橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「現役官僚のNY駐在日記」の最終回です。日本はNYから何を学ぶべきなのか。日本とNY、日本と世界は共に栄える関係をいかに築けるのかを論じます。
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端的に言うとね。
こんにちは。橘宏樹です。今号は連載の最終回です。
2026年10月現在の世界情勢はというと、ロシアのウクライナ侵攻は続き、アメリカとイランの戦争も最終解決は依然見通せない状況です。経済面では、AI関連企業への期待が株価上昇が市場を牽引してきた一方で、原油高に伴う物価上昇に苦しむ人々の声は日本のみならず世界中で大きくなっています。アメリカ国内はもう11月の中間選挙を目前に控えています。2年目を迎えたトランプ政権の成果が評価される大きな節目ですから、政権側は成果を目に見える形にするべく必死です。その分、焦る足下を「敵」に見透かされてもいます。対ロシア、中国、イランのみならず、民主党に対しても、今後様々な妥協を強いられていくことになるのでしょう。
1 CLARITY Actが切り拓く「決済革命」への道
今アメリカで、日本ではまだあまり注目されていないながら、かなり重要だと僕が思っている動きがあります。2025年には、決済用ステーブルコインの規制枠組みを定めるGENIUS Actが成立し、2027年1月の施行に向けた準備が進んでいます。これに続き、暗号資産市場全般のルールを整備しようとするのがCLARITY Act(デジタル資産市場明確化法案)です。 同法案は、米国における暗号資産の法的規制のフレームワークを確立するものであり、上院銀行委員会を通過しましたが、9月15日の上院本会議では、審議を進めるための手続き上の採決で賛成50票、反対49票にとどまり、必要な60票に届きませんでした。このため、法案の審議は足踏みを余儀なくされています。
現在の国際送金は、表面上はデジタル化されているように見えても、実際には複数の銀行を経由し、各国通貨ごとの口座残高や法令対応を確認しながら処理されています。そのため、送金自体は高速化している一方、複数の金融機関や各国の規制対応をまたぐことで、最終的に受取人が資金を利用できるまでには時間やコストがかかる場合があります。これに対して、暗号資産やブロックチェーンを使えば、価値の移転や決済確認そのものは数秒から数分で行えます。もちろん、本人確認、制裁対応、法定通貨との交換などの実務は残りますから、「すべてが一瞬で終わる」という単純な話ではありません。それでも、金融の基盤が大きく変わる可能性があることは確かです。僕たちは今「決済革命」の入り口に立っているのだと思います。
CLARITY Actによって米国内の暗号資産の法的な扱いが明確になれば、大銀行や機関投資家は、ブロックチェーンを決済・清算・資産管理に使いやすくなります。これまで「怪しいから触らない」と距離を置いていたウォール街も、ルールが整った瞬間に、一気に主役として参入してくる見込みです。
もっとも、法案はすんなり可決する流れにはありません。トランプ政権と共和党は暗号資産推進派の支持を受けていますから、この法案を是が非でも通したい。一方で、上院では民主党との妥協が必要であり、民主党側は、トランプ一家の暗号資産ビジネスをめぐる公私混同ぶりを批判し、公職者の投資行動を規制する倫理修正条項を求めています。つまり、金融インフラの未来をめぐる法案でありながら、同時に、きわめて生々しいワシントン政治の取引材料にもなっているわけです。
そして、この政治劇を、NYのウォール街は極めて打算的に、かつ抜け目なく見ています。表向きには、預金流出につながり得る利回り型のデジタル資産サービスに警戒感を示しながら、一方で、国債や不動産をブロックチェーンに乗せる「現実資産(RWA)のトークン化」に向けて猛烈に動き出しています。つまり、自分たちの預金を奪いかねないステーブルコインの利回りサービスにはブレーキをかけながら、自分たちが主導できる資産のトークン化にはアクセルを踏むという、既存の収益基盤を守りつつ、次世代の金融インフラの主導権も取りにいく戦略なのです。
これまで暗号資産を「怪しいマネーゲーム」として距離を置いていたウォール街も、今やトークン化された金融商品の提供に乗り出しており、法整備が進めば、その動きは一層加速するでしょう。 法整備が完成を待つまでもなく、既に市場の主導権を握るべく動き始めているのです。 革命後も主導権は誰にも渡さない。二枚舌&二段構え。さすがです。
さて、前号では連載全体を振り返り、NYの強さの秘密を3つのプリンシプルに整理しました。この最終号では、僕が、NYから日本に何を持ち帰るべきだと考えたのか。日本はNYから何を学ぶべきなのか。そして、日本とNY、日本と世界は、これからどうすれば共に栄える関係を築けるのか、について述べて連載を締めくくりたいと思います。
2 日本がNYから学ぶべきものは、価値変換の仕組みである
前号の読者はきっとおわかりのとおり、僕はNYの無邪気な礼賛者ではありません。実際、今もNYに戻ってまた住みたいかというと、ちょっと微妙だなという気分です。
NYは強い街です。しかし、健康な街かと言われれば、どうかなあと思います。あの街には、人を強烈に惹きつける力がありますが、同時に、人を消耗させる力もあります。喝采を求め続ける生き方は、時に人を輝かせますが、時に人を壊します。苛烈な競争、激しい格差、選抜の冷酷さ、止まらない自己演出。そうしたものを、そのまま日本に持ち込めば、日本の良さの多くは失われてしまうかもしれません。
だから、東京はNYを目指す必要も真似る必要もありません。日本人が皆、喝采中毒になる必要など、もちろんありません。
しかし、だからといって、NYを「異常な街」として笑って済ませることもできません。あの狂気の中には、現代の世界で価値がどのように見出され、語られ、流通し、資本化されていくのか、という「価値変換の仕組み」がむき出しで現れています。日本が失っているもの、あるいは日本が十分に育てきれていないもの、そして今の日本に真に必要なものもまた、あの狂気の中に見出せる。これが、僕の率直な実感です。
僕はこの熾烈な弱肉強食の国際社会において、我らが日本の価値観や安心安全な生活を守りたいです。それには日本の経済力、外貨獲得能力が極めて大事です。他国から必要とされる財やサービスを世界に提供し続けていかなくてはいけません。日本が石油や小麦、半導体を必要とするように、世界の人々から、どんなに円高であっても必要とされる財やサービスを提供し続けていかなくてはいけません。
そのためには、NYが持っている価値変換の仕組みを、日本人も学び取るべきだと思います。
文化を体験に変える。素材を創造に変える。人脈を機会に変える。喝采を信用に変える。信用を資金に変える。資金を次の挑戦に変える。挑戦をまた喝采に変える。
NYの強さは、この価値変換の速度と精度にあります。良いものを良いもののまま置いておかない。すぐに場に出す。誰かに語らせる。誰かに使わせる。誰かに見出させる。誰かの「物語」に組み込む。その代わり、自分もまたその「物語」に乗っかっていく。そうして、誰かのニーズを満たすまで、価値を次々と別の価値へと変換していくわけです。
本稿でいう「物語」とは、単なる宣伝用の心打つストーリーではありません。その人や組織が、これまでの背景や歴史を背負いながら、何を切実に望み、どこへ向かおうとしているのかという、人生や経営の展開そのものを意味します。
例えば、イーロン・マスクとSpaceX社には、「人類を多惑星種にし、地球以外の惑星でも生きられる未来をつくりたい」というビジョンがあります。そして、その実現に向けて、再使用型ロケットを開発し、宇宙輸送のコストを下げ、火星への道を切り開こうとしてきた活動の全体が、彼らの「物語」です。
この「物語」には、日本の宇宙企業ispace社も加わっています。ispace社は、小型・軽量の月着陸船や探査車の開発を進め、月面への輸送から機器の展開、移動、通信、データ取得までを支える幅広い事業の実現を目指しています。 しかし、もしispace社が、その技術の先進性や日本のものづくりの優秀さを説明し、日本企業の存在感を世界に発信するだけであれば、その価値を十分に生かしたことにはなりません。ispace社が行っているのは、自らも月面輸送や月面経済圏の形成という「物語」を描きながら、その実現に必要な役割を、SpaceX社をはじめとする他社の「物語」と噛み合わせることです。 SpaceX社が大規模な宇宙輸送によって月や火星への道を開く一方、ispace社は、その道を企業や研究機関が実際に利用できるよう、個々の機器を月へ運び、月面での活動まで支える役割を担おうとしています。自らの強みを、SpaceX社の「物語」の中で欠かせない機能として位置づけることで、その物語をともに前へ進めようとしているのです。
このように、価値変換とは、日本の技術やものづくりの美点を、相手の「物語」の中で必要とされる役割に変換し、相手の「物語」を前に進める力へと変えることなのです。
はっきり言って、日本の多くの組織や個人は、この価値変換が不得手なのだと思います。必要だという認識すらないかもしれません。良い地域資源や文化はある。素晴らしいだろう、どうだ、と誇る。しかし、それを誰が求めて、誰に紹介したくなるのかイメージできていない。だから、日本はしばしば、「良いものがあるのに届かない」という状態に陥ります。既に多くの人が指摘しているとおりです。
もちろん、日本の美しい宝物をすべて世に出して喝采に変える必要はありませんが、守るものは守る。出すものは出す。使わせるものは使わせる。利益は手放さない。これらの判断を日本人が主体的に行わなければ、価値から生まれる富を外国企業に先取りされてしまいます。例えば、英国では、韓国人や英国人の起業家が創業したWasabiやitsuといった日本食チェーンが大規模に展開されています。日本の食文化が生んだビジネスチャンスを、日本企業が十分に生かしきれていないことを象徴する事例だと思います。
このことは、日本がこれから生き残りを懸けようとしているフィジカルAIの分野でも同じです。ロボット、センサー、精密部品、製造装置といった優れた技術を持っているだけでは、最終的な主導権は取れません。その技術を、世界の企業や都市が抱えるどの課題に結び付け、誰の事業を前に進めるものとして実装するのか。他国企業の「物語」の実現に貢献した上で、重要なのは、他国企業の「物語」の実現に貢献し、その中で欠かせない存在になることです。そして、協働から得られた利益や信用、顧客との関係、経験や知見を日本側にも蓄積し、次の事業機会につなげることです。それができなければ、日本の技術は、他国企業の成功を支える優秀な部品として使われるだけに終わってしまいます。
では、日本は、この価値変換の実装と蓄積の仕組みをどのように作ればよいのでしょうか。いわゆるマーケティングの話をしているわけではあるのですが、このマーケティングという単語は大変便利なので、出てきただけで、何かがわかった気になってしまいがちです。そして、この最終回で述べたいことは、マーケティングの域を超えた部分も含みます。そこで、マーケティングという言葉は敢えて使わず、多くの日本人に理解して欲しいポイントを、丁寧に、順を追って述べていきたいと思います。
娘と「Zootopia」を観ましたが、1も2も完全にニューヨークの話ですよね。こちらは吹き替えですがShakiraが唄う主題歌の歌詞も「競ってばかりのおかしな毎日」「誰もが何にでもなれる」「連れて行くよ君をもっと高く」と、笑っちゃうほど僕の論旨に沿います。
3 相手の「物語」を知る
価値変換とは、技術、文化、素材、人脈、信用などが、置かれる文脈や結び付く相手を変えることによって、別の形の価値を生み出していくことです。日本の技術や文化が、誰かの体験や創造に変わる。そこで得た喝采が信用に変わり、その信用が資金や次の機会に変わる。NYの強さは、こうした変換を連続して起こすところにあります。その最初の変換を起こすには、日本の価値が、誰のために、どのように役立つのかを見出さなければなりません。そこで必要になるのが、他人の「物語」を知ることです。
目の前にいる人が何を求めているのか。何を恐れているのか。何を実現したいのか。誰に認められたいのか。どんな立場に立ちたいのか。どんな「物語」を語りたいのか。
世界から評価されるためには、世界を知らなければならない。考えてみれば当然のことですよね。やはりまず、外国人の声を聞き、日本人が役に立てる場所を探った上で、相手の成功に貢献する案を提案しなければならないのです。日本が依然として弱いのは多分ここです。日本産品を求めてくれる世界各地の人々の「物語」を、高い解像度で理解していないのです。どの国の人は何を好んで食べるのか。それはなぜか。そうした基本的なところすら知ろうとしないで「ユネスコ無形文化遺産にも登録された『和食』」を誇らしく売り込むことばかりしていないでしょうか。
僕の尊敬するある広報マンがよく口にしている言葉に「広報とは、聞くことと見つけたり。」というものがあります。相手の話をよく聞き、よく調べ、洞察し、相手の「物語」を深く理解する。そして、日本の価値が役に立てそうなポイントを見つける。これができて、ようやく、価値変換の準備が整います。

4 相手の「物語」の中で、日本的価値を生かす――With Japan戦略
もちろん、相手の役に立てそうなポイントを見つけただけでは、価値変換は生じません。次に、その場所で日本の価値がどのような役割を果たせるのかを考え、相手に使ってもらえる形にしなければなりません。
相手の「物語」を理解したならば、次のステップは「あなたにとって、この日本の価値は、こう使える」と提案することです。日本の技術や文化、素材を、相手の仕事、表現、事業、研究を前に進めるものとして差し出す。そこで初めて、日本側にとっての価値が、相手にとって意味のある価値へと変わります。これが、最初の価値変換です。次に必要なのは、こうして見出した役割を、製品の仕様や提供方法、協働の体制にまで具体化し、相手が実際に使える形にすることです。
そのために最も大事な心構えのひとつは、「自分を主人公にしないこと」です。あくまで相手を主語にして相手の「物語」を共に語るのです。出会い頭に自分の売り物の美点の説明から始めない。日本のよくある海外マーケティングにおいては、つい「日本のものはすごいのに」「どうしたら日本産品の素晴らしさが伝わるだろうか」と、自分たちの価値を伝えようとすることから始めがちです。さらには、ブランディングと称して、○○産、△△牛といった細かな産地や銘柄に分け、その希少性を強調します。そして、皮肉にも「マーケティングには『ものがたり』が大事」という意識から、生産者を主語にした、こだわりや苦労話、歴史の深さやエピソードを語りがちです。
しかし、僕が思うに、本来問われるべきなのは、そうした希少性が、買い手側の「物語」を前に進めるために、どのような意味を持つのかということです。ゆえに、本来は、生産者側の「物語」を語り出すよりも先に、買い手側の「物語」に耳を傾けるべきだと思います。
例えば、海外のYAKINIKU店に宮崎牛を売り込みたいのであれば、宮崎牛の素晴らしさを語るよりも、その店が目指す味、価格、客層、体験を実現するために、なぜ佐賀牛や松阪牛ではなく、宮崎牛がふさわしいのか。産地側の都合ではなく、店側の構想に即して、その理由を語らないと相手は聞いてくれないのです。
この点、第11回「ニューヨークのイノベーションシーンについて(後編)#1」で触れた日本の伝統素材を海外のデザイナーに使ってもらう「サクラコレクション」の試みは典型的な好例です。このプロジェクトから学ぶべきなのは、着物、織物、和紙、染色、工芸、地域の素材を、海外のデザイナーが自分の創造性を表現するための素材として使えるようにする姿勢です。
海外のデザイナーにとって重要なのは、その素材が日本の伝統としてどれほど由緒あるかだけではありません。その素材を使うことで、自分の作品がどう変わるのか。自分のコレクションにどんな奥行きが生まれるのか。審査員や観客やメディアに、何を語れるようになるのか。例えば、柔らかさと豪華さを同時に表現したい、ならば山田織がうってつけですね、いい職人さんを紹介しましょう、といった感じです。そこまで接続されて初めて、日本の素材は、単なる文化紹介ではなく、相手の表現を前に進める力になります。
もちろん、日本側から見れば、素材が誤解されたり、思いがけない形で使われたりすることもあるでしょう。しかし、文化が世界に出て他国の人に用いられる際には避けられないことです。(インド人は日本のカレーをどう思っているでしょうか。アメリカ人は日本の野球をどう見ているでしょうか。)
大切なのは、相手に自由に使わせるだけで終わらないことです。素材の背景、作り手の思い、地域の「物語」も伝えつつ、次の展開に日本側も関与し続ける。相手の表現の中に入り込みながら、日本側もその価値の意味づけに参加する。乗っかる。そこに、相手の「物語」に入るということの難しさと面白さがあります。さらには、共同開発や継続的な取引、ライセンス契約などを通じて、そこで生まれた利益や信用を日本側にも蓄積し、次の事業機会につなげることが重要です。
また、第9回「NYのイノベーションシーンについて(中編)」で触れたブルックヘブン国立研究所のエピソードも、相手の「物語」を共に語っている点で、負けず劣らず好例です。
世界最高峰の研究施設の一部で、日本の中小企業が製作した基板が使われている。これは、非常にわかりやすく象徴的な話だと思います。ここでは、日本の技術や素材は、必ずしも「日本製品」として前面に出るわけではありません。むしろ、他国による実験、誰かの研究、誰かの産業戦略の中に入り込み、その成果を支えています。相手の論文、相手の発見、相手の技術革新の中で、日本の素材が静かに機能している。これは、日本の強さの一つです。
そして、大事なことは、ただ特別な基板をお買い上げいただいている、というだけにとどまっていないということです。理化学研究所もブルックヘブンの研究チームに深く参加し、最先端研究に日本として貢献してきました。2026年2月にはRHICが最後の衝突実験を終えましたが、日本はその後継となるEIC計画にも参画しています。世界最先端の研究に入り込み、新しい科学的成果を共に生み出していく関係が続いているのです。
第14回「『分断』を乗り越える個人のチカラ」で描いた川野さおりさんやKorin、GOHAN Societyの活動も同様です。包丁、器、食材、所作、生産者の背景が、NYの料理人たちの料理や店や美意識の中に入り込む。日本食を「紹介する」だけではなく、NYの料理人たちの創造性や誇りを支えるものとして機能していく。その過程で、日本側の人々や道具や「物語」もまた、新しい評価を得ていく。つまり、日本の価値が、相手の「物語」に入り込んでいるのです。
より抽象度の高い文化的表現手法という点では、第13回「21世紀のジャポニズム 陰影『礼賛』から陰影『退散』へ」で取り上げた増田セバスチャンさんの表現も示唆的です。原宿カルチャーや「Kawaii」は、日本文化の説明として提示されたというより、憂鬱な日常を送る世界中の人々が、「ハレ」のなかに自分自身の感情や問題意識を重ねられる表現として受け止められていました。日常に鬱憤を感じる世界中の人々の「物語」の中で「Kawaii」は新しい意味を持ったのです。
幸い、日本は、今も「素材」が強い国です。工業素材だけではありません。伝統素材、文化素材、地域素材、食材、技術、作法、感性。精密で柔軟で個性的です。世界の誰かが自分の仕事、表現、研究、事業、人生の「物語」を前に進めるために使えるものが、まだまだ日本にはあります。
本連載で触れた成功事例は、扱っている素材も分野も異なります。しかし、そこには共通している成功の作法があります。相手の「物語」を理解し、相手がビジョンの実現へ向かう道程で日本の価値が果たせる役割を見出し、それを相手に使いやすい形で差し出しています。そして、使われた後の展開にも関与し続け、必要とされ続けています。買い手の「物語」を理解して、提供して、必要とされ続ける。これこそが、第6回「あなたの持ちものを欲しがる人に売ることをビジネスとは言わない(後編)」で触れた「戦略としてのWith Japan」の真骨頂です。

5 ユダヤ系に学ぶ経験知の伝承法
では、こうしたWith Japan戦略は、どうすれば身に付くのでしょうか。何事もそうですが、結局のところ、価値変換が実際に起きた事例と、起きなかった事例に数多く触れて、自分自身のチャレンジにどう活かすか、自分の頭で考えることに尽きると思います。誰が、どのように顧客の話を聞いたのか。日本の財やサービスが、なぜその場で必要とされたのか。どのような提案や紹介が、相手の仕事を前に進めたのか。価値変換の作法は、そうした具体的な判断の過程を追いながら、自分の頭で理屈を考えることで、身に付いていくものだと思います。日頃から、良い小説や映画に触れ、様々な人の「物語」を自分事として受け止めることも、相手の「物語」の中に入る共感力を養う土台になると思います。
だからこそ重要なのは、挑戦者の周囲にリアルな事例の話が飛び交う場や環境をなるべく多くつくることだと思います。誰かの成功や失敗が、次の人の学びになること。誰かが聞いた話や得た気づきが、次の人に引き継がれること。相手の「物語」に入った経験が、共同体の知恵として積み重なっていくことです。
こうした知恵の伝承を考える際に思い出されるのが、第5回「あなたの持ちものを欲しがる人に売ることをビジネスとは言わない(中編)」で触れた、ユダヤ人コミュニティの「クローズド・ラビ・システム」です。
もちろん、宗教的背景も、移民としての歴史も、迫害の記憶も異なる日本人が、ユダヤ人のやり方をそのまま真似すればよいという話ではありません。ただ、あの回で僕が注目したかったのは、ラビという存在の下に、人脈、経験、知見、信用が蓄積され、それが必要な人に渡されていく仕組みです。大切なのは、蓄積と伝播の中枢があるということです。次なる挑戦者の魂が過去の挑戦者達のノウハウの蓄積に浸されるシステムがあるということです。
その意味では、同じく第5回「あなたの持ちものを欲しがる人に売ることをビジネスとは言わない(中編)」で触れた、ユダヤ人の生存戦略や判断の型を語り継ぐ「タルムード教育」にもつくづく感心させられてしまいます。様々なユダヤ系の方々とちょっと交流した限りでも感銘を受けたのは、過去の判断、対話、解釈、失敗、問い直しを、共同体の中に蓄積し、ラビからの問いかけと応答のなかで、次の世代の心の中に知見を移植していきながら、お前ならどうするかを考えさせ続ける仕組みの持つ価値です。そもそも、タルムードには、歴代のラビたちによる議論、解釈、問いと応答が大量に記録されています。先人の思考の跡を大量にインプットする。その上で自分の頭で思考することから逃がさない。少なくとも僕が交流した一部の世俗的なユダヤ系の方々の話を聞く限り、先人の考え方を学び、自分ならどう判断するかを問い続ける姿勢が、家庭での教育にも息づいているように感じられました。単に知識や戒律を暗記するのではなく、自分の頭で考えることを大切にしているのです。
さらには人脈の強さです。僕が接した一部のコミュニティでは、 ラビの紹介なら断れない。ラビに頼めば誰か紹介してもらえるだろう。ラビを中心に構築された信頼のネットワークが張り巡らされています。そして重要なのは、人脈が単なる「知り合いの多さ」で終わっていないことです。誰かが困っていれば、誰につなげればよいのかを知っている。新しいことを始めようとする人がいれば、必要な知識や資金や機会を持つ人へと橋を架ける。紹介する側の信用まで乗せて人と人をつなぐから、初対面同士でも関係を一から築くよりはるかに速く、協力を始めることができます。
しかも、こうしたネットワークもまた、先ほどの「知の蓄積」と無関係ではないように思えます。知識だけでなく、「この問題なら誰に聞けばよいか」「この人なら誰につなげられるか」という人についての知識まで共同体の中に蓄積されている。先人から受け継ぐのは答えだけではありません。問い方を受け継ぎ、考え方を受け継ぎ、さらに人とのつながりまで受け継いでいく。知と人脈が別々に存在するのではなく、両者が重なり合いながら、世代を超えて共同体の力になっている。その点に、僕はとても強い印象を受けました。
転じて、国際競争の最先端で戦う日系人社会は、事例の蓄積や判断の型を伝承し、ネットワークを継承する機能をどこまで備えているでしょうか。
確かに、世界各地の日系人社会においても、知見や人脈のハブ的機能を担うラビ的な存在の方が活躍しておられ、属人的ながらもその系譜は引き継がれている場合は、あるにはあります。日系人会や日本商工会議所、県人会のような日系人コミュニティのハブ的組織も、多かれ少なかれ世界各地に存在しています。現地で暮らす日本人や日系人をつなぎ、情報を共有し、相互扶助を行い、日本企業や日本文化の発信を支えるという意味で、これらは非常に重要な存在です。また、各企業の駐在員の先輩後輩の縦のネットワークにおいても、ある程度引継ぎが行われたりはしていることでしょう。こうしたケースでは日系コミュニティ版のタルムード教育はある程度機能していると言えるかもしれません。
いずれにせよ、名簿がある。会合がある。イベントがある。懇親会がある。それだけでは全く足りません。誰がどの相手の「物語」に入ったのか。どのように聞いたのか。どのように信用を預かったのか。どのように相手の場に置かれたのか。そこで得た経験が、次の日本人にどう渡されているのか。そうしたところまで蓄積され、語られる場所、語りやすい関係性が、永続的に築かれていなければ、成功の再生産を力強く導くことはできないのです。

6 With Japan戦略による成功の再生産へ
NY界隈の日系人社会内に築かれつつあるWith Japan戦略による成功の再生産システムという点では、第6回「あなたの持ちものを欲しがる人に売ることをビジネスとは言わない(後編)」で触れた、ジャパン・ビレッジの好田忠夫社長の事例には、希望を見出せると思います。
寿司、ラーメン、抹茶、日本酒、弁当、和菓子、雑貨、清潔感、職人性、丁寧さ。日本人からすれば見慣れたものでも、NYの人々にとっては、それだけで強い吸引力を持つ素材です。ジャパン・ビレッジが提供する日本食や日本文化そのものに魅力があったことは間違いありません。
しかし、ジャパン・ビレッジは、単に「日本食を売る店」としてブルックリンに出ていったわけではありません。重要なのは、そこにブルックリン側の「物語」があったことです。
ブルックリン南部には、古い倉庫街や工業地帯を、飲食、文化、デザイン、スタートアップ、観光を呼び込む場へと作り替えていく再開発の流れがありました。そこでは、単に空きスペースを埋めるテナントではなく、人を呼び、街の印象を変え、地域に新しい物語を与える存在が求められていました。
そこに日本食や日本文化の魅力が噛み合い、日系スーパー「サンライズ・マート」等を展開する好田社長の手腕とジャパン・ビレッジ構想が必要な存在として見出された。まさしく僕の述べるWith Japan戦略の典型です。
しかも、この事例がちょっと面白いのは、好田社長を見出したIndustry CityのJim Somoza氏が、ユダヤ系不動産開発者Irwin Cohen氏の下でChelsea Marketの開発を学び、その経験や人脈を次の都市開発に生かしてきた人物だということです。先人から受け継いだ知見や信用が、新しい街づくりへとつながる。そのNYの都市開発の「物語」の中に、日本人である好田社長とジャパン・ビレッジが入り込んだという点には、やはりNYならではの妙味があります。
そして、さらに重要なことは、好田社長が、ご自身の成功で終わっておらず、成功の再生産にも取り組んでおられることです。
好田社長は、ユダヤ系の都市開発の「物語」の中に入った人であると同時に、その後、自分の「物語」の中に新しい人たちを入れる側にも回っています。ジャパン・ビレッジという場を通じて、日本食、日本文化、日本の事業者、日本に関心を持つ現地の人々を、次々に「ステージ」に上げてきました。日本の食材や商品を並べるだけではなく、人が集まり、語り、出会い、次の機会が生まれる場所を作ってきたのです。そう、価値変換のシステムが駆動しているのです。
僕が目の当たりにした限りでも特に印象的だったのは、コロナ禍で活躍の場を制限された在留邦人の音楽家たちに、ジャパン・ビレッジがライブの場を提供したことです。場所を用意する。人が集まる文脈を作る。日本文化の発信拠点として場を開く。そこで誰かが見出され、次の関係につながっていく。ちなみに上述のサクラコレクションのファッションショーはジャパン・ビレッジでも開催されました。

こうしてジャパン・ビレッジでは、食や音楽を媒介に新たな出会いや協働が生まれ、一人の日本人の成功が次の日本人の機会へとつながり始めています。僕がこの場所に希望を感じるのは、成功が一度限りの出来事に終わらず、次の挑戦を生む仕組みになりつつあるからです。
しかし、これを好田社長という一人の優れた経営者や、ジャパン・ビレッジという一つの場所だけに頼っていてはいけません。このような成功の再生産を、日系人社会全体の仕組みにするにはどうすればよいのでしょうか。

7 再生産の回路をつくる――「三種類の日本人」をつなぐ
ここで、第15回「日本の命運を握る『三種類の日本人』『三段構えの社交戦術』『三次元の国家間関係』について」で述べた「三種類の日本人」を思い出していただきたいと思います。NYには、大きく分けて、出張組、駐在組、永住組という三種類の日本人がいます。
出張組は、日本から短期間やって来る企業幹部、政治家、官僚、自治体関係者、文化人などです。彼らは、日本側の意思決定や予算、制度に近く、帰国後に組織を動かせる可能性を持っています。一方で、現地の文脈を深く知る時間はなく、視察や限られた関係者との面会だけで滞在を終えがちです。
駐在組は、企業、官庁、メディア、金融機関、文化機関、国際機関などから派遣され、数年単位でNYに暮らす人々です。日本側の論理と現地側の空気の双方をある程度理解し、その間をつなぐ翻訳者、調整者、橋渡し役になれます。ただし、組織の看板と任期を背負っているため、自由に動ける範囲には限界があります。担当者が交代するたびに、せっかく築いた人脈や経験が十分に引き継がれず、関係がリセットされてしまうことも少なくありません。
永住組は、起業家、専門職、アーティスト、飲食関係者、教育関係者、地域コミュニティの担い手、現地採用のビジネスパーソンなど、NYに根を下ろして生きる人々です。彼らは、現地の人脈、作法、信用、空気を知っています。どの扉が本当に開くのか。誰に話せば動くのか。どの場が意味を持つのか。それを肌で理解しています。一方で、日本側の制度や予算、意思決定、好ましいマナーからは遠くなりがちです。日本から来る出張者や駐在員に、都合のよい現地案内役として使われるだけで終わってしまうこともあります。
三者は、それぞれ異なる強みと弱みを持っています。しかし、これまでは、しばしば十分につながっていませんでした。出張組は、短期間で来て、視察して、帰る。駐在組は、現地調整をして、報告書を書く。永住組は、現地事情を知っていても、日本側の意思決定には届かない。このままでは、それぞれの経験と人脈は点のままです。
必要なのは、この三つの点を線でつなぎ、さらに線を束ねて「回路」にすることです。
ここでいう「回路」とは、蓄積された知見、人脈、信用を必要な人に渡し、次の挑戦で得たものを再び共同体に戻す仕組みです。第5章で触れたユダヤ系コミュニティから学ぶべきなのも、まさにこの循環です。
出張組、駐在組、永住組は、もっと頻繁に、もっと打算的につるむべきです。単に仲良くするということではありません。出張組が持つ日本側の意思決定や制度への接続、駐在組が持つ翻訳力と組織的信用、永住組が持つ現地の土地勘と人間関係を、互いに預け合うのです。
例えば一人の日本人がNYで見出され、次の機会へと押し上げられるためにも、この回路が必要です。本人の魅力だけでは足りません。その価値を現地の文脈の中で発見する永住組が必要です。その価値を日本側にも理解できる組織や制度の言葉に翻訳する駐在組が必要です。そして、その成果を日本側の意思決定者につなぎ、公平な手続に基づいて活用できる制度や事業の可能性を開く出張組が必要です。
そうした連係の末、オールジャパンで後押しした日本人が成果を上げる。その経験や信用を再びNY側のネットワークに還元し、次の挑戦者へとつなぐ。この循環ができて初めて、日系人社会は、単なる親睦の場ではなく、日本とNYの間に張り巡らされたプロデュース回路になります。
回路生成に重要なことは、出張組、駐在組、永住組の間に上下関係を作らないことです。
現状見られがちな、日本から来る出張組が偉く、駐在組がそれを支え、永住組が現地を案内するというタテ構造では、現地の信用は蓄積されません。反対に、永住組が現地を知っていることを理由に、ぶつくさ言って日本側の制度や組織を軽んじれば、推進力は生まれません。駐在組も、調整役に徹し過ぎて自らの判断力やネットワークを持たなければ、単なる連絡役に堕します。
三者が持つ資源は、それぞれ異なります。出張組は、意思決定。駐在組は、翻訳。永住組は、現地信用。この三つを補完的かつ対等に接続することが、With Japan戦略を国家として実装するということなのだと思います。
突出した個人に蓄積されたノウハウ、人脈、信用を、三種類の日本人を包含する日系人社会の回路に流す。その回路から生まれた成果を、新たな経験、人脈、信用として再び蓄積する。この循環があって初めて、価値変換は一人の偶然の成功に終わらず、日本と世界を結ぶ持続的な力になっていくのです。

8 心を開いて国を守ろう
僕は、目下の日本は衰亡の途にあると思います。人口減少と高齢化が進み、輸出数量が伸び悩む一方、日本の海外資産から得られる収益の存在感が大きくなっています。しかし、その一部は海外で再投資されるなど、海外で日本企業が稼ぐことと、国内の雇用や賃金、家計の可処分所得が増えることとは、必ずしも直結しません。
また、エネルギー、資源、デジタル基盤などを海外に依存する一方で、日本の技術や産業が他国にとって欠かせないものであり続けられるのかという、経済安全保障上の不安も強まっています。AIやSNSは個人の活躍の可能性を大きく拓いている一方で、若者が自ら考え、退屈や失敗に耐えながら能力を鍛える機会を奪いつつあるようにも見えます。
僕は、こうした日本の将来に対する漠たる不安を拭えない毎日を送っています。
しかし、日本に価値がなくなったわけではありません。技術も文化も人材も、まだ数多く残っています。問題は、それらを世界の人々が必要とする価値へと変え、国内の雇用や所得増進、さらには国際的な不可欠性へ結びつけることができていないことです。
では、なぜ日本は、自らが持つ価値を十分に生かせないのでしょうか。
この連載で見てきたことを裏返せば、制度や資金の問題に加えて、僕たち自身の他者との向き合い方にも原因があるように思います。自分たちの価値を売り込むことに気を取られ、相手が何を求めているのかを深く知ろうとしない。似た者同士で群れては身内の評判を気にするばかりで、立場の違う者同士が大同団結できない。突き詰めれば、日本人は国内外を問わず、他者に十分に心を開いていないのではないでしょうか。NYでの学びを僕なりに突き詰めた末に、僕はそう考えるようになりました。
日本がNYから学ぶべきは、価値変換の速さと精度の高さだと、僕は今号の冒頭で述べました。なぜNYは価値変換が速く、精度も高いのか。それは、やはりNYの人々は他人に興味があるからでしょう。端的に、人をよく見ているのです。心を他者に開いているのです。この人はどういう人なのだろう。純粋な人間的興味から、自分のビジネスにおける利用価値まで、一つ一つの出会いを大切にして相手を検分しています。余裕がなくても、傷ついても、人付き合いにへとへとになりながらも、それでも心を開いて、付き合うのです。なぜなら、そもそも皆、自分の人生を決定的に変えてくれる誰かと出会うためにNYへやって来ているからです。出会った人から何かを得よう、機会費用を無駄にすまいと、狂おしいほどに必死なのです。
だから、最後に、これだけを呼びかけて、この連載を終えたいと思います。
海外に目を向け、自分とは異なる人に関心を持ちましょう。相手が何を望み、何に悩み、どのような未来をつくろうとしているのかに耳を澄ましましょう。自分たちの技術や文化や人脈を、その人の「物語」のどこに噛み合わせれば、共に前へ進めるのかを考えましょう。
そして、国内外の日本文化を共有する者同士が、立場の違いを超えて対等に結び付き、信頼のネットワークを強め、互いの知見や人脈を打算的に融通し合いましょう。
心を開くとは、相手に迎合することではありません。違いを恐れずに相手を知り、自分の持てる価値が相手の人生の中で生きる接点を見つけることです。いわんや、国を開き、無条件に移民を受け入れよという話ではありません。国を守ることと、心を閉ざすことは同じではありません。むしろ、日本を守るためにこそ、世界を知り、他者を理解しなければならないのです。
日本には、まだまだ、世界の誰かを助け、共に新しい未来をつくるだけの価値が残っています。それを生かせるかどうかは、僕たちが内向きに閉じこもらず、世界の人々と向き合えるかに懸かっています。
日本人よ、心を開け。

9 連載を終えるにあたって
最後に、少し個人的な御礼とお詫びを書かせてください。
まず、PLANETS編集部の皆様には、長きにわたり、本連載に伴走していただきました。心より御礼申し上げます。
この連載は、NYで見聞きしたこと、仕事や生活の中で感じた違和感、会食やイベントで交わした会話、街を歩きながらふと考えたことを、何度も行き来しながら文章にしていく作業でした。加えて、日々の業務と(NYで授かった)子育てに追われる中で、執筆の時間を安定して確保することも簡単ではありませんでした。そのため、連載の間がずいぶん空いてしまったりしました。読者や編集部の皆様には、原稿をお待たせしてしまったことについて、この場を借りて、深くお詫び申し上げます。
それでも、編集部の皆様は、毎回、急かし過ぎることもなく、かといって見放すこともなく、絶妙な距離感でお待ちくださいました。連載を続けさせてくださったことに、改めて感謝しています。
そして、NYで出会ったすべての皆様にも、心より御礼申し上げます。仕事の場でお世話になった方々、会食やイベントで出会った方々、日系人社会の中で助けてくださった方々、突然の相談やお願いにも応じてくださった方々、そして、ときに厳しく、ときに温かく、NYの作法を教えてくださった方々。連載で書いてきたことの多くは、そうした出会いの中で得た気づきに支えられています。僕がNYについて何かを理解できたのだとすれば、それは本を読んだからでも、街を歩いたからだけでもありません。NYで出会った人々が、それぞれの言葉で、それぞれの振る舞いで、この街の見方を少しずつ教えてくれたからです。
また、これまで長い連載にお付き合いいただいた読者の皆様にも、心より御礼申し上げます。時事的な話題から文化、政治、ビジネス、日系人社会、社交場の作法まで、毎回ずいぶんと話題が飛びました。それでも読み続けてくださった方がいたことは、執筆を続けるうえで大きな励みになりました。
最後になりますが、この連載を支えてくださったすべての皆様に、心より感謝申し上げます。長い間、本当にありがとうございました。
これからは、NYでいただいた数々の御縁と学びを、10年前の英国での御縁と学びとも掛け合わせつつ、僕もまた、国内外の資源を総動員してWith Japan戦略による日本社会の発展に引き続き貢献して参る所存です。

この記事は、PLANETSのメルマガで2026年9月14日に配信した同名連載をリニューアルしたものです。あらためて、2026年11月5日に公開しました。
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