「選挙以外」の政治のかたちを考える

 選挙シーズンになると、「若者の政治離れ」という言葉がメディア上に踊るようになる。統計を見ると、それはある程度、事実といえそうだ。そもそも、あらゆる年代において投票率が低下傾向にあるものの、20代の投票率は最下層でありつづけてきた。

 2015年の公職選挙法改正により「18歳選挙権」が認められたことにも後押しされ、主権者教育の重要性が叫ばれることも増えた。親しみやすい若手芸能人をモデルに起用し、あの手この手で「若者の投票」を促すキャンペーンも行われている。

 筆者(小池)は、一人の20代の有権者として、こうした取り組みが無駄だとは決して思わないし、地道な啓蒙活動も必要だということは直感的に理解できる。ただ、同時にこうも思う──若者が選挙に行くようになれば、本当にそれだけで理想的な政治環境となるのか? 「若者の政治離れ」は、投票行動の改善だけで解消できるのか?

 “若者”の価値観やライフスタイルに適した、選挙だけではない「政治」のかたちを考えるとき、大きなヒントを与えてくれるのが、さまざまな社会課題の当事者の声を地方議員に届け、解決につなげるサービス「issues」を運営するissuesの代表取締役を務める、廣田達宣さんだ。

 issuesは個人や民間では解決できないくらしの悩みを相談すると、地域の議員が行政に働きかけてくれる、政策実現プラットフォーム。まずは都市部の20〜40代、すなわち“若者”をメインターゲットに、くらしと地続きとなっている政治のかたちを模索している。伝統的に存在している「選挙以外」の政治手法として、企業や業界団体、市民団体などが、政治家や行政などに働きかけをおこなう「ロビイング」がある。廣田さんはいわば、このロビイングを現代に適したかたちにアジャストしようとしているのだ。

 もともと大学卒業と同時に、スマホ家庭教師サービス「manabo」を運営する教育系スタートアップのマナボを共同創業。同社はのちに駿台予備校グループに売却されるに至っており、生粋の「テック起業家」としての出自を持つ廣田さん。その後は、日本におけるソーシャルビジネスの存在感を大きく底上げした、フローレンス代表理事の駒崎弘樹のもとで修行を積む。そして2018年、2社目のスタートアップとして、issuesを立ち上げた。その傍ら、元官僚や有識者とタッグを組み、「官僚の働き方改革を求める国民の会」も運営。スタートアップとソーシャルビジネス、そして地方自治から霞が関まで行き来し、縦横無尽に活動している〈横断者〉である。

 「政治×テクノロジー」を意味する「ポリテック」は、政府までもが使う言葉となった。政治プラットフォーム「PoliPoli」やクラウドロー・プラットフォーム「Pnika」など国内のポリテックサービスも少しずつ頭角を現しているが、廣田さんは「まだまだ新しいマーケットを作っている段階。他のポリテックサービスも一緒に産業を作る仲間」だと語る。彼はいかにして「政治」を変えようとしているのだろうか? いま必要な、くらしと直結した政治のかたちを考えていく。 

中間団体が衰退し、「困りごと解決」の回路が機能不全に

「誤解されがちなのですが、僕らが運営しているのは『政治』のサービスではなく、『困りごと解決』のサービスなんです。いわゆる『政治』にはまったく関心がないけれど、『本気でこれに困っています』と感じている方が使うサービスにしたい。ですから、ウェブサイトでも意図的に『政治』色を消すようにしています」

 廣田さんは開口一番、こう切り出した。日常生活の困りごとを政策での解決に導くのが、issuesが提供している価値だ。「政策」とはすなわち、ルールや税制、予算や執行といった政府特有のリソースを活用して、さまざまな社会課題を解決すること。もちろん、本来それは「政治」の一環であるはずだ。ただ、かつてマックス・ヴェーバーが「政治」を「権力の分け前にあずかり、権力の配分関係に影響を及ぼそうとする努力」と定義したことに象徴されるように、この言葉には権力闘争のニュアンスが多分にまとわりついており、「困りごと解決」のイメージとはかけ離れてしまっている。

 廣田さんは、現代日本においては、この「日常生活の困りごと解決」の回路が十分に機能していないと指摘する。1990年代頃までは、自治会や町内会、業界団体や労働組合、そしてPTAといった「中間団体」を通して、有権者が組織化され、政策ニーズが吸い上げられていた。しかし現在では、とりわけ都市部の20〜40代においては、ライフスタイルや働き方の分散化・多様化に伴い、こうした中間団体による吸い上げが機能しなくなりつつある。

 「みなさんの20〜40代の知人で、町内会や労働組合で活発に活動している人、思い浮かびますか? ほとんどいないですよね。僕もそうです」。それにもかかわらず、住民の声を反映するプロセスは、未だに中間団体を通じた伝統的なものしかない。こうして抜け落ちてしまった「声」を吸い上げるためのオルタナティブな回路として、issuesを機能させようとしているのだ。

「たとえば、Webサービスを作るときは、徹底的にユーザーの声を聞くのが基本です。issuesでも、基本的に週に複数回、ユーザーインタビューを実施しています。でも、政策形成の現場では、ユーザーである国民の声を聞くことが難しくなってしまっている。声が届かないことは、政治に対する不信感や諦め感、ひいては投票率の低下の根本原因だと思います。政治家の方々が、ニーズをしっかり聞きながらそれを満たすに政策を作っていけるようにするための、橋渡しをしたいんですよ」

 issuesを通じた「困りごと解決」の事例として、たとえば「小学校の欠席届オンライン化」がある。多くの小学校では、生徒が欠席するとき、近所の生徒に紙の連絡帳に欠席する旨を書いてそれを託す決まりとなっている。近所の生徒に託せない場合は、保護者が体調の悪い子どもを家に一人で残して、学校に持参しなければいけない学校も珍しくない。

 こうしたルールが存在している背景には、朝の忙しい時間帯に、教員に欠席連絡の電話が集中して捌けなくなるのを防ぐ目的があった。「オンライン化すればいいのでは?」と感じるかもしれないが、メールアドレスやLINEを交換することで生まれるトラブル、教員側のデジタルリテラシーなどの問題もあり、それは決して容易なことではない。

 しかし、issuesで欠席届のオンライン化についての要望がたくさん届いたことを受け、複数の議員が行政に働きかけを実施。結果、板橋区・大田区・世田谷区・練馬区などで、2021年春から順次実現することになった。まさに、「日常生活の困りごと解決」としての政策実現の成功例だといえる。

都市部の「積極的無党派層」を組織化する

 中間団体のオルタナティブを構築すべく、issuesがまずアプローチしているメインターゲットは、都市部の1970年代以降生まれの「積極的無党派層」だ。政治学研究者の田中愛治によると、積極的無党派層とは、国際問題やマクロな視点での経済問題、環境問題や地域社会の問題などに対する政治的関心は高いが、特定の支持政党がない層のこと。そもそも無党派層は有権者の3〜4割を占めているが、田中によれば無党派層の中でも、政治的関心が低いために政党支持も持たず、教育程度も低く新聞なども読まない「政治的無関心層」は3割程度。残りの約7割は、積極的無党派層が占めているというわけだ。この層の声が現行のロビイングのプロセスに乗っていない点に、廣田さんは強い問題意識を抱いている。

「単純な票数だけを見ると若い世代は不利と思われがちですが、実は1970年代以降生まれの積極的無党派層だけで、十分に政権のキャスティングボートを握れるボリューム感があるんですよ。実際、2005年の郵政民営化選挙、2009年の政権交代選挙、小池百合子さんが初当選した2016年の都知事選挙など、無党派層を動かし、勝負が決まった選挙は少なくありません。つまり、この層だけで政権交代を起こしうる、すばらしいポジショニングを取れているわけです。ただ問題は、組織化できていないがゆえに、テレビワイドショーを介した劇場型の動員に頼らざるを得ないこと。『この人ならなんとなく変えてくれそう』みたいな雰囲気ではなく、政策の中身が政治の行く末を左右する政治環境を作りたい。そのために、この層の生の声を吸い上げ、政治家とつなげる仕組みを作りたいんです」

 2018年に音喜多駿が主導して結党した「あたらしい党」のように、都市部の無党派層を組織化する試みは、過去にもなされてきた。廣田さんは「あたらしい党などは素晴らしいチャレンジをされてきたと思っている」と敬意を表したうえで、政党によるアプローチの限界も指摘する。

「政党を中心とした組織化だと、もともと政治的関心の高い人にしか刺さらないと思っています。また、過去にさまざまな『政治×テクノロジー』のサービスが出てきましたが、それらも同じでした。政治への関心が高い人たちにしかリーチできていないがゆえに、ユーザー数が2桁万人の前半を超えられなかったんです。僕らはそうではなく、政治には興味がない、ごくふつうのママさんパパさんにアプローチしたい。PLANETSの読者には、政治や社会への関心が高い方々が多いと思います。でも、たとえばそうした関心がまったくない、学生時代の同級生のことを思い浮かべてほしいんですよ。『仕事の話なんてしたくない』『とにかく定時で帰って楽しもうよ』といった価値観の同級生、けっこういらっしゃいますよね? 世の中はそういう『意識高い系』ではない人たちがマジョリティで、そうした方々には、『政治』という切り口では刺さらないでしょう。それでも、『小学校の欠席届を紙で出すのってつらくない?』という話なら、共感してもらえるはず。実際、欠席届のオンライン化にしても、けっこう、Twitterの子育ての愚痴を垂れ流す匿名アカウントで『なんとかしてくれ』というつぶやきが書き込まれていたりするんですよ。有権者の側に寄り添った組織化の方法を考えるとき、そうした素朴な声をベースにすることが有効だと思うんです」

 ただし、SNSに書き込んでいるだけでは、なかなか政治家には声が届きづらい。たまたまプロフィールに「●●区在住」と書いていた人の愚痴ツイートが、区議会議員に拾ってもらえたケースもあったとはいうが、それはあくまでも特殊ケースだ。

 自治体名を明確に示すのはもちろん、イデオロギッシュな内容を含めないなど、政治家に声を届け、動いてもらいやすくするための「ロビイングのお作法」が存在するという。廣田さんは、issuesを使えば、意識せずともそれらを満たせるようにサービスを設計している。本名、郵便番号、支持政党、地元議員との接点の有無……ただ質問に答えていくだけで、地方議員が住民のフラットな声に触れて動こうとするときに「欲しい」と思う情報を、過不足なく盛り込めるようなサービス設計になっているのだ。

「とにかく、ユーザー体験が“超”良いことが、サービスを広めていくための第一条件だと思っています。ここ10〜20年の間、世の中のあらゆる産業において、デジタル化に伴ってユーザー体験がめちゃくちゃ良くなりました。その一方で、政治の世界はあまり変わっていない。政治に興味がない人にも刺していくためには、他の産業と同じ水準の体験を提供しなければいけません」

「家族の問題」としての、官僚の働き方改革

 住民の声を政策に反映させるため、役所ではなく議員への働きかけという手段を採っているのにも、戦略的な理由がある。

 廣田さんは、政府のガバナンスにおける国民と議員、役所の関係性を、民間企業のガバナンスになぞらえて説明する。国民は「顧客 兼 株主」、議員は「社外取締役」、役所は「社員」。国民の声、すなわち「顧客」のニーズをサービスに反映させるためには、「社員」である役所に直接伝えるのでは効率が悪い。「たとえば、家電メーカーのカスタマーサポートセンターに電話して、『おたくの洗濯機にこんな機能をつけてほしい』と伝えても、『参考にさせていただきます』とだけ言われて終わりですよね」。そうではなく、国民が「株主」の立場で「社外取締役」である議員に要望を提案し、それを通じて経営に介入するほうが効果的だろう。それゆえ、国民と議員をつなぐ回路を構築しているのだ。

「もちろん、最終的に政策を作るのは役所の仕事なので、そこに現場の声を届けたい気持ちは僕も強く持っています。また、役所の側にとっても、サイレントマジョリティの方々のフラットな声が政策立案の参考になるのは事実です。ただ、issuesで集めた声をそのまま役所の人に持っていっても、正直あまり相手にしてもらいづらいんですよね。現状でも一般国民の方々からの問い合わせは来るそうなのですが、『役所に連絡する』という高いハードルを越えてくるくらいなので、なんというか、『お前、あれはけしからん!』のような感情的な問い合わせが多いと聞きます。ですから、『国民の声を聞いてもそのまま政策には活かしづらいよね』という暗黙の了解ができてしまっている。たとえば霞が関の官僚であれば、毎日夜中まで仕事をしている中で、そうした『現場の声を聞く』余裕がないのもよくわかります。ですから、まずは議員さんに届けるスタイルを採っているんです」

 この発言からも伝わってくるように、廣田さんは国民と議員をつなぐことだけでなく、役所の現状についても強い問題意識を持っている。そして、その問題意識の根底には、廣田さん自身の「日常生活」における実感があった。というのも、彼は官僚として働く家族がいる。ハードな働き方を目の当たりにしており、このままでは心身を壊しかねないように見えるのだという。官僚の働き方改革については、昨今はメディアで議論がなされることも少なくないが(参考:GQ | #05「官僚」──情報弱者化する霞が関)、廣田さんにとっては家族の問題でもあるのだ。
 
 家族が苦しんでいるのに、自分にできることがないのがつらい──そんな想いから、彼は2019年6月、元官僚や有識者とタッグを組み、「官僚の働き方改革を求める国民の会」を創立している。「霞が関は昔から“不夜城”だったが、現代はより一層しんどい状況になっていると思う」と廣田さん。その要因は、主に3つ。まず、かつては「男性官僚×専業主婦」という組み合わせの家族が基本だったが、近年は「女性官僚×共働き家庭」の家族も増えており、官僚も家事・育児・介護へのコミットが必要になっている点。さらに、「官僚主導」から「政治主導」に変わるにつれ、より他律的な仕事が増えた点。そして、公務員数そのものが減り続け、慢性的な人手不足に陥っている点だ。

 そうした苦境を打開すべく、官僚の働き方についてのアンケート調査や発信を通じて、世論形成を後押しする団体を立ち上げたのだ。issuesと、官僚の働き方改革を求める国民の会。両者は「国民の声の、政策への反映」という問題に取り組む廣田さんにとって、相通ずるものがある。

「ベースの問題意識として、良い政策を作るためには、国民の声を吸い上げることが必要だという考えがあります。そのための一つのアプローチがissuesであり、もう一つのアプローチが、霞が関の働き方改革なんです。もちろん、スタートアップ経営をしながら最前線で活動し続けるのは限界があるので、あくまでも側面支援ではあります。ただ、口コミを中心に1,006名の現役官僚・元官僚・官僚家族の声を集めることができましたし、立ち上げた当初よりも、この問題に関する社会的な注目も高まっています。少しでも改善を後押しできたらという思いです」

投資を受け、広告モデルを取りながらも、中立性を維持するための秘策

 ここまで日本の政治環境の現状と課題、それに対してissuesで起こしている変革について聞いてきた。その思想と取り組み内容には共感を覚えたものの、一つ大きな疑問も残る。なぜ、スタートアップなのか? issuesが変革に取り組む領域は、市場として成立しづらそうにも思える。廣田さんの前職であるフローレンスのように、NPO法人を立ち上げてもよかったはずだ。それでもなぜ、投資を受け、スタートアップとして展開しているのか?

「目指す規模に持っていくため、必要な金額を調達するうえで、最適な手段だからです。issuesを2020年代のうちに、500万人が使うサービスにしたい。500万ユーザーというのは、issuesユーザーの投票先次第で政界の勢力図が塗り替わる規模感。これが実現すれば、いままで半ば無視されてきた20〜40代の無党派層の要望が各党のマニフェストに入りどんどん実現する状態にできます。そのために必要な金額を調達するのに最適な手段だから、スタートアップとして展開し、投資を受けることにしたというわけです」

 2020年代のうちに、500万ユーザー。短期間でその規模に到達したWebサービスの多くは、数億〜十数億円の規模で資金を投下しているという。廣田さんが以前に起業したマナボは、5年間で6億円を調達した。現在は当時より、スタートアップの資金調達環境も良くなっており、創業から数年で数十億円を集めるケースも珍しくない。

 他方、前例のないビジネスモデルゆえ、融資を受けるのは難しい。また、NPOとして寄付メインで資金を集めるかたちでも、その規模の資金調達は難しいという。前職であるフローレンスは、「日本トップクラスの寄付マーケティング力を持つNPOだと思う」と廣田さん。しかし、たとえば「こども宅食」というプロジェクトで、彼が責任者として8ヶ月間全力でクラウドファンディングに取り組んだが、集まった金額は8,000万円だった。

 さらに、マネタイズモデル的に、初期に大量の資金投下が必要であるという背景もある。issuesはマネタイズの手法として、広告モデルを採っている。選挙対策に取り組む議員や政党・団体などに、有権者ユーザーが集まるissuesに広告を出稿してもらうモデルだ。総務省の資料などをもとに試算すると、選挙対策マーケティングの市場規模は国内で約1,500億円ほどということだが、そのほとんどがチラシやポスターをはじめとしたアナログ手法。とりわけissuesのメインユーザーである20〜40代に対しては、ほとんど効果を発揮できていないため、予算をデジタルに置き換えてもらうというわけだ。海外では、アメリカの「FiscalNote」や「Causes」といったポリテック系のサービスが、類似したモデルで収益を上げているという。そして、このモデルには、「すぐに課金できない」という特徴がある。

「以前、スマホ家庭教師サービスmanaboを立ち上げたときにも痛感したのですが、プラットフォーム型のサービスは、ある一定のユーザー数に達した途端、一気にプロダクトの価値が上がります。そこに達するためには、どうしても一定の先行投資が必要になる。一定数のユーザーが集まらないと、議員さんに広告媒体としての価値を感じてもらいづらいので、課金できないんですよ。ローンチから2年が経ったこのタイミングで、ようやく初めて課金いただけたようなレベルなので、先行投資がないとサービスが運営できないんです。一方で、たとえばフローレンスは幼児保育事業からスタートしましたが、エンドユーザーにお金を支払ってもらうモデルなので、DAY1から課金できる。投資を受けることにしたのは、そうしたビジネスモデル上の要因もあります」

 スタートアップとして運営するしか、道がなかったことは理解できた。しかし、ここでさらなる疑問が浮かぶ。「住民の声を集める」という公益性の高いサービスで、政治家の広告予算からのマネタイズをしてしまって、サービス倫理上の齟齬は生じないのだろうか? 言い換えれば、特定政党の利益に資する「声」だけを集めることにはなってしまわないのか?

「おっしゃる通り、一歩間違えると『あそこの政党のための集票装置』のような非常に残念な結果になってしまう。僕らはそれを回避するために、まずは政党・団体ではなく、各政党の個々の議員さん向けのサービス提供からスタートしています。実は選挙対策マーケティングの市場は、1,500億円中、600〜700億円を政党や団体が占めていて、個々の議員さんの選挙マーケティング費用は少額です。よって、短期間で売り上げを最大化しようとすると、どうしても政党や団体の予算を獲りにいく力学が働いてしまう。すると、いずれ『うちの政党と独占で取り引きしてほしい』という話が来るようになるでしょう。もちろん、issuesもビジネスとしての拡大を志向する以上、将来的には政党や団体の広告予算を取りに行くことになります。ただ、特定政党との独占契約を結ぶことは、プラットフォームとしての中立性を保つため、避けなければいけない。そうならずに『他の政党の議員さんもたくさん使ってくださっているので独占契約はできないです』とお断りできるようになるための、いわば方便を作るため、まずは個々の議員さんという小さな取引先から攻めているんです」

 最初の1年半で、自民・公明・立憲・国民・維新・共産の主要政党6政党から、議員ユーザーを獲得する。そして、しっかりとアクティブに使ってもらい、まずは小さい金額でもいいから、議員個々人からマネタイズする。議員個人が使える予算はそこまで大きくないので、初期は赤字を掘ることになってでも、すべての政党の中に、issuesに高い価値を感じてくれる議員がいる状態を作る。そのうえでようやく、政党団体の大きな予算からも、中立性を損ねることなく出稿してもらえるようになるのだ。

 ビジネス一般に言える話として、少数顧客から多額の売り上げをあげる状態になると、顧客への交渉力が弱まってしまう。交渉力を担保し、プラットフォームとして独立し続けられるようにするために、まずは多数の顧客から少額ずつ売り上げをあげてから、徐々に多額の予算を出してくれる少数の顧客にもアプローチしていく戦略を採っているのだ。

 この戦略に則ることは、投資家にとってのメリットにもなる。特定政党の選挙マーケティング予算を取りに行くスタイルだと、その政党の予算以上の売り上げは立たないので、市場全体を取引相手とすることはできない。しかし、中立的なプラットフォームとして、あえて薄く広くグロースさせていくことで、中長期的には市場全体をターゲットにできる。投資家の目から見ても、中立性を担保したほうがメリットが大きいのだ。

元テック起業家も圧倒された、フローレンスのビジネス構築の巧みさ

 政策領域の課題を解決するため、NPOで身につけた“土地勘”とスタートアップ経営で培ったサービス運営の知見をふんだんに活かし、さらには官公庁にもフィールドを広げながら、〈横断〉的に活動している廣田さん。彼が従来の「政治」にとらわれずに活動を展開できる理由は、その出自にあるのかもしれない。

「そもそも僕は、『政治』に興味があってこのサービスを作ったわけじゃないんですよね。もともと政治には疎かったし、どちらかといえば嫌いでした。正直に言えば、マナボのときは、選挙すらまともに行ってませんでした。いま振り返るとお恥ずかしい限りですが、往復30分をかけて選挙に行くより、目の前の仕事に30分取り組んだほうが、世の中を変えられると思っていましたね(笑)。マナボを辞めた後、保育領域のサービスを立ち上げようとする中で、『政策面からアプローチしないと根本的な課題解決はできない』と気付き、たまたま政治に行き当たったんです。意図せずたどり着いた感覚ですね」

 あくまでも“結果”として「政治」にたどり着いた廣田さん。彼はこれまで、「濃密な人生を送りたい」という情熱に突き動かされて、人生を歩んできた。高校生のときに参加したサマーキャンプ、大学時代に没頭した国際学生NPOを通じて、「世の中を変える」ことに興味を持ちはじめる。そして2012年秋、大学卒業と同時に教育系スタートアップのマナボを共同創業し、冒頭で述べたようにスマホアプリで気軽に現役の難関大生から個別指導が受けられるmanaboを展開。駿台予備校グループに売却するまでに至った。

 マナボに全てを捧げる5年間を通じて、スタートアップ経営やウェブサービスづくりの要諦を学んだのち、廣田さんが次なる挑戦のステージとして選んだのは「保育」だ。きっかけは、待機児童問題が全国的に注目を集める契機となった、「保育園落ちた日本死ね」というはてな匿名ダイアリーの記事。ちょうど自身が結婚したタイミングだったことも重なり、共働き子育て家庭の課題を解決する事業を立ち上げることを決意した。

 とはいえ、当時はまったくの門外漢。「まずは保育・子育て領域のことを知ろう」。そう思った廣田さんは、2017年には1年間の「修行」として、フローレンスに入社した。子供の貧困問題に取り組む「こども宅食」プロジェクト、障害児保育事業、小規模保育園事業、病児保育事業などに幅広くかかわり、代表の駒崎弘樹とも密に関わりながら、ソーシャルビジネスのイロハを学んだ。中でも、フローレンスのビジネス構築の巧みさには、元スタートアップ経営者としても学びが大きかったという。

「そもそも、フローレンスは年商20億円規模で、毎年20〜30%成長しており、そこらの上場ベンチャーより伸びている。良い事業を手がけているからこそ、しっかり利益を出して再投資し、規模を拡大していくことには大きな意義があると思います。そして、フローレンスがここまで伸びているのは組織として『優しさ』と『強さ』を両立しているところにあると思っています。フローレンスはもともと訪問型の病児保育事業からスタートしていますが、これは保険に似たビジネスモデルで、キャッシュフローが良く利益率も高い。こうした『強さ』を組織として獲得できているのはやはり駒さん(編注:駒崎弘樹のこと)の志向性によるところが大きいでしょう。NPO業界の人は、『優しい』人がとても多いのですが、それだけだと社会的意義のある事業が作れても、大きく成長はできない。駒さんやフローレンスから学んだことは非常に多いです」

 とりわけ廣田さんが感銘を受けたのは、フローレンスが構築している「社会変革のトライアングル」だ。彼のブログに詳述されているように、あらゆる領域において、①まずは小さく成功事例を作る、②政治家に働きかけ制度・法律を作る、③行政と共に運営しつつ他の事業者に広げるという、ロビイングを軸とした3ステップの社会変革プロセスを採っている。この3ステップを経営理念に盛り込むなど、組織のDNAにも組み込んでいる徹底ぶりだ。これは今やNPO業界の共通認識にすらなりつつあり、ロビイングによる「政策起業」という言葉も広がっている。

「高度経済成長期だったら、駒崎弘樹はたぶん官僚だったと思うんですよ。縦横無尽にさまざまな業界を走り回り、国家の方向性を描き、政策を調整していく。そうして官僚が奔走することによって、あの急成長が成し遂げられたのだと思うんです。ただ、世の中が複雑化したのに伴い、縦割り行政では解決できない問題が増えてきた。だからこそ、駒さんのようなプレイヤーが民間側から出てきたのでしょうし、最近のソーシャルビジネス業界での動きともリンクしているのだと思います。将来的には、issuesに集まった住民の声を、そうした政策起業に活かすような支援もしていきたいと考えています」

「政策実現」と「支持拡大」の努力を一致させたい

 フローレンスで働きながら、保育領域での事業プランを練り上げていった廣田さん。しかし、保育現場での勤務やヒアリングを重ねる中で、当初の方針を変更することになる。「保育領域の課題は、政策レベルからアプローチしないと解決できないものが大半なのではないか?」。そう気づいた廣田さんは、先述のフローレンスの「社会変革のトライアングル」のうちの「②政治家に働きかけ制度・法律を作る」のプロセスを、プロダクト化することに決めた。2018年4月にフローレンスを退職したのち、急ピッチで仮説検証を重ね、同8月にはβ版をローンチした。

 さらなる仮説検証を経て、issuesの本リリースに至ったのは、2019年3月。最初の半年間は鳴かず飛ばずだったというが、ウェブサービス立ち上げの定石に倣い、大量の試行錯誤を繰り返す日々を送る。細かくユーザーの声を聞きながら、毎月、1〜3件の新機能リリースと10〜30件の細かい機能改善を繰り返す中で、2020年に入る頃には、少しずつ手応えがつかめてきた。いわば、スタートアップ業界の知見を、余すところなく政治領域にも還流させることで、サービスを成長させてきたわけだ。

「サービス内の健全性担保の目的もあって、ユーザーさんの投稿は毎日すべてチェックしているのですが、2019年の間は毎日『今日も使われないな』という感じだったのが、2020年の秋頃からは『大量の投稿がありすぎて見きれない』『これすごい良い投稿だ!感動してもらえている!』といった日も多くて、非常に手応えを感じています。冒頭でお話ししたように、欠席届のオンライン化をはじめ、政策実現による課題解決の事例も少しずつ出てきました。議員さんにとっても、政策実現のための努力が、そのまま支持拡大につながるようになっています。多くの議員さんにとって、支持拡大のためにはチラシ配り、街頭演説、戸別訪問、お祭り参加、飲み会参加などの活動が必要で、政策の勉強や政策実現のための時間が圧迫されてしまっています。それっておかしいですよね。issuesなら、政策実現のための活動報告を送ると、6人に1人が支持者になってくれます。そうした点に価値を感じていただき、注力自治体では6〜8割の議員さんが毎月数十〜数百通のメッセージを送るなど、アクティブに利用してもらえているんです」

 「注力自治体」という言葉が出たが、issuesはサービスを成長させるための戦略として、まずはいくつかの自治体に絞って集中的に展開しているという。市議会議員と住民のマッチングは自治体単位となり、また「議員がいなければ住民にとって価値がない、住民がいなければ議員にとって価値がない」という“鶏卵問題”を孕むプロダクトであるためだ。アメリカで著名なアクセラレーターY Combinatorを立ち上げた、シリコンバレーにおいて伝説的な影響を残しているベンチャーキャピタリストであるポール・グレアムが「少ない人数でいいから、めちゃくちゃ愛されるポイントを作れ」と啓蒙している。廣田さんはグレアムの磨き上げた“定石”を、愚直に実践しているのだという。

 そして、提供先を少数に絞っているがゆえの“悔しさ”もある。「これは本当にまずい」と思うレベルの深刻なSOSがあっても、注力自治体でないと議員に届かないケースがあるからだ。廣田さんは強い悔しさを滲ませるが、「ここで身の丈に合わない規模の支援を全面的にしてしまうと、確実にサービスが崩壊する」。現時点では役所の窓口やNPOの連絡先を案内するなどの間接的な支援しかできないが、将来的にはissuesを通じて、役所やNPOが直接住民を支援できるようにするサービスも実現していきたいという。

スタートアップとソーシャルビジネスの結節点

 インタビューも終盤に差し掛かっているが、スタートアップとソーシャルビジネス、そして地方自治から霞が関まで、縦横無尽に駆け巡りながら活動を重ねる廣田さんには圧倒される。彼が領域を〈横断〉しつづけているのはなぜなのか?

「難しいですね……何か論理だった格好いい要因があるわけではなく、自分が濃密に生きている実感を得られるよう、パブロフの犬のように刺激的な環境を求めつづけていたら、結果として横断してしまっていただけな気がします。まさにスティーブ・ジョブズの言う『Conecting The Dots』的な話で、奥さんと結婚しなかったら保育に興味は持たなかったかもしれないし、フローレンスでの経験がなかったらissuesは生まれなかった。いろいろなものがつながって、たまたまissuesに行き着いたんです。ただ、改めて考えると、いくつか要因はあるかもしれません。ロールモデル兼メンターである、ワーク・ライフ・バランス代表の小室淑恵さん、駒さん(前掲のようにフローレンス代表・駒崎弘樹のこと)、『ブラック霞が関』の著者で元官僚の千正康裕さんなどの影響は大きいと思います。みなさん、一つの領域にとどまらずご活躍されていますから。そもそも、イノベーションは異なるものの掛け合わせで生まれるわけじゃないですか。スタートアップ業界にいると同じ業界の人ばかりと付き合いがちになりますが、それはあまりよくないと思っているので、意識して他業界の人と付き合うようにはしていますね。ダイバーシティは、イノベーションのためにこそ必要だと思います」

 そうして〈横断〉しつづけた先に、廣田さんが構想しているのは「小さくても幸せな国」としての日本だ。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」は、人口ボーナスがあった時代だからなしえた、一種の幻想である。それをもう一度目指すのは無理なので、「小さいけれど、そこそこ幸せな国を目指すべき」と廣田さんは提言する。

「小さくても幸せな国であり続けるために、僕が考える最大の課題は二つ、社会保障と安全保障です。年金・医療・介護が崩壊せず、他国からの侵略リスクを抑えられれば、そこそこ幸せな国になるのではないかなと。issuesでアプローチしたいのは、主に社会保障のほうです。日本の公的支出が特別会計も含めると250兆円ほどある中で、高齢者向けの社会保障費が80兆円と一番大きなパイを占め、しかも毎年1兆円近いペースで上がっている。どう考えてもどこかで崩壊すると、みんながわかっているはずです。一方で、子育て支援をはじめとした家族関係支出は5兆円ほど、GDP比で約1%。GDP比で約3%を子育て支援に投下したフランスでは一度落ち込んだ出生率が回復しましたが、これくらい大胆に子育て支援に国として投資することが必要なんです。このままでは明らかに、現役世代が高齢者世代を支えきれず、破綻してしまいます」

 家族関係支出が増えない背景には、子育て真っ盛りの20〜40代の声がロビイングで吸い上げられていない現状があると廣田さん。冒頭でも触れたように、票数そのものは、20〜40代だけで、政権のキャスティングボードを握りうるボリュームがある。それでも高齢者のロビー力が高くなってしまうことには、「感情的」な理由もあると見ている。

「issuesの立ち上げにあたって、現場を知るため、15陣営で選挙ボランティアをしたんです。そのとき、議員さんが高齢者の声を優先的に聞きたくなってしまう理由が、少しわかったような気がしました。『子育て世代を支援するぞ!』と声高に口にして街頭演説をしても、忙しい子育て世代はぜんぜん振り向いてくれないんです。選挙期間中、候補者はずっとピリピリしていて、睡眠不足で本当にしんどい状況で、冷たくされたり、渡したパンフレットをその場で捨てられちゃうことすらあります。そんな中で、おじいちゃんやおばあちゃんに限って『頑張って!』と声をかけてくれて、なんなら握手だってしてくれる。どうしてもそっちに目が向いてしまいますよね。政治家だって人間ですから。そうした齟齬を解消するためにも、若い世代と政治家のつながりを作り出したい。みんなの声がバランス良く政治家に届き、日本にとって本当に必要な政策を、フラットに実行できる社会を実現したいんです」

 2010年代の日本には、大きなイノベーションの潮流が二つあった。一つは、スタートアップ。2013年頃から、Facebookをはじめとするシリコンバレーのテック起業家たちの影響を受けた「第四次ベンチャーブーム」がはじまり、リーマン・ショック以降冷え込んでいたベンチャー投資が活発化。メルカリをはじめ、国内でも多くの成功企業を生んだ。もう一つは、ソーシャルビジネス。フローレンスを立ち上げた駒崎弘樹が先鞭をつけ、「慈善事業」とニアリーイコールだったNPOのイメージを、「社会起業」という先進的なものに変えていった。

 廣田さんは、まさにその二つの潮流の合流地点に位置しているといえるだろう。スタートアップでキャリアをスタートし、ソーシャルビジネスにも足を踏み入れ、再びスタートアップを立ち上げている。併走していた二つの流れの結節点に位置している彼のような〈横断〉は、2020年代のイノベーターの一つのモデルケースとなるかもしれない。

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この記事は小池真幸が聞き手・構成をつとめ、2021年5月20日に公開しました。photo by 高橋団
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