消極性研究会の簗瀨です。

 前回に引き続き今回もリモートワークにおけるコミュニケーションについていろいろと書いていきたいとおもいます。

 さて、新年に入ってだいぶ経ちますが、昨年末(執筆時:2021年3月)は会社でオンライン懇親会がありました。懇親会のメインはオンラインビンゴのシステムを使い、社員とその家族、総勢80名ほどで会社や有志から様々な物品やサービスの争奪戦を行いました。それぞれこれが欲しい、あれが欲しいという話が事前にされており、当日は悲喜こもごもでなかなか盛り上がったかと思います。

 ビンゴゲームの良いところは毎回の偶然ではなく、ステップを踏んで徐々に当たりに近づいていくというワクワク感ですよね。あと一つでビンゴというリーチ状態になった時はだいぶテンションも上がっているかと思います。

 しかしスタートダッシュに遅れると、当たった人たちやリーチがかかった人たちがエキサイトしているのを眺めるばかりでむしろ醒めてしまうということもあるのではないでしょうか。いやありますね。私はまさにそれで、最後の一人がビンゴとなった時にはまだ一つもリーチがないという状態でした。

 これを解決するにはどうすれば良いでしょうか?
 一つはビンゴと並行して、別なくじ引きを実施することです。参加者それぞれが一つの当選番号を持っていて、引いた数字がそれだったらビンゴの景品とは別な何か軽いもの(例えばAmazonギフト券など)が当たるようにしておくわけです。こうするとリーチが出ていなくても何かが当たる可能性は常に出てきます。

 もう一つ考えついたのは、特定の数字(例えば0)が出たらそれまで開けたマスを逆転させるという方式です。つまりリーチ状態だとその列は一つだけ開いた状態、一つもマス目が開いていなければ即座にビンゴということもあります。

 あまり前半で出ても意味がないので、半分くらいの数字が引かれたところで逆転数を投入するみたいな運用がいいですね。ほとんど開いていない人はチャンスが出てきますし、逆にリーチになっている人は逆転数が出ないように毎回ドキドキすることになります。全員が最後まで興味を失わない、とはならなくても前半で脱落してしまう人は減るのではないでしょうか。
 途中でヒエラルキーが覆るルールとしてはトランプの「大富豪」における革命ルールなどが存在します。

オンライン会議で油断を可能にする自分アバター

 私はもともとスーツを着て仕事をするスタイルではないのですが、仕事に行く時は襟のある服を着て髭も剃って出かけていました。しかし、2020年の3月から新型コロナの影響で出勤が禁止となり、家で仕事をするようになってからは部屋着のまま仕事をするのが普通です。こうなると毎日なにかしら発生するオンライン会議のために着替えたり髭を剃ったりするのがなかなか億劫です。弊社は割と緩い社風なので、無精髭にTシャツ、トレーナーみたいな服装でも特に何か言われることはないのですが、私個人としてはあまりプライベートな姿を見せたくないという感覚があったりします。
 また、前回も書いたように我が家は会社への通勤を優先した結果として非常に狭く、リビングと寝室しかないため私の仕事スペースはキッチンの一角にあり、玄関を背にしているためカメラに映ると不都合です。Zoomなどは人物を自動的に切り抜いてバーチャル背景を適用してくれますが、そうではないシステムの場合、家族やキッチンが映り込まないよう衝立を使うなどして対処しています。
 その手間をなんとかしようと考えたのが「自分アバター」でした。
 ZoomやGoogle Meets、Microsoft Teamsなどのビデオ会議システムはカメラを選ぶことができます。さらにWindowsにもMacにもカメラとして振る舞ってくれるソフトウェアがいくつかあります。例えばSnap Cameraなどを使って画面に強いエフェクトをかけるなどは常套手段ですね。私が利用したのはOBS(Open Broadcaster Software)というフリーの録画、配信用ソフトです。もともとはカメラやPC上の映像などをミックスし、録画したり配信したりするためのものですが、Virtual Cameraという機能を使うことによりビデオ会議システムに直接映像を送ることができます。
 例えばZoomの会議で身だしなみを整えた自分が人の話を聞いている様子を一定時間記録し、動画ファイルにしてからOBSでループ再生しておけば実際の私がどんな格好をしていようとも、画面の向こうの参加者には私がきちんとした格好で真面目に話を聞いているように見えるわけです。

 誰もいない時にカメラの前で自然なふるまいをするというのは意外と難しいようで、最初は動かなさすぎて不自然と同僚に指摘されたりもし、この半年間で何度か録り直し今のようになっています。
 なお、当然ですがただループ動画を流しているだけだと発言した時に声はするのに口は動いていないという状態になってしまいます。そこでマイクの入力を取得し、声が入っていたら口パクしている動画に切り替えるというアプリケーションをUnityで作成し、それをOBSで流すように変更しました。

 見ていただければわかると思いますが、お世辞にも自然に見えるとは言えません。本格的にやるならフォトグラメトリ(写真を元にして3Dモデルを作成する技術)を使い、音声を解析した五十音に基づいたリップシンク(音に合わせて唇を動かす技術)を行った方が良いかもしれません。
 ただ、こういったアバターを使う目的は本物のように振る舞うことではありません。こうした粗いシステムを普段から活用することで、ビデオ会議の相手としてアイデンティティを感じられる映像がリアルタイムに動いていれば十分だと知ってもらいたいというのが私の意図です。せっかくお互いにテレワークで自宅作業をしているのですから、気を遣わずに楽に会議に参加できた方がクオリティの高い仕事にもつながります。

 ちょうどこの原稿を書いている時期(2021年2月下旬)にAroundというというビデオ会議システムが話題になっていましたが、こちらは従来のカメラ映像をそのまま流すシステムと異なり、参加者の顔の周囲だけを切り取ってくれるようにできています。また、顔そのものもフィルタなどをかけて雰囲気は伝わる程度に情報量を落とすことができるため、テレビ会議のために部屋や身なりを整えるという労力が軽減されるわけです。実際世の中がコミュニケーションの負荷軽減に向かっている、ということがうかがえますね。

声チャットとプライバシー

 さて、Aroundと時期が前後しますが、その前にはClubhouseという音声チャットのSNSが話題となりました。Clubhouseは招待制のSNSで誰かが部屋を作り、登壇者を決めて音声で会話をするというごくシンプルなシステムになっています。集まってきた聴講者を登壇させたり、もしくは登壇者から聴講者に戻ったり、戻したりといった機能が備わっています。Clubhouseについてはそれだけである程度の話題がありますが、長くなってしまうのでそちらは割愛するとして、それに限らず音声を使ったコミュニケーションで気になるのはプライバシーの問題です。

 前述したように我が家にはプライベートな空間が不足しています。私も奥さんも電話などプライベートな会話を聞かれるのは嫌なタイプなので、プライベートな電話がかかってきたりかけたりする際は洗面所や寝室に行き、ドアを閉めて短時間で用事を済ませるのが常です。
 仕事の会議は必要があってしているので良いですが、例えばZoom飲み会やイベントの懇親会など、他愛のない会話はオープンにしにくいですし、そういった会話をしている間、奥さんは気兼ねして静かにしているため迷惑もかけてしまいます。
 声を出さずに音声を伝えるデバイスとしては東京大学暦本研究室のSottoVoceなどが研究されていますが、まだ誰でも使えるようなものは実現されていません。これをなんとかできないかと思い、安直ですがキーボードで打った文章が発音される簡単なアプリケーションをUnityで作ってみました。

 これはClubhouseなどに限らず、Zoom飲み会、懇親会やその他の音声つきコミュニケーション全般に活用できます。実は会社の有志でなんとなく空間を共有しコミュニケーションを促進するために二次元平面上でアイコンを動かし、近くの人と音声で交流するSpatial Chatというサービスを使っているのですが、上記の理由でなかなか活用できずにいました。しかしキーボードで会話できるようになってからは時々雑談に使っています。
 ただ、当然ですがどんなにキーボードを打つのが速くても普通に会話するよりはだいぶ遅いので、ややストレスはあります。合成音声だと何を言っても面白がってもらえるため、そこでやや相殺です。なお、誰でも使えるような音声合成APIは声の種類が限られているため数人で合成音声を使うと誰が誰だかわからなくなってやや混乱するかもしれません。

 余談ですが、前述した自分アバターと合成音声アプリケーションを組み合わせると自分が合成音声を話しているかのような状態でビデオ会議ができます。

他人の存在を感じる時

 今回は自分アバターや合成音声アプリケーションの紹介をしてきました。どちらも今すぐ誰もが実戦投入できるというものではありません。しかし使ってみた実感としてコミュニケーションにおける存在感というのは、それまでの積み重ねから得られた個性とリアルタイムにそこにいるという点がわずかでもあれば十分なのではないかという気がしています。毎回きちんと身だしなみを整え、部屋をきれいにしてカメラをオンにしなくても、それらを感じさせる手段はいくらでもあるということです。Aroundなどはまさにコミュニケーションに必要なラインを大きく下げてくれるプロダクトですね。

 最近はスマートフォンの処理能力も大きく上がってきましたし、もう少しするとリアルタイムに3Dのアバターを生成し、適当にカメラの前に座らせ、意図的な身振りや口の動きなどはシンクするけれども、本人はPCの前でだらけていても良いというような状態になるのではないかと期待していますが、それよりも「お互いに楽な形でコミュニケーションできるのがいちばん良い」ということが常識となる世の中になって欲しいものです。

(了)

この記事は、PLANETSのメルマガで2021年3月16日に配信した同名連載をリニューアルしたものです。あらためて、2022年2月17日に公開しました。
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