「中東で一番有名な日本人」こと鷹鳥屋明さんが等身大の中東の姿を描き出す本連載。今回のテーマは「就活」です。中東でもインターネットを使った就職活動は一般的になりつつあり、履歴書では自己アピールが重視されるようです。人気の業種はやはり政府・石油関連。そして、裕福なことで知られる国々の気になる大卒初任給は……?
端的に言うとね。
湾岸アラブ人就職事情
近年、日本国内で就職活動に勤しむ大学生の後輩の方々とお話をしたり、エントリーシートを読んだり、面接対策を相談する機会があります。最近は服装が自由化されたりオンライン面接も多くはなっていますが、リクルートスーツを着て頑張っている大学生の方々を見ると、自分もかつて経験したとはいえど、その努力に本当に頭がさがる思いです。日本の大学生の方々は、エントリーシートを書いて、SPIなど筆記試験を受けて、何回もの面接をくぐり抜けて内定を手に入れるという数多くのプロセスがあるのに対して、あまり知られていない湾岸アラブ諸国の大学生たちの就職活動や内定後の新卒の彼らの給与事情などについてご紹介できればと思います。
まず湾岸アラブ人の就職活動は大きく分けて4つに分類されると言えます。
1. 企業の求人ページから履歴書を送り、返信を待つ
2. 開催されるジョブフェアなどのイベントに参加する
3. WhatsAppやLinkedIn、友人、親戚から情報を得て申し込む
4. 親や親戚などの「人脈」を使って申し込む
また別ルートとして、一部政府系の学校では政府管轄の公社などの中に学校があり、優秀な学生が若いうちから奨学生として、俗に言う青田買いをされて、そのままエスカレーターで管轄公社に勤めるというケースが、主に石油系の公社などで見られる傾向があります。石油製品は国の主要産業でもあることから、優秀な人材を確保するために努力は惜しまない姿勢の証左と言えます。
さて、湾岸アラブ人の就職活動について一例を解説していきますと、まず「1.企業の求人ページから履歴書を送り、返信を待つ」については、日本の就職活動と大きく変わりません。ただ日本のリクナビやマイナビのような新卒向けの就活情報をまとめたサイトなどはないので、それぞれ企業のサイトから申し込むケースが多く、自分の写真付きレジュメを送って企業からの返信をひたすら待つという形になります。企業側は履歴書の内容を判断して面接に進むか、そのままにするかを決めます。ちなみに日本であるような「新卒」という特殊な期間は気にせず、気長に返信を待っている印象があります。
履歴書については一定のフォーマットが設けられる場合が多く、専攻と自分の強みやアピールポイントを記載しているケースがあります。例えば自分のリーダーシップや各種能力を五段階評価で自己採点した内容を提出するタイプの履歴書もあります。自己アピールの多さが目立つ履歴書がある種、アラブ人らしいとも言えます。
また、同時に過去履歴書を拝見した経験から全体的に自己スキルを過大評価している傾向が強いかと思います(特に男性)。
「2.開催されるジョブフェアなどのイベントに参加する」は、年に何度か大都市、あるいは地方都市で行われるジョブフェア、日本で言うところの合同説明会に参加する、という方法になります。こちらは国内企業だけではなく外資系企業が参加して、学生に説明会を行う形式になります。これも日本とあまり変わらない内容と言えます。
特に人気の企業という点では、主要政府機関や花形省庁、石油公社が一番人気で、その次に中規模の省庁や政府の外郭団体、さらにその次に銀行や保険関係の会社が人気と言われています。石油公社系は人気が高いですが、「若い間は僻地の油田や洋上のプラットフォームなどに派遣されるのがとてもハードである、だがそれを経験すれば良い場所での勤務が約束されている」、などと噂されたりと学生と社会人の間で内情の交換がされています。
外資系企業が湾岸アラブ諸国のジョブフェアに参加してリクルーティングを行うケースももちろんありますが、アメリカに留学している学生を対象にしたアメリカ国内のジョブフェア、もしくは、例えばアメリカに留学しているサウジアラビア人のためにジョブフェアを開き、サウジアラビアマーケット開拓に興味のある企業を集めて採用活動を行う、というケースもあります。もちろん日本でも中東に縁の深い企業が、日本に留学しているアラブ人学生たちに対して企業説明会を日本国内でも行っております。
「3.WhatsAppや友人、親戚から情報を得て申し込む」場合ですが、中東でのチャットアプリはLINEのシェアは低く、WhatsAppが主流となっております。またInstagramやSnapchatも流行っており、これらSNS上にて情報交換を行い、そこから求人に申し込むケースがあります。また、採用担当者のWhatsAppのアカウントに直接履歴書を添付して送り、そのまま電話面接を行うというケースもあります。この辺は日本で行われているような形式じみたメールを送るのではなくて、CVの送付など諸々の事務処理をスムーズに行いたいという学生側、採用側の意図によりサクサクと進められます。
「4.親や親戚などの『人脈』を使って申し込む」のように、日本で行われているような一般的なコネ入社のケースももちろんあります。近年ではあまり表立った動きではないですが、未だこのケースは多いと言えます。家族構成や素性がはっきりしている人、会社や組織の中で勤勉に働いている親や兄弟が既にいる学生ならば、採用はされやすいかと思います。
もちろんそのような形ではなく、自分の息子のために新たにポストを作るように人事に依頼をしたり、自分の親族が勤められるように既存の職員と取り替えるように圧力をかけたりといったネガティブな意味での人脈、コネを使った就職斡旋も行われています。
そのため、この4番目の就職スタイルがアラブ社会全体でかなり問題になっているという声もあります。この弊害として、とある産業において、ある一部の部族や家族が幅を利かせる、という事象が発生するためです。もちろん優秀な人材が登用され組織全体にとってプラスになるのならば問題はありませんが、必ずしも全てがそうであるとは限らないようです。昨今変わりつつはありますが、ここはまだ部族や氏族を重視する湾岸アラブ社会の特色であるとも言えます。
この人脈やコネのことをアラビア語で「ワスタ」もしくはその頭文字のW音をとって「ビタミンW」と表現することもあります。
以上の4つが湾岸アラブ人の主な就職活動になります。
中東で他の外国人労働者はどうやって職を得ているのか?
では、ドバイやサウジアラビア、カタールなどで見かける外国人労働者はどのように仕事を探しているのか?
それは現地の就職斡旋の会社に登録して、サウジアラビアやアラブ首長国連邦など現地の就労ビザを手に入れて働くという形式が多いです。全人口に占めるローカル(現地人)の数が少ないアラブ首長国連邦やカタールでは、外国人労働者が国家公務員として働くケースもあります。しかし、この際支払われる給料はローカルよりも低めの設定となっています。
新卒湾岸アラブ人の民間の月給
ここで、サウジアラビアの私の友人に、大学を卒業したあとのサウジアラビアの平均的な新卒サラリーマンの給与について聞いてみました(あくまでサンプルのひとつです)。
まず各々の職位が存在します。「スペシャリスト」という役職があり、その中でも「スペシャリストⅠ」「スペシャリストⅡ」「スペシャリストⅢ」とランクに区分されます。Ⅰ、Ⅱ、Ⅲと数字が上がるごとに役職の立場が上となります。こちらの役職は主にオフィスワーカーとなります。
この「スペシャリスト」の役職の上に「エンジニア」の役職があり、「エンジニアⅠ」「エンジニアⅡ」「エンジニアⅢ」と区分されています。こちらもⅢが上級になります。
さらに人事ランキングとしてのグレードが存在し、T1からT13まで13階級に分けられ、こちらは数が少ないほど高位となります。さらにT1の上に「スペシャル」という階級が存在します。これは大臣や王族の一部の高位の人物が該当するグレードになります。
例えば文系大学卒の場合は「スペシャリストⅠ」のグレード「T11」。これが理系の大学院卒になると「エンジニアⅡ」のグレード「T10」、博士課程だと専門性により「エンジニアⅡもしくはⅢ」のグレード「T9」もしくは「T8」にセットされます。基本的に学位や勤続年数、成果などの影響によりこの数字が変動していきます。
ちなみにサウジアラビアは人口の多さ故か、近年そこまで新卒の給料は高くないと言われていますが、現地中小企業の資格を特に持たない新卒のオフィスワーカーだと5000〜5500サウジリヤル(15万円〜17万円前後)で、新卒エンジニアは8000〜9500サウジリヤル(24万円〜28万円前後)が給与として支給されます。
私の友人は資格を持っていたため若干優遇されて、初任給は1万1500サウジリヤル(34万円前後)の給料をもらっていました。
さて、産油国の給与というわりにはこれら給与が少ないのでは? と考えた方もいると思いますが、今まで紹介したものはベースの給料になりまして、この金額に加えて、人にもよりますが各種手当が5〜10万円前後加算されると考えていただければと思います。さらに長期の出張ともなれば手当が基本給を超えることがあります。また、大事なことですが現時点では湾岸アラブ諸国においては所得税や住民税はかからないため、ほぼそのままが手取りとなります。
これは民間企業や公社などの給与ですので、平均的と言えます。政府職員や石油会社の社員については、それぞれ差があるため平均値が取れないのですが、民間企業よりも高い水準であることは間違いありません。
新卒湾岸アラブ人の政府職員の月給
2017年の12月、ドバイの北にある、シャルジャ首長国という国の発表で、2018年の政府職員の最低限の月額賃金に関するニュースが話題になりました。その内容は、政府職員の中で一番グレードの低い「G8」クラスの職員、中等教育を受けていない職員の月額は1万7500ディルハム(54万円前後)、中等教育を修了している「G9」クラス職員の月額は1万8500ディルハム(57万円前後)、大学卒の「G4」だと2万5000ディルハム(77万円前後)を月額の最低限とする、というニュースがありました(参照)。
このニュースに対して、一部メディアや周辺の非産油国である国々だけでなく、他の湾岸アラブ諸国からもアラブ首長国連邦の給与の高さに驚く声が上がっていました。今回ニュースになったシャルジャ首長国は、アラブ首長国連邦の中では他のアブダビやドバイに比べると、そこまで豊かと言える地域ではありません。そう考えるとドバイやアブダビの政府職員の給与はさらに高いと考えられます。
高い給与の先にあるものは?
上記の内容を踏まえると日本の新卒や平均所得などと比較した場合、産油国の給与はとても高いと言えます。ですが、それは過去数十年の石油産業から生み出された利益を蓄えた部分の遺産をすり減らしているからです。また、手厚い社会保障や福利厚生のため、この20〜30年の間に人口は倍増し、若年層の増加に伴う失業率の高さが社会問題となっています。
こちらはサウジアラビアの統計局で出された失業率の数値ですが、合計の項目は外国人労働者を含んだ数字になっています。外国人労働者の多くはサウジアラビアで働くために来ているわけですから、当然失業率は少ないと言えます。そのため、着目すべきは緑色のサウジアラビア人のみの失業率の高さと言えます。さらに女性の失業率だけで見ると諸説ありますが(こちらは正確な統計は取れていないですが)20〜30%以上の失業率である、という調査結果やレポートもあります。
この女性進出に関する問題はサウジアラビアだけでなく、中東全体の問題とも言えます。ただ、今後の希望という点では、小中高などで行われている国際的な学力テストや各種試験においてテストの成績は男子の平均値よりも女子平均点の方が必ず高めのスコアをいつも出しています。これは産油国であっても非産油国であっても同じ現象が起きています。
湾岸アラブ諸国では女性の社会進出が確実に進んでおります。基本的に男性は就職が楽なのに対して、相対的に女性は職を得にくいと言えます。そのため、女性はその狭き門に入るために男性よりよく勉強をし、能力を高める傾向があります。また、現地において、男性は外でも家でも遊ぶ機会やツールが多数ありますが、女性は男性に比べて娯楽の選択肢が少なかったと言えます。こうした状況から必然的に女性が勉学に勤しむ傾向があると言えます。
遠く中東の地においても男性は男性、ということだけにあぐらをかいていられる時代が変わろうとしているかもしれません。
[了]
この記事は、PLANETSのメルマガで2018年8月3日に配信した同名連載をリニューアルしたものです。あらためて、2021年4月9日に公開しました。
これから更新する記事のお知らせをLINEで受け取りたい方はこちら。