「庭プロジェクト」とは、これからのまちづくりについて、建築から人類学までさまざまな分野のプロフェッショナルが、官民産学を問わず集まって知恵を出し合う研究会です。
今回は、2027年に横浜で開催される国際園芸博覧会(GREEN×EXPO 2027)の舞台となる、旧上瀬谷通信施設跡地を視察しました。本記事では、視察を踏まえて行われた、研究会メンバーによるディスカッションの内容をお届けします。(バナー使用画像出典:GREEN×EXPO協会)
「庭プロジェクト」の連載記事は、こちらにまとまっています。よかったら、読んでみてください。
端的に言うとね。
横浜・瀬谷とはいかなる場所か?
庭プロジェクトではこれまで、鎌倉をはじめとしてさまざまな地域における都市開発・まちづくりの事例を調査・研究してきました(参考:分断を生まない「市民参加」はいかにして可能か──「鎌倉」のスマートシティ政策から考える)。今回、新たに調査・研究の対象として訪れたのは、横浜。2027年に国際園芸博覧会が開催される予定の、横浜市の旧上瀬谷通信施設跡地を、研究会メンバーで視察しました。
正式名称を「2027年横浜国際園芸博覧会」、愛称を「GREEN×EXPO 2027」とするこの博覧会は、2027年3月19日から9月26日までの期間に開催が予定されています。国際園芸家協会(AIPH)が承認する最も高いランク(A1)の国際園芸博覧会であり、日本では1990年の「国際花と緑の博覧会(花の万博)」以来となります。「幸せを創る明日の風景」をテーマに掲げ、自然や緑を通じて地球規模の課題解決に貢献することを目指す、未来志向の博覧会と位置づけられています。そして開催後は横浜市の都市公園になる予定となっています。


まず、現地視察を終えた直後のメンバーが、それぞれの視点から感想や気づきを語りました。建築家の門脇耕三さんは、造成のあり方や土地の歴史的背景、そして交通インフラの課題についてコメントしました。
「まず開発として非常に面白かったです。私鉄が南北に走っていて、東西を結ぶものがほぼないという土地構造なので、その間でぽこぽこ空いている状態だと理解しました。
また震災復興の大造成での経験が活かされており、2011年の震災後のまちづくりの経験が遺伝子としてかなり入っているなとも思いました。とはいえかなりアップデートされてましたね。ひな壇にしないとか、なるべく木は切らずに移植するとか、もともとの樹やあるものを活かしながらの再生を、しっかりと現代的にやっている印象を受けました。
一方で、まだまだポテンシャルが大きいなと感じたのは交通ですね。アクセスが悪いので、たとえば自治体がスマートモビリティ的な取り組みをするとよいのではないかと思いました」(門脇さん)
続いて視察の初見を語ったデザイン工学者の田中浩也さんは、「土」という観点からを提示しました。
「会場を歩いていてまず思ったこととして、“スマホ地獄”問題をどう解決するかが気になっています。大阪万博では『とにかくスマホで予約を取り続けないといけないので、五感で楽しめません』といった感想をよく聞きました。そして今回は園芸の博覧会なので、土に触って手が汚れ、スマホは触りづらいわけです。だから土と汚れたり水遊びするという身体モードに入るのか、それでもスマホの画面と必死で戦うような身体モードに入るのかが気になりました。
それからコンテンツ面でも『土』を切り口にできると面白いのではないかと思いました。土の中では植物の芽や微生物の繁殖、水の吸収などさまざまなことが起こっていて、土って人間が人工的につくることのできない最後の人工物と言われているんです。そんな土の中で起こっている現象を映像化するための4DCTというものがあって、土をCTスキャンで三次元的に輪切りにしたものを撮りながら、10秒に1回とか1時間に1回とか、定期的に観察をするんですね。花や水、緑などは、自然のなかで人間の身体に対してフォアグラウンドなところなのですが、その裏側にあるバックグラウンドみたいなものをもう少しコンテンツにしていく、といった方向性もあり得るのかなとも思いました」(田中さん)
そして、庭プロジェクト主宰の宇野常寛は、この土地が持つ歴史的文脈、そして「原っぱ」としてのポテンシャルという観点から所感を述べました。
「この場所はある意味では戦後史そのものだと感じました。もともと日本旧軍の基地であり、それが米軍基地に引き継がれたということですが、いちばんおもしろいと感じたのは会場内の弾薬庫跡です。あの80年以上の前の、歴史の負の遺産といえる建物が植物に侵食されているビジュアルは圧巻です。案内していただいたスタッフさんは、このGREEN EXPOは横浜の『戦後』を終わらせるものだと言っていました。僕はこういった歴史的なアプローチは排除すべきではないと思います。
それは単に歴史の勉強になるようなことをしようとか、そういうことじゃないんです。たとえば視察の際に僕が乗っていた視察した車には、協会のスタッフさんで瀬谷出身の人がいました。まだ若い人だったのですが、彼いわく、瀬谷という土地は本当に何もなくて、横浜市18区の中でも地味だと思われがちな地域なんだそうです。ただ一方で、この場所は米軍からの返還後には単なる『空き地』になっていて、彼はそこでよく友達とサッカーなどをしていたようです。少年野球チームも、練習場に使っていたとか。一見、何の価値もないような土地かもしれませんが、僕は都市にはこういう『原っぱ』のような場所が必要だと思います。戦後史の負の遺産が、結果的に都市空間において貴重で、不可欠な『原っぱ』を提供していた。これはこの国の、戦争にに負けて『良かった』と多くの人が結果的に、うしろめたく思いながらも得ていた実感に重なるように思えます」(宇野)
いま都市に必要な「土いじり2.0」
所感の共有を経て、議論は、博覧会という一過性のイベントにとどまらず参加者の日常や地域に何を残せるか、という視点に移っていきます。「花」という誰でも関わりやすいコンテンツの特性を活かし、GREEN EXPO終了後も何かしら関わりしろをつくれないか、という議論の中で出てきたのが「土いじり」という論点です。
「土いじり仕事は、戦後に起こった大規模人口移動の中で、農村から都市部に引っ越してきた世代がはじめたものなのだと思います。ただ、そのジュニアたちは土いじりの気を持ってない。そして今の戸建て住宅はドライガーデンになっていて、コンクリートで被覆するという形が増えてきています。
しかし、いま『土いじり2.0』を考えてもよいのではないかと思っています。とりわけいま郊外に住むリアリティとして、『土に触れる』というのは発掘しがいがあるポイントだと思うんです」(門脇さん)
「会場の土を持って帰れるようにはできないですかね? それか会場の土をみんなでメンテナンスするかたちにすれば、自分が関わっている共同の庭のようになって面白いかもしれません」(田中さん)
「いい感じに植木鉢があって、土と植物を組み合わせて持って帰れたら嬉しいですよね。3Dプリンターがあってもいいかもしれません。その意味では、以前オンデザインが設計していた、とある植木の会社がすごく面白くて。植木の鉢植えを企業に貸すのですが、ずっとやっていると枯れていくから、土に戻してそれで元気にさせてまた貸すというサイクルを回していくビジネスでした。観葉植物って、枯れちゃうじゃないですか。でも戻してちょっと元気になるのであれば育てやすいし、家庭レベルでも全然あり得るモデルですよね」(門脇さん)
「空き地性」の価値を最大化するために
またGREEN EXPOそのものの集客・認知向上にあたって、瀬谷という都心部から少し離れた地域に人を呼び込むための「動機づけ」についても議論されました。「なぜわざわざ瀬谷に行くのか?」という宇野の問いかけから、そのための「強い動機」を検討する中で出てきたのが「泊まれる公園」というアイデアです。
「田中元子さんが『アーバンキャンプ』という活動をしていたのを覚えていませんか? 都心の再開発で生じた空き地にテントを張って宿泊する、というイベントです。僕も参加したことがあるのですが、あれはかなり年を見る目が変わります。まずテントを貼るとかなり低い目線からビル群を眺めることになるし、オフィスや商業空間の、それも建物の中ではなく外で『眠る』という経験もするので、見慣れた街を普段とは違う視点からとらえ直すきっかかけになったのを覚えています。だから、たとえばGREEN EXPOのような緑が豊かな空間で泊まってみるというのもありかもしれません」(宇野)
「いいですね。そして、現状の制度設計ルールをひっくり返していくための切り口は、おそらく防災だと思うんですよね。防災のときって公園で泊まりますよね、その練習をしたいんですけど、という建て付けだと成立しやすいと思うんです。日本中の公園が泊まれるようになったのはこのGREEN EXPOが始まりである、という歴史をつくれたら面白いかもしれません」(田中さん)
そして「泊まれる」という切り口から発展し、議論は「何もない」ことの価値を最大化する、という方向性にも展開しました。
「GREEN EXPOとの親和性を考えると、単純に『心地よさ』って大事だと思います。たとえば緑の力で真夏だけど体感温度が19度くらいになっている場所が作れれば、かなり求心力が生まれるのではないかと思います」(宇野)
「とてもいいと思います。ヴェネチアビエンナーレもそうでしたが、ウォーク型で回る系のイベントはみんな本当に疲れちゃいますからね。寝転がって裸足になって、風を感じられて涼しく、電源があって、爆速Wi-fiも使える。マンガ喫茶の快適さとオープンエアの快適さを合体させる、チル2.0、とで言うような空間がつくれたら面白いですね」(門脇さん)
[了]
この記事は石堂実花・小池真幸が構成・編集をつとめ、2025年12月4日に公開しました。



