滋賀県のとある街で、推定築130年を超える町家に住む菊池昌枝さん。この連載ではひょんなことから町家に住むことになった菊池さんが、「古いもの」とともに生きる、一風変わった日々のくらしを綴ります。
今回は季節とともにある古民家ならではの暮らし方についてです。気温や天気に合わせて生活様式をかえていく「暮らしわけ」について、季節折々の写真とともにお届けします。
この記事は、PLANETSのメールマガジンで2021年11月22日に配信した同名連載をリニューアルしたものです。あらためて、2022年3月18日に公開しました。
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端的に言うとね。
何でも金継ぎと気候温暖化のこと
ひと雨ごとに寒くなっていよいよストーブを引っ張り出す。日も暮れる頃にはじわっと寂しくなるのである。この春から金継ぎを習い始めた。友人トムのパートナーであるのり子さんが師匠だ。美大出で金継ぎ作家の活動をしている彼女の抜群のセンスに惚れて、田舎タイムでのんびり教わって秋の日を楽しんでいたのだ。以前に触れたが我が家の蔵には昔の器類があり、ヒビが入っていたり欠けていたりするものもある。それを捨てずにコツコツと一体どれくらいかかるのかわからないが直していくのだ。
ところで金継ぎはどういう手順で完成させるのかご存知だろうか。材料は漆と金箔、銀箔。全てのベースに漆が使われていて接着の役割をしたり箔の土台になったりすることもあるし、金や銀の代わりに色合いの役割もしたりするマルチプレーヤーだ。漆の歴史は長くて縄文時代には既に土器に漆を塗っていた。かぶれたりして扱いも面倒なこの漆と人の関係は、森林があってこその関係でもあろうけど、どうしてこの役割に気づいたのだろう。ほんとうに不思議だ。
金継ぎの魅力は何かというと、元の器を修繕するのみならず、その価値が生まれ変わることである。つまり器の風景が変わると言ったらよいのだろうか。壊れたからこその再生の魅力が、そこにはある。新品好きの現代人は「古いものにこそ価値がある」という嗜好がかつてあったことを今一度思い起こしてみてはどうかなと思う。その場合、稀有だから価値が高いだけではないのだ。そこに存在し続けるストーリーや使われている技術(おそらく現在では失われているものも多い)とか、民族的なアイデンティティや伝統、そんな類のものがあるから愛おしいしかけがえのないものになるのだと考えている。そんなことで、ついでに形が気に入っているアンティークの椅子の座面張替えもした。隣町に椅子の張替えを専門にするワカモノがいる。彼は仕事はうまいし早いし、リーズナブルでなんとも言えない店構えはいかにもジブリ映画に出てきそうな雰囲気だ。布地がボロボロになってクッションがくたびれて、座るとおしりが痛くなったのだが、アンティークにポップさを加えて部屋が明るく感じられるようにと選んだ布地は、寒い冬に温かみのある差し色で我が家に新しい存在感を加えたのである。
さて、秋が深まり所々から隙間風を感じるようになってきた。その隙間を埋めるため、最近ホームセンターでパテ剤を見繕い細々と直していたら、何と家も金継ぎと同じ方法で直せることに気づいてしまった。もちろんこれが人類初の気づきのはずはなくて、やっている人は全国にいるだろう、きっと。継ぎ目は漆の代わりに粘土のようなセメント剤なのだが、これで隙間風や這う系の虫の侵入をうまいこと防ぐことができる。完全に乾いたところでアクリル絵の具で着色してみようと計画中。結果は後日ご報告する。
この借り物である古民家にも気候変動や災害の影響は着々と迫っている。久しぶりに『日本沈没』をドラマ(小栗旬版)で観て感じたのだけれど、何だか深刻な状況を迎えつつあり気になってはいても、日本人はどうも自分事として把握するスキルが低いようだ。都会にいても田舎にいても間違いなく気候変動の影響(災害、食糧、エネルギー)は受けるし、日本には加えてひんぱんに地震も起こる震災大国なのだ。
万が一、この家が震度6強に襲われたら、私は即刻逃げるつもりでいる。もともと耐震でも免震でもないのが古民家。直せば普通の家になるかコストも馬鹿にならないので、その時がきたら逃げ遅れないよう、ここ数年のうちに避難用非常用ドアを作り「地震! よし非常口!」ルートで身を守りたい。したがってここでは耐震よりも、日々快適に暮らせるように省エネ創エネ対策をすることが目下重要な課題だと思うのだ。日本の伝統建築が省エネ住宅でないという理由で、なくなってしまうのは惜しい。
省エネの考え方そのものには大賛成だ。早くやらないと地球が危ない。そのためこの家ができることは、まず見た目を変えずに省エネ建築の機能と設備を入れることと思う。設備的には照明は既にLEDにしたし、冷房はほぼ使わずに夏を過ごした。ただ問題は冬である。この冬問題は設備よりも建築そのものを変えていく必要がある。外皮つまり窓、壁、屋根、床という建築の根本的で、しかもお金のかかる部分がポイントだ。私には幸いなことに相談できる「断熱プロ教授と古民家の1級建築士さん」が身近にいるので、この際、古民家の省エネについて二冬くらいかけてじっくり取り組み、同じ悩みのある方々に開示したいと思う今日この頃である。
「影響し合う菌」の多様性
私は料理家ではないし糠漬けが上手なわけでもそしてもちろん麹屋さんでもないのだが、料理の見えない、いわば神様の領域が気になるタイプである。例えば糠漬け。それはおばあちゃんが混ぜると美味しいとか、ビールを入れるといいとか、葉っぱを入れるとか、毎日かき混ぜるとか、様々な手法、処方箋的事項があるのだが、どうも釈然としない。なぜおばあちゃんがかき混ぜると美味しくなるのか、葉っぱや昆布やビールがどうなるのか、初心者にはどうしようもなく「???」なことが多いのだった。ちなみに市販のぬか床ではなく、糠、水、塩という原料を調達して実験を始めたのは2020年の春だった。友人や料理業界の方々にアドバイスをいただいたものの、そうならなかったり、セメダイン臭を出して失敗したり。単純なものなのに手を焼いたのだった。こりゃ料理より難しい……。
そこで自分なりの納得度が欲しいと思って始めたのは、本を読みネットで調べることと、実際に物理的・化学的に測るということの2点だった。特に後者は、今年に入ってからどうせやるのであるならば本格的にやろうということで、室温、糠温度、糠pH、糠塩分濃度を測り続けて記録した。もちろん何を漬けたか、どんな味になったか、どんな匂いがしたかとコメントを簡単に残す。こうして知識をつけていくうちに、ぼんやりとしか認識していなかった菌の働きもわかってきた。
そこで決定的だったのは、「美味しく漬ける」という意識から「生き物を扱っている」という実感が湧いた時だ。微生物のいる人工の土壌とも言えるぬか床に野菜を入れて美味しく食べてやろうというのは、天然の土壌で野菜を育て、ぬか床でさらに美味しくする相乗効果が期待できるところは、ヨーグルトやチーズ、お酒といった他の発酵食品の類とは少し違う、保存食を超えた漬物の魅力なのかもしれない。しかもこの微生物たちは人間が得意な安定した管理下の環境が合わないようだし、厄介なことに彼らの活動は目には見えないのだ。
漬物に都合のいい菌とそうでない菌がいるので「じゃあ都合のわるい方は殺菌してしまえ!」的な発想になりがちだが、そうなると漬物はできないのである。人にとっていいものもそうでないものも含めて存在を認めないと、おそらく成立しないのが漬物の微生物界。まるで人間社会の課題そのものだ。共存するためには相手を認めなくてはいけないといったことを考え始めると、漬物からも哲学が学べるのだ。
そんなふうに思い始めると、ますます目に見えない世界を見たくなってしまい、ちょうど種麹や酵母などの研究開発を行っている総合微生物スターターメーカーである秋田今野商店の佐藤さんと出会って、測定項目に「微生物を顕微鏡で見る」を加えた9月。さらに10月には生酛(きもと)造りで自然の乳酸菌を活かした酒造りにこだわる群馬の土田酒造さんと久しぶりにお話しする機会があって、「影響し合う菌」というお題をいただいた気がする。関わったつもりがなくても、そこにいるだけで影響するのだよ、菌は。
否、きっと菌だけの話ではない。森羅万象、よくも悪くも存在してくれてありがとうなのだ。卑近な例で言うと、私は幼少期かなりキツイワイルドな環境(家族や生活環境の)で育った。よく死なずに、そしてグレずにここまで来たよなと思う。最近になってようやくこうした人生にもある多様な体験をすんなり受け入れられるようになった。
菌に多様性があるのと同様、友人や出会った人たちにも強弱いろんな影響がある反面、彼らから多様性を与えてもらったおかげなのだと思うし、今住むこの家の見えない歴史にも影響されているのは間違いない。負の部分だけ見てしまうとつまらない人生だが、その負に見える面をどう捉え直すかで人生の受け入れ方も変わり、それは人それぞれの人生の味わいとして影響を受け漬け込まれていくのだと思う。
というわけで、「影響し合う菌」的にぬか床と麹菌をさらに追いかけることにする。
[了]