この書評コーナーでは、暮らしにまつわる本を紹介しています。アウトドアとか自然とか、そういったものを含めた「暮らし」です。今回は『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』(扶桑社新書)をご紹介します。著者の稲田俊輔さんは、飲食店経営を中心とした会社で業態開発や店舗プロデュースをなさっている方です。岐阜発祥の会社なので、東海地区ではご存じの方も多いと思うんですが、東京の人がわかりやすいのは、「エリックサウス」というインド料理店ですね。そのプロデュースをしているのが稲田さんです。日本の南インド料理ブームの火付け役と言ってもいい方なんです。また、ネット上ではカタカナの「イナダシュンスケ」名義で食べ物に関する文章を書いていて、とても人気の方です。「サイゼリヤ100%活用術」とかはかなりバズっていたので、ああ読んだことあるって方も多いんじゃないでしょうか。

 本書は人気飲食チェーンそれぞれの魅力について、稲田さんが独自の目線で案内する本です。全体のほぼ3分の1がサイゼリヤで、「やっぱり稲田さんはサイゼリヤが好きなんだな」と思うんですが(笑)、ほかにもガストや餃子の王将、バーミヤン、ケンタッキーフライドチキン、吉野家といった、みなさんご存じの飲食チェーンが取り上げられています。

 そもそもこの本の出発点についてなんですが、飲食チェーンって「便利で安くてそこそこ美味いけど、画一的な味で面白みがないよね」という、どこか下に見られがちなところがありますよね。たとえば食べログでは、基本的に飲食チェーンは個人経営の店よりも総じて点数が低いそうです。そんな一般の認識に対して、「いやいや、飲食チェーンの食事はおもしろいんですよ」って訴えるのが本書です。

 ちょっと話が複雑になるんですけど、1つ注意点として、「飲食チェーンは語るに値しない」っていう意見に対して、逆張りをやる人っていうのがいるんですよ、いつの時代も(笑)。「山の上ホテルより天丼てんやの天ぷらのほうが美味い」とかいうような。なので、この本も逆張りの本と思われちゃうんじゃないかなって危惧を、僕は勝手に抱くわけです。しかも稲田さん自身が、先に述べたサイゼリヤ活用術記事などは〈正直、最初は私もある種の「逆張り」を面白がりながら〉書いた記事だと記したりしているので(〈〉内、本書からの引用。以下同)。だけど、この本は逆張り本ではない、少なくとも逆張りにとどまる本じゃないと、僕は声を大にして主張したいんです。本書の紹介の結論として最後に言いますけれども、実は稲田さんが本書で行っていることは、逆張りなんかじゃなく非常に本質的な思考と実践なので、今日はそこを紹介していきたいなと思っている次第です。

 まずは、飲食チェーンの魅力を本書ではどんなふうに紹介しているのか。具体例として、マクドナルドを扱っている箇所からご紹介しますね。マクドナルドは当然、みんな食べたことありますよね。誰もが、マクドナルドのことは知っていると思います。画一的な飲食チェーンの代表格のようなイメージでしょうか。「どこでも安くて手軽に食事できる店で、でもめちゃくちゃ美味いわけじゃないよね」って言う人が多いんじゃないかと思うんです。本書を読むと、そんな「知ってるつもり」のマクドナルドが、別の姿で見えるようになってくるんです。

 稲田さんが注目するものの一つが、パティです。パティってハンバーガーのハンバーグ部分のやつです。肉の部分ですね。マクドナルドのパティって、基本的にみんな、というか僕もそういう印象があったんですが、パサパサしていて「たいして美味くない」ってイメージじゃありませんか。「まあ、飲食チェーンってこんなもんだよな」と。でも、稲田さんはそうじゃないと言うんです。マクドナルドのパティは日本向けの味にしていなくて、アメリカの味をそのまま持ってきているものなんだ、と。

 前提として、日本では基本的に牛赤身みたいな肉は好まれず、どっちかというと柔らかくて肉汁あふれる霜降り和牛のような肉の方が美味しいとされてきたそうなんですね。たとえば、マクドナルドの日本進出は1971年ですが、翌年に誕生したモスバーガーは2013年まで、100%ビーフのパティじゃなかったんですよ。モスバーガーは合い挽き肉にすることによって、パティを柔らかくてジューシーな日本向けの味にしていたんですね。モスバーガーのサイトでは、「日本人の舌に合うハンバーガー」がモスバーガー創業時に掲げられた目標であったと記されています。あきらかに、アメリカの味そのままのマクドナルドへの対抗を意識した目標です。そして、日本に進出した1970年代からマクドナルドのパティの味は、基本的に変わっていないのです。だからマクドナルドは、「日本中にあって、際立った特徴もない典型的な外食チェーン」と思いきや、実は日本にローカライズされていない味を出し続けている店なんだと稲田さんは指摘します。そのうちの一つが、パティなのです。

 パティだけではありません。たとえば稲田さんは本書で、朝マックのマックグリドルも例に挙げています。パンをメープルシロップに漬け込んであって、外側は甘いのに、塩辛いソーセージが挟んであるやつ。これ、「朝マックの鬼っ子」って言われているらしいんですが、ちょっと日本ではみかけない味覚の組み合わせですよね。いっけん突拍子もなくみえるマックグリドルですが、これも実は開拓時代から続くような、アメリカでは定番の味だそうなんです。そんなアメリカ定番の味を、日本向けにアレンジすることもなく突然ぶっこむ(笑)、それがマクドナルドの面白さだと稲田さんは記します。

 たとえば、本書で紹介されているエピソードなんですけれども、マクドナルドが日本進出するにあたって、日本側経営者は、最後の最後まで「日本ではハンバーガーからピクルスを抜け」って主張したそうです。でも、アメリカ本部は絶対ダメだって言ってピクルスを入れて発売し、日本では発売当初、ピクルスを抜き取って食べる人が続出したそうです。「なんだこれ?」って。いまでこそ僕らは生まれたころからマクドナルドのハンバーガーを食べているから、挟まれているピクルスにも慣れていますが、あの当時の日本では変な食べものだったわけです。だから大げさに言えば、日本はマクドナルドによってピクルスというものを学んだと言えるわけです。僕は、ここに注目するのが本書の面白さだと思うんですよね。

 どういうことか。説明しますね。知らなかったものを初めて食べるときって、「これは好き」「これは嫌い」っていう以前に「こんなものが食べ物としてあるんだ」って驚くときが、ありませんか。そもそも食べることって、美味いとか不味いとか判断する以前に、そういう驚きに触れるような体験としてあるんじゃないかと思うんです。そして、そういった体験を上手く通過していくと、自分自身の味覚が変化するという体験があると思うんですよね。「上手く」通過しないと、つまり不幸な出会いになると、すごい嫌悪の対象になったりもしますが(笑)。「牡蠣、一生食べない!」とか(笑)。これは本書の例じゃないですけど、自分の世代だと、たとえばパクチーですよ。最初は美味いとか不味いとか以前に、とにかくわけがわからないものじゃありませんでしたか。「なんだこれ?」って、探るような感じ。だけど、そのうちパクチーの癖みたいなものがわかり、自分の味覚が変化してパクチーを好きになるって体験、みんななにかしらあると思うんですよね。もちろん、出会い損ねて「パクチー大嫌い」って人もたくさんいると思いますが(笑)、それだって味覚の変化です。本書でも、あるきっかけで「マクドナルドの通常のパティが美味くなった」という都市伝説について稲田さんが考察を披露しているのですが、これがまさに味覚の変化をめぐるたいへん本質的な考察で、ぜひ実際に読んでみてください。

 そうそう、パティに話を戻しますね。本書によれば、2000年代半ば以降、それまで霜降り和牛のような肉が好まれていた日本で、赤身肉の流行がおこります。それにともなって、ハンバーグの味も、合い挽きでふっくら柔らかくジューシーなかつての日本でウケた味とは異なる、牛肉の肉々しさがそのまんま出たハンバーグが流行っています。そこで思い出してほしいと稲田さんが言うのが、アメリカの味をそのまま出しているマクドナルドのパティなわけです。「先入観で飲食チェーン・マクドナルドは面白くないものだと思っているかもしれないけれど、実は赤身肉をお手軽に味わえる肉料理店としてマクドナルドに注目してみたらどうだろう」っていうことを稲田さんは言うわけですよ。

 しかも、ただ言うだけなら簡単なんですが、この本では、そういうふうに赤身肉的な料理としてのマクドナルドを積極的に楽しむ方法を具体的に提案してくれるんです。これ、あんまり細かく本書の中身を紹介すると本の売れ行きにかかわるんで紹介は触りだけにしますが(笑)、マクドナルドに夜マックの「倍バーガー」ってあるの、ご存知ですか。マクドナルドでは夜17時以降だと、主なハンバーガーにプラス100円で、パティが2倍になるんです。「パティ1枚追加」じゃなくて「倍」なんですよ。ここ、重要です。すると、ダブルチーズバーガーってありますよね。あれ、パティ2枚入ってますよね……わかります(笑)? 100円プラスで、パティ4枚になるんですよ!!! しかも稲田さんは、ダブルチーズバーガーのパティを4枚にして、肉の野性味を楽しむためにケチャップ抜きをオーダーしてくれ、と。さらに言うと持ち帰りにして家で温めなおし、生のスライスタマネギを挟み、赤ワインを開けながら食べてくれ、と。これ、自分も実際にやってみたんですが、なかなかにエグいインパクトがあって、ほんと、「自分はマクドナルドのことを何も知らなかった!」って思いますよ。まあ、そんな赤身肉料理屋としてのマクドナルドを美味しく味わうようなやり方みたいなのが、他の飲食チェーンに関してもいっぱい書いてあるのが本書です。

 この本は、最初に言ったようにサイゼリヤにいちばん分量が割かれています。で、サイゼリヤも店舗数日本2位っていう、みなさんご存知のチェーン店ですよね。みなさん「ご存知」だと思っているあのサイゼリヤが、「実は違うんですよ」っていうのがこの本を読むとわかるんです。ご紹介したマクドナルドのパティみたいに、サイゼリヤを主体的に楽しんで、サイゼリヤが僕らの味覚にもたらす変化みたいなものを受け取れるような、楽しい提案がたくさんつまっているんです。

 最後の最後に「この本は逆張りじゃない」っていう話を回収してこの本の推薦に代えたいと思います。僕がこの本で一番感銘を受けたのは、「人間にとっての価値とはなにか」、食べものの場合だと「食べることにとって美味しいとはなにか」っていうのを、稲田さんがすごく真剣に考えている人だってことなんです。それが、「味覚の変化」への意識なんですね。テレビドラマ『グランメゾン★東京』じゃないけど、食通とか、権威的な食の世界があるわけじゃないですか。極論、「食べ物には伝統的な味の価値観があって、食は三代、食べ続けないとわからない」みたいな。そういう世界に対して、逆張りで「いや、そんなことない」と。味なんて個人の趣味で、それこそリベラルに「個人の趣味だから人の趣味に文句を言うのはおかしい」し、「ファミレスだって美味しい人には美味しいんだ」っていう反対側の意見もある。本書は、いっけん後者に思えるかも知れないけれど、そのどちらでもないんです。だってその二つって、よりどころが権威か個人かって違いだけで、その人自体の味覚が変わらない前提なんですよ。そうじゃなくて本書は、「美味い」「不味い」が食べることで変化していくこと自体が面白いじゃないですか、と述べているんですね。食べるということは単に目の前の食べものを口に入れ、自分のなかにある物差しに基づいて、それが美味いか不味いかを判定するっていう、検査みたいな作業じゃないんですね。食べると言うことは、自分が主体的に食べものに接することによって逆に主体が変容する体験だ、と。大げさに言うと、そういうことを実践的に書いているのが本書だと僕は受けとって、強く心を打たれました。

 自分はつい大げさに言いがちなので、面白い食べ方集の宝庫として気楽に読める本です。ただ、その背景にある稲田さんの食べものに対する接し方が感動的だなと思って。じつはほかにも感動的なところがいろいろあるんですが、とりあえず今日はそこに絞って、本書を紹介させてもらいました。

*この書評について、本稿の元になった番組の放送当時に同席していた評論家・キュレーターの上妻世海さんからコメントをいただきました。

 井本さんのおっしゃっていたことは、僕の「制作論」と重なるところが多く、とても勉強になりました。

 僕が提唱している「制作論」では「消費」と「愛好」という概念の分け方をしています。井本さんがお話していた「権威の消費」は、簡易的な記号の消費です。チェーン店も権威的なレストランもある意味では記号の消費という意味では同じです。この場合の「逆張り」はそのどちらがいいか悪いかを序列化するという方向性の違いでしかありません。
 一方、自分なりの習慣の枠のようなものがあって、それをいかに変容させていくのかというプロセスを楽しむのが「愛好的」な楽しみ方です。

 これは井本さんが触れているパクチーや赤身肉の話とも相通じていて、どういうことかというと、愛好するためにはいったん「え?」と思うプロセスが必要なんです。僕はこれを「自己陶冶」と呼んでいます。たとえばピアノを弾くにしてもだって、いきなり上手に弾けることはありませんよね。だから理想的には「こうやって弾かなきゃいけない」という苦痛をともなう時間を一定時間過ごすと、どんどん楽しくなっていって、どんどんうまくなっていって……というプロセスになるわけですが、そうなる前に、どかんと最初の大きな壁みたいなものがあります。読書も同じで、難しくて読めない本に出会った場合も、実は2、3冊同じジャンルの本を読んでしまえば、そこからパラパラ読めるようになってしまいます。
 このように、あらゆることにそういった壁みたいなものがあって、そこから変化を楽しんでいくっていうプロセスがあります。ところが、今の資本主義の消費社会ではそういった導入コストが低いものの方がすばらしいとされています。

 これはある意味、井本さんが書かれているように「人間の味覚は変わらない」ということを前提としていて、変わる楽しみのようなものを人々から奪っているという見方もできます。そうすると、生きることそのものを楽しむことができなくなってしまう。そういうことに抗う愛好の姿勢が、消費資本主義の象徴のような大手飲食チェーンを利用するときにでさえ成り立つんだということを、井本さんは本書から読み解かれていると思うんですよね。

[了]

※この記事は、2019年12月26日に配信されたPLANETSのインターネット番組『オールフリー高田馬場』内のコーナー「井本光俊、世界を語る」の放送内容を再構成したものです。石堂実花が写真撮影をつとめ、2021年4月29日に公開しました。