消極性研究会の𥱋瀨です。

 2018年10月23日に我が家に子犬がやってきてもう2年が経過しました。犬は2歳となった我が家のエダ(パピヨン ♀)は人間に換算すると20代前半ということになります。終始動き回っている子犬の頃と違い落ち着きは出てきましたが、3〜4歳の落ち着きがある子と比べるとまだまだ子供で、散歩中に出会う方々からも「まだお若いですか?」と言われます。

▲エダ(パピヨン ♀)

 実は犬を飼って大きく環境が変化したことの一つに、社会とのコミュニケーションがあります。私は家を出てから大阪と横浜で十数年一人暮らしをしてきましたが、実のところ同じマンションの住人や近所の人とは挨拶以上の会話を交わしたことがありませんでした(とは言え、大阪だとお店や路上で突発的に話しかけられたりするのでやや例外です)。ですが、生後半年近くなり、愛犬を散歩に連れて行くようになって知らない人との会話が劇的に増えました。

 犬は基本的に散歩が必要な生き物です。これは運動と社会適応という二つの面があり、後者は人間社会で発生する様々な物音や他の人、犬、その他の生き物などに慣らしていくトレーニングでもあり、犬自身の好奇心を満たしていく行為でもあります。また、大型犬の場合は家でトイレをしない子も多く、排泄のために外に連れ出さなければならないという一面もあるようです。

 と、いうわけで犬を飼っているとほぼ毎日犬を連れて外出することになります。そうなるとまず発生するのは愛犬と他のお散歩中の犬との交流です。犬がどんな子との交流を好むかは個性によります。例えばうちの子は自分と同じくらいかそれ以下の大きさの、あまり若くない子との交流が好きなようです。犬によっては大きさを全く気にせずむしろ大きな犬にじゃれつく、同性がダメ、異性がダメなど色々なパターンがあります。向こうは興味持っているけどこっちがダメ、こっちは交流したいけど向こうがダメ、機嫌によって交流できたりできなかったりと色々なパターンがあります。人間と同じかもしれません。

 当然ですが犬同士が接近すると、飼い主同士でも挨拶をします。そこからお互いの犬の話になり、情報交換をするというようなことも出てきます。犬の散歩はたいてい近所でしていますし、生活ペースに合った時間帯に出ていますから、一度出会う人とは何度も出会うことが多いです。こうして少しずつ近所に知った顔が増えていくわけですね。また、愛犬が近所の人や子供にじゃれついてしばらく可愛がってもらったりする、というケースもあります。逆に以前は犬を飼っていたという方が声をかけてくれることもあります。

 SNSやフィクションなんかではこういう近所のコミュニケーションで根掘り葉掘り聞かれて怖い、みたいなシチュエーションを見るので最初はそういうものを恐れていたりしたのですが、飼い始めて2年、そういう人とは出会ったことがありません。たいていの場合、自分も詮索されたくないし、仮にあまりコミュニケーションを取りたくない人がいたらそういう人との交流は避け、そういう人がいるという情報が緩やかに共有されていくのではないかと想像しています。

 小さなお子さんがいらっしゃる家庭などでは子供を通じていろんな方と交流する、みたいなことは当たり前かもしれませんが、犬のように将来社会の一員となる存在でなくとも、このように個人と社会との関わり方を大幅に増やしてくれます。現代の日本において犬を飼うというのはなかなか環境的なハードルが高いですが、今後これを例えばAIやロボットがとり持つということもあり得るのではないかと思います。

 一つの事例として、たとえば私が実際にデモを体験した「ポケボー」の研究をご紹介します。

▲ポケボー
出典:岩崎克哉, 真弓凌輔, 長谷川孔明, 岡田美智男: 〈ポケボー〉でGO! ボクの胸キュンはどこ?, 情報処理学会エンタテインメントコンピューティングシンポジウム(EC2019)論文集, pp. 416- 418(2019/20-22,九州大学).(PDF

 ポケボーは胸ポケットに入ってしまう小さなロボットです。これ自体は自律的に動いているわけでなく、持ち主の視線に応じて一緒にキョロキョロしてくれます。私自身、散歩をしているときの経験としても、普段歩いているときはあまり人の方や関わりのないお店などをじろじろ見ることはありません。しかし愛犬が興味を持って見ているものはあまり気にすることなく一緒に見ることができます。
 ポケボーはあくまで自分が見ているものを一緒に見てくれるに過ぎないのですが、使ってみると不思議な心強さがあり、キョロキョロすることに対するためらいや、精神的な負担が軽減されると感じられます。

 現在、SiriやGoogle Assistantのようなパーソナルアシスタントは持ち主と一対一の関係を築いていますが、例えばSiriが他人のiPhoneと会話を始める、みたいなことが起きると犬を飼っている人と同様に他人とのゆるいコミュニケーションが始まるかもしれません。もちろんそうした機能が実現された時には、同時にそうしないための設定、話しかけられないための設定、みたいなものも必要ですね。

 また、将来的に誰もがARグラスを装着し視界に情報社会のサポートを受けられるような時代が来ると、パーソナルアシスタントもスマートフォンの中だけでなく空間に見た目を伴って出現するようになるかもしれません。こうなると、犬を連れている人、子供を連れている人が体験していたような、連れているものを媒介に発生するコミュニケーションを誰もが体験するようになるかもしれません。

 さて、犬や子供を連れていて発生するコミュニケーションの良いところは社会的に許容されており、ある程度の常識を守れば連れて歩くことに抵抗がない、ということです。対してポケットにロボットを入れて歩くのは少々抵抗がありますね。安価なARグラスが多少普及しても同様に、つけて歩くにはやはり少しためらってしまうかもしれません。

 我々は消極性研究の中でちょっと変わったシステムを提案したり、何かハードウェアを作って解決してみたりということを試みていますが、そもそも消極的な人というのは風変わりな手法で何かをする、というのは好まないでしょうから、実際に社会の中でできることには限りがあります。
 しかし、20年前には誰も現在のスマートフォンの普及など予測していなかったように、今後何がどのように普及していくか、ということはなかなか読めません。一見突飛に見えるシステムやデバイスも、将来は当たり前になっているかもしれません。
 我々は常に、新しい技術や社会現象が消極的な人々を圧迫しないか気にして生きています。そして、そういうものが出てきた時の対抗手段として、様々な研究を取り揃えているのです。

 ちょっとおかしな消極性研究が出てきたとしても、それはもしかすると10年後に想像もしなかった状況で誰かにためになるかも知れない、と暖かく見守ってもらえれば幸いです。

(了)

この記事は、PLANETSのメルマガで2019年11月18日に配信した同名連載をリニューアルしたものです。あらためて、2020年11月5日に公開しました。