改革開放政策の進む中東湾岸諸国で現地の人がどのような恋愛をしてどうやって結婚しているのか、という謎に包まれた部分についてぜひ知りたいという声をいただきました。そこで、私自身が知る限りのエピソードと、近年の変化についてお話ししたいと思います。

湾岸アラブの伝統的な結婚式、初顔合わせ

 元々、中東湾岸諸国における伝統的な結婚はお見合いが基本的な形で、親同士や部族同士の話し合いなどで決めるものでした。
 基本的に親が決める形のお見合いが多く、結婚式や顔合わせの儀式をするまでは、男女はお互いの素顔を知らなかったりします。もちろん婚前のデートなどもありません。伝統的なものには御簾越しに男女が対面の椅子に座り、御簾をあげてお互い初めてそこで顔を合わせる、という儀式もあったようです。例えるならば結婚式のベールをあげるまでお互いの顔がわからない状況からの顔合わせみたいなものでしょうか。ちなみに新郎新婦双方のチェックは両親や兄弟、姉妹、親族が代わりに行って「器量の良い、感じのいい子だったよ」とか「たくましい頼り甲斐のある男だった」など親族からの情報で会うまでの妄想を膨らませる形です。
 ちなみに伝統的な湾岸の結婚式では男性ゾーンは女子禁制、新婦の祝う場は女子のみで男子禁制という空間になります。男性のゾーンでは皆で刀を持って曲に合わせて輪になって歌って踊って、ご飯を食べて(大皿を囲み、みんなでガツガツ食べます)、(コーヒーを)飲んで騒ぎます。また、ちなみに女性のゾーンでもトークに花を咲かせたり、様々なステップダンスで盛り上がっているそうです。
 レパント地方(レバノン、シリア、パレスチナなど)と呼ばれる、女性がある程度自由な場所ですと、結婚式は男女合同で行います。湾岸地方でもこの5年くらいの間に開放的な都市、もしくは開放的な部族同士での結婚ですと、男女混合の会場で行うことも増えてきました。時代の流れを感じます。

▲皆で踊って
▲歌って
▲結婚式の料理をガツガツ食べます

 筆者も結婚式に何度か呼ばれ、参加したおかげで剣舞のやり方もマスターしてきました。
 ちなみに剣舞については、サウジでは刀身を上に突き上げる、肩に担ぐモーションが多いのに対して、カタールでは刀を平にして上下に動かす、鞘と刀を一緒に持ってX字を作るなどスタイルもあれば、UAEのアル・アインなどでは刀を持たず皆で肩を組み足のステップを激しく踊る、など地域によって剣舞や踊りはバラバラです。そのため、実際に参加してみて踊ってみて慣れていくしかありません。

▲結婚する友人とそのお父様

携帯電話の普及、ブラックベリー時代

 かつてはお見合い婚しかなかった中東諸国でしたが、テクノロジーが出会いを加速させていくことになりました。携帯電話、特にブラックベリーが普及した時代は、番号同士で行うチャットが爆発的な人気でした。お互いの番号さえわかれば連絡を取り合うことができる、この仕組みは中東の恋愛事情を大きく変えました。
 例えば男性側の視点になりますが、ショッピングモールで見かけた可愛いあの子(注意:それでも目だけしか見えていないケースが多いですが)に声をかけたい! となったらどうするのでしょうか? 
 まずメモでもレシートの裏紙でもいいので、そこに自分のブラックベリーの番号を書きます。そしてさりげなく彼女の前に行き、丸めたその紙をコロコロ、と目の前に落とします。そうです! 日本では平安時代から鎌倉時代に行われていた「落とし文(おとしぶみ)」という恋文を送る手法でございます。女性側がその「落とし文」を拾った後に連絡が来るかどうかは相手次第、いつ自分の番号にメッセージをくれるのかやきもきしながら待ち続けるのです。
 これが少し前の湾岸アラブのナンパの主流でした。人によっては通り過ぎる車の窓に自分の電話番号を書いた紙を投げ込むケースなど激しいものもあったりと、制限された中で異性と連絡をとる方法は様々ありました。
 ちなみに5〜6年前にショッピングモールで渋谷や道頓堀と同じノリでナンパをしていた某サウジアラビア人の知り合いは、宗教警察にその現場を押さえられて鞭打ち(ダメージが軽いタイプの鞭)に処されていました。以来、彼のあだ名は「チャラ男」になりました。この宗教警察という存在がアラブの恋愛事情に大きな影響を与えていたと言えます。
 婚前の男女が手を繋いで歩いていた場合、その男女が本当に兄弟や親族なのかどうかを確認するためにIDや名前をチェックを行ったり、前述のように女の子に声をかける若い男子を取り締まったり、女性がヒジャブ(頭や顔を隠す布)を被ってないのを咎めたり、服装が派手なら注意したりする宗教警察、その目をいかにかいくぐり女の子に近づくのかが大きなポイントでした。ただ残念なことにこのような「落とし文」で知り合った男子と女子の連絡交換はあくまで淡い青春の思い出になることが多く、ほとんどは家族や親族の決めた結婚相手と結婚することになり、成就させるのが難しかったと言えます。
 またこの時代、Skypeにはチャットやトークがしたい人を検索する機能があったので、Skypeでいろんな女性に片っ端から声をかける、という行動に出ていたアラブ人(一部ではトルコ人も多かったそうです)もいるようです。

▲目だけしか見えないサウジ女子(*本人たちへの掲載許可取得済み)

ブラックベリーからSNS時代へ

 その後、iPhoneが普及し始めてからはPCではなく携帯電話から様々な情報発信ができる時代になりました。同時に出会い系アプリも充実してくるようになりました。ただ、アプリの質にもよりますが、中東では出会い系アプリはちゃんとした出会いを求めるものというより、現地の方々と外国人の方々との交流の場所、という傾向が強く男性はローカルの方ばかりなのに対して女性は外国人の方ばかりという構成になっています。
 ともあれiPhoneなどスマートフォンが台頭するようになってからは、TwitterやInstagramで好きなときに好きな人に声をかけることができるようになり、選択肢は大いに広がったと言えます。国内だけではなく世界中の人と繋がれるようになったことから、仲良くなったあの子に会いに行くために中東からヨーロッパ、アジアまで飛んで行くという猛者もいます。そして、そこで騙された方もいるようですが。
 しかしこれら制約が厳しかった湾岸アラブ恋愛事情ですが、国内諸々の改革開放の波を受けて、サウジアラビアでも遂にナンパスポットと呼ばれるような場所ができた、ということで現地の友人から話を聞いて行ってみたところ、ナンパスポットというよりフランチャイズのコーヒーショップでかつて存在した男女別にわけるレーンや敷居がなくなったため、カフェの中で男女同士が会話をしながら仲良くなるという空間ができていたのです。今後の自由恋愛に拍車をかけることになるのではないか、と期待しています。

成田離婚ならぬリヤド離婚

 まだまだ自由恋愛と呼ぶには難しいと言っても少しずつ変わりつつある恋愛事情ですが、よくある疑問に伝統的なお見合い結婚がうまくいっているかという話があります。
 親が決めたから、一族の決定には逆らえないから、などの背景事情もありますが、近年ではそのような部族間の優劣が徐々に弱くなってきているのか、離婚することに対する社会的なイメージが変わりつつあるのか、ここ最近、中東湾岸諸国における離婚率は増加の傾向にあります。これは男性側から離婚を申し出るものだけではなく、女性から申し出るケースもあります。

▲ショッピングモール内にある「家族と円満に過ごすための秘訣」冊子

 一例を挙げますと私の友人の石油会社に勤めている某アハメド君は、身長160cm前後で体重が50kgいくかいかないかの細身草食系アラブ人、いえ、もやし系アラブ男子で、気もそんなに強くなく声もか細いのが特徴です。そんな彼が25歳を過ぎて、25歳なのだからそろそろ結婚しないと、と縁談が持ち込まれ両親の意思に従い結婚。新しい奥さんになる人のために某アハメド君は貯金をはたいて新居を購入し、新居のために家具と新車を準備しました。
 そして初めての顔合わせの儀式の際に「うわー、僕はこの人と結婚しないといけないのか」と新婦の何がどう良くなかったのか詳細は言及しませんが、かなりショックだったそうです。
 その雰囲気が伝わったのか、結婚式が終わった後、ヨーロッパへ新婚旅行のためにリヤドのキング・ハーリド国際空港に着いたところで、新婚ホヤホヤの奥様は突然「やはりあなたとの結婚はなかったことにする」と一方的に離婚を宣言。今回の結婚の部族間の力関係が対等、もしくは新婦側の部族の力が上だったのか、新郎のもやしっぷりが炸裂して頼りなさが知れ渡ったためなのか、離婚は了承され、某アハメド君はそのままバツ1になってしまいました。
 そんな彼は「もうアラブ人の女性は嫌だよ、新居も新車も家具も結婚のために全部用意したのに全て無駄になった。僕は次はおとなしい日本人か、韓国人と結婚したい」と品川のプリンスホテルのカフェで小さくなって紅茶をすすりながら私に語ってくれました。日本人女性と韓国人女性がおとなしいかどうかは今回議論に入りませんがアハメド君の名誉のため申し上げますと、彼はおとなしく繊細で良い方なのですが、中東ではまだがっしりしたマッチョ系の気が強い男性が好まれる傾向が強いように感じます。

▲成田離婚ならぬ、リヤド離婚の現場

4人の奥さんなんて夢のまた夢

 よくアラブ人が冗談混じりで話すネタとして、1人目の奥さんは自国人として、2番目、3番目、4番目の奥さんはどの国の人がいいか、という話があります。
 湾岸アラブ人とこの話をするときに個人差はありますが、過去このような話が上がった際にアラブ諸国の中だとモロッコ人、イエメン人、シリア人やイラク人などが多く挙げられ、他の地域だと面白いことに傾向が決まっており、美人なロシア系、ヨーロッパ系それか豊満なボディをお持ちである南米の女性が良い、と例を挙げるケースが多いと感じます。残念ながらアラブ男子数百人ほどしかデータはないのですが、会話からスレンダーよりグラマラスな女性を好む傾向があるのでは、と思います。
 ただ近年では奥さんを何人も持つ人は一部の甲斐性のある、言い換えれば収入のある人か地方の有力者などが多く、この話は日本で例えるならば居酒屋で好みの女性(男性)について話すような、完全に夢物語として語られており、自国民同士で結婚して終わる状況に対して、妄想を語っているだけと言えます。

▲クウェート人と結婚したら?と勧められる著者とクウェートタイムズの記者

イケメンと美女の基準について

 これこそ個人差が大きいところがありますが、中東の湾岸地域におけるイケメンや美女について今まで感じた感覚で言いますと、「がっしりして顔の彫りが深く、清潔感溢れ、手入れされて整った多過ぎない髭を持つ」男性がイケメンとされ、好まれる傾向にあるようです。
 髭については賛否両論ありますが、近年日本ではあまり良いイメージを持たれない髭も、おしゃれやイケメン度合いを増すツールになっているようです。ですが、最近サウジアラビアでも髭のない外務大臣が活躍する時代であり、髭を全て剃る若者が増えていることも事実です。
 友人の奥様の話ですが、「うちの旦那さ、すごくイケメンだから結婚した時にやった! と思ったけどシュマッグ(頭の被り物)をとったら不毛地帯でね、悲しかった」と、友人本人が聞いたら泣きそうな話をポロっと漏らしていました。こちらではよくあることで民族衣装を着ている時は威厳がある素晴らしい姿でも、ジーンズにワイシャツになった途端果てしなくダサくなるアラブ男性もちらほらいます。この男性ホルモン多めのアラブ人を代表して、「年を取ると頭の毛が全部髭に移動するんだよ!」と熱く主張する友人もいます。
 綺麗な女性についてですが、中東産油国方面ではボンキュボン(死語)ではなくボンボンボン、の女性が良しとされていた伝統があります。伝聞ではありますが、トルコやエジプトで盛んなベリーダンスも伝統的にはおなか回りはくびれているのではなく、豊満なお腹の肉を波打たせて踊るところがポイントなので、お腹周りのふくよかさが良しとされているそうです。
 アラブの男性と好みの話をする際にまず顔よりもボディの話が最初に出る気がします。これは現地で今まで女性の顔をよく見る機会が少なかった、という事情があるのと、民族衣装でボディラインが隠れていることから、色々想像を膨らませた結果なのかもしれません。それにアラブのグラビアアイドルなどもそこまで多いわけではないため、日本のように好みのアイドルや芸能人を自分の好みの例として出して話しにくいのではないかと推察されます。ですが、近年は海外の映画やエンターテイメントが多く入ってきているため好みの外国人タレントを例に出すケースも出てきています。
 逆にイケメンという点では男性ではヨーロッパ、アラブ、様々な地域の俳優や歌手、もしくは眉目秀麗で有名な王族が例にあげられる機会が多いと言えます。日本では今では年齢層が少し高めになってしまいましたが、ジャニーズの男性が好きというアラブ女子も一定数います(今は韓流に完敗ですが)。
 今まで各々の好みを公言することはできませんでしたが、女性の権利や自由が拡大するにつれ、そのような会話がモールのカフェなどで行われるようになっていると言えます。
 また観光ビザの解禁により世界の様々な国の男女がサウジアラビアに入ることによりまた中東の男女関係も恋愛事情やロマンスのあり方も大きく変わっていく時期ではないかと考えます。

▲ドバイモールを歩くアラブ人夫婦

[了]

この記事は、PLANETSのメルマガで2018年1月25日に配信した同名記事をリニューアルしたものです。あらためて、2021年7月29日に公開しました。
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