おはようございます。ニューヨークの橘宏樹です。世界の報道はウクライナ戦争一色ですね。どうしても、この話から始めざるを得ません。戦況や停戦交渉の行方は目まぐるしく変わり、毎日様々な情報が伝えられます。両軍の死者は増え、一般市民も大勢巻き込まれ、焼け出された難民がどんどん増えています。3月7日のニューヨーク・タイムズの一面には、迫撃から逃げ遅れた親子の遺骸の写真が大きく載りました。
 3月11日、米国上院はウクライナへの緊急軍事・人道援助に136億ドルを充てる予算案を可決しました。野党共和党もすんなり支持しました。
 ロシアがなぜウクライナ侵攻を行ったか。最も大きな刺激となったのは昨年11月10日の米国−ウクライナ憲章の改訂において、米国がウクライナの領土的・経済的安全を保障することを再度確認したということ、ウクライナのNATO加盟の支持を強めたことなどが理由とされています。ロシア側の視点については、学生時代からの友人であるテレビ東京豊島晋作キャスターのこちらの動画がよく伝えてくれていると思います。

 経済力を考えても軍事力を考えても、最終的にプーチン・ロシアに勝ち目はありません。イラクとアフガニスタンにおけるアメリカの辛苦を考えれば、ロシアにウクライナを占領統治できるとは思えません。西側の一枚岩の団結、特に、昨年末にメルケル首相からショルツ首相に交代したドイツの強硬な姿勢はプーチン大統領最大の誤算のひとつでしょう。内政的にもプーチン政権は盤石ではなくなってきているのではないでしょうか。それゆえに、イチかバチか、ロシアが核を使う可能性も否めない状況になってきています。もし米軍が直接介入して第三次世界大戦の様相を呈すれば、その期に乗じて、中国が台湾に、北朝鮮が韓国や日本に攻撃をしかけるかもしれないと言われている状況です。そうした観点から、日本国内でも、核のシェアリング等々はじめ、安全保障の議論が活発化しているところです。

▲I Love NYのロゴをもじってウクライナを応援する街角のポスター
▲有名なウクライナ料理店「ヴェセルカ」には食べることでウクライナを応援しようと毎日行列ができています。ボルシチの料金はウクライナに寄付されるとのこと。
▲ロシアン・ティールーム、という有名なカフェ・レストランの店内。創業はロシアからの亡命者で現在のオーナーは米系資本でありまったくロシアとは関係がないが、現在はボイコットにあっていて、ガラガラとのこと。写真は僕が昨年末に撮影したもの。

 ニューヨークでは、国連本部周辺やニューヨークのロシア総領事館前を中心に、反戦やロシアへの抗議運動、ウクライナ支援のデモが毎日のように行われています。以下の写真は、在ニューヨークウクライナ総領事館前の様子です。無数の献花やメッセージが寄せられています。NY警察のパトカーもエンジンを止めずに張り付いて警備に当たっています。

 ニューヨークの一般市民の生活においては、経済的な影響が大きいです。原油高から来る物価高、インフレを懸念した金融政策の引き締め施策もあいまって、先行き不透明感から株価は乱高下しながらどんどん下がっています。

 また、今のニューヨークやアメリカ社会においては、本当は、治安の悪化、ヘイトクライム、コロナ規制のやや性急な解除など、様々なトピックがあるのですが、どれもこれも、ウクライナ情勢に埋もれて霞んでしまっているという感はあります。

 だからと言うわけではないですが、敢えて閑話休題して、非常に身近なトピックを取り上げてみたいと思います。

電動キックボードが象徴する何か

▲電動のキックボード(出典:Theo Decker/Pexels

 みなさんは、街中で電動キックボードを見たことがあるでしょうか。利用されたことはあるでしょうか。日本でも最近OKになりましたね。便利だとか、危険だとか、様々な報道で目にされる機会は増えていると思います。
 ニューヨークでは、昨年、パンデミックでバスや地下鉄などが利用できなくなった頃から電動キックボードの利用が爆発的に増えました。合法化も比較的早く追いつきました。

 僕も、赴任してすぐに、この電動キックボードを買って使っています。NYに到着して、10年来のNY在住の友人(@toyaku)と久しぶりに再会した際に、彼が颯爽とこれに乗ってあらわれた時、何かこう、ああ、これはニューヨークを象徴しているな、と、ピンとくるものがあったからです。700ドルくらいしました。最大時速30Km出ます。ほぼ毎日、通勤に使っています。寒い冬でも、防風のダウンを着こんで、手袋と耳当てがあればなんてことはありません。それ以上に、渋滞をすいすいとすり抜けていける快感が本当にたまりません。テレワークの日が多かった頃も、この電動キックボードがあまりにも快適なので、もはやこれに乗りたくて出勤していたと言っても過言ではないかもしれません。

 日本人の同僚や友人にはよく、「危なくないの?」と聞かれます。実際に事故のニュースも見聞きします。しかし、大してスピードは出しませんし、マンハッタンの交通はほとんど片道走行なので安全に注意しやすいです。そもそも僕の利用時間帯は渋滞で道路が詰まってしまっていることもあり、今のところ車に轢かれる危険を感じたことはありません。ただ、確かに、東京では難しいかな、僕は帰国したら乗らないだろうな、とは感じます。東京は道が狭く窮屈な上に、いまだに自転車の逆走が多いことは、特に危険要因だと思います。また、非常に逆説的なことですが、日本は交通ルールを守る歩行者が多いからか、日本のドライバーたちは、海外のドライバーに比べると、飛び出しに対してやや不慣れな気がします。ほぼすべての歩行者が信号を守らないニューヨークでは(ロンドンもそうでしたが)、ドライバーも歩行者もお互いに注意を払って通行していますから、アイコンタクトが頻繁になっており、お互い、見えているよね、と思える感覚を感じることができます。また、これも逆説的ですが、日本は道路がとても綺麗ですが、その分悪路を走る快感は少なさそうです。ニューヨークは道路がボコボコ、工事中の箇所が多い、マンホールが多すぎる、排水が悪い、ゴミも散乱していて汚いなどの道路事情には本当に辟易する一方で、電動キックボードで、こうした障害物を避けていく具合は、まさしくリアルな「マリオカート」のような、『けっきょく南極大冒険』という古いファミコンソフトのような、ほとんどアクションゲームのようなおもしろさがあります。色々な道順も覚えてきたので、急ぐ時には、最も走りやすい道路を選びます。しかし、たいていは、敢えて障害物の多い道を走って、楽しんでいます。通勤に飽きません。

Micromobility surges as city plans e-scooter pilot program

 こうした日常の冒険感、乗り心地の軽快さや、すり抜けていく快感、閉塞感をテクノロジーが即座に風穴をあけていき、法整備もすぐさま追いついていく具合、そして、日本人にはなんだか危なっかしくも見える感じ。と同時に、そうしたリスクを自己責任を原則とした個人間の注意力によって乗り越えていく感じ。これらこそが、赴任直後にピンときた、電動キックボードが象徴するニューヨークのメンタリティなのかもしれません。

 それにつけても、電動キックボードが日本発ではないことはやはり残念です。電池の小型軽量化の技術は日本にもあったはずなのに。また、正直言って、日本国内の電動キックボードが、ごてごてとミラーやナンバープレートをつけ、制限速度もかなり抑えられ、狭い車道の路肩を居心地悪そうに走っている映像を見ると、デザインのスマートさや快適さという観点からは、ちょっとどうかなあ、とは感じます……。もちろん、安全優先ですし、車や歩行者側の視点との調整は必要です。賛成と反対の妥協点の調整に苦心しながら、なんとか導入に成功した企業や行政の多くの担当者の努力に敬意を表したいと思います。

 しかし、それでも、僕には、東京の電動キックボードは、窮屈だと鳴く籠の鳥のように見えてしまうのは、きっと、思想としてのすり抜ける爽快感や、日常のアクションゲーム化を主張するアート性といった、ニューヨークの電動キックボードが発している哲学的なメッセージ性が失われているように感じるからだろうと思います。東京は、道路が綺麗で、多くのお年寄りが街を歩き、一方通行が少なく、人々は自転車が歩道を逆走することに慣れています。ですから、確かに、東京の人々にしてみれば、単に危ない乗り物が増えた、くらいにしか思われず、僕がニューヨークの電動キックボードに感じているような魅力や思想は感じられにくそうです。ニューヨークという特殊なコンテストから切り離されれば、電動キックボードの発するアート性や哲学性は失われるということなのでしょう。でも、そうならば、その土地その土地で、このノリモノがまったく別のアート性や哲学性を帯びる可能性があるということも意味します。日本を走る電動キックボードは、それぞれの土地で、これからどんなメッセージを主張していくのか。声を聞くのを帰国時の楽しみにしたいと思います。

▲ブルックリンで日本酒を醸造する「ブルックリン・クラ」のラインナップ。化学者と証券マンが立ち上げたベンチャーです。フルーティーな味わいがとても美味しいです!
▲説明するブランドン。酒造の規制が緩いので、すぐこういう起業ができます。

日本の科学技術力を底上げする方法について

 日本のテクノロジーと言えば、先日、仕事で、ニューヨークで活躍する超一流の日本人理系研究者らとお話しする機会がありました。みなさん海外での活躍がだいぶ長い方々でしたが、日本への愛国心は大変強く、母国のテクノロジーやイノベーション力が衰退していることを、とても憂いておられて、どうしたらよいか、興味深い意見をいろいろと聞かせてくれました。

・国内外の研究者コミュニティの橋渡し
 まず、一同口を揃えて言うには、彼らのような海外一線の研究者らと日本国内の研究者コミュニティーの間は、かなり断絶しているとのことでした。別に喧嘩別れしたわけではなくとも、日本人研究者がこれまでの所属組織と提携関係のない海外の研究機関等に移籍する際は、「片道切符」になってしまい、結果的には、所属組織と縁を切らされるかたちになってしまうことが多いそうです。すると、日本国内の研究者コミュニティ内での居場所もまた失われてしまうので、彼らの研究成果や最新情報、人脈が国内に還元されていくチャンネルが途絶えてしまうわけです。確かに、これでは、後進に海外で活躍する先輩からの情報が入ってこないわけです。それどころか、組織としても、新しいコネクションを開拓できるチャンスを、みすみす潰してしまうことになっているわけですね。なんと、もったいないことでしょうか……。

 ちなみに、役所では、いろいろと特務や諸事情がある人材については「総務課『付き』」など、無役だけれどなんとなく「籍」(多くの場合物理的な「席」も)を置いておく人事上の技術があって、いろいろと便利に使われています。まわりも、ああいろいろ狙いや事情があるんだろうな、と察します。民間でもこういうテクニックはあると思います。なので、研究所でも、形だけ、例えば所長特任補佐、などといった席(籍)を残しておいて、zoomなどで、定期的に近況報告してもらうだけでも、だいぶ違うと思います。

・研究者のビジネス・リテラシーの向上
 また、日本人研究者は、欧米の研究者に比べると、概して、ビジネス上のニーズに関するアンテナやセンスが低いことも憂いていました。例えば、特許を取得しても、自ら企業等に売り込みを行わず、世間知らずの自分でも知っているような知名度の高い大企業から声がかかるまで受け身で待つばかりで、かなり良い筋の新興ベンチャーキャピタル等から声をかけられても信用せず、頑なに商談に応じない傾向があるとのことです。一方、米国では博士課程のプログラムの中に、知的財産の扱い方や諸手続き、マーケティングやコンサルタントの役割等について概説する授業があるため、研究者も知財ビジネスのリテラシーを養う機会が確保されているそうです。なるほどなあと思いました。日本の大学でも理系研究者が法学部やMBAコースの関係授業を履修するようにするなど、こうした機会を導入するのは難しいことではないはずです。最近有識者会議が外務大臣に提出した提言にも同趣旨の内容が触れられていましたから、すぐにでも広まっていくとよいなと思います。

松本洋一郎外務大臣科学技術顧問及び小谷元子外務大臣次席科学技術顧問による林外務大臣表敬(「科学技術力の基盤強化」に係る提言の提出)

黄金期到来 東工大ら率いる「大学発スタートアップ・エコシステム」始動 – Forbes JAPAN

・研究の意義を市民に説明する
 それから、研究費の補助における審査についても興味深いお話を聞きました。米国では、補助金申請の落選者に対しても、落選理由や全体順位、実名を明記した審査員意見が伝えられるなど非常に詳しいフィードバックがなされるそうです。なので、この仕組みによって、むしろ、審査員の見識もまた厳しく試されることになるわけです。また、研究中の監査においても、どのような研究をしているか、人類にとってその研究はどのような意味があるのか、進捗はどのような状況か、汚染物質を垂れ流したりはしていないか、研究所周辺の地域社会の人々も招待して、わかりやすく説明する機会を設けることも行うそうです。この説明会は、研究者に緊張感を与えるとともに、一般市民のみならず、関係している事務系の行政官も立ち会うので、彼らの科学技術リテラシーを向上させる効果も大きいとのことです。研究者側にとっても、このような場で磨いた説明能力は、民間ファンドに対するプレゼンにおいても活きてくるので、研究資金の調達にも繋がります。日本にも、こうした仕組みはなくはないわけで、例えば、山形県鶴岡市にある慶応義塾大学先端生命科学研究所では、周辺住民に対して25年間に及ぶ健康調査を実施し、その研究成果を住民に対する具体的なアドバイスの形で還元しています。研究所や地方大学と地域住民の交流には極めて大きな効果がありますね。さらに広げる価値があることだなと思われます。

ごあいさつ – からだ館とは(慶応義塾大学先端生命科学研究所)

NPO法人ZESDAが行った鶴岡イノベーションビレッジのツアーの模様。宇野常寛編集長も参加。

・ベンチャーと大企業の役割分担
 さらに、ベンチャーと大企業の役割分担についても興味深い示唆をもらいました。日本の大企業は、投資はしても、成功しつつあるベンチャー企業を買い取って生産をスケールアウトさせていくことをあまり行わないので、ベンチャー起業家は、引き続き、自力で会社を大きくしていかなくてはならないことが多いとのことです。確かに、販路を持ち、リスクを取れる大企業が技術のスケールアウトを担った方が合理的ですし、起業家は会社の売却後に、また得意な起業フェーズに舞い戻れるようにするなど、大企業と起業家が事業の成長フェーズにおいて役割分担した方が、日本産業のイノベーション効率は向上するように思われます。

▲コーネル大学関係者などの会員が集う「コーネルクラブ」の内装。華美過ぎずしかしゴージャスで落ち着きます。近隣にはハーバード・クラブ、イェール・クラブもあります。ニューヨークでも感じられるジェントルマンズ・クラブの文化の一端です。

クリエイティブにパクる

 本連載は、アメリカやニューヨークの力強さの秘密を分析しながら、日本に取り入れられるポイントを仕入れていくことを目的としています。
 ニューヨークやアメリカのここが素晴らしい、対して日本のここはダメだ、みたいな話ばかりをしても、逆に、日本のここはまだまだ大丈夫だ、戦える、といった、しがみつける希望探しばかりをしていても、必要な改善にはつながりません。僕としては、「滞英日記」の時にも心がけていたことですが、背景や文化特性の巨大な違いを踏まえた上で、日本にとって真に参考になる本質的なポイントはなにか、日本で誰が何をすればよいのか、慎重に見極めて論じていきたいと思います。

 ニューヨークは、ロンドンと異なり、おそらく世界で最も、先端を突っ走ることに振り切っている都市だと思います。なんというか、背もたれの長いソファに深く腰かけるロンドンのエリート層からは、「老いぼれたとは言え、なんだかんだで、裏から支配しているのは、まだまだ我々なのだ」と、一生懸命、自分に言い聞かせているような自尊心の残滓のようなものを感じたのに対して、ミッドタウンを速足で歩き抜けるニューヨーカーからは、「世界最先端を行く自分たちでなくては、自惚れを感じられない。肩で風を切るか、死か、だ。」とでも言いたげな、ある種、つんのめるような見栄を感じています。
 自尊心や見栄。なんだか「江戸っ子」の変種のようです。こうした力みを帯びて生きていくのは都会っ子の業(ごう)なのでしょうか。

 いずれにせよ、ニューヨークは、「人種のるつぼ」と言われる多様な住民と巨大資本の集中が同時存在していることによって、近未来の世界に普及していきそうな、汎用性の高いサービス・制度・テクノロジーが生まれやすい土壌になっています。今の東京や日本がそういう場所になることは、到底不可能ですが、僕は、それは別に必ずしも不幸なことではないように思います。というより、そんな高望みしている場合ではなく、国際社会における生存を確保すべく、遮二無二頑張らないといけないというのが日本の現在地だと思っています。価値観の異なる超大国と隣接し、石油と小麦と半導体を輸入に頼っているのですから。

 遮二無二頑張る、というのは、すなわち、貪欲に世界中からパクりまくる、ということだと僕は思います。パクるスピードも大事です。よく日本の投資家の間では、ニューヨークで流行ったら、3年後に日本でもトレンドになる、と言われます(誰かがトレンドに仕掛けているだけかも知れませんが)。でも僕は、必要なものは半年以内で導入できるくらいのスピード感や狡猾さを日本にもたらしたいです。しかも、日本の問題点に対する深い洞察に裏打ちされた、気の利いた解決法として提示される、イノベーティブでクリエイティブなパクリを目指したいです。何をどうパクるか。そこに創造性を集中させる姿勢こそが遮二無二頑張る、ということです。僕がイギリスで学んだことです。コモンウェルス50数か国にアンテナを張って優れた事例を導入する「パクり上手であること」は、英国エリートの「無戦略を可能にする5つの戦術」の一つです。

 ひとくちにパクると言ってもいろいろです。日本の電動キックボード導入の顛末はつくづく僕の思考を刺激してくれました。乗り物の持つ哲学はコンテクストに依存するんだなという気づきがありました。また、日本人一流研究者たちから得た示唆には、既にパクリの創造性が示されていて、そのまま即座に日本に取り入れたい話ばかりでした。また、もちろん、ニューヨークのすべてがお手本になるわけでもありません。本連載では、ニューヨークが、もがき苦しんでいる面も取り上げていきます。満身創痍でも、足下覚束なくとも、それでも、とにかく最先端をひた走る、お疲れ様なニューヨークに敬意を表しながら、色々と、深々と、日本が学び取れるポイントを探していきたいと思います。

(了)

この記事は、PLANETSのメルマガで2022年3月28日、4月1日に配信した同名連載をリニューアルしたものです。あらためて、2022年7月28日に公開しました
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