この書評コーナーでは、暮らしにまつわる本を紹介しています。アウトドアとか自然とか、そういったものを含めた「暮らし」です。今回ご紹介するのは、『攻略! 東京ディープチャイナ~海外旅行に行かなくても食べられる本場の中華全154品』です。

記事化している段階で、この本の新版刊行のアナウンスがなされました。当記事公開時には、新版が刊行されています。サイトの告知によれば、閉店や新規店などによる掲載店の刷新が主な変更点だそうで、「この1年で地図掲載5エリアだけでも、約70店以上新しい店が増えていたことです。特に西池袋や高田馬場では各20店ほど、また上野も相当増えていて、その事実には驚きを禁じ得ませんでした」とのことです。
https://deep-china.tokyo/press-release/8931/
ますますクールチャイナ(ダサい)が勢いを増しているのではないかと、新版を手にするのを楽しみにしています。

横浜や神戸、長崎にあるような昔ながらの中華街ではない「ネオ中華街」とも言えるような町が、近年、日本に登場してきているのをご存じですか。いや、「近年」っていうほど最近の話でもないのですが、近年それらの町が「注目を集めるようになってきている」ぐらいでしょうか。ネオ中華街は、一見するとそれとわかりづらいところがあります。伝統的な中華街はいかにも「中華ですよ」といった町並みをしていますが、ネオ中華街には、そこまでわかりやすい都市表象もありません。その町の中華料理店に入ってみると、「あれ、ここ店員さんもお客さんも中国の人で、メニューにもほとんど日本語はないし、並んでいる料理のラインナップもみたことないものばかりだぞ」と気づくような、そんな店の集まるエリアがあるんですね。ネオ中華街をかたちづくっている、日本にいる中国の人たちが日本にいる中国の人たち相手に営んでいる中国料理店……自分のまわりでは「現地系中華」とか「ガチ中華」って呼んでますが、ネットを検索すると「マニアック中華」とか「マジ中華」なんて言葉も出てきますね。まだ落ち着いた呼び名はないようですが、この本では、それを「チャイニーズ中華」と名付けています。この『攻略! 東京ディープチャイナ』は、チャイニーズ中華を巡るためのガイド本なんです。

さて、僕は現地系中華のお店が好きでよく行くんですが、その存在を知ったのは東浩紀さんと北田暁大さんの『東京から考える』という対談本です。その本の池袋をめぐる章で、北田さんが「なるべく中国人が作る中国料理を食べたい」という理由で池袋にたどり着いたと述べてるんです。「いまは北口のあたりが明確に中国人のニューカマーズにとっての集合所」になっているという話をされていて、「永利」とか「知音食堂」とかって店名が登場するんですが、たしかに池袋北口を訪ねてみると、今で言う現地系中華の店がいっぱいあったんですね。池袋も駅そばで、そのエリアを通ったことは何度もあるんですが、さきほども言ったとおり分かりやすい中華街っぽさがあるわけではないので、自分はそれまでは気づいていなかったんです。『東京から考える』が刊行された2007年ごろの話です。『攻略! 東京ディープチャイナ』によれば、池袋の現地系中華、この本の用語で言えばチャイニーズ中華のはしりは、『東京から考える』でも名前の挙がっている「永利」で、1998年オープンだそうです。そこから現地系中華の店が増え、池袋は現在では都内でも有数の現地系中華が集まるエリアとなっています。

この本によれば、池袋のほかにも高田馬場、新大久保、新宿をくわえた「埼京線沿線エリア」、小岩、新小岩、錦糸町などの「総武線沿線の城東エリア」、「上野・御徒町エリア」、「蒲田エリア」、「西川口・蕨(埼玉)エリア」の5エリアが都内および近郊でチャイニーズ中華の集まっている場所だそうです。西川口は、近年、メディアでも取り上げられていますよね。井本文庫で以前取り上げた『自炊力』の著者で、西川口在住の白央篤司さんによる紹介で自分は知ったのですが、世間的にも、西川口のチャイニーズ中華に注目が集まったのは白央さんの紹介が大きかったんじゃないでしょうか。自分も何度か西川口に足を運びました。西川口という町は、「NK(西川口)流」なんて言葉があったぐらいで、2000年代半ばまで風俗街として有名だったそうです。それが2004年からの埼玉県警による浄化作戦で2000年代後半には一掃され、風俗店だったテナントが空いてしまいます。一時は、かなり寂れた町になってしまったそうなんですが、家賃も下がったそんな空きテナント群に入り込んでいったのがチャイニーズ中華のお店だったわけです。

『攻略! 東京ディープチャイナ』の本の紹介に話を戻しますが、この本はチャイニーズ中華を巡るためのガイド本だと述べました。というと、いろいろなチャイニーズ中華の店が紹介されているグルメ・ガイド本を想像しませんか。ところがそうじゃないのが、まずこの本の面白いところなんです。というのも、この本の著者おふたりは、「地球の歩き方」の編集に携わっていた方だそうなんです。この『攻略! 東京ディープチャイナ』は、いわゆるレストラン・ガイドというよりは、自分の力でチャイニーズ中華を開拓するときの手助けになるような書き方がされているんです。「地球の歩き方」シリーズが、海外の名所案内ではなく個人旅行者が自力で旅するための手助けとなることをコンセプトとしているように、この本も、あくまで自力でチャイニーズ中華をめぐるための手助けとして、チャイニーズ中華は中国のどこのエリアからきている料理なのかとか、今の流行、料理の種類やメニューの頼み方といった基礎情報がメインなんですね。個別のお店の情報も載ってはいますが、これもまさに「地球の歩き方」ぐらいの文字数しか割かれていない(笑)。

さて、それでこの本で、個人的に面白いなと思った部分を紹介したいと思います。この本の前書きには、いまの東京には〈中国語圏の最新の外食トレンドや現地仕込みの地方料理が体験できる〉食のシーンがあり、この本はそのシーンのガイドなのだということが記されています(〈〉内、本書からの引用。以下同)。

また本文でも、〈東京でどんな料理が食べられるのか。ポイントはふたつ。いまの中国で起きている最新の外食トレンドと中国各地の地方料理である〉と書かれています。つまり、この本では現地系中華の食のシーンを、「最新中国料理」と「中国の地方料理」の2つの軸に分けているんですね。これが、自分のなかの興味に響いたんです。

というのは、最初にも言ったとおり、自分は現地系中華が好きでちょくちょく行っていたんですが、前は、あんまり人に勧めることはなかったんですね。ほんと親しい人だけって感じで。なにか自分のなかに勝手な後ろめたさを感じるところがあって(笑)。

それは、「現地系中華で海外旅行気分を味わえますよ」という誘い文句が、「飾らない日常感のある、いってしまえば小汚い店で、海外のそのままの現地の人が食べている、日本人にとっては珍しい料理が食べられますよ」といった、なんて言えばいいでしょう、我が内なる宗主国目線というか(笑)。なんというか、そんな感じがしてちょっと後ろめたいな……と思っていたんです。あくまで、自分自身の感じ方ですが。でも、5年くらい前に池袋にできた「海底撈」というお店に行ってその認識が覆されました。海底撈は中国の大資本の経営なんですが、安っぽい感じが一切なくて、中国としか言いようのないゴージャスさのある、まさにイケてる中国の最先端が来た! という感じなんです。大興奮して「海底撈行こうよ」って色んな人を誘うようになりました。このまえも友人の誕生日祝いをしたんですが、けっこうなサービス過剰っぷりが圧倒的で楽しみました。海底撈で誕生日祝いをするの、おすすめです。

話が逸れだしましたが、そんな個人的経験があったので、この本が東京のチャイニーズ中華のシーンを「最先端」と「地方料理」という2つに分けたことが自分のなかですごく腑に落ちたんですね。自分は「地方料理」も好きだし、なにより「最先端」の紹介が面白かったんです。その意味では、ちょっとだけこの本にケチをつけると、本というか本のタイトルになんですが(笑)。自分がうがち過ぎなんですが、タイトルの「ディープ」という言葉の語感に違和感はあって、よく日本でも「ディープ〇〇案内」みたいな「ちょっとひねったダークなところに行こう」というノリというか、サイトとかがあると思うんですが、じっさいのこの本の中身はそういうんじゃないですよ。「ディープ・チャイナ」じゃなくて、なんだろ「クール・チャイナ」とか? いやダサいか、「クール」なんて言葉、いまぜんぜんクールじゃないか(笑)。とにかく、「中国料理ってこんな食材食べちゃうんだ」とかって興味の惹き方じゃない、日本もいずれこれを真似せざるを得ないとすら言えるような、味とサービスの最先端の体験へ誘っているのがこの本だと自分は思うんです。たいへんおすすめです。

この本の中で出てきて「なるほど」と思ったんですが、今東京で中国の最先端のお店が一番多いのがどこかと言うと、高田馬場なんだそうです。チャイニーズ中華は日本にいる中国の方相手の商売なので、学生の多い高田馬場は、その層がいちばん若いそうなんです。だから、若者が敏感に反応する中国の最先端サービスが高田馬場に集結している、と。この本によると高田馬場は、店舗数がここ2、3年で3倍くらいに増えているそうですよ。

ということで、また緊急事態宣言になるので(放送当時)、飲食応援ということも含めて、今日はこの本を紹介させてもらいました。

[了]

※この記事は、2021年7月30日に配信されたPLANETSのインターネット番組『遅いインターネットラジオ』の放送内容を再構成したものです。PLANETSのメルマガで2022年9月2日に配信した同名記事を、あらためて2023年2月2日に公開しました。
構成・撮影=石堂実花
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