁三菜」や「主菜・副菜」という考え方を離れて、もう一度和食を初期化し、身の丈に合って使える和食の型を取り戻しましょうよというのが、土井さんの「一汁一菜」の提案なんです。

 とはいえ、「食事の準備が簡単になるかもしれないけれど、栄養的に大丈夫なの?」って疑問はあると思います。もちろん、土井さんは大丈夫だと言います。その秘密の1つが「一汁」、味噌汁にあるんです。土井さんが提案するのは、具だくさんの味噌汁です。味噌汁は、固定観念で思い込んでいるよりもいろんなものを具として受け入れる料理だと土井さんは言います。例えば、トマトだってベーコンだって、味噌汁の具になるんです。だから、いろいろな具を味噌汁にすることで栄養的な面を充実させるというのが、土井さん流「一汁一菜」の考え方です。

 味噌汁の具としてただ入れてしまえばいいわけですから、副菜2品を考えて調理するよりもぜんぜん難しくないんです。何でも味噌汁に放り込む形だったら、手の込んだものを作らなくても、手間をかけずに食事ができますよっていうのが一汁一菜という提案で、それが、いま、単身生活でも核家族でもルームシェアでも色んな形があるけれど、みんな忙しくしている時代に、「そういう考え方があったか!」と若い人にもウケてるということなんですね。

 僕が最初に土井善晴さんの「一汁一菜」を知ったのは、(2017年放送時点から)2~3年前になります。土井勝さんから善晴さんが講師役を引き継いで放送している「おかずのクッキング」のテレビ放送テキストが刊行されているんですが、そこで取り上げられていた「新しい一汁一菜特集」がすごく面白くて。それを読むと、昔ながらの「一汁一菜」をアップデートさせた新しい「一汁一菜」が、いかに今の日本人の食事にとって求められているものであるか、っていうのが伝わります。このテキストには、『一汁一菜でよいという提案』よりも具体的なレシピの紹介があって、これはこれでおすすめなんですが、ちょっともう手に入らないかな。

 この本というか、土井善晴さんの「一汁一菜」の説明のなかで自分が強く共感したのは、「家庭料理で、おいしいもの作らなくていいんだ」って繰り返し端々に土井善晴さんが言うことなんですよ。ここらへんは、個々の価値観の話になってしまうかもしれませんが、僕はそれ、すごい共感するんですよ。やっぱり、外食と家の料理にはすごく違いがあって。僕の考えですけど、外食でまずかったらムカつくじゃないですか(笑)。例えば某チェーンとかって「わざとおいしくしすぎない」っていうコンセプトらしいんですけど、僕はやっぱり、あそこ嫌なんですよ。「化学調味料とかは気にしない、むしろ上手に使って、おいしいもの出してくれ!」って思う(笑)。で、逆に言うと、家庭料理はあんまりおいしすぎるものを作らない。その必要は無いんです。自分で作るものですから。

 ちょっと脱線しますけれど、ここ10年ぐらい自炊するようになって、「人間って何を食べるか」みたいなことを考えるんです。「実は人間って、食べ物を食べることがすごく不安なんじゃないか」って。だって、食べるって、自分の生体のなかに異物を取り込むことなわけです。もしかしたら、自分を危機にさらすような毒かもしれないじゃないですか。
 そこで自炊の良い点は、ある程度、自分が食べてるものが何かってわかる点です。もちろん、生産現場から監視してるわけじゃないですが、ある程度は毒じゃないってことがわかる。これね、ほんと「何を言ってんの?」って思われるかもしれないけど、食べるってことの無意識には、そういう「恐れ」がセットされてるんじゃないかな、とけっこう真面目に思います。だって、思い返してみてください。「自分が作ったものって、相当に見た目がヤバくても食べられるでしょ(笑)」とか、「自分が作ったから食べられるけど、人が作ったらこれ、食べられないな」ってまずさのとき、自炊であるでしょ(笑)。
 だから、人が日々、日常で食事をしていく上で大事なこと、自分自身を満たすことは、「おいしい」ってよりも「不安じゃない」ってことじゃないかと。で、一番簡単な不安解消法は、自分で作るってことじゃないか、と。土井さんはこの本で、外食の派手なおいしさに対する日常的な食事の「普通のおいしさ」について、「普通のおいしさとは暮らしの安心につながる静かな味です」と記しています。一汁一菜が、わかりやすい「おいしい/まずい」を超えた、安心につながるんですね。
 一汁一菜のキモは味噌汁作りなのですが、「こうした味噌汁は毎回違う味になります。再現性はありませんし、あまりおいしくならないこともありますが、たまにびっくりするほどおいしくできることもあります」とこの本で記した土井さんは、こう続けます。「そのうち、おいしいとかまずいとかは大きな問題ではないことがわかります」。この境地に、僕は共感するんです。

 ちょっと脱線を続けると、最近はね、もう、「dancyu掲載店で」とか「ミシュランで星をとった」、「食べログ百名店」でも「孤独のグルメ」でも「Google mapの評価が」でもいいですけど、あんまりそういうのに個人的には心惹かれないんですよね。自分がいま外食で行く店って、友だちがやってる店だとか、昔からの馴染みで顔見知りになっているような店なんです。マスメディア的だったりネット的な有名店ではないけど、作っている人と自分の人間関係や信頼ができあがってる店です。そういう店には、わかりやすくおいしいと感じるというよりも、無意識のレベルで安心する味があるんですよね。この本にならっていえば、外食ではあるけれど、「普通においしい」ってやつです。いくら評判で贅を凝らしたり手間をかけた料理だとしても、知らない店だとすごいドキドキするっていうか、味どころじゃなくなるというか、あれ、安心の問題じゃないですか。

 もちろん、これは、なんかえらい保守的な話をしていて、その弊害もわかります。だから僕は、日常的には自炊や友だちの店で安心できるものを食べる一方で、ときどき非日常的な食事の機会を作るように心がけてはいます。たとえば客も店員もパキスタン人で日本語がほとんど通じないパキスタン料理の店とか、そういう思いっきり普段とは違う食事体験を定期的にするように気をつけてはいます。そうするとね、「え、こんな味あるの?」って驚きとかがあって、これはこれで「おいしい/まずい」とは別の話になるんですけど。もちろん、日常的には、やっぱり、自炊や友だちの店で、おいしいまずいではなく、安心して食事をしてます。まあ、だから、どっちにしろ「おいしい/まずい」ではないんです(笑)。

 話を戻しますと、ここまで説明してきて、もしかしたら「一汁一菜」を、なんだか味気ない「料理の手抜きテク」話のように受け止めてしまうかもしれませんが、そうではありません。ぜひ、この本を読んでいただきたいんですが、「一汁一菜」っていう型を自分のなかに持つことで、食事に四季を取り入れたり、美しさにこだわったりっていう、「自分の暮らしを形作っていく」って部分にまで目が行き届くようになるということを土井善晴さんは述べています。「一汁三菜」に追い立てられていては見えてこないものがありますよ、ってことです。「料理の評価とは、おいしいかおいしくないか、白か黒かという平面的なものではない」と、土井善晴さんは、この本のなかで記しています。食事のさまざまな側面を体験として受け止めていくなかで得られるものがあり、それは最終的に「自ら幸せになる力」になるんだ、と。だから、私たちが食べることを「暮らし」として組織する型としての「一汁一菜という提案」を、ぜひお伝えしたいと思い今日は本書を紹介させていただきました。

[了]

この記事は、2017年6月29日に配信されたPLANETSのインターネット番組『木曜解放区』内のコーナー「井本光俊、世界を語る」の放送内容を再構成したものです。石堂実花が構成・写真撮影をつとめ、2020年4月9日に公開しました。