「EN TEA」と「GEN GEN AN幻」

 前回は茶との出会いについてお話ししましたが、現在の僕たちは大きく分けて「EN TEA」と「GEN GEN AN幻」という二つのブランドを展開しています。
 簡単に言うと、茶そのものの製品開発と製造という「作る」ことに特化したマスターブランドがEN TEAだとすれば、茶を「伝える」ことに特化したのがGEN GEN AN幻だと考えてください。
 その最初のプロジェクト展開として、2017年に渋谷でGEN GEN AN幻という店舗の経営を開始しました。今回は、このGEN GEN AN幻のコンセプトを振り返りながら、僕たちが具体的にどんなふうに現代に茶を甦らせたいと考えているのかについて、お話しできればと思います。

▲渋谷・「GEN GEN AN幻」

「GEN GEN AN幻」は江戸時代のパンクからネオトーキョーを再定義する

 僕が茶の力を通じてやりたいことは、世界中にあたらしい喫茶店を作っていくことです。そのプロトタイプが、渋谷の宇田川町で展開している茶のスタンド「GEN GEN AN幻」です。

 「GEN GEN AN幻」という店名の由来は、抹茶が文化として成熟した後に、煎茶を提唱した第一人者であった売茶翁という禅僧であり茶人だった人物にちなんだものです。彼は当時、文化の中心地だった京都の辻で、世の中の有り様を否定した上で禅や茶について説いたことで、たくさんの人の支持を集めた人でした。その売茶翁が死んだ場所と伝えられているのが幻幻庵です。なので、もし21世紀に幻幻庵が続いていたら、というのが裏テーマです。

 ではなぜ、渋谷で始めたのか。それは文化と文化がぶつかりあい、胎動している場所でやる必要があると思ったからです。かつての渋谷にあった、いわゆるストリートカルチャーは一度廃れてしまいましたが、今またリバイバルしてきている気配があります。この動きを活かすことで、従来のカフェ文化へのアンチテーゼになると僕は考えています。

 たとえば、今のカフェ文化の象徴であるスターバックスは、同じものがどの国でもあるというのがステータスになっています。これはどちらかというと、Appleに近い発想だと思います。それに対して、ブルーボトルコーヒーなどのサードウェーブ系のカフェでは、店舗を作る時にその土地に合った建築家を選ぶなど、一個一個コンセプトがあります。僕はこれはとても正しいことだと思っていますが、どうしても頭のいい人たちがマーケティングした上でおしゃれにやっているという感じが鼻についてしまうわけです。

 だからこそ、もっと土着性のある、その国の人たちの勝手な解釈があった方が面白いと考えています。たとえばアムステルダムのイっちゃっている感じのお兄さんたちが、勝手に「すごいイケてる」って思って作った「どう見てもそれは非合法なお店じゃん」みたいな空間でもいい。それくらいのフュージョンがあったほうが面白い。

 そして今の時代は、かつてフィクションだったものが、あらゆる領域でノンフィクションになり始めています。たとえば、大友克洋の『AKIRA』はネオトーキョーが舞台で、2020年に東京でオリンピックがあるという設定でしたが、その時に「『AKIRA』に出てくるような連中が立ち寄る喫茶ってどんなものだろう」と考えたのが、GEN GEN AN幻のテーマの一つでもあります。

 僕の中のものづくりのプロセスは、自分が惹かれたものを自分なりに分析してできるだけ細切れにした後、それらをくっつけ合わせてカッコ良さそうな形に作り直すという行為です。そこからすると、江戸時代のパンクだった売茶翁の生き様は、まさに渋谷のハイブリッドカルチャーを通じて、ネオトーキョーを再定義するコンセプトになるのではないか。そう考えたのが、渋谷のGEN GEN AN幻なのです。

ワーク・アズ・ライフ時代の新しい喫茶文化をめざして

 GEN GEN AN幻がめざすのは、これまでの喫茶文化を、現代の条件に合わせてアップデートしていくことだと思っています。

 日本では「お茶しましょう」と言うと、だいたいスタバやドトールなどのお店へ飲み物を飲みにいくことを指します。これはお店がちょっとしたハレの場であることを表していますが、その「非日常」が行くところまで行き着くと「茶の湯」とか「茶道」になります。

 ですから、たとえば茶道を本当に現代版にアップデートしていくなら、電波と遮断してケータイやパソコンを触らなければならないようにしなければならない。

 喫茶という場合はそうではなく、「日常」と快適に接続できる状態を作りながら、会社よりも落ち着ける空間にしてあげる必要があります。そこからすると、今のカフェ文化は、まだ多くの人が落ち着ける、本当の意味での喫茶空間を作り出せていないのではないか、という思いが僕にはあります。

 そもそも喫茶とか茶を飲む行為というのは、日常の中にいて、ふと客観的に日常を眺める時間です。僕はこれを、鏡の中に入る行為に近いと思っています。もちろん、入り方や入ったときの風景は国や場所によっても異なります。

 現代は、働くことと生活が明確に線引されていますが、特にコロナ禍を経て、こうした境目は急速になくなってきています。つまり、従来のワーク・ライフ・バランスに基づく環境での「ちょっと一息お茶」というときに必要とされる茶と、遊ぶように働く、すなわちワーク・アズ・ライフの世界で飲みたいお茶は、大きく変わってくるのです。

 このような時代における喫茶は、ワークとライフをどれだけ快適に接続するかが重要なので、どこよりも落ち着く空間にしてあげる必要があります。

 もうひとつ面白いのが、日本では「お茶しましょう」というときにコーヒーを飲むことが含まれていて、コーヒーと茶という、本来は別々のものがひとつの軸の中に共存していると言えるでしょう。

 コーヒーと茶の違いはさまざまです。たとえばコーヒーには酸味や苦味があり、ひとつの世界を深堀りしていく趣味性があります。一方で茶は、緑茶から紅茶まで幅広い種類が存在しており、「横ブレ」のような面がある存在と言えるでしょう。これを感覚に置き換えると、コーヒーはアッパー系で、茶はどちらかと言うとダウナー系と言えると思います。単純化して言えば、これこそが「カフェ文化」と「喫茶文化」の違いではないかと思います。

 このダウナー系の極致というべきものが、昭和の日本が築いた独特の喫茶文化である純喫茶です。

 純喫茶では、人は大抵、競馬記事を読んだり、ラジオを聞いたり、本を読んだりします。それは自分を見つめなおす時間でもあります。お店の中にいながら、その外にある「何か」を意識しながら過ごしています。

 一方で、こういった時間を遮断するテーマパークがスターバックスやサードウェーブ系のカフェだと言えます。家では仕事がはかどらないので、生活空間を半分脱するために行く場所がカフェです。スタバに入って、その街のことを考えながら時間を過ごしている人はほとんどいません。これは、現在のカフェカルチャーが、それぞれの都市の文脈をキャンセルした空間に進化したということも意味しています。純喫茶はそうはなりません。むしろそれぞれの街の時間の堆積が染み付く空間になっていると言えるでしょう。

 純喫茶は時間的な蓄積の上に成り立つので、それっぽいものを作ろうとしても「なんちゃって純喫茶」になってしまいかねません。店内の壁にこびりついた煙草の煙のヤニの感じを今から作るのが無理なように、純喫茶にはいろいろな魔法が散りばめられています。たとえばドアを開けた瞬間に「カランコロン」という音がありますが、あれを聞いた瞬間に「喫茶店に入ったな」とスイッチが入ります。ほかにも「なんでこんなオブジェなんだろう?」「なんでここにこんなものが掛かっているんだろう?」というものがたくさんありますが、実家に帰ったような心地よさに近い何かがある。

 昭和の純喫茶が正しくアップデートされた例はなかなか見当たらないのですが、唯一無二の例がルノアールで、ドトールというおしゃれなカフェが出来たときも、いい意味でのダサさを守り切った。もちろん出てくる飲み物を含め、ブラッシュアップする余地はたくさんありますが、「ルノアール2.0」みたいなコンセプトの喫茶店には、すごく可能性があると思います。

 僕は、こうしたダウナー系の快楽が享受できる喫茶を正しくアップデートすることで、面白いことが起こると思っています。

 たとえば、コーヒーにおけるサードウェーブはクラシックコーヒーのローストの酸味やフルーティーさがネガティブに捉えられていたのを個性として見出したことが、ひとつの指針になっています。つまり、価値がないと思っていたものに価値を見出すという、ベンチャー的な考え方がテーマでした。

 もしこの先にフォースウェーブが来るとしたら、価値を見出すだけではなく、それをどう自分の生活の中で成熟させるかが重要です。先程も述べたように、茶にはコーヒーにはないダウナー系の快楽がありますが、コーヒーと茶が交わり、フュージョンすることがフォースウェーブに続いていくヒントになるのかもしれません。GEN GEN AN幻というプロジェクトでは、「茶」という、モノとコトの両面を併せ持つもので新しい喫茶の可能性を探っていきたいと考えています。

茶のブランドが持つべきプラットフォーム思想とは

 こうして新しい喫茶文化を構想する場としてのGEN GEN AN幻ができてからちょうど1年経ったくらいのタイミングで、ブランドとしてちゃんと茶を作りたいなと考えるようになりました。僕がそのとき思い浮かんだひとつの目標が、Gore-Texという、防水だけど湿度は逃がすナイロンのような素材のブランドです。僕は10代前半はNikeがすごく好きで、後半からはAppleも好きになりましたが、茶のブランドなら、そういう自己主張の激しいブランドよりもGore-Texを目指すのが良いなと思いました。Gore-Texは、自社の素材を使う他社のブランドとコラボすることで成り立っていて、他社の商品のタグにGore-Texのブランド名が表示されています。
 これはつまり、Gore-Texが品質保証をしているということです。このように、みんながストロングスタイルで胸を張っている状態じゃなくて、黒子のように寄り添うスタイルとプライドを持ったサポーター、もしくはセコンドが今の世界に必要な気がしています。その思想が茶と相性がいいんじゃないかなと考えています。

 海外だとサインは「俺のものだ」という自己主張で、今は日本でもその傾向が強いですが、本来は異なっていました。たとえば茶器などの高台には、作家物の場合は作り手の名前が入っていることが多いですが、窯物(ブランド)の場合は窯元の名前が入っているものが当たり前になる前は、何も入っていない器もあったんです。なぜその昔は刻印が無かったかというと、「唯一無二だから名前なんて入れなくて良い」という時代背景があったからです。しかし時代が進み、紛い物が出回りだしたことなどの理由で識別の意図で刻印を入れようという発想が生まれた。そしてその中間もあったんですが、それは何だったかというと、「保証」なんです。今のように完全にブランドになる前は「自分たちがちゃんと作ったものだから安心してね」と、相手のためにサインをしていた。
 大切なのは、こういうことじゃないかと思います。つまり、「このロゴで世界を席巻しよう」という上から目線ではなく、「安心してください」という消費者目線、あるいはフラットな目線でのブランド作りがすごく必要な気がするんです。それがGore-Texになんとなく近い。

 もう少しわかりやすく言えば、これはプラットフォームを作りたいということです。Gore-Texは、雨を防ぐというシンプルで特化した機能を有しているのがとても重要です。茶も、美味しくて、ちゃんと自然由来でやっているという保証がある。そしてその茶があるところには、それをイエスと言っている緩やかな連合体が生まれたらいいなと考えています。

 この「緩やかさ」はAppleやGoogleのようなプラットフォームビジネスの根底にある「支配」とは違い、対等なコラボレーションのことを指します。自分たちが他のブランドに関わることによって、そのブランドがより良くなる、というイメージです。  
 たとえばこれは大袈裟ですが、千利休が広めた茶道が伝えたい大切なメッセージの一つじゃないかと思います。彼らが本来やっていたことは、武力だけでヒエラルキーが決まっていた時代に「もうちょっと違う価値観で優劣つけてもいいんじゃない?」もしくは「優劣なしの心地よさを感じようよ」ということだったと思います。だから、僕もジャンルは異なるけれど茶はそういうものであってほしいと考えています。

実験装置としてのGEN GEN AN幻

 渋谷でのGEN GEN AN幻の店舗そのものは、とても小さな実践です。けれどもここで「こういう茶のスタイルありだよね」とか「こういう茶葉の淹れ方ありだよね」という試行錯誤を4年間くらい手探りで積み重ねていくうちに、次につながるいろいろなことが形になってきました。

 その一つのアウトプットが、たとえばチームラボの展示とのコラボレーションで開店した「EN TEA HOUSE」でした。他にも、茶以外の飲み物とのコラボレーションや、ライフスタイルを引率するブランドとのプロジェクトも進んでいます。

 こんなふうに、それまでの僕たちの想像でしかなかったような新たな茶の楽しみ方を多くの人々と形にしていけていたのは、GEN GEN AN幻が実験装置になっていたからだと思っています。そこですごく小さな実験を続けていくうちに、そのアウトプットがいきなり飛躍する感じが面白い。これは現代的だし、とても東京的だなと思うんです。

 だから「茶には本来こういう楽しみ方もあるよね、こういう意味があるよね」ということを伝えるプロジェクトの総称であるGEN GEN AN幻として、今後は店舗という概念を超えて展開していきたいと思っています。
 その一つとして「ジャーニー」をテーマに、GEN GEN AN幻のプロジェクトとして、パリ、ポートランド、コペンハーゲン、アムステルダムなどの諸国へ旅して考えてきたことがあります。それは、江戸時代にいろいろなところを旅して茶を広めた売茶翁が、最後に構えた庵が幻幻庵で、それを現代にアップデートしたのが渋谷のGEN GEN AN幻である、というコンセプトに繋がるんですね。海外の人たちにこのGEN GEN AN幻をどう伝えていくか、どこが一番いいかを探してこようと思っています。

 たとえば、アムステルダムではコーヒーショップの隣にティーショップを作ってみたり、コペンハーゲンではクリスチャニアでティータイムなんかしてみたりとか、お金儲けになるわけがないんですが、めちゃくちゃ面白そうだなって。今のグローバルなカフェビジネスのアンチテーゼを具体的な形にしたいと思っていて、どれが一番形になりやすいかも含めたジャーニーです。茶だからこそ旅するっていうのがいいなと思っています。

 今はコロナ禍で「ジャーニー」はハードコアな選択になっていますが、数年後には、日本人が旅行するときは茶を持っていくことになるかもしれない。茶にまつわる場所に行くのが世界のお金持ちの一つのトレンドになるかもしれない。そういう人間の飽くなき探求のところに茶を差していくということをしたいんです。

 もう一つは、もっと「スペシャルな茶の体験」ができる空間を作ろうと思っています。ざっくりとしたイメージだとワインでいうテイスティングハウスのような空間を作りたいんです。そういう場所で、「分かる人には、分かる」という概念を一つひとつ解放していきたいと思っています。

 こうした試みも想定して取り組んでいるのが、ブレンド茶です。そこで目指しているのは、西洋の香水を代表とするブレンドの考えではなく、東洋的な、たとえば漢方などの「調和」をテーマとした茶作り。素材も、人工的な補強をした“何々風味”ではなく、消費者と生産者の馬鹿し合いではない、共に信頼し心から楽しめる関係作りをしていきたいです。

 変な話、ZOZOSUITよりも簡単なシステムと、あとは生産背景さえあれば、お茶は世界中に送れるんです。いきなりそれくらいアップデートしても面白そうだし、そういうこともやっていきたいと思っています。

 そういう、日常の喫茶やMy Teaのカスタマイズのような物販と、ジャーニーでの宿泊とかスペシャルな茶の湯の空間づくりといった非日常をやがて統合していって、これまでとは違う茶の精神を通じたプラットフォームを世界に少しずつ拡げていくことが、GEN GEN AN幻の将来像になるのかなと思っています。

 ちょっとフリーメイソン的なイメージになりますけど、茶を知っている子とか、茶を淹れられる子とかが「困ったら帰ってきなさい」的な方式で横につながって発展していくようになったら、めちゃくちゃ楽しいと思います。GEN GEN AN幻で働いたことがあったり、EN TEAの農場で季節労働したことがあったりする子たちが、どこの国に行っても「そこに行けば食い扶持がある」みたいな状態。

 そんなことができたら、最高じゃないでしょうか。

[了]

この記事は、PLANETSのメルマガで2018年1月から配信している連載「ボーダレス&タイムレス──日本的なものたちの手触りについて」を再構成したものです。2021年5月3日に公開しました。