今回は西田健志が担当します。よろしくお願いします。
 私は以前、懇親会の座席の決定など、消極的な人たちがリアルの場で自分の希望を表明しやすくなるコミュニケーションシステムをデザインしました(連載1回参照)。

 ここで想定していたのは、学会や大学など、ある程度は人数が多いながらも外界からは閉じていて、たとえシステム上は匿名にしたとしても度を越した悪ふざけはしづらいし、積極的に問題行動を起こす人がいたとしても、少数なのでその都度個別に対応すればまあ何とかなる──そういう世界でした。その視点から観測されやすいのは、大多数の消極的な人たちと行動で、取り組まなければならないと感じるのも消極性デザインということになるわけです。

 けれども、インターネットの世界に一歩出るとガラリと印象が変わります。目につくのは、悪い意味で積極的な声の大きい人たちによる攻撃的な投稿や炎上ばかり。投稿しない人・参加しない人は意識されることすらほとんどありません。だからネットメディアやSNSの劣化を憂う良識的な人たちが、コミュニケーションを遮断すべきという発想になるのも頷けます。

 それでも私は、インターネット上のコミュニケーションの消極性デザイン、つまり消極的な人たちが意見しやすく、聞いてもらいやすいオンライン環境のデザインによってこの問題にアプローチするべきだという立場を取りたいと考えます。インターネット上でも良質なコミュニケーションができるということをあきらめたくはないという信念があるわけです。

 Twitterなどで「積極的に行動」して炎上を引き起こしている人たちが「積極的な性格」の持ち主であるかどうかはさておき(逆の場合も多そうです)、少なくとも積極的に問題行動を起こす人の割合は学会でもインターネット全体でも少数派なのは同じで、その他大勢が持つ善意の数の力を効果的に発揮させることが共通したデザインの鍵となるはずです。

 消極的なその他大勢が持っているはずの穏当な意見がコミュニケーションの場に出てくるようになり、まっとうに注目を集めることができるような消極性デザインは、問題行動を起こすような悪い意味で積極的な人たちにも影響を与えるはずです。大多数の問題行動は広大なインターネットの世界において注目を集めたいがために行われているものに過ぎないとすると、消極的な人たちに寄り添って注目を集める手段があるのに、わざわざ問題を起こそうとは思わないのではないでしょうか。

匿名・実名・傘連判状

 では、消極的な人たちも含めて建設的な議論が行われるコミュニケーションの場はどのようにデザインすればよいのでしょうか。よく言われるのは、匿名で投稿できれば意見しやすくなるという話です。しかし、匿名では問題行動を抑え込みにくい、注目を集めにくいので議論として発展しにくいという問題もあります。注目を集めにくいがために問題を起こして注目を集めようとするパターンも珍しくなく、むしろ現状インターネットを非建設的な場にしている戦犯の一つとしてみる方もいると思います。

 匿名でも、活動を続けてファンが増えるなど積み重ねができてくると信用を失うことは避けたいので問題行動を起こさないようにはなりますが、それは実名のバリエーションが一つ増えたのとそれほど変わりません。

 そこで私が着目したのは、「傘連判状」です。傘連判状は、集団で物申すために江戸時代の農民などが利用した、メンバーの名前を円形に並べることで誰が首謀者であるかがわからないように署名するやり方です。

▲傘連判状(出典

 現代でも組合活動のように立場が弱いものが集団を形成して交渉を行うことはありますが、お上に物申すのが命がけの時代においてはなおさら集団として抵抗しなければならない切迫した状況があり、また、それを心理的に裏付けるためにも傘連判状を作るという儀式的な行為が用いられたのだろうと思います。

 消極的な人たちにとって公衆の面前で意見を表明するというのは、命がけとまではいかなくとも、かなり勇気の必要な行為です。傘連判状というコミュニケーション方法を現代風にアレンジして採り入れることで、コミュニケーションの消極性デザインができるのではないかと考えました。

 アイデアは実装して実際に利用してみるのが消極性研究会の流儀、というわけで傘連判状を作ることができるチャットシステムを開発しました。

 このシステムでは通常、記名して発言します。そして、勇気が必要なことを言うときには傘連判状を選択することができます。傘連判状を選択したときの流れは次のようにしました:

1.発言内容と何人の支持者が必要かを指定して投稿する
2.発言が匿名で表示され、他の人はそれを支持することができる
3.支持者が十分な人数集まったら傘連判状が表示される

 支持が集まらなかった場合には匿名のままになるので、最初に発言するときの勇気は匿名並みに軽減されます。そして、支持者が集まって傘連判状が表示されたときには責任が分散され、一人で発言するよりも注目を集めやすくなるというデザインです。傘連判状は、江戸時代の一揆などを連想させることもあり、単純に人数を表示したり名前をランダム順に列挙したりするよりも強いインパクトが期待できそうです。

 消極性への配慮と注目を集める仕組みが一体となっていることが重要なポイントです。積極的に問題行動を起こすような人はおそらく一人で発言することを選びたくなりますが、それでは傘連判状に注目度で負けてしまいます。一方で、傘連判状を選んだとしても問題のある行動では支持を集めることが難しくなります。

 このシステムはWISS(連載第1回で紹介した夕食席決めシステムが運用された学会です)において、研究発表中に聴衆が議論するためのシステムとして運用されました。その際には、発表される内容に対する批判的な意見を述べる場面や、「来年もWISSに参加したい」といった集団の一体感を強調したい場面などに利用される様子が観察されました。問題行動に利用しようとする場面もありましたが、支持が集まらないまま流されていきました。概ね狙い通りだったように思います。

 傘連判状システムについては『消極性デザイン宣言』でも詳しく説明していますので関心のある方はご一読いただけましたら幸いです。

Social loafing(社会的手抜き)

 さて、学会でうまくいった傘連判状システムはインターネット全体でもうまくいくでしょうか。研究会の流儀に反してまだ実際に試してみることはできていないのですが、規模の違いによる難しさはあるだろうと予想しています。

 まず、インターネット全体で見た場合には問題のある内容の募集でも大人数の傘連判状を作れる人数を集められてしまうということが予想されます。ろくでもない投稿がTwitter上で何万いいねも集めていることが日常茶飯事なことがその証拠です。傘連判状システムでは「注目を集めるために仕方なく」という免罪符の効力が弱くなりますが、それでも抑えきれない可能性がありそうです。

 それ以上に大きな問題となりそうなのはモチベーションの問題です。学会で意見を言うことに消極的になってしまうのは、変なことを言って恥をかきたくないとか怒られたらどうしようという社会的圧力によるところが大きいと思います。一方で、インターネットで意見を言うことに消極的になってしまうのは、社会的圧力もありますが、私なんかが意見したところで大した影響はないし、たくさんいる積極的な人(実際は少数派)に任せておけばいいやと思って行動しなくなってしまう集団状況に特有のモチベーションの問題です。これは専門的には Social loafing (あえて和訳するとしたら「社会的手抜き」)と呼ばれる現象です。

 問題のある傘連判状ができやすかったとしてもそれ以上にまともな傘連判状が作られていくのであればよいのですが、Social loafingの影響でそれも期待できないかもしれません。

 クラウドファンディングは、達成金額というゴールが設定されていることや、支持者の名前を見せるところなどは傘連判状システムと共通するところがあり、お金を出さないと支持することができないため問題行動を助長しづらいという点で優れています。議論のプラットフォームにもそのあたりに何かヒントがあるかもしれませんが、やはりSocial loafingをどう考えるかは鍵となるでしょう。

 残念ながらSocial loafingまでを視野に入れた答えはまだ持ち合わせていませんが、これまでに様々なシステムを作っては試しています。

みんなで話し合って決めようの消極性デザイン

 傘連判状は、言いたいことがあるけど言えないでいる人たちにあと一歩の勇気と少しの発言力を与える消極性デザインで、学会や企業、オンラインサロン内のコミュニケーションなどには効果的なのではないかと考えています。しかし、より大規模な国家~地球レベルの人数を相手取るにはやや心もとないところがあります。

 Twitterで何万いいね集めたとしても、Change.orgで何万もの賛同を集めたとしても、デモに何万人集まったとしても、それよりも桁違いに多いその他大勢を動かすには至らない少数派。そうして量産される消耗品のように流れていく主張の数々を眺めていても無力感に苛まれることなく真っ当に主張を続けよう、議論を続けようとするのはよほどのエネルギーの持ち主だけでしょう。正攻法を諦めてダークサイドに落ちてしまうのも無理はありません。大勢の人がいると他人任せになって手を抜いてしまうSocial loafingの壁はまさに圧倒的なのです。

 ここから紹介するのは、この壁に挑むことを諦めたくなかった消極的な割にわがままな私のいまだ成功を見ない長年の試行錯誤の跡です。もっとこうしたらいいのに、私ならこうするなどとじっくり考えながら読んでいただけますと幸いです。

「二人組に分かれてください」をドライに

 「他の誰かががんばってくれるからいいでしょ」という気持ちで消極的になってしまうSocial loafingの解決に向けて私が最初に考えたのは、学校の授業などでよくやる「二人組に分かれて話し合いましょう」のパターンです。教室全体ではこっそりと発言しないでいた消極的な人も、二人組に分かれても黙っていたとしたら逆に目立ってしまうので話し始めることになるアレです。みなさんも経験したことがあるのではないでしょうか。

 二人組に分かれて話すというプロセスを組み込んだコミュニケーションシステムを作れば、クラスやサークルなどで文化祭の企画や旅行の行き先など様々な話し合いの場面においてあまり意見しなかったような人からも意見を出してもらうことができるでしょう。インターネット上で利用することで、もっともっと大きな集団でのコミュニケーションで何かを決めなければならない政治などの場面においても、Social loafingの解決にもつながるのではないかと考えました。

 授業などでの二人組に分かれてと言われた過去の経験を思い出してとても嫌な気分になった人もいるかもしれません。誰とペアになろうかと考えているうちに一人取り残されてしまうという悲劇は考えるだけで恐ろしいものです。あるいは、ペアになった人と話がかみ合わなくてがっかりするということもあるかもしれません。

 しかし、そこはコンピュータを利用して極めてドライに処理してしまうことによってかなり軽減できるものだと思います。ペアはランダムに決めてしまえばいいですし、話がかみ合わなければ相手を変えられるようにしてしまえばいいわけです。せっかく相手に歩み寄ろうしているのに相手から「チェンジ!」されたらショックだろうとは思いますが、そこは工夫次第でもっとドライにできるところです。

話し合いをトーナメントでしよう

 分かれて話し合った後にはその結果をなんとかまとめたいところですが、その段階でやっぱり消極性が発露して他人任せになってしまうのではあまり意味がありません。

 私が注目したのはトーナメントという仕組みです。トーナメントでは二者が対決し、その勝者が勝ち上がるというのを繰り返して、優勝者を決めます。最後まで二人組で話すことになるので勝ち残った人はずっとサボれません。

 すべての参加者と対戦したわけではなくても、トーナメントの優勝者がそのとき最強だったということに異論をはさむ人はまずいません。話し合いもトーナメントにしてしまえば、何も言わないでいたくせに決まってから後で文句を言ってくるようなことはなくなるというメリットもありそうです。国家~地球レベルのコミュニケーションが主に結論に納得するために行われているものだとすると、決着のわかりやすさはとても大切です。

 そんなことを考えながら開発したトーナメント型議論システムがこれです。

▲トーナメント型議論システム

 左側には対戦トーナメント表が表示され、右側にはテキストチャット画面が表示されます。真ん中にあるのはフォロワーと全参加者のリストです。リストには名前とステータスメッセージが表示されるようになっています。

話し合いの「勝ち」とは?

 トーナメント型の議論をデザインするにあたって考えなければならないのは、二人のうち次の話し合いに残る人の決め方です。少数の審判役に決めてもらう、多数の投票によって決める、何らかのプログラムで分析して決める、など様々な勝敗決定方法が考えられるところです。

 しかし、これらの勝敗決定方法は一つとして採用しませんでした。なぜなら、建設的に話し合うことを放棄することで意図的に「負け抜け」することができてしまうからです。このシステムの目的は、できるだけ多くの人に話し合いに参加してもらって、さらにはその体験を通じて納得してもらうことです。さっさと抜けさせてもらおうと考える人が多くなるようでは意味がありません。

 このシステムでは勝者を決めることをせず、代わりに二人が話し合いを通じてどちらが残るべきかを決めるというデザインを採用しました。システムには「自分に任せてほしい」ボタンと「相手に任せたい」ボタンが設けられ、二人が合意しない限りはどちらも先に進めないというものです。ボタンを押すとチャット画面内で通知され、話し合いの間、何度でも変更することができます。どうしても合意できない場合ときのために「この相手をパス」ボタンも用意しました。

▲「自分に任せてほしい」「相手に任せたい」「この相手をパス」の3つの選択肢を選ぶことができる

 話し合いが合意で終わった場合も、決裂してパスで終わった場合も、待機している人の中から次の相手とランダムにマッチングします。つまり、トーナメント表が最初から固定的に決まっているわけではなくて、だんだんとトーナメント表が大きくなっていくようなイメージのシステムです。

 相手に任せた後は、その人のフォロワーとなって引き続き話し合いを見届けることができるようにしました。任された人の画面にはフォロワー一覧があり、そこに各フォロワーのステータスメッセージが表示されるようになっているので、エールを送り続けることができるようになっています。自分の任せた相手が、それ以降の話し合いで相手に任せて抜ける場合には、その人のフォロワーとして引き継がれていきます。話し合いを続けていくほどにフォロワーの人数が増えて、話し合いの積み重ねを背負っていくことになるシステムです。

トーナメント実戦例

 どんなに消極的な人でも相手に「自分に任せてほしい」を押してもらうまでは終われないし、どんなに積極的な人でも「相手に任せたい」を押してもらうまでは進めない。そんな環境で何かを決めようとしたらどんなコミュニケーションが生まれるのでしょうか。超大規模コミュニケーションを目標に掲げているにも関わらず、学内での10人~40人程度の初期的な実験しかできていないのですが、それだけでも興味深い事象が観察されています。

 この記事では特に、どのように話し合いが決着していくのかに注目してみていきたいと思います(テーマは旅行の行き先でした)。

 まず、消極的な人同士のペアでは「相手に任せたい」ボタンを先に押されてしまうと断りづらく、何かしらの説得力ある理由を持たない限りは反論せず静かに「自分に任せてほしい」ボタンを押して引き受けるというパターンがよく観察されました。どちらかというと相手の頼みを断るよりも議論の続きを引き受ける方が消極的な行動だということでしょう。こういうことは世の中でもあちらこちらで頻繁に起きていて、必ずしもよいことではありませんが、システムをデザインする際にうまく採り入れることができれば効果としては大きそうです。

▲例1:CとDの間で「箱根以外の温泉」という結論になり、消極的なCが「勝ち」を譲ったケース。Dは戸惑いつつも最後に「自分に任せてほしい」ボタンを押して議論は決着

 また、合意に至った決定的な案を出した方の人が「勝ち残る」というパターンが少ないという傾向も見て取れました。どちらが残るかはまた別問題として存在していて、消極的な人たちにはむしろ、よい案を出すという仕事をしたから抜けさせてもらいたいという口実として意識されているところがありました。

▲例2:HとIの間では「スキー旅行」という結論になったが、消極的なHがIに「勝ち」を譲ろうとしたところ、Iに用事を理由に断られ、逆に「相手に任せたい」を押されている

 留学生と日本人のペアでは英語で話し合いが行われ、その後の説明に有利だろうとの暗黙の判断が働き、日本人の方が残るという合意に至るということもありました。日本人グループの中で一人だけ留学生というときに英語で話すのはなかなか大変ですが、二人組に分かれて話すことによって言葉の壁があっても意見を集めやすくなり、その後トーナメントでアピールされやすくなるというのは、個人的には発見でした。

▲例3:留学生(G)と日本人学生(E)のやりとり。温泉というGの意見に合わせるように議論が進んだ後、どちらが残るかについては一言も交わすことなく、相手の意見に合わせていたEが残ることになった

 消極性以外にも多人数コミュニケーションに参加しづらい理由は様々にあり、それぞれの理由に柔軟に対応するには人の優しさを発揮できるだけのゆとりや余白が必要なのです。

 学内でのコミュニケーション実験を実施したに過ぎませんので、お互いが顔見知りではなく、無理にでも自分の意見を通したい強硬派がいた場合などにどう対応すべきかなど未知数の部分が広く残されています。しかし、とかくどちらがより賢いかをアピールしあう不毛な勝負になりがちなオンラインのコミュニケーションにおいて、「この人に任せたい」と思ってもらうことの大切さをシステムに組み込んで、勝ち負けではない枠組みを意識させることは悪くない作戦なのではないかと考えています。

大トーナメント開催?

 トーナメント型議論システムの自明かつ最大の弱点は、同じ話を何度もしなければならないところです。1クラス40人としても5~6回戦くらいになるわけです。実験参加者の声でもそれを指摘する声が多くありました。日本人全体でやろうと思ったら決勝戦は27回戦くらいになる計算です(2の27乗がおよそ1億3422万)。コミュニケーションをいったん捨て置くことにする「遅いインターネット計画」とはまた違う意味で遅いインターネットです。

 個人的には、たった27人と話すだけで日本人全体でのトーナメントを実施できると考えたらそれほど悪くはない数字だと思います。選挙で選ばれた代表者たちの話し合いを見ているとなおさらそんな気もしてきます。代表者を選ばないで直接話し合って決めたらめちゃくちゃ納得できるんじゃないかなという夢を見たくもなります。

 しかし、そもそもトーナメントに参加してもらうにはどうしたらいいのかというところが問題で、私の力及ばず解決できていません。もっと小さな、だけれども他の方法で話し合うには大きすぎる1000人(10回戦)くらいの規模で、勝ち進んでいくと宇野さんと二人で話し合えるなどのご褒美(?)つきで実施することでトーナメント型議論の良さを徐々に広めていき、後々に大トーナメントを開催するといった方法はありうるかもしれません。

得られた教訓のまとめ

・参加する方が消極的という状況にすれば参加してもらえる
・少人数コミュニケーションには優しさを発揮させるゆとりがある
・コミュニケーションは勝ち負けではないということをデザインとして組み込むべき

 今回のお話を通じて、コミュニケーションを傘連判状やトーナメントといったわかりやすい型に当てはめることでシステムを利用するイメージが付きやすくなるだけでなく、グループが協調する過程で必要だった様々な調整のコミュニケーションが単純化されて消極的な人同士でも協調しやすくなるということも見えてきました。

 また、コミュニケーションのルールのようなものを暗黙の了解やマナーの領域で扱うのではなくシステムのデザインとして規定することは、ルール違反・マナー違反を厭わない悪い積極性による悪影響を軽減する効果があるはずです。

 残念ながら、私の中で今回紹介した経験はこれらの教訓とともに「何かのときに使えるかもしれないからいったん温めておく」ゾーン送りになってしまっています(研究者と呼ばれる方々はみなさんそういうゾーンをお持ちなのではないかと思います)。今回この記事を書くことにしたのは、「遅いインターネット計画」を伺ったことで、今がまさにそのときかもしれないという気持ちが生まれたからです。

 とはいえ、何か具体的な答えが見えたというわけではありません。この文章が、何かを成し遂げたいという気持ちを持った読者の皆様とともに、そのヒントをつかむきっかけとなれば幸いです(システムのスクリーンショットを貼り付けるたびに見た目がイケてないなあという恥ずかしい気持ちになるので、見た目をかっこよくリデザインする仲間が見つかるだけでも楽しそうだななどとも思っています)。

(了)

この記事は、PLANETSのメルマガで2018年11月8日、同年12月20日に配信した同名連載をリニューアルしたものです。あらためて、2021年3月25日に公開しました。