モート環境を不可避的に経験する中で感じる悲喜こもごもについては、オンラインコミュニケーション技術(#6)チャットツールの活用(#15)周辺体験のデザイン(#17)、など、この連載でも複数の視点から語られてきました。

私自身も同じような経験をしてきているのですが、同じく消極性研究会メンバーの栗原さんや簗瀬さんよりも輪をかけて消極的な性分だからか、個人的には比較的心穏やかに過ごせている方なのかなとバックナンバーを読み返しながら感じています。大学はオンライン授業になりましたが、COVID-19以前から各種コミュニケーションシステムを利用して消極的な学生からも意見を引き出せるよう工夫して授業をしていたのが功を奏して、その延長線上で慣れ親しんだ授業ができています。

そんな私でもずっと頭を悩ませてきたのがゼミ(研究室)の運営です。週に1度のオンラインミーティングで進捗を共有するだけではちょっとした困りごとの相談などがすぐにできないし、日頃がんばっている様子がお互いに見えていないと一体感が得られないし、研究のペースやモチベーションを保ちにくくなってしまいます。悪い意味でも心穏やかという感じでしょうか。

このような経験をしてきたのは私たちだけではなく、あるいは大学だけで見られた現象でもなく、おそらく一般的によく見られる現象だったはずです。実際、2021年3月に開催された「情報処理学会 インタラクション2021」において発表された「在宅勤務が職場の関係性及びメンタルヘルスに及ぼす影響」という研究では、在宅勤務ではつながりの弱い同僚間のコミュニケーションが減少することやそれに伴って不安感が増大することが報告されています。

インフォーマルコミュニケーションとアウェアネス

リモート環境になっても進捗報告ミーティングや仕事上必ず必要なやりとりなどはなくなりません。ビデオ会議ツールやチャットツールを使えばそれほど不自由しないからです。失われがちなのはインフォーマルなコミュニケーション、つまり議題・スケジュール・参加者などがあらかじめ計画されておらず、偶発的に発生するコミュニケーションです。

実は、リモート環境でインフォーマルコミュニケーションが減ってしまうという問題はコミュニケーション支援技術の研究分野では古くから(少なくとも1990年代から)着目されていて、お互いに今どういう状況にいるかが伝わりづらいせいで話しかけるきっかけがつかみにくいことがその主たる原因だというのが定説になっています。それぞれの人が今どうしているかに関する情報を「アウェアネス」と呼び、リモート環境でもアウェアネスを共有できるようにすることでインフォーマルコミュニケーションを促進しようとする様々な技術が提案されています。

わかりやすい研究事例でいうと、お互いの仕事場をカメラで撮影して随時共有するシステムの研究などは1992年に発表されています(Portholes : Supporting Awareness in a Distributed work Group (CHI 1992))。

ところが、それからおよそ30年後のコロナ禍にあって、こうしたシステムが日の目を見たという話はそれほど聞かなかったように思います。常に自分を映しているカメラがあってそれをどこかで誰かが見ているというのは何か嫌だなと感じた人も多いのではないでしょうか。アウェアネスを共有、つまり相手の状況を知ることの利便性は自分のプライバシーを失うこととトレードオフの関係にあるというわけです。同じ時間に同じ場所にいてお互いに状況を共有している状態は自然と受け入れることができているのに、それがインターネット越し、テクノロジー越しになるとどうも気持ち悪いという問題がなかなか解決できていないままなのです。

この問題に対してのおもしろいアプローチの一つとして、照明やごみ箱などの日用品の状態を遠隔地で同期させる、つまり自分の家の照明を点灯させると相手の家の照明も点灯する、ごみ箱のふたを開け閉めするとそれも連動するSyncDecorというシステムが提案されています

SyncDecorはその研究目的として遠距離恋愛支援を掲げていたこともあって、かなりプライバシーに配慮した形でのアウェアネス共有を実現できていると思いますが、専用の日用品が必要なことに加え、多人数でのアウェアネス共有には適していません(多人数で照明を連動させたら部屋がディスコになってしまいます)。

共有タイマーによるインフォーマルコミュニケーション支援

これに対して、2020年度に私の研究室で行われたある卒論では、今どうしているかを逐一共有するのではなく、もともと共有しているスケジュールに合わせてみんなで生活するという方法を研究しました。みんなが同じタイミングで休憩するとわかっていれば、話しかけてよいかいちいち確認する必要もないというわけです。コミュニケーション支援技術研究の流れから言うと逆転の発想という感じがしますが、時間割に合わせて勉強しつつ休み時間には休憩しながら雑談する、誰しも経験したことがある学校生活のようなごく自然な発想だと言えるでしょう。

具体的に実施したのは25分作業と5分休憩の30分サイクルを繰り返す集中方法「ポモドーロ法」を参考に、グループメンバーでオンラインコミュニケーションシステム上に集まってポモドーロタイマーを画面共有しながら各々作業に取り組み、休憩時間になったらミュートを解除するという実験です。

私の研究室ではこの方法を実践しながら1週間のリモート夏合宿を実施し、もう一つ別の研究室でも概ね同様の実験に協力していただきました。

▲ポモドーロタイマーをリモート環境で画面共有する実験のスクリーンショット

私の研究室での実践においては、この方法のおかげでリモート環境でありながらも比較的合宿感を味わうことができたように思い、手ごたえを感じていました。協力していただいた研究室での実験においては、使わない場合よりもそれぞれ集中して作業に取り組むことはできたようですが、インフォーマルコミュニケーションは増えませんでした。アンケート結果を見るに、休憩中に話を始める心理的障壁が下がったと感じていた人はいたものの、5分の休憩時間が話をするには短すぎた可能性があるというところでした。

コロナ禍がきっかけとなったプロジェクトですが、雑談が盛り上がっているときは少しだけ長めに休憩できるようにする、最初に話し始める人や話題などを提案する機能を付けるなど、これからも引き続き様々なバリエーションを試してみようと思っています。

この方法はオンライン限定というわけではなく、複数の人が集まってそれぞれ作業を行うような場面であれば対面であっても利用できます。対面状況に逆輸入してからがこの研究の本番かなと思っているくらいです。これまでも積極的な人たちにさんざん間が悪い話しかけられ方をしてきましたし、自分は延々と話しかけるタイミングを計るのに疲れてきましたし、そういう自由な話しかけ方に頼らないデザインはやはり消極性デザインなのだろうと考えています。

こんな方法を自分でも試してみたいと思った方はmocriというアプリの「集中モード」が同じような機能になっているようですので使ってみてください。

▲mocri

ほかにも複数人でポモドーロタイマーを共有するSushi Workというシステムも開発されているようですが、こちらは見ず知らずの人どうしが「他にもがんばっている人がいるのだなあ」と感じながらがんばることだけを目的としたシステムになっていて、休憩中だから話しかけようなどということはつゆほども考えていないシステムになっています。システム上、他のユーザにコンタクトを取ることがまったくできなくてすがすがしいですね。大学にいる私はついついコミュニケーションを取る方に考えてしまいますが(消極的なのに!)、「誰と話すわけでもないけどシェアオフィスだとはかどるから好き」なエンジニアがシェアオフィスに行けなくなってしまったとき、「ポモドーロタイマーを共有する」という同じ着想からこれほどまでにも違う発想のシステムを生み出すのだなと注目しています。消極性にも消極性デザインにもグラデーションがあるという好例ではないでしょうか(ちなみにこの原稿の一部はSushiWorkを使いながら書かせていただきました)。

話しかけられない理由の究極形

私などはそもそも「対面だと相手の状況がわかるから話しかけやすい」というのは眉唾だと思っています。どちらかというと「対面だと、消極的な人は話しかけられるのを拒めなくて話しかけやすい(ただし積極的な人に限る)」「対面であれリモートであれ、消極的な人はいろいろ心配してしまうのでいずれにせよ話しかけにくい」という方が実態に近いはずです。

誰かに話しかけようとするときに消極的な人が感じてしまう心配の根源にあるのは「自分なんかとは話したくないだろう、自分と話す価値なんてないだろう」といった自分に対する自信の無さだと思います。それは対面でも遠隔でも変わりません。積極的な人たちはなんて自信に満ち溢れているのだろうと不思議に感じる毎日ですよね。異性との出会いを求める人向けのアプリなんかも溢れている昨今ですが、自分に自信が持てない人のことなどは気にも留めてはくれません。盛りに盛られたプロフィールの海に溺れてさらに自信を失っていくしかありません。

相手の方から話しかけてくれる場合にも、自分に自信がないことはマイナスに働いてしまいます。「自分に話しかけたい人なんていないだろうから、自分のアウェアネス情報なんて共有しても仕方がない」そんなふうにばかばかしく感じてしまうこともあるかもしれません。

自分に自信があればリモートになろうがなんだろうが、ちょっとくらいの障壁は乗り越えてぐいぐいと人に話しかけていくことができてしまうし、自信がなければ帰り道に一緒になってバスを待っているくらいの大チャンスでも話しかけられない。そんな不公平な状況を少しでも改善するためには、自信を持てない人たちが少しでも自信を持てるようなデザイン、根拠もなく自信を持っている人には根拠を要求していくようなデザインが必要だと(ちょっとした青春の恨みつらみを込めつつ)思うわけです。

そんな先生に影響されてしまってか、2020年度のある卒論生と一緒に、その日がんばった人どうしだけがコミュニケーションできるシステムの研究を行いました。毎朝、その日何をがんばるかをチャットで共有して、毎晩、自分がその日一日がんばれたかをシステムに報告する。がんばったと報告した人にはその日のZoom URLが送られてくるという非常にシンプルなシステムです。

スポーツの大会で優勝したら、第一志望の大学に合格したら、文化祭の展示が成功したら……勇気を出してみようなどと思ったことはありませんか? そんながんばりドリブンのコミュニケーションに光を当てたシステムを作りたい、会話術に長けた人ばかりがいい思いをするシステムばかりなのはおかしい、と思ったのです(また恨みつらみが出てしまいました)。

このプロジェクトについては、多くの中学高校から学生が集まってオンライン・オフラインで交流する、とある科学教育プログラムの場をお借りして実証実験を行いました。プロジェクトで利用しているSlackにチャンネルを作って、がんばりの共有と報告を促してくれるbotを導入しました。

▲がんばりの共有からコミュニケーションを始めるためのSlack bot「がんばるーとちゃん」

実験後のアンケートでは、他の人のがんばりを感じることで自分もがんばることができた、がんばることを通じて自分に自信が持てたといった結果が得られました。しかし、日常的な夜の過ごし方は人それぞれで、同じタイミングにZoomに集まることがなかなか難しいということがわかりました。また、Zoomに入室するまで誰がいるのかまったくわからない仕様になっていたことも消極性デザインの観点から改善の余地があったと反省しています。

インフォーマルコミュニケーションを問い直す

この期間、学生たちと一緒に様々なプロジェクトに取り組む中で、「インフォーマルコミュニケーションは議題・スケジュール・参加者などがあらかじめ計画されていない」というが、実際には部分的に計画されている場合が多く、計画されている方が話しかけやすかったり、いいコミュニケーションにつながったりするのではないか? というインフォーマルコミュニケーションについての根源的(?)疑問を抱くようになりました。

たとえば、全員で同じ作業・休憩サイクルを共有している状態で休憩時間に雑談が発生するのはインフォーマルコミュニケーションと言えるのでしょうか? さらに、話を始めやすいように誰から話し始めるか、何を話すかをシステムが提案してくれるようになったらどうでしょうか?

インフォーマルコミュニケーションで計画されていない部分は、アドリブで決める必要があるものであって、何事もいろいろな心配をしながら時間をかけて決めたい消極的な人には心理的な負荷が高いものだと言えます。アドリブでの決定に伴う負荷を減らしていくこと、インフォーマルコミュニケーションを部分的にちょっと計画的に、フォーマルコミュニケーションシステム寄りにしていくことが消極的な人たちには快適に感じられるということです。何ならかなりフォーマルな場の方が好みだという人もいるくらいではないでしょうか。

もしかすると話が弾みやすいインフォーマルコミュニケーションの場面は、ちょっとフォーマルコミュニケーション寄りな要素を持っているかもしれないと思って考えてみるといろいろと発見がありそうです。

例(私自身、あまり経験したことがない場面についての妄想も含みます):
・教室で食べる小中の給食⇔ 大学の学食
・工場労働 ⇔ クリエイティブな労働
・イベント後のアフター ⇔ 合コン

余談ですが、先にも述べた1週間のリモート夏合宿では、オンライン打ち上げをするつもりでいたのですが、がんばりすぎて打ち上げで何をするか考える気力が残らなくて、そのまま解散してしまいました。飲食店の予約さえ取っておけば後はお店に行くだけでなんとかなることのありがたみを感じました。決めるのは、疲れますね。

まとめ

インフォーマルコミュニケーションの難しさは決まっていないことを決める難しさで、特に消極的な人たちにとってはベストな決定をしたいと思うあまり、心理的負担が大きくなるものです。リモート環境では、日時や議題の定められたフォーマルなコミュニケーションの割合が増え、インフォーマルコミュニケーションは減る傾向にあります。だからといって、何もかもが決まっていない完全な(?)インフォーマルコミュニケーションをリモート環境でも再現しようというのは、それが難しいというだけではなく、消極的な人たちにとって負荷が大きいという理由でも得策ではありません。日時だけ、議題だけ、参加者だけ、など部分的に何かを決めてしまうことでコミュニケーションの発生確率を高めつつ消極的な人たちにとっての心理的な負荷も減らす一石二鳥のコミュニケーションをデザインできる余地が大いにあります。そのように生まれた新しいコミュニケーション方法が対面でのコミュニケーションへと今後逆輸入されていくことで、新たなインフォーマルコミュニケーション像が確立されていくでしょう。

(了)

この記事は、PLANETSのメルマガで2021年12月22日に配信した同名連載をリニューアルしたものです。あらためて、2022年4月21日に公開しました。
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