「中東で一番有名な日本人」こと鷹鳥屋明さんが等身大の中東の姿を描き出す本連載。今回は2017年11月にクウェートで行われた「WAWAN CLASSIC 2017」というボディビル選手権に招待され、筋骨隆々の選手たちを間近で見てきたという鷹鳥屋さんに、珍しいイベントの様子を写真入りでレポートしていただきました。
端的に言うとね。
タイトルからなかなか激しいですが、中東にてなかなか珍しいイベントに呼ばれたので、その面白い内容をご紹介したいと思います。
中東の大手プロテイン・スポーツジムを運営しているクウェートにある会社WAWAN(ワワン)グループのイベントにご招待をいただき、クウェートシティへ行くことになりました。
最初は何のイベントに誘われたのだろうか? と思ったのですが、後々聞いてみると驚いたことに、中東で一番大きなボディビル選手権「WAWAN CLASSIC」のイベントに特別ゲストとして来てほしい、という内容でした。
なぜ身長168cm、体重65kg程度の中肉中背、というかアラブ飯のせいで内臓脂肪が少しヤバい私が呼ばれたのかはひとまず置いておきまして、皆さまご存知かもしれませんが、中東ではジェンダーの面ではまだまだ「男は男らしく、女は女らしく」という意識が強い地域です。それもあって、男性のマッチョイズム的な要素は現地ではなかなか盛んであると言えます。そこで今回は、中東最大級のボディビル選手権のご紹介を通して、筋肉の写真を多めに、現地の筋肉事情をお伝えできればと思います。
主催のWAWANグループとは?
WAWANグループはクウェートに本社を置き、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、バーレーン、カタールなど、湾岸アラブ諸国に幅広くプロテインやスポーツジムを展開する企業です。会社規模はかなり大きく、世界最高峰のボディビル選手権で5連覇の伝説のボディビルダー、ロニー・コールマンの事務所と提携し、プロテインなど各種商品を中東で販売しています。
他にもアメリカ、イギリスなど多くのブランドと組むだけでなく、独自のブレンドで作った自社プロテインの販売も行っています。最近特に力を入れているのが中東独自のテイストのプロテインで、ラクダブレンドと銘打った特別な配合プロテインやナツメヤシ(デーツ)を使用したプロテイン、あるいはアラビックコーヒー味のプロテインを開発するなど、グローバルブランドと組むだけでなくローカライズに向けた研究開発に余念がありません。それに加え、低カロリー高タンパクのヘルシーなレストラン経営やフードサービスまで幅広く行う企業です。
代表のアデル氏は元警察官で、現職のときに様々な軍隊や警察のトレーニングを受けていましたが、脚の怪我から引退、その後実業家としての活動をスタートしました。クウェート市内の小さなプロテイン・スポーツ器具店から事業を始め、今では国内外に何十店舗もの拠点を持つ企業に育て上げた方です。
ここの社員の皆さまもかなりぶっ飛んでいらっしゃり、バーレーンの担当社員は私が日本人だとわかると
「俺、『ポケモンGO』大好きなんだ! 今もコンプリート目指して頑張っているんだよ! でもクウェートもバーレーンもポケストップが少ないから、ひたすら走って卵を孵化させているんだ!」
と爽やかな笑顔で『ポケモンGO』のアプリを見せてくれます。
そんな彼のトータルのランニング記録は2017年当時、まだ『ポケモンGO』がリリースされてそんなに経っていないのに1105kmを超えており、孵化させた卵の数は1200個近くといろいろ桁数がおかしかったのです。
「ポケモンは筋肉で集めるんだよな!!」
そんな彼はカイリキーが好きだそうです。そんな脳筋な……いや、素敵な社員がたくさんいる会社のようです。
中東筋肉祭り、「WAWANCLASSIC」とは
招待していただいたイベントの正式名称は「WAWAN CLASSIC 2017」という名前で、会場はクウェートシティ南部のクラウンプラザホテルの大会場を貸し切って行われ、選手権は軽量級、重量級以外にも様々な部門が設けられています。重量級の優勝賞金は現金のドル札で優勝者には約500万円、2等は300万円と、なかなか金額の大きいイベントと言えます。
2017年度はボディビル選手権だけでなく、間に総合格闘技の試合が9試合入り、かなり濃い内容をわずか1日の中で行う、なかなかハードスケジュールでした。では、中東の筋肉をじっくりご覧ください。
本大会の参加人数は数百人を超えており、私も356番目の筋肉を見た後で何人目の筋肉なのか数えるのをやめました。
左右どこを見ても激しい筋肉祭りで、頭の中では『超兄貴』(メサイヤが誇る有名なシューティングゲーム)のアルバム内にある「兄貴と私」と「キン肉マンGo Fight!」がエンドレスで流れ続けました。
軽量級でも十分体の大きな方々が集まっているのですが、私はあまり筋肉事情に詳しくなく、中東の軽量級のボディビルダーの方々は上半身を強く鍛えているのに、あまり下半身を鍛えていないという印象を受けました。詳しい方に聞いたところ、湾岸アラブ諸国の方々だけではなく、そのような鍛え方をする傾向もあるそうです。
私は審査員席の横に座っていましたが、実は筋肉にそんなに詳しいわけではありませんでした。幸いなことに、隣に前述のロニー・コールマン事務所のテキサス出身のアーロンおじさんが座っていて、筋肉について激しいテキサス訛りでいろいろと教えてくださり、私も大変筋肉の勉強になりました。
そして部門が変わり、突如始まる「筋肉ベストジーニスト賞」。とりあえず筋肉がすごいので正直ジーンズがどうでもいい気がしますが、長時間見続けているとだんだん「筋肉もファッション」という意識がこの短時間に私自身の中で萌芽してきたようで、違和感を感じなくなっていきました。
ここで少し休憩を挟み、会場に設置された格闘技場にて総合格闘技の試合が開始されました。全部で9試合、18人の男たちが雌雄を決する戦いをします。ちなみに8試合が前座で本試合の最後の1つが大事と聞き、「前座ってなんだろう?」と考えさせられました。
出身はクウェート、エジプト、ヨルダンやモロッコなど、中東全域から選手が集まっており、こちらもまたボディビルダーとは違う独特の筋肉を持つ男たちが赤コーナー、青コーナーから出てきて戦っていました。
試合を見た感想としては、安全基準が日本より低いと言いますか、かなりの血を見ました。3人ほどは試合中に意識を失い、その中でもエジプト人の選手はリングで倒れてから5分ほども意識が戻らず、ドクターが集まり処置を施している間、会場も騒然としていました。勝者もレフリーも勝利宣言をするわけにもいかず、どうしたものかとリングをウロウロしていて、リングの外では倒れた選手の婚約者が泣き叫んでいるという「これはドラマのワンシーンか」と思うほど、なかなか凄まじい光景でした。これらの倒れた選手たちは皆意識を取り戻し、担架で、または担がれてそれぞれリングを後にしました。正直、彼らの後遺症などが心配なレベルです。
そして今回の試合のエキシビジョンマッチのスペシャルゲスト、クウェートで大人気の映画『デッドロック4〜絶対王者ボイカ〜』主演のスコット・アドキンス氏が登場。もともとはスタントマンとして活躍していた方でしたが、映画の役をこなすうちにその激しい格闘技のアクションから有名となり、現在中東では上記映画作品のキャラクター名である「ボイカ」という愛称で親しまれています。
彼が登場すると会場内は「ボイカ! ボイカ! ボイカ!」の掛け声と共に熱い熱気に包まれました。彼はWAWANグループの大柄なエジプト人ボディガードと試合を行い、飛び関節をきめて鮮やかに勝利しました。練習していたのかもしれませんが、本当に見事な飛び関節でした。
そこからクウェート最強の男と挑戦者ロシア系シリア人のファイナルマッチ。クウェート最強の男、アブドッラー・ボウシェフリ氏は普段は警察官としてクウェート市内で働いており、最近可愛い子猫を飼っていつも一緒にいるなど可愛らしいところがありますが、さすがクウェート無敗の男、開始4分で挑戦者にマウントをとって圧勝しました。
激しい総合格闘技の試合が終わった後、最後はボディビル重量級の選手権です。写真を見ていただければわかるように、ただただすごい筋肉、としか言いようがありません。聞いたところ、軽くても80キロ、100キロを超える方もいるそうです。こちらはエジプトやヨルダンの方々が多く、湾岸アラブの方々は少ない印象がありました。時たまサウジアラビアやアラブ首長国連邦、クウェートの人も僅かながらいる、という感じです。
今回のWAWAN CLASSIC 2017の1位の方はクウェート国外の選手たちでした。私はお恥ずかしいことに、このイベントはクウェートで行われていることから、上位にクウェートの選手が必ず入るかな、と思っていましたがそんなことはなく「ああ、筋肉は嘘をつかないのだな」と強く感じました。
ちなみに決勝のフリーポーズでは激しい音楽に合わせて全選手が審査員席まで下りて我々の10cm前でポージングを行う、という筋肉大サービス状態でした。なんというか、今までの人生で一番1平方メートルあたりにおける筋肉濃度が高い瞬間だったと思います。
審査員席で興味深かったのは、審査員の中に女性のボディビルダー(トルコ人)がいて、多分あと変身を2回くらい残していそうなパワー系の方が居たことと、撮影禁止ではありましたが、会場にもアラブ人女性のボディビルダーが何人かいたことです。クウェートは他の湾岸諸国に比べて規制が緩い方ではありますが、ここまで規制が緩くなっているというのも大変面白いと言えます。いつか女性のボディビル大会が行われる日が来るのでしょうか。
このWAWANグループが行うWAWAN CLASSICは年々規模と参加国が拡大しており、主催曰く日本人で来たのは筆者、鷹鳥屋が初めてだそうで、日本人のボディビルダーの方々の参加も大歓迎だそうです。
文化や芸術の延長で、筋肉で交流を深めるのも大変良いかと思います。中東の珍しいプロテインを試してみたい方、中東の筋肉交流をしたい方々のご連絡をぜひお待ちしております!
(*この章の連載時のメルマガ掲載後、筋肉武者修行でクウェートのWAWAN社に渡った日本人ボディビルダーの方が数名いました。世界に羽ばたく日本の筋肉の活躍が楽しみです。)
[了]
この記事は、PLANETSのメルマガで2017年12月27日に配信した同名連載をリニューアルしたものです。あらためて、2021年9月2日に公開しました。
これから更新する記事のお知らせをLINEで受け取りたい方はこちら。