『PLANETS vol.9』を刊行した2015年当時は、2020年に決まった東京オリンピックに向けて、さまざまなプロジェクトが始動していました。しかし、ビジョンなき国家プロジェクトからは、当然、その先の未来への青写真など思い描くことなどはできませんでした。
ならば、僕らが声をあげていこう──。
そのときの全体コンセプトを提示したのが、この鼎談です。誌面でデジタルテクノロジーを活用した新しいオリンピックの演出プラン(5/2公開)を提案してもらったチームラボ代表の猪子寿之さん、「多様性」をキーワードに言論活動を展開する乙武洋匡さんとともに、編集長・宇野常寛が「2020年」とその先を語るところから、この「オルタナティブ・オリンピック/パラリンピック・プロジェクト」はスタートしました。
それから5年、オリンピックをめぐる日本の現実は劣化するばかりです。けれども、このときに掲げた2020年「後」への展望は、まさに今が正念場。すこしでもましな可能性を未来に残すべく、多くのみなさんに再考してもらえたら嬉しいです。
※本記事は、特集「東京2020オルタナティブオリンピック・プロジェクト再考」の一環として、『PLANETS vol.9』(PLANETS 2015年)収録の同名記事の再掲したものです。
端的に言うとね。
1964年の幻影を超えて
宇野 2013年9月、2020年のオリンピックの東京開催が決まったとき、僕はまったく、ワクワクしなかった。それどころか、むしろ、気持ちは冷え込んでいった。この感覚は何なんだろう? という疑問を突き詰めてみると、「東京オリンピック」が自分のことだと思えてなかったんです。オリンピックがやってくれば、かつての高度成長期の日本が戻ってくるといわんばかりの昭和の日本人たちにもついていけない。このままだと、次のオリンピックはむしろ日本が近過去の栄光にすがり、あの頃は良かったと思いだしては失くしたものを数え続ける、後ろ向きな社会になってしまうのではないかと思う。
僕と同じ思いを抱いた人は特に若い世代では多いだろうし、だからこそ、僕らも乗れるオリンピックのプロジェクト案を自分たちで出すべきではないか、というのが本誌の企画のはじまりです。
「あの頃はよかった」と懐古に浸るのではなく、「21世紀の日本はこういうものにする」というビジョンをオリンピックにぶつけ、ポジティブな議論のきっかけにしたいとの思いで、具体的なアイデアを持っている人たちに声をかけさせていただきました。たとえば猪子さん率いるチームラボには、今回、本誌「Aパート:オルタナティブ・オリンピック/パラリンピック・プロジェクト」(編註:『PLANETS vol.9』所収の競技大会の提案パート)で、オリンピックの開会式のプランを提示してもらっています。
猪子 僕は1984年のロスオリンピックがすごく記憶にあって。開会式、ジェット噴射で人が飛んでるのを見て、「未来には人は飛べるんだ!」ってすごい感動したんだよね。オリンピックって毎回、似ているようでいて、聖火リレーひとつとってもまったく違った演出がされている。その中で、記憶に残るオリンピックというのは、新しいメディアやテクノロジーによって劇的に楽しみ方を変えたもののような気がする。2020年のオリンピックで、「日本って、やっぱすげぇ」って思ってもらうためには、記憶に残るオリンピックにならないといけない。じゃあ、記憶に残るものって何かというと、ある種の未来を提示することじゃないかと。
テレビが登場して、メディアのフォーマットが変わった。それと同じように今は、デジタルテクノロジーがネットを発達させ、マスメディアとは違ったソーシャルメディアを作り、空間そのものをメディアに変えつつある。鑑賞するものから、身体で体感できるメディアへと変わりつつある。
オリンピックも基本的には鑑賞モデルだけれど、21世紀に入って20年後に開催される東京オリンピックこそ、鑑賞型モデルから、参加したり、体感するオリンピックになったら面白いんじゃないかというのが、今回のプランですね。
宇野 猪子さんの提示する特別な誰かだけではなく皆が楽しめる「参加型」案には、これからの社会に対する強いメッセージが込められていると思う。
そもそも人が、ただ見ているものに感情移入をするために、物語は利用されてきたわけです。最初は「絵が動いている」だけで面白かった映画が、次第に物語がないと面白く感じられなくなっていった。ただ、現代はむしろこの物語のせいで僕らは物事に乗っかれなくなっている。物語はその中で描かれている価値観に乗れなければ、どうやってもハマれない。物語はある者を引きつけるかわりに、ある者を排除するものだから。オリンピックも同じ経路をたどっていて、今、物語があるからこそ、僕らは乗れなくなっているように思うんです。「日本人として」とか「感動をありがとう」的なスポーツジャーナリズムや、五輪誘致の際の広報宣伝には、都市部の若い学生やホワイトカラーを中心に反発が大きい。猪子さんのプランは、ここをついたもので、アスリートや選手団、あるいは国家が主役の物語に観客を物語の力でハマらせる鑑賞型から、体験型として情報技術を駆使して観客に直接参加させるわけですよね。このほうが多様な人間が自分の価値観を保持したまま参加できる。
乙武 1964年の東京オリンピック開催が決まった頃って、おそらく、「新幹線っていう速いのが通るらしいよ」「テレビに色がつくらしいよ」みたいな、ワクワク感があったと思うんです。そのワクワク感も、気づいたら日常になって、僕らの生活をより便利なものにしてくれている。猪子さんのプランに僕らはワクワクし、そして5年後、その技術は手の届く範囲のものになって、10年後には、当たり前になっていく……そんなイメージが浮かびますね。
宇野 1964年のオリンピックは、終戦から20年が経ち、復興の象徴であると同時に、そこに合わせて社会インフラが大きく整備されていく契機になった。都市交通や団地の整備といった住宅環境に、カラーテレビの普及などメディアもそうです。戦後の社会生活の基本モデルが1964年から1970年代にかけて整備されていったのだとすると、2020年のオリンピックもこの先半世紀の日本社会の青写真を示すオリンピックになるはずです。
その意味でも、猪子さんの提示した開会式というのは、日本がこれから国際社会でどんなキャラで売っていくのか、というのを見せる場となるし、湾岸の開発は、この先の新しい生活のデジタル社会、情報社会での新しいライフスタイルのショウルームのようになっていくでしょうね。
「パラリンピック」は不要!?
乙武 日本という国がどういう国なのか、どんなところを目指しているのかというのは、パラリンピックのやり方でも見せていけると思っています。
僕はそもそも、パラリンピックはなくなればいいと考えていて、それはもちろん障害のあるアスリートが活躍できる場を奪うということではなく、オリンピックとパラリンピックを統合して、ひとつの大会にできたらいいなという意味です。もともと、オリンピックとパラリンピックは成り立ちが違いますから、別々の大会として行われてきたという経緯は仕方がない。でも、近年のパラリンピックの注目度や規模などを考えていくと、そろそろ、同じ土壌でやってもいいのではないのかと。
柔道やレスリングに階級があるように、同じ競技でも性別で分けられているように、例えば、同じ100m走でも、ウサイン・ボルトが出るような健常男子の部があり、視覚障害の部、車椅子の部、義足の部と分けるようなかたちで、ひとつの大会に統合することは論理的には可能です。
宇野 20世紀までの人間社会って、自由だ平等だと言っておきながら、究極的には五体満足かつ、ある種、知的にも訓練をうけた成人の、それも男性を前提にしか設計されてこなかったというのが問題になっている。それが露呈するのがオリンピックです。
乙武 もちろん、僕も夢想主義者ではないので、オリンピックとパラリンピックの統合開催が5年後に実現できるとはさすがに思っていません。現実的なところとしては、ひとつかふたつの競技だけでも、象徴的に合同開催ができないかなと考えています。
例えば、東京マラソン。あれって、健常者が走るマラソンと車椅子マラソンが同じ日に開催されているんですよ。つまり、健常者のマラソンと車椅子のマラソンを同時開催することについて、東京は実績がある。オリンピック終了後・パラリンピック開催前に、オリンピックのマラソン競技とパラリンピックのマラソン競技を同時開催するというのは、かなり現実的な提案ではないかと思っています。
パラリンピックという名前の由来は諸説あるんですが、有力なのはパラレル、つまり、平行が語源だという説です。オリンピックと平行してやりましょうねという意味もあるらしいんですが、言い換えると、いつまでたっても交わらないということ。それはあまりに寂しい。ゆくゆく交わらせるには、少しでも角度を変える必要があり、それをやったのは東京だったよね、と言われたいですね。
宇野 パラリンピックというものをオリンピックにとりこむことにより、人間として生を受けた全員の権利を僕たちは全力で守ります、という宣言になる。
乙武 日本だけでなく世界的に、男性/女性、若者/高齢者、健常者/障害者といったふうに、カテゴライズをすることで、社会は効率的に運営されてきました。でも、ここ数年、ボーダーレスになりつつある。健常者と障害者が一緒に楽しめるユニバーサルスポーツも広がり、海外では、車椅子バスケに健常者が参加できる国もありますし、視覚障害者が鈴が入ったボールで行う「ブラインドサッカー」に健常者がアイマスクをしてプレイするということも最近、見かけるようになりました。
ユニバーサルなルールで、障害の有無関係なくやれるというスポーツ文化になっていくのが僕の理想だし、そのスタート地点が日本だったよね、と振り返ってもらえるようになったら素敵だと思います。
宇野 いかに今までの社会が「人間というのは全部同じなんだ」ということを前提に、社会のルールもゲームのルールも作られてきたかということだと思います。でも、これからは違う。すべての人間を包摂していくためには、何か障害を持っている人だろうが、健常者だろうが、すべての人間は同じじゃない、ということを前提とした上で、フェアな競争はあり得るのか、あり得るとしたらどんなゲーム設計が可能なのかということが突きつけられていくはずです。健常者と障害者が一緒にプレイするスポーツができるということは、イコール、いかに平等な競争が可能なのか?という21世紀の社会のもっとも大きな課題、そのもののような気がします。
凋落していく日本をいかに逆転させるか
猪子 そもそも僕、日本がダサいって思われるのが死ぬほど嫌なんだよね。皆、心のどこかで思っていると思うんだけど、日本が終わってるとか、未来がないとか、ホント言われたくない。でも、この前、タイに行ったとき、現地の子に日本について何言われたかっていうと「PAST」の一言なんだよ。
宇野 もはや、日本は過去のものだと。
猪子 そう。実は、2013年、チームラボがシンガポール・ビエンナーレに招聘されたときも、似たようなことがあって。そもそもはその前にやったシンガポールでの展覧会が評価されてメインのアーティストとして呼ばれたんですよ。それが、途中で一回、外されたんです。ここからは、半分憶測ですが、途中で中心人物が変わったんだけど、「この先、政治的にも経済的にも日本は必要ない。日本よりASEANとの関係強化のほうが、はるかにシンガポールの未来にとって重要だ」みたいな判断が少なくともあったんじゃないかなあと。最終的には若手のチーフキュレーターが、シンガポール・ビエンナーレの世界のポジションが上がることに賭けたいって、辞表を出してまでチームラボをつっこんでくれたんだけど。つまり、日本の相対的な価値はそれほど下がってるんだよね。皆の想像を絶して、日本の世界での相対的な重要度は劣化してる。
自分自身のことを思っても、2000年前後は、日本人というだけで、世界中でモテた。まあ、僕が老化してモテなくなった原因を、日本の地位低下に責任転嫁しているという噂もあるんだけど(笑)。
宇野 えー、猪子さんにも、日本がダサいと思われたら嫌っていう気持ちがあるんだね。
乙武 僕も意外でした。猪子さんは、自分の才能でもって、自分の納得のいく作品ができれば、その舞台はどこであるとか、そういうことはあまり気にしないタイプだと思ってました。
猪子 めちゃくちゃ、ありますよ。僕、自立した個人みたいなものが単独で存在するっていうのは嘘だと思っていて、すべては関係性のもとに成り立っているって考えているんだよね。クリエイティビティも個ではなく、自分が生きている場所、育った場所の文化の豊かさの上に成り立つ。自分が自分で立っているなんていう人は、自分のクリエイションを成り立たせる構造への感度が極端に低いだけですよ。
宇野 僕自身は、日本がかっこいいと思われたいという気持ちはないんだけど、この先、40年、50年の人生があるとして、この2020年というタイミングで何かしないと……耕してきた畑に今、手を入れないと向こう何十年、作物が実らない、ものすごくつまらない未来が待っている気がするんですよね。
乙武 僕は、おふたりの思い、それぞれあります。猪子さんが言った、日本がダサいと思われたくないという部分に共感できるのは、僕は多様性というのをメッセージにして、『五体不満足』以来、かれこれ16年間活動してきて、オリンピックで日本が世界から注目を集めたとき、「日本って多様性のない国なんだね」って思われたくない。そのために、どんなオリンピック、パラリンピックにしなくてはならないのかっていうのは、すごく考えています。
一方、宇野さんと同じように、2020年「後」の日本をどうしていくのかと考えたときに、ある程度、ここで楔を打ち込んでおかないと、結果2020年「後」も何もできずに終わっていくんだなという不安を抱いています。だからこそ、ここでどれだけ楔を打ち込んでおけるのかというのはすごく大事だなっていう、そのふたつの気持ちが僕のオリンピックへのモチベーションですね。
2020年に展望する東京の都市像
宇野 日本がどう逆転していくかというときに、文化戦略をちゃんとやるのは当然のこととして、僕は「課題解決先進国」としてやっていくしかないと思うんです。日本の課題ってバブルの前後くらいから顕在化したもので、それをなんとかしようと、10年20年やってきた。けれど、行革だけで力つき、その行革すらもうまくいっていない。その象徴が東京の湾岸エリアなわけです。現在の湾岸って、だだっぴろい野原に、ポツンポツンと中途半端な近未来センスの建物が建っているというお寒い状況で、あれは、まさに今の日本そのものの姿だと言える。
だとしたら、象徴的な意味も込め、あそこに新しい社会モデルを作り、「20年かけて解決できなかったことを5年でやっちまったよ、課題解決しやがったよ、日本、ヤベエ!」みたいな、逆転のストーリーを提示する以外、勝つストーリーはないと思うんです。日本がこの20年、グダグダだったことは周知のことで、それをゼロにはできない。「いまだに日本は大丈夫」なんていう物語では絶対に勝てないので、この20年の負けを全部認めたうえで、これからの5年で大逆転していくしか、僕はないと思う。
乙武 例えば、東京を特区にして同性婚をOKにするとか、制度でも日本のずっと進んでこなかった時計の針をこの地域ではキチンと進めて、世界時間に合わせたよ、っていうのが示せるといいですよね。
宇野 オリンピックを、日本人のライフスタイルを総合的にデザインできる機会として活用したいんですよね。「Bパート:東京ブループリント」(編註:『PLANETS vol.9』所収の都市開発の提案パート)で詳述していますが、湾岸を特区として、モデル都市にしていく。あの地域にこれからの日本人の雛形を提示し、そこに課題根絶のためのプランを詰め込むという提案も、そのひとつです。
乙武 僕はインフラ、都市計画よりも制度とかをキチンとしておくことで、おお、日本もようやくここまできたかと思わせたいなという気持ちが強いかな。猪子さんが言うように、日本はダサくなったと思われているのかもしれない。とはいえ、いろんなポイントごとに評価したときに、それなりにいい都市ではあると思うんです。ただし、多様性というところだけ極端に劣っている。そこをなんとか引き上げた上でビジョンの提示をしたいなと思っています。
宇野 1964年はインフラ整備オリンピックで東海道新幹線がいちばんの花だった。2020年の花というのは、目に見えるものではなくて、目に見えないものであろうという話ですね。
猪子 2020年のオリンピックでは、東京という都市がはたして本当にグローバルシティなのかということを問われると思うんだよね。少なくとも現状では、僕は疑問。例えば、たばこのポイ捨てをしたとする。それに対して、今の日本人は「コラッ!」って怒るよね。それは、確かに正しいのかもしれない。けれど、ルールを増やし、その高度なルールをこなせる教養を持った人が完璧にこなしているのが素晴らしい社会、みたいな像が日本には根本的にあって、それは間違ってるんじゃないかと思うんだ。
例えば、香港やシンガポールって、パブリックな建物の屋内は禁煙で、外はOK。すごくシンプル。で、ゴミ箱や灰皿は5mおきにある。それほどやたらに灰皿やゴミ箱があると、ルールを知らなくても、アフォーダンス的にゴミはゴミ箱へ、吸い殻は灰皿へ捨てちゃう。そういう設計になっているんです。
2020年、外国人がたくさんやって来る。そのとき、当たり前だけど、海外の人は日本の細かい高度なルールを守れない。だいたい今いる場所が何区かなんて僕すらわからないし。それに対して「外国人はマナーが悪い!」っていう勘違いな批判をする日本人が増え、外国人は「日本人は外国人が嫌いな排他的な国だ」と思う。このままだと、外国人は日本を嫌いになり、日本人は外国人をより嫌いになる悪循環のきっかけになる気がするんだよね。それを防ぐためにも、制度のデザインをすごく直感的でシンプルに、ルールがわからなくても迷惑をかけない社会に設計することは必要だと思う。
乙武 つまり、アップル的なつくりにしていくべき、ということですよね。確かに日本はウィンドウズ的というか、論理的に順序立てていかないと答えに辿り着かないシステムになっている。日本にはほぼ日本人が住んできたから、いまだに日本人がわかれば成り立つというシステムに立脚していますからね。
猪子 ルールがあまりにも複雑で、全部遂行することが高度になっているから、ルールが守れることがかっこいいと見なされる。そうではなくて、ルールを減らし、多言語ではなく非言語を用いたデザイン、アフォーダンスの概念だったり、ITの技術だったりで、シンプルな町になったらいいなと。
「ひとつにならなくていい」社会像を目指して
宇野 日本人って、多様なものを包摂しようと思うと、無理やりひとつにまとめることを考えてしまいがちですよね。だからどうやって外国人に自国のルールを教えるのかという発想になってしまう。でも、もうその発想は捨てるべきでしょうね。近代オリンピックがある時期まで国家統合のために利用されてきたことは間違いない。今でも、開催国によってはその側面は否めない。しかし、2020年、東京での2度目のオリンピックに求められるのは、むしろバラバラのものが、バラバラのままひとつのイベントに参加して大規模が実現するモデルの提示だと思うんです。それはメディアの問題でもあって、1984年のロス以降のテレビ中継のためのオリンピックというかたちでは無理で、やはり猪子さんの提案するようにインターネット時代のモデルをつくるしかないと思う。テレビは人々の関心を一点にまとめるタイプのメディアだから。
猪子 オリンピックの可能性って、いっぱいあるんだよね。その大前提として、せっかく東京でやるのだから、日本国中、世界中からいろんな人に来てもらって、「めちゃめちゃ楽しかった!」って帰ってもらえたらいいなというのはあるかな。
宇野 「Cパート:2020年の夏休み」(編註:『PLANETS vol.9』所収のサブカル文化祭の提案パート)で提示しているコンセプトもそれなんです。オリンピックを口実にサブカルのイベントがあったら、体育祭に興味のないオタクも盛り上がるでしょ、という話で。陸上マニアのお父さんが筋肉ムキムキの選手を競技場で見ている間に、全然、スポーツに興味のない娘さんは原宿でカワイイファッションを見てくればいい。これって、何でもないことのようなんだけれど、かなり重要なことで。ひとつのイベントで皆が、同じ夢を見なくてもいい。大きくはひとつのイベントだけれど、そこでバラバラの夢を見ていいというのは、単にオリンピックのモデルだけではなく、社会モデルの提示につながっていく。
猪子 オリンピックをきっかけに、社会のモデルを変えていこうと。
宇野 いまさら「感動をありがとう」なんて同じ物語に染まらなくても、この国では別にどこかの地方が独立しようとしたりはしないし、暴動が起きたりもしない。昔はみんなが同じ夢を見たりしないと、たぶん、社会の規範と規模の両方が維持されなかった。でも今は、社会は成熟し、教育も資本主義のシステムも行き届いているので、規範は放っといても維持される。あとは、規模を維持すればいいだけで、規模を維持する方法というのは、むしろ、僕はまとめない方向だと思うんです。
バラバラのままつながっているほうが、規模を維持できる。そういったビジョンを提示するためのオリンピックがいいと思う。オリンピックの楽しみ方はひとつではありません。「がんばれニッポン」でひとつになるとかではなくて、ある人は文化祭を楽しんでもいいし、カジノで遊んでもいい。
猪子 ひとつに集中するのではなく、多様で多層的なものが寛容的に受け入れられる社会っていうのは、自由だよね。あとね、日本の「おもてなし」が素晴らしいっていう幻想を捨てるべき。さっきの話にもつながるけど、日本って、多様性を受け入れず、「国民にとっての普通」というのが無意識に規定されていて、それが「人間にとって普通」みたいな意識が強い。同性愛に対してもそうだし、サービス面でもそう。だから、その「普通」を守る人はもてなされるかもしれないけれど、ちょっとでもそこから外れると、一気に「おもてなし」はゼロになり、ひどい仕打ちを受けることになる。
乙武 僕が「おもてなし」でいちばん怖いなと思う誤解は、「何かをしてあげること」だと思っているところですね。猪子さんの話にも通じますが、相手のあり方を受け入れることこそが僕は「おもてなし」だと思う。「おもてなし」をウリにしている割には、日本ではその点が著しく欠けている気がします。
宇野 「おもてなし」がローカル・ルールの強要になっているからね。
猪子 例えば、日本のホテルでは食事の選択肢もない。海外だといろんな思想の人がいることが前提だから、まあまあ対応できるんだけど。
乙武 ベジタリアンメニューやイスラム食であるハラールを用意しているところもほとんどないですしね。「これを食べてください」という押しつけが「おもてなし」ではなくて、「あなたが望むなら、こういうのも用意しておきますよ」というのが本当の「おもてなし」だと思うんですよね。ただ、オリンピック・パラリンピックの開催期間中、都内のレストランはすべてベジタリアンメニューを用意しなくてはいけない、というようなルールを作るのも違いますよね。どうしたら、そうした選択肢を増やす方向に向かえるのか、と議論する方向にもっていきたい。
どんなオリンピック・パラリンピックになるのか、あるいは、成功するかどうかよりも重要なのは、それらを通して、その後の日本がどう変わっていくかですよね。それはつまり、その後の文化だけではなく、超高齢化少子化日本社会をどうグランドデザインしていくのか、それを誰がイニシアチブを握って描いていくのかというのにも関わってくる。
なんだ、若いヤツやれるんじゃん! っていう印象を少しでも与えられれば、その後の社会のグランドデザインにも、僕ら世代がガンガンかかわっていける。かかわっていけるどころか、主導権を握っていけるかもしれない。今回、若い世代が何もかかわることなく、ただ上の世代がやっているのを指をくわえて見ているだけだと、2020年後もまだまだ僕らにお鉢がまわってくるのに時間がかかるという状況になってしまう。
宇野 2020年ってゴールではなくて、スタートなんですよ。今、日本っていうのは、いい時代は過ぎて後は黄昏を迎えていくだけで、文化文政時代のような爛熟を楽しもうと思っている昭和の日本人と、俺たちの人生長いんだから、新しい日本をつくってもっといきいきと生きていこうという21世紀の日本人とが分断されている。2020年の東京オリンピックで、僕たちは自分たちの社会の主導権をとれるのかどうか、そういうゲームでもあるんです。
[了]
この記事は、2015年に刊行された『PLANETSvol.9』の記事を再掲したものです。鈴木靖子が構成し、あらためて2020年4月30日に公開しました。
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『PLANETS vol.9』には、今回の特別企画で紹介する「Aパート(Alternatives編):オルタナティブ・オリンピック/パラリンピック・プロジェクト」以外にも、都市開発というアプローチから東京の解体・再編を試みる試案「Bパート(Blueprint編):東京ブループリント」や、文化系でもカルチャーで勝手に盛り上がる「Cパート(Cultural Festival編):裏五輪=サブカル文化祭」、そしてテロリズム側の視点から改めて国家プロジェクトの危機管理を再考するセキュリティ・シミュレーション「Dパート(Destruction編):オリンピック破壊計画」など、様々な角度から2020年の東京オリンピックのオルタナティブを試みたビッグプロジェクトが記されています。気になった方はぜひ読んでみてください。