「決まっている計画」に対して提言することの意味

 イベントの冒頭では、評論家/PLANETS編集長で「庭プロジェクト」主宰の宇野常寛から、庭プロジェクトの2025年の最大の成果である、JR東海道線の新駅(仮称・村岡駅)開発に伴う、藤沢市村岡地区と鎌倉市深沢地区にまたがる再開発計画への提案書の内容が紹介されました。「『1キロメートルを歩く』体験を住民の財産に──シンボル道路の『ウォーカブル化』」「格差と分断に負けないまちづくり」「自然と歴史との接続を活かしたランドスケープデザイン」という3つの柱からなる提案書は、2025年4月に両市へ提出され、一般公開もされています(〈庭プロジェクト〉神奈川県藤沢市及び鎌倉市への提案書:村岡・深沢地区の再開発について)。

 まずは、この提案書づくりについて、ボードメンバーが一人ずつ振り返りました。口火を切ったのは、パターン・ランゲージ、創造社会論の研究者で、慶應義塾大学総合政策学部教授の井庭崇さんです。

「僕はもともと、藤沢市のまちづくりの有識者会議に呼んでもらっていた立場です。村岡では創造性をテーマに街を作ろうということで、コンセプトブック(村岡新駅周辺地区まちづくりコンセプトブック)づくりに携わりました。ただ、その後が難しかった。市がコンセプトを決めても、実際には民間の会社が入って開発をしていくことになります。オーナーや個人が『この世界観でやるぞ!』と強い思いを持って展開していかないと難しく、株主の顔やコンプライアンスを気にしながらやっていく組織人が街をつくるのは簡単なことではないなと痛感しました。

以前、ポートランドで1年半ほど暮らしたことがあるのですが、そこではオーナーが『ここには絶対にチェーン店を入れない!』という固い意思を持って運営されていたビルが多くありました。そのように個人の偏りや偏愛、世界観といったものがある程度入っていかないと、街は良くならないのではないでしょうか。その人ならではの世界観で、周りに面白いアイデアやコミュニケーションを渦のように生み出していく人を、僕は『ジェネレーター』と呼んでいます。計画段階でそこまで考慮に入れるのはなかなか難しいとは思いますが、まちづくりにはそういう『ジェネレーター』たちが必要ではないかと思います」(井庭さん)

パターン・ランゲージ、創造社会論研究者 井庭崇さん(「庭プロジェクト」ボードメンバー)

 

 続けてコメントしたのは、文化人類学者で、立命館大学大学院先端総合学術研究科教授の小川さやかさん。提案書づくりの議論の中で、街の「創造的な使い方」を考えたことが記憶に残っているといいます。

「庭って何かを作ったり、植えたり、自分たちで耕したりするところがあって、そうなるための道筋をみなさんと議論できたことが面白かったです。鎌倉の話をしていたときも、みんながただ道路を歩くだけではなく、そこで苗をもらって花を植えたり何かをしてみたりすることが、ところどころに愛着を持つことにつながる。あるいはインターネットの世界とは違う、偶発的な出会いがあって、その中で何かまったく別のことをやり始める……そういう仕掛けがある街ってすごくいいな、という議論をしていたのが記憶に残っています。私はアナーキーな人間なので、ついつい法規を無視したことを考えてしまうんですね(笑)。それでもそうならないギリギリの範囲で、人々が単に決められた用途ではないかたちで、道路や街をいかに創造的に使っていくかを考えるのが楽しかったです」(小川さん)

文化人類学者 小川さやかさん(「庭プロジェクト」ボードメンバー)

 

 そして精神保健福祉士・社会福祉士で、東京都小金井市で「ムジナの庭」や「こらだ環境研究所」などの福祉施設を営む鞍田愛希子さんは、提案書に対する周囲の反応から希望を感じたと語ります。

「今回の提案書づくりを通じて気付かされたのが、大きい声や大きい動きには諦めて従うということが、自分自身当たり前になっていたんだなということです。声をあげていいんだという、当たり前なのに当たり前になっていなかったことを、あらためて思い返していました。決まっている計画に対して、水面下でいろいろな方を集めて場を作り、ちゃんとかたちに仕上げて届けて、さらにそれを公表して共有する場を持つ。こういった行動が、たくさん小さく生まれていくと、本当に何かが変わるのかもしれないという希望を感じた時間でした」(鞍田愛希子さん)

ムジナの庭 代表/こらだ環境研究所 所長 鞍田愛希子さん(「庭プロジェクト」ボードメンバー)

まちづくりには「中間言語」が欠けている

 建築家で明治大学教授の門脇耕三さんは、田中浩也さんとともに提案書の具体的な作成作業を担当しました。門脇さんが最も印象に残っているのは「格差と分断」の問題で、それが計画のミクロなレベルで表れることへの驚きだったといいます。

「今回、鎌倉の提案書づくりを進める中で、ミクロな計画、土地利用のレベルで階層構造が強化されることがあり得るのだと気づき、大きな驚きでした。僕も都市計画をやっている側だからわかるのですが、都市計画をやっている人たちは往々にして『コミュニティ』や『クリエイティビティ』が大好きで、そういう人たちが無邪気に都市計画を進めると、本当にナチュラルに、地区計画の中に分断を作ってしまう。ブロックごとに何に使うかという線引きを見ると、普通に同じ中学に通っている子どもたちのあいだの格差が、住む場所の違いとして可視化されてしまう。昔は被差別民やスラムというかたちでミクロな構造の中に格差が見えていましたが、新しく作る街の中にも新しい格差が作られてしまう。これが本当に脅威だと思いました」(門脇さん)

建築家 門脇耕三さん(「庭プロジェクト」ボードメンバー)

 

 この「分断」については、ともに提案書作成を主導した宇野も強く問題意識を抱いていました。

「とくに鎌倉市の側には、この『分断』の問題が潜在的に大きく存在していると思います。比喩的に言えば、鎌倉山の上のほうに天空から下界を見下ろしている別荘族がいて、昔から暮らしているために大船や深沢を『別の街』だと強く認識している旧鎌倉の住人たちがいる。その中には、比較的裕福で文化資本が高いスローフード志向の人たちもいてまた独特の層を形成している。そしてその周辺には、ツーバイフォーの建売住宅に暮らして軽自動車でショッピングモールに出かける『普通の日本人』もいれば、所得の低いアンダークラスもいる。人口17万人ぐらいの都市も、しかも比較的狭い範囲で、ここまで住民構成がモザイク状になっているところはなかなかないと思います。

それはつまり、なんの悪気もない、むしろ善意による『開発』が結果的に分断を加速するリスクと隣り合わせです。詳細は提案書を見てほしいのですが、ミドルアッパー以上向けの大規模マンションが建てられることで、アンダークラスの多い住民たちが住環境的に割りを食ったり、かなりグロテスクに格差が視覚化されてしまうケースも十分にあり得るわけです。鎌倉市はボトムアップの住民運動の文化が豊かな都市ですが、やはりどうしてもそこに集まるのはいわゆる『意識の高い』市民になる。それを補う想像力が必要だと強く感じました」(宇野)

評論家/PLANETS編集長 宇野常寛(「庭プロジェクト」主宰)

 

 続いてデザイン工学の研究者で、慶應義塾大学SFC環境情報学部教授の田中浩也さんが語ったのは、まちづくりの言葉の「二極化」への違和感です。田中さんは鎌倉市との共同研究者であり、周辺住民でもある立場から提案書づくりに関わりました。

「自治体との会議では、まちづくりのキーワードが『ウォーカブル』『ウェルネス』『サーキュラーシティ』といった、抽象的なカタカナ語で語られてコンセプト決めがなされがちです。かたや住民参加のワークショップをやると、かなりの方が『どこどこの地域の公共施設のようなものが鎌倉市にも欲しい』と、すでに知っている別の街の何かを取ってくる思考法で進められることが多い。その二極化された議論に、もともとものすごく違和感があって、どちらの言葉もダメなのではないかと思っていました。

そうではない『中間言語』が必要だと思うんです。実際には『ウォーカブル』という概念の中にも選択肢は無数にあるわけで、その中の細かいデザインを誰がどうやっているのかはブラックボックスになってしまっている。ですから、しっかりと地域の言語を作るというテーマが、僕の中では大きかった。その地域に住んでいる年齢層だって固有なわけで、おじいちゃんやおばあちゃんは、これぐらいの速度で、こういう目的のために、こういうかたちで歩くよねという、地域固有のものがある。その場合はどのぐらいの幅で、どんな舗装で、どんな素材で、というところが最終的にクオリティを決めるのですが、そこは誰も取り扱ってこなかった領域なのではないでしょうか。提案書にかなり細かいヒューマンスケールの提案を散りばめたのは、そうした意図からです」(田中さん)

デザイン工学者 田中浩也さん(「庭プロジェクト」ボードメンバー)

 

 哲学者で、明治大学理工学部准教授の鞍田崇さんは、この「間の言葉」「地域の言葉」が、身体的な介入によってしか浮かび上がってこないものだと指摘しました。

「いまの話を聞いて印象深かったのが、『間の言葉』や『地域の言葉』というところです。それは平面上のプランだけを見ていてもきっと浮かび上がってこない。実際に現地に赴いて、そこで歩いている人の目線に立てばこそ気がつくことであって、そういう身体的な介入、そこにコミットしないと浮かび上がってこないことなのだと思います。

いかにも都市計画的なカタカナ語でもなければ、すでにパッケージ化されたどこかの街の何かでもなく、そこにしかない文脈の中にあるもの。それを、言語的な理解のレベルではなく、肌感覚で捉える。例えばそこで24時間過ごしてみて気がつくことのような、愚直なアプローチの中でしか浮かび上がらないものに、気づきの種を求めていくことが問われた計画でもあったのかなと思いました」(鞍田崇さん)

哲学者 鞍田崇さん(「庭プロジェクト」ボードメンバー)

なぜ「設計」を禁欲したのか?

 各メンバーの振り返りを受けて、宇野は「設計はどこまで有効か」という論点を提示しました。提案書をまとめる立場にあった宇野は、この提案書は「設計の設計」には踏み込む一方で、設計そのものは意図的に禁欲したものだったと明かします。

「僕たちは今回、コンセプトレベルの提案はしっかりしたものを出そうと心がけましたが、設計そのものはむしろ禁欲しよう、と考えました。ですから、みんな大好きなイメージパースもあえて出していません。

僕のイメージとしては、これは土壌を作っている感覚なんです。花壇そのものは作らない。比喩的に言えば、市民一人ひとりが好きなものを植えていけばいい。ただ、そのために必要な土壌は耕していくし、土壌を耕すために必要な知恵は、とことん具体的に考える。そういう二層構造で考えていたつもりです」(宇野)


「僕がもともと専門にしていた複雑系科学に関連するところで言えば、フリードリヒ・ハイエクの『自生的秩序』を思い起こしました。計画経済に対して、自生的に秩序が出てくる。ただそれは放任主義とは違い、抽象的な構造が定義され、その中でみんなが自由にやっていくそばから秩序が形成されていく。僕は完全なボトムアップは信じられないんですよ。先程触れた『ジェネレーター』のように、良い意味で秩序的なカオスを作る人が必要で、そのためにはある程度の抽象度を持つものが要る。ハイエクの場合は法ですが、僕らの場合は設計の原理原則です。パターン・ランゲージでは、抽象すぎず具体すぎない程よい抽象度の言葉を『中空の言葉』と呼んでいますが、それと具体的なイメージをいくつも用意することで原理がわかる、というのが今回やったことだと思います」(井庭さん)

 そして議論はここから「住民運動」の限界へと展開します。鎌倉に暮らす当事者である田中さんは、次のように語りました。

「鎌倉は昔から再開発に反対し、自然を守ってきた街で、『古都保存法』という法律もできています。ただ、住民運動的なものをやっている人たちは、やはり『一部』の人々という印象は持っています。僕は今回の再開発エリアの周りの、入れ墨の人でも入れる銭湯のようなところも大事だと思っているのですが、そうした土地に住んでいる人たちは、基本的に住民運動には無関心です。熱量を持った人たちの活動が、とある社会属性の人たちに閉じられてしまっているというわけです」(田中さん)

「まちづくりは、関心の高い人と、まったく関心のない人との落差がとても大きい分野です。だから普通にそこで働いている人や学校に通っている人たちにも、自分たちの街は自分で作れるのだと思ってもらえるようにすることが大事だと思ったし、それは提案の中の『共創』をめぐる議論にもつながっています。

いわゆるまちづくりというと、最近は意識の高いコワーキングスペースを作って、そこでベンチャーを立ち上げてください、ということをどこもかしこもやるんですよね。でも、僕はそれに違和感があるんです。結局『花壇』を作っているだけというか、ここには珍しい花が生えていないから、珍しいチューリップをオランダから買ってきて植えましょう、と言っているだけのように思えてしまう。そうではなくて、その街に暮らしている人たちが、自分たちの暮らしを変えていくために街をこうしたらいいという想像力を持てることが大事だし、もっと言えばそこで暮らしている人が生活の中で今よりも豊かなかたちで、その土地の歴史や自然に触れて、普段考えないことを考えてみるようになる、というのが本当の『創造的なまちづくり』だと思うんです。クリエイティビティについての考え方を、変えてみたかったんですね」(宇野)

コミュニティではなく「庭」を育てる

 では、その街に暮らす人たちのクリエイティビティは、どのようなかたちで引き出されるのでしょうか。井庭さんは、提案書の中でも「みんなで庭を育てる」というアイデアに惹かれたといいます。

「僕がこの提案の中で好きなのが、みんなで駅前や地域に庭のようなものを持って、植物を植えていく、みんなで育てていくというところです。僕は家庭菜園と畑を10年ぐらいやっているのですが、たった7分歩けば着く畑になかなか行けない一方で、目の前の庭ならちょっと5分手入れをすることができる。ですから『庭である』というコンセプトが、とても重要だと思います。『市民農園が駅前にあります』ではなく、みんなの『庭』であるべきで、そうした『庭感』をどう街にインストールできるのかが重要だと考えています。『共創』というと、ビジネスや地域の何かを生み出そうというリビングラボのようなものが想起されますが、それとも違う、庭をみんなで育てていくという発想がすごく良かったと思います。

それから、僕の個人的経験では食料生産のための遠い畑はなかなか愛でることができないんです。でも、目で楽しむことも含まれている身近な庭は、朝に緑を見るとか、帰ってきたときにちょっと見るとか、愛でるんですよね。育てることにはクリエイティビティが必要です。育っていくものを愛でているだけでも、それは共創への参加になると思います」(井庭さん)

「研究会にゲストで来ていただいた都市史・建築史研究者の松田法子さんも指摘していましたが、庭って、古代の日本語では場所の『場』と同じ意味で、何かをする空間という意味なんです。家事をするとか、食べものを作るとか、神様に祈るとか、何かをする場所が『場』=『庭』であるわけです(参考:「湧き水」から考える、人間「外」とかかわる都市のかたち|松田法子)。

どうも、『まちづくり』というと猫も杓子も『コミュニティ』を作りたがるじゃないですか。それはそれでいいと思うのですが、本当に『それだけ』でいいのかなと考えるようになったんです。先程批判した、東京から意識の高い若者を連れてきて、コワーキングスペースで交流させるとベンチャー企業が生まれる……といった『安易さ』はここから生まれるように考えたわけです。そうじゃなくて、人間同士の交流が活性化するだけじゃなくて、いい場所、いい土地に出会うことで人間の創造性が開花するような、そういう場所づくりも大事なんじゃないかと。もちろん人と人の関係も大事なのだけれど、人対場所、人対ものごとの関係も同じように大事はなずなんです。自分たちはこの場所で、この街で何かができる、というふうに、空間や場所に対して関わりしろがある、何かできる提案にまとめたかったんです」(宇野)

 続けて鞍田愛希子さんは、公共空間で「ルールが増えていく」理由を、施設の利用者とのエピソードから語りました。

「うちの施設の利用者さんに、小金井から三鷹市にかけて流れている野川の川べりで、『数珠玉』という植物の実、天然のビーズを採ってきたので、アクセサリーにしてほしいと言われたことがあったんです。採っちゃダメじゃないの?と聞いたら『野川は大丈夫なんだよ』と教えてくれました。調べてみたら、ルールさえ守れば、生きものや植物を自由に採取していいエリアが本当にあったので、驚きました。小金井市の梶野公園という防災公園でも、姫りんごが毎年たくさんなるようなんですが、誰でも採っていいみたいで。『すぐなくなりませんか?』と聞いたら『なくなりますよ』と(笑)。

それでいいんだと思ったときに、公共空間でルールが増えていくのはなぜなのかと考えました。それはやはり公平性を担保しなければいけないからで、逆に公平性を担保しなくてもよければもっと遊べるんだな、と気がつきました。今回の提案書での、ゲリラガーデニングや公共の道路を使った場づくりなど、法律のはざまでの遊びの部分がもっとあったほうがいいのではないか、というお話は、人々がお互いに許容し合えるキャパを広げる意味でも、とても大切だと思いました」(鞍田愛希子さん)

中都市、公共の再定義、ポスト戦後中流──これからの庭プロジェクトが向き合う問題

 イベントの後半では、鎌倉・藤沢への提案を終えた庭プロジェクトが、これからどのような論点に取り組んでいくのかが議論されました。まず宇野は、自身が考える3つの論点を提示します。

「一つ目は、『中都市』を考えるということです。今回僕らは、人口17万人の鎌倉と、44万人の藤沢について考えました。まちづくりや都市開発が好きな人は、都心の『○○ヒルズ』の話と、中山間地域をどうサバイブするかという話ばかりする。しかし日本人のほとんどはそのどちらにも住んでいない。本当に考えなければいけないのは、鎌倉や藤沢のような街、しかも旧鎌倉ではなく、大船や深沢のようなところをどうするか、です。中都市についてしっかりと考えることの意味というものは、この先の庭プロジェクトの指針として、大きな持ち帰りの一つだと思っています。

二つ目は、公共というものを再定義しないといけない、ということです。公共と言いつつ、結局は意識の高い人の共同体を作って街を盛り上げましょうということしかやっていないところがほとんどで、やっぱりそれは『公共』とは呼べない。メンバーシップを問うのが共同性で、問わないのが公共性ですからね。本当の意味での公共性をどう実現するかを考えなければいけないし、さっきの格差の問題もここに含まれると思います。かつては商業空間が、擬似的に公共空間を代替していた時期もあったかもしれない。しかしSNS以降、また状況が大きく変化しているのは明らかです。次なる公共空間とは何なのかという問題に、僕らは直面していくはずです。

そして行き着く先が、『ポスト戦後中流』の問題です。都心のオフィスや商業空間と郊外の住宅地を往復するというライフスタイル自体が、専業主婦と終身雇用を前提にした20世紀後半の家族賃金モデルの産物で、それがいま明らかに崩壊しているわけです。労働環境やジェンダー観、家族観はだいぶアップデートされているのに、都市のインフラはそこに全然対応していない。たとえば団塊世代が若い頃に買った家をどう畳むのかといった問題とも、これは密接にリンクしてくるはずです」(宇野)

 この宇野の問題提起に対して、最初に応じた鞍田崇さんは、中都市に生まれ育った自身の実感から「中都市の匿名性」という論点を投げかけました。

「都市には、絶えず監視されているムラ社会から解放され、自由にいろいろなことができるという匿名性の良さがあると思うんですね。ただ、中都市の匿名性は、自分の実感としては、良い意味よりも孤独感や寂しさのほうが大きい。都心と違って匿名性をクリエイティビティにつなげるインフラもないから、中途半端に匿名的な状態で、隣の住民とも交流のないままに分断だけが残り続ける。かつてのような共同体を再生するのではなく、匿名性の良さも担保しつつ、新しい街のかたちを考えないといけないのかなと思いました」(鞍田崇さん)

 井庭さんは、宇野の言う「商業空間の次」の公共空間として、「ゼミ」や「ラボ」を挙げました。

「商業空間の次は、ゼミやラボだと思うんですよ。いまは大学教員が研究室やゼミを持っていますが、もっといろいろな人がゼミを持っていて、それが街の中にあることが重要だと思います。いろいろな実践をしたり作ったりしていく人が育つ場。僕のところは大学院生が16人いて、半分が社会人学生です。そういうかたちで、街の中の小学生から社会人まで、いろいろな世代がみんなで学ぶ場があちこちにあるといい。受験塾的ではない、もっと探究的な場所を作っていくことを、どこかがやり始めることが必要だと思います」(井庭さん)

 続いて小川さんは、大分の鉄輪温泉やアフリカの都市の路上を例に、「ついでにしゃべる」空間の重要性を語りました。

「この間、大分の鉄輪温泉に行ったのですが、鉄輪エリアに住んでいる人たちは自宅にお風呂がなくて、近くの公共の温泉に行くんですね。そうするとなんとなくみんなで会話をして、誰かが来ないと『あれ、あのおじいちゃん大丈夫かな?倒れてへんかな?』となる。別に話をしに行っているわけではなく、風呂に入るついでに話をしているだけなのですが、そういうのがすごく大事だなと思ったんです。アフリカの都市にも、いたるところに『ストリート・コーナー・ソサエティ』があって、年齢層もジェンダーもバラバラな人たちが、たまたま一緒になってしまったから仕方なくしゃべる。

中都市に住んで、生成AI以外に誰とも会話をしないで一日を過ごせても、そうするとますます、身近にいない人と話すことのメンタルパフォーマンスが悪化するんですよね。買い物ついでにしゃべるとか、お風呂のついでにちょっとしゃべるといったことが、意外と知らない人と話すリハビリテーション、日々の練習になっている。目的は、集まるとかコミュニティを作ることではないんです。適当に普段会わない人としゃべる空間を作るために、どういった仕掛けをしたらいいのかを考えています」(小川さん)

 鞍田愛希子さんは、自身が2拠点目として開設した「こらだ環境研究所」の考え方をもとに、「価値観で住まいを選ぶ」というアイデアを提示しました。

「私はいま、『こらだ環境研究所』という福祉施設を運営しています。こころとからだ、そして環境因子が混じり合って一体化し、コントロールが難しくなってしまっている状態から、それぞれを分解し、自分のこころとからだの輪郭を見えるようにしていく場所です。ソーシャルワークで言われる『個と環境の相互作用』を考えると、空間や環境を自由に選べる『移住』は、個に対して大きな作用があります。とはいえ、福祉サービスを受けている方は、なかなか環境を自由に選べない状況があるので、福祉や医療を受けながらも、『移住』的な自由さが身近になる仕組みを作れないかなと妄想しています。庭プロジェクトでもそうした点について考えていけたらいいなと思っています」(鞍田愛希子さん)

「産業」と「住まい」から、中都市を再設計する

 続けて門脇さんは、庭プロジェクトの実践を通じて発見された問題として、「中都市」と「ポスト戦後中流」を、産業モードと経済モデルの観点から掘り下げました。

「最近、僕自身も中都市への関心を強めていまして。日本で一番多いメジャーな都市圏は、人口10万人の規模なんです。人口17万人の鎌倉より一回り小さい規模ですね。建築家は都心にオフィスを構えて、最近だとなぜか農村に行って活動しがちで、中都市が完全に飛ばされているのですが、考えれば考えるほど重要だと思うんです。

ポスト戦後中流がどうして生まれるかというと、結局は産業モードの話だと思っています。戦後の重厚長大産業は、人口集積が必要で、かつ住宅地を空けなければいけない。これが戦後中流の地理的モデルなのですが、重厚長大産業は国家レベルの統制がいるので、いまの人口構成ではコントロールできない。そうなると当然、自律分散型になっていきます。

その際の一つのあり方として考えられるのは、実体経済を取り戻すことです。それは大都市でもなく、農村でもない。農村は人口集積がないから経済そのものが成立しないけれど、中都市はギリギリ成り立つ。ただし薄利多売は無理なので、中都市圏で成り立つのは、高付加価値のものを長く使うというモデルです。ただ、高付加価値のものを買うには高収入でないといけないので、いまのように正社員が偉くて派遣が搾取されているような構造ではできず、北欧のような同一労働同一賃金制になる。そうするとものの値段がすごく高くなって外食ができなくなるし、高学歴が有利になって、格差と分断のもとになるはずです。北欧モデルとは違ったモデルをどうするのか、という問題に関心があり、結局は経済の問題なのではないかと思っています」(門脇さん)

 田中さんは、ここまでの議論を踏まえて、「中都市」を定義する3つの要素を整理しました。

「中都市論には、まず人口による定義があって、人口10万人以上で政令指定都市未満という基準で見ると、いま日本に157ぐらいあるんですね。もう一つは、自然資本が多いという特徴です。里山里海があって、小さな農業や小さな企業が残っている街が、157の中でも3分の2以上ある。三つ目が、働き手が中都市の中ではなく、東京や横浜といった大都市に稼ぎに行っていること。大都市で得た新しい情報や創造性、テクノロジーを持ち帰ってくることが、ギリギリできる可能性があるんです。これまでの中都市論では、この三つがわりとバラバラだったのではないかと思っていて、これらがつながると、新しい『中都市経済論』のようなものが見えてくるのではないかと、僕自身は思っています」(田中さん)

 ボードメンバーのコメントを踏まえ、最後に宇野は「不動産から介入する」というアイデアを引き受け、「ポスト戦後中流」のライフスタイルと中都市の再設計を結びつけてイベントを締めくくりました。

「僕も不動産から介入するのが面白いと思っているんですよね。『戦後中流』とは、実態は男性フルタイム労働者による、35年ローンでの持ち家取得による資産形成だったと思います。しかし、まず人間は非婚化し、少子化する。これは経済成長と人権拡張で、女性が望まない結婚をしなくて済むようになった結果なので、否定すべきではないと僕は思います。そして大きく長命化します。

つまりこの先、人間は一人か二人で生きていく、50歳以上の人の占める割合がぐっと増える。すでに日本では単身世帯が一番多いわけです。こうした現実の上で、どう中都市を再設計していくのか。それも情報化や働き方の変化を加味した上で考えないといけないし、持ち家中心の資産形成を前提にしないスタイルへの移行は再分配の再設計と直結します。あらゆる問題が、都市の再設計に、特に中都市で顕在化している住宅を中心とした問題に集約されていっているように思えるんです」(宇野)

この記事は小池真幸が構成・編集をつとめ、2026年10月29日に公開しました。Photos by 今井駿介