人間の思考を「内面の表現」から解き放つ

猪子 今日は最初に、2020年8月からスタートした『フラワーズ ボミング ホーム』の話をするね。新型コロナウイルスによって世界中が分断されていく中、家に閉じこもっていなければならないときであっても、自分の存在が世界とつながっている実感のために、そして、世界がつながっていることを祝福するためにこのプロジェクトをはじめたんだ。 
 チームラボの展覧会では、来場者が紙に描いた花々が会場空間に群生して広がっていくという『フラワーズ ボミング』という作品を2018年から展示しているけど、これはそのシリーズを家でも体験できるように応用したもの。自分が紙に描いた花の写真を撮ったり、スマートフォンやPCで描いてアップロードすると、世界中の人々が描いた花々と一緒になって、YouTubeの中にリアルタイムに花々が生まれ咲き渡る。そして家のテレビをYouTubeにつなげると、家のテレビがそのアートになるんだよ。

宇野 これはこの連載の第1回で話した、意図せぬところや人々と肯定的につながっていく「ポジティブなテロリズム」みたいなパブリック・デジタルアートのコンセプトを、まずはステイホームの環境で具現化してみたということでいいのかな?

猪子 そうそう! まさに、あのときの構想を実現したんだ。やってみてどうだった?

宇野 実際にやってみる前は、チームラボの他の作品のように、自分が描いた花が画面の一部にちょこちょこっと出てくるだけかと思ってたんだよ。この話を最初にしたときも、そうした作品を想定していた。でも、実際やってみたら、びっくりした。自分が描いた花が、一瞬なんだけれど画面いっぱいにワーっと広がる。そしてそれを世界中の人たちが同時に目にする。自分のちょっとした行動が、世界中の人の目に留まる。これはびっくりするくらい気持ちがいい。

猪子 散っていく花びらが線を引き、また新しい抽象画ができるでしょ。花びらを何色かで塗ると、線画が複雑になって素敵な絵になるんだよ。

宇野 うん。それも想定していなかったから驚いたよ。だからもっと画面全体に広がることを考えて色を塗ればよかったと後悔した。この作品を最初にプレイしたときは、大体の人はただ単に自分が好きな色を花に塗ると思う。しかし、自分が塗った花が、画面全体に広がってもう一つの絵を生んでいくことを知った2回目以降は、他のプレイヤーの置いた花の色で作られた画面全体の配色を意識して色を置いていくという思考に切り替わる。要するに、1回目のプレイから2回目のプレイにかけて、自然と人間が他の人間との共創の楽しさを追求するようになっていく。

猪子 そうだね。さらに、他の人が描いた花々の中から、自分が描いた花に合う花々を自動で探してきて、自分の花と世界中の人々の花が一つの作品となって「Your Flower Art」としてダウンロードすることもできる。そうすることで、自分が世界とつながっているということをもっと祝福できたらなって。

宇野 それこそIMAXみたいな、壁一面のでかいスクリーンで観てみたいよね。なおかつ、屋外で観られたら最高だと思う。あと、作品を投稿したとき、ほかのユーザーの名前が、一覧でバーっと出てくるのもいいと思う。

猪子 そうだね。ニックネームと、描いた街が表示される。

宇野 僕が投稿する前には、ニューヨークや台北の人も投稿していたみたい。「いったいどんな人が描いているんだろう?」と考えちゃった。

上海と東京をつなぎ、さらにボーダレスに

猪子 家でのアートだけじゃなくて、少しずつ展覧会も再開しはじめているんだ。たとえば、上海で2019年の10月にオープンした「teamLab Borderless Shanghai」も、3月には再開している。

▲「teamLab Borderless Shanghai」

宇野 本当は3月に僕も見に行く予定だったのだけど……。お台場の「チームラボボーダレス」と比べると、どんな違いが?

猪子 いろんなものがアップデートされて、とにかく“ボーダレス”しまくっているよ。たとえば『反転無分別、境界を越えて描かれる』では、ディスプレイの中の書がはみ出て、階段や床を這っていき、花を散らしたり、穴を開けたり。挙げ句の果てに、それを追いかけていくと、階段の下の空間が占拠されたりね(笑)。

▲『反転無分別、境界を越えて描かれる』

宇野 そこまでエスカレートするとは、誰も思わないよね。

猪子 『Walk, Walk, Walk: 自由無碍』で歩いている人や動物も、通路の両面とか、とにかくどこでも歩く。

▲『Walk, Walk, Walk: 自由無碍』

 あと、『The Columns』『Moving Creates Vortices and Vortices Create Movement』ね。柱に流れる滝や、足元の渦は、鑑賞者の動きによって変化する。この滝は、真上にある『人々のための岩の丘に憑依する滝』から降り注いでいて、滝自体も他の作品の影響を受けるようになっているんだ。

▲『The Columns』

▲『Moving Creates Vortices and Vortices Create Movement』

▲『人々のための岩の丘に憑依する滝』

宇野 滝の下には、こうした柱が眠っていて、うごめいていると。

猪子 あと、『空間を越えて共有する巨石』はコンセプチュアルだと思う。モアレ模様の空間の中にある岩塊が、それごと外に出ちゃって、部屋が空っぽになっちゃう。

▲『空間を越えて共有する巨石』

宇野 まさかこの岩が動いて部屋を出ていってしまうなんて思わないだろうからね。残された人はどうすればいいの(笑)。

猪子 モアレだけの空間になるからね。
 この巨石は、廊下を通って壁の中に入り、東京・お台場のチームラボボーダレスの壁から出てくるんだ。触ると光って、その光ごと移動するようになっている。他の場所で誰かがこの岩に触ったら、こちら側にも光が流れ込んでくるんだ。

宇野 「共有する」といってもこれ、作った人以外、どうやってそれに気づいたらいいのかわからないね(笑)。世界のどこかで観ている人と作品を共有していることを、何らかのかたちで知らせることができたら、もっと面白くなるかもしれないね。

人工的な色や形ではなく、「光を曲げること」が異常をかたち作る

猪子 それから、この『Microcosmoses』は、宇野さんも来てくれた、2019年8月に金沢21世紀美術館で開催した「チームラボ 永遠の海に浮かぶ無常の花」の『光群落』をバージョンアップしたものだね。

▲『Microcosmoses』

 よりわけがわからない感じにしている。あまりにもわけがわからなさすぎて、来た人もどうしたらいいかわからなくなるみたい。

 この作品は大きく分けてモノと光で構成されているんだけど、モノはレールというわかりやすいルートがあって、光は物理的に近いものに移っていく。両方ともすごい単純なルールなんだけど、異なるルールが同居することによって、どこにフォーカスを当てたらいいのかわからなくなり、視線と焦点が定まらないまま観るという状態になる。

宇野 その空間を記述している論理が二つあって、その二つがどちらもデジタルアートというかたちで可視化されている。そしてそれらが重ね合わされているのだけど、調和していなくてずれている。そのことが人間の空間把握をかき乱すわけだ。

猪子 あと、観てほしいのが、「Light Sculpture – Line」シリーズ。『Birth』は、巨大な光の塊が襲ってくるんだよ。

宇野 すごい。これSF映画だと人間が吸い込まれて死んじゃうやつでしょ?

猪子 そうそう、よく映画や漫画にあるよね。死んだ後、異世界にワープする(笑)。

宇野 ワープホール感あるね。これは明らかに、通常の物理空間を超越しているように思ってしまう。

猪子 それから、『Ice Nucleus of Life, Nucleus of Life』もすごいでしょ? 光の核自体は、物理的に線を集合させて作った立体なんだけど、前半部分の「Ice Nucleus of Life」は氷の中の光の塊のように見える。

宇野 こうして錯覚させられると、人間の目が普段、世界の一部しか捉えていないことを痛感するね。だって、この光の核だって、すごく特別なことをやっているわけではなくて、このかたちに組み合わせると目というか、脳がバグってこう見えてしまうだけなわけでしょう?

猪子 うんうん。『Tunnel into the Void』もやばいでしょ? この空間に、本当に巨大な穴が開いているんだよ。

宇野 うん。世界の果てというか、ラスボスが出てきそうな感じだね。

▲『Birth』

▲『Ice Nucleus of Life, Nucleus of Life』

▲『Tunnel into the Void』

猪子 あと、『The Sculpture of Time Distortion in a Mirror』もめちゃくちゃ面白いと思う。ミラーに映っている作品だけ、なぜか時間軸がずれていく。

▲『The Sculpture of Time Distortion in a Mirror』

 『Chromatic Light Wall』という、カラフルですごい不思議な作品もある。たぶん人類が見たことのないような空間の中心に、グラデーションが現れる。

▲『Chromatic Light Wall』

宇野 画面を見ているだけでもうすでに気持ち悪いのだけど、なぜか延々と見ちゃうね。自然界に存在しない感じの光の曲がり方をしているだけで、まるで異世界に来たような気分になる。

猪子 光の線で空間に彫刻を作っていく中で、自然界では見られないような光の現象を作り出している。

宇野 日用品の中にも人工物はたくさんあるのに、まったく違和感を覚えない。でも、ここで見せてもらった作品は、人間の日常的な認識に異化効果をもたらす。人間の脳は自然界に存在しない色や形があることよりも、光が曲がることのほうを異常なこととして認識するわけだね。

猪子 光は絶対直線だもんね。

手触り感のある世界から、アンコントローラブルな世界へ

猪子 もともと開催していた展覧会を再開しただけじゃなく、2020年9月には新しく韓国で「teamLab: LIFE」という大きな展覧会も始まったんだ。2011年に台北で開催した「チームラボ『生きる』展」のように、生きることを肯定するコンセプトにしたかった。ザハ・ハディド設計の東大門デザインプラザで開催しているんだけど、けっこう話題になっていて、韓国のスーパースターもたくさん来てくれている。

 まず見せたいのが、『Black Waves: Immersive Mass』。動画だと少しわかりづらいんだけど、入った瞬間は、部屋の真ん中に大きな塊があるように見えて、その塊の外側を歩いているように感じる。でも、そのまま歩くと波は塊の内側に向かいながら、いつのまにか塊の外側に戻ってくる。外部だと思っていたものが、実は完全にひとつながりで、はじめから内部だったというわけ。

▲『Black Waves: Immersive Mass』

宇野 メビウスの輪のように外側をなぞっていると、いつの間にか内側に入っているわけだね。

猪子 そう。あと、これはどうかな。巨大な花が少しずつ生まれてきて、密度が上っていくうちに違うものに見えはじめる『増殖する無量の生命』。6分くらいかけて、花の数が数本から数万本まで増えていき、いつのまにか違う風景になる。で、最後は全滅して終わる。

▲『増殖する無量の生命』

宇野 最初に数本しか花がないときは鑑賞者の存在が作品に干渉して起きる変化が実感しやすいのだけれど、花の量が増えていくと自分の存在の干渉が作品全体の変化に飲み込まれていってしまうわけだね。自分が世界に影響を与えている実感がありありとわかる状態から、あらゆる鑑賞者の干渉を全部飲み込んで、誰にもアンコントローラブルになる状態への変化を、短い時間で体験できるんだね。

絵画のロジックを超えた「超主観空間」を実現

猪子 それと、さっきも触れた2011年の「チームラボ『生きる』展」で創った作品の新しいものがあって。『生命は生命の力で生きている』という作品なんだけど。これはチームラボのオフィスにあるディスプレイに実際の作品を映せるから、一緒に観てみようか。

▲『生命は生命の力で生きている』

宇野 花が背景の手前でくっきりと浮き出している。

猪子 境界面がどこかわからないでしょ? 僕らは2001年頃から、身体と作品の境界線がなくなるという「超主観空間」を提唱し続けてきたんだけど、なかなか理解されなかった。最近ようやく、テクノロジーが発展したおかげで作品の解像度が上がり、ついにそれが証明できたというわけ。

宇野 たしかに、最初に猪子さんから超主観空間の理論について聞いたとき、「そう見ることもできる」といった見立ての話だと思っていた人は多い。でも、そうではないことが解像度が上がることで、誰もが直感的に解るようになった。超主観空間とは文脈的な見立てではなく、テクノロジーによる原理的な脳と視覚のハックであることを証明したわけだ。つまり、文脈のアートではなく、原理のアートだったということだね。

 そう考えると、さっき見せてくれた『Black Waves: Immersive Mass』も、猪子さんがずっと語ってきた「身体と作品の境界線をかく乱する」というアイデアが、実体験として表れたものとして捉えられる。

猪子 そう、視覚の認知の仕方が、原理的に違う。これまでは遠近法的なパースがすべてだと思われていたけど、それだとフォーカスを当てられる範囲が限られてしまう。でも、境界がとても曖昧な超主観空間なら、どこにでもフォーカスを当てられて、なおかつそのフォーカスがどんどん変化していく。

宇野 人間は世界の中心が存在しないかたちで描かれたものを眼にしたとき、不気味さと心地よさを同時に感じるのだと、これを観ると実感するよ。

猪子 1時間ほどかけて、花の季節が移り変わっているんだよね。一点にフォーカスしているうちに、全体がちょっとずつ変わっていき、ふと視点を変えると、さっきとまったく違う風景になっている。

宇野 この作品は細部と全体で別の時間が流れていると思う。花々が一つひとつ咲いて、そして散って消えていくサイクルが反復されるミクロな領域に流れている時間と、作品全体の春夏秋冬の移り変わりのサイクルを表現しているマクロな領域の時間の複数の時間が流れている。これはデジタルアートならではのアプローチがすごく生きていると思う。自然界では木肌や岩肌といったテクスチャーが時間を記録していて、それはこれらのものが人間とは違うスケールの時間を生きていることを示している。人間が岩肌が発生していく過程をしっかり認識することはできない。この人間と自然との「ずれ」みたいなものをデジタルアートで表現するのは難しいのだけれど、この作品はその部分を、一つの作品に複数の時間を流すことによって表現しているように思えるんだ。

猪子 まさに、異なる時空が交差する空間というのは、すごく興味にあるテーマで、毎年夏から秋に「かみさまがすまう森」を開催している御船山楽園で、常設で開催している「チームラボ 廃墟と遺跡:淋汗茶の湯」のテーマでもあるんだ。

[了]

※この記事は小池真幸が構成をつとめ、2020年12月17日に公開しました。
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