発表の順番を決めるとき、余ったおやつの取り分を決めたいとき……そんなときの解決法といえば「じゃんけん」。このような、じゃんけんを使うときの意思決定は、どちらかといえば「どうでもいい意思決定」ではないでしょうか。
一見、簡単で合理的な方法ですが、参加人数が増えると「アイコ」が続いて時間がかかってしまうこともあります。今回は、インタラクションデザインの観点から、じゃんけんで決めてしまいがちな「どうでもいい意思決定」を効率化する方法を考えます。
「消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える」のこれまでの連載記事は、こちらにまとまっています。よかったら、読んでみてください。
端的に言うとね。
じゃんけんと意思決定の消極性
たとえば、6個入りのシュークリームを5人で食べ、1つ余ったシュークリームを誰が食べるのかを決めるのに、5人のうち2人が食べたいと申し出てしまうような場合、どうやってそれを食べるべき人を決めればよいでしょうか。
たぶん、そこで必ず出てくる方法が「じゃんけんで」ということかと思います。
しかし、私たちは「じゃんけん」という方法をなぜ使うのでしょうか? そして、いつまでこの方法はベストな方法として使われるのでしょうか?
じゃんけんの日常性
じゃんけんは、三すくみの構造を利用した勝ち負けを決める遊びなわけです。じゃんけんは昔からある遊びですが、遊びである以上に、私たちの生活の中で子供から大人の世代まで幅広く、さまざまな状況で使われます。
朝、フジテレビの「めざましテレビ」では、めざましじゃんけんをやっていますね。『サザエさん』でもじゃんけんをしています。これらはエンターテインメントとしてでしょう。それ以外にも、スポーツの先手を決めるのにもじゃんけんを使うことがあります。1つ余分になったおやつを誰が食べるのかを決めるのにじゃんけんすることもありますし、学校や会社組織で順番決めをするときにもじゃんけんを使うことがあります。じゃんけんはそれ自体が、遊びとしてのエンターテイメントだけでなく、日常的な決めごとの問題解決の手段として利用されていることがわかります。
今回はこの「じゃんけん」という方法で物事を「決める」という意思決定や、「抽選」という方法について考えていきたいと思います。だいたい、じゃんけんで決めなければならないことは、積極的に決めたいことというより「決まらない」「決めるのが難しい」ということが問題となったときに使われるため、消極的なシチュエーションといえます。このじゃんけんという方法は、消極性の文化を支えてきたともいえますし、この方法によって意思決定に折り合いをつけて、物事を次のステップへ進めてきた方略とも言えます。さて、まずはじゃんけんの特徴について考えていきたいと思います。
じゃんけんの特徴
よくじゃんけんの話になると、そのゲーム性から確率論が多く話題になります。そういう研究をしている人もいます。今回注目するのはインタラクションデザインの観点でのじゃんけんです。じゃんけんは日常化していることからわかるように、優れた特徴がたくさんあります。じゃんけんの特徴をちょっと言語化してまとめてみました。
1)自分の身体を使う
まず、じゃんけんは自分自身の身体を使います。身体としての共通性があります。人は手を動かせる限り、自分の意思をすぐに反映できます。何か道具を準備する必要もなく、操作する必要もありません。そして何より大事なことは、「自分の身体が」出しているということです。あみだくじなどの方法で順番を決めることがあると思いますが、これは名前を書いたり、「誰」がエントリーしているかをわかるようにしないといけませんが、じゃんけんは、出し手を自分自身の身体を用いてエントリーするため、誰が勝ったのか負けたのかが一目瞭然でわかります。また、身体を使う遊びとしては指相撲や腕相撲もありますが、これは1対1でしかできませんし、身体を接触しなければなりません。じゃんけんは非接触で、力を使わず身体を記号化し視覚的に利用している点が優れています。
2)グー、チョキー、パー
人間の記憶として、3という数字は覚えやすいことが特徴です。トランプなどのカードゲームを覚えるのは複雑ですが、3種類となればわかりやすく覚えやすいわけです。また、このグーチョキパーは、手の形状を変形しやすく、かつ形状としてそれぞれユニークで視認性が高いことが特徴です。さらに、日常生活にある石、はさみ、紙に見立てていることで、わかりやすさと勝ち負けの意味、石は紙につつまれてしまう、はさみは紙を切れる、はさみは石を切れない、といったストーリーと機能があることも、覚えやすさ、わかりやすさを支えています。
3)レフリーフリーのアドホック性、スケール性
じゃんけんは、審判という役割担当がいません。レフリーがいないというよりかは、全員が参加者でありレフリーというわけです。これにより、その役割決めを行う必要がなく、いつでもどこでもアドホックにじゃんけんを始められるため、セットアップコストがありません。また、じゃんけんへの参加は、誰でもすぐにできること、何人いてもルールが変わらず、スケール可能です。
4)素早さ
じゃんけんは、すぐにやり始めることができ、すぐに勝敗がわかり、何度でもやり直しもできます。
これらの特徴に加えて、ゲーム性があり、ただじゃんけんするだけでもどういう出し手でいくか考える楽しみ、戦略性もあったりします。こういった優れた特徴が、じゃんけんが日常化し、親しみ続けられている理由といえるでしょう。
じゃんけんの問題
しかしながら、じゃんけんも場合によっては問題があります。じゃんけんは、掛け声を一致させ、タイミングを合わせる必要があります。このタイミングがずれることによって、「後出し」というルール違反が生まれます。地域によってはじゃんけんの出し方のタイミングや掛け声が違うことがあります。また、じゃんけんには、「アイコ」、つまり引き分けがあります。これによって延長戦があります。ゲームとしては引き分けによる延長戦は楽しいこともありますが、時間がかかってしまう場合があります。特に人数が増えると、アイコの発生は途端に増えます。
じゃんけんと「どうでもいい意思決定」
こうした特徴から、じゃんけんは日常の意思決定、決め事、抽選の手段として使われることがあります。しかし冒頭でも書いたとおり、じゃんけんの利用は、積極的な意思決定にポジティブに使うというよりかは、決められない、決めるための軸がない場合に、消極的に利用する場合が多いと思います。たとえば、冒頭で述べたような、余ったシュークリームを誰が食べるべきなのかを決めて、じゃんけんの勝者が食べるというような場面です。これを私は「どうでもいい意思決定」と呼んでいます。他にも、研究室内で発表順番を決めるようなときにも、誰からやってもいいのですが、誰からやるかどう決めるかで、2分、3分議論になってしまうようなことがあります。こういう順番決めはゼミなどの最初のタイミングにありますから、ここでこの議論が少しでも入ってしまうと、いきなりどうでもいいことに時間を割くことで気分もいまいちになりますし、毎回これを行うとすれば、結果的な時間ロスは大きなものになりかねません。
臨時の意思決定の問題解決としてのじゃんけん
この「どうでもいい意思決定」の問題は、決めなくてはならないが、決めるための決定的な理由がないということです。そして、その結果、誰に決まっても問題がないはずなのに、それを決めるために悩み、決定に時間がかかってしまうことです。わたしたちの生活にはこういった意思決定が意外と多くあるように思います。そしてこの問題解決に、じゃんけんが多く使われることが多いように思います。それゆえに、じゃんけんが遊び以上に身近な意思決定の臨時的な問題解決手段として使われているのではないでしょうか。
「どうでもいい意思決定」に対する挑戦
じゃんけんのインタラクションデザインは素晴らしく、それゆえによく使われているのは確かです。しかし、じゃんけんにも問題があるということは書いたとおりです。そこで、私の研究室では、こういった類の「どうでもいい意思決定」に対してじゃんけんに替わる方法を研究しています。
顔でエントリーする抽選システム「facelot」
そのためには、じゃんけんの問題を解決しながらも気軽に使えることが設計のポイントになってきます。つまり、じゃんけんのようにアイコの延長戦がなく、「誰か」を手軽に選出できるというメリットの設計が必要です。そこで、我々は顔に注目しました。顔は私たちが誰かを判定する材料でもあります。顔を隠せば誰かわかりませんよね。また、顔検出や認識技術が向上しているのは、デジカメの顔にピントを合わせる技術や、認証技術に使われているためで、Appleやマイクロソフト、ドコモなどあらゆる企業が顔認識技術をWebや自作アプリから使えるようAPIを提供しています。我々は顔認識のAPIを用いて、選出したい人々のグループの写真を撮影するだけで、特定の人物をランダムで抽出する仕組み「facelot(フェイスロット)」を提案、開発しました。現在、以下のURLにアクセスすることでどなたでも利用できます。
facelotは写真を撮るだけで、人物選出にエントリーできます。顔でエントリーできるため、名前を事前に登録する必要もありません。検出した顔画像から順番決めや、グループ分けも行えます。さらに顔画像から嬉しい、悲しい、怒り、真顔といった感情を推定したり、男女や年齢、眼鏡の有無なども判定できるため、それを利用した優先度のある抽選方法(例:笑顔の人ほど当たりやすい)も実現しています。検出可能な人数は、画像として顔が検出されれば、基本的に制限はありません。実際に結婚式の2次会の抽選会にてfacelotを利用したところ、60人は認識していました。60人の中から1人を選ぶ場合に、じゃんけんを使うと決まるまでに時間がかかってしまいますが、facelotであれば瞬時に決めることができてしまいます。結婚式の2次会では、よくこの手の抽選のためにビンゴゲームが採用されることが多いわけです。たくさんリーチがかかってドキドキする場面もありますが、消極性デザイン研究会としては、「ビンゴはよくよく考えてみるとたいして面白くないゲームだし、そのわりに『ビンゴ!』って叫ばないといけないのはあまり納得がいかない」という考察をしています(笑)。facelotはプロジェクターにカメラ画像を映し出すことができ、参加者自身がその映像を見ながら抽選されるため、みんなを意識しながらも、お題に合わせて笑顔や真顔、剽軽なキャラの人は変顔してみたりする面白さが自然と生まれ、一体感が生まれます。また副産物ですが同時に記念撮影にもなったりします。
私の研究室ではfacelotを開発して以来、発表の順番決めや、グループづくりなどでfacelotを使うようになりました。これによって「誰がやるか?」「誰が最初か? 順番は?」といったことを考えるのをやめて、facelotに任せることが多くなりました。その結果、どうでもいい意思決定に悩むことなくスムースに打ち合わせやタスクの割り振りができるようになりつつあります。
「スマート意思決定」
研究室では、こういったじゃんけんに変わる意思決定手法を「スマート意思決定」としてさまざまなツールを開発、研究しています。たとえば、他にも「Fingerlot」という、iPadなどのタブレット端末で、エントリーしたい人が指でタッチしておくことで、画面上でその指に○が付き抽選されるシステムや、スマートスピーカー向けに音声の入力をすることによって人の声から抽選する仕組みといったものを開発しています。これらはいずれも、個人の識別が可能で、事前準備なしにその場ですぐにエントリーでき、抽選結果をその個人および周辺の人に認知させられることがポイントになってくると考えています。
こうした研究を通じて、我々は自分たちの意思とは関係なく第三者、この場合はコンピュータによって誰かが指名されたりする社会をイメージしながら、AIに指示されながらも物事がスムーズに進むのであればそれを選択する人類を探索しています。我々がよく使うじゃんけんという方法も、AIではないものの、意思決定を運に任せるという方法なわけです。何事にもじゃんけんを使うわけではなかったとはいえ、「運に任せるよりもAIに任せるほうが良いことが起こりうる」なんてことを考えることもできるのではないでしょうか。
(了)
この記事は、PLANETSのメルマガで2019年4月23日に配信した同名連載をリニューアルしたものです。あらためて、2021年2月15日に公開しました。
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