地理的にも精神的にも遠く離れた中東諸国で、日本文化と中東文化の間を行き来する鷹鳥屋明さん。会社員としての本業のかたわら、いつしか「中東で一番有名な日本人」の異名を持つようになった彼が、日本では誤解されがちなアラブ世界の等身大の姿を描き出します。初回にまず、鷹鳥屋さんがなぜ「中東で一番有名」となったのかを語ってもらいます。
「中東で一番有名な日本人」のこれまでの連載記事は、こちらにまとまっています。よかったら、読んでみてください。
端的に言うとね。
中東で一番有名な日本人?
▲バーレーン、マナマの友人の結婚式にて
はじめまして、鷹鳥屋明(たかとりや あきら)です。現在日系企業に勤務してコンテンツ周りのお仕事をする傍ら、日本文化や日本のポップカルチャーを中東全域に広める活動を個人でも合わせて行っております。「中東で一番有名な日本人」という編集部より与えられた少し大げさなタイトルにはなっておりますが、上記活動を継続し、私人として現地中東大手メディアに出演を繰り返し、InstagramやTwitterでアラブ地域のフォロワーの合計が9万人ほどまでになり、Like数も300万を超え、日本に興味があるアラブ人の方々はだいたい私の存在を知っている、くらいに知名度を上げることができました。
▲サウジアラビア、キングダムタワーにて講演
私自身、中東・アラブという地域に触れてまだ7年程度です。多くの諸先輩方を差し置いて色々お話しすることは大変おこがましいですが、常時何万人ものアラブの方々とのオフライン、オンラインの繋がりから集めた情報や現地の人たちの意見などを交え、日本から離れており、知り得る機会が少ないこの中東地域について、私自身が学んだことや感じたこと、知り得たことを皆様に共有し少しでも正確な情報をご提供できればと思います。このような機会を与えてくださったPLANETSの方々に感謝いたします。
中東・アラブとの出会い
▲リヤド郊外のラクダ牧場にて
私は大学時代に中国近現代史とオスマン・トルコ帝国の勉強をしており、当時は中東・アラブ地域をメインで学んだわけではありませんでした。
中東との本格的な出会いは社会人になり、日本の外務省とサウジアラビア政府合同のプロジェクト、「日本・サウジアラビア青年交流団」に参加してからになります。このプロジェクトに参加した理由は、私が親しくしている友人が高校時代3年間をサウジアラビアで過ごし、多くの日本人からすれば未知とも言える生活を面白おかしく教えてくれた後に、偶然外務省のTwitterで「日本・サウジアラビア青年交流団」の募集を見つけて「これは行くしかない、私もサウジアラビアという国を見に行く絶好の機会」と考え応募したことにあります。この当時は日立製作所に勤務し、海外案件担当をしておりました。仕事の忙しい中、サウジアラビアへ送り出してくださった当時の上司や同僚の方々には本当に感謝していて、今でも頭が上がりません。
▲ヨルダン、ジェラッシュの遺跡にて
このプロジェクトにより、私にとって初めて訪れた中東圏、サウジアラビアは、皆様もご存じかもしれませんが、お酒を飲む、作る、持ち込むことが法律で禁止された国です。神社の血族に産まれながらも、お酒をほとんど飲むことができない体質である私にとって、行事や交流の際にお酒を飲まなくて良い環境であるサウジアラビアはとても過ごしやすく、日本のサラリーマンとしてお酒を飲む場で飲酒を強要、強制させられて苦労し続けていた私からすれば、本当に素晴らしい世界と言えました。
日本でアラブの服を着る、ということについて
▲京都の街中をサウジアラビアの装いで
サウジアラビアからの帰国後、日本と中東各国を移動する中で、私は公私ともに現地の伝統衣装を毎回購入し、それを現地はもちろん日本国内の様々な場面で着る努力をしてきました。日本国内では、このようなアラブの衣装を着ることをバカにする方々が多くいます。なぜおかしいのか、その理由を聞くと「日本人がそういう衣装を着ることはおかしい」「宗教的な問題があるのでは」という理由がほとんどです。そういう方々に対して、例えばその方がスーツにワイシャツ姿でしたら「それならば日本人であるあなたはなぜ今着物を着ていないのですか?」と若干意地悪く返答したりします。宗教的な理由から着てはいけないのではないか、と心配する方に対しては「着物を着ている人がみな神道や仏教徒ではないように、あくまで民族衣装であるので宗教的な問題はありません」と答えます。実際これら民族衣装を着ていてもキリスト教徒という方も現地にはいます。それに現地で宗教に関わる方は世俗とは異なる特殊な着方や服装をしますので、その様式を真似することがなければ特に問題ありません。服装の奥にある文化的な部分と宗教との境目、そして民族衣装への敬意をちゃんと意識していれば、そのあたりのトラブルは避けられると思います。
▲サウジアラビア民族衣装で皇居ラン(運動には向かないかもしれません)
日本人が着物を着ないように、アラブの伝統的な衣装は現地でも若い方々が着る機会は減っているので、それを遠く離れた極東にある日本で、日本人が着こなして日本の風景と溶け込んでいる(多分)というのはアラブの方々にとっては大きなインパクトであり、ありがたいことにほとんどのアラブ人から高評価と支持をいただいております。このアラブ地域におけるファッショントレンドについては、今後じっくりご紹介できればと思います。
▲サウジアラビア民族衣装で浅草を走る
サウジアラビア国王陛下来日と日本のメディア
さて、日本と中東が絡んだ近年の大きな話題と言えば、2017年3月の第7代サウジアラビア王国サルマン国王陛下の来日があります。1000人以上の随行員を連れたこの外交団は、その豪華さもあってか、日本のメディアに大きく取り上げられました。ですがそれと同時に、日本のメディアのサウジアラビアに関する取り上げ方について、かなりの理解不足であることがよくわかる、なかなか偏った内容でした。この時期数多くのチャンネルで私が国王陛下来日に関してのコメンテーターとして出演する様子を見た方もいるかと思いますが、これだけ多く出演した理由は、いくつかの偶然が重なった結果と言えます。私が某局の中東に強い記者の方から今回の来日について最初に取材を受けており、その放送が最初に放映された次の日に、ある日本のメディアが先走った報道を行ってしまい、サウジアラビア国王陛下をお迎えする留学生の一団を取材するのに合わせて、VIPが滞在予定のホテルの映像を流してしまいました。滞在予定のホテル名は明かさないことを条件に取材をしていたはずが、VIPの滞在先のホテル名が周知の事実となってしまったことから、これを機にサウジアラビア側は元々メディアに出ることを推奨していなかったサウジアラビア人への取材を広く禁止する措置を取りました。
その結果、国内にいるサウジアラビア人に対して取材ができない中、すでにテレビに出演しており、ある意味取材がしやすい日本人である私に取材が殺到しました。取材と言ってもほとんどのメディアではシナリオはすでに決まっており、それらしい人に一言、二言話してカメラ映えがするコメンテーターが必要、というのが実態でした。最初、数多くいらっしゃる中東・アラブ地域における諸先輩方を差し置いてテレビに出ていいのだろうかと悩みましたが、共演した尊敬する識者の先生が「我々もメディアの単純な、つまらない質問に毎回答えることが本当に大変なので、それらの防波堤になってください」と言ってくださったことから、基本的に時間の合うメディアの取材に対しては全部受けるようにしました。
▲サウジアラビア民族衣装を着る企画、60着分を現在所持
もともと私は、自分の家にテレビもなく日本のテレビ番組などに一切興味がなく、社会人になってからは家にテレビを置かず、例えばAKB48のメンバーの顔や名前はわからないがオスマン・トルコ帝国の歴代皇帝の顔はだいたい判別がつく、というような人間でございました。一連の取材を受けて番組の構成に携わる方々やテレビ局の中で働く方々の様子を見て、1秒を争う激務の仕事を拝見しました。ですが、残念ながらその激務の末にメディアが流す内容は、いかにして視聴率を取るかに重点が置かれていました。サウジ国王来日に関してはサウジアラビア外交団の豪華さや派手さばかりが喧伝され、肝心の「そもそもなぜサウジアラビアの外交団がこれだけの数で来たのか」の部分が取り上げられることは少なく、とても残念でした。
サルマン国王陛下が飛行機から降りる際にエスカレーターのタラップを使うことよりも、王族の爆買いを期待するよりも、今回サウジアラビアが日本とどのような関係を築くために来たのかという部分に注目すべきでした。この時に感じたせっかくの中東のことを日本人に伝えるチャンスがありながらも、情報を多く正確に伝えられないもどかしさと歯がゆさが、この連載で中東のことについて多くの人に伝えたいという動機になったと言えます。
中東のイメージと現実、石油王がいない中東
▲サウジアラビア、リヤド郊外の砂漠にて
次回からは中東に関する様々な記事を書いていく予定ですが、ぜひ読者の皆様が中東に行きたくなるような内容にすると同時に、少しでもこの地域に関する偏ったイメージを解消できればと考えております。
例えば「アラブの石油王」という言葉があるように「石油王」という言葉が独り歩きしています。確かに中東各国に王族はいます。そして王国の所有者とも言える国王は“石油王”ということは広義の意味でできます。ですが、その誰もが「石油王」というわけではなく、王族や有力部族の方々は各省庁の官僚であるケースが多く、さらに言うと「石油王」ならぬ国営石油会社の給料が高い公務員である、というのが実態です。国によって少し差がありますが、現地の就職先人気ランキングという観点から言えば、若い方々は中央エリート省庁や石油公社で働きたいと考えており、その次に大手財閥系企業、他の省庁、さらにその次に銀行などに勤めたいという流れがあります。これは付与される権力の幅の大きさと給与に関係しています。この就職事情についても別の回にてお話しできればと考えております。
そして各メディアが行った、サウジアラビア外交団の方々の爆買いを期待する報道でもわかるように、アラブの方々はお金をばら撒き使っているイメージがあります。ステレオタイプな表現ではディズニーランドを貸し切りにした、スーパーカーを何台も持っている、ペットでトラやライオンを飼う、などが挙げられます。ですが、実際アラブの方々はいつもあまり散財せずに「ここぞ」という時にお金を使う印象があります。むしろ激しい値引き交渉はアラブでは常日頃のことです。もちろん前述のようなステレオタイプ的な派手目の生活をしている方もいますが、王族の方々でも慎ましい生活をしている方もいます。さらに近年では景気が悪い中で王族の方々の散財が目につくのは良くないこととされ、表に出ないことが多くなっております。
▲初めてのサウジで現地テレビ局から取材を受ける様子
また、多くの新興国ビジネスで散見される話ではありますが、中東でビジネスをする日本人の方々で、自身が王族と知り合いや友人であることを後ろ盾にして「王族と組むからこのビジネスは問題がない」と吹聴している方を見かけることがあります。多くの場合、その王族と一緒に撮った写真を使ったりしています。ですが、王族は数え方によって数万人単位で存在します。そのため、有力部族の血統でなければ現地の企業の部課長クラスで働いている王族の傍流、またはほぼ無職の王族の方々もいるので、その気になれば会える機会が多かったりします。
それとは逆に、アラブ人側から「自分は王族なのでこのビジネスは問題がない」とか「自分は現地の有力部族のメンバーだからコネがあり、このビジネスはうまくいく」という話をされることがあります。こういう話がある背景には、現地の王族や有力部族が既得権益として、ブランド製品の販売権やフランチャイズ権などを持っているというケースがあることが関係しています。ですが、多くの日本人がそのような既得権益を持つ有力部族や、中東現地の財閥名の詳細を知らないことをいいことに、自分がその王族、または王族の関係者であるように振舞いアドバイスやブローカー的な活動をしてコンサル料を請求するという詐欺まがいのケースなどがあります。
皆様にはぜひこの連載を読んでいただいて、情報が少ないため生まれる中東・アラブ圏に関するステレオタイプのイメージを脱却し、等身大のアラブ世界を理解できる知識を共有できればと思います。
また、もっと国別や事例別、おすすめの書籍なども言及していきますので、本連載を通して皆様の中東理解への一助になれば望外の喜びです。
[了]
この記事は、PLANETSのメルマガで2017年5月16日に配信した同名連載をリニューアルしたものです。あらためて、2020年10月1日に公開しました。
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