「庭プロジェクト」とは、これからのまちづくりについて、建築から人類学まで、ケアから哲学までさまざまな分野のプロフェッショナルが、官民産学を問わず集まって知恵を出し合う研究会です。
第12回の研究会では、スマートシティ政策に積極的な自治体の一つである鎌倉市の視察を行いました。この記事では、庭プロジェクトのメンバーで同市を訪れた視察の記録と、同市のスマートシティ政策に携わる担当者も交えて行われたディスカッションの内容をお届けします。
端的に言うとね。
「新駅」を起点に、スタートアップ集積地をつくる
2010年代以降、官民の両側面から進められてきた「スマートシティ」化の取り組み。国内では未だ目立った成功例も少ない中で、積極的にスマートシティ化に取り組んでいる自治体の一つが、「庭プロジェクト」ボードメンバーの田中浩也さんも関わっている鎌倉市です。
庭プロジェクトでは、深めていきたいテーマの一つに「都市の『スマート化』を適切に制御する」を掲げています(参考:宇野常寛 | プラットフォームに対抗する実空間をつくる──「庭プロジェクト」とはなにか(前編))。そうした背景のもと、今回は鎌倉市のスマートシティ推進の取り組みの視察を行いました。
視察にあたって案内人を務めてくれたのが、鎌倉市スマートシティ推進担当参与の加治慶光さんです。金融からメーカー、映画や自動車まで、さまざまな業界のリーディングカンパニーで主に宣伝・マーケティング領域で実績を重ねたのち、近年ではAIを主な専門領域として官民問わずデジタル化のプロジェクトに携わっている加治さん。そんな中で、会津若松や鎌倉のスマートシティ化にも携わるようになりました。
加治さんが視察のスタート地点として指定したのが、鎌倉市役所や由比ヶ浜、鶴岡八幡宮などがあるいわゆる“鎌倉”で想起されるエリアからはやや内陸の、湘南深沢駅という場所です。柏尾川を起点に、鎌倉市と藤沢市の境となっているエリアでもあります。
鎌倉市内のターミナル駅である大船駅から、湘南モノレールというローカル線で3駅の、一見何の変哲もない住宅街エリア。この場所を出発の地として選んだのは、湘南深沢駅のホームから、JR大船駅とJR藤沢駅の間に建設予定の「村岡新駅」(2032年頃開業見込み)周辺のエリアが一望でき、この地域の広さが実感できるからだるからだといいます。
課題を見える化し、みんなで解決する。鎌倉市のスマートシティの取り組み
加治さんの案内によって湘南深沢駅エリアを一通り視察した後は、鎌倉市役所のある鎌倉駅付近へと移動。行政職員としてスマートシティ開発に携わっている、鎌倉市共生共創部政策創造課の勝勇樹さんによる、鎌倉市のスマートシティの構想や取り組みについてのプレゼンテーションが行われました。
鎌倉市は東京都心部から約1時間以内のアクセスで、人口は約17万人ほど。高齢化率は約30%で、約15年で5%増え、今後も増加傾向が見込まれています。他方、観光客数は年間で約1,200万人、コロナ禍の前は約2,000万人と言われていました。
「もしかすると、鎌倉はすごくコンサバティブなイメージがあるかもしれません。しかし、たとえば当時は最先端の流行文化だった禅が鎌倉で興隆したように、伝統と革新、古いものと新しいものをうまく織り交ぜながら進んできた街なんです」(勝さん)
そんな鎌倉という街の特徴として、行政において特に重要なのが「市民性」と「共生社会の共創」という点です。
「かつて20世紀中頃に鶴岡八幡宮の裏の山が開発されそうになったとき、市民が立ち上がってその山を購入した『御谷騒動』という出来事がありましたが、鎌倉では『自分のまちを自分たちで守る』という市民性が非常に強い。市民憲章もあって、たとえば昭和48年時点で『進んで市政に参加して住民自治を確立します』という言葉が作られています。この市民憲章の制定過程が、当時アンケート調査や対話集会をしたりと、プロセス自体が既に市民参加と呼ぶべきものでした。こうした市民参加のすそ野を、いまの時代に即したかたちで広げていくことが、市としての責務。そう考えて、後ほどお話する市民参加型共創プラットフォームをはじめ、デジタルテクノロジーの活用方法を模索しているんです。
また『共生社会の実現』も大事にしていて、障害があっても高齢になっても、どんな人でもこの鎌倉の街で最後まで安心して暮らせる社会をつくっていきたいという考えのもと、その達成に向けた一つのツールとしてスマートシティというものを位置づけています。『人に寄り添うデータやテクノロジー』と謳い、データやテクノロジーを使ってどのような市民参加や共生社会を実現していこうかを考えながら、スマートシティの取り組みを進めているところです」(勝さん)
では、鎌倉市では具体的にどのようなスマートシティの取り組みが進められているのでしょうか。同市は2019年、内閣府が掲げていた「スーパーシティ構想」(2030年頃の未来社会での都市生活を一気に実現するための計画・制度)へのエントリーを経て、官民で対話しながらスマートシティの構想を検討するコンソーシアムを組成。その中で市民から出てきた「課題を見える化してみんなで解決する仕組みがほしい」という声を、スマートシティ構想においては大切にしているといいます。現在、鎌倉市が直面する課題としては、①少子高齢化に伴う人口減少 ②気候変動と災害激甚化 ③観光交通の適正化(オーバーツーリズム) の3つがあるといいますが、こうした課題を解決するための仕組みがスマートシティなのです。
「鎌倉市のスマートシティ構想には、『市民と企業、テクノロジーの共創で課題を見える化してみんなで解決する』というテーマがあります。結局、スマートシティは何かというと、課題を見える化してみんなで解決する仕組みなのです。
その際に特に私たちが大事にしている基本理念として、まず『市民起点』があります。市民ニーズや課題を起点にして、データやテクノロジーを、市民の生活の質の向上のための一つの手段として使うことを大切にしています。たとえば中山間地域で、最寄りのスーパーに行くのにさえ30分かかるようなところだと、商品をドローンで配送してくれたらきっとうれしいですよね。しかし、この鎌倉の街の中をドローンがブンブン飛んだらどうでしょうか。あるいは、自動運転車が細い道をバンバン走っていたら、きっと怖いですよね。
加えて、『対話共創主体性』という基本原則もあります。市長は対話しながら共創を進めていきたいという理念を持っている。何か物事を決めるとき、しっかりステップを踏んで合意形成を図りながらやっていこうということを、大事な基本原則として謳っているんです」(勝さん)
こうした理念のもと運用が進められているのが、「市民参加型共創プラットフォーム」と「データ連携基盤」です。
「市民参加型共創プラットフォームとは、市民のみなさんや企業も含めて、みなさんがデータをもとにして街のことを考えて決めていけるような仕組みです。バルセロナでは『Decidim』(デシディム)という合意形成プラットフォームによってオンラインで市民の意見が可視化されていますが、そうした取り組みを鎌倉にも取り入れようとしているんです。同時にサービスを作っていく仕組みも必要なので、スマートシティの官民研究会を運営しています。さらには、データ連携基盤という、サービスとサービスをつなぐための基盤もある。この三つをうまく循環させられるような仕組みに落とし込んでいければ、スマートシティの仕組みとして根付いていくはずです」(勝さん)
市民参加型共創プラットフォーム、官民研究会、データ連携基盤。こうした仕組みが求められる背景として、勝さんは「市民のニーズや地域課題の複雑化・多様化」を挙げました。
「これまでは基本的に行政から市民への一方通行の関係性でしたが、もともと鎌倉は市民の力がすごく強かったこともあり、市民の力を課題解決や政策作りにどうやって生かせばいいのかを考えるようになりました。そこで市長のマニフェストでも掲げている、『情報を公開して、政策形成過程に市民が参画する新しい仕組み』として、市民参加型共創プラットフォームの構築に進んでいきました。
市民が参画する方法というと、これまでパブリックコメントやアンケート、ワークショップなどがあったと思います。これらを補完してさらに拡充させるための仕組みとして、政策形成にさまざまな市民が入って来られるようにするためのオンラインプラットフォームを作ることになったんです。もちろんオフラインで集まることの利点は多く、臨場感のある議論や密度の濃いやりとりが行え、顔の見える関係が築ける。ただし、どうしても時間や場所が限られていて、参加できる人にも偏りが出て、声の大きさにも差が生まれやすくなってしまう。議論の過程がなかなか見えづらいという点もデメリットです。こうした課題を解決する手段として、市民参加型共創プラットフォームを整備することになりました」(勝さん)
市民参加型共創プラットフォームの機能としては、たとえば「ワードクラウド」があります。一つの問いに対して出てくる頻度が多い言葉をAIが判断して大きく表示してくれる仕組みで、議論の経過や傾向、『みなさんはこういう単語に興味がある』ということを一目で可視化できるようなものになっています。こうしたオンラインプラットフォームを活用することのメリットとして、勝さんは「多様性」「公平性」「透明性」の3点を挙げました。
「たとえば多様性という点では、このプラットフォームの利用は実は市民だけに限っていないんです。観光客の方でも、今日この場にいらっしゃるみなさんも登録して意見を言うことができる。もしかしたら、いずれ鎌倉に引っ越してきてくれるかもしれませんし、関係人口としてこれからお付き合いがあるかもしれないので、さまざまな人が参加できるようなプラットフォームになっています。
公平性という点では、声が大きい人に引きずられないようになっています。テキストなので主張の強弱が出にくいんです。何より一番良いのは、匿名で投稿できるので、公の場で意見を表明するのが苦手な人もフラットに意見を出すことができるようになっている点です。
透明性という点では、議論の経過を踏まえて、取り組みのプロセス自体を可視化できます。たとえば、地域内にいらっしゃる方の移動が課題だとわかると、これを次の問いを作るときの過程として載せておくんです。そうするとなぜその問いが生まれたのかという過程がわかって、おそらく会議の議事録だけを見ているとなかなかわからないところがわかるような仕組みになっています」(勝さん)
そして、このプラットフォームの活用先としては、大きく分けて「政策形成」と「地域との共創」の二つがあるといいます。
「政策形成に関して、従来は市民との接点が政策のほぼ最終段階になってからでした。しかし、プラットフォームを活用することで、もっと前の段階から広く意見を集めて、ワークショップなどで議論をすることができる。この仕組みを発散と収束を繰り返しながら、最終的に計画策定のほうに持っていく。そうすると早い段階で市民を巻き込み、納得感の高い政策形成ができるという仕組みです。
地域との共創に関しては、たとえば西鎌倉地域の例があります。この地域周辺の人口は約17,000人、鎌倉の全人口の十分の一ぐらいです。ただ高齢化率は約35パーセントと市の平均よりも若干高く、さらに地理的な特徴としては高低差がすごく激しく、海抜7メートルから90メートルまでの幅があります。それゆえ坂が多くて移動が大変だというのが課題として顕在化していて、もともと『歩いて楽しい街 西鎌倉』『自家用車をやめても安心して暮らせるまちづくり実行委員会』といった形で地域の動きがありました。スマートシティ構想においても交通課題を解決する方向で進めようとコアメンバーの方に話したら、『そもそも西鎌倉地域の本当の課題は何なのかを、根本的に導き出してやってみたい』といったご意見を頂きました。西鎌倉地域をこれからも住みやすい街にするために、まず街の魅力と課題の二つを根本的に明らかにしていこうと言われたんです。
結果、西鎌倉のみなさんが何を求めたかというと、『街で歩いていて、疲れたときに座れる椅子がほしい』というところに行きつきました。ご高齢の方の移動のしやすさを考えると、隣のスーパーまで歩いている途中に少し座れるところがあるといい、などのご意見がありました。では、街の中に椅子を置いていったらどういう変化が起きるか、という点をプロジェクトにして、最初にランドマークとして椅子を置かせてもらいました。そしてこういう椅子が他にどこにあったらいいか? どういう椅子が欲しいか? と意見を聞いたんです。すると、統一感のある椅子を置くのもありだけど、街にいろいろな椅子があふれていても面白いよね、といった話も出てきました。
これは地域の課題が街に初めて一つの変化をもたらした事例です。やっていることとしては、『椅子を置いただけ』かもしれないですが、地域の住民が大きな魅力と課題から一つの物理的変化を起こしたというのが、このプラットフォームならではの特徴だと思います」(勝さん)
企業、あるいは隣接自治体との連携の可能性
勝さんのプレゼンテーションを受けて、ボードメンバーによる議論も行われました。パターン・ランゲージや創造社会論の研究者である井庭崇さんは、自らの専門に引きつけて、鎌倉市のスマートシティ構想の可能性について指摘しました(参考:独創性を目指さない「創造」の話──来たるべき「創造社会」のビジョンを考える)。
「まさに『共創』という点で、市民が作り手として期待されていてアイデアを出せるというのが素晴らしいと思いました。僕が大学院生だった1998年に書いた論文や新聞論考で、インターネットを使って市民のアイデアを集めるべきだと主張したのですが、ワールドワイドウェブが始まって数年目といった頃だったので、社会のこういったことにインターネットが使えるというのは全然信じられていませんでした。また行政が集めた市民の声を、ビジネスニーズとして企業にも紹介するとよいだろうということも論じたのですが、まだWeb2.0の前ですから、技術的には可能だったのですが、みなさんにピンときてはもらえませんでした。
その当時を思い出しながら、今、実際に、企業や行政、市民も参加してクリエーションのプロセスが動いているということに非常に感動しました。実際に鎌倉の市民の意見の中から意見が出てきて、それがオープンなヴォイスになっている。しかもオンラインだけで閉じてしまいがちな議論が、しっかり対面のワークショップとのハイブリッドでやれていて、こうしていろいろな実験が行われているというところがすごくいいなと思いました」(井庭さん)
「ありがとうございます。おっしゃる通り、たとえば地域の企業もこのプラットフォームを見ていて、やはり市民の本当のニーズが転がっているとおっしゃっています。新しいビジネスづくりのほうにつながっていく可能性を秘めているというのも、地域のニーズが可視化されることの一つの価値だなと思いました」(勝さん)
そして京都府の観光戦略委員も務めている立場から、鎌倉市のスマートシティの取り組みを興味深く見たと語るのは、文化人類学者の小川さやかさんです。
「お話を聞いていて、京都と非常に似ている状況だなと思いました。京都も同じように常に『伝統と革新』を掲げており、『海の京都』や『山の京都』、祇園などの街の京都、商業の京都など、さまざまなセクターの人たちの利便性をいかにして調整するのかがテーマになっている。ですから、鎌倉市のスマートシティの構想を聞いていて、とても身近な問題だと感じました。特にオーバーツーリズム問題は隣接地域との協働なしには解決し得ない問題だと思いますが、他の市などとの連携はせずに鎌倉独自で取り組んでいくものなのでしょうか?」(小川さん)
「まさにおっしゃる通りで、人々の生活圏を仮に考えるときには、あまり『市域』という枠組みは考えないんですよね。特に今日見ていただいた深沢地域なんて、すぐ向こうは藤沢市なわけで、住んでいる人たちにとっては、鎌倉に住んでいようが藤沢に住んでいようが別に変わらないということだと思うんですよ。鎌倉は藤沢市と江ノ電で一本でつながっているので、江ノ電さんを中継にして鎌倉市と藤沢市の観光の担当者が一緒にプロモーションを打ったりするような連携は既にありますし、いろいろと模索しながらの連携が少しずつ起こってはいます」(勝さん)
スマートシティによる「分断」を乗り越えるために
こうした鎌倉市のスマートシティの可能性を踏まえ、建築家の門脇耕三さんの質問を皮切りに、今後の発展に向けた課題についての議論も展開されました。
「実際のところ、こうしたプラットフォームの恩恵を受ける市民像としては、どのような人を想定しているのでしょうか?」(門脇さん)
「市民像は地域によって分かれます。この旧鎌倉地区は、みなさんがイメージされるいわゆる“ザ・鎌倉”──すなわちコンサバティブだけど新しいものが好き、といったイメージの方も少なくありません。しかし、それ以外にも、腰越という海に近い地域もあれば、大船のほうもある。そうするとけっこう市民像は違うんですよね」(勝さん)
「正確に言うと五つくらいの市民像があります。旧鎌倉と、海沿いの腰越、山側の深沢、もう少し北の野菜農家さんたちが多い玉縄、あとは商業地帯の大船……というふうにクラスター化しています」(田中さん)
「なるほど。けっこう複雑で面白いですね。ただ、そういうわりと違ったトライブの人たちがみんなこのスマートシティ構想に乗っかってきそうなのかどうか気になっています」(門脇さん)
「必ずしも全員が乗ってこなくてもいいのかなとは思っています。私たちはこういうコンセプトを持ってスマートシティなどの言葉を使っていますが、みなさんのタッチポイントになるサービスが『便利だね』『暮らしやすいね』と思ってもらえるように落とし込んでいければ、言葉そのものを浸透させていく必要はないのではないかなと。そもそもスマートシティという言葉自体も、デジタルガバメントの文脈、そしてエネルギー政策の文脈と、以前はいまとは異なる文脈で使われていて、時代によって意味するところは変わってきています。ですから、スマートシティという言葉そのものよりも、市民のタッチポイントがどういうふうに便利になっていくか、というところのほうが大事かなとは思います」(勝さん)
この門脇さんの議論に重ねて、評論家 / PLANETS編集長の宇野常寛は、「格差」の問題について切り込みます。
「僕は鎌倉がとても好きで、ときどき物件情報を調べてしまうのですが、そうすると周辺に鎌倉に似た安めの土地が広がっていることを知るんですよね。でもそこには、『最後から二番目の恋』や『海街diary』で見たあの“鎌倉”は存在していなくて、ツーバイフォーの建売住宅が並ぶイオンワールド、かつ山道がひたすら走っているような世界が広がっている。だから身も蓋もない話をすると、中心部だけに“テーマパーク”を作っても仕方がないのではないか、という批判も起こり得ると思うんです。言い換えれば、僕が周辺の住人だったら、鎌倉を妬んでしまうのではないかと。
『市民』と言ったときに、どこまでを同じ共同体として含めるのか。鎌倉の中心部の良さを、同じ自治体に税金を収めているみんなで分かち合うためには、どうしたらいいのか。鎌倉という歴史を引き継いできて、同じ自治体を担いでこの街で暮らしてる人たちが、目に見えない豊かさをしっかり分かち合えるものがないと、合意形成は難しいと思うんですよね。プラットフォームというのは一歩間違えると、少し陳腐な言葉だけど“分断を加速化させる”危険性がすごくあると思っています。一言で言うと、いわゆる豊かな鎌倉にアクセスできない人の意見は包摂できるのか、という点が課題となってくるのではないでしょうか」(宇野)
「まさしくおっしゃる通りです。そして分断を生まないように最も気をつけなければいけないのは、問いの設計なんです。問いかけ方一つに、炎上するかどうかがかかっています。どういう問いかけ方なら、分断を生まないでうまく答えてもらえるか。私たちはそれを綿密に考えています。だからプラットフォーム運営の肝は、どういうステップでどういう問いを立て、収束に導いていくのかというデザインそのものなんです」(勝さん)
「格差の問題は僕もすごく気になっています。デジタル空間だけで直接民主主義を実装すると、その中の人しか便益が確保できない。だからこそ、その結果をフィジカルなものにして、どんな人でもアクセスできる公共空間に設置していくべきなのではないかと思っています。たとえば、ゴミ出しは基本的に全員が参加している物事なわけで、ここと接続していくと新しいことができるのではないかと思って、僕のラボでは鎌倉市で集めている資源をデータで見える化したり、それを3Dプリンターでモノ化したりすることで市民社会に還元するということを、ここ2年ぐらいやってきました。
一番新しい動きは、由比ガ浜海浜公園を起点に実験を始めているインクルーシブ遊具というものです。インクルーシブ遊具とは、障害を持たれている方もそうでない方もみんな一緒に遊べる遊具という最新のもので、車椅子の方も一緒に遊べるような砂場などがあります。ただ、鎌倉市の公園って別に由比ガ浜公園だけではなくて、280もの公園があるわけです。だからこの遊具にしても立派なインクルーシブ公園ができて由比ガ浜住民はいいかもしれないけど、残りの大多数の公園の周りで子育てしている人たちには関係ないわけですよね。僕たちはそこに手をつけようということで、モバイル型遊具といって持ち運べるインクルーシブ遊具の可能性について現在研究を進めています。最後にこのような公共物に着地させると、多少意識の高い人たちしか参加してこなかったような話し合いだとしても、ゴールは万人のものになるのではないかと思っています。街に設置されたベンチや遊具を楽しむ人は、『デジタル◯◯』をまったく知らなくてもよくて、たまたま街にベンチが一つ設置されただけだと思ってもらえれば十分。全員が全部のことに関わることだけが『市民参加』ではないと考えています」(田中さん)
「それこそが市長が言っている『共生社会』という世界観なんですよね。つまり、細部は公が決めるかもしれないですが、そういったアイディアを集めてものにしていくというのは、市民の『自助』でも『公助』でもなくて、その間。スーパーシティやスマートシティというのは、完全にインフラなんですよ。そういう意味で言うと、このスマートシティ構想は、一般の人たちがこうやって参加してものをつくる雛形を示したところに一歩発展があると思っています」(加治さん)
その他の参加メンバーも交えてのディスカッションが終わると、一同は田中さんが拠点とする「リサイクリエーション慶應鎌倉ラボ」へと移動。プラスチックのリサイクル設備と家具スケール3Dプリンタを備えた資源循環の研究施設で、研究設備や実際につくったものなどを見せてもらいながら、これからの街のあり方についての議論を深めて、約半日間の視察は終わりました。「分断」を生まないかたちでの「市民参加」は、いかにして実現可能なのか。アメリカのスマートシティの実験の結果がヨーロッパやアジアに輸出されていく時代になることが想定される2020年代に、2010年代のアメリカにおけるスマートシティ化の功罪に対してしっかりと向き合い、都市と情報化の関係をしっかり制御できる知恵を蓄えていきたい──そんな庭プロジェクトの問題意識のもと、一つのモデルケースを起点に議論を深められた研究会となりました。
[了]
この記事は小池真幸・徳田要太が構成・編集をつとめ、2024年8月8日に公開しました。Photos by 蜷川新。