新しいワークスタイルが広がる中で、今、働く人はどのように「休む」べきなのでしょうか? メンタルヘルスや健康、そして場づくりなどさまざまな領域のプレイヤーと一緒に考えていくダイアローグ連載。
第2回は、ウェルビーイングや予防医学の研究に取り組まれている石川善樹さんをお招きします。石川さんいわく、「オン/オフ」を切り替えて休む、という考え方は唯一の正解ではないとのこと。そもそも休みの意義は心身を「普通」に戻すことにあるのではないか、そのために適度に心身のモードを切り替える……そんな「休み」の本質について話していたら、議論は「移動」にまで広がっていきました。(Sponsored by CHILL OUT)
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端的に言うとね。
「休み」の目的は「普通」に戻すこと
──この連載は、コロナ禍によるリモートワークの普及もあり働き方が一気に変わりつつある中で、働く人にとっての「休む」についていろいろな角度から考え直していこうというものです。第1回は、「職場のメンタルヘルス」を専門に臨床や研究に取り組まれている、臨床心理士の関屋裕希さんに話を伺いました。第2回は石川さんと一緒に、予防医学やウェルビーイングの観点から「休み方」について議論していければと思っています。
石川 よろしくお願いします。「休み方」について考える時、まず着目すべきは「どこを休めるか」でしょう。休めたいのは「身体」なのか、「心」なのか、「脳」なのか……それに応じて、適切な休み方も変わってきます。
例えば、レストラン(restaurant)は「回復」を意味する「restore」という言葉のニュアンスが含まれていて、かつては肉体労働者が身体の疲れを取るための場所という側面があったと言われています。だからこそ、主に塩辛いものが提供されていたのだと。ただ、今のレストランは色彩豊かな料理を提供するようになりましたよね。これは脳の疲れを癒やすためでもあると思うんです。多くの現代人は脳が疲れているから、カラフルな料理を提供して、視覚から脳の疲れを癒やすといった方法を取っているのではないかと。
それから、人々が日常の中で利用するのか、非日常の中で利用するのかによっても「癒やし方」が変わってくるでしょう。例えば、パリとニースは同じくフランスにある都市ですが、レストランで提供される料理の「タイプ」が異なっている印象を受けます。パリというのは、日本で言えば東京に相当する都市なので、そこにいる人たちの多くは日常の中でレストランを利用するわけですよね。そういった人たちに対しては、刺激を与えたほうが脳の疲れが取れやすいので、パリにはカラフルで刺激の強い料理を提供するレストランが多いのではないでしょうか。一方で、多くの人がバカンスを過ごしにやってくるニースでは、刺激が弱い料理を提供するレストランが主流、という印象を受けます。これは非日常の時間としてバカンスに来ている時は、昔ながらの郷土料理のような、ほっとする料理のほうが疲れを癒やしてくれるからだと思うんです。
──身体・脳・心のどこを休めたいか。あるいはその人がどんな「時間」を過ごしているか。そうした状況や目的によって、適切な「休み方」は変わってくるということですね。
石川 そもそも「休む」というと、心身を「好調」にするためのものというイメージがあると思いますが、必ずしもそうではありません。休むことの目的は、心身の調子を「普通」に戻すという役割もあります。不調の時はもちろん、好調の時であってもしっかりと休みを取って、一度「普通」に戻す。好調が続きすぎると、やがて大きな疲れに襲われたり、思わぬ落とし穴に落ちたりしてしまうことがありますから。
例えば、フィギュアスケーターの方は、調子が良すぎて失敗してしまうことがあるらしいんですよ。ジャンプを飛んだとき、身体のキレが良すぎるばかりに、回転しすぎてしまって着地に失敗してしまうことがあるのだと。だから試合当日に身体のキレが良すぎると感じたときは、慌てて身体を追い込んでわざと疲れさせて、普通に戻すんだそうです。
──それは意外でした。「休む」とは「普通」を維持するための調整、ということですね。
石川 そうした調整に長けていたのが、元メジャーリーガーのイチローです。彼は現役時代、スランプが少ないことで有名でした。その理由は休み方がうまかった、言い換えれば常に調子を「普通」に保ち続けていたからだと言われているんです。一般的に野球選手は、とりわけスランプ、つまり不調に陥ったときは、どうにかして好調に持っていこうと頑張ってしまいがち。でも、イチローはそうではありませんでした。好調でも不調でも、うまく休みながら調子を「普通」に保ち続けたからこそ、長年にわたって活躍できたわけです。
──たしかに「普通」から外れると、明らかに調子が狂いますよね。僕(宇野)は若い頃、アイデアが降りてくるまで唸り続けて、“降りてきた”瞬間からろくに眠らず原稿を書き続けて完成させるというスタイルでした。当時はそれでなんとかなっていたのですが、特に大きな仕事を終えた後は1〜2ヶ月間くらいは使い物にならない状態が続いてしまって、しばらく調子が「普通」にすら戻ってくれなかったんです。
でも最近は体力が落ちて無理が効かなくなってしまったこともあって、一日の限られた時間の中で最大のパフォーマンスを発揮するため、かなり規則正しい生活を送るようになりました。このスタイルにしてからは、かつてのような調子の波が起こりにくくなったんですよね。
石川 若い頃の宇野さんは「好調」か「不調」しかなかったのでしょうね。実際、そういった人は少なくありませんし、オフィスワーカーの中には、不調が続きすぎてその状態が「普通」だと思い込んでいる人もいるくらいです。
「サザエさん症候群」を防ぐために
──「普通」に戻すという「休み」の目的を踏まえると、「休み」とは、単にベッドでダラダラすることではないとわかりますね。むしろ先程の「身体のキレが良すぎる時はわざと疲れさせる」フィギュアスケート選手のように、あえて「動く」ことが休みになる場合もある。
石川 「アクティブレスト」という考え方があります。例えば、部活の試合などですごく疲労が溜まったとするじゃないですか。一昔前であれば、「試合翌日は練習をオフにして、身体を動かさないことで疲労を回復させよう」と考えられていましたが、そうすると余計に疲労が蓄積してしまうこともある。現在主流になっているのは、試合の翌日も軽く身体を動かすこと。そのほうが、効率良く回復できるとされています。このように心身の調子に応じて、休み方を使い分けるべきなんです。不調の時であっても、心身になるべく刺激を加えたほうがいいこともありますし、好調の時こそ、あまり刺激を加えないほうが良かったりもします。
──でも、思わず逆のことをやっちゃいそうですよね。不調の時はあまり行動する活力が湧きにくいでしょうし、逆に好調の時はハイになっちゃって何でもやろうとしてしまうじゃないですか。
石川 そうかもしれません。「何もしたくない」あるいは「何でもやってやろう」という気持ちをコントロールする必要があるし、それをコントロールできる人が「休み上手」なんですよ。
──いま話しながら、思い出したことがあって。高校生のとき、「速歩遠足」という学校の行事があったんですよ。朝5時に函館の山奥にある廃校になった小学校まで連れて行かれて、交通機関を使わずに制限時間内に高校まで戻ってこい、という謎イベントです(笑)。7時間で30キロくらい歩いたり走ったりすることになるのですが、ゴールした直後、身体はかなり疲れているにもかかわらず、なぜか遊びに出てしまうんですよね。あれももしかすると、脳がハイになっちゃって「何でもやってやろう」モードになっていたのかもと思ったのですが、好調の自分をセーブするコツってあるんですか?
石川 好調から「普通」に戻すための、自分なりのルーティンを持っておくことが大事だと思います。例えば、週末を利用してリゾート地に旅行に行ったとするじゃないですか。そうすると日曜日の夕方に非日常感満載で帰ってくることになり、なかなか「普通」に戻れず、翌日からの仕事に支障を来す場合がある。だから、例えば日曜日の夜に近所をゆっくり散歩して、テンションを普通に戻すといったようなルーティンを確立するといいでしょうね。
逆に、土日にリラックスし過ぎてしまうことも、月曜日からのパフォーマンスに悪影響を及ぼします。土曜日は完全に休んで、日曜日は昼くらいから徐々に仕事のことを考え始めるくらいがいいと言われていますね。「サザエさん症候群」ってあるじゃないですか。土日を楽しく過ごしていたら、気づけば日曜日の夕方になっていて、サザエさんが始まってかなり憂鬱な気持ちになってしまう。そうした事態を防ぐためにも、日曜日の昼くらいから、徐々に翌日に向けて気持ちを整えておいたほうがいいという研究結果もあります。
オン/オフの区別なんてない。休みの本質は「モードの切り替え」
──休みの期間中ずっと休むのではなく、終盤は徐々に日常や仕事のモードに戻っていったほうが、結果的に良い休みになるということですね。
石川 つまるところ、休みの本質は「モードの切り替え」なんです。頭を使うモードから身体を使うモードへ、あるいは日常モードから非日常モードへ……異なるモードに移行すること自体が、「休み」になる。休むとは「スイッチをオフにすること」ではなく、「違うスイッチをオンにすること」。よく「オンとオフを切り替える」と言われますが、人間ってずっと「オン」なんですよ。死なない限り、「オフ」になんてなりません。
──それに関して思い当たることがあって。僕(宇野)は自由な時間ができると、昆虫採集やプラモデルづくりといった趣味に費やすことが多いのですが、仕事とは関係のない、書きたい文章を書くこともあるんです。仕事でも文章を書いて、空いた時間でも文章を書くなんて「休みが下手な人間だな」と思っていたのですが、モードの切り替えが休むことなのだとすると、趣味の文章を書くことも休みになっているのでしょうか?
石川 そうだと思いますよ。間違いなくモードが切り替わっているわけですから、それも宇野さんにとっての「休み」になっているはずです。
──ただ、今の自分の調子を的確に把握して、適切なタイミングでモードを切り替えていくのって、そう簡単なことではない気がします。
石川 一番わかりやすいバロメーターは「睡眠」でしょうね。日中に仕事にならないくらい眠いと感じるのであれば、それはもう完全な不調です。あとは、夜なかなか寝付けないのも不調のサイン。ちなみに「寝付きが悪い」は、好調すぎるサインであることもありますね。好調の時って、やっぱり興奮してなかなか眠れなくなってしまうじゃないですか。いずれにせよ睡眠と日中の眠気が、最も簡単に自身の調子を知るためのヒントになると思います。
──睡眠の質を自分で把握するにはどうしたらいいのでしょう?
石川 「測る」しかないでしょうね。睡眠に関する主観的な印象って、客観的なデータとのずれが生じやすいと言われているんですよ。本人は「今日はよく眠れたな」と思っても、データは浅い睡眠が続いていたことを示している、なんてことも少なくない。だからデータを取って、睡眠の質を把握することが大事なんです。幸い、最近は睡眠データを計測できるスマートウォッチなどのウェアラブルデバイスが手に入りやすくなっているので、そういったものを活用しながら睡眠の質を確かめてみるとよいと思いますよ。
──そうしたデバイスの支援がなければ、人間は自らの身体のことを正確に認識することはできないのですか?
石川 そう思います。現代を生きる人の「自らの身体の状態を把握するための感覚」は、だんだんと鈍ってきている気がしていて。例えば、最近は「お腹が空いたから」ご飯を食べるのではなく、「ご飯を食べる時間になったから」ご飯を食べる人が増えている印象を受けます。睡眠も然りで、「寝る時間になったから」眠る人が多い。もちろん、生活リズムを整えるという意味では悪いことではないでしょうが、そうやって決められたスケジュールに則って食事や睡眠を取っているばかりでは、身体のコンディションに対する感覚は失われていってしまうと思うんです。
──産業革命以後の労働者たちの病、といった感じがします。文明の発展と共に失ってしまった感覚を、ウェアラブルデバイスのようなテクノロジーで取り戻す、というわけですね。
「休む」は人類にとって新しい考え方?
──「『休む』とはモードの切り替えである」という話、「スイッチをオンからオフにするのが『休み』である」と考えがちな僕らの社会通念が覆されて、とても面白いです。これは最近言われるようになったことなんですか?
石川 はい。そもそも「休む」という概念自体が、人類の歴史の中では比較的最近になって登場したものですからね。極端な話、農耕や狩猟が生業の中心だった頃は人に「休み」なんてものはなくて、労働と生活は常に同時進行だったわけです。日本では戦後、企業に勤めるという働き方が一般的になり、週休二日制度が導入されたり、ゴールデンウィークができたりする中で、「休み」との付き合い方が問題になってきた。つまり、私たちが「休み」と向き合い始めたこと自体、ほんの最近のことなんです。
──人類がようやく「休み」と向き合うようになった中で、「休み」に関してはどのような知見が蓄積されているのでしょう?
石川 予防医学の観点で昔から言われているのは、「栄養」「休養」「運動」です。例えば食と睡眠の質を少し上げるだけで、体調は大きく改善されます。この「栄養」「休養」「運動」というのは、予防医学の三本柱とされてきました。
ただ、これまでも国は予防医学の観点から栄養と運動のガイドラインを整えていたのですが、休養のガイドラインができたのはごく最近のこと。「●時間働いたら、●時間の休憩を取らなければならない」といった働き方に関する規制だって、最近どんどん整備が進むようになっています。スポーツの分野でも、最近になってようやく休養の重要性が言及されるようになりましたが、一昔前までは「休むなんてもってのほか」みたいな考えがあったじゃないですか。
──「休む」は、最近になってようやく科学的なアプローチが取られるようになった領域なんですね。
石川 今後はさらにこの分野の重要性は増してくると思います。少し前まではガイドラインはなかったとはいえ、決まった時間に会社に行って、休み時間になったら休めばよかった。でも、リモートワークが普及していく中で、今後はそうもいきませんよね。一人ひとりが主体的にスケジュールを立て、働き、休むことが求められます。「どう休むか」は、今後の大きな社会課題だと思います。
まずは楽しみな予定を入れる「ポジティブスケジューリング」
──そうですよね。コロナ禍によってライフスタイルや働き方が変わり、これまで守ってきたリズムやルーティンが崩れてしまった人も少なくないと思います。
石川 リモートワーク化が進んだことによって最も大きな煽りを受けたのは、「移動」がモードを切り替えるスイッチになっていたタイプの人だと思います。自宅から会社に出勤することで仕事モードになっていた人が、移動がなくなったことで、モードの切り替えができず不調に陥っている。ただ、そういったタイプの方でも、日常的にご近所を移動している方はウェルビーイングを保てているんですよね。つまり重要なのは「家から会社」に移動することではなく、単に「A地点からB地点」に移動することだった。「出退勤がなくなってしまってモードの切り替えがうまくいかず苦しんでいる」という人は、積極的に外に出て移動してみるといいと思います。
──リモートワーク環境での「モードの切り替え」の手段として、一つ大きいのは「移動」だと。加えて、外に出ずに切り替えるための方法も教えていただけますか?
石川 一日に数回、「マイクロバーストエクササイズ」と呼ばれる軽い運動を行うことは有効な手段だと思います。このエクササイズの目的は、短時間で一気に脳に血液を送り込み、脳を活性化させること。最も効果があるのは、スクワットだとされています。少しスクワットをするだけでも心拍数がぐっと上がり、血液の巡りが良くなって脳に酸素が回るようになりますから。
それから、飲食も切り替えのスイッチになるでしょう。例えば、僕は意識的に料理を作るようにしています。「コーヒーを飲む」でも「お菓子を食べる」でもいいのですが、意識して「仕事とは違うこと」を、それも場所を変えて行うことが大切なんです。脳はかなり原始的な器官なので、仕事も食事も同じデスクでしていると、そこが何をする場所なのかわからなくなって効率が落ちてしまうと言われています。だから、「ここは仕事をする場所」としっかり線引きしたほうがいいんです。
──疲れを意識だけで解決しようとせず、身体的なアプローチを取ることが大事だということですね。いくつか手段を挙げていただきましたが、まずは何から取り組むべきでしょうか?
石川 まずは、1週間のスケジュールを事細かに書き出してみることから始めてみましょう。何時に寝て、何時に起きて、どのようなものをどれだけ食べて、飲むのか……そういったことを書き出し、どのように生活を改善したいのかを考えることから始めるしかないでしょうね。ここで大切なのは、「まず楽しみな予定を入れる」こと。これは「ポジティブスケジューリング」と言って、ウェルビーイングを実現するための鉄則の一つなんです。人は意識しないと「すべきこと」でスケジュールを埋めてしまいがちですが、まず「したいこと」をスケジュールに組み込み、そこから逆算して「すべきこと」を組み込んでいく。そうすることによって、生活の充実度は一気に上がります。大事なのは、「予定として入れる」ことです。
──なるほど。僕らは予定が入っていない状態を「休み」だと思っているけれど、その認識は間違っていたんですね。僕(宇野)自身、スケジュールをまず仕事で埋めてしまうほうなんですよ。でも、たしかにそれって危険なことなのかもしれないと感じました。好きな仕事をしているはずなのに、スケジュールにぎっしり仕事が入っているのを見ると、憂鬱になってしまうことがあって。もちろん、一つひとつの現場は楽しいんですけどね。
石川 わかります(笑)。したくてやっている仕事なのに、あまりにもたくさんの予定が入っていると「なんでこんなにいっぱい予定があるんだ!?」ってなりますよね(笑)。
「移動」で強制的にモードを切り替える
──ポジティブスケジューリングの実践として、石川さん自身はどのような予定を入れているのですか?
石川 移動ですね。いつもと違う場所に行き日常から離れると、必然的に普段の自分とは違うモードに切り替わるので、移動はかなり有効な「休み」になるんじゃないでしょうか。
──ちなみに、お気に入りの移動先はありますか?
石川 頻繁に訪れているのは、福岡県の糸島市ですね。僕の仕事仲間たちの拠点があるということも足を運ぶ理由の一つなのですが、ふるさとである生口島(編注:瀬戸内海にある島。広島県尾道市に属する)の風景に近いこともお気に入りポイントでして。糸島は島ではなく半島なのですが、瀬戸内の島に似たような雰囲気があるんですよ。
──原風景に触れられる場所なんですね。僕(宇野)は、京都の丹後地方によく行くんですよ。新幹線で京都か大阪まで行って、そこからさらに電車で4〜5時間かかるのでかなり遠いんですけど。ここ2〜3年は忙しいこともあって足を運べてないのですが、一時期は毎年行って、古い漁師町を歩いたり、海沿いをランニングして過ごしたりしていました。
石川 いいじゃないですか! 何度でも訪れたいと思えるようなお気に入りの場所を持っていることは、ウェルビーイングにおいてとても重要だと思います。さらに言えば、遠いところと近いところ、それぞれにそうした場所を持っているといいんです。移動の多様性とウェルビーイングの関連性は高いとされていますから。距離の遠近を問わず、さまざまなところに出かけてみるといいと思いますね。
──とてもよくわかります。僕は丹後地方の他にも、神奈川県の三浦半島が好きで。湘南とは違ってあまり観光業に手がつけられていなくて、余白が多いところが気に入っているんです。
石川 三浦半島いいですよね! 僕もよく行っていて、特に小網代の森が好きなんですよ。東京から近いのがいいですよね。
──気が合いますね(笑)。僕も関東圏では、小網代の森が一番好きな場所かもしれない。たしかに近さは大きな魅力の一つで、新宿駅から三崎口駅までがだいたい1時間45分ほどで、そこからバスに3分ほど乗れば最寄りのバス停に着いてしまう。僕(宇野)の場合は、自宅から2時間くらいで小網代の森まで行けるんですよ。それから周辺の浜辺で海鮮バーベキューをしたりもしています。これもコロナ前は、ルーチンで毎年やっていましたね。
「起動していない時間」を甘く見てはいけない
──旅先では、石川さんはどんなことをするんですか?
石川 知り合いがいる場所に行って、その人を介して地元のさまざまな人に会うようにしていますね。現地で生活して、何かしらの活動をしている人に会うと、たくさん刺激をもらえますから。僕はまず、その土地の「玄関口」を探すんですよ。玄関から入ってどんどん奥に進んでいくのが、僕の移動の標準ルート。その土地の奥に進んで行くと、多くの場合は神社などの御神体が祀られている場所に行き着くので、そこで宮司さんなどからお話を聞くようにしていますね。
──僕(宇野)は仕事で人に会うことが多いので、旅先ではあまり人に会いたくないんですよね。それに、街で過ごすことが多いんです。でもだからこそ、気づくと旅先でもいつものルーティンに沿った行動を取ってしまいがちで……。
石川 全然いいと思いますけどね。旅先でどう過ごすのが心地よいかは人それぞれですし、人と会うか会わないかということに関しても、僕の場合は仕事で宇野さんよりは人と会うことが少ないから、逆に旅先では人に会いたくなるのかもしれませんし。モードの切り替えという意味では、どちらも「正解」でしょう。
あと、モードを切り替えるための工夫としては、旅先で「どちらから来られたんですか?」と聞かれた時、「このあたりの者です」と答えるようにしていて。
──地球規模で見れば「このあたりから来た」ことに間違いないですからね(笑)。
石川 そうそう、嘘は言っていない(笑)。「東京から来ました」と返すと、次は「普段はどんなことを?」と聞かれるじゃないですか。そこで「こんなことをしていまして……」と普段の仕事の話をすると、モードが切り替わりづらくなってしまうんですよね。
これは予防医学の観点でも重要なことで。というのも、多層的な共同体を築いていること……つまりさまざまな人格で、さまざまな人とのつながりを持っていることが、ウェルビーイングに大きく影響することがわかっているんです。特に、仕事を引退した後。「株式会社〇〇の部長」としての人格のみでいろいろなコミュニティに関わっていると「株式会社〇〇の部長」じゃなくなってしまった瞬間、属する全てのコミュニティでの存在感がなくなってしまう。だから、例えば僕の子どもが通っている野球クラブでは、親同士が年齢と職業を聞かないことが暗黙のルールになっているんです。そうすれば比較的フラットな関係を築きやすくて、仕事の時とは全く違う人格でそのコミュニティに参加できるじゃないですか。そういったコミュニティをなるべく複数持っておくことが、ウェルビーイングにつながるんです。
──年齢と職業を言ってはいけないSNS、とかがあるといいのかもしれないですね。
石川 若い人たちを中心に、複数のアカウントを持っているじゃないですか。あれはウェルビーイングに効いているんだろうな、って思いますよ(笑)。
──なるほど(笑)。
石川 あとは旅行に行った後に「どんな旅行だったか」を誰かと喋ることが大事だと思います。喋れば喋るほど記憶が整理されて、「楽しかったな」と思えてくる気がするんです。ウェルビーイングを生み出すのは体験ではなく記憶だと言われていて、実際に「何をしたか」ではなく、「何を覚えているか」が重要なんですよね。
その意味では、やはり睡眠は大事です。寝ているときの脳は、起きているときよりも活性化していると言われていて、必死に何をしているのかというと、情報と情報をつなぎ合わせているんですよね。つまり、記憶を定着させようとしているわけです。そして個人差はありますが、記憶の定着が始まるのはだいたい眠りに落ちてから6時間後からだと言われていまして。だから睡眠時間が6時間未満の人は、起きている間にどんな経験をしていたとしても、それが記憶として定着しにくくなってしまうんです。身体を休めるという意味でも、ウェルビーングを実現させるためにも、眠っているときの自分を甘く見てはいけません。
──僕らは人間を「電池で動いているロボット」みたいなイメージで捉えていて、「電池が切れたら充電すればいい」、つまり「疲れたら眠ればいい」と考えているように思うのですが、このイメージから変えたほうがいいのかもしれませんね。むしろ僕たちは「一瞬だけ起動している何か」、だと思うんです。起動している、わかりやすく言えば仕事などに打ち込める時間は一瞬のことに過ぎなくて、その一瞬の間に発揮する力を最大化するために、それ以外の時間ではエネルギーを蓄えている。むしろ本質は後者の「起動していない時間」にあるのかもしれないなと思いました。休もうとしなくても、「お前はもう休んでいる」、みたいな(笑)。
石川 「裾野が広いからこそ、山は高くなる」と言われるじゃないですか。僕は人もそれと同じだと思います。「仕事モード」のピークにばかり着目していてもしょうがなくて、高いパフォーマンスを発揮するために重要なのは、むしろ“裾野”なんですよね。モードを切り替えながら、いろいろなことを吸収して“裾野”を広げることが、自らの力を最大限発揮するためにも、ウェルビーイングを実現するためにも、重要なことなのだと思います。
[了]
この記事は、リラクゼーションドリンクブランド「CHILL OUT」とのタイアップのもと制作されました。宇野常寛が聞き手、鷲尾諒太郎が構成、小池真幸が編集をつとめ、2022年9月30日に公開しました。Photos by 高橋団。撮影場所:有楽町SAAI Wonder Working Community
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