「中東で一番有名な日本人」こと鷹鳥屋明さんが等身大の中東の姿を描き出す本連載。今回は「王立! 湾岸アラブ高校」の続編です。2021年1月、2017年6月からおよそ3年半にわたったカタールと周辺諸国との国交断絶が終了しましたが、前回に引き続き、断交をめぐる顛末を「中東で一番有名な日本人」こと鷹鳥屋さんがわかりやすく解説。湾岸アラブ諸国を高校に喩えて、彼らがいったい何にモメていたのか、ユーモアたっぷりに振り返ります。
「中東で一番有名な日本人」のこれまでの連載記事は、こちらにまとまっています。よかったら、読んでみてください。
端的に言うとね。
第3回では湾岸アラブの状況をわかりやすく説明するためにアラブ諸国を高校に喩えてみましたが、その後の顛末についても、前回に引きつづきさっぱりと単純化したストーリーで湾岸アラブの近況をお届けできればと思います。
たとえ話で言うならば、、、(前回の復習)
とある王立湾岸アラブ高校にサウジアラビアとカタールとバーレーンとUAE(アラブ首長国連邦)がいました。彼らは同じ学校のメンバーとして仲良くしていましたが、最近カタールが他校のイランやムスリム同胞団などとこっそりと、時には堂々と遊んでいる姿が目についているのをほかのメンバーは許せませんでした。それに対してUAEとサウジアラビアは
サウジ・UAE「お前とは絶交だわ(国交断絶)。もう同じ飯も食べねえし(貿易停止)、同じ場所で一緒に遊ばねえ!(領空飛行禁止)」
……と強気に出ました。カタールに対する兵糧攻めとも言えます。それに対して近くにあった他校の、しかも湾岸アラブ高校のライバルであるイランやトルコが
イラン・トルコ「おいおい、カタールかわいそうだな、まかせろ! うちの畑で獲れた飯を食わせてやるぜ!(生鮮食品、乳製品などの緊急輸入)」
と支援を申し出たことでカタールの台所事情が落ち着き、
カタール「俺、周りの友人にハブられても、この湾岸でひとりツッパリますけん!」
と、カタールは心に誓うようになった、という状況が前回までになります。
断交後の王立湾岸アラブ高校
断交からおよそ10ヶ月以上が過ぎましたが、それまでの間の湾岸アラブ高校の状況はと言いますと、
カタール「どんな状況でもカタール国内はまとまるぜ! カタールはひとおおおつ!!」
カタール舎弟「いえええい! 親分ばんざーーーーーーい!!」
断交による様々な弊害を受けた後でもカタールは内部崩壊することなく、トップのタミーム首長の元、国家運営はしっかりと行われていました。
しかし、断交の影響はなんだかんだ言って生活に影響が出ています。カタールが元々弱かった産業分野、一例をあげますと、それまで乳製品についてはその多くをサウジアラビア産やUAE産などで賄っていましたが、断交後は一切輸入できなくなったため、その多くをトルコやクウェートなどから輸入していました。とは言っても今まで陸路で輸入していたものをガンガン空輸しているのです。(もちろんのちに海運もしていますが)いくらトルコの乳製品が安いと言っても輸送コストがかかる分、今までよりも価格が引き上がっていると言えます。
カタール舎弟「親分! 俺たちの牛乳がトルコ高校から来るのはありがたいのですが育ち盛りの我々には分量が足りないっス!」
カタール「そうかー、うーん、牛乳ねえ。どうしたものか。……あ! そうか! じゃあ乳牛を飛ばせばいいのか!!」
牛乳が足りないならば乳牛を集めればいいじゃないか、とカタールは『空飛ぶ乳牛大作戦』を開始しました。カタール航空のカーゴでヨーロッパなどから数千頭ずつ乳牛を確保して牛乳や乳製品の自国ブランドを強化、育成へと一気に舵を切ることになりました。
このように断交したことによって、かえってカタールは一丸となり、政府の支援のもと、内需産業が急激に強化され、「カタール産を使おう!」と言う名目の下に国産品の展開が着々と進みました。元々カタールでは各種製品の国産化の動きは進んでいましたが、今回の事件で、それが大規模かつ前倒しされたと言えます。
オンライン、オフラインの争いの数々
兵糧攻めでカタールが根をあげるかと思っていたUAEとサウジアラビアは、当然面白くありません。
UAE「思ったよりもダメージがないどころか国内需要育成が進んでいるだけだね」
サウジアラビア「ふふふ、安心しろ、カタールのお家問題から攻めてみよう、UAEにちょうど良い人がいるじゃないか」
サウジアラビア「さぁカタールのみんなー! 聞いてくれ!! お前たちの親分は実は正統な親分ではない!! もっとふさわしい人物がいるとは思わないか?」
カタール舎弟『な! なんだってーーー!!』
サウジアラビアがカタールのみんなに紹介したのは、今から4代前のカタール首長の息子(9男)のアブドッラー・ビン・アリ・アルサーニ殿下でした。
Tableau King Salman receives Sheikh Abdullah bin Ali Al-Thani(18 Aug 2017)
カタール舎弟「え、、、(誰だっけ?)」
サウジアラビアやUAEが、現カタールのトップよりも少し遠縁の人物を突如推してきました。アブドッラー殿下はちょうどUAEで隠遁生活をしていたのですが今回の事変に合わせて急に担ぎ出されたようなものだったそうです。
これに対してカタールはほとんど無視を決め込み、現在のタミーム首長殿下の元で
カタール舎弟「外野が何か言っているが俺たちの団結は揺るがないぜ!!」
と、ほとんどノーダメージどころか、かえって団結が強まりました。
ちなみにこのアブドッラー・ビン・アリ・アルサーニ殿下は、この湾岸アラブ間の騒動に巻き込まれて疲労したのか、最終的にサウジアラビアからUAE、クウェートとたらい回しにされて病院送りになったそうです。(参考: Al Jazeera Qatari Sheikh Abdullah hospitalised in Kuwait(17 Jan 2018))
お家騒動の問題以外にも色々な争いが表面化しております。
ある日突然UAEが
UAE「うちのナワバリでなんかカタール戦闘機が民間機を邪魔してくるのだけどなんなのー?」
と触れ回りました。(参考:AFPBB News UAE、カタール軍戦闘機が民間機を「妨害」と非難)
UAEの航空当局が「複数のカタール戦闘機がバーレーンに向かっていたUAE民間機を妨害した」と発表。ですが、どの航空会社が妨害されたのか、については明らかになっておらず、カタールの外務省報道官はそんな事実はないと発表。真実は闇の中となりました。
場所は変わってアブダビにあるルーブル美術館の分館でのお話。
カタール「……おたくのご自慢のルーブル美術館の展示にある地図でうちの国なくなっているのですが?」
UAE「あっれー、そうですね。すいませーん、展示変えておきますねー(棒読み)」
カタール「ムカッ!」
この展示は差し替えられましたが、このような有形の争いだけではなくメディア界隈やSNS界隈でも断交した国々の間で数多くの舌戦が繰り広げられていました。
このような流れの中でカタールも負けじと断交国以外との関係を深めています。そして、その様子を遠くから見ていた人権と平和を愛するはずのヨーロッパの方々は動きを開始しました。
武器を売り込む西欧諸国
フランス高校「おー、カタールさん、お久しぶりです!」
カタール「どうもどうも」
フランス高校「最近、カタールさんはアメリカと仲良しなのはいいですが、アメリカもなんだかんだサウジアラビアやUAEと仲がいいですもんね」
カタール「そうだねー、この前もアメリカとサウジアラビアは数兆円規模の武器購入で合意していたから。うちもアメリカの中東最大の空軍基地あるはずなんだけど」
フランス高校「いやー、何にせよ物騒ですよね〜。そこでどうです? 2年前にお納めする予定でした我が高校自慢の釘バット『疾風』、追加注文とかいかがでしょう?」
カタール「よし、買ったー!!」
フランス高校「毎度ありがとうございます! 12本(機)入りまーす!」
フランス高校の売り込みだけではなく英国高校もカタールにアプローチをかけてきました。
英国高校「カタールさん、最近大変ですねぇ。お聞きしましたよ。なんかフランスから良い釘バット(ラファール)を12本買ったそうじゃないですかー!」
カタール「そうですねえ、自国を守るのには軍備の強化は必須だからねぇ」
英国高校「そこで、どうです? うちの自慢の最新の鉄パイプ『台風』!!」
英国高校「これがあれば2022年W杯のイベントの警備もしっかりできますよ!(ボソッ)」
カタール「!!」
英国高校「今ならうちの高校から人員派遣して鉄パイプ・トレーニング講座(操縦トレーニング含み)もやりますよ(ボソッ)」
カタール「よし! 24本(機)、80億ドルで買ったー!」
英国高校「毎度ありがとうございまああああす!」
(参考: Al Jazeera Qatar signs $8bn Typhoon fighter jet deal with the UK (11 Dec 2017) )
中東で活発化する兵器産業と今後
このように、断交騒ぎに合わせて西欧兵器産業の動きが中東で活発化しているのがわかります。
そしてその動きが特に顕著に現れたイベントが2018年3月に行われました。DIMDEX (Doha International Maritime Defense Exhibition & Conference:ドーハ国際海事防衛展示会)、というイベントです。
こちらのイベントは、国際武器見本市みたいなもので、毎年ドーハで開催されています。このDIMDEXでは世界的な兵器産業が展示会を行い、毎年来場者数が増えて約5万人近くの来場者数を誇る大型のイベントです。
そんな中、断交後の今年、特に目立ったのがトルコ高校とカタールの蜜月関係と言えます。
トルコ高校「最近いろいろ調達しているようだね」
カタール「おお、トルコさん! DIMDEXへようこそ!」
トルコ「乳製品だけではなく、ぜひうちのいい武器もガンガン買ってくれないか? ほら! 哨戒艇! ドローン! 無人装甲車両! これから何かと物入りだろう?」
カタール「おお、人的リソースが少ない我が国に無人機系はありがたい! 買わせてください!」
トルコ「ありがとう! あ、今度4月にある空軍の軍事演習手伝いますね!」
と、陸海空の様々な大型の武器購入契約がたくさん決まりました。近年トルコは軍需産業を強化しており、特に中東諸国への輸出を強化しています。そしてカタールにはトルコ軍の基地もあることから、今回の契約はソフトウェアの部分だけでなくハードウェアの部分においても両国の関係強化へと繋がりました。
このDIMDEXの運営企業の中にあるバルザン・ホールディングス(以下、バルザン社)に筆者の友人のハマド氏が経営メンバーとして参画していたので、今後のカタールの動きについて聞いてみました。
鷹鳥屋「バルザン社の目的について教えてください」
ハマド氏「弊社はカタールの兵器産業強化、防衛力強化のための研究開発、投資、調達など幅広く行う会社です。同時にDIMDEXの戦略的パートナー企業としての立場からDIMDEXの見本市を世界一の武器見本市にするべく努力しています」
鷹鳥屋「なるほど、バルザン社の今後の目標について教えてください」
ハマド氏「今後弊社はDIMDEXを通じたカタール防衛省へのゲートウェイになると同時に、カタール国家ビジョン2030年に沿った兵器産業の底上げを行なっていきたいと考えています」
鷹鳥屋「国内の兵器産業の底上げというとどんなことでしょうか?」
ハマド氏「カタールは武器のほとんどを国外から調達しています。これはカタールだけではなく湾岸アラブ諸国ほとんどがそうです。その中でカタールは今後のことを見据えて兵器の国産化を進めていきたいと考えています。すでにいくつかの小火器についてはカタール国内でのライセンス契約が進み、国内で生産を進めるべく動いております」
このように静かに武器調達が進む中、2018年4月上旬に、サウジアラビアでなかなか激しい計画に関するニュースが報道されました。
サウジアラビアとカタールは双方の国境を陸路で接しており、カタールが半島国家として形成されています。そこでサウジアラビアとUAEの民間企業が立ち上げた計画が、全長60キロメートル近くある国境沿いに幅200メートルの運河を建設し、カタールを半島から島国にしよう、という内容でした。これは「サルワ運河計画」と呼ばれています。この計画のおまけとも言えるのが、この運河沿いにサウジアラビアの軍事基地を作るだけではなく、この運河側に核廃棄物処理場を作ろう、というなかなか激しい内容です。
このような計画が立ち上がって可否の議論が起きているだけでも双方間の感情があまり良くない方向に進んでいることがよくわかります。
兵糧攻めはあまり効果がなく、国を維持できているカタールに対するサウジアラビアやUAEの焦りとも考えられますが、この断交問題はまだまだ続くのか、砂漠の国での雪解けはいつになるのか、クウェートやオマーンが動いているのですが正直まだ出口が見えない状況と言えます。
[2021年1月追記]
2021年1月4日、クウェートの外相経由でサウジアラビアとカタール双方が国境封鎖を解除することを発表しました。詳しい顛末については、また別の回に解説していきたいと思います。(参考)
[了]
この記事は、PLANETSのメルマガで2018年5月2日に配信した同名連載をリニューアルしたものです。あらためて、2021年1月28日に公開しました。
これから更新する記事のお知らせをLINEで受け取りたい方はこちら。